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『墜落』 作者:蒼狂ヲ / ショート*2 未分類
全角1461文字
容量2922 bytes
原稿用紙約4.1枚
 いつも墜ちる手前で目が覚める。

 賞味期限切れの食パンを何食わぬ顔で母は焼き、私は新聞を読むふりをしながらそれを食べる。二十八分、まだ昏いバス停で六時台一本きりのバスに乗ると、いつも運転手は眠そうな顔でハンドルを握り定期を見せずとも通してくれる。私を知っているのか、それとも認識していないのか。荒い運転にバスは酷く揺れる。誰も乗ってはこない。一番後ろの五人席の隅で体を縮めて私は目を瞑る。外なんて見ていたら、飛び降りてしまいそうだ。
 始業1時間前には席に着いて、誰もいない教室に慣れた寒さを今更思い出し息の白さを確認してみたりする。いつも遅刻してくる隣は今日も一日眠っているのだろうか。羨ましいことだ。

 いつも墜ちる手前で目が覚める。
 目覚まし時計が役に立たない。毎朝毎朝、同じ感覚。飛び起きるわけでもなく、気持ちの良い目覚めでもなく、二度寝したいとも思わない。悪夢と呼ぶべきか否か……好い夢なのかもしれない。良心的だ。非常に。
 靴を脱いで、目を瞑って、風が気味の悪いほど心地よく纏わりついて、目を開いて、それで、アスファルトを見る。頭上に。
 初めは一階からだった。それでも墜ちる前に目が覚めたのだから大したものだ。二階、三階……ローファー越しに凍りつく階段。窓ガラスを割る。寒い寒い、何が?何だったろう。三十二階、三十三階……
 いつも窓ガラスを割るのだ。部屋の光景がわからない。いや、どうせ部屋なんてない。靴を脱いで、窓枠に足を掛け、突き刺さるガラスの破片がそれでも痛まない。血って何だっけ。赤血球、白血球、血小板、血漿、
 良心的じゃないか……
 目を瞑って、開いて、終わらないのではないかと思えるほど長く足下に空を見る。髪がアスファルトに触れて、頭上、

 馬鹿馬鹿しいほど良心的だ。生かさず殺さず。死ねない私を揶揄したいのか。私を?私が?死にたいわけでもないのに?
 いっそ殺してくれたらいい。夢の中でくらい、死んだって罰は当たるまい。

 隣の席は今日も日がな一日居眠りしている。まるで誘うかのように窓の外は陰鬱として明るい。
 若しも登りきってしまったとしたら、否、若しもあの夢に終りがあるならばそれはよもや、否…… 
 四十三階、四十四階。階を重ねる毎に私は墜ちる先の有無を忘れていく。五十九階、六十階、墜ちる先、堕ちる、先。朽ちた果て……始めから何もない海馬に意思を問うたりするのだ。生きる意味も見つからない私に死ぬ意味などまさかありはすまい。今いるここすら信じられないのに落ちるべき先などどこにもない。それなら、飛びたいだけで飛び降りるのだとしたらそれはなんて、 
 飛びたいだけで、
 死ぬ意味も見つけられないのに、死の真偽もわからないのに、まさか生きる意味など見つかりはすまい。ただ飛びたいだけで飛び降りられたらそれはなんて素晴しい事だろう。どうせ死んでなお何を気付くこともあるまい。死の真偽をわかりもしないのに……

 隣の席は眠り続ける。鬱屈したアスファルトが私を啖おうと待ち構えている。また今晩にはあがる階段を増やし、空はあまりに永く私を捉え、そして、今晩は、今度こそ、それこそ、それこそ本当に、


 チャイムが鳴る。どうやら聞こえてしまったらしく、隣は机に未練たらたらで顔を上げた。思考が止まればそれまでの話だ。今晩もまた墜ちかける。それでもそれだけだ。若しか登りつめたら、若しか墜落したら、それでもそれは耐え得る事なのだ。何を気付くこともあるまい。額に赤い跡をつけたまま隣は笑う。


 何もない。
2006/01/13(Fri)23:24:20 公開 / 蒼狂ヲ
http://soragoto.com
■この作品の著作権は蒼狂ヲさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも初めまして。実はお久しぶりだったりしたりしなかったり。
落ちる夢はよく見ます。慣れると面白いものです。夢だという自覚のようなものもあることが殆どです。現実でも夢だと思って死ぬんだろうなあ。それはしあわせなのかもしれない。思い込みがちです。
SSはオチないですがね(うまいことも言えませんでしたね)
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