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『雪ふる空の下で』 作者:天姚 / ショート*2 未分類
全角6281.5文字
容量12563 bytes
原稿用紙約19.6枚
雪ふる空の下で



 私の吐く息は、白かった。
くるくると渦を巻きながら、忙しなく動く。ふぅ、と空に舞い上がっては、すぐに見えなくなってしまうのだ。目を瞑ると、凍りきった瞳の表面に、瞼の温かさが重なった。
 ふわりと、何かが肩に触れる。軽くて、やわらかくて、白いもの。
「……雪」
 呼気が、言葉になって外に流れる。ぞろぞろと、工場から揚がるやせた煙のようなヒトの行進に、深々と降り積もる粉雪。
 これから往く所で、どれだけの人が惨い死を遂げるのだろうと考えたのが一分前。今、私はこの粉雪を見て、どれだけの人が目的地に着くまでに亡くなるだろうか、と思いを巡らせていた。
 北方からの風が、私の頬を撫で付ける。その風の香りが鼻に入って、脳は勝手に、過去の経験と照らし合わせた。
「……また吹雪くわね」
 周りには、たくさんの人々が歩いている。木の枝にすがる老母。片手を失った若い将兵。寒さに目を細める少年……。でも、私の言葉などは誰の耳にも入らなかった。それに、みんなただの一言だって、喋るだけの余裕すらないのだろう。
彼らのくたびれた衣服が、北風の和風に揺れる。虚ろな瞳は皆一様に前方へと向けていた。
 こんな人々を眺めて、私は思うのだ。
(本当なら、ここにいない筈だった)
 そう思ってからすぐに、自分自身の考えに苦笑した。この上生き延びてどうするというのか。いつか異国の地で、虫けらのように死んでいくだけじゃないか、と。
 その時、あの少女の顔が私の脳裏を巡った。彼女の白銀の髪が、白の景色と重なり、薄れていく。
 そう、私にはあの子がいる。最後の最後で、意味のあるものを得られたんだ。

 また、風が吹く。それにつられて粉雪は、彼方此方に舞っては、降りかかってくるのだった。
 行進の上――いや、「死の行進」の上に……



 飛び交う矢を盾でかわしながら、私は敵兵の首を貫く。絶命する声、鮮血を顔に受けながら、もう腕に繋がった剣は次の得物の肉を裂いていた。
 間髪いれず、私の瞳には背後から剣を天にかざして、今にも振りかからんとする大柄な兵士が映った。本能的に体を反転させ剣を横に振ると、相手の手首が勢いよく千切れ飛ぶ。手だけがぶらりとつながった大振りの剣は、血泥の大地に深々と突き刺さった。
「……!!」
 刹那――猛烈な吐き気に襲われた。
「あ……ぅ……」
 興奮していた体が一気に冷めると、激痛が体を駆け巡る。私は、左腕に大きな切り傷を負っていることに、初めて気がついた。
 やがて、戦場に流れる音が不協和音を取り始め、眩暈に襲われて定かでない瞳は、戦場と化した町並みを紅く染める。
 人形のように立ち尽くす私を斬るのは、何の造作も無いことなのに、何故か誰も私の事など見えないかのように、周りの風景だけが刻々と動いている。
 自軍の旗が戦火に焼かれて、地に落ちていく様を、私はただ呆然と眺めていた。
 意識は、それを最後にぷっつりと途絶えた。



 蝋燭の火が、隙間風に身を任せて揺れ動いた。明かりはほかにない。夜だから太陽は勿論、月も星も吹雪を恐れて彼方へと逃げ出してしまっていた。
 私は傷ついた体を起こして、蝋燭に手をかざし揺れる火を鎮める。そうして隙間風の漏れる壁に背中を押し当てた。
 冷たい風を背に受けながら、改めて自分のいる部屋を見渡す。
 四畳ほどの部屋。暴風雨に呑みこまれたように、部屋中に物が散乱している。開け放たれた引き出し、壊れた椅子、破かれた書物、首の千切れた人形。そして、この部屋にいる五人の人間は、ぎゅっと身を固くして、誰も彼もが俯いていた。
 聞こえるのは、ひょうひょうと吹雪く音と、彼らの鼻を啜る音。寒さと、絶望と、悲しみと……

 私が、なんでここにいるのかよく判らない。場所は……多分戦場となった町の民家のひとつだろう。ただ自分でここまで逃げてきたのか、誰かに連れてこられたのか、どれくらい時間がたっているのか、情報がなかった。
 瞬間、私の左腕に痛みが走る。見ると、大きく斬りたてられた傷口から、鮮血が噴出していた。その痛みが、先ほどの戦いをありありと思い起こさせた。
 私は二、三度頭を振った。もう慣れたもので布はないものかと、暗がりの部屋を見渡す。私の左手、部屋の隅っこにいる幼い少女が視界に映ったのは、その時だった。
 暗くてよく分からないけれど、小さなその影が蝋燭に明かりに照らされて、ゆらりゆらりと動いている。私の視線を感じたのか、少女はつと顔を上げて、じっとこちらを見つめる。
 いずれは名家の生まれと判る顔立ち。銀色の長い髪は左右に流れる。朱の衣に身を包み、少女の黒目勝ちの瞳は、少し赤みをおびているように見える。
「…………」
 影と光がゆれる横顔を、私は暫く見つめていた。
 お父さんと、お母さんは? と、問いかけた口を、咄嗟につぐんだ。あまりにも分かりきった事だった。代わりに、少女の小さな唇が揺れる。
「お姉さんは兵隊さん?」
 その声はか細くて、恐怖か、或いは寒さのためか、少し震えていた。
「……うん」
 何といって云いか分からなくて、私は思わず視線を落とした。
「……守れなくて、ごめんね」
 心にもない言葉。
 そう、最初からこの戦いは勝つためのものなんかじゃなかった。守る事なんて考えていなかった。ただ私たちは、本隊が安全に撤退できるように、敵の追撃を防ぐために、この町においていかれたのだ。彼らの考えている大切なものを守るために、千の兵隊と、この町の住民を犠牲にして。
 別に、そのことに対して怒っている訳じゃない。大義の前に多少の犠牲もやむをえないと思う。でも、こうして目の前に犠牲者を、しかもまだ年もいかない幼い少女を前にしてしまうと、やるせない気持ちになるのは確かだった……。
 少女は、私の言葉になんていったいいのか分からなくて、うな垂れるばかりであったが、ふと顔を上げて、
「えっと……お姉さんお名前はなんていうの?」
「え?」
 私の名前? 私の名前は……
 ――望(のぞみ)、という私の歩んできた道とはまるで似つかわしくない名前を口に出すと、少女の顔が少し微笑んだように見えた。
「私とおんなじお名前だね。私もノゾミっていうんだよ。えっとね……望遠鏡の望に、木の実の実」
 言葉に続いて、冷たい床に置かれた指が動く。
「お父さんがね、付けてくれたの。意味は……なんていったっけな」
 望実は目を瞑り、首をかしげる。
「わすれちゃった。でもね、お姉さんとお名前いっしょだからね、おんなじ意味だと思うよ」
 私の名前……か。私が生まれたとき、父は兵士に召しだされて遠征中だったと聞いている。結局そのまま帰ってくることはなかったから、母は一人で私を生んで、育ててくれた。この名前も、母が付けてくれたものだ。意味なんて考えた事もなかったし、聞いた事ないけれど……

「……きっと、未来への希望を託したんだよ」
「未来へのきぼう……?」
 望実は、何度もその言葉を口の中で反芻した。
「大人になったときに、お願いが叶うように……ね」
 ふうん、と望実は何かを考えるように、天井を見上げた。その横顔が、急に大人びて見えるのは、仄かな光に照らされているから、という理由だけじゃない。きっと、未来という事を考えたとき、子供は誰しもがそうなるのだ。
「……おねえさんは、お願い叶ったの?」
「…………」
 望実の問いは純粋であるだけに、私の言葉を詰まらせた。
 母は、私に何の願いを託したんだろうか。健康、繁栄、出世、人徳……
 そこまで考えて、私はその疑問がまったく意味のないことを感じた。
 何の願いであっても関係ない。例えどんな願いを託されていたとしても、私は、母のその儚い願いさえ、今まで何一つだって応えることはできなかった。私は……ちっとも幸せなんかじゃなかったから。だから……
「……分からない」
 叶っていない。そうはっきりといえずに、私の言葉はか細く、自分でも情けないほどに、弱々しく地面をのた打ち回って消えてゆく。
 垂れていた頭をゆっくりと頭を上げると、屈託のない笑顔がそこにあった。
「……きっと、お姉ちゃんも叶うよ」
 私も叶える、望実は直接言葉に出さなかったけど、彼女の瞳に浮かぶ光を見つめて、私はどこかに救われたという感情が芽生えたのは、気のせいだろうか。
ありがとう、私の言葉が望実の耳に届いたのか、再び睡魔に溺れた私にはわからない。
まどろみの中で、ふと窓を瞳に映す。墨を撒いた闇は、しらりしらりと色をつけ始める。いつの間にか吹雪は去って、もう夜明けはすぐそこにあった。



 壁の向こうから、軍靴の凍った地面を蹴り上げる音が、ゴツゴツと聞こえてくる。望実もその音に気がついたのか、私の腕をギュっと掴んできた。
兵士である私なら兎も角、まだこんな幼い子ですら、精神を研ぎ澄ます術を、知らず知らずの内に身につけてしまっていた。
 ――刹那
 ガツンと、扉が開かれる音と共に、眩い太陽の光が、部屋中を照りつけた。白い痛みに襲われた私の瞳に、銀色の髪が映る。望実の長い髪が、私の体にあった。
「出ろ」
 光を背負った兵士が、高揚もなく命じた。物静かな態度だったが、変に逆らえばたちどころに切り殺される。そんな感じがした。まだ視界がはっきりしないながらも、私は望実の手をとって立ち上がらせた。
「望実、いこう」
「……うん」
 望実の冷たい手を引いて外に出ると、冷気が縮こまっていた服の合間に入り込んで、体は急激に冷えていく。
 町は、雪に覆われていた。太陽の光に照らされて、雪は輝いている。激しい戦いで荒れた傷は、全てその下に潜って、やがて来る春を待つより術はなかった。
 向かいの民家からも、人々が出てくる。その中の一老父が、兵士に腰を蹴られて地面にうっぷしている姿を見ても、私には怒りの感情を出せる気力もなかった。
前方に、家から吐き出された降兵や市民たちが、町の外へ続く長い列を作っているのが見えた。兵士はそこに一列に並ぶように云うと、何処かへ立ち去っていった。
「お姉ちゃん……」
 何が始まるの? と、その瞳から流れる思いを汲み取った。私は、そっと望実の乱れ髪を撫でた。
「大丈夫、だいじょうぶだよ」
 寒さに凍りついた私の笑顔は、彼女の目にはどのように映ったのだろう。
 この長い列の左右には、青い服を着た兵士たちが剣をむき出しにして、居並んでいる。彼らもまた、先ほどの兵士と同じように、少しでも騒ぎを起こしたり、逃げ出そうとする者がいれば命はないぞ、と、そんな気迫に満ちていた。
 間もなく、列がゆっくりと動き出した。
(愈々選別を始めるか……)
 胸の内で、私の声が響く。
 遠くに、人々が左に、或いは右にと分かれてゆくのが見える。
(あっちは生きて戻れぬ道)
 兵士たちの間で噂になっていることだ。食料の貧しいこの国では、降兵は勿論、住民たちにすら、満足に食料を分ける事はできない。だから、数を減らすのだ。
彼らは、まともに私たちの顔を見ようともせず、幼い少年であろうと、傷病兵であろうと、例外なく交互に裁いていく。人形でも選り分けるように、無慈悲に、無造作に。
(私も、あんな顔をしていたんだ)
敵国民に対して同じ事をしてきたという罪悪感が、重くのしかかってくる。私も、彼らと何も代わらない。立場が変わったとき、初めてそれを残虐的な行為であると気がつく。否、気がついていながらも、考えようなんてしなかったのかもしれない。
 だから、私には兵士の目を見れば、どちらが死の道に通ずるか、なんとなくわかる。私は知らず知らずの内に、目で自分がどちらに行くことになるのかを、追っていた。――左、右、左……
 その間にも、列は静かに動き続けている。
 右、左、右、左……
 徐々に鼓動が高鳴り、雪景色の白が私の視界を覆う。
「…………」
 望実が、その無辜の瞳を通して、不安そうに私を見上げている。胸の鼓動を抑えて、彼女の頬にそっと手を添えた。冷たさに、一瞬身を縮めた望実の小さな手が、私の甲を暖める。
もう、私には一つの決意がなっていた。それは、胸の内から言葉となって外に押し出された。
「望実は、きっと願いをかなえられる。……だから、そんな顔をしないで。ね、笑って」
私はいつも偽りで、仮初のコトバばかりをならべてきた。でも今は違う。私は、私の言葉で、そう望実に囁いた。
「……ありがとう」
望実の顔をまぶたの裏に焼き付けて、ゆっくりと瞳を閉じた。
「望実、ここでお別れね」
 そういって、そっと望実の前に身を滑らせた。
「……おねえちゃん?」
 背後から声が聞こえる。私は振り向かない。振り向けば、心が変わってしまう。私の知っている望実の笑顔は、この私のまぶたの裏にある「希望の笑顔」なんだから……。これでいいんだ。
 私は、無表情の兵に指示された方角へ、歩んでいく。
「おねえちゃん!」
 
 それが、私の幻聴だったのか、あの子の放つ、切の声だったのか……
 
 寒鳥の鳴き声が、白い世界に響く。幾多の足跡が、死の道を歩く私の道標となって、彼方まで続いていた。



 吹雪はもう、そこまで来ている。
 白い息を、手に当てる。何も感じない。手足の先の冷たさは、もう随分前に消えていた。

 今となっては、あの時何で望実を助けたのか、分からない。不憫に思ったのか、この世に残した悪行への罪滅ぼしだったのか。希望を託したのか……
 希望を……そうかもしれない。
 十四の時に母を亡くし、ほかに親族も居なかった私は、浮浪児になるか、この職に就くしかなかった。兵士という合法的な殺人者に……。
 十六で初めて人を斬った。
 それからいつも、どこかで、何かが囁いて、戦場に流れる風に吹かれては、どうしようもなく悲しい気持ちになった。月のある夜は時につらかった。
もう悪夢は見ない。人を殺す事もない。それに、この先に希望がないってことも分かっている。
 希望がない……希望がない……

 何年ぶりだろう、母のことを考えたのは……。十四年間一緒に暮らして、楽しかった事、嬉しかった事を思い出せないのが、今はとてもつらく感じる。
 もう何であんなに気持ちがあふれ出してしまったのかは、覚えていない。いつの事だったかも……酷く、腹が立って、腹が立って、私は母を睨みつけていた。
 何で家にはお父さんも、兄弟も、おじいちゃんもおばあちゃんもいないの?もっと家族が居る家に生まれたかった。そうすれば貧しくっても、もっと楽しくって、もっといい思い出ができて……もっと、もっと幸せで……なんで? なんで生んだの?
 私は、勢いに任せて、そんな言葉を云ったのだ。
 母はただ俯いて、涙をいっぱいに浮かべて、「ごめんね……」と一言云ったきりだった。
 それすらも腹立たしく思えて、その日、私は家を飛び出した……

 あの子に会って、私は始めて自分の名前について考えた。そうだ、母は私に未来への願いを込めていたんだって……
 お母さん、私に希望を託してくれてありがとう。でも、何一つ応えられなくって、少しだって幸せになれなくって……。もう希望がないのが分かってしまったの。だから、今あなたに改めて言いたい。
 ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……



 空を見上げる。雪雲が、空を鉛色に変えている。そこから、相変わらず大きくやわらかい結晶が、音もなく降り続ける。

 やまない雪は、私の熱い頬に溶けていった。
2005/12/20(Tue)12:00:54 公開 / 天姚
■この作品の著作権は天姚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
殆どの方は始めまして。天姚と申します。

拙作で初めてのショート・一人称視点に挑戦したのですが、見返すたびに書いたり削ったり。何とか纏めようとしながらも、このざまです。そのため、おかしな部分が出てきてしまっているのではと、危惧しております。
と、言い訳はおいといて、拙作を読んでくださった方々に改めて御礼申し上げます。また、感想などをいただければ幸甚に存じます。
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