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『ドッペル 【 0 to 2 】』 作者:ゆきしろ / ファンタジー リアル・現代
全角24363.5文字
容量48727 bytes
原稿用紙約75.5枚
 ああ、ついに子供達が揃ってしまった。  混血の子供達はこの世界の"鏡"をどう思う事か――。
  【 00: 完成の元に跪け 】

 ふと、キーボードを叩く音が止んだ。
 ディスプレイに現れた羅列を目で追う、表示されたアラートに鼓動が耳にまで届きそうなまで高まる。あとはエンターキーを軽く叩くだけ、いつも通りの動作だ、愛用してきたパソコンのキーボードは既に表面が擦り切れて見えなくなっている文字などもある。お前もよく頑張ってくれたなとある愛おしみさえ感じるのだが、今はその感慨に耽っている余裕も無かった。このエンターを叩くにはまだ早すぎやしないか、いや、だが既にここまで来てしまったのだ。
 退路は塞がれている。もとい退路を崩してきたのは己以外の何者でも無い。枯渇した喉がヒリヒリといっている。ごくりと唾を飲むと音がした、エンターは、エンターは…何処にある?
 指先が震える。このキーを叩く為に、己は今まで幾つものシステムを打破し構築して来た。深く息を吸う。後ろにいるであろう男に笑ってみせた、だが頬の筋肉は引きつりお世辞にも満面の笑みとはいえない。寧ろ、恐怖を伴っているようにすら見えたであろう、
だが彼はそんな事も気にせず、そして言葉も無くしたままゆっくりと頷き、微笑した。
そして振り向いた体勢から、見慣れたディスプレイへと目をやる。目を伏せる、色々な事が起きた、などと回想出来れば良いのだが、己は大して思い出というものは持ち合わせていない。まるで人生を無駄にしてきてしまったようだなとぼんやり考えてもみる、思い出が無い……いや、そうだったろうか、確か最後の一番の思い出は。
 数ヶ月前。今になってしまえば遙か昔の事のように思えるが、実質的にはそうでもないらしい。成る程確かに背も伸びていないし街で車は空を飛んでいないし宇宙人との対話も無い。いや、これは違うか。
 それにしてもここ数ヶ月は楽しい事ばかりだったような気がする。新しい環境に生き、新しい人に出会い、本当に新しいものばかりだった。無論この場所もそうだ、部屋じゅうに設置されたコンピュータ達の所為で天井にあるべき照明が居場所を失い、現在は部屋の隅で部屋を照らしている。だが、天井一面を鉄の塊達が埋めているというのではなく、己の丁度真上から少し中央に偏った所に大きな円形の硝子窓がある。硝子とはいえ象が十匹乗っても壊れませんというそれなので儚そうな外見、耐久性は抜群である。
 降りた瞼を持ち上げ、視界が開けたかと思いきや目の前の光景は矢張り変わっていなかった。首が疲れたな、と顔を上へ向ける、丁度視界に入ってきた円形窓に夜空が映った。
幾つもの星々が瞬いていたり月がぼんやりと鎮座しているのを見て昔は物思いに耽った‥ような気がする。そうでもないか、というより寧ろ自分がそんなロマンチストでも何でも無かっただろう。今のはちょっと前に見た映画か何かのワンシーンだったか、それとも漫画かゲームだったか、あれ、思い出せないな。ぼりぼりと頭を掻きむしった、目がちかちかするので画面から目を逸らし、さてどうだったかと腕を組んでみる。ディスプレイではどうやらこちらの指令を待つアラートが画面中央でこちらの様子を窺っているようだ。
すまない、ちょっと待っていてくれと心の中で謝罪してから首をまた捻った。はて、何だったかな、この重要な状況でこんな映画やゲームの事が頭に浮かぶ自分もどうかと思ったが、それはさておくとしても。
 何処だったろう、この景色は。とても見覚えがあって懐かしくて――…ああ、あそこか。ベランダで座り込み、身動き一つせずに夜空を見上げる少年がいた。雨が降っていれば硝子越しに、じっとそればかりを見つめていた。春夏秋冬ずっとそれは変わらない、何をしているのかと聞けばどうやら本人にも分からないらしく、さぁ、と返ってきた。ずっと見ていなければ気が済まないというわけでもなく、ただ本当に、「さぁ、」という程度のものらしい。この少年には、見覚えがある。
(………何でこんな時に思い出すかなぁ……)
 組んでいた腕を開放し、ぐっと伸びをする。このまま伸びをしていればもしかして空まで届くのではないか。瞳にディスプレイの白みを帯びた光が映る。待たせたね、と一言。
背後でじっとこちらを見守っている者とも、アラートに対して放った言葉とも思える。
だが今の彼にはそんな些細な事は問題にはならなかった。 もう、迷いは無い。
 そして、エンターキーを、エンターキーを――

それは微かにかちりと、 静かに音を立てて起動した。



 ----→  ----→ ----→ ----→ ----→

 じっと見上げる瞳につい怯むが、ここから連れ出せるならばいつまでも手を差し伸べていようと思っていた。
「いやだ」
 拒絶。
あまりに強情なので、つい頬を膨らませて怒りたくなってしまう、だがそんな事をすれば
彼はまた影へ帰ってしまうのだろう、ずっとずっと、そこから出て来ないかもしれない。
「ねえどうして。こんなにお日さま、気持ちいいんだよ。暖かいんだよ」
「そんなの、見ていれば分かるよ」
「だったら、何で」


「怖いから」

 振り向き簡潔に言いはなった彼の瞳は深い傷のような苦しみが眠る、深い色が見えた。
何にそこまで怯えるのか、どうして恐れるのか。問い質そうとすると彼はいつも首を横に振って分からないと、そう一言告げるのだ。誤魔化しているのかと思い、以前腕を引き寄せて怒ったように言ってみたのだが彼はこちらの頬を叩いて、分かるわけ無いだろう、と告げて走って行ってしまった事がある。
「お兄ちゃん、どうして怖いの、光が怖いの」
「だって、自分が居なくなっちゃいそうだから」
「どうして? 名前? 名前がいけないの? ねえ、どうして」
 ギラリ、と睨まれた、背筋に悪寒が走る、恐怖で彼を追いかける足が止まった。
「お兄ちゃんは影じゃないんだよ、どうしてそんなに隠れようとするの」
「だから、何度も言って」
「ねえ、」
「そんなに遊びたいんだったら、他の誰か誘って遊べばいいだろ。僕は、夕方にならないと嫌だ」
 ふん、と顔を逸らして告げる。彼の『他の誰か』という言葉に傷をスプーンで抉られたような、感覚に襲われる。
「……だって、お兄ちゃん以外に遊ぶ人、居ないもん」
「父さんでも誘えばいいじゃないか」
「だって父さん、今日も仕事が忙しいからって。休みの日しか遊べないから」
 そんな事は知っている。
 彼はそう告げたそうだったが、『他の誰かと遊べ』という案を聞き入れて欲しいが為に父の名を挙げたまでだ。だがそれは彼の深い傷を塩で擦るようなもので、神経を逆撫でしてしまったらしい。こちらへ敵意の籠もった眼差しで睨み付けてくる。だがそんな事はどうでもいい。
「だったら一人で遊べよ」
「違う、そうじゃない!!」
「ねえ、どうしてなの? 前みたいに外で遊ぼうよ、何で、名前がいけないの? この間の父さんと母さんの話――」
「――うるさい!! お前だって、お前だってそうだろ?! あの話を聞いて、何とも思わなかったのか?!
 ああそうだよな、お前は僕と違うからな、お前は僕を『消す』方だからな!!!」
「どうしてそんな事言うんだよ、どうして・・」
「その『どうして』と『何で』をやめろ!! 自分で考えろ!! 一人で悩め!! お前なんかに分かるか!!!」
「………そうじゃない、 …そうじゃない……っ」
 あんな話一つで彼はここまで頑固に拒絶するのか、あんな御伽噺じみた話を信じるのか。いや、違う。彼はきっとそれに確信を覚えたのだ、 『ああ、だからそうだったのか』と。そして急激に己を拒絶するようになった、お前は僕を『消そうとする』から、と。最初は馬鹿馬鹿しくてまた何かテレビや漫画の読み過ぎじゃないのかとケラケラ笑っていたのだが、彼が一人でいる時に、部屋の窓際で外から入る光を掌に当てては引っ込め、当てては引っ込めを繰り返していた。引っ込めた後じっと掌を見つめるその仕草は、異常者にでもなってしまったのではないかと思われる程にひっきりなしに握ったり開いたりを繰り返していた。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 消えるだの消すだの、そんなオカルトを信じている兄が果てしなく情けないと思え、
そして憐憫まで感じるようになってきた程だった。そういった"症状"は大抵子供の場合年齢が低ければ低いほど一時的なものなのだと何かで聞いた事がある。ましてやそういったオカルト的なものには一切関わらないといった彼がこうなっているのだから、どうせこれも終わるのだろう、二人の会話も何もかも忘れた頃には治っているだろうと、そう思っていた。
 だが、いつまで経ってもこの通りなのだ。
「……太陽が影を消すって言いたいの」
「そうだよ」
「…………っく、……っっはははははは…はははは!!!!!」
 突然笑い出した弟に、狂気でも宿ったかと思った、
彼は腹を押さえてこちらを指差し笑っている、笑われているのもどこか腹立たしいが、
何より己のこの発言の直後笑い出すというのがどうも分からなかった、彼が笑い終わるまで待っていようと、
じっと堪えていた。
「っははは……っ!! …ねえお兄ちゃん、お兄ちゃん」
「……なんだよ」
「どうしてそんな株守みたいな事してるのさ、どうしてこだわるの?」
「何を・・・」
 笑い泣きしたのか、彼は目元を拭って背をぴんと伸ばしてこちらを見る。
一寸前までこちらを傷付けまいと腫れ物に触れるような視線を向けていた彼とは打って変わり、寧ろ今の彼は己へ絶対の自信を抱いているようにすら見えた。
「ねえ、どうして影が影になるのか分かる?」
「どういう意味、だよ」

「影はねぇ、光が無かったら出来ないんだよ」
 あまりに簡単すぎる事実に言葉も出なかった。
そしてその言葉が身体へ浸透してくるのが分かる、両親は2週間前、何を話していた?
確か、深夜トイレへ行こうとぼんやり歩いていたら聞こえた声。何と話していたか。
 ああ、思い出せない。思い出せない。今思い出せるのはこの弟が満面の笑みで告げた言葉だけ。そして、その言葉と入れ替えになったように両親の言葉も忘れてしまった。
まるで大切な何かを落としてしまったような、靴を左右逆に履いてしまったような曖昧な感覚だったが、でも今の自分にはどうでも良いなと思った。それがどれだけ大切な事なのかも忘れた。
 そして一歩、久々の日なた、今はこいつと遊んでやろう。いつかこいつにも友達が出来るのかな、などと考えつつ、今までの言動を謝罪した。そしてまた以前のように、高く高く、ボールを蹴り上げた。




 【 01: 変わらぬは只一つ 】

 何とまあ、タイミングが良いというか、悪いというか。
寧ろこのタイミングで風邪を引いた己に拍手でも送りたい気分だ、なかなか出来ない体験だと思う。あと一週間程で夏季長期休暇、もとい学生の天下、夏休みが開始するらしい。
何処を歩いても夏休み前というわけで皆地に足が着いていないように見える。商店街の商品やショーケースの中身もすっかり夏色だ。世情を悉く反映しているコンビニなどはアイスの季節で登校前から買って食ってしまいたいとまで思えるが、今日はそういうわけにもいかなかった。寧ろ己が風邪を引いていてそんな栄養の無いものを摂取していられるかだったらウィ●ーインゼリー凍らせて持って来るとかデ●ビタのアイスでも作って来い風邪薬の雨でも降らせやがれと大声で叫びたい気分だった、という理由もあるのだが。
「く、くそ……何で風邪なんか引かなきゃならねえんだ……」
「まぁ、なかなか無い経験だと思うよ?」
「いや、珍しい経験だからといって全て良いという考え方間違っていると思わないのか」
「只でさえ無いシチュエーションだから良いんじゃないのかな、毛が生えたみたいで」
「(もう少し綺麗な表現は無いのか)」
 口に出して色々突っ込んでやりたい処だったが、どうやら口を動かす為の筋肉までもが風邪の菌に冒されているらしい、一つ溜息を大きく吐くくらいしか出来なかった。

 今日から自分達兄弟は、新しい生活を始める事になっていた。
生活、とはいえ家が変わるだの引っ越すだのといった大きな違いは無く、傍から見れば変わったのだろうが張本人としては全く自覚が無く、気付いたら市が合併していたという市民のような気分である。ああそうだよなあ俺達今日から違うんだよなあとでも口に出さなければ自覚も出来ない程。だがいざ生活を営んでみようとすると、幾らか矢張り違った感覚がある為それはそれで好ましかった。飽きる、というわけでもないのだが、矢張り新しいものに身を以て触れられるというのは何処かくすぐったい感覚があるし、何より己をどういった境遇が待っているのか胸が躍るのだ。只々今まで通りの幸福が待っていてくれる事を祈るばかりである。
「あ、黒猫だ!可愛い〜」
「………」
「……いだだだだ!!! 何で耳引っ張…いいいい痛い!! 痛い!! 痛いです!! 痛い痛い痛い!!!」
 縁起の悪い事を言うなと今の弟の発言を撤回させるが如く、耳を引っ張ってその場を離れた。

《降水確率は0パーセント、清々しい陽気に恵まれるでしょう》
 街路を並んで歩いていると、電気屋のディスプレイから天気予報士の声が聞こえてきた。このチャンネルは確か毎朝見ているやつだな、とそろそろ髪が虚しくなってきた天気予報士を見る。確かこの頭が涼しそうな男が予報をしているという事は、いつもよりも少し早めに出て来たという事が分かる。大抵街路を歩いていると忙しそうに走っていく者や慌ただしい風景がそこにあったし、駅周辺などホームへのエスカレーターに乗る人々が卵パックに並べられた卵の如く隙間無くビッチリと、しかし規則的に並んでいる様子が見える。今朝はいつもより少し時間帯が早い所為か、歩く人はまばらである。朝のジョギングや犬の散歩をしている人も見掛けるが、皆余裕を持った表情でいる。
「………何事も余裕が大切だよな……」
「と、突然どうしたんだよ、風邪でおかしくなった?」
 夏風邪を引くとどうも気持ちが沈んで仕方が無い。
空は快晴、そして人々は暖かい陽気に恵まれ快活に動き回っている。こちらは夏だというのに鼻水など垂らしている上嚔などをしているのだから辺りの健康な人々が羨ましい、もとい恨めしくて仕方が無い。ぼーっとした頭を働かせようと左右にかぶりを振るが、頭には芯のようなものがあるようにぐらぐらする。気合いが足りないのか、と思い両頬を叩いてみる。まあこれで意識もはっきりしてくるだろう。

 裏門から入った。
校庭の砂利の音がする、スニーカーは履き慣れた物なのでこの音すらもいつもの音と変わらないのだが、どうしてかその音すらも別のもののように聞こえた。緊張、しているのだろうか。鞄はとても軽く、入っているものはペンケースと財布、ノートパソコンだけ、それから携帯はポケットに入っている。マナーモードにしてあるかどうかを確認すると、未読メールが一件あるマークが出ていた。何だ、と思い足を止める、タイトルは無く、本文には一言、 《焦るなよ》 。
 ああ、確かこのアドレスは見覚えがある。しかも携帯からの着信では無くパソコンからの着信。パソコンからのメールは携帯に届くまで長くて三時間近く掛かる事もあるのだから、丁度今から三時間前。恐らくまだ眠っている頃の着信だろう。だが『あいつ』は起きていた。
「……暇だな、お前」
 呆れたように弟の顔を見遣ると、ニィと悪戯のような笑みを浮かべて「焦るなよ!」と背中を叩いた。おそらくこのメールアドレスは、彼のものだろう。自分が持つ鞄とは違って、彼の鞄には特別のパソコンが入っている。学校へ持って行って盗られても知らないからなと言うと、盗めないから、という返答が来た。お前オタクじゃないのかと以前零したら近くにあったボールペン(キャップ無し)を投げられた記憶がある。どうやら禁句らしかった。それとも、この単語が嫌いだとう事か。



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 ホームルームが浮き足立っているのは、夏休みが近いという事だけでは無いだろう。
転入生が二名来るというちょっとしたイベントのような事があるというのと、それからテストが終わったばかりのリラックスした雰囲気の所為か。教室の様子を本を読みながら委員長はぼんやりと観察していた。
 担任から聞かされていた情報によれば二名は兄弟だという事、そしてこのクラスだという事。それ以外の情報は全く提示されていないのだが以前から聞かされていた為か、勝手な想像が広がり今となっては大企業の息子だとか実は海外留学から戻ってきた帰国子女だのとスケールが大きくなりすぎて、そういった想像も一時休戦、百聞は一見にしかずという事になったのである。
 視線を本へ移す。最近はテストだの何だのの所為でまともに本を読む事も部活動も出来なかった為、有意義に過ごそうと気に入った本を持ってきた。だが、この騒々しい雰囲気ではあまり集中出来そうに無い。
「ねえねえ瑞浪(みずなみ)君、転入生の顔、どんな顔か知らされていない?」
 クラスの女子が三名程で期待をするように視線を向けてくる、
だが誰もが平等なのだしそんな己だけ知っているという事は無い、それにあと十分もせずその顔は見られるのだから、そう急がずとも良いのではるまいかと思える、読んでいた本も佳境に入ってきたのであまり邪魔をされたくなかったが、かといって邪険にするのも失礼というものだろう。
「すまんが、全く分からないんだ」
「そっかぁ……ううん、いいや。ありがとね」
 さて今の今まで読んでいたのは何行目だったか、探し始めると横で歓声が上がった。
落ち着きが無い。少し静かにしたらどうなんだ、と注意してやりたかったが、皆そうもいかないのだろう、転入生でも来ていればそうなる事も予想出来る、許容範囲だと思い視線を歓声へと移す。が、
「すっげぇー!! 安曇(あずみ)またお前、新ネタかよ! ていうか俺にもテーブルマジック教えてくれよー」
「はは、日本手品協会に訴えられるから教えられないなあ」
「(何だ、それは)」
 瑞浪委員長はそれとなく心で突っ込みを入れてやった。寧ろテーブルマジックを朝っぱらから披露してこれ以上この教室のテンションを上げてもらいたく無いという気分だったが、彼が背中から白いハトを出した時点でその希望は途絶えた。



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(な、何だこの異様に高いテンションは……)
 日和 景利(ひわ ひろとし)は今から約一年間お世話になる教室及びクラスメートと対面する前から怯えた。転入生を迎えるテンションとはこういうものなのか、もっと静かにドキドキしながら迎えるのではないかと自分が抱いていたイメージとのギャップに些かショックを受けていた。もしここで教室へ入る前に転んだりでもしたらあのテンションが一気に下がりかねないなという反面、初っぱなからローテンションの教室も困るよなという葛藤を繰り返していた。
 ここの担任は女性教師で、名前は大江というらしい。名など呼ばぬのだから覚えないというよりも寧ろ人の顔と名前がなかなか一致しないので、その名前は景利の右から左へと流されていった。
 担任が教室の扉を開ける、だが声は鎮まらない。(そろそろ黙って欲しい)
「転入生の日和君達です。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
 俺らは小学生か、と教室の生徒(含む転入生)一同の思考が一致した瞬間だったが、そんな様子を知ってか知らずしてか、大江は淡々と転入生へ自己紹介を促す。
「さて、自己紹介をして下さい。黒板に名前を書いてお願いします」
「あ、はい」
 チョークを渡され、いざ書かんと黒板に向かい合う、いつの間にか教室の声も収まってしまっている。皆転入生が何をするかどうか一挙一動を伺っているといった処か、実験のモルモット気分である。
「兄貴、俺が書くよ」
「いや、文字ぐらい書ける」
「や、そうじゃなくて。兄貴の字、汚いから」
「……」
 ここで一言うるせえよと毒突いてやりたかったが、どうも風邪で声が出ないという事もあり軽く叩いておいた。一番前の生徒が少し笑いを堪えていた為、緊張が解れて良かったと胸を撫で下ろした。確かに弟の方が字が上手いと思うが、どうしても自分としては名前ぐらい書きたいと思ったのだ。それを察してかそれとも醜い字を晒そうとしたのか(おそらく両者ともだろうが)渋々とチョークを渡した。
「日和 景利です。趣味は――……特にありませんが、運動は好きです。宜しくお願いします。」
 頭を下げると、チョークで黒板を叩く音が聞こえた、そしてチョークを置く音、書き終えたのか。来たばかりで生徒に目をやるのも目のやり場に困るので適当に机の上にある消しゴムや本を見ていた。故に彼の行動が分かるのも音だけである、それにしてもこいつは画数が多いなと音を聞いてみる。
「弟の日和 耀二(てるつぐ)です。兄貴とは双子ですが、俺の方が後に外へ出たので弟になっています。
 趣味はパソコン、何でも聞いて下さいね。宜しくお願いします!」
 にこ、と笑って頭を下げる、こいつはまあ、余計な事までべらべらと喋って後々から聞かれたら面倒になるだろうと"兄として"言ってやりたかったが、今は席に座る事が最善だと教師に示された席についた。窓側だ。耀二はワクワクして窓の外やら机を見ているらしく、落ち着きが無い。
「委員長、二人に色々と説明をしてあげて下さいね。それでは、ホームルームを終わりにします」
 はい、と委員長と呼ばれた生徒が返事をする、そして起立、礼、着席。
どうやらここの座席になったのは、何か分からない事があったらすぐに聞けるよう委員長の近くになったらしい、彼は立ち上がってこちらへ向かってきた。この人に聞けば良いのか、いや、便所は何処だとかそれぐらいしかあまり聞く事は無さそうなのだが。
「瑞浪 暁鎮(あきまさ)だ。クラスで委員長を務めていて、ちなみに図書委員だ」
(聞いてない)
「それから便所はそこの通路を右に曲がった突き当たりだ。何か聞く事があったらいつでも聞いてくれ」
「わ、悪いが今ので聞きたい事を言われてしまったんだが」
「他にも色々出て来るだろう、その時に聞いてくれればいいさ」
はあ、と溜息を吐いて景利の間の抜けた発言を撤回させた、耀二はじっと暁鎮を見ている。
「? 何か、分からない事でも」
「……いや………図書室って何処にあるのかなーって思って」
「まあ、昼休みか放課後にでも説明しよう。今は、俺だけじゃなく他の人とも喋った方が良いと思うし」
 それじゃあ、と一言告げて席についてしまった、本に食い入るように読んでいる様子からして、今非常に大事な展開になっているのかもしれない、と景利は思った。

 その後周りの生徒が暁鎮が説明を終えるのをウズウズと待っていたかのように群がってきた。
それはもう、屍肉にたかるハイエナの如く。
「二人とも、何処に棲んでるんだ? 何処の駅?」
「ううん、俺達市内だよ。駅は使っていない」
「前は何処の学校にいたの?」
「……ごほ…っ」
 頼むから群がらないでくれと景利は息絶え絶えに言うのだが、どうやら他の生徒は彼が照れていて咳か何かで誤魔化そうとしているのだと思っているらしく余計に興味を示したらしい。耀二は最初面白いと思って見ていたがそろそろきついと景利が袖を強く引っ張って合図を送ってきたので、風邪を引いているからあまり近寄らない方が良いと言うと、皆気遣って無理を強いないようになる、御陰様で横の席の筈の耀二が視界からシャットアウトされてしまった、群がるハイエナは獲物を変えたらしい。
「耀二君って、パソコンがそんなに得意なの?」
「うん、何でも出来るよ! 前なんて某大手セキュリティ会社の親システムハッキングしたんだぜ!」
「えーマジで? すごーい!」
「ばっかおま……何威張って公言してやがん…げほげほげほっっ!!!」
 景利の必死のストッパーにも耀二は見向きもせず、胸を張って自分用のパソコンを取り出して見せている、
授業中にパソコンを使用する為自分用のパソコンを持っていない者は入学時に3年間レンタルするのだが、
持っている場合自分のパソコンを使用しても良い事になっている、これは全国共通となっている。
無論授業及びテスト中に計算機などを使用しようとしても、全生徒のデスクトップや使用ソフトまで
試験官にはお見通しな為、不正を働けばその時点で全ての教科が0点という事になっている為
出来心で下手にそんなものを起動してしまうと0点への道が目の前で輝き出すのである、
中には間違えてクリックしてしまったりショートカットキーで起動してしまう場合もある為、
3回までのペナルティ、俗に"持ちライフ"と呼ばれているが、持ちライフがあるのだ。
つまりそれは悪用する事も出来、2回までならばカンニングをしてもまあ大丈夫、という事になっているが、
持ちライフの減り加減により減点されてしまう為テスト中などはショートカットキーを無効にしたり
必要以上のソフトをなるべくデスクトップに置かないといった対策に学生は試行錯誤している。
そして耀二の持つパソコン"TTG−zero"、正式名称"The Twilight of the Gods-zero"。
これはあちこちの会社の製品で良い部分だけを耀二が切り貼りするように作ったオリジナルのパソコンである。
ちなみに、何処から手に入れたのか、指紋認証や虹彩認証、他にも諸々の機能が付けられており、
暫く見ない間に更に機能が追加されたりと日に日に最強になっていく彼のパソコンを見るとオタクって怖いなと
景利は常々味わわされるのである、口に出すと大抵目覚まし時計やそこらの物を投げられるので言わないが。

 授業が始まり、板書のキーボードを叩く音が響く。提出物や連絡事項は全てメール等で行われる為、
アナログ形式で提出するものは余程大切な書類で無い限りまず有り得ない。
街中何処でもインターネットへ繋ぐ事が出来、パソコンをレンタルしている者などはGPS機能がついている所為で
自分が今何処で何をしているかまで知られてしまう、まあ何とも管理の行き届いた世の中になったものだと
耀二はいつも世間を、寧ろこの巨大な管理ネットワークを鼻で嘲笑っていた。
まあ、だからこそ自分専用のパソコンを購入したいと思う者が多いのだが。耀二はそんなネットワークを敵にして
いつかきっと親サーバへ乗り込んでやるというのが現在持つ野望であり、また己が歩むべき道だと思っている。
授業中はデスクトップは管理されておらず、遊びたいならば遊べば良いが後の保証はしない、といった処か、
中にはヘッドフォンを着けている者もいるし(本人は教師の講義を聴いている振りをしているのだろうが)、
キーボードを先程から同じ場所しか叩いていない…おそらくゲームか何かをしているのだろうが、
そういった者も見られた、景利はとりあえず授業は受けるのだが、風邪の菌が脳を浸食していくような
感覚に襲われそして鼻水がだらしなく垂れそうになるので、文字の羅列と格闘するよりもウイルスと格闘して
いる時間の方が長かったようにすら感じられた。
暑いのにおれはどうして鼻から水なんて垂らしているんだ、今は夏、そう、夏なんだ! 夏夏夏!!
さあ海へ行ってビーチバレーでもやろうじゃないかさあさあかき氷で頭をキィンと云わせようじゃないか!
と、現実逃避及び妄想をしつつ外の景色へ視線を移す、 ああ、何処の学校にも桜があるのは何故だろうとか、
遠くに見えるあのビルの社長、最近テレビでマスコミの人気者になっている(女性関係が縺れたらしい)んだった
よな等と考えているうちに、パソコンへメールが一通来ていた。
授業中にメールするなら携帯にやれよと不満に思ったのだが、どうやら耀二かららしい、
こいつ、授業聞いているように見えて聞いていないんじゃないか、と溜息を吐く。

 添付ファイルがある。
耀二はメールに添付ファイルなどあまりつけない上、授業中に添付ファイルとは一体何事か。
ファイルを開くと、そこには一枚の画像が入っていた、おそらくTTGで撮影したのだろう。
黒くて良く見えないが、確かこの画像は、この写真は――……

《本文》
本当に、転校してきちゃったね。遺書にあった通りだったから、良い事なのかな?
遺書っていうか、書き置きだけど。 ってゆーか兄貴さ、遺書の内容、覚えてる?




 【 02: 解錠 】

 全ては水面下で行われていたという事だった、そういう事だろうか。
寧ろ誰も知らなかったのではあるまいか、もしかすれば突然の思い付きだったのかもしれない…いや、
それは無いだろう。寧ろその真逆。昔から考えられてきた、綿密に書き込まれたシナリオの如く。
誰かを失うという感覚はその直後ではどうも理解し難いもので、よく胸に穴が空いたような感覚、などという。
その時己はどうであったろうかと胸へ手を宛ってみる、いや、そんな空疎な感覚では無い、ならば何だ?
これだ。しっくりと来る表現、空疎でも虚ろでもなく、只々それは『重かった』。
胸へ穴を穿たれるのではない、腹の中に何か重たいものがずしりとある感覚、外部からは施しようが無い。
事実に指先を触れようにも動く事が出来ない、どうしてこうなったんだどうして今?どうして彼が?どうして俺が?
そんな幾何もの思考が飛び交い、そしてそれは腹へと溜まっていく。結論を導き出せるわけでもなく、
只々自問するばかりで抜ける場所が無く己の中へと蓄積する。思考を止めれば良いのだろうが、そんな芸当が
直後に出来ようものか、ふらふらと覚束ぬ足を引きずるようにして進む、両手を前へと突き出す――…
……だが、目の前でこちらを痛ましそうに見ている男には、どうしても触れられない。 また、一歩。
指先が布地に触れた。それを確認するや否や必死に手繰り寄せるようにして両手で掴む。
「どう……して…だよ……… 何で……」
「………」
 目を見開いて、必死に見上げてくる、対して目線に差は無いのだが、
まるで縋るような仕草に幼子の面影がちらついた、あまりに幾つもの感情の鬩ぎ合う瞳を見ていられず、
つい顔を逸らして目を伏せた。
「……事実です」
「どうして……何で、親父は、死、んじまったの…か……?」
 死んでしまった、と断定してしまう自分を恐ろしく思い、まるで目の前の男に問いかけるように言葉を発す、
だが答は終ぞ返って来ぬ、どうして、まさか、死んだのか、そんな。
両掌に籠もる力が増えた、目の前で顔を逸らしていた男が毅然とこちらへ向き直り、手を離させた。
逆光に男の眼鏡のフレームが反射してつい目を伏せたくなったが、脊髄反射すらもショックで効かないのか、
それとも目を伏せると全てを承諾したかのようで出来なかったのか。
「…いいえ、お亡くなりにはなっていませんが……」
「だったら、どうして!!!」
「いなくなってしまったのです」

 失踪の類だろうか、それとも冗談だろうか、まさか誘拐では無かろうか?
父の秘書を務めていたあの眼鏡の青年は只いなくなったのだ、と告げるだけでそれ以上を話そうとしなかった。
どうやら己の口から聞くよりも百聞は一見に如かずなのであるから遺書を、いや、"書き置き"を
見ろという事らしい。父の事だ、兄弟一人一人に遺書を残している筈。
何処にあるのかと問えば『弟に聞け』だそうだ、まさかあいつは知っていたのか? 俺は知らないのに?
帰路につく際、車で送ろうかと提案されたが、あの鉄の密室の中で考えるなど気が塞ぐと告げ
オフィスビルをまたふらふらと抜けた。


『ちゃんと帰りに仕事場に寄れよ、二人でも一人でも構わないから』
 毎日そう言われていた、夕飯の材料を買うだの何だのとこじつけて父はそう言って聞かせていたが、
矢張り妻を事故で失ってから心の拠り所が息子二人と仕事しか無かったのだろう、
そんな様子は全く見せなかったが、悲しみを口にすれば自覚して更に辛くなる事ぐらい周知の事実であり、
そして無理に明るく振る舞う彼に、兄弟二人は無論側についていようと、側に居ようと思っていた。

「悪ぃ、今日俺、ちょっと急いでるから先帰るわ」
 耀二が手際良く帰る準備をしながら言う、景利が部活動をしている間、
大抵自習室か何処かで暇を潰しているのだが、今日は帰るらしい。
スニーカーを片手に、一言「そうか」と告げた。慌てたように教室を出て行こうとする背中に、
思い出したかのように、届くよう声を少し大きめにして呼びかける。
「耀二ー! 今日、何かあるのか?」
 教室から出かけていた為、扉から顔を戻すようにして景利の方を向く、
何て事無いといったふうに、耀二は訝しげな景利を見遣る。
「いや、ちょっとパソコンがさ」
「……あ、そう」
 聞かなきゃ良かったさっさと帰りなといったように景利は項垂れた、
何だよ、と耀二はむっとしたが、その直後にやりと笑って一言、
「兄貴こそ、大会前日に、また! ドブに足突っ込んで捻挫するなよー!」
「て、てめえ…いいからさっさと家に帰れ! シッシッ」
 景利が鳥を追い払うようにやると、ケラケラと笑いながら一目散に耀二は逃げていった。
はあと溜息を吐いていると教室に残っていたクラスメートがクスクスと笑っていた……
……どうやら己の恥ずかしい過去を帰り間際にさりげなく大声で叫んだ弟の所為らしい、
家に帰ったら一発デコピンでも食らわせておかねばと心に決め、部室へと向かう事にした。

 無論仕事場へ寄るのは一人きりになるわけで、見慣れた顔の案内係のお姉さんに軽く会釈をしてから
エレベータへと乗り込む。目線の遣り場に困るよな等とぼんやり考えつつ、いつものフロアで降りる。
部屋へ入る前のノック後、聞こえたのは父の声ではなく秘書の青年の声だった。
そしていつも父が座っている筈の大きな椅子はがらんとしており、机の横で青年が立っているだけだった。
「……あ、れ…穂嵩(ほだか)さん、親父は?」
 訳が分からず首を傾げて彼へ聞く、いつも見せる優しい微笑はそこに無く、機械的な鉄面皮だ、
どくん、と心臓が脈打つのが耳元で聞こえる感覚がした、気の所為だろうか、何だろう、この"間"は。
何処か――物凄く、嫌な、悪寒がする。聞いてはならぬ事を、聞いたような、そんな気がした。
「日和社長は――……もう、帰って来ません」


 初夏の夕暮れ時は、夏とはいえまだ涼しいので嫌いでは無い。
だが頬を爽やかに擦り抜ける風とは打って変わって、景利の足取りは重かった。
警察に連絡すれば良かったのか、いやそれとも、会社の誰かに言えば良かったのだろうか?
待て、もしかしたら、あの男が、穂嵩が彼を殺したのではないか、隠蔽工作でもしたのではないか、
だが、そんなわけが無いなと、一秒もしない間に景利は答を導き出した。彼は長い付き合いで
その上耀二の面倒まで見てくれたではないか、とても信頼するに値する人物なのだ。
 駄目だ、こんな事を考えていては結果が得られない、まず遺書を、書き置きをどうにかしなくては!確か彼は
弟に聞けと言っていた、弟というのは勿論耀二の事である。いや待て、まずあいつはこの事を知っているのか?
携帯を取り出す、電話帳ツールへ移動する為にボタンを押すだけだというのに指先が震える、
耳へ宛う、呼び出し音が鳴っている、出てくれるだろうか、ああ、でも出て欲しく無いかもしれない、
だが、出たからといってまず何を言えば――
『……もしもし?』
 ああ、出てしまった。
「あ、あのさ…耀、二。 ……お前…その、………あのさ」
『何だよ。俺今忙しいんだから。 ……何?』
 耳を澄ますと、声だけでなくキーボードを叩く音が聞こえる、
彼は夢中になるとタイピングが目にも留まらぬ速さなので、速度に比例して音も大きくなる。
実際、電話口にまで響くような音がしているという事は、随分と集中しているのだろう、
だが、今はそんな事よりも、そんな事よりも大事な事がある。
「………親父の事、なんだけど」
『……!』
 けたたましい音を立てていた規則的だった筈のキーボードの音が乱れ、一瞬止んだ、 息の詰まる音。
そしてまたゆっくりと、キーボードを叩き始める音が聞こえる。それだけで全てが分かった、
ああ、こいつはもう『知っている』んだな、 と。
『……兄貴、早く家に帰って来いよ、 見せたい、ものがあるんだ』
「ああ俺も……お前に聞きたい事がある」
『いや、聞く事ぐらい今言えよ……』
「それが、いや、その、何だ。ケータイの電池がやばくて」
『あ、そ。 じゃあ待ってる』
 通話が切れた。画面を確認する、携帯のバッテリーはまだ暫く使える、全く切れそうに無い。
だがそれが何だというのだ。電話口で『父の遺書を知っているか』と聞けと?『お前が知っているのか』と?
内容も内容だが、そんな事を外の、こんな所で聞きたくなど無い。ビルの隙間に隠れて喋ったとしても、
何処かの監視カメラに管理されているのだろうから、こういう時に限ってこの世界のシステムが疎ましく思える。
ああどうしてこんなに栄えてしまったのだ、何でもかんでもあの電気で動く箱に詰め込めば良いとでも
思っているのか、政府は。さてどうなるニッポン、とまで考えて、かぶりを振った。
――早く帰らなくては。
 携帯をポケットに突っ込み鞄を肩に提げ、地を蹴る、学校のグラウンドと違ってアスファルトなので
スニーカーを通じて伝わる感触こそ違うものだが、風を切る感覚は全く同じだった。
陸上部期待の星、エース日和景利、行きます! ……自宅へ。
全ての考えを振り払い、街路を駆け抜けた、人々の間を縫って駆け抜ける、
少し走れば人通りの無い堤への道があった筈だ、そこへ行けば全力で自宅へ走れる。
そうだ、走って行こう、全力で。 そうすれば、何も考えなくて済むのだ。



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「これ、マジで貰っちゃっていいの? 冗談抜きに? 本当に?」
 耀二はきょとんとした表情で見上げた。手渡されたディスクは小さかったが、畏れ多くて片手で持つ気には
なれなかった、いつもならばこれを見てぼんやりとそういえばコーヒーコースターこの間割っちゃったんだよなぁ
といった逸脱した使用方法が脳裏に閃くのだが今回ばかりはそういう事は決して無かった、
寧ろ、これを手にしている事に混乱のような歓喜を帯びた複雑な感情が渦巻いている所為か、
整理の付かない頭の中ではとりとめのない事が浮かぶ処かディスクの映像だけがぽっかりと浮かんでいる。
「独断でくれるの」
「……秘密ですよ?」
 苦笑して彼は頭をくしゃりと撫でた。耀二はディスクに視線を落としてから、にこりと彼へ視線を向けた。
彼曰く、『まだ手渡すのは早いけれど』だそうだ。親父も彼にディスクを預けた時にそう思ったに違いない。
だが彼の独断で、今渡しても差し障り在るまいという結論に至ったらしい、責務は己で負うのか、
だが大した代物では無いのだから不機嫌な顔をされるぐらいだろうなと思い、耀二はまた一つ微笑した。
「ありがとう、穂嵩さん!」



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 まさか予想していた事とはいえ、そんな間の抜けた真似をされているとは思いもしなかった。
いつもより一足先に自宅へ到着した耀二は、家へ入るなり靴を乱雑に脱ぎ、オートロックの扉を乱雑に閉めた。
部屋へ突撃する前に、まず落ち着く為に顔を洗いに慌ただしく洗面所へ移動する。鞄を横に置いて
蛇口へ手を伸ばすと水が勢い良く爽快な音を立てて噴出した、魚が水面で跳ねるような音を立てたのち
止めていた息を大きく吸う、鏡に映った自分の顔は強張っていて、慌てる反面緊張と昂りがある。
いけない、落ち着かないと、とかぶりを何度も振るとまた顔を洗った、よし、これならどうにかなりそうだ。
タオルで適当に水分を拭い、鞄を床から拾い上げ落ち着いた足取りで階段へと向かう。一段踏み外しでもしたら
面白いのだがなと思ってもみたのだが、洒落にならないので不吉な考えを掻き消した。
 毎度毎度父の部屋へ勝手に忍び込むのは心が痛んだので、ごめんなさい、と誤りながらパソコンを起動した。
自分のパソコンを横へ置きUSBコードで繋ぎ、二年前に貰ったディスクを挿入しておく、
どれだけの容量を使用しているのかあまり気にしないのだが、起動が遅いので暫く待つ事にした、だが
只々待つというのも癪なので、真っ暗な部屋のカーテンを全て開け放す事にする。
 ディスプレイの光のみに支配されていた部屋は暁の陽を取り入れ、橙色に染まっている。
軽快な音を立ててカーテンを手で開ける、オートで開くのだが、耀二はどうもまどろっこしい為手で開けた。
丁度パソコンも両方起動したようだ、まさか大手セキュリティ会社の親システムをハッキングした己が(というより
そのシステムは元々このパソコンの持ち主が開発したものなのだが)これの、しかも起動直後の認証で躓くとは
思いもしなかった、というよりも、信じたく無かった。昔パソコンを与えられた頃からずっと睨み合っている
この画面も、小さい頃から見飽きている、だが認証の第一関門をクリアしなくてはその退屈という鉄扉の先に
ある未知の誘惑に触れる事すら出来ない、時折父が起動している画面を見ると広がっている断片に
何度心を動かされた事だろう、だがそれは父が居るという条件下の出来事なので、己で解析して起動せねば
その"未知"を己が手で掴み取る事が出来ないのだ、己の力で開くからこそだというのに。

 まず問題なのは、父が何をして認証しているか、という根本的な問題だった。
パスワードを入力して、というものならば素人にも出来るような解析で、ナメているのかと逆に怒りたくなる。
だがこの認証画面の場合、マウスポインタこそ出てはいるがクリックする対象も無い、
念のため画面中1bitも見逃さずクリックするものが在るまいかと探しに探したが、見つからなかった。
父の起動している瞬間を目で見れば容易いのだが、それでは難しいクイズの答を見て解答しているような
ものである、狡い上にそれでは本質を見失ってしまっている。
画面に現れている文字はどうも簡単というより寧ろこちらを嘲笑っているのではないかという程に簡単なもの。
【日付を入力して下さい 西暦/月/日付】
 初めてこのメッセージを見た時、ディスプレイを殴り飛ばしてやろうかと思った程だ、
だが実際にはどうにもやる気が削がれたというか、いや、俺何したらいいんですか、と、自分がハッキングする側
という事実を忘れてしまいそうになる程だった。
 何の日付だろうか、父の事だから単純な事だろうと思い、誕生日か何かかと思っていたのだが、
様々な彼の情報やら家族の情報を入力しても何も起こらない上に穂嵩から貰っていたディスクにある
ソフトを起動し中を覗く為に用意されたツールを使用しても、そんな数字は見当たらないのである。
このソフトは非常にシンプルにまとめてあり、尚かつ改造がし易いというのが嬉しい処だ、
以前自作のソフトでハッキングやら何やらを行っていたのだが、どうも自分で作った所為か
使い慣れてしまった上そのソフト自体に寧ろ脳が合わせようとしているのか、改造の余地が無かったのである。
だがこれならば幾らでも未来性がある上に、まだツールが発掘出来るかもしれない、という期待があった。
「……ったく…親父も面倒くせえ認証してやがるなぁ」
 ヒントくらい出せよ、と毒突いてみるのだが、将来誰とも付かぬ者のパソコンをハッキングするのであれば
そのようなものは与えられないのだという事実が後から付いてくる為、只々舌打ちしてプログラムの解析を
するばかりだった、未だそれらしき数字も英字も見られない。
よく見るとプログラムは言葉になっているのが面白い、起動してからの行動記録もQ&Aのようになっており、
また元のプログラムに詰め込まれているそのQ(クエスチョン)部や用意されているパターンを
目で追っているのも楽しい、意表を突くようなA(アンサー)を出せばどうするのだろうとか、
またどういったアンサーを期待しているのか、そして何百万何億何兆通りとある行動の中で、
本当に、唯一正しい道を示しているのはどれなのか。
アンサーを導き出すには、逆算してクエスチョンを探さなくてはならない、例えばこれを起動したいのならば、
あの日付入力メッセージ出現後の指令、【文字入力】など。この場合、【起動】でも良いのだが、
それでは大雑把過ぎる為細かく行動を探してやらなくてはならない。その細かい行動を緻密に探していくのが
大変な作業なのだが。
もしかしたら別のソフトや人ならばもっと上手くやっているのかな等と考える事もしばしばあるが、
それは無かろう、もしそうならばあのシステムに侵入し話題になるのは己だけでは無いのだとかぶりを振る。

 そして今日、また起動された無感情なディスプレイ。
今日早く帰ってきたのには理由があった。
先日たまたま父にパソコンを弄っている現場を押さえられてしまい(今までは黙認だった)、
流石に見られてしまうのはまずいなと思っていると彼はケラケラと笑い出し、でかくなったな等とおおよそ
無関係であろう事を言った後、パソコンのハッキングを『公認』したのだった。
 最近は運動部の大会が近かったり他の学年が中間テストだったりと帰宅時間が早い上、
時間割が早く終わるものとそれらが重なった為、つまり絶好のハッキング日和、とでも言っておこうか。
他学年が午前中で帰宅しているのはどうも腹立たしかったが、いつもより比較的早かった為良しとした。
(………くそっ、クエスチョンが絞れても、アンサーが見つからないんじゃ意味無ぇだろ…)
 軽く舌打ちをして頭を抱える、左にはクエスチョンの候補とアンサーの合計を出したソフトの画面、
右には認証待ちの鉄扉。可能性あるアンサーの合計は684071通り。
いやあ何て歯切れの悪い数字なんだろうハハッとかそういった問題では無いのだが、
あまりの数字に勝手に口からその言葉が出てしまう。
ここまで算出出来たは良いのだが全てを入力させるというのも無謀であるし、アンサーの合計プラス
クエスチョンの合計、予想するに、これは入力を終えた後の行動パターンまで算出されているのだから
少なくとも入力だけで事足りる筈が無いのだ、 一言。
「やってられるか!!」
 時間がある時に何度もパターンの算出ばかりやってられないまだこれをやるのか何年間やってきたと思ってる
んだ大体俺はパターンを算出する以外にシステムの言語を読み取ってそこから情報を取り出しそれから……。
頭の中がぐるぐると回ってきている、あぁこの数字は俺の誕生日……この日付は親父がおでん屋をやりたいと
喚きそしていつもは大人しいお袋に断固反対されて泣いた日……いや、こんなのはどうでもいい。
認証待ちの鉄扉の前へ立ちはだかる。ああお前を開けてやろうこれでも駄目ならくそくらえ、
また俺はあの算出をし始めるよもしくは寝るよさあさあ開けごま、アラビアンナイトって最後どうなったんだっけ?
ヤケになって入力した日付は、 ……今日の、日付。
我ながら何て自虐的で間抜けな事をしでかしたのだろうヤケになるにもこれは無かろう
というよりもっとマシな日付は無かったものか、例えば誕生日とかそういったもの、いやそれとも別の・・・
  【認証しました】
 現れる、無感情な文字。
「――――――――――――――――――――え……」
 続けて現れる、デスクトップ画面の壁紙、タスクバー。
いやいやいやいやいやいやちょっと待て待て待て待ておいコラ待て待てって言ってんだろおい俺の苦労は?!
確かに今までその日の日付を入力した事など数えきれない程あっただが何ゆえ今日なんですか、何でですか
ねえちょっと、いや何ていうか物凄く医者に不治の病だと言われた次の日に回復した患者の気分なんですけど、
と、耀二が脳内で己と葛藤しているうちに、パソコンは無情にもそこへ起動後のデスクトップが鎮座していた。
「俺の! 俺の苦労は?! 俺の! 俺の数年間は?! 何この喪失感!! 俺の、達成感は?!」
 泣いてやりたかった、いやディスプレイを見つめ過ぎた渇いた目からは涙も出なかった。
机へぐったりと項垂れる、するとスピーカーから、ぽわん、と、電子音が聞こえた。父のパソコンからだ。
メールか何かの受信だろうか?いや、そんなプライバシーに踏み込もうとは思わない。
『いつか親父のパソコンに、気付いたらハッキングされていた、っていう跡を残しておいてやるからな!』
 懐かしい宣言だ、己が解析出来ぬパソコンなど父のパソコン以外に無い……というより寧ろ、
これはセキュリティにおいては世界一を誇るのではあるまいかという程難しいのだから。
彼の会社の重要機密を盗もうとかそういった理由ではなく、セキュリティを誇っている彼を
あっと言わせてやりたいという子供心でしか無い、だから昔からこっそりとやっていたのに不覚にも
見つかってしまい(あれは手抜かりだったと未だに思う)、だがあの発言をした小学校の頃から
そんな事ぐらい隠さなくてもお前がこうする事なんて予想出来るだろう、バカ、と一言言われただけだった。
 さて彼のデスクトップにテキストファイルを置いておこう。前から考えていた本文で。
ハッキングしてやったぞ、という達成を告げる為に、画面をクリックする。
新規作成、テキストドキュメント――……、
ぽわん、とまた、間の抜けた電子音が鳴る。
煩いな、俺は今達成感に浸る事にしたんだ、と耀二が画面に現れたウィンドウを消そうとする、
だがそこにあったウィンドウは、メーラーのものではなかった。

 これは、これは。
"この日"の為に用意された『ソフト』。

耀二は、息を呑んだ。



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 俺、何やってんだ。
自宅に着いて、景利はげんなりと項垂れた。
家が見えてから速度を緩め、自宅へ入り扉を閉めて室内との段差に座り込む、 と、同時に襲う疲労。
はぁ、はぁ、と肩で息を切る、疲労もまたそうだが、一心不乱に走っていた為に何度も事故に遭いかけた。
そして用水路へ足を突っ込んで捻挫をしそうになったりと一人愉快な事になりそうだったのだ(もう御免だ)。
肺が随分と酸素不足になっているようである、ふくらはぎの筋肉が引きつり、準備運動をするのを忘れていた
事に気が付いた。かといって今更運動してもどうにかなるわけでもなく、只々酸素を取り入れた。
身体が大気圧に押しつぶされそうになり、そして重力に強く引き寄せられているような感覚がする、
こんな時に地球とお友達になってどうすると一蹴し、背中からどっと倒れて天井を少し仰いだ後、目を伏せた。
何を考えようか。親父の事?死んだ理由について?遺言について?耀二について?
 親父の事。
父は妻を事故で失った後、三日泣き通した。声を上げずに、ずっと泣いていた。
連休の前日だったので、久しぶりに皆でドライブでも行こうか、などと話していた時。
その日の弁当の買い出しに行こうと母は外へ出た。良くあるといえば一言で終わってしまうのだろうが、
兎にも角にもこの言葉で言うしかあるまい。『良くある話だが』、彼女は飲酒運転の車に跳ねられた。
ニュースで取り上げられる程の事でもない、些細な事件。だが、その些細な事件は一家にとって大いなる厄災。
勿論ドライブなど中止になって当然だ。タチの悪い事に、その運転手は意識を取り戻しかけていたらしく、
バンパーに人が当たる処を目撃した後恐ろしくなり、一度車を停止した。そして出発間際に、再び轢いた。
二度轢かれた所為で、母は轢かれた左手がもげていた。一度目は跳ね飛ばされ、買い物袋からウインナーや
ニンジンといった弁当の材料が道一面に散らばっていた。通りかかった人が車のナンバーを確認して、
救急車を呼んだ、夕刻、人通りの多い商店街の入り口で母の亡骸の周りには人々が懸命になっていたそうだ。
無論病院に運ばれるどころか、母は病院に到着した途端に息を引き取ったそうだ。
病院の白い天井を見上げて安心したように、眠りに就いたらしい。……永遠の、眠りに。
父は妻の最後を看取ってやれなかった、久しぶりだったからと浮かれていたのが余計に罪悪感を感じたらしい。
病院で対面した時既に母の顔には白い布が被せてあり、近寄るより早くそこへ膝を突いて涙を流した。
近寄れない、と思ったらしい。これ以上近付いたら、余計に壊してしまいそうで、近寄れなかった、と、
 彼は、景利と耀二らが中学へ進学した後に、母の事故について話した。
強がっても仕方無いんだよな、とヘラヘラ笑っていたが、内心そんな事は思っていなかったのだろう。
依存する拠り所を家庭としていた父の事だから、更に辛くなったに違いない。
景利と両親しか遊び相手が居なかった耀二は勿論、父の方も二人の息子へ余計に構うようになった。
休日に限り、ではあるが。だが、いつも必死に家族の事を考えていてくれて仕事を頑張る様子を見ていると
矢張り良い父を持ったのだなと誇りに思えた。 そんな、彼の、急逝……いや、『失踪』としておこう。
 死んだ理由――いや、失踪した理由について。
そんなものは見当たらない。これ以上は、考えても無駄だろう。
 気がかりなのは、そう。"書き置き"について。
穂嵩秘書が言うには耀二が握っているらしいという事。
――あいつ、耀二。…そうだ、あいつ。 今、何をしているのだろう。
耀二は幼い頃から人付き合いというものがどうも苦手で、社交性はあり友好的でもあるし
傍から見ても、どうして友人が居ないのか不思議に思われる程である。嫌われているというわけでは、無い。
おそらく彼がパソコンばかりを優先し友人関係を希薄にしてしまっている所為かとは思われるが、
本人は全くそれに関して困ってもいないし、家族が相手をしてくれるから、という理由で深刻に考えてはいない
ようである。深い関係など結ばなくても良いのだと、必要では無いと、そういう事らしい。
社会に出ればそういった一時的な友好関係も大切になるのかもしれないが、それを幼き頃からするというのは
感心しない、小学校低学年の頃は良く苛められたものである。……とはいえ、以前一度だけそのいじめっ子の
リーダー格の人物と大喧嘩をして勝利したという事もあるのだが。
(大抵被害を被るのは家庭であり、反省の色が見られなかったのが困りものなのだが)
 そういうわけで彼には家族以外に信頼出来る人物は居ない。消滅するという事は、存在しなくても
差し障りがないという事だから、だそうだ。………無理強いして交友関係を作れとは言わないが、精神衛生上
あまり宜しくないと景利は常々頭を抱えていた。いつかどうにかなると言い聞かせてはや十数年。
解決の糸口すら見つからぬ、迷宮ラビュリントスにでも迷い込んだような心地。
ああ、でもそしたらイカロスのような英雄でも彼の目の前に現れて人工の翼で飛び立つような事が出来るのだろうか?
それとも、迷宮に潜む怪物ミノタウロスに取って食われるか。

 少なくとも今己らが立ち向かっているのはミノタウロスのように形が見える怪物ではなかった。
何か目に見えぬ不確かなもの、それの鍵を握るのが耀二自身だという。
瞼を開ける、真っ白な天井の光が目に射し込んできた、
さあ、起きよう。 迷宮などと夢現(ゆめうつつ)を抜かしている場合ではないのだ。既に鍵は、握られている。


 無感情に、耀二はこちらを振り向く。
部屋に彼が居ない事を知り、他の部屋部屋を回っていると辿り着いたのが父の部屋だった。
嫌な共通性に悪寒を感じながら足を踏み入れると、窓を開きながら耀二はこちらを見た。
「…………おかえり」
 予感は当たるだろうか、出来るならば外れて貰いたい。景利は息を呑んでいた為返事が出来なかった。
耀二はこちらへ来いと促すように視線をずらし、父の椅子へ座る、視線は既にパソコンの画面へ移動していた。
「親父のパソコンから"遺言"が見つかったよ」
「――――!!」
 何で、まだ何も言っていないだろう、まさか、穂嵩に連絡でもされたか。
「死んではいないらしい。でも、まぁ……死んだようなもの、だけれど」
「………あの、さ」
 言葉を遮ろうとするが、ディスプレイを見つめたまま耀二のキーボードを叩く音がけたたましく響く、
無視されたも同然で、耀二はそのまま言葉を続けた。
「文章にこそなっていないけれど、これはどうやら今日の為に数年前から用意されていたらしい。
 俺が親父のパソコンをハッキングして見つけないと起動されないようになっていたみたいだけれど」
「…………」
 幾つもの訳が分からぬ単語が彼の口から発されて、何が何だかさっぱりだ、
一つ一つ説明を求めたい処ではあったが、それでは話が続かなそうだったので黙って聞く事にした。
「親父は今日のこの日の為に自分のパソコンの起動認証までこの日にしていた。そして親父以外の人物が、
 まあ、つまり俺のパソコンを認知したから俺だって分かったんだろうけれど、俺のパソコンが繋がれ、
 そして起動されると共にあるソフトが起動した。タイトルバーには何も表示されていないから、きっと親父が
 自分で作ったものなんだろうな。一応俺のパソコンの方にコピーしておいたけれど」
「………その、ソフト、っていうのは」
「――――ああ、それが問題の、……"遺言"さ」

 死んでしまったのだろうか。
耀二は一旦そこで言葉を切って、キーボードを更に早く叩きはじめた。何か電子音がする、
一息ついたように、耀二はこちらを見て深呼吸をしてから、吐き捨てるように告げる。
「………事後処理は全部穂嵩さんに任せてある、ってよ」
 何の、"事後"だというのか。
耀二はキーボードを憎らしげに叩いた、 エンターキーだ。
景利の後ろで機械音が鳴り響く、突然の事でビクリと身体を揺らし咄嗟に振り向くと、
どうやら印刷機があったらしい、そこから印字された1枚の原稿を訝しげに見ていると、
耀二が苛々した様子で「取って読めよ」と急かした。偉そうだな、といつもならぶつくさ言ってやりたかったのだが
今回ばかりはどうやら内容が、そんな冗談めかした会話で彩って良いものでは無さそうなもので、
且つそれは、待ち望んでいた、いや、目を逸らしていただろうか?兎にも角にも、口が動かなかったのである。
「……俺を、恨むなよ」
 耀二はそう告げ、苦渋の面持ちで告げる。それ以降彼はこちらを見向こうともしなかった。

 "景利へ"
 その書き出しを見た瞬間、軽い目眩を起こした。
ああそうか、そうか、死んだのか、いや、まさか、本当に彼が"遺言"を、"書き置き"の鍵を握っているとは。
 あまりに呆気無さ過ぎる。
もしや、自宅へ電話をした時に聞こえていたキーボードを叩く音はこれを手に入れる為の?解析する為の?
目も耳も塞いで何処か遠くへ逃げてしまおうか、部屋へ閉じ籠もって何も無かったかのようにしてしまうか、
だがそんな事は出来そうも無い、 目の前の"書き置き"は白と黒で無機質過ぎるにもかかわらず、
まるで父がいつも見せる微笑が浮かんで来そうだ、 何だ、そろそろ帰って来る時間じゃないのか?
おいおい親父何処行ってるんだよさっさと帰って来いよ今日の夕飯は餃子だぞ早く帰宅しろよ寄り道するな!
走馬燈だろうか、ぼんやりといつもの捲し立てるような言葉の羅列が脳裏をよぎった。
だが彼は父が遺した鍵を解錠してしまった、あとは中に積まれている遺物を検証するだけ。
恨むものなど何も無い、だが今己が一番心配すべきは発狂せずに読み終える事が出来るかどうかなのだが。


---→ To be continued.
2005/11/05(Sat)21:32:30 公開 / ゆきしろ
■この作品の著作権はゆきしろさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして!ゆきしろと申す者です。
今回こちらへ投稿させて頂きました作品は現在続編を執筆しております。
現代とも近未来ともつかぬファンタジーと堂々申しておりますが未だそこへ十分辿り着けていない為お見苦しいかもしれませんが、何卒ご理解頂けたらと存じます。
オリジナルの小説はこれが処女作で、まだキャラクターの魅せ方など至らぬ部分も多々ございますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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