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『HERO』 作者:名無権兵 / SF リアル・現代
全角16977.5文字
容量33955 bytes
原稿用紙約54.6枚
以下内容要約:パソコンをいじくっていた主人公は、ある日突然、『勝ち組』サイトという謎のサイトに導かれます。そのサイトは世間の流行や政治・経済を社会の影から支配する勝ち組たちの巣窟です。唐突にその『勝ち組』に選ばれた主人公はサイトで活動をするようになり、決められた世間の情報に飽き飽きしだします。そこに一人の少女が現れて……すったもんだという話です
題名『HERO』
   『おめでとう あなたは かちぐみ に えらばれました☆』

『はい あなたは せかいの しはいしゃ です☆』

『しごと を してください☆ しごと を してください☆』

『ほんとうに かちぐみ から ぬけても いいのですか?☆』

『ばいばい どれいやろう☆ しね☆ しね☆ しね☆』




ダラダラと、またボーっとしていた。
一晩中、パソコン、パソコン、パソコン。
なんだか目の前の箱に魂まで吸われるんじゃないのってくらいひたすら画面を見続けていた。
毎日毎日、こんな奴に向き合って何時間も潰してるなんて、愚かなことだなやっぱり。
馬鹿馬鹿しくもそれなりに至福の時であるパソコンタイムを僕はおしまいにすることにする。
目の前の箱は僕の指示に従ってアプリケーションを一つずつ閉じていき、インターネットも文書を作成していたファイルも一つずつ消去していく。
やがて照明と電源が落ち、無愛想な箱は完全に静かに、もっと無愛想になった。
明け方の部屋は完全なる静寂につつまれた。
リビングには衣類や雑誌が散乱している。
僕は少し伸びをして体をほぐした。
朝の光がやつれた体を温かくむかえ、遠くからはすずめの鳴き声がきこえてくる。
一呼吸ぼんやりとあたりを見流してから、新聞をとりにいこうと椅子から腰をあげる。
だるい。むさむさにダルい。
唐突に立ったことから多少ふらつきながらもなんとか玄関の方へと足をむける。
毎日こんな調子だ。朝が来ると眠くなる。すべてがけだるい。
シャットダウンしたパソコンが、再起動しはじめたのはちょうど その時だった。
ん?
何が起きたのかしばらく理解できなかった。
そうか、『電源を切る』にするところを『再起動』を選んでしまったか。
アホだな。まったくいまいましい。そのままいっそ爆発でもすりゃいんだ。
机から玄関への通路の間で立ちすくみながら嘆く。
大いに嘆く。
まったく面白くないことしかおきないよ、かーちゃん。
パソコンの黒い背景に使えないOSの名前が浮かび上がり、
すぐに見慣れた青い画面へと移っていく。
ウインドウにアイコンが次々と表示されていき、
マウスで操作する白い矢印が点滅を終え、使用者の操作を待つ段階へと移っていく。
そして、そこでそのまま勝手に今度はインターネットに接続をしはじめた。

あ?

一瞬、思考が停止した。
何故、勝手にインターネットに接続した……。
そのような設定にはしていないはずだ。
ハッキング。
その可能性を考えた瞬間にふらつきながらもそれなりに慌てて机に走りこみ、吸いカスだらけの灰皿の横にあるマウスに右手を伸ばす。
しかし、反応がない。
ハッキングは、電源が切れたパソコンにもできるのか。
ウイルスか。
となると今すぐコンセントを抜いたほうがいい?
そんなことを考えているうちに、画面は一つのサイトを映しだした。

『おめでとう あなたは かちぐみに えらばれました☆』

そこには少女漫画のキャラクターのような天使の羽の生えた、いわゆる『萌えキャラ』という類に入るであろう少女の画像がディスプレイに映しだされ、その横の吹きだしに大げさに装飾されたフォントを使った文字でそう書かれていた。

『あなたには もう ろうどう も べんきょう も ひつよう ありません☆』

ウインクをしながら言ってくる。音声はでないが画質のほうはかなり高い。
秋葉原でオタクが熱を上げていそうな精巧なつくりのどこかエロティックさも感じさせるキャラクターだ。
よくみると胸の部分に名札がついている。
『窓子ちゃん☆』と書かれていた。
なんと安直なネーミングセンスだろうか。
しかしなんだこいつは。ウイルスだろうかやはり。
コンセントにのばしかけた手をとめて画面に見入っていると、羽の生えた少女はポーズを変えて、次々に違うセリフを表示した。

『むのうな かいしゃ に いっしょうを ささげること も 
いみのない がくれき も ひつよう ありません☆』

左右に飛び跳ねながらこちらに訴えかけてくる。
反応しないマウスにあきらめ、とりあえずここは一服しながら事態を見守るかと胸ポケットの煙草に手を伸ばす。
さらに窓子ちゃん☆はここで一拍おいてビシッと指をこちらにさして決めポーズをとった。
無駄に芸が細かいよ。ご苦労ですね。

『あなたは いまから むのうな いっぱんじん を どれいに するのです★』

たちこめる煙草の煙の前でくりひろげられる展開に色々と考えた。

でも、とりあえず窓子ちゃん☆の羽が細かく動いているその描写の細かさが、その時は他の何よりも気になった。




 街に溢れる広告やアイドルのバカでかい写真を一通り見まわして、ため息をついて街から家への帰路についた。
みんなどうしてあんなものに盛りのついたサルみたいに騒げる。
一度、どこが良いと思っているのか数時間かけて徹底的に問い詰めてやりたい。
あんな流行は八割、いや九割は意図的につくられたものだと何故気づかないのか、バーカ。
帰宅した僕は昔のくせでテレビをつけてしまった。
チャンネルを回す。
どのチャンネルを見ても昔ほど面白いと思えない。
いや。
逆に昔はどうしてこんなものを面白いと思ってたんだよとすら思う。
パソコンに向かう。
昔に比べれば、こいつも愛想が良くなりすぎたね。
無愛想な頃のがまだよかったと、ここ毎日は思い知らされるよ。
『ご主人さま、おかえりなさいませ』
起動音までそういって媚びている気がして腹立たしいわい。
起動したパソコンは自動的に一つのサイトに接続される。
その名も『勝ち組』だ。
ことごとくバカにしている。
そのサイトで、いつものようにキャスターマイルドをかじりながら
その日の割り当てられた“勝ち組”の仕事を一時間ほどでこなす。
その後はテレビもパソコンも消して古典を読む。
五十年以上昔の映画を見る。クラシックを聴く。
チャップリンとかのおっさんの作品はいつ見ても色あせない本物の面白さがあった。
モーツァルトやメンデルスゾーンもあまりにもサイコーだった。
やっぱり『勝ち組』が操作してない時代の作品は良い。
そして、その唯一の楽しを終えた後はたいていそのまま眠りにつく。
ここ毎日、いやここ一年はそんな暮らしを続けていた。
 僕の銀行口座にはもう数えるのもめんどくさいくらいの金が預けられていた。
住居も都内の一戸建てに引っ越した。
相変わらず一人暮らしだが、新居は一人で暮らすにはあまりに無駄に、
本当に無駄に広かった。
大学は辞めた。
名もない三流校だっだので辞める時は何の未練も感じなかったが、
今ではそれですら懐かしく思える。
就職をするつもりもない。
というか、する必要が感じられない。
あの日、わけのわからない『萌えキャラ』がパソコンの画面に映しだされたあの瞬間から、僕の人生は大きく変わってしまったのだ。
お金の心配をすることも、自分の将来についてあれこれ頭を悩ますこともなくなった。
テレビゲームでいうならもはやこれはデバックモード、つまりキャラクターの資金やレベルを自由に操作できるような、負けのない人生になっていた。
今週どんな事件が起き、どの会社の株価が上下するか、僕は既に八割がた『知って』いた。
もっと言うなら来月分くらいまで把握している。
来週のCDのチャートでどの歌手が一位になるか、この春のドラマでどの番組が高視聴率をマークするか、さらには明日のサッカーの試合の結果すら知っていた。
たまに外れる時もあるが、それは統計的に意味のないくらいの割合なんだ。
『僕ら』が圧倒的に優位な立場にあることに変わりはない
だからテレビを見ていても何も面白くない。
雑誌を読んでいても吐き気がする。
こういう状況は五十年前からあったらしい。
つまりは戦後すぐからだ。
今とは程度が違い、そもそも僕が所属している『勝ち組』とは厳密には組織自体違うのだが、まぁその前身のようなものがあった。
本格的に事態が深刻になりはじめたのは一九七五年からだ。
ビルゲイツがその仲間と、現在はびこっている使えないOSを
後に作る会社を創立した年からだ。
戦時中の日本の特高警察やナチスのゲシュタポなどとは比べものにならないほど現在の状況は深刻だ。
ナチスや特高がムチで人を支配したとするなら、今は麻薬をそこら中にばらまいているようなもの。
支配されていることにすら気づかない。
はじめてあの勝ち組サイトで“仕事”をした時のことは今でもはっきり覚えている。
窓子ちゃん☆の指示に従って、僕は割り当てられた『行動ポイント』というものを
色々と振り分けた。
その時に強烈な事実も知ることになった。
勝ち組サイトでは、ありとあらゆる情報に触れることができたのだ。
ビジネスの分野では、世の中に出回っている商品の中には、あきらかに消費者にとって害のあるものも存在しているという事実を知った。
また簡単により性能の優れたものを手に入れることができるのに、それを敢えて広めていないということもあった。
一部の人間はその事実を知りながら、しかしそのままその商品を流通させていた。
他にも芸能の分野などでは、ある有名女歌手の歌の作詞を実は別の人間、それも男の同性愛者、つまりゲイが書いているという事実やスポーツ選手の誰が違法な薬物使用をしているか某アイドルグループのメンバーはヤクザや官僚の息子がせい揃いしているなどなど
害のある情報から、害はないが意外だなという情報などさまざまな情報を知りえることができた。
そのうちに僕は、この世の中は『なんでもありなんだな』ということを痛感した。
パソコンの前で僕はその日から何度もため息をつくことになった。
そして勝ち組サイトの“仕事”を通して、僕はそのなんでもありな状況にいくらかの影響を与えることができた。
それはそういうサイトであり、僕はある種、世界を裏から牛耳る秘密結社の一員のような身分になっていたのだ。
 イライラと思索していた僕の耳にここで突然電話がなりひびいた。
メンデルスゾーンを流しっぱなしにしたまま、いつのまにか考えこんでいたようだ。
ぼやけた意識も色を取り戻す。
この家に固定電話はない。鳴ったのはパソコンの横にある携帯電話だ。
高度な着信音が流行るご時世にもかかわらず、 僕の着信音は無機質な機械のベルの音だった。
発信元は知らない番号からだった。どうやら相手も携帯のようだ。
数秒、逡巡してから相手をつないだ。
「はい・・」
「あなたに話があるの。深刻な話よ。あ、この電話は盗聴されてないから安心して」
女性の声だ。ずいぶんとハスキーな声なので一瞬迷ったが、口調から判断できた。
「でも、その部屋は盗聴されてるの。だから余計なことは言わないで」
ハスキーな声で相手は続けた。その声から何故かやや背の高い、
長髪で深い黒色の髪をした美人を想像してしまう
すごい美人をだ。
とりあえず、頭に浮かんだ突っ込むべきさまざまなことよりもハセキョーみたいな美人を思い浮かべる僕。
「大丈夫?  突然でおどろいているとは思うけど」
「いや、おどろいてはないです。ただ…」
「ただ、何?」
ただ、『いやーあなたの声がいかにも美人の声で気になったんです』とは言えなかったので、ここは適当に話をつなぐことにした。
「ただ、今更かなー…と」
「今更…なるほど面白いわね。やっぱり適任だわ。」
何が適任なのだろうと、やっと声でなく内容に興味が湧いてきた。
「明日、午後二時に東横線の代官山駅の改札をでたとこで待ち合わせましょ。
青い帽子をかぶって来て」
一方的にそう告げると、黒髪の美女は電話を切った。
なんなのだろう。普通なら警察に通報するようなもんだ。
まったく意味がわからない。新手の詐欺か何かか。
しかし、不思議と僕は今起きた出来事に驚くことができなかった。
意外なことにはもう充分慣れてしまっていたのだ。
それに僕には予想がついていた。
これは『勝ち組』サイトに関わることなのだ、と。
それに毎日はどうせ退屈なのだ。
久々の未知のイベントは逆に願ったりかなったり。
何にも面白くないないんだから、こういうのも悪くはない。
とりあえずタバコとせんべいでも買いにいくとする。


平日の代官山はどこもかしこも高級きどりのご婦人でごったがえしていた。
家に青い帽子などなかった僕は、ここに来る前に原宿で適当な、千円もしないとりあえずただ青いだけの帽子を買った。
もちろんそれを頭にかぶっているが、恐ろしく似合ってない上に、セレブたちの中で非常に場違いなオーラをその頭上から放っていた。
約束の時間まではあと十五分ある。
一応、昨日のうちにこうやってスパイ映画のような呼び出され方をする心当たりについては考えていた。
恐らくは、いや間違いなくあの『勝ち組』というひねりのない不愉快なネーミングのサイトに関することだ。
それしか考えられない。
となると彼女も『勝ち組』の一人なのか。
『窓子ちゃん☆』とかいうあのサイトのふざけた『萌えキャラ』の話では日本では人口に対して百万分の一の割合で『勝ち組』が選ばれているという。
その基準はパソコンをもっていること、ただそれのみ。
それゆえ、年齢や社会層は多岐に渡る。
もちろんすべての日本人がパソコンを所有しているわけではないので、実際には少し限られた範囲の人間にはなるのだが。
つまりパソコンをある程度は使用するような人間にということだ。
だが、百万分の一ということは日本にはだいたい百名少しの『勝ち組』が
いることになる。
それは長者番付で新聞に載る人数とだいたい同じだ。
もちろん僕は長者番付になど載っていないが。目立つことはむしろ愚かだ。
代官山の街並みをこじゃれた格好をした若い大学生くらいのカップルが目の前を腕を組んで通り過ぎていくのをぼんやりと見てから、時計に目を落とした。
まだ、約束の時間にはなっていない。
もうしばらく街並みを眺めていることにした。
杖をついて歩く老人、たくましい体つきをした主婦らしき中年女性、茶髪の背の短いショートカットの少女、意外にもよく見るとこの高級きどりのまちにもさまざまな人が少なからずいた。
老人は雑貨店らしき店に入っていき、中年の主婦は僕の目の前を通りすぎて街の奥へと姿を消していき、茶髪の少女も僕の前を通り過ぎて、いや、通り過ぎずに目の前で止まった
「お待たせ」
聞き覚えのあるハスキーな声が聴こえた。
「さ、行きましょ」
少女は僕の方から逆に向き直るとずんずんと歩きはじめた。
僕は動かなかった。
「どうしたの?  まさかそんな場違いな帽子かぶって
人違いだなんて言わないわよね? 」
僕 の動く気配を感じなかったのか、少女は少し先で振り返って尋ねた。
やや長身の、そして長い黒髪のエレガントな女性、ハセキョーみたいな美人はどうやらもういくら待っても表れないようだということを僕は悟った。
「いや、たぶん人違いじゃないよ……」
「なら行きましょう。あまりここに長く二人でいるのは、
いや短くても、あなたがさっきからここに一人で立ちつくしていただけでも、
充分よろしくない事態だわ」
『よろしくない事態』とは語感的に何か釈然としないなと思ったが、
とりあえずここは何も言わずに少女に従うことにした。
「OK」
軽く答えて、僕は少女の後について歩きはじめた。
 さまざまな家具店や衣料品店を横目に進み、二、三分ほど歩いただろうか。少女は車道脇の街灯の横で立ち止まった。
「乗って」
彼女がしめす先には黒塗りのベンツが停められていた。
いきなり黒塗りのベンツ。ますますスパイ映画だな。
いささか警戒したが、ここで躊躇するのももはやなんだかバカバカしかった。
運転席には人影が見えたので、後部座席のドアを開けて乗り込んだ。
少女が続けて乗り込んできた。
「もう少しつめてくれる? 」
あらためて近づいて見てみると、少女はその年代特有の美しさというか、かわいさを備えていた。
その年代といっても初めよりはいくらか大人びた印象に変わっていたが。
年の頃は十七,八だろうか。
白い肌に黄金色に近い茶髪がはえる。
頬には若干のそばかす、いでたちはジーンズにジャケットとかなりラフだった。
背丈の小ささがその活発的なルックスをさらに際立たせていた。
残念ながらショートカットだったが、これはこれで悪くないかもしれない。
「何よ。つめてくれない? 」
「あ、ああ……悪い」
言われてようやく座席の奥へとつめる。
「出して」
空いたスペースにもぐりこむと同時にドアを閉めたショートカットは、運転席の誰かに向かってすかさず言い放った。
急速に車が動き出す。
「うおっ。って、おい」
あまりに急な反動に思わず体をのけぞらさせて僕は言った。
完全にスパイ映画か。意味が分からない。
横に目をやると、隣人は涼しい顔をしていた。
とてもテロリストか何かの類には思えない。
「さて、本題に入りましょうか。 とりあえず、自己紹介からね。
私の名前はさつき。二十歳の大学生。あなたは? 」
このままヤクザの事務所か何かに拉致されたりはしないよな。
内心に不安を抱えながらも、僕はそれを悟られまいと、まず質問に答えることにした。
「二十二歳の無職。荻窪武。てか、僕のこと知っててコンタクトとって
来たんじゃないの? 」
「もちろん知ってるわよオギクボ君。
じゃなきゃ、いきなり携帯に連絡なんかとれないでしょう?
こういうものはね、形が大事なのよ」
疾走する車のなかで、さつきはどこからか取りだした携帯電話をいじりながら
こちらを見もせずに答える。
年齢は予想していたよりもさらに上だった。
ということは、やはり幼いといえるのかもしれない。
「お呼び立てした件は、もう察しがついているかもしれないけど、
ずばりあの『勝ち組』サイト、通称、負け組サイトについてよ」
携帯から顔を上げてこちらに視線をもどしてさつきは言った。
待ちわびていた話題にようやく到りついたので、僕は安心して警戒を緩めた。
「うん、だいたい予想はついてた。それで? 」
車はどうやら渋谷方面に向かっているようだ。
法定速度を全く無視したスピードで進んでいるので、
もう周囲の景色が日本有数の繁華街に近づいていることを告げていた。
「わたしもね、あのサイトに選ばれた人間の一人なの。
あなたより選ばれたのが四年ほど早いけどね。それで簡単に結論から言うとね、
あなたは派閥を選ぶ時期にきたのよ」
派閥。その言葉を聞いて僕はいささか不機嫌になった。
きなくさいものを感じた僕の表情が曇ったのを見て取ったのか、
さつきは弁解するように話を続ける。
「別にあなたに強制しようって思ってるわけじゃないのよ。
実際、派閥には属さない、っていう派閥もあるくらいだし。 
ただ、あなたの今までのあのサイトでの“仕事ぶり”の傾向を見ると、
私が所属している派閥にぴったりだと思ったの」
さつきはここでこちらを覗き込むように首をかしげながら続けて尋ねてきた。
「あなた、あのサイトに選ばれて良かったと思ってる? 」
「全然」
迷わず僕は即答した。
「最悪の貧乏くじを引いたと思ってる」
その答えにさつきは満足げな笑みを浮かべる。
それと全く関係ないが、面と向かって話をしながらこの娘はだいぶ胸もあることに今更ながら気がついた。
真剣に話を聞いてる面持ちをしながらわずかに胸にも注意を注ぐ。
「で、真剣に聞いて欲しいんだけど、」
はい、すいません。
何気なく放たれたであろう言葉に戦慄しながらも、なんとか神妙な顔つきをつくる。
「あなた、世界のヒーロー達を守る気はない? 」
「は……? 」
いきなりそんな意味不明なことを言われても対処のしようなどなかった。
ただ、今までのあのサイトで得た経験からさつきの言わんとするところは
漠然と予想がつかないこともない。
「まぁ、いきなりそんなこと言われても意味不明よね。
自分でもそう思うわ。
もっと詳しい話は、もう少し落ちつける場所についてからにすることにしましょう」
黙して答えない僕に先んじて、さつきは話を切り上げた。
さばさばと勝手にどんどん進んでいくタイプのようだ。
窓の外に目をやると、渋谷の街を走り抜けていた車は、ちょうど109の横を通り抜け、さらに進んでいくところだった。
いったいどこにいくのだろうか。
また携帯に視線をもどしたさつきを横目に、僕は少し目を閉じて休むことにした。





ゆったりとしたソファーに座りながら、僕は目の前のガラス張りでモダンなデザインのテーブルに差しだされたほんのり湯気を上げるコーヒーを眺めていた。
それからそれを手にとってゆっくりと味わいはじめる。
うん、なかなか悪くない。スターバックスのコーヒーよりは旨いんじゃないだろうか。
小学校の教室ほどの広さの部屋には家具は僕の座っているソファーと、目の前の壊れやすそうなテーブルしかなかった。
壁は天井に向かってやや曲線を描いて伸びており、部屋全体が楕円のような形になっている。
発泡スチロールのような弾力を感じさせる白い壁に、青い羽毛の絨毯がしきつめられた床。
出入り口は僕の座っているソファからすすんで正面からやや右よりにある漆黒の金属のドアの一つだけだった。
さつきが僕をここに連れてきてからはまだ五分少々しか経っていない。
いつのまにか車の中で寝てしまっていた僕を起こしたさつきは、車から僕をこの部屋に案内したきりまだもどってこない。
ちなみに僕が目覚めた時、車は地下駐車場のような場所にとまっていた。
そこから通用路のドアから建物の中に連れられ、あれこれ複雑な道を経てここに通された。
途中の通路はすべて何の模様もない白塗りの壁だったのが印象的だった。
コーヒーにそえられたミルクやさとうをいれずにブラックで堪能し終えた僕は、この部屋には窓もないことに今更ながらに気づく。
最初に車から出た場所も地下駐車場のような場所だったのでもしかするとこの部屋も地下に位置しているのかもしれない。
ティーカップをテーブルの上に戻し、胸ポケットからキャスターマイルドをとりだそうとしたところで今度は灰皿がないことにも気づく。
僕は観察力に乏しいのかもしれない。
仕方なく、ズボンの左ポケットから携帯用灰皿をとりだす。
ライターで火をつけて一本目をくゆらせはじめてまもなく、さつきが部屋にもどってきた。
「あら。気が利かなくてごめんなさい。」
部屋に入ってきたさつきは気持ち良さそうに煙を吸っている僕を見て、まずそう言った。
「いや、構わないよ。君は吸わないんだろ? 」
「ええ。だからいまだに好きこのんで周囲の人間を
肺がんにさせる趣味を持っている人間が多いことを忘れていたわ、ごめんなさい」
そして何も悪びれることなく、しらっと言い放つ。
僕は軽く引き笑いを起こしながら黙ってタバコを小さい灰皿にすりこんだ。
「じゃ、本題に入りましょうか」
さつきはテーブルの前で立ち止まると座っている僕とちょうど反対側に立ったまま対峙した。
「座る?」
「ありがと。でも、けっこうよ」
にっこり微笑んで他人の気遣いをあっさり断る。
しかし、それで悪意どころか逆に面白く感じてくるから不思議だ。
片方の腰に手を当ててまっすぐ立っているさつきはまだ先程とまったく同じ服装だった。
ジャケットも脱がないところを見るとどうやらここはさつきの家ということではないのかもしれない。
単に何かことを急いでいるだけなのかもしれないが。
「『勝ち組』に選ばれて最初の一年間は、
その人は他人の“仕事”を細かくは見れない代わりに
何も気にせずに自由に“仕事”をすることができるように決まっているの。
それはその人が自分の傾向をちゃんと把握するためにそうなっているわ。
もちろん、まわりの人間もその人のことを把握できるようにするためにもだけどね」
さつきは僕が吸っていたタバコの煙がまだ残っているとでも言いたげに、手であたりの空気を払いながら、どうやら本題らしいものを切り出した。
「あなたは今日で選ばれてちょうど一年なのよ。 気づいてた?」
言われてみれば確かに去年のこの時期だったかもしれない。
あの不愉快なサイトに選ばれたのは。
「それで私はいわゆるリクルーターという奴よ。
一日フライングしたからバレたらちょっと問題ありだけどね。」
「なるほど」
僕はさして興味もないという感じでとりあえず一言応える。
「知っての通り、私達はある程度、世の中で起こることを決めたり、
もしくは起こることの結果をあらかじめ決めることができるわ。
自然災害だけは無理だけどね」
僕の気のない返事にも臆することもなくさつきは話を続ける。
「当然、自分の私利私欲のためだけに世の中に起こることを
決める人間が私達の中に表れるのは当然のことよね? 
実際、そういう人間が多数派よ今は。
今現在、私達『勝ち組』は日本全国に123名いるわ。
これは欠員がでればすぐに補充されて常にこの人数が保たれているの。
意味がある数字なのかは私は知らないけどね。
そのうち32名が組織に入ってまだ一年未満のいわゆる一回生。
30名が最主流派の派閥。
この派閥はとにかく団結して自分達がこの国とこの組織の内部で
権力をつけていずれ上層部に入りこもうとしている連中よ。
そして派閥に属さない人間、が実は一番多くて今40名いるわ。
そしてこの人たちは後で話すけれども
最もこの組織から頻繁に消えていく人が多いグループなの。
次に、20名いるのが私の属している派閥。
私達は世の中が『私達の組織の存在が世の中の出来事に影響を与えないようにしよう』
とする派閥なの。
例えば、私達の組織の誰かが故意にどこかの会社の株価を上げようとすれば
全力でそれを阻止して、
誰かが特定のスポーツ選手にまだ世間に出回っていない検査で反応が残らない薬とかを
与えようとしたらそれを阻止するといった具合ね。
そして最期に残る一人が、今日で一回生を終えてまだ派閥を選んでいない人間。
つまり、あなたよ」
ここでさつきはこちらの様子を少しうかがうように目配せをした。
依然として無反応を僕はよそおう。
「あなたは、何度か私達の派閥のようなことをしてたわ。覚えているでしょ?
ほら、例えばこの前の映画化が予定されていた小説があったじゃない?
あの小説はその発売の段階から偽りの売り上げをでっちあげてマスコミに話題にさせて、
その影響でまぁある程度は本当に売れたところで映画化という運びになっていたわけだけど、
それを猛烈に阻止しようとしていた人間が私達の他にも一人いたわ。
使える行動ポイントの全てを使ってね」
その件に関しては確かに記憶があった。
そのたいそうな小説の題名は「人間失格2」とかいうもので、題名だけでも吐き気がする上にその内容がなんと太宰治の某作品のその後を描いたというさらにどうしようもないものであった。
この小説が発売から不自然にかつ異常に売り上げを伸ばしていることに気づいた僕は、誰かが意図的にこの作品を世に売り出そうとしているということをほどなく悟った。
『勝ち組』サイトではあらゆる業界の『本当の』データが簡単に見られるようになっていた。車の販売台数から本の実売数、テレビの詳細な視聴率から宗教団体や政党や官庁や一流企業の発表前の人事など、入手できないデータはないと言っても過言ではなかった。
その中から僕は自分の興味のあるところを中心にいつもチェックしていた。
そこで異変に気づいたのである。
普通、書籍というものは発売からすぐに爆発的に売れ出すというようなことはほぼない。
ましてや無名の新人の、しかもろくに宣伝もされていないようなものはなおさらである。
ところがこの『人間失格2』はそうした無名新人作家の宣伝もされていない作品であるにも関わらず、発売から一ヶ月で20万部を突破した。
そのあたりからマスコミにも騒がれはじめた。
――今、出版界で一つの作品が大きな注目を集めている
――低迷を続ける文学界の救世主
数々の謳い文句とともにあらゆる媒体のマスコミでこの作品は取り上げられるようになった。
その結果、この作品はミリオンセラー作品にまで上りつめた。
マスコミに取り上げられ始めた段階で、僕も実際にこの作品を入手し、読んでみた。
感想は最悪、の一言に尽きた。                      
そしてこの作品の映画化の話が持ち上がったときに、僕は毎日の『勝ち組』サイトでの“仕事”をすべてこの作品の映画化阻止に傾けた。
結果は、うまくいったと言っていいのだろう。
実際、映画化はとりやめになったんだから。
それが今から四ヶ月ほど前のことだった。
「あれは本当に酷い作品だったから仕方がないよ」
僕は視線を相手の瞳に合わせてはじめて返答らしい返答をさつきに返した。                  
「僕はあれを読んで感動したってテレビでコメントしていた女子高生の脳みそを
解体して調べてやりたいよ。大馬鹿野郎だね」
思い出したらなんだか腹が立ってきた。
作品自体もどう考えても感動できるような代物ではなかったし、そのコメントをした女子高生は加えてあの作品の意味すら完全に誤読していた。
つまりはたいした作品でもないのにその作品の意味すら実際取れていない。
それなのに感動したと言っているのである。
僕は久しぶりに電源を入れたブラウン管の前で目をひんむいて硬直してしまった。
「ああゆうことをしでかしてんのは、たぶん僕と同じ『勝ち組』の誰かなんだろう
ってことは予想がついていたけど、やっぱりそうっだんだな。不愉快極まるよ」
「だいぶ怒ってるのね」
唐突に一方的に喋りだした僕になぜか満足気な笑みを浮かべてさつきはそうつぶやいた。
「一人の一回生があのサイトで一日に使える行動ポイントは100ポイント。
あなたは数日間、100ポイントすべてをあの小説の映画化阻止に使ってたわね。
なかなかそんな極端なことをする人もいないから、
あの小説を売り出そうとしていた奴も根負けしちゃったんでしょうね」
「一回生が終わると他人の行動ポイントの振り分けが本当に見れるようになるのか。
なるほどね。どおりでやたらと団結した流れが見られたわけだ。
終わってるね」
僕はさつきの言葉にそう返した。
『勝ち組』サイトでは一日にできる“仕事”量を制限するために、行動ポイントというものが決められている。
他の人間はどうだか知らないが、とりあえず僕が使える行動ポイントは一日100ポイントと決まっていた。
これはその日のうちに消化しなければならず、十日間何もポイントを使わなかったとしてもポイントが1000まで貯まるということはない。
1ポイントにつきできることはある基準にそっていて、各分野でそれに対応した影響が決められていた。
たとえば、音楽業界ならば、1ポイント消費につき特定の歌手のCDの売り上げを1000枚増やすか減らすことができた。
つまり、100ポイント使えば10万枚である。
ビジネスの分野では1ポイントでどこかの株を100万円分買うか売ることができた。
企業への妨害工作も1ポイントにつき、
100万円分程度の予算をかけるのと同じ妨害工作が可能だった。
また書籍の分野では、1ポイントにつき文庫ならだいたい2万5千部売り上げを増やすことや減らすことができた。
つまり、ある基準とは1ポイントにつきだいたい100万円程度の費用がかかる効果を作り出すことができるというものである。
だから一日で100ポイント使えるということは、一日にだいたい一億の金を自由にできるのに等しい権利があるということだ。
それ以外にも色々複雑な条件や特殊なケースがあるのだが、基本はそうなっていた。
「私たちは奴ら最大派閥や勝手なことをする人間の横暴をとめるために、
行動ポイントをその阻止に色々協力してふりわけているんだけど、
あの小説の時はいきなり猪突猛進な人が現れてくれたおかげで助かったわ。
他にもっとポイントを振り分けなければならないところがたくさんあったからね」
別に感謝されるためにやったんじゃないよ。
口にはださずに言ってみる。
「それで、僕に君の派閥に入って一緒に行動してくれっていうの? 」
代わりにそう口に出して言ってみる。
「結論から言えばそう。でも、そう急ぐことはないわ。
あなたにはゆっくり私たちの派閥のことを知ってもらってから、決めてもらおうと思っているの。
あなたは傾向からして無派閥系のタイプの人だと思うからね。
そんなに簡単に口説き落とせるとは初めから思っていないわ。 」
さつきはここで、てくてくとドアの方に歩いていくとドアの横あたりの壁を軽く押した。
すると見た目にはそうと分からなかったがそこは収納スペースになっていたようで、中から背もたれもない簡単なつくりの椅子を取りだした。
「やっぱ、ずっと立ってるのは疲れる」
軽く肩をすくめて、さつきはテーブルの前に自分で運んだ椅子に腰かけた。
「それにねー私も正直迷う時だってあるのよ」
さつきはテーブルの上に頬づえをついて、そうぼやいた。
「自分たちは正義の使者ぶってるだけで、
実際は最大派閥の奴らと変わらないんじゃないかってね」
続けてそう言うさつきは頬づえをつくのをやめてこちらに身を乗りだしてさらに続ける。
「でもね、やはり私は自分たちのやっていることは正しいと思うのよ。
色々と問題はあるかも知れないけれど、何もしないよりはマシでしょう?
何かを実現するためには
目をつぶらなければならないというところもでてきてしまうのは当然よ。
最大派閥の人間たちに対抗する勢力は必要なのよ。」
明るい前髪を揺らして、こちらに息がかかるくらいの勢いでさつきはそう言い切った。
僕はというとその勢いに圧倒されるというか、やはり近くで見ると胸がけっこうでかいなと感心していた。
「別に君らの派閥が間違ってるなんてまだ一言も言ってないじゃないか。
いきなりなんなのさ」
胸元から視線を外して、僕はそう告げる。
「そうね……ごめんなさい。
よく『お前らのやっていることは所詮偽善で、清世志会の奴らと変わらない』と言われるから。
ていうか、この前言われたばかりなのよね」
さつきは乗りだした身をもどして椅子に深く座りなおすと、
うつむき気味にそうつぶやいた。
「清世志会? 」
初耳の単語に僕は問い返す。
「ああ、最大派閥の名称よ。
なんでも『清らかな世を志しを持って統べる』という意味らしいわよ。
笑わせるけど。
『統べる』ってとこに奴らの思想がでてるわね」
「ふーん。ちなみに君のとこの派閥の名前は? 」
どこかで聞いた政党の会派の名前のようだなと思いつつ、僕は会話の流れに従った。
「民共創社グループよ。
『民が共に価値を創り産みだしていくための社になろう』という意味が込められているわ。
あと『会』ってのはなんだか卑らしいってことで『グループ』って名称にしているわ
ちょっと長いから頭文字を取った略称の『MKS2』が通称になってるけど」
これまたどこぞの政党たちがくっついたような名前だなと、笑いそうになりながら僕は黙って考える。
いや、勝ち組サイトの影響力を考えると偶然ではないのかも知れない。
だとすると表社会の動向や様々な事柄はやはり、勝ち組サイトと今までも密接に関わってきたということだろう。
それにしてはちょっとめちゃくちゃな組み合わせだとは思ったが。
だが、政界、財界、芸能界、ありとあらゆる分野に勝ち組サイトの影響力が
及んでいるのは確かなことだった。
それは僕自身が何度もこの目で確認している。
あらゆる分野の状勢に、あのサイトは変化を与えることができるのだから。
実際、一年間僕もそういうことに加担してきたのだ。
「君は、僕より四年前にあのサイトに選ばれていたと言っていたけど、一年後、
つまり一回生を終えてすぐにその派閥に入ったの? 」
感情的になりかけているさつきに、僕は話の流れを変えた。
「三ヶ月後ね。一回生を終えて。
あの時の私は、そりゃあもう荒れに荒れていたからね。
すぐ派閥に入るなんてとても無理だったわ」
椅子の上で、首を左右に振りながら髪をはためかせて、さつきはそう言う。
なだめようとした相手は、もっと感情的になるようだ。
「だって考えてもみてよ? 私があのサイトに選ばれたのはまだ私が15歳の時よ?
15歳! とてもじゃないけど耐えられなかったわ。
まずね、私を最初にノックアウトしたのが東西一郎よ。」
さつきはテンションをさらにかなりアップさせてこぶしを握った。
東西一郎というのは確か、女子高生に人気だった若手俳優だ。
僕は興味がなかったので詳しくは覚えていないが、4,5年前には相当メディアを騒がせていた記憶がある。
今でもそれなりの位置を占めているはずだ。
「あの人、ゲイだったのよ? 信じられる?
 あんなに格好良くて演技も巧くてそれは酷いじゃない? 詐欺よ。
まずそれで一発KOよ。
次が、スマート6の桜葉京一よ。
聴こえの良いラブソングなんてよく歌ってるくせに、
あいつはとんでもないヤリチンだったのよ。
性格も最悪最低。
捨てられた女性が自殺してるのよ?
もう一瞬で彼の曲を聴く気もドラマを見る気も失せたわ。
その後も次から次へと十五歳の可憐な乙女の恋心を打ち砕くゲス野郎の連続で、
当時の私は完全にやる気を失ったわ」
これでもかというくらい身振り手振りをまじえながら、さつきはとうとうと語った。
ちなみにスマート6というのは、人気男性芸能人事務所のアイドルグループだ。
例によって、僕は一切興味がなかったのでよく知らないが。
「それでね、私勉強しようと思ったの。
当時の周りにいる同い年の男なんて子どもっぽすぎたし、
健全な女子中学生だった私には、
さりとて他に素敵な出会いなんてものもなかったからね。
参考書は嘘つかないじゃない? 
1+1は、そりゃ誰がどう頑張っても2なのよ。
歴史なんかはちょっと疑わしかったけど、
それでも今の社会で起きてることに目を向けるよりはマシだったわ。
だから、勝ち組サイトの『学習ルーム』には随分とお世話になったわ」
学習ルーム、そういやそんなものもあったな。
僕はついぞお世話になったことがないが、勝ち組サイトにはその本体の他に、
いくつかの便利ツールが備わっていた。
例えば、検索サイトに登録をしてないすべてのサイトや既に消されたすべてのサイトまでもを検索する検索エンジン『アルティメット』などは僕もよく使っていた。
他にも色々、便利ツールがあり学習ルームはそのうちの一つだ。
何かを学ぶ際に、もっとも効率の良い勉強の仕方ともっともわかりやすい教師の授業の映像を見ることができる。
また、質問をすればもっとも適切な答えが返ってくる仕組みにもなっていた。
文章だけでなく、専用のドラマやアニメーションなどで飽きさせずに解説が入ることもあった。
全てのコンテンツに世界トップレベル水準のものが用意されていた。
いわば、最強の家庭教師である。
「あれは本当に面白くてわかりやすいわね。
私、公立の中学校に通ってて成績も中くらいだったんだけど、
あそこを使いはじめてから、それ以外家で何もしなかったていうのもあるけど、
次の定期試験でなんといきなり学年4位よ。
その後もとんとん拍子で成績が上がって、高校はトップクラスの私立高に受かったわ」
ここでさつきはふと思いついたように、こちらに首をかしげる。
「あなたはあそこを使わなかったの? 」
全く使っていなかった。
そもそも僕は勉強が大嫌いなのだ。
「もう俗に言うFランク大学に既にいたしね。
受験もテストもろくにないのにそんなことする気はおきなかったよ。
株についてだけは少しやったけど。
まぁそれすら必要なかったけどね。金を稼ぐのには。
稼いだ金でひとしきり遊んだあとは、僕も軽く君みたいに荒れたけど、
そこまでではなかったかな。
ある程度歳いってたからかな。
君ほどはあのサイトに衝撃を受けなかったのかもな」
興奮気味のさつきをなだめる意味も込めて僕はゆっくりとしゃべる。
その意図を悟ったのか、
さつきもだいぶ落ち着きを取りもどした様子でしゃべりはじめる。
「あらそう、それは残念ね。
私は大学に入ってからもあそこを使い続けてて、
いくつか資格も既に取得したわ
もちろん、試験問題を事前に入手するとかせこい真似はしないでね。
けっこう資格とか意味があってそれなりに価値のあるものよ」
ひとさし指を一本立ててさつきは言う。
いちいち動作の多い女だ。
少し目障りになってきた。
しかし、あなたの動きがなんだかちょっと不愉快ですと伝えるわけにもいかないので
代わりに違う言葉を発しておく。
「何の資格を取ったのよ? 」
「今のところ、弁護士、会計士、司法書士、FP、普通免許、英検一級、独検一級、
一級建築士、行政書士……」
「いや、もういい」
すさまじい資格マニア。
勝ち組サイトの力を借りなくても十分勝ち組だった。
だが、確かにあのサイトのツールを使えば可能なかもしれないと思わしめる経験が僕にはありすぎたので、さつきの言葉を疑うことはなかった。
ここでもうひとつ気になったことを聞いてみる。
「大学はどこなの?」
その問いにさつきはポケットから財布を取り出し、中から何かを取り出す。
「ここよ」
さつきが僕に見せたのは日本最高の大学の学生証だった。
マンガみたいな話だな。
この一件にまきこまれてから何度目かわからない同じ感想を僕は抱いた。
2005/09/22(Thu)14:06:18 公開 / 名無権兵
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■作者からのメッセージ
冒頭部分も変えましたー。ご指導おねですです
今回は改訂メインです。
すぐまた更新します
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