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『3+1の欲物語』 作者:もろQ / お笑い SF
全角3494.5文字
容量6989 bytes
原稿用紙約10.65枚
今作は、金欲、性欲、食欲の「三欲」をテーマにした作品です。ちなみに、「性欲」はやらしい感じになってしまうと嫌なので愛する欲「愛欲」と表記する予定です。

第一幕 『金欲 〜弱気な容疑者〜』

 交番に入ってきた男は、なんともみすぼらしい格好をしている。
 こんな昼間からパジャマ姿で街をうろうろしていたらしい。しかもボタンは掛け違えているし、靴も履いていない。眉が妙に濃い坊主頭のこの男に、西崎陽一は一瞬驚いた。銃を手に取ろうかとも思った。しかしその体は恐怖に震えていて、とても何かやらかすようには見えない。なら何をしにきたのか。そのなりで、一体俺に何を言おうとしているのか………………「あ、あの、座ってもよ、よろしいでしょうか」

 ちょっと変な格好をしているくらいで拳銃使おうとするなんて、こんな事上島さんに言ったら殺されるな……。あの人血の気多いんだよなあ。ぶつぶつ言いながら、湯のみふたつに茶を煎れる。警察官を初めてそろそろ一年になる。一年も経てば、この仕事にも慣れるだろうと思っていたが、時間は思いのほか速く過ぎていった。田舎の両親を振り切ってまで上京した頃の自分が嘘のように、現在の自分はひどくだらけている。顔を覆う湯気が、理想を問いただすように迫って来る。
 しかし、「相談がある」と言ったあの男の目的は一体何なんだろうか。道を教えるぐらいなら簡単なものだが、相談となると面倒だ。他の人に頼みたいが、ちょうどいいタイミングで誰もいない。ああ、そんな事考えてるから仕事にも慣れないんだ。ふう、ため息をひとつついて、茶を盆に載せる。

 「で、相談というのは……」
「は、はい」
俯いたその男は、目の前に置かれた湯のみをちらりと見て、また視線を下に戻す。
「あ、あの、相談と言いますか、なんと言いますか…」
「なんですか」
 まさか人生相談とかじゃないだろうな。西崎はまた考える。もともと相談されるような人間じゃないから、それこそ妻がどうとか金がどうとか喋られたら、知るかと言って突き飛ばしてしまわないだろうか。
「ご…………てしま………す」
声が震えていて聴き取りづらい。
「落ち着いて下さい。すいませんなんですか」
「ごう………てしま………んです」
「え?」
「……………強盗をしてしまったんです」

(゜〜゜)

 まてまて待て。落ち着け俺。茶を飲め俺。自首か。自首をしにきたのかこいつは。なるほろ、だからあんなに震えて……って違う、こりゃ面倒だ。人生相談なんかよりよっぽど面倒な事になっちまった。あー、なんで誰もいねーんだよう。
 「と、とりあえずこの紙に名前住所もろもろを」
言われた男は、渡されたペンを指でつまむようにして拾い、用紙を手前に引き寄せる。うっすら開いた窓から、春の風がやんわりと流れ込んでいる。となりのビルが午後の太陽を反射して光っている。強盗とかって、どうやって対処するんだっけ。そういうの教わったかなあ。教わらなかったような……。ていうか、こいつマジで強盗したのか? どう考えてもそうは見えないんだが。
「書き終わりました」
「あ、はい」
竹下次郎、そう書かれた男の名前は、腕の震えで歪んでいる。男は相変わらずびくびくして、足下に目をやっている。千葉県茂原市、聞いた事のない市だ。ん、あれっ。
「あの、生年月日書いて下さい」
少し声を荒げて言うが、男は黙ったままだ。不思議に思って見ていると、しばらくして男の目に涙が溢れてきた。西崎はびっくりして椅子の背もたれから起き上がる。
「ご、ごめんなさい。なにか気に触る事…」
すると男も顔を上げて両手を横に振った。
「いや、なんでもありません。すいません。ただ、非行に走った事なんて生まれてこの方一度も無かったもので、それを思ったらつい」
そういう男の涙は口元まで流れている。西崎はできるだけ優しい声を装って、男に尋ねた。
「とりあえず、どういう動機で犯行に走ったのか、どこでどのように犯行を行ったのか、それを教えてもらえますか」

 竹下次郎の話は、要約すると大体こうだ。
 父親の車を無断で借りて家を飛び出した自分は、東京に着いてひとまずカレー屋に入った。車は傍の駐車場に置いた。そこのカレーはとても美味くて、思わず2杯も3杯も食ってしまった。おやじさんも愛想のいい人で、ちょうど隣に座っていた若い女性とも仲良くなった。
 腹一杯になってようやく店から出ると、自分は外の異変に気付いた。何がおかしいのか分からないが、とにかく何かおかしい。変だなと思って鍵を取り出し、車に近づいた。ところがよく見てみると、なんと車のボンネットから僅かばかりの白い煙が出ているではないか。まさか、と思った。先程感じた異変はこれだったのだ。その煙は次第に白から灰色に変わり、最後には真っ黒になった。さっきまでちろちろという感じだった煙も、今ではモクモクなっている。炎も出ている。慌ててカレー屋に飛び込み、消化器を借りて火を消し止めた。煙もだんだん弱くなった。
 しかし、何度やってもエンジンは動かない。壊してしまった。黙って車を持ち出した上、旅先で故障までさせてしまった。父親に知られたらただでは済まされないだろう。そう思うとなんだか悲しくなってきた。いっそこのまま東京に住んでしまおうか、そうも考えた。しかしそれは自分でも許さなかった。壊した以上、きちんと直して、車を返して、こうこうこういう事だったんですと親にきちんと伝え、どんなに叱られてもちゃんと謝ろう、と思った。
 機械についての知識はある程度はある。しかし道具がない。部品がない。何より金がない。困った。調べてみたら、中にはそんじょそこらの店では売っていないような部品も使えなくなっている。困りに困った挙げ句………近くのコンビニという店で強盗をした。

 この男も、親を無視して旅をしてきた人間なのか。そう思って、手元の用紙を見つめた。「竹下次郎」の名前はいつまでも震えている。
「今でも後悔しています。犯罪なんて犯したら、親をますます裏切る事になるというのに。本当に情けない」
「ご自分でそこまで理解されているなら、大丈夫です」
西崎は男を優しくなだめた。実際、何が大丈夫なのか分からなかった。しかし今はこの竹下という男を安心させなければ。この怖がりようじゃ取り調べもままならないだろう。
 「それで、盗んだ金というのは一体いくらぐらいになりますか」
「そうですね………80円ぐらいでしょうか」

「えっ?」
「80円ぐらいです」

(゜〜゜)
 
なぁええぇぇーーーーっ?!!

「嘘でしょ!?」
「嘘なもんですか。ほら、ご覧になります?」
「いやいいですよ! そんな80円見て『ほぉ〜コレがね〜』とかやっても面白くないですから! え、ていうかそんなんで車直せないでしょう」
「何言ってるんですか。80円もあれば直せますよ」
 なんなんだこの男。西崎は再び男を疑いの目で見た。明らかにおかしいぞ。そんな金で何ができる。ていうか、80円で泣くか普通。

「あ、あの、私はこれからどこに回されるんですか」
「どこって?」
すでに西崎は面倒くさそうにしている。
「ま、まさか刑務所に入れられるような事はありませんよね」
「ないよ」
もはやタメ口である。
「盗んだお金はどうしましょうか」
「好きにしたらいいよ」
「え、でも………」
男の恐がりように、西崎もうんざりして、突然立ち上がった。
「もういいよ。帰って。大丈夫だから、マジで。ね? そんな、大騒ぎするほどの事じゃないから」
男を立ち上がらせ、出口へ追いやろうとする。男もなす術無く後ろ向きで歩く。
「帰って。俺も暇じゃないから」
「いや、ででもあの」
バタン。勢いよくドアが閉まる。曇りガラスの向こうで、坊主頭が上下にゆらゆらしている。

 夕方、西崎は男がいなくなったのを見計らってドアを開けた。街はいつの間にかオレンジの夕日に染まっている。
「面倒くせー」
西崎はさっきの用紙に頬杖をついて外を眺めている。竹下次郎……ワケの分からない奴だった。
ふと、向かいの並木道をそって歩く女性が見えた。こちらを気にしながらそそくさと歩いている。そして、突然立ち上がる西崎。裏通りへ消えようとする女性を目で追う。
 不思議だ。何度見ても似ている。

 「本当にいいのだろうか」
男は相変わらず交番の方を気にしている。
「あの人はお金の価値観が人と異なるのだろうか…?」
男の住む明治時代でいう「80円」は、華奢な男の腕になんとか抱えられている。まあこれで車の修理はできるからいいけど。夕暮れに濡れるカレー屋の駐車場、ボンネットが開かれたままのその車は、あの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも有名なデロリアンという車種だ。その事を、あの警察官は生涯知ることはないだろう。
2005/09/04(Sun)14:28:59 公開 / もろQ
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■作者からのメッセージ
もろQ復活第2弾。がめったに書かない続きモノ。最後の方が適当になってしまったかもしれない
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