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『父さんの足音』 作者:ゆうき / 未分類 未分類
全角6119.5文字
容量12239 bytes
原稿用紙約18.65枚
僕の父さんは、とても優しい人だった。

 積極的に母さんの料理の手伝いはするし、休みの日にはいつも公園や遊園地などに連れて行ってもらった。怒ることは滅多になかったし、怒るにしても、ちゃんと自分の釈明を聞いてから、その加減を決めていた。
 もちろん手を上げられたことは一度もない。そして怒った次の日には、不貞腐れている僕のために、『コツコツ』と独特の足音をたてながら、アイスクリームを買いに連れていってくれたものだった。
 あの日、夜七時にかかってきた父さんからの電話も、優しさに満ちていた。
――まさか、これが最期の電話になるとは思わなかったけど。
「もしもし、山西ですけど。どちら様ですか?」
 台所から慌てて出てこようとした母さんを制し、僕は受話器を取った。耳に当てた途端、やたらうるさいノイズ音が流れたが、すぐに納まり、やがて父さんの声が聞こえてきた。
「ああ、私だ。父さんだ」
 いつもと変わらぬ父さんの声。僕は受話器を持ったまま壁に寄りかかった。
「父さんか。何、どうしたの?」
「今日は仕事が詰まっててな、帰りが遅くなり……だから、私……の夕食は、いらないと……ってほしい」
 唐突にまたノイズ音が入ってきた。甲高い音が、嫌なくらい響く。
 いったいどこからかけてるのだろう?
「えらいうるさいね。どこからかけてるの?」
「近……の……からだ。それと……直樹……」
 と、ここでノイズ音が子どもの泣き声のごとく大きくなり、『ブツッ』という音と共に電話が切れた。
 慌てて「もしもし」と漫画のように言ってみるが、何の意味もない。
 何だろう? 僕の名前を呼んでたみたいだけど。僕は首を傾げながら受話器を見つめた。
「どうしたの? 父さんからじゃないの?」
 母さんが不思議そうな顔をしながら近づいてきた。僕はその問いに「うん」と頷く。
「父さんからだったけど……突然切れちゃった。何か夕食はいらないって言ってたけど……」
 僕の言葉に、母さんが天井を見るような仕草をした。考え事をする時の癖だ。やがて「うーん」と声を出すと、僕に背を向けて「あの人が途中で電話を切るなんて珍しいわね」と呟きながら台所へと戻っていった。
 この中途半端な話の切り方も母さんの癖である。僕は苦笑しながら肩をすくめると、受話器を元の場所に戻し、ソファーにごろっと横になった。
 今日の『コツコツ』は遅くなるのか。僕はそんなことを思いながら、目を閉じた。
 その日、父さんは帰ってこなかった。




 突然、電話が鳴った。朝の五時のことである。僕はソファーから転がり落ちるように起き上がると、急いで受話器を取った。
 ソファーで寝ていたのは、あまりにも父さんの帰りが遅いので、母さんと心配してリビングで待っていたからである。僕が少し緊張気味に「もしもし」と言うと、低くて落ち着いた男の声が、「山西さんのお宅ですか?」と返してきた。
 いつのまにか起きてきた母さんが心配そうに僕と受話器を交互に見つめる。
「城南警察の者ですが」
 その言葉に僕は目を見開き、ごくっと唾を飲み込んだ。母さんが敏感に僕の感情の変化をキャッチし、僕と同じように唾を飲み込む。
「落ち着いて聞いて下さい。実は山西哲夫さんが、昨夜交通事故に巻き込まれまして、お亡くなりに……」
 最期まで聞き取ることはできなかった。なぜなら受話器が僕の手から滑り落ち、無機質な落下音が響き渡っていたからだ。




 父さんの哲夫は即死だったらしい。車での帰宅途中、飲酒運転の車に真正面から激突され、そのまま車は炎上した。
 警察署で車を見せてもらったが、原型を留めていなかった。
――父さんも同じだった。
 でも激突された時点で、死んでいただけよかったかもしれない。父さんが生きたまま焼かれるなんて、想像したくもなかった。
 その日、僕は高校を欠席し、母さんと共に警察署やら葬式場やら保健屋さんに行った。
 僕の無気力とは対照的に、母さんは今まで見たことないほどめまぐるしく動いていた。父さんの死がまるで他人事だというように。
 僕は心から腹が立った。そして気がつけば母さんを罵倒していた。
「悲しくないのかよ。愛していた人が死んだのに、何も感じないのかよ…」
 街中だったが、僕は人目をはばからず泣きながら、母さんの肩を揺さぶった。母さんは俯いたまま何も言わなかった。僕は「母さんがこんなに非情な人だっただなんて知らなかったっ」と言うと、思いっきり突き飛ばした。
――だがそれは、僕の思い違いだった。
 全てのことを終えて家に帰ってくると、母さんは目を伏せて、ふらふらするような足取りでテーブルまで行き、椅子に座った。先程とは違い、生気が身体から消え失せている。
 その時、母さんが糸の切れた人形のようにテーブルに突っ伏し、さめざめと泣いた。さらに文句を言おうとしていた僕だが、その姿を見て、何も言えなくなり、ソファーに座り込んだ。
――母さんは悲しくないわけではなかったのだ。
 ただその悲しみを振り切るために、やり場のない悲しみを抑えるために、あちこちやることを探し出しては、それに向かっていたのだ。なのに僕はそれを知らず、母さんを罵倒し、突き飛ばしたりした。
 僕はひどい自己嫌悪に陥った。何か言わなくちゃと思ったが、何も思いつかなかった。『ごめん』という言葉さえ安っぽく感じる。
 僕はすがるように時計を見上げた。時計は昨夜父が電話をかけてきた七時の時間を示している。
――そういえば、電話で不思議なことが判った。昨夜父さんは七時に電話をかけてきたが、事故は三十分前の六時半に起きていたのだ。つまり、即死だったわけだから、夜七時にはすでに亡くなっている。
 警察はしきりに首を捻っていたが、母さんの「あの人は……哲夫さんは優しい人でしたから」という言葉に、静かに頷いていた。
 本当に納得していたのかは判らない。でも、母さんと僕にはそれで十分だった。
――もう帰れないから、夕食は作らなくていいよ。それから直樹……。
 父は僕に何を言いたかったのだろう……? 
 その時突然、母さんがガバッと上体を起こした。唐突なことにビックリして、僕は声を上げそうになったが、何とか堪えた。母さんはそんな僕を気にも留めず、ただ視線を玄関の方へと向けていた。涙の跡が、化粧と混じり合い、キラキラと星のように光っている。
「ねぇ……聞こえない?」
 ぼそりと母さんが言った。「聞こえない?」と僕は鸚鵡返しに言う。その僕の返答を無視して、母さんが立ち上がった。
「足音よ。父さんの」
 母さんは走り出していた。僕も思わずその後に続く。と、ここで確かに『コツコツ』という独特の足音――父さんの足音が聞こえた。
 馬鹿なという言葉が一瞬頭を浮かんだが、すぐに消え失せた。
 ここはマンションで、しかも僕の家の右隣は空き部屋、さらにその隣は夜間仕事の夫婦、その隣はエレベーターだ。左側にも部屋はあるが、いずれも空き部屋である。それに僕の部屋へ真っ直ぐ向かってくる『コツコツ』という足音。
 父さんが学生時代の友人の靴職人に作ってもらったという靴だけが、出せる音である。
――父さん以外ありえない。
 足音が僕の家の前に止まった時、母さんが勢いよくドアを開けた。僕は辺りを見回す母さんの腕の下を通り抜けるようにして、廊下へと出る。
 しかしそこには誰もいなかった。薄汚れた蛍光灯が『ジーッ』という音を立て、二十メートル先まで続く廊下を薄く照らしているだけだ。
 慌てて階段やエレベーターを探していたが、誰一人いない。
 僕と母さんは途方に暮れた。
 イタズラ? いや、そんなわけがない。一瞬にして消え去るなんてマジシャンでも無理だ。それに、何の意味がある?
 ならば錯覚か? ……いや、二人して同じ音を聞くだろうか? 
 僕と母さんはその場に固まったまま、ずっと動けなかった。
 それから毎日夜七時になると、父さんの足音が聞こえだした。



 『コツコツ……』無機質だけど、確かに温かみのある足音が、僕の家に向かって歩いてくるのが聞こえる。そしてその足音が止まった瞬間、僕と母さんは急いでドアを開ける。でも、そこには誰もいない。
 目を狂わせるようなネオンライト。
 何かを求めるかのように走り続ける車のテールランプ
 目の前に広がっているのは、先程の足音以上にヌクモリのない夜の街。
 そんなどこか現実感のない風景が、これは――父さんの足音は夢ではないのかと訴えかけてくる。禍々しい悪霊のように。何度も何度も何度も……。
 そして僕はそれに対して、静かに首を振る。何度も何度も何度も……。
 これは夢じゃない。父さんは僕らのもとへ帰ってきているんだ。
 僕は睨みつけるように眼下を見下ろすと、扉によっかかって項垂れている母さんを促し、部屋へと戻っていった。
 今日で足音が聞こえだしてから四日目である。



 父さんの葬式が終わり、お墓への納骨が終わっても、父さんの足音は止まなかった。まぁ、葬式があったにしろなかったにしろ、何か効果があるとは思ってはいない。
 なぜなら、父さんの遺体は、あまりにも損傷が激しかったため、葬式にはでていなかったのだから。一応坊さんに御祓いはしてもらったのだが、父さんの想いはお坊さんのお経よりも強かったらしい。
 僕と母さんが疲れ果てながら、自宅の部屋への廊下を歩いていると、後ろから『コツコツ』という足音が聞こえてきた。
 時刻は夜の九時。僕は首を傾げた。いつもなら夜の七時なのに。もしかして、僕と母さんが帰宅してくるのを待っていたのだろうか?
 僕と母さんはゆっくりと後ろを振りかえった。やはり誰もいない。でも、確かにお父さんが歩いてくるのが判った。父さんの姿が足音に重なって見えてくるようだった。母さんも僕と同じ気持ちのようだ。
 そっと涙を流しながら「あなたなのね」と言った。返事の声はもちろんない。その代わり、電灯が二度点滅した。母さんが泣きながら微笑を浮かべる。 その横顔を見ながら、僕は思った。
……父さんはどうなるのだろう? 成仏も出来ないまま、こうしていつまでもいるのだろうか?
 僕は父さんが足を止めたらしい場所を見つめた。はっきりとは見えないが、父さんは悩んでいるようだった。
 足音が聞こえだしてから十五日目、僕は自室に籠もったまま、椅子に座り、頭を抱えていた。自分では気づかないうちに、父さんの足音が負担になっていたらしい。頭痛はするし、体重が五キロほど痩せた。
 だが、母さんはもっと極端だった。もともと細い人だったのに、今では骨と皮しかないような異常な痩せ方をしている。いつもリビングにじっとしていて、父さんの足音が来ることだけを待つ生活になっていた。
 部屋は埃だらけになり、食事もままならない。このままでは僕らは狂ってしまう……そう思った。
 そして、父さんも悩んでいるようだった。最近の父さんの足音はやけに重い。それは、父さんの悩む時の癖であった。きっと僕らの消耗具合を痛ましく思っているのであろう。
 でもなぜ、父さんはそう判っていながら、毎日来るのだろう? 
 自分が幽霊のように出てくることが、僕や母さんの負担になることがわかっているはずなのに。何か伝えたいことがあるのだろうか。それとも何か聞きたいことが? 
 ではいったい何を?
 頭を抱えたまま、僕は思考を走らせた。だが、ただでさえ重い頭に物事を考えさせるのは酷だったようだ。
 十分もそうしていると、鈍い痛みが目の周辺を襲ってきた。意識が薄れ、頭が鉛のように、重さを増してくる。
 気づくと、夢――過去を見ていた。そんな遠い過去ではない。ここ、二、三ヶ月内の出来事だ。
「なぁ、直樹。お前って今年で十八だよな」
 ソファーでろ寝っころがって本を読んでいる僕に、父さんが話しかけてくる。
「そうだよ。何で?」
 本から目を上げ、僕は父さんを見た。父さんは頬杖をついたまま、僕を見ている。
「いや、それならもし私がいなくなっても、母さんと二人で生きていけるなぁと思ってな」
 僕は目を大きく見開いていた。口からは「はぁ?」という言葉が出てきている。
「万が一だよ、万が一。私は、母さんとずっといっしょにいると約束したのだから。破るわけにはいかない。母さん怖いしな」
 そう言って、父さんが苦笑した。それから、一つ咳をして、急に真面目な顔になる。
「それから、直樹」
――それから直樹。
 僕ははっと目を覚ました。椅子を蹴っ飛ばして、勢いよく立ち上がる。
……そうだ。僕は何を考えていたんだ。父さんの伝えたい――聞きたいことは、一つしかないじゃないか。
 僕は大きく頷いた。
 その夜。僕は決意を胸に、父さんの足音が聞こえてくるのを待っていた。そんな僕に、母さんは訝しげな視線を送っていたが、七時前になると、玄関の方に視線を移した。
 今までに味わったことのないほどの緊張感が僕を襲ってくる。手が、足が、身体が、震えた。
 その時、父さんの足音が聞こえだした。ゆっくりと重たい足取りが、『コツコツ』という音を立てている。
 母さんが腰を上げた。僕も深呼吸をしながら、立ち上がる。足音が家の前で止まった時、母さんが扉を開けた。そこで俺は勢いよく飛び出し、父さんがいるはずの場に向かって叫んだ。
「父さん、もう心配しなくていいよっ。僕が母さんを守っていくから」
 母さんが弾かれたように僕を見た。構わず、そのまま続ける。
「だからもう心配して見に来なくていいんだよ。心配したい気持ちは判る。でも、必ず僕は母さんを守っていくから。だから大丈夫。だって、僕は父さんの息子だから……だからっ」
――それから、直樹。もし私に何かあった時は、思いっきり大声で宣言してくれないか。父さんなしでも生きていけるって……。
 僕は言い終えて、大きく息をついた。肌を刺すような静寂が、ここら一帯を覆っている。電灯が「ジーッ」という音を立てた。
 届かなかったのか……。僕は肩を落とした。
 と、その時、無数の光が集まりだし、ぼうっと父さんの姿が浮き出てきた。 僕は「あ…」という言葉を漏らし、母さんは瞠目する。黒い背広を着た父さんは、母さんを見つめた後、僕に視線を合わせた。
 僕も見つめ返す。父さんが優しく微笑んだ。
「そうか。直樹だったら、大丈夫だな。母さんを頼むぞ。私はいつまでも、見守っているからな」
 父さんが静かに言った。僕は何度も頷く。父さんはもう一度微笑みを浮かべると、母さんに視線を移した。母さんは涙を流しながら父さんを見る。
「ずっと側にいると約束したのに、本当にすまなかった。しかもこんなにやつれさせてしまって……。でも、私はいつも二人の側にいるよ」
 父さんが右手で母さんの涙をそっと拭き取る。母さんはその場に泣き崩れた。
 父さんの頬にも幾筋もの涙が流れている。そして静かに天を仰ぐと、父さんは光の粒となって四散した。




 それから、父さんの足音は二度と聞こえなかった。
 
 僕の父さんは、とても優しい人だった。




2005/08/12(Fri)21:38:21 公開 / ゆうき
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■作者からのメッセージ
自分が書いている『未来が見える』ですが、自分の不注意により三重投稿となり、違反となっていました。本当に申し訳ありません。『未来〜』は責任をとって、書くのを自粛したいと思います。迷惑かけてすみません。
この作品は、自分としては初の試みであるホラーとして書いてみました。それでは読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
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