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『夏のあの日のあの思い出。 一章〜最終章』 作者:デスノ / 未分類 未分類
全角19982.5文字
容量39965 bytes
原稿用紙約66.6枚
これは、僕が13歳……まだ中学1年生だったかな。そうまだ真夏の、八月の出来事。
長いようで、あっという間だったな……


僕の名前は「宮田洋介」。13歳。千葉県に住んでる、ちょっとした都会ッ子だ。
父親は、僕が物心つく前にガンで死んでしまって、今は母親が僕の事を面倒見てくれている。
そんな母親からその日、こんな言葉をもらった。
「あのね、洋ちゃん。おばあちゃんがね、今病気で大変なんだって。だからお母さんね、8月中はおばあちゃんの所に行かなきゃいけなくなっちゃったの。」
僕はこの時ちょっとだけ反抗期だったから、丁度いいと思った。次の言葉を聞くまでは。
「だから洋ちゃん、8月中はイッちゃんの所に預かってもらう事にしたから。明後日にはお母さんが送ってってあげる。」
僕は、すぐにお母さんの言う「イッちゃん」が思い出せなかった。
けど、10秒もしないうちに頭に小さな女の子が浮かんだ。
「イッちゃんって……小学生の頃の?」
かすかな記憶を元に、お母さんに尋ねた。
「そうよ、懐かしいでしょ。」
お母さんは僕に向かって少し微笑んで言った。
「イッちゃん」っていうのは、僕がまだ小学3年生の頃、初めてのクラス替えで友達がいない僕に、最初に喋りかけてくれた女の子だ。
名前は確か「斉藤イサキ」。
カタカナが名前だなんてかっこいい、と思った記憶がある。
顔はこの時はっきりとは思い出せなかった。しかし、あれからもう4年だ。顔だって変わっているのは当然だし、思い出す必要もないな。
「今イッちゃんの所は洋ちゃんの好きなカブトムシいっぱいいるよ〜。」
まだ中1の僕にも、お母さんが精一杯楽しみにさせようとしてくれているのがわかった。
イッちゃんは、小学4年生のとき以来、クラスは同じにならなくてもうずっと会っていない。
話によれば今は千葉ではなく、何とかっていう村にある実家に行っているらしい。
この村は、イッちゃんの母親の方の実家で、おじいちゃんの方はずいぶん昔に亡くなったそうだ。だから、今その村の実家にはおばあちゃん一人で暮らしている事になる。
僕は前、この時期に一度行った事があるのだが、その実家は木造で、廊下を歩けばギシ、ギシ、と床が悲鳴をあげるような古い家であった。しかし中々大きな家で、おばあちゃんが一人で住むのには十二分なぐらいである。
そんな家の周りには木々が青々と生い茂り、そこらじゅうでセミがやかましく鳴き続けている。
一歩家を出れば砂利道が続き、そこを進むとじょじょに道が細くなり、両側を薄暗い広い竹林が囲むような形になってくる。
その時の僕は、何か怖くてそれ以上進めなかったな。
……そして、夜になれば今度は虫たちが綺麗な声で合唱を始める……
そんな、自然がいっぱいの村にある家。
もちろん、お母さんの言う「カブトムシ」もいっぱいいるんだろう。
「じゃあ、今日はもう遅いから寝なさい。」
「は〜い。」
お母さんの言葉を適当に返すと、食べていたポテトチップスをポンッとテーブルに放り、自室がある二階へと向かった。

それから、2日後の朝がきた。
前々から、着替え等の必要な荷物はあっちに送っておいていたらしく、僕は携帯等の簡単な持ち物だけ持って、車に乗り込んだ。
その村までは車で5時間はかかるらしい。
長旅を憂鬱に思いながら、横に流れていくビル等の、灰色の景色をただただ見送った。
そんな景色を見ているうちに、段々と睡魔が僕を襲い、すぐに眠りに落ちていった……
「洋ちゃん、あと五分くらいで着くから起きなさい。」
そんな声に僕は起こされた。
どれくらい寝たんだろう……時計はもうじき12時を指そうとしている。
かなり寝たんだな……そう思いながら横にしていた体を起こし眠い目を擦ると、すぐに耳に聞こえてきたのはあの日のセミ達の声だった。
窓の外は見る度緑が通り過ぎていく。
「あの時とおんなじだぁ……」
僕は小さな声で呟いた。
その時、イッちゃんの顔が思い浮かんだ。
イッちゃんは変わってるのかな……そんな思いがキッカケで、僕はイッちゃんとこれから会うと思うと何度も緊張してしまった。
そんな事を考えている内に、車の速度が遅くなりやがて停止した。
「着いたわよ。」
完全に停止するなり、お母さんの言葉が僕に向けられた。
そう言うとお母さんはガコッっと音を立て車の扉を開け、外に出た。
「どぉもぉ〜!お世話になります〜。……あら、イッちゃんおっきくなったわね〜。」
外に出た母の声が聞こえる。
そしてその声は確かに「イッちゃん」と言った。
すぐそこにイッちゃんがいる……!
そう思うと心臓が止まらなかった。
「洋ちゃん、はやくおりてきなさい。」
窓の外に母の顔が写っている。
もう外に出なきゃ……もう出て行かない訳にはいかない。
ガコッ……
僕は扉を重々しく開けると、それから遅れて車から降りた。
恥ずかしくて顔があがらない。
「ほら、洋ちゃん。ちゃんと挨拶しなさい。」
これほどこの言葉をひどい言葉だと思った事は初めてだった。
しかし、恥を押し殺し、勇気を振り絞る。
「これからお世話になります。宮田洋介です。よろしくお願いします。」
真っ赤な顔をあげると口早に僕の口が動いた。
手は拳を握っている。
「あら〜、大きくなって〜。ささ、あがって?」
すると優しそうな声が僕に投げかけられる。
声の主は小じわの多いおばさん……イッちゃんのお母さんだ。
髪は軽くパーマがかった茶色で、腰には白い小エプロンを巻いている。いかに「お母さん」って感じだ。
その隣には、そのお母さんより背の高いめがねをかけた優しそうなおじさんがニコニコ微笑んで立っている。これがお父さんだ。
やっぱり変わってない。
僕は、ちょっと安心した。
そしてその横に立った、白いワンピースの女の子。
「あっ……」
僕は思わず声を出してしまった。
そこには後ろで手を組み、微笑んでこっちを見つめる女の子の姿が。
肌は白く、髪は栗色でセミロング。パッチリと大きな黒い瞳が印象的だ。
恐らく、その可愛らしい彼女が……
そんな女の子の口がゆっくり動く。

「久しぶりだね。洋ちゃん。」

僕は確信した。
そして少し照れながら微笑んで僕も

「久しぶり。イッちゃん。」

周りはやっぱりセミが鳴いている。
二人の再開を祝うように、あの時のまま変わらないあの声で。
そして、僕はイッちゃんの後ろに建っている木造の古びた家に向かい歩んだ。
やっぱり、みんな変わってない。
そんな嬉しさで、微笑みそうになるのを押し殺しながら。

 家の周りには、簡単に穴が開いてしまいそうなベニヤ板を数枚重ねたくらいの厚みで作られた敷居が取り
囲み、その敷居が狭いとばかりに、青々しい木々が満面なく植えられていて、雲ひとつ見当たらない青い
夏空とピッタリである。
そのベニヤ板が途切れた空間……つまり、入り口は、乗用車一台が通れるくらいの人が通るには大きいく
らいの空間が設けられており、その周辺の木々も綺麗に伐採されている。が、雑草まではめんどくさくて刈
っていないのだろうか、それが足首をくすぐった。
敷居をくぐれば、右側にはそれほど大きくはない池があり、コイが二匹泳いでいる。その内の一匹は黒点
の模様がちょうど目と口のような形に顔の所に存在していて、昔コイツを「人面魚」って呼んでたっけな。ま
だ生きていた事に、少し嬉しさを覚えた。
左側には、昔懐かしい縁側がありその周辺にはある程度のスペースがとられていて、洗濯竿などがかかっ
た棒がたっている。ここは洗濯物を干すために設けられたのだろう。
入り口の横には棒に絡みついた蔦があった。
アサガオだろう。もう少しで咲きそうだ。
「ささ、入って入って」
ふと、耳にイッちゃんのお母さんの声が聞こえた。
笑顔で嬉しそうに僕のお母さんを招きいれる声をかけ、イッちゃんのお父さんはそれを促すように引き戸を
ガラガラと開けて待っていた。
「洋ちゃん、ここまで長かったでしょ? お疲れ様。どうぞあがって?」
斜め前のちょっと先を歩いていたイッちゃんが顔だけ振り返って、横目で僕を見ながらそう言った。
「う、うん。お邪魔します。」
まずい。まだ緊張している事がわかった。まともにイッちゃんの顔が見れない……
玄関を入ると、木の匂いだろうか、何か懐かしい古い匂いがした。
僕は靴を脱ぐと、いつもは脱ぎ散らかす靴をちゃんと揃えて家にあがった。
そんな姿を見て、お母さんがクスっと笑いをこぼした。
 家にあがると、すぐ目の前に急な階段が存在していて、左には縁側に行くための廊下が存在し、右側はト
イレやら何かの部屋が3部屋存在していた。
僕等はそんな所を通り過ぎ、階段の奥の廊下を進んだ。すると、居間が現れた。
黄色い畳が敷き詰められ、今いる全員がテーブルを囲める程の広さはあった。
居間は掘りごたつだったらしく、こたつがとられていて、ただのテーブルと化していた。
掘りごたつもこの家に初めてきた時に初めて見た。そして、こたつがとられたときの状態もこの時初めて見
たんだった気がする。
 足の裏がひんやりした廊下踏んで、やはりギシ、ギシと踏み鳴らし、お母さんたちは居間で一度軽く会話
をして、いつ迎えに来る等の報告もしていたが、僕はあまり聞いていなかった。
イッちゃんとも気分は初対面みたいな物だし、顔すら合わせられなかったから、僕は携帯をやる事もないの
にいじっていた。

 しばらくして、お母さんが玄関で僕にじゃあ、イッちゃんと仲良くね、と言い残しこの家を出た。
この時僕は「絶対無理だ」と心の中で言い返しすと、すぐにイッちゃんのお母さんに呼ばれ振り返った。
「さて、と。洋ちゃん、私の事はお母さんって呼んでもいいからね。私も今日から洋ちゃんを息子だと思って
付き合ってくからさ。」
張りのあるテキパキとした声で僕に言った。元気なお母さんだ。
「おじさんの事も、お父さんって呼んでいいからな。いやぁ、男仲間ができて嬉しいよ。」
お父さんも、やはり笑って僕に言った。確かに、考えてみれば、この家に男はこのお父さんしかいなかっ
た。
「これからは私たちの家族だからね。」
イッちゃんが少し照れているのがわかった。
それを感じると、ちょっと安心した。

イッちゃんもだったんだ。

「うん、ありがとう。」
僕は少し笑って皆に返した。
と、いうかこの時僕はイッちゃんの顔しか見ていなかったが。
時計はもうじき2時を指す所だった。
「じゃぁあんたらは外で遊んできな。……ほらイサキ。洋ちゃんにこの辺案内してあげなさい。」
「は〜い。……じゃぁ行こっか。洋ちゃん。」
イッちゃんと遊びに行く……何年ぶりだろう。イッちゃんの顔も思い出せなかったのだから、随分前だろう
な。
そんな事を思いながら、イッちゃんと玄関を出た。
……それより、男と二人で遊びに行く事に抵抗はないのだろうか。これってデートなんじゃ……
ふと、イッちゃんが僕の手を引いた。その手に引かれるがままに、僕は家を出た。

 「ここが、竹林だよ。夜来ると怖いんだけど、昼間だと太陽の光が漏れて綺麗なんだ。」
例の竹林を案内してくれた。
竹林が両側をかこむような形で道が続くような所を歩きながら。
背の高い竹が道にトンネルを作るようにうなだれ、それのせいか、その道だけ涼しかった。
竹の葉がざわめく中、僕たちは二人ッきりで歩いている。……まだ手をつないだまま。
僕はその手をイッちゃんが離さないのは、忘れているのかな? とか馬鹿な考えを広げていた。
……というより、恥ずかしくて緊張して、何を考えているのかすらわからなかった。
僕の右手にイッちゃんの左手が掴んでいる。そんな状況だと認識するだけで。
もちろん、もうイッちゃんの顔を見ることすら脳は許してくれない。
そして僕はこんな事を言ってしまった。
「あの……手……」
「あっ……ごめん。」
言うと、パッと手を離し、そそくさと先を進んでいった。
「次は〜神社だよ。……こっち。」
真っ赤になった顔でイッちゃんが言うと、左側の竹林の中に、一本僕等が歩いている道に繋がる階段が設
置されていた。
そこをイッちゃんが上り始める。
僕は何故手を離すよう仕向けてしまったんだろう、と後悔を残し、イッちゃんの後を追った。

 階段を上り終えると、そこには鳥居が存在し、ひときわ涼しかった。
その鳥居の奥には古びた小さな神社がひっそりと建っていた。
あまり広いスペースの中に存在しているものではない。
そんな神社の縁側らしき所にイッちゃんは腰をかけると、「洋ちゃんもおいでよ。」と一言。
僕はさっきの手の事を悔やみながらイッちゃんの元へ行った。
「イッちゃん。こっちの学校は……どう?」
これが、僕の勇気だった。
自分から喋りかける事が。
「うん。中々順調だよ。友達もできたし。イッちゃんはどう?」
「うん。俺も小学校ん時と同じかな。まぁ、楽しいよ。」
「……そっか。」
沈黙。
明らかに気まずい、という感じだった。
もうこんな感じなままなのは嫌だっ! これから一ヶ月過ごす相手と気まずいままでいたくない!
心の中で叫んだ。そして、自分の勇気の無さを悔やんだ。
「あの……さ。」
これが、その時の最初の一言。
「この辺ってカブトムシいる!?」
「え……うん、多分そこらじゅうにいるんじゃないかな?」
「そっか! 今から一緒に採りにいかない!? いるとこ案内してよ!」
僕は、今まででは考えられないほど元気なトーンで喋ると僕は縁側から勢いよく立ち上がった。
この時、僕は恥ずかしくてたまらなかった。
イッちゃんも最初は戸惑った様子だったが、すぐに笑顔になって話してきてくれた。
「行こ!」
僕は笑顔でまだ座ったままのイッちゃんへ手を差し出した。
「……うん!」
イッちゃんも満面の笑顔で僕の手をとり立ち上がった。
そしてその手を離さないまま、僕は歩いた。
鼓動は当然いつも以上に鳴り響いている。
階段を降り終えた後に僕ははっと気づいた。
「あ……!……イッちゃん?あのさぁ……」
「道がわからないんでしょ? 馬鹿だな洋介は。」
その瞬間、二人同時に吹き出してしまった事を覚えている。
この時からかな。二人の距離が「他人」から「友達」に縮まったのは。
 二人の手は繋がったままイッちゃんに先導されながら竹林のさらに奥……まだ行った事の無い未知の世
界へ僕は突入していった。
そこに広がったのは道の右側をそよそよと川が流れ、左側には竹林が途絶え代わりに木々がその斜面に
青々と生い茂っていた。
そんな風景を横目に、さらに奥へとイッちゃんの左手は僕の右手を引いた。
「っついたぁっ!」
しばらく色々な景色を通りすぎると、ある場所でイッちゃんの手は引くのを止めた。
そして僕の手を離すと、目の前に立った大きな大木にポンと手をつく。
「この木がカブトムシでいっぱいの木っ! みんなからは色んな虫がいるから「虫の木」って呼ばれてる
んだ。」
自慢げに話すイッちゃんのそばへ僕もゆっくり歩み寄った。その大きな木を眺めながら。
その木の周りは、丸く円を描くように何も障害物は存在していなかった。まるで、人工的に刈られたような
のだが、聞いた所自然にできたものだというから驚きだ。
その空白な空間を囲むように、その大木より少し背の低い木々が取り囲む。
その木々は道の左の斜面に生えていた木の延長なのだが、気がつけばいつのまにか斜面ではなくなって
おり、左側の川もいつの間にか消えていた。
もうその大木を囲む木々は「森」と言える程たくさん生い茂っている。
「どうやったらカブトムシ捕まえられるかな?」
すると、イッちゃんが木から少し離れ、少し助走をつけて気を蹴った。
バサァ……大木の上の葉が蹴ってから少し遅れてざわめく。
すると、イッちゃんの足元に黒い何かが落ちてきた。
「ほら! 落ちてきた!」
イッちゃんがキラキラした目で落ちたカブトムシを僕に見せてきた。
「本当だ! メスかぁ。オスはいるかなぁ?」
そういうと僕はおりゃ! っと掛け声をつけながら何回も木を蹴飛ばした。
それを見てイッちゃんもクスリと笑うと一緒になって木を蹴り始めた。
僕は、本当はこの時本当はカブトムシなんてどうでもよかったんだ。
こうやって二人で笑いあいながら木を蹴ってるだけで本当に楽しかった。
 しばらくして、イッちゃんが蹴るのをやめるとその大木の奥の森へ走り出した。
「イッちゃん? ちょっとどこ行くの〜!」
僕は声を張りあげたが、答えは返ってこず、森へ消えていった。
すかさず、僕はイッちゃんの後を追った。
 森の中は薄暗く、気味が悪かった。
枝が僕の肌を突付いて、叩いて、チクチク痛い。
僕は大して速くない足を夢中で動かす。
やがて、小さく見えていた白いイッちゃんの姿が立ち止まった。
僕もそれを見て足の速度をさげる。
……すると、何か嗅いだことのある臭いが。
「どうしたの急に……」
僕はイッちゃんの後ろで見た光景に一瞬言葉を失った。
「綺麗でしょ? 私の穴場だよ。」
振り向いて僕の顔を見つめて話すイッちゃんの後ろには海が広がっていた。
イッちゃんを追い越して海の方へゆっくりと歩み進める。
すると、足元が崖になっていて、思わずたじろいでしまった。だけど、そんな事より、とにかく綺麗だった。
さっきの臭いもこの時潮の香りだとわかった。
イッちゃんが僕の横で座った。
それを見て僕も、イッちゃんの横に座る。
「さっきはありがと。」
イッちゃんが海を見つめたまま僕に言ってきた。その時の横顔に……僕は……。
「ん? 何で?」
「さっき、気まずかったからあんなに頑張って手まで引いて話してくれたんでしょ? だからさ。」
海が段々と夕日のオレンジ色に染まっていく。
「……綺麗だね。オレンジ。」
僕がイッちゃんの話に答えないまま言う。
「うん……。」
しばらくの沈黙。そしてやがてそれを破ったのはイッちゃんだった。
「洋ちゃんって……今恋してる?」
「ん〜……してない……かな。」
本当は、この時から恋はしてたのかもな。
「そっか。……私はしてるんだ。最近知り合った……ううん。もっと前からずっと好きだったんだ。その人の
事。」
「……そうなんだ。」
この時は、この言葉を何とも思わなかった。思えなかった。
オレンジに染まった海が、ザザァン……と音を立てている。
気がつけば、やかましかった蝉も、もう大分おとなしくなっている。
……すると、イッちゃんがふと立ち上がる。
「行こ! 家、帰ろ!」
イッちゃんの手が僕の目の前にある。
僕は迷わずその手を取って立ち上がった。そして、海に背を向けると、僕等は森へ入っていった。
僕等の家族が待つ僕等の家に帰るため。


                  二章

 それから僕等は風呂に入る事にした。頭をシャワーで流すと中々汚れていたのがわかった。
湯船は銀色の昔懐かしい小さな風呂で、前面タイル張り、とても小さなスペースであった。
そんな浴室を淡いオレンジ色のライトが照らす。風呂に浸かった状態の頭の上くらいにある窓は網戸になっており、虫達の合唱が心地よく繰り広げられている。
とても、気持ちよかった。
僕は目を瞑り、深呼吸してみる。
……今日は色々あったな。楽しかった。物凄く。……そしてイッちゃんの横顔が、忘れられない……。
そんな事思いながら、息を吸い込んで……吐く。
ゆっくり目を開くと、「よし」と一言言って風呂の水をバシャっと顔に浴びせた。
 「今あがりました〜!」
風呂から出て、寝間着に着替えた僕は、誰に言うわけでもなく大きな声で報告をした。
「はいは〜い。……じゃお父さん、入っちゃいなさい」
イッちゃんのお母さんが僕に返事を返すと、少し荒っぽい声でお父さんに言う。
そんなやり取りを尻目に、僕は先に風呂からあがったイッちゃんが座っている縁側に歩みを進めた。
「お、あがったね、宮田洋介。」
僕に微笑みながら首だけ振り返り僕を見上げてふざけた口調で言う。
イッちゃんの髪はまだ濡れていて、いかにも「パジャマ」って感じのピンクの大きい服を着ていた。
首には白いタオルをかけていた。
「横座っていい?」
「どうぞどうぞ。」
言うと、イッちゃんは少し横にずれてくれた。
僕はイッちゃんの横に、縁側から裸足の足を投げ出して座った。
昼とは大違いに夜は涼しい。
縁側の上の所にぶら下がった風鈴が、涼風に吹かれリィィン……と切なく鳴いている。
「風流だねぇ……」
「ジジくさいぞ! 洋介!」
「風鈴って、いいよな。何か。」
「うん。夏って感じだよね。」
……こんなくだらない会話を二人で楽しんでいた。
いや、最初はこの「くだらない会話」自体できていなかったのだから、やはり二人の仲は今日の数時間で縮まった。そう思えた。
「洋ちゃん、私の宝物見たい?」
ふと、そんなくだらない会話の中でイッちゃんが話を振ってきた。
「うん。見てみたい!」
「じゃぁ……目を瞑って。」
僕は、イッちゃんに言われるがままに目を瞑る。
「じゃぁ、仰向けになって?」
「えっ?宝物見せてくれるんじゃ……」
僕は、仰向けになるのはおかしいだろ! と思い、少し目を開けた。
「目開けちゃだめ!」
少し開けた僕の目に一瞬イッちゃんのムッとした顔が映ると、遅れて強い口調でイッちゃんが言った。
それも助けて、僕はまたギュッと目を瞑り、またも言われるがまま仰向けになる。
丁度、縁側から少し頭が飛び出している感じだ。
それを見て、イッちゃんが「よし」と小さく言うと、イッちゃんも横になったようだった。
「うん。今日も綺麗だ。」
しばらくして、イッちゃんが横でつぶやいた。
「ねぇ、まだぁ?」
僕は待ちきれず目を瞑ったまま言う。
「……いいよ。」
するとイッちゃんが、静かに言った。
「……うわ……!」
僕は目の前の光景に言葉を失った。
その目に映ったのは真っ黒な空に無数に輝く星だった。
本当に、僕の目にはそれしか映っていなかった。
「……すごいでしょ。田舎者の特権だよ。」
本当にその通りだと思った。
都会じゃこんな空、拝めるはずもない。
この真っ黒な空を邪魔する物はここには何もないが、都会は灰色でこの綺麗な空が埋まっているから。
大体、都会の空はこんなにまでも綺麗じゃない。
「すごい……これが宝物?」
「うん。そうだよ。……私ね……」
イッちゃんが話を始めた。
「私、ここに来るの最初はすごい嫌だったの。学校も近くないし、ショッピングと言えば、30分歩いた先のコンビニ……そんな田舎絶対イヤだって、引っ越す時泣いて嫌がったんだ。」
「……そうだったんだ。」
知らなかった。……まぁ、知ってたら怖いけどさ。
さらにイッちゃんは話を続ける。
「友達だって一からやり直しだし……でもね。ここには都会にはない物、感じられない事がいっぱいあったんだ。凄いでしょ?この空。こんな空、あっちじゃ見れないもん。空気も全然綺麗だしね。ここだと、あっちでしてた事すべてが新鮮なんだ。」
僕も、それは共感できた。
携帯だって、今日はほとんど触っていない。いつも持ち歩いていたのに、今日は忘れていた。忘れていた事すら気づかなかった。
「だから、ここに来て良かったって毎日こうやって空を見上げる度思うんだ。……って、そんな事洋ちゃんにはどうでもいいね。」
「ううん。聞けてよかったよ。……ってか本当に凄い……。」
それから、僕等はこの空を見上げながら、星座の事とか色々話し合った。
そんなこんなしてる内に、結構話し込んでしまって、もう夕飯時になっていた。
そして、そんな話をしてるイッちゃんの事を見ているうちに、一つ気になる事を思い出した。
「……あ、そういえばさ、イッちゃんの昔から好きな人って誰なの?僕の知らない人?」
あの時は、何故か何とも思えなかったが、今になって物凄くそれが気になって仕方なくなった。
「……秘密。」
イッちゃんは小悪魔的な笑いを浮かべると、「もうご飯できるから行こ!」と言い立ち上がった。
結果、軽く流されてしまった。
まぁ、知ったところでどうなるわけでもないか……そう言い聞かせ、僕も立ち上がり居間へ向かった。

 居間へたどり着くと、そこはもうおいしい匂いが充満していた。
この時初めて見たイッちゃんのおばあちゃんを加えた五人が席につくと、全員の「いただきます」の掛け声と共に会食が始まった。
今晩のメニューは特製ハンバーグに白いご飯、お漬物とサラダだった。
「今日はどこ案内してあげたんだ?」
イッちゃんのお父さんがハンバーグを頬張りながらイッちゃんに聞いてきた。
「えっとね、今日は神社と虫の木の方まで案内してきた。」
イッちゃんがお父さんの顔も見ずに答える。
「そうか。……洋介君は楽しんでもらえたかい?」
すると、お父さんはまた笑顔で僕に言ってきた。
「はい。楽しかったです。」
僕は素っ気無く、どこか緊張して返す。
「もう、別にそんな事聞かなくたっていいじゃない。……ごちそうさま。」
イッちゃんが鬱陶しそうな声で言う。
こちらも軽い反抗期だろうか?
するとイッちゃんは立ち上がり、二階へ駆け上がっていったようだった。
「あの子はもうこんなに残して……あ、洋ちゃんは気にしないでね。ゆっくり食べていいのよ?」
お母さんが僕にやさしく言ってくれた。
僕もそれに「はい」とだけ答えると、少しそそくさと食べ終えた。
「あぁ、二階に洋ちゃんの布団もう敷いてあるから、イサキに聞いてくれる?」
食べ終えて、食器を片そうとする僕を見ると、お母さんは座ったまま言ってくれた。
「わかりました。」
言うと、僕は食器を片し二階へあがった。

 「イッちゃん〜?」
暗い急な階段をギシギシと踏み鳴らしあがる。
電気のつけ方がわからず、物凄くこわかったのを覚えている。
階段を上がり終えると、右に廊下が続いていて、その廊下の右側に3部屋和室みたいな広めの空間が存在しており、その廊下の突き当りにはトイレ。
左側はガラス戸になっており、それをあけると横に長いその廊下に沿うような形で設置されたベランダに出る事ができる。
階段を上がってすぐ左にある部屋には「いさきのへや」と汚い字で書かれている。これは昔から使っていたものなのだろうか、明らかに子供の字だった。
 僕は階段を上り終え、辺りを見渡す。
「イッちゃん……?」
恐る恐る声を出していた。電気のスイッチの場所がわからない……
その時
「っわっ!!!」
すぐ後ろから声と同時に手が僕の肩をガシっと掴んだ。
「……っ!」
僕は声も出ないほど驚いた。ただでさえこのシュチュエーションに怖がっていたのに。……なんて事は死んでもいえない。
僕は体を一度ビクッと跳ね上がらせると、すぐに誰の仕業かわかり、精一杯冷静を装った。
可愛い男のプライドである。
「……イッちゃん。」
静かに「分かってたんだぞ!」とでも言うようないい振りで言い、振り返った。
「っぷ……あはは。何わざと平気なフリしてんのよ。からだまだぷるぷるしてるよ。」
イッちゃんが思わず吹き出して笑った。笑われた。
とんでもなく恥ずかしくなり、それと同時に怒りもこみ上げた。
「もう! いいから僕の寝る所教えろ!!」
少しふて腐れた言い方で僕はイッちゃんに言う。
「あはは。ごめんごめん……っぷ……こっちだよ……。」
まだ笑っている。笑いが邪魔して上手く喋れていない。
僕を追い越して笑いながら歩み進める。
「そ〜ん〜な〜に〜……笑うな!!」
僕は開き直って馬鹿みたく逆に後ろからガシッと肩を掴んで驚かそうと考え、実行した。
すると、イッちゃんの歩みが止まった。
僕はしめしめと思いつつ「驚いた?」と一言。
「……別に! はい! ここが洋介さんの寝床!」
特に驚いた様子もなかったのだが、何かを隠すように言い放った。
「ちぇっ驚けよ〜。」
僕は少しガッカリしながら布団の敷いてある部屋に入った。
すると、イッちゃんもついてきた。
「……あれ?……まさかイッちゃんもこの部屋で?」
僕は呆気にとられて聞いてみた。
「んなワケないでしょっ」
すると、予想通りの答え。
パシッと軽く背中を叩かれると、僕は軽く笑って流した。
しばらく沈黙が続く。
何か気まずくなり、僕は話を切り出そうと……
「あのさ!」「あの!」
その時二人の声が重なった。
「そっちからどうぞ。」
イッちゃんが顔を伏せて言う。
「……あぁ、えっとさ。イッちゃんの好きな人って誰なんよ〜。どんな人?」
僕は、この時はもうあまりこの事は気にしていなかったが、話を続けるために切り出した話題だった。
「……そんなに聞きたいの?」
すると、何かさっきの「秘密」と言った時のトーンとは違う感じで言った。
僕はそれに何か違和感を覚え、そしてどんどんまた気になってしまった。
「うん! 聞きたい!」

「……キミだよ。」

衝撃的な言葉を放つ斉藤イサキ。
その時、網戸になっていた向かいのガラス戸から涼しい風が冷たく僕の頬を撫で、通り過ぎた。
それのせいか、イッちゃんの言葉のせいか、背筋がゾクッとしたのを今でも覚えている。


                  3章

 「え……? あれ……えぇ?」
こうなる事は全く予想だにしていなかった……
このあとどう答えれば? なんて言い返せばいいんだろう? 
僕の頭の中はもうめちゃくちゃだ。
僕は意味のわからない言葉を発すると、カーッと体中が熱くなった。
恥ずかしいのか、緊張しているのか。もう何がなんだかわからない。
僕はたじろいだまま意味もなく天井やらふすまやら辺りを見回す。
そして、その見回す過程でイッちゃんをチラっと見る。
イッちゃんはまだ俯いたままだった。
時計の針の音がいつもより数倍遅い気がする。時間がゆっくりになった。そんな感じ。
そして、僕はまたイッちゃんをチラ見してみる。
すると、イッちゃんの肩がかすかに震えているのがわかった。
「あの……さ」
僕はひきつった笑いを浮かべながらイッちゃんの顔を覗き込もうと身を恐る恐る乗り出してみる。
「……っぷ」
……そこには笑いをこらえるように目をギュっと瞑っているイッちゃんの顔。
僕はハメられた〜! と思って、あんなに動揺していた自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
「ごめんごめん。洋ちゃんがまさか本気にしちゃうなんて思ってなかったから……!」
やはり、イッちゃんはさっきにように笑いを堪えて、震えて上手く喋れていない。
僕は悔しくてならなかった。……が、少しホッとした自分もいる。
何でだろう? なぜか、「な〜んだ」と苦笑して流すことができそうな気持ちだ。
「あのさぁ……またひっかけたな斉藤イサキ!」
僕はわざと怒ったような口調で肩を掴んでその体をユサユサとふざけて揺らした。
「あはは。ごめんごめん! もうしないからっ!」
イッちゃんは眉毛をへの字に折り、笑いながら揺らされながら、僕に謝ってくる。
僕もそれを見て、「仕方ない、許してやろう」と一言偉そうな言い振りで放つと、揺らすのをやめた。
そして、イッちゃんと目を合わせ二人で笑い合った。
何がおかしいのかわからなかったが、とにかくどんどん笑いがこみ上げてくる。
しばらくして、僕とイッちゃんが「はぁ〜」と疲れたかのように言うと、笑いがようやく止んだ。
何か……楽しかった。
イッちゃんとこういうやり取りをしていると、不思議と笑いがこみ上げてくる事にこの時気がつく。
「洋ちゃん、怒った?」
イッちゃんが少し笑みを浮かべつつも、僕の顔色をうかがってくる。
「別に怒ってないですよー」
僕は笑いながら、わざとふて腐れた言い方で言った。
それもイッちゃんは感づいたのだろう、イッちゃんも笑って「そっか」と返してくれた。
「あぁ〜、でもねぇ……」
すると、イッちゃんが僕にまた振ってきた。
ちょっと笑いを抑えた言い方で。
「洋ちゃんにさっき驚かされた時、肩掴んだでしょ?……あの時はちょっとドキッとしたなぁ……」
イッちゃんが遠くを見つめるように言う。
僕はその言葉に笑ってしまった。
「まぁたまたぁ! ハメるつもりでしょ。」
笑いながら僕は言った。
もちろん、絶対また信じたらハメられると思い、笑ってふざけて流そうとした。
「それは嘘じゃない! 本当だよ! 本当だから……」
そう言うイッちゃんの顔にはもう笑みは残っておらず、本気だったようだった。
僕は、またも動揺しそうになるが、もしハメだったらまた恥ずかしい思いをするのは僕だ。
でも、なんて言い返せばいいのかわからない。こういう時女の子に初心な僕はそんな自分を悔やんだ。
かっこよくかわす方法がわからない。
「……そっか。……嬉しいよ。」
これが捻りに捻った最高の答えだった気がする。
僕は笑顔でイッちゃんにそう言い放った。
半分疑いもあったが、もう半分は本気として受け取ってあげる事にしたんだ。
今はそれでいいと思ったから。
「……じゃぁ……もう寝るね?」
イッちゃんはどこか照れたような顔つきでその場で立ち上がった。
それを見て、僕は「おやすみ」と一言。
それを聞いて、僕の寝る部屋の障子のあたりまで歩いたところで、首だけ振り返ると、ニッコリと笑ってイッちゃんも「おやすみ」。
言うと、イッちゃんは闇の中に消えて行った。
「はぁ〜!」
僕は、イッちゃんの姿が消えるのを確認すると、バタンと布団に倒れこんだ。
精神的に疲れた〜というのを今日この時初めて実感する。
そして、そのまま目を瞑ってみる。
虫の声がとても心地いい。風も涼しく僕を通り過ぎる。
幸せだなぁ。
この時本当にそう思えた。
そして、僕はある自分の気持ちに気づいた。

僕はイッちゃんをどう思ってるんだろう?

イッちゃんを見たり想ったりすると、不思議な気持ちになる事が多々ある。
こう引き込まれるような……
これが、人を好きになる、という事なのだろうか?
僕はイッちゃんを好きなのか?
色んな疑問が頭を過る。
いや、イッちゃんには好きな人がいるんだ。僕なんかに振り向いてくれるハズもない。でも……
そんな自問自答を繰り返しながら、いつしか僕は眠りに落ちていった……
次の日、悪魔の宣告を受ける事も知らずに。

 「洋ちゃん! 起きろ〜!」
そんな声が遠くから聞こえる。
その声を追いかけるようにうっすらと目を開く。
昨日は真っ黒ガラス戸が、チュンチュンと鳥の囀りと共に明るく照らされている。
僕は、一瞬眩しさを感じ、眉毛にシワを寄せると薄目であたりを確認するように見回す。
あのまま寝てしまったんだ……
僕は布団もかけずに、あの状態のまま寝てしまっていたらしい事に今気がつく。
そして、昨日イッちゃんが消えていった障子の所には……またイッちゃんがこっちを向いて立っている。
「……おぉ……おはよぉ……」
まだ眠い目を擦りながら、上半身だけ起こすとまだ寝ぼけた声で言う。
そして、しばらくポケーっとした後立ち上がりグーッと伸びをする。
「っはぁ〜! 起きたぁ!」
イッちゃんの方に歩きながら言う。
「もう昼よ! お寝坊さん!」
言うと、イッちゃんが僕の背中をバシっと叩いて、廊下の方へ追いやった。
まだ寝ぼけているのか、背中の痛みをジンジン感じているのだが、反応できる程脳が働いていない感じだった。
また、今日も一日が始まる……そう思うだけで、楽しくなり、つい笑いが毀れてしまった。
「洋ちゃ〜んっ、お母さんから電話よ〜!」
階段を降り始めた頃、イッちゃんのお母さんが声を張り上げた。
お母さんから……?
何だろうと思い、少し早足で階段を下りる。
降りると、すぐ横の電話が置いてある所でお母さんが親機の電話を持って保留にして待ってくれていた。
そして、僕はお母さんから電話を譲り受けると、何かやる事があったのだろうか、お母さんは台所の方へ歩いていった。
「もしもし、お母さん?何?」
僕はまだ寝ぼけた声で話す。
「あのね? おばあちゃんの病気あんまり重いものじゃなかったの。おばあちゃんの早とちりね、あんまり大袈裟に言うもんだから……」
話を続ける。
「でね? 明後日には帰れそうなのよ。だから、おばあちゃん家からの帰りに洋ちゃん迎えに行っちゃうわね。多分……丁度昼ごろになると思うから。」
「ぇ……わかった……」
僕は、一瞬で目が覚めた。
なぜ、嫌と言えなかったのだろう。
せっかく……せっかく自分の気持ちに気づけそうなのに……。せっかく楽しい思い出がこれから築けそうなのに……。
僕は電話の前で言葉を失ってしまった。
「な〜んだって?」
と、そんな時後ろからイッちゃんが顔を除かせた。
「いや……うん。何かおばあちゃんの病気が大変らしくてさ。」
「ふぅ〜ん……心配だねぇ……」
僕は言えなかったんだ。
もし言ったら、気まずいまま今日の事が思い出になってしまいそうだったから。
僕は、今はっきり背中にジンジンと叩かれた痛みを感じている。

 そして今日一日、僕は精一杯不安を振り切り、楽しく過ごそうと決意し、事実楽しく過ごせた。
二人で昼食をとった後、竹林の方まで行って神社の裏で竹を切って簡単な釣竿を作って、川で釣りをしたり、また虫の木でカブトムシ探しをしたり。
結局、オスは見つからなかった。
だけど、本当に楽しかった。笑顔が絶えなかった。
ずっとこのまま遊んでいきたいと思った。
でも、思い出を作れるのは今日だけ。そして、それをイッちゃんは知らない。
そんな事が何度も頭を過るも、それを無理やりにでも笑顔に変えた。
そして夕方になり、僕らは家に帰った。
今度は僕から、手をつないで。
 「また明日も、楽しい夏の思い出作ろうね。」
イッちゃんと竹林のトンネルを歩いている所で、イッちゃんが笑顔で僕に言った。
「……ぅん。」
僕も、笑顔で返した。……少し引きつってたかもな。
だって、明日は楽しい夏の思い出なんて作れないから。
僕は苦しかった。でも、無理やり笑顔に変えた。
 家に帰ると、イッちゃんがシャワーを浴び、僕も今日はシャワーで済ませる事にした。
小イスに腰掛け、頭にシャワーを浴びせる。
すると、髪の毛が顔にピッタリはりついた。
頭に浴びせながら、僕はスイッチを切られたかのように動かなくなった。
手では拳を握りながら。
「帰りたく……ないなぁ……」
僕は、誰も見ていないのに、あの時……シャワーで涙をごまかしてたんだ。
悔しいのか悲しいのか、はたまた怒りなのかもわからないまま、僕はザァーとタイル張りの床を打ち付けるシャワーの音にかき消されるように小さく泣いた。
そして、同時にイッちゃんに対する気持ちも確信した。
イッちゃんが好きだ。
それが僕の気持ちだ。
間違いない。
しばらくして、僕は濡れた髪をあげるのより先にシャワーを浴びせながらシャワーの水で濡れたのではない、涙で濡れた目を擦ると、シャワーを止めた。
 「今上がりました〜」
昨日のように言うと、僕はまだ濡れた頭を拭きながら風呂場を出た。
「あぁ洋ちゃん、夕食もうできてるから。……なんかもうあの子いらない〜とか言って先に上言っちゃったのよ。ごめんね。」
僕が席につくと、「いただきます」と恒例の挨拶を交わすと、会食が始まった。
そのテーブルには、イッちゃんの姿はなかった。


               最終章


 僕は、夕食を食べ終わると昨日の様に台所まで食器を持って行き、すぐ二階へ上がっていった。
少しイラつかせながら。
何故かと聞かれても上手くいえないのだが……最後の日なのにイッちゃんがすぐ寝てしまったからである。
この理由で怒るなんてお門違いなのは分かる。イッちゃん自身は僕が明日帰るのを知らない訳で、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
とにかく、イッちゃんの行動にムッとしながら階段を上がった。
そして、階段を上がり終えるとチラっと左にあるイッちゃんの部屋を見ると、「バーカ」と声を出さすに口パクで言うと、僕も寝室へ戻った。
 僕は寝室に入ると寝てやる! とでも言うような感じで布団に倒れこみ、ギュッと目を瞑った。
……。
寝れない。
……。
だめだ。
何度目を瞑りなおしても眠りにつく事ができない……。
やはり、イッちゃんとの事で引っ掛かりがあるのだろう。
……明日、楽しく話しかけよう。
とにかく明るく別れたい。それは僕が昨日から思っていた事だ。
明日朝一番で話しかける。そして今日別れる事を何となく言う。
イッちゃんはきっと笑って「そっか」と言ってくれるはずだ。
……それも僕としては悲しいものもあるが……好きなのは僕だけだ。引きとめようなんてするはずもない。
それでもいいか、とにかく明るく。だ。
そう思い直して、僕はゆっくり目を閉じる。
すると、徐々に僕は眠りに落ちていった。
外では、僕にとって最後の虫の合唱が響いている。
やはり……とても綺麗な声だった。

 朝。
外からは朝とも思えぬ程日差しが強くなり始めていた。
……つまり、それはもう朝方ではないと言う事だ。
僕はそんな暑さに寝苦しさを感じ、うっすら目を開けた。
そして、ハッと気づきガバッと起き上がるとすぐ後ろの壁にかかった時計を見る。
その針は、確かに11時を指していた。
背筋を冷たいものが通り過ぎ、それにびっくりするかのように立ち上がり、急いで階段を駆け下りた。
 駆け下りると、僕はイッちゃんを探した。
……いない。
イッちゃんの部屋をノックしてみたものの、返事がなく、いないようだった。
「……あの、お母さん。イッちゃんどこにいるんですか?」
僕は堪らなくなりイッちゃんのお母さんに話しかけた。
「あぁ、何かさっきからずっとどっか言ってるのよねぇ。……あの子、何かあるとすぐどっかいっちゃうんだから……気にしないでいいからね、きっと洋ちゃんが帰る頃には戻ってくるから。」
それじゃ遅い。
帰る瞬間に現れても遅いんだ。
……それより、何かお母さんが引っかかる事を言った。
「何か……あったんですか?」
僕はお母さんに問いかける。
「多分洋ちゃんが帰るのが悲しいのよ。昨日もそれですぐ二階に行っちゃったから……」
……え?
まさか! じゃあ昨日からイッちゃんは僕が今日帰る事を知ってたのか!?
そもそも、何でお母さんが知ってるんだ!
「お母さんが言ったんですよね?」
「ごめんねぇ。あの子、洋ちゃんがお風呂入っている間に電話の内容何故か凄く気にしててねぇ。」
くそっ
じゃぁその時から疑ってたのか……
……いや、今はそんな事考えてる暇なんてない。
僕は急いで着替えると、外に出た。
どこにいるのかもわからないのに。
イッちゃんと行った所を思い出す。
僕は急いで神社に続く階段を駆け上がった。
相変わらず竹がザワザワざわめいている。
しかし、そこにイッちゃんの姿はない。
無いと分かると、すぐ階段を駆け下りまた走り出す。
一緒に釣りをした川にもいなかった。
「どこに……いるんだよ。」
僕は息を切らしながら、熱い太陽に照り付けられる。
汗が顔からにじみ出るのがわかった。
時間がないのに。
……すると、一つ場所が思い浮かんだ。
「あの海だ。」
僕はハッと気づき、また走り出した。
何故か、僕は絶対そこにいる気がした。
 虫の木を通り過ぎ、蝉がやかましく鳴く森に入り、海の見える崖を目指す。
すると、奥に光が見えた。
それに近づいていく度その光は大きくなっていく。
あの匂いも感じられた。
そして僕はとうとう森を抜けた。
……イッちゃんは森を出てすぐ左の、木で日陰になっている所にちょこんと座っていた。
イッちゃんの目は僕の顔を見ていない。
僕は息を切らして、膝に手をついた状態で立っている。
そして、しばらく休んで呼吸を落ち着かせた。
「イッちゃん、ごめ――」
「何で?」
僕が言い終える前に、イッちゃんの言葉がかぶさった。
「何で……言ってくれなかったの?」
イッちゃんの震えた声が僕の耳に届く。
その目が、涙で潤んでいた。
「いっぱいやりたい事もあったのに。突然いなくなるとかさ……やめてよ。」
言葉一つ一つ言う度、イッちゃんの目には涙が溢れた。
「いや、気まずくなると思っ……」
僕は、そこで言葉を止めた。
気まずくならないようにした結果がこれか?
なんて馬鹿らしいんだと、僕は胸の中で自分を殴る。
「ごめんな。」
一言そう言った。
その場凌ぎの「ごめん」ではない、ちゃんと心から思った「ごめん」。
すると、涙目の顔にある小さな口がゆっくりと動いた。
「私……」
海の音と蝉の声が混じり合う。
何か変な感じだ。海と蝉は無縁だと思っていたのに。
ここは、つくづく素晴らしい所だ。
「私ね。洋ちゃんが好きよ?」
イッちゃんがこの時始めて僕に振り返る。
僕は一瞬驚いたが、何故かふっと笑えた。
なんだ、イッちゃんもか。
何を僕はあんなに胸の内で悩んでいたのだろう。
……良かった……やっと安心できた。
「……僕もだ。」
僕は顔に笑みを浮かべ、座っているイッちゃんに手を差し出した。
あの時みたいに。
そんな姿にイッちゃんは涙を拭くと笑顔でぼくの手をとった。
いつものあの笑顔で。
「帰ろっか。」

 僕等が家につくと、もう家の前に車が停まっていた。
何か複雑な気持ちだったのを覚えている。
荷物はお母さんがまとめてくれたらしく、家に入る事無く帰る事ができた。
……いや、帰る結果になってしまった。
またあの縁側でイッちゃんと夜空を眺めたかった。
一緒にまた夕ご飯食べたかった。
……やっぱり、イッちゃんの言うとおりやりたい事がいっぱいだ。
僕がイッちゃんのお母さんに言われ、荷物を確認している時、イッちゃんは駆け足で家に入っていった。
僕は「はぁ」とため息をつくと、やっぱりこうなってしまうのか、と思った。
まぁ、ショックなのも無理はない。
気持ちを伝えられただけ、まだ全然大きな進歩だ。
そう言い聞かせると、確認を終わらせた。
 荷物を持ち、立ち上がる。
最後に家を振り返る。
……が、やはりイッちゃんは出てこない。
苦笑いを浮かべ、僕は一歩車の方へ近づく。
お父さんとお母さんの視線を背中に浴びながら。
「洋介!」
すると、後ろから声が聞こえた。
僕は振り返る。
そこには、何か小さな箱を両手で持って走ってくるイッちゃんの姿があった。
少し息を荒くして僕のそばまで走ってくるなり、僕にその箱を差し出す。
「丁度いい箱がなくて……」
僕は訳が分からないまま箱を開けてみる。
そこには、大きく黒い、「カブトムシ」の姿があった。
確かに角が生えたカブトムシだ。
「これ……いつの間に?」
「さっき……本当はこれ見つけるために外出てったんだ。」
イッちゃんが笑顔で言う。
この時、僕はここに来てから初めて胸から込み上げるものを感じた。
しかし、ここは抑えなくては。明るくわかれるんだ。
そうやって堪えると、「ありがとう。」と一言。
言うと、僕はその小さな箱を大事に抱え、振り返って車の方へ歩みを進めた。
そして、来るときは重かった車のドアを軽く開けると、乗り込んだ。
それと同時に車はゆっくりと走り出す。
僕は何かやりきれない気持ちが残ったまま、膝に小さな箱を抱えていた。
……そんな時、ふとバックミラーを覗くと、何かイッちゃんの口が動いているのがわかった。
それに気づき、窓を開け首を出して振り返る。
「洋ちゃん! また絶対来てよ!!」
イッちゃんが目に涙を浮かべ、必死に叫んでいる。
そんな姿に、さっき押し込めた涙が込み上げた。
そして、僕も少し涙を浮かべる。
「ぜってー来るから!」
僕も叫んだ。
精一杯イッちゃんにその声を届けるために。
イッちゃんの姿が見えなくなるまで僕は窓からイッちゃんを見続け、イッちゃんも僕を見続けた。
やがて、イッちゃんの姿が見えなくなった。
僕は窓から顔を出したまま涙をふき取り、顔を引っ込める。
「いい思い出できたみたいね。」
お母さんが、少し笑みを浮かべて僕に言った。
「うん。」
笑顔で僕はそう答えた。
最高の思い出ができた。
最高の……
そして手元にある箱のふたを開ける。
中では、元気そうにカブトムシが動いている。
「あら、それだけしか捕れなかったの?カブトムシ」
お母さんは手元のそれを見たのか、僕に聞いた。
「うん。いいんだよ。これだけで。」
僕はそう言うと、再び窓を開けた。
外はやはり暑く、やはり眩しく、やはり蝉の声が響いていた。
絶対また来る。
この時そう心に刻んだんだ。
空はここに来たときと同じ、雲ひとつ見当たらない青い夏空のままだった。

 そして10年後の今、僕は自分の車でその空と、その蝉の声と、その暑さを感じている。
期待で胸を膨らませながら。
ちやがて竹林のトンネルを通る。
「何も変わっていないな、あの時と。」
そう呟くと、クスリと笑みを浮かべる。
そのトンネルを抜けると一つの家が見えてきた。
何も変わらない、あの家が。
そして、その家の前には一人の女性が立っていた。
白いワンピースを着た、長い髪の女性が。
僕はその家の前に車を止め、車のドアを開けると外に出る。
そして、その場で立ったままその女性の方を見る。
その時、僕の後ろから風が吹き抜けた。
まるで後ろから後押しするように。
そして、その女性の口が言葉をかたどっていく。

「久しぶりだね。洋ちゃん。」

僕は少し照れながら微笑んで

「久しぶり。イッちゃん。」

やっぱり照れるな。そんな気持ちを胸に抱きながら一歩足をイッちゃんの方へ踏み出す。
……何も変わってない。
変わったものと言えば、イッちゃんの髪の長さくらいなもんさ。
 

                END
2005/08/08(Mon)12:56:57 公開 / デスノ
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完結致しました。
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