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『無限・コンチェルト 第 四話』 作者:ちぱんだ / ファンタジー ファンタジー
全角12938文字
容量25876 bytes
原稿用紙約40.15枚
OPENING

 ギュゼンバァル。
 それがこの世界の名だった。
 他の世界と比べてさりとて特徴もそれほどない、どこにでもありそうな世界。強いて特徴を挙げるとしたら、人々の歴史が長く、伝統を重んじる者達が多いことだろうか。そしてこの世界は今、二派に別れ、敵対していた。
 これは戦火の絶えない世界にあって、迫害に遭いながらも強く生きた少女と、そんな彼女を時に嘲り、時に励ます者達の、終わりの見えない協奏曲。

第一話

 炎。爆発。絶叫。その繰り返し。
 自分の目に映るものは全てが絶望に包まれていく。そんな彼女の唯一の希望が、前を歩く一人の女性。時折、後ろを振り返っては、自分のことを励ましてくれる。でも、女性の目もやっぱり絶望的で。
 そしてついには、女性さえも……

「!!」
がばっ。
朝日が窓から入り込む、そんな気持ちのいい朝とは正反対の思いで、アリーゼ・サラウェルは跳ね起きた。息を乱しながらも、自分が今いる場所を確認する。豪華だが、シンプルなものも割と多い自分の部屋。ふかふかで大きなベッド。そよ風に揺れるレースのカーテン。
 ……よかった、自分の部屋だ。 
 ほっと胸を撫で下ろすアリーゼ。ふいに、何か思い出したように、彼女は顔を引き締める。
 そうだった。今日は大戦艇が来る日だったんだわ……。きっと、その緊張のせいで、あんな夢を見てしまったのね……。うん。がんばんなきゃ。
 空は快晴。人々の活気も良い。そんな日の出来事。

 大戦艇ノイエエスターク。
 その巨大な飛空艇は丁度、サラウェルの城下町を通過していくところだった。搭乗者は、一人の若者がいた。艇内を歩いている若者は、つり目がかった赤い目に、金髪を持つ青年だった。
 彼の名はアスファ・カルバード。十九歳だ。彼はある個室の前で止まると、おもむろにその扉を開き、中へ入った。室内は真っ暗。
 んだよ、まだだれも来てねーのか。
 思い、明かりをつけると……
「だれだっ!?」
 この部屋と繋がっている、隣の部屋から、男の声が聞こえてきた。
 アスファは「やれやれ」と溜め息を吐きながらも、それに応じる。
「オレだよ。アスファだ」
「なんだ。アスファか」
言葉と同時に、隣の部屋へと続く扉が開いた。そして中から男が三人出てくる。
「あーのーな。『なんだ』ってなんだよ。オレはおめーらの上官だっつーの。もっと敬え、もっと」
 そこまで言ったところで、またしても隣の部屋から、一人の若い男が入ってきた。
「誰が、誰の、上官だって?」
 言いながら、冷ややかな視線をアスファに向けてくる。
「ちっ、おまえもいたのかよ」
 アスファはまるで、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。とたんに、さっきまで騒がしかった男達も静かになる。
 彼らの紹介を済ませておこう。
 まず、ライラックの髪に、ライトブラウンの目を持つ、童顔の青年が、アル・レブロッド。十六歳。性格は真面目で、アスファのことを兄貴と呼んで慕っている。
 次にワームグレイの髪に群青色の目をした男が、グリオル・オッセン。二三才。お調子者でおしゃべり。
 そして深緑の髪に土色の目をした最年長の男が、ヴィルヘルム・グラド。通称ヴィル。とことんオレ様敵で、えばりんぼうの二八歳。年を食ったガキ大将みたいなものであろうか。
 この三人は、第八部隊グングニル所属で、アスファの部下である。アスファは一応、隊長だ。
 そして最後に、先ほど来た若い男がハイゼル・エンヴァティリア。赤髪にアイスブルーの目をした男である。年は二十歳。自分の利益にしか興味はなく、明らかに弱者を見下す節があるひねくれ者だ。ただ、その刀の腕は本物なので、彼に刃向かおうという者はほとんどいない。他者との協調性は皆無。関わり合おうともしない。もちろん、ハイゼルはグングニル所属ではない。こんな奴が部下にいれば、アスファはとうに退職していただろう。彼は第二部隊シルバー・ファングと、第十八特別部隊機雷の隊長を兼任している。
 現在、機雷の者達はここにはいない。この大戦艇の運転に専念しているからだ。シルバー・ファングの者達も、国の守備にあたっていた。
 そんなハイゼルが、今回は自分達グングニルとの共同任務なのである。全く、やりにくいことこの上ない。
「じゃあ、今回の作戦のおさらいだ」
 言い、アスファは皆を見回す。グングニルの三人は、真剣な面持ちでこちらを見ていたが、ハイゼルは一人、つまらなそうに机に頬杖をついていた。
「これから三十分後に、ノイエエスターク号はサラウェル港に着く。そこでオレ達グングニル四人と、ハイゼルを抜いた機雷の三人は、予定通り、変装してパレードに出る。生き残りは七人ってことにしてな。んで、民衆の視線がこっちに集まってる間、ハイゼルが皇女を誘拐。その点については、向こうでこっちのスパイが、何とか皇女を誘拐する手はずになってる。ハイゼル、頼んだぞ」
 ハイゼルに視線を向けると、彼は鬱陶しそうに、
「フン」
 と、鼻を鳴らした。
「んで、合図が出たら、オレ達もどさくさにまぎれてノイエエスターク号に帰還。ハイゼル達と合流したら、とんずらだ。合図は……覚えているな?」
「爆発だろ?」
 得意げにグリオル。
「ああ。もう大丈夫……だな?」
『おう!!』
 元気良くグングニルの三人。ハイゼルは無言だったが……。
「よし。各自、準備に取り掛かってくれ」
 言いながらアスファは、内心で溜め息を吐くのだった。

 時計台。
 それは、サラウェルで最も高い、人工建築物である。その時計台最上階に、一人の少女の姿があった。青緑色の髪にアンバーの大きな目。大体、十五歳くらいであろうか。
 何やら、しゃがんで作業をしているようである。
 ふいに少女が立ち上がる。
「はひーっ」
 大きく息を吐きながら、額の汗をぬぐった。
「やあっと、取り付け作業、終わったよ。疲れたぁ。でも……」
そこで少女は一拍置いて、「きしし」と笑った。
「これで、時計の針が十一時を指すとともに、この場所はどっか〜ん!!せっかくの歴史ある建造物も、一気に崩れ去るっと!」
 そして少女は、さっきまでの明るい表情が嘘のように、暗い笑みを浮かべた。
「いいザマだね、サラウェル」

第二話

「姫様。パレードが始まります。バルコニーへお越しください」
 ドアをノックする音と共に、よく響く、女性の声が聞こえてきた。
「あ、はい」
 返事をして、アリーゼはいそいそとドアを開けた。
 部屋の前には、背の高い女性が立っていた。王家の親衛隊・隊長である。
 彼女は礼儀正しく、狂いのない敬礼をした後、通路の奥の方へ手を差し伸べた。無論、その先には、城下町を一望できるバルコニーがある。
 アリーゼはゆっくりと、奥へ突き進んで行った。
 バルコニーにはもう、サラウェル王国の女王、つまりアリーゼの母親が優雅に座っている。
 アリーゼはそんな母親に一礼し、隣の席に着いた。
 パレードは今、始まろうとしていた。大通りの周りは、たくさんの観衆で埋もれている。
 ふいに遠くの方から歓声があがった。どうやら大戦艇から、先日のフェアケインでの戦の生き残った兵士達が出てきたようである。パレードの始まりだ。
 確か生き残りは……五十三人であったような……。
 と、突然、歓声が途絶えた。
「?」
 不審に思っていると、ようやくバルコニーから見える位置まで、先頭の兵士がやってきた。フルフェイスヘルムを被り、全身を銀の鎧で包んだ騎士が、黒馬に乗り、こちらへゆっくりと近づいてくる。手には大きな旗。天使の翼を持つ白獅子の紋章、サラウェル王国の紋章が描かれているものである。
 別におかしいところなんてないのに……。何で歓声が途絶えちゃったんだろ?
そんなことを考えている内にも、兵士達はどんどんとやってくる。退屈なので、数えることにした。
 ……三人、四人、五人、六人、七人……あれ?
 そこで兵士の数は途切れていた。やっと歓声が途絶えた訳がわかった。皆、このことを不審に思っているのだ。
 でも……何で?何で七人しかいないの?
 隣にいる母も、眉を潜めていた。
 と、バルコニーの入り口に、一般兵が走って来たようだった。その行く手を親衛隊長が遮る。どうやら、女王陛下には自分がお伝えするので、用件を言いなさい的なことを言っているようだった。兵士は早口で何かをまくし立て、親衛隊長はそれに無表情で頷く。そしてこちらにやってきて、
「陛下。……よろしいでしょうか?」
「どうぞ。言いなさって?」
 親衛隊長はやはり、綺麗に敬礼を返し、
「簡潔に申しますと、ノイエエスターク号乗っていた兵士達は、当初の生き残りはもっと多かったのですが、途中でヴァハヤの残党に襲撃を受け、何とかそれを倒したものの、そのときの生き残りはもうすでに七人まで下がってしまった、ということらしいです」
 女王は親衛隊長の言葉を聞いて、眉根を寄せながら首を傾げた。
「何か御疑問に思うところでも?」
「いえ。今はいいですわ。後で本人達にでも問いただすとでもしましょう」
 親衛隊長はそうですかと言い、また、後ろにさがった。
 ほっ、よかった。一時はどうなることかと思ったけど、今のところ、大したトラブルでもなさそうね。いえ、死んでいった人達には悪いけども……。
 ふとアリーゼが大通りの方を見やると、七人の兵士達はもう間近に迫っていた。
 うーん、そろそろ行かなきゃやばいかな?待って、その前に作戦のおさらい。まず、トイレと称して、この場から離れる。民衆はほぼ全員、大通りに集まっているはずだから、居住区の細道を使って、サラウェル港へと移動。そしたら大戦艇、ノイエエスターク号に乗り込む。で、貨物室で見つからないように待機。あの飛空艇はもともとお父様の所有物だから、絶対、シュリガンへと着くはず。そしたら大戦艇を降りて、お父様のお城へゴー!うん、ダイジョブダイジョブ。
 この作戦には穴が開きまくりで、全然、ダイジョブなんかではないのだが、お城で大事にされてきた皇女には、世間の厳しさなんてわかったもんではない。
 よし!がんばるぞ!
 決意も新たにアリーゼは席を立った。母親が不審そうな目でこちらを見てきたが、苦笑いを返して通り過ぎる。
 と、バルコニーから去ろうとするアリーゼの前に、背の高い女性が立ち塞がった。
「どちらへ?」
「ト、トイレへ……」
「では、自分も着いて行きます。今はパレードの警備に兵士がまわされていて、この城の守りも手薄になっていますから」
 言ったのはもちろん、親衛隊長。
「は?」
 アリーゼはしばらくの間、固まるのだった。

 たんったたたたったんっ
 軽快な音を立てて、ハイゼルはサラウェルの城下町を駆けていた。ちなみに駆けているのは道なんてものではない。いや、大地ですらない。そこは居住区の民家の上、すなわち屋根から屋根へと飛び移りながら移動しているのだ。しかもすごい速さで。無論、ヒトがこんなことをできるはずもないのだが、なぜかハイゼルはそれをいとも簡単にこなしていた。
 待ち合わせは城の裏手の森。入り口で待っていると言っていたか。あの気に入らない女が。
 そのことを考えると、ハイゼルはどうしてもやるせない気分になってしまうのだった。
 どうも自分は女が苦手らしい。いや、むしろ嫌いと言った方がしっくりとくる。かといって、別に男ならいいというわけでもないが。要するに全員嫌い。それには自分も含まれている。自殺願望などはないが、自分は今まで生きていて楽しいなんて思ったことは……いや、ある。そう、あるではないか。戦いという至福の時間が。
 ハイゼルはこのときだけは、自分が生きているということを実感できた。そのことを考えると、自然と口の端が引きつる。走りながらも、自分の腰に下げられているものを、改めてその冷たい感触を、確かめる。
 妖刀・臙脂風殺。
 彼の相棒だ。
 さて……行くか。
 思い、ハイゼルはさらに加速度を上げた。

 ……いや、ハイゼルさん、別に戦いに行くんじゃないんですけど……?

 アリーゼ・サラウェル。
 サラウェル王国、唯一の皇女。十八歳。群青色の髪にターコイズグリーンの澄んだ瞳を持つ美姫。……黙っていれば。別に、彼女の性格が悪いとか、そういうことではない。ただ、ほんのちょっぴり、言葉遣いが庶民じみているだけ。本当に……ただ、それだけなのだ。
 いや、まあ、確かに、ときたまドジ踏んだり、城、抜け出したり、ムカツク大臣に悪戯したり……って、うわぁぁぁぁぁ、一杯出てきたぁぁぁぁぁ……。
 こほん。
 ま、まあ、とにかく、そんな些細?なことで、自分は落ちこぼれ呼ばわりされるのだ。
 アリーゼはそんな自分と、そんな民衆と、そして皇女という自分の立場がたまらなく嫌だった。でも、それと同時に、この国がとても好きだった。愛していると言ってもいい。そして彼女は、それと同じくらい、母親のことが好きだった。母親が自分のことを避けているのは知っている。顔には決して出さないが、行動とか話し方ですぐわかる。でも、それを知ってても、自分は母のことが好きだ。断言できる。
 マザコン?上等。
 だから自分はこの国を、母を含めてこの国を、いつかは自分の手で守りたいと思う。だって私には武器がある。はっきし言って、体術だったら誰にも負けない自身がある。筋肉とかはあんまりついてないけど……でも、技能だったら、先生にも勝ってる。
 ううん、わかってる。そんな特技を持ってても、この国を守ることには繋がらない。これは個人を守るものであって、国なんていう巨大なものは守れない。だったらそれでもいい。ただ私は、もしも自分が女王になる日がきたら、先頭に立って戦うのみ。それが私のやり方。
 だけど、今のところ、私の力は必要とされてないみたい。そりゃそうよね。たかが十八歳の小娘にできることなんて、少ない。それにこの国には、お母様がいるし。お母様は私には冷たいけれど、本当に国民のことを想っている。その真摯な眼差しですぐわかる。私の自慢の母親だ。自慢できる友達とか……いないけど……。
 だから、今の私は、戦場とかそういうところじゃなくって、もっと小さなことから国を守ろうと思う。うーん、もしかしたらこれは小さなことじゃないかもしれないんだけど。その場合はかなり重大な問題になる。でも私には今のところ、この問題の大小の区別がつかない。だからお父様に助言を仰ごうと思う。それが私の城を抜け出す理由。お母様に言ってもいいんだけど……万一、これの犯人がお母様だった場合、私はどうすればいいかわからない。まあ、そんなこと、有り得ないんだけどね。
 本音を言えば……ただ、見返したいだけなんだ。私はちゃんと気付いていたぞ、落ちこぼれなんかじゃないぞって……。だから心の隅ではきっと、この問題が重大な事件になることを望んでいる。
 ……最低だよね……私。
 ……って、何しんみりしてんだろ。
 トイレの個室の中、アリーゼは一人、物思いにふけっていた。
 それもこれも、あの女のせいだしっ!
 あの女とはもちろん、親衛隊長のこと。彼女は今、ドアの向こう側で待機している。
 とりあえず、どうやってあの女を引き離すかを考えないと!!
 一人、便器に座って頭を抱える皇女だった。

第三話

 おそるおそる、そーっとドアの隙間から目を覗かせる。視線の先には鏡に映る親衛隊長の姿。
 う……やっぱいる……。って、当たり前か……。
 仕方なく、ドアを全開に開ける。
「待たせたわね」
 精一杯の作り笑いを浮かべて言うアリーゼ。
 親衛隊長は特に気にした様子もなかったが、ただ少し困ったような顔をし、
「あの」
 言って、アリーゼの後ろに視線を向ける。
「ん?」
 アリーゼもつられて後ろを見るが、
「何?」
 別に特に変わったことはない。
「あの。あの」
 めずらしい。あの親衛隊長がすっかりと困り果ててしまっている。いつもは全くの無表情なのに。
 彼女はほんのりと顔を赤らめ、視線を横に流しつつ、必死に何かのジェスチャーをしている。
 右手を前に出し、下げる。また上げる。そして下げる。その繰り返し。
 ってか、全然、わかんないし。
「ちょっと、あなた。お願いだからちゃんと声に出して言ってちょうだい」
 親衛隊長はしばらく逡巡した後、
「あの……流さなくてよろしいので……?」
 ポツリと言った。
 ………………。
 しまったぁ!!
 瞬間、アリーゼは耳まで真っ赤に染まる。
 バカバカバカっ!!私のバカっ!いくら本当はその、あれしてないからって、表面上はこう、ああなってるわけで……ってうわぁ、私、何考えてんのよ!?
 あたふたと慌てながらも、再び個室へと戻り、レバーを下に押すアリーゼ。
 み……惨めだ……。うぅ……全世界の喉が渇いている皆さん、ごめんなさい。ここに水の無駄遣いをする皇女が一人います。うぅぅ……。

「こほん。親衛隊長、あなたにお願いがあります」
 やや、顔を赤らめながらも、アリーゼは改めて親衛隊長に向き直った。
 親衛隊長の方は、もうすっかりと元の無表情に戻っている。さすがというか何というか……。
「何ですか?」
 平坦な口調で言う親衛隊長。
「私今、少し体を動かしたいのです。城の庭園を散歩してきてもよろしいでしょうか?」
 言い、親衛隊長を伺うように見つめる。
 必殺!上目遣い!!これでどーだ、親衛隊長!!
 しかし親衛隊長は、当たり前だが、さして動じたようすもなく、
「では私もお供します」
 さらりと言ってのけた。
 ちぃっ、やはりそうきたか。でもここまでは、まだ予想の範疇。こっからが私の腕の見せ所よっ! 
「ええ、では行きましょうか」
 言ってアリーゼは、最上級の作り笑いを浮かべたのだった。

 サラウェル城の庭園は、広く美しく、それはそれは素晴らしいところだった。よく手入れのされた樹木に、一面に広がる芝生。大きな噴水の周りの石畳には、真っ白な鳩がくるっぽーくるっぽーあっちへこっちへ行き来している。
 その噴水へ向かって、二人の人物が、ゆっくりとした足取りで向かってきた。
 一人は純白なシルクのドレスを身に纏う、美しい皇女。もう一人は、その皇女に寄り添うように歩く、赤い鎧の女騎士。こちらも皇女とはまた違った、凛々しいという言葉が似合いそうな美女である。
 二人が噴水の周りの石畳に辿り着くと、たくさんの鳩達はいっせいに飛び立って行った。
 う……うーむ……。傍から見れば物凄く絵になる光景なのだが……。
 その美しい皇女の心中は、それどころではなかった。
 アリーゼは噴水の傍に立ち、辺りをきょろきょろと見回す。
 よしっ、誰もいないわね。
「来て来てっ!向こうにも鳩がいっぱいいるわ!!」
 さも嬉しそうに微笑むアリーゼは、親衛隊長の手を引き、鳩の方へ……と、見せかけて。
「どおりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
 およそ皇女には素晴らしいほどふさわしくない奇声をあげ、親衛隊長を一本背負い。そのまま親衛隊長を地面に叩きつけ……られなかった。
 親衛隊長はアリーゼの手から逃れたとたん、空中でひらりと宙返り。そしていともたやすく、地面に降り立つ。
 く。しまった、親衛隊長を気絶させてとんずらぶっこくという、私の計画にひびが……!
 アリーゼは溜め息を吐き、がっくりとうなだれた。
 しかし。
 この場面、このままでは終わらなかった。
 てっきりアリーゼは、『皇女。おふざけはやめてください』みたいなことを言われて、城内に連れ戻されるとばかり思っていた。だが、それはとんでもない間違いだった。親衛隊長はアリーゼに向き直ると、口の端をつり上げた。
 目は笑っていないし、普段、滅多に笑わないだけあって、その表情は見る者を一瞬で震わせる笑みだった。
「よくわかりましたね。私がヴァハヤからのスパイだと」
 アリーゼはその体勢のままで固まった。
 ……はい?今、何と?
 聞き返したいのだが、声が出せないし、口も開かない。いや、開けない。
「ばれてしまっては仕方ありませんね。いいでしょう、教えてあげましょう、私のこと」
 えーーーーーっと……つ、つっこむタイミングを失ってしまった……。
「どうせあなたも、気付いてはいても、詳しいことは知らないのでしょう?」
 いえいえ、気付いてもいませんて。
「どこから情報が漏れたのかは存じませんが……さしずめ私の仲間の話でも盗み聞きしたのでしょうね。後で叱っておかなければ……」
 うわまだいやがんのかよ。
「どちらにしろあなたは、もうこの国を出ることになるのですから、最初に知っておいた方がいいというものですよね」
 ん?この町は出るけど、国は出ないわよ?って、あら?何で、知ってんだろ?私、このこと、まだ誰にもしゃべってないのに……。
「まず、私の名を訂正しておきます。私はレウィン・ジェズブライドではなく、ロゼッタ・フォルリバーです。前者はもちろん偽名ですね」
 ああ、はいはい。あんたの名前なんか覚えてなかったから、今更、訂正されても困るんだけどね。
「本当に私はただのスパイなのですが、ある任務に私の力が必要になったので、今日から私は配属先が変わることになります。素性がばれてはこの仕事、やっていけませんからね。まあ、私一人がいなくなったところで、何がどうなるというわけでもありませんし」
 そんなにいるんかい、仲間。
「さて、私の任務。何だかわかります?」
 知らないって、そんなの。
「その顔からして、どうやら全くわからないようですね」
 うんうん。って私、そんなに顔に出てる!?
「私の任務……それはあなたの誘拐の手助けです」
 ……はっっっっっ!?
 ようやくアリーゼの口が開く。だが、アリーゼの喉から声が発せられるよりも早く、ロゼッタの手刀が繰り出された。
「良い夢を。お姫様」
 いつまでも……姫、姫、姫って……バカにしてんじゃ……ないわよ……。
 遠のいてゆく意識の中、ぼんやりと思った。

第四話

「んーーーーー!!い〜い眺めっ!!」
 サラウェルの町を一望できる小高い丘で、少女が一人、立って伸びをしていた。
 青緑色の髪はポニーテールで束ねられ、さらに何本もの飾りのついたヘアピンで、いくら動いても髪が乱れないように留めてある。大きな丸い目はアンバーの色をしており、肌は薄く日に焼けている。耳にはいくるかのピアス、首には赤い三枚羽のネックレス。ノンスリーブにへそ出し、ミニスカートにスパッツという、一目で性格がわかってしまうような格好をしていた。腰にはウエストポーチを着けており、そのポケットからは、いささか怪しげな道具が顔をのぞかせている。体格は小柄。大体十五歳くらいであろう。
 と、ここまで書けばわかるであろうが、そう、時計塔で何らかの作業をしていたあの少女である。
 少女はサラウェルの町をざっと見渡してから、その中でも一番高い建築物、時計塔に目を向けた。そして口に手を当て「きしし」と笑い、
「でもあと三十分で、この町はもっといい眺めになるもんね!時計塔が崩れることによって!ああっ、何てわくわくするんだろう!」
 少女は待ちきれないとでもいうように、ぴょんっと跳びあがった。

 う……。
 ぼんやりとした意識の中、アリーゼは薄く目を開けた。
 どうやら私は地面に横たえられているようね……。よかった。さっきからそんなに時間は経ってないみたい。太陽の位置はさっき見たときと、ほとんど変わっていないし。
 ふと、アリーゼは疑問に思う。
 私……何で意識が回復するのがこんなに早いんだろ……?
 アリーゼの偏った知識によれば、これは異常事態である。
 でもまあ……いっか。何であろうと得したことに変わりはないんだから。さっきからまだそんなに時間が経ってないってことは、まだサラウェル内にいるのよね……?とりあえず、ここがどこら辺の位置なのかを調べないと……。
 思い、目を完全に開けた。
 草と木の匂い……虫の鳴き声……森?
 ゆっくりと首をまわす。と、前方には木の群れ。
 やっぱりそうね……ん?立て札?

 『ムルーカ森林地帯』

 ムルーカ……ってここ、お城の裏手にある森じゃない!よかった、大して離れてないわ。
 と、人の話し声がアリーゼの耳に届いてきた。一つはよく響く女の声で、もう一つは若い男の声。声のする方へ首を回すと、案の定そこには、二人の人物が何か話しているようであった。
 一人は二十代半ばくらいの背の高い女性。肩までかかる程度の灰緑色の髪、決して切れ長な訳ではないが、なぜか鋭い眼光を持つエメラルドの瞳を持っていた。動きやすさを重視した赤い鎧を身に纏い、背には大剣を背負っている。
 ロゼッタだ。
 もう一人は二十代前半の、こちらも長身の男性。乱雑に伸びた赤髪と、何者をも射抜くような、迫力を持つアイスブルーの目をしている。こちらはロゼッタよりもさらに軽装だが、腰の長刀の黒鞘が、鈍い光を放ち、他者を威圧しているようにも見える。
 全く見覚えのない男だった。
 アリーゼは二人の会話に、そっと耳をそばたててみる。
「……ので、彼女はなるべく丁重に扱ってくださいね」
「はっ。んなこたぁ、最初っから聞いてる。お前に言われるまでもねぇ」
「ええ、まぁ、そうだとは思いましたが。ハイゼル殿、あなたは少し、物の扱いがガサツですから」
「ほう……それはオレへの宣戦布告と受け取るが?」
 刀を鞘から持ち上げる、『チャキ……』という音が聞こえてくる。
「いえ。私もあなたに喧嘩を売るほど馬鹿ではありませんから」
「ふん。賢明なこった」
 今度は『キン……』という音が聞こえてくる。刀を鞘に戻したのであろう。
「ありがとうございます」
「つくづく嫌味な奴っだな。失せろ。てめぇにも仕事があんだろ?」
「そうでした。サラウェルの丘でベイと待ち合わせをしていたのでした。あなたに指摘されるとは、私もまだまだ未熟者ですね」
「よくわかってんじゃねぇか。次、会うときはせいぜいオレと目を合わさないことだな」
「可能な限り努力しましょう。くれぐれも皇女は傷つけぬように」
 ロゼッタの言葉が終わるとともに、大地を蹴る音が聞こえてきた。その音は次第に遠くなっていき、ついには聞こえなくなる。
 ロゼッタは去った。つまり、今、ここにいるのは、自分とあの若い男のみ。あの男がどれくらいの技量の持ち主なのかは知らないが、自分の敵はあの男、一人なのだ。
 逃げるなら……今だ!!
 思い、身を起こそうとしたアリーゼだったが……
 ザクッ。
 自分の耳元で聞こえたその音に、動きを止めた。
 ざく……?
 思いっきり嫌な予感がする。おそるおそる音がした方に首を回せば……
「!!」
 自分の肌に触れるか触れないかの寸前のところで、長刀がささっていた。突如、アリーゼの視界が暗くなる。
 ……何!?
 上を見やれば、立膝をついた若い男が、自分の顔を覗き込み、影を作っていた。
 速い……!?こ、こんな短時間で……!
「さて……」
 男は口元をつり上げた。
「今の話、聞いてたろ?」
 な……私が起きてたってことを知ってる……!?
「じゃあ、大人しくしてろ。オレもお前を傷つけて、レグヴァに減給されんのは嫌だからな」
その言葉は暗に、いくら上の命令であろうと、下手な真似をすれば攻撃する、ということを伝えていた。
 私の腕で倒せる相手じゃないし……仕方ない。今のところは大人しくしていよう。
 そのとき……

 謁見の間。
 そこはサラウェル城でも、最も豪華な部屋である。
 左右の脇には水路が通っており、どんなときでも澄んだ透明な水が流れている。奥の二隅には真っ白な天使の巨像。手前の二隅には、こちらも真っ白な獅子の巨像。天井はドーム型になっており、様々な絵や模様が描かれている。それらの絵は、この国の歴史だそうだ。かなり昔からあるものらしいが、保存状態が良いせいか、絵の具も剥げることも、色あせることもなく、今も鮮やかに残されている。床はピカピカに磨き上げられたタイル張り。一番奥の壁には、この国の紋章が編みこまれた、大きな布がかかっている。扉の左右には重苦しい雰囲気を纏った兵士達がずらりと並んでいた。扉からは一直線に、金糸で縁取られた赤い絨毯が伸び、その先には、宝石と純金と最上級の布と綿でできた、煌びやかな玉座が置かれていた。
 その玉座に座るは、鮮やかなプラチナブルーの長髪を持つ、美しい女性。
 ウェーブのかかった太股くらいまで届く長髪は、光を反射して、輝いている。白い肌にはしわ一つ無く、とても一児、しかも十八歳の母とは思えないほど若々しい。アッシュの色をした目は、つねに聡明な光をたたえていた。頭には銀色のティアラ。このティアラにも、様々な宝石が埋め込まれていた。体には水色を基調としたドレスを身に纏っている。決して背が高いわけでも、目つきが鋭いわけでもなかったが、その姿にはいつも、威厳と高貴さが宿っていた。
 サラウェル王国十六代目女王、ノア・サラウェル。
 彼女の顔は今、無表情だった。ちなみにこれは機嫌が良くないということ。いつもの彼女は表情豊かだ。このようなときでも、うっすらと柔和な笑みを浮かべていただろう。
 彼女が無表情な理由は簡単。左右に居るべき人物が居ないからだ。本当なら、左のノアのよりは一回り小さい椅子には皇女が、右には親衛隊長が居るはずなのだが……。
 全く。御手洗いにこんなに時間がかかるわけ、ありませんわ。きっとどうせまた、アリーゼが白を抜け出そうとして、レウィンが孤軍奮闘しているのでしょうね。アリーゼももう少し、いえ、もっと皇女としての自覚を持ってほしいですわ。
 溜め息を吐こうとして、それを寸前で押しとどめた。
 そうでした。今、そんなことを考えている場合ではないのでしたわね……。
 ノアは自分の前方に目を向ける。そこには片膝をついた七人の兵士達。一人が前に出、後の六人はその後ろで横一列に並んでいた。
「さて……」
 『これは一体どういうことなのでしょうか?詳細を教えてください』と、言おうとしたそのとき……

 ゴオォォォォォン……!!!!!

 何かが崩壊するような音がサラウェルの町全体に響き渡った。

「……これは……!!?」
 驚愕に目を見開き、辺りを見回すノア。他の兵士達も、せわしなく首を動かしている。
 突如、謁見の間の扉が勢いよく開き、一人の若い兵士が駆け込んできた。
「ここをどこだと思ってる。女王陛下の御前だぞ」
 一人の中年の兵士がそれを咎める。
「ししし失礼しました!き、緊急の報告だったので……!!」
「気にしていません。それよりもどうか、落ち着いてください」
 穏やかな表情で、ノアは微笑んだ。若い兵士は耳まで真っ赤に染まり、
「す、すみません」
 胸に手を当て、数度、深呼吸をする。
「落ち着きましたか?」
 ニッコリとノア。
「は、はい!」
「では、報告をお願いします」
「はい!」
 若い兵士は一度咳払いをし、
「何者かによって、時計塔が爆破されたようです!」
 その言葉に、兵士達の間にどよめきが起こる。ノアはその顔から穏やかな笑みを消し、
「怪我人、死人は?」
「今のところは出ていませんが、爆破とともに時計塔が崩壊しましたので、下敷きになった者がいるかもしれません」
「そうですか……」
 その言葉に対するノアの判断は迅速だった。
「この場に居る全ての兵士達に……命令です!大至急、時計塔に行き、救助活動を行いなさい!途中、他の兵士に会ったら、その兵士にもこのことを伝えるように!」
『はっ!!』
 二十人程度の兵士達がいっせいに敬礼を返した。そして全員、同じ方向に走っていく。
 この国で最も国民を愛し、どこまでもどこまでも一途な女王陛下は、一回目の大きな過ちを犯してしまったのでした。
 
2005/07/23(Sat)16:57:39 公開 / ちぱんだ
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■作者からのメッセージ
こんにちは、ちぱんだです。先程、ちょうど私が時計塔爆発のところを書いている時に、地震がありました。弱い地震だったのですが、長かったので、怖かったです。爆発のところを書いてるときだったので、なおさらでした(泣)前回、レス下さった方、ありがとうございます♪とても励まされました。
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