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『無色透明 Between black and whites』 作者:現在楽識 / ファンタジー アクション
全角80785文字
容量161570 bytes
原稿用紙約259.55 枚
絶望と、後悔の先にあるそれを補う不思議な力、失った『モノ』がその人にとって価値が高いものほど強い力を手に入れる。記憶を持たず、記録しか持ってない、何も記憶する気が無かった少年の物語
プロローグ


「やっぱり出来なかった。これで何度目だっけ?」
 自分でもあきれるくらい気楽な声を上げて僕は星空の下でたたずんでいた。
真下にはリニアレールが視界の右から左に伸びている。背後には冷たくて無骨なコンクリートの床、
今日は2月28日、時刻は11時40分過ぎ、もうすぐ3月になる。別に3月になろうと、僕のこの服装は代わらないし、
僕の毎日は何も変化しない。
「自殺ってなかなか出来ないな。何でだろ? 生きていても何も無いのになあ……」
 たった一歩足を前に踏み出せばリニアレールに落ちて死ねるのに足は根っこが生えたかのように動かなかった。
(実は死にたい、と思っていても心の底では生きたいと思っているのかな?)
 僕はそう思いながらその場にへたり込んだ、ぼーと街の明かりを見ていた。まるでイルミネーションのような風景だ、
僕は自己分析が苦手だった。だから自分の思いや感想とか願い、欲望を口に出していくことが苦手だった。
ただ一度、一度だけ本心……だと自分で信じている気持ちを口に出したことがあったが、
その結果として今ここでこうしている。
こうして、暗くさびしい闇の中、ただ一人で自殺をしようとしていた。

 僕の家族は死んでしまった。殺害されたといった方が正しい。僕が殺したようなものだ。
僕は家族を失っただけではなかった。僕の日常も失った。
実験動物として毎日実験され、毎日行われる実験で僕の体は蝕まれ続けている。
街の明かりは遠い、日常は存在しない。僕の人生は完全にまともじゃなくなった。
普通の人間より少しだけ違っていたから、それだけで家族はみんな死んで、僕の体はおかしくなり、日常は崩れ去った。

「あーあ、こんな毎日を打破する方法は無いかな?」
 もう生きる希望も楽しみも何にもなくなったから僕はもうすべてがどうでも良くなった。
だから、死のうと思い、死にたいと望み、こうして毎日毎日を過ごしていた。だけど死ねない。
死にたいと思っていても、次の希望を夢見てしまい、また絶望することが循環している。
混ざることの無い絵の具の白と黒が渦を巻いているようなそんな感じが心の中でいつも起こっている。
それがどんな感情なのかいまいちよくわからない。だけど、それが気持ちいいと思ってしまっている。
絶望することを楽しみ、次に希望を持ってしまうことを喜び、次に絶望することを楽しみにしている。
今度こそ、最上級の絶望を味わえると思うと体中に鳥肌が立つ。
「ああ、そうか、だからまだ死ねないんだ」
 絶望を味わい、その絶望をばねにして何か望んでいたのか……
リニアが静かに僕の足元を過ぎていった。この街の夜は……静かだ、特にこの辺は静かだ。
だけど、今日はいつもよりも静か過ぎる。まるで……夢の中にいるかのような静かさだ。
(いつもより静かなのはいいことだけど……おかしい、この感じは……『あの時』と同じだ)
 こんな静かさには心当たりがあった。だけど『あの時』とは状況は違う……
気のせいだろうと心に決めて、戻ろうとしたが、本当に、なんの拍子も無く、ただ気まぐれに、ふと空を見上げた。
「…………」
 なんとなく沈黙、と言うよりも理解能力を限界突破、普通に考えてありえないことが僕の眼に映った。
人が、僕より年下の女の子が薄い布切れを体に巻いただけの格好で僕の視界のギリギリ上のところを浮いていた。
暗かったのでよくわからないが、赤く煌く瞳と、蒼く澄んだ髪の毛が特徴的だった。
「あなたは選ばれました」
 少女はまったく感情がこもっていない声で彼女は言った。
「あなたは世界を変えたいと願った、だからあなたにその力を与えます」
 本当に感情なんてこもっていない、機械のような表情と声が人間なのかどうか判断することを余計に難しくする。
「世界を変える力? どんな力だ?」 
僕は目の前に浮いている少女が何なのかを判断することを諦めた。だから少女の言葉の方に思考の焦点を合わせた。
「それはあなたが決めること、あなたと言う存在があなただけの力を決める」
 僕だけの『力』、そんな言葉に心が熱くなってきた。
今までどれだけ力がほしいと願ってきたのだろう? 
「それなら……もう二度と失敗しないための力がほしい。大切なものを守るだけの力、日常をもう一度取り戻す力がほしい」
 僕はもうこんな思いをしなくてもいい力がほしいと心の底から願った。
「そんな長く生きられなくてもいい、短い間でも、もう一度、日常に帰りたい」
 そんな僕の願いを少女はどう思ったんだろう? 少女の顔を見ても、表情の変化はまったく無い。
「それがあなたの願いなら、きっとその願いはかなうはず、あなたはその資格があるのだから」
 そう言って少女は消えていった。また、沈黙が暗くて寒い夜に漂い始めた。
少女が浮いていた場所に何かよく見えないが丸い何かが浮いていた。その『何か』は僕のほうへとフワフワと近づいてきた。
「……力か、いやなもんだな、だけど……本当に生きるのはいやだな」
 そのフワフワと浮いている『何か』が僕に近づくと形を変えてきた。
「とりあえず、3年かな? もう一度あの時の日常を取り戻すために、もう一度あの日常を過ごすために必要なのは」
 その形は……人の形だった。
「3年でいいんだ? たった3年で……お前は日常を取り戻せるんだ?」
 その人の形をしたものは……『僕』だった。その『僕の形をしたもの』が僕に向かって問いただした。
「ああ、だからお前は僕の近くにいてくれ」
 『僕の形をしたもの』は笑って僕の中に入っていった。
(まかせとけ、お前の失ったものを取り戻すだけの力を貸してやるから)
 そのな声を聞き、僕は重い鉄の扉を開けて今の『日常』に戻っていった。


第1章 


 4月の暖かい日差しをを受けながら僕はフーっと煙を吐いた。
「だりーなぁ、今日はこのままサボろうか」
 巨大都市『アマテラス』の中心部、住宅エリアのなかにある八百万(ヤオヨロズ)高校の屋上、
僕はそこで始業式をサボって屋上の柵を越え、はしごを登った先にある入り口のちょうど真上に当たるコンクリートの高台で
タバコを吸っていた、日光に当たりタバコの煙が紫色になった。その紫煙が普通でない都市の空へと消えていった。
普通ではない都市『アマテラス』は何処が普通ではないのかと言えば、簡単なことで、一つの巨大企業の所有物なのだ、
世界中の情報端末の技術レベル、精密機械類の技術レベルを一気にたたき上げた企業『天照』、
世界中に支社を持ち、様々なもの、洋服などの日常品から核ミサイル、ガンシップ、空母などの軍事産業まで、
世界の60パーセントはこの会社の製品、小型総合情報端末を売り出し、ここまで会社を大きくしたのは驚くべきことだ、
そんなアメリカやロシアなどの軍隊に武器を売ったりしている危険な企業が日本と言う国からこの街を買い取ったのだ、
基本的には移住するのには簡単で、2,3枚ぐらいの書類を書いて、指紋、声紋、網膜のデータを取り、
きちんと住む場所を確保すれば、罪人だろうとテロリストだろうと誰でも移住できる。
街と言っても、東京都、埼玉県ぐらいをあわせたくらいの広さを持っていて、人口1500万人、一つの国と言ってもいいだろう。
そんな都市の中には研究所やトレーニングセンター、野山や湖、発電所など、何でもあり、
世界中の天才、秀才などを呼び集め、最先端の技術を集めて、若者の教育、技術習得などを中心にしている。
この都市で教育を受けた若者はほとんどが天照に就職していることを考えれば、
この都市自体、巨大なエレベータなんだろう。
『ピピピピピピピ』
 僕の学ランのポケットから電子音が鳴り響いた。
「……なんだ?」
 僕はポケットから掌より少し大きい金属の塊を取り出した。それはPPDと呼ばれる小型情報端末だった。
携帯電話、パソコン、立体映写機、などの精密機械類の集合体であるPPD、
赤外線通信なども当たり前についているので、この街ではPPDがないと何も出来ないといっても過言ではない。
PPDの画面を見ると、ファイルデータが転送されてきていた。
「……ああ、そっか、今年の身分証明データ、今配信だっけ?」
 そのファイルを開くと、2年13組22番 色無現夢(SikinasiGenmu)と表示された。
「あー、それにしてもいい天気だな」
 タバコの火を携帯灰皿で消して、仰向けに寝転がった。
時計を見ると10時過ぎ、始業式はまだ続いているのか、体育館のほうからマイクを通した声がかすかに聞こえた。
クソが付く位に長い式(主に理事長の話)なのでこの学校の生徒はよく式をサボると言うが、今ここにいるのは僕だけだ。
「ん? 扉の開いた音?」
 そんなことを考えているところにいきなりそんな音が聞こえたので少々あせったが、上から見ると、女子生徒だった、
茶色ぽい髪、紺色のカーディガン、この高校の制服だ、彼女も式をサボりに来たのだろうか?
僕は興味を持たなかったのでどうでもいいと判断し、その女子生徒のことを思考の対象にしなかった。
鞄から模型雑誌を取り出し、PPDの3Dツールを起動させた、画面から光が放出され、画面の上にホログラムが映し出された。
「えーと、何処まで設計したんだっけ?」
 ロボットのホログラムをいじりながら僕は作業に没頭して、時間が立つのを忘れていた。
「ここをこうして、それで……」
 ホログラムから眼を横に動かすと、僕の隣に、さっきの女子生徒が立っていた。
「……なんか用?」
 僕の質問に彼女は何も言わずにただ単に立っていた。正確には僕のPPDから映し出されたいる映像を見ている。
「…………」
 無視して作業を再開しようとしたとき、聞きなれない声が聞こえた。
「こんなところで何してるの?」
 一瞬、キョトンとしてしまったが、その声の主が隣に立っている女子生徒だとすぐにわかった。
「今度作るつもりの模型のフルスクラッチの設計」
 僕は3Dツールを終了させて、PPDをポケットにしまった。
「フルスクラッチ?」
 女子生徒は聞きなれない言葉を聴いたようなリアクションをした。
「……完全自作ってこと」
 僕がそういうと、なるほどと納得したようだ。
「それで、あんた誰だ?」
 こんな風に僕に接してくる奴は少ない……というより、僕自身が関わりをさせているのだけど、
だから、こういう風に話しかけてくる奴にはそれなりの対処はしないといけない。
「人の名前を聞く前にまず自分からじゃない?」
 少し、ほんの少しだけ戸惑ったような表情をしながらも、彼女はそういった。
もっともらしい台詞を言われたので、仕方なく、
「色無現夢だ、今日から2年生になる、そっちは?」
 ポケットからタバコを1本取り出し、火をつけた。その様子を女子生徒は気にもせずに、
「木霊桜花(KodamaOuk)、私も今日から2年生、えーと現夢? 現夢って呼んでいい?」
 いやに、なれなれしいな、と思いながら僕は灰皿に灰を落としながらうなずいた。
「現夢は何組?私は13組 何だけど」
 肺の中に煙を入れて、薄い紫煙をふう、と吐き出した、紫煙はかすかに紫になり大気中に拡散していく。
「俺も13組、理系だな」
 何故だか、この木霊桜花という女子生徒は話していてもそんなにイライラしない、
今まで話した奴らはみんなイライラした、何でだろう?
「……どうしたの?急に黙り込んで」
 木霊桜花が僕の顔をジッと見ている、さっきまで沈黙していて、3Dホログラムを見ていたので解らなかったが、
この女、超フレンドリーな奴だな。
「いや、なんでもない、えーと、木霊? 木霊は……」
「桜花って呼んで、絶対に上の名前で呼ばないで」
 いきなり僕の声を遮り、木霊桜花は叫んだ。僕が一瞬だけあっけにとられいるのを見てすぐに謝った。
「……ゴメン、いきなり大声出して」
 桜花は少しだけさびしそうな顔をして、下を向いた。
「桜花は何でここにいるんだ?始業式は?」
 僕の質問に彼女は笑いながら、そして僕の眼を見ないようにして
「えーと、その、体調悪いから、遅刻して、今からじゃ、入りにくいから」
「要するにサボってしまうことにしたんだな」
 僕の一言で観念したのか、はいそうです。と言ってサボりを自白した。
「サボりは良くないぞ、教師の評価は下がるし、進級、進学にだって響くし、就職したとき、サボり癖を直さないと大へ……」
「って、現夢だってサボりじゃん、人のこととやかく言う資格ないでしょ」
 完全に逆ギレモードに入ってしまっているようで、僕の頭をぽかぽか叩いた。
僕は何もせずにその駄々っ子攻撃を受けた。
「そういう現夢だって何でサボってるの?」
 ぽかぽか叩きながら僕に聞いてきた。駄々っ子攻撃をやめてほしかったが……
「それが俺の日常だから」
 そういうと、いきなり駄々っ子攻撃のスピードが上がってきた。
「あんたのほうが酷いじゃん、サボりの常習犯かー」
 そのハイスピード駄々っ子攻撃が長い時間続いた。
「…………あれ?何で現夢は反撃しないの?防御すらしないの?」
 しばらくしてようやく駄々っ子攻撃が終わった後、急にそんなことを聞いてきた。
時間はそろそろ11時過ぎ、長い長い始業式が終わったのか、体育館のほうが少しだけ騒がしくなった。
「そろそろだな、いくか、お前はどうするんだ?このままサボり?」
 立ち上がり、尻に付いたほこりを払いながら、桜花の疑問に答えずにこちらの質問をした。
「うーん、ホームルームは出ないと、……って、私の質問に答えてよ」
 めんどくさいな、などと思いながらも、仕方なく彼女の質問に答えることにした。
「女性は殴らない主義なの、ついでに言うと、ダメージも無い攻撃を食らって反撃しないから」
 こんな回答に、桜花は固まった、本当にカチンと言う効果音が聞こえるくらいにいきなり固まった。
「噂とはぜんぜん違うし、イメージもぜんぜん違うんだね」
 突然そんなことを言い出した。
「どういうことだ?」
 僕は聞き返したが、彼女は何も答えない、なんとなくだが全身に力がこもった、
一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女の背中に、ボロボロの羽が見えた。えっ、と僕は驚いた。
「なんでもないよ、それよりいかないと、ホームルーム始まるよ」
 そう言って、彼女ははしごを降りて、屋上から出て行った。
完全に彼女が出て行ったのを確認して、タバコを取り出して火をつけた。
「……力を持っているって辛いよな、おせっかいになってしまいやすいし」
 僕はタバコを一気に吸って、灰皿に入れてにおい消しように用意しておいたコーヒー牛乳を一気飲みして教室に向かった。



「と言うことで、今年度、お前らの担任になった。『瀬戸創』(SetoHazime)だ」
 2年生になって一番初めのホームルームは担任のこの一言で始まった。
「正直言って、俺は不幸だと、神様を殺してやりたいと心の底から願っている」
 最初のホームルームで言うことか? と疑問に思うことが普通だが、
クラスのメンバーを見ればどの先生でもそういうのかもしれない。と納得してしまいそうだ。
「まず、何で始業式の日から、遅刻してきている奴らが多いんだ」
 何しろ、教室内には、クラスの半分の人数しかいないのだから、本当に笑えてしまう。
「本当に……俺が走ってきた意味無いじゃねえか」
 僕は教室の窓側、一番後ろの席でため息をついた。教壇の上で、瀬戸先生が本当に悲しそうにな顔をして僕らを見た。
「本当に、これはいじめだよな、職員室いじめだ、何でこんな問題児ばっかのクラスの担任が俺なんだよ」
 先生のテンションダウンの調子は急激に加速しているようだ。僕はなんとなく半分しか生徒がいないクラスを見た。
パッと見てそんなに問題児っぽいのはいない気がするが、先生がそういうのならきっとそうなんだろう。
「現夢、現夢」
 横から呼ばれたので顔を横に向けて、隣に座っている桜花のほうを見た。
「なんだ? つーか、考えてみればやっぱりお前、なれなれしいぞ」
 そんなことを言われたのか、桜花は一瞬だけシュンとしたが、すぐに顔を上げ、
「私は誰とでも友達になるタイプなの、だから誰とでもなれなれしいの」
 めちゃくちゃな言い分だったが、さっきよりテンションを落とした様子だったので、
これ以上言うのもなんだか気が引けたので、とりあえず用件だけ聞くことにした。
「で、何だ?」
 僕が話を戻したので桜花もテンションを元の戻した。こいつ、本当にテンションの上下が激しいな、
「あのね、実は紹介したい人が居るんです」
 そう言って、桜花は僕を手招きしてちょうど教室の中央部分の座席に座っている男女のペアのところに連れていった。
背の高い眼鏡をかけた、几帳面そうな男子と、女子にしては背が高めで、明るそうな女子が談笑しているのか、笑っている。
「ねえ、ねえ、琴美ちゃん、今村君」
 桜花は二人に話しかけると、二人の横の空いている(サボっている生徒の)椅子に座った。
「桜花、あんた、始業式サボったでしょ、どこいってたの?」
 女子生徒のほうが桜花の頭をくしゃくしゃとなでている。
「まったく、桜花君、そんなことでは社会生活に適合できないぞ」
 超お堅い台詞をはきながら男子生徒のほうが自分たちの少し後ろのほうに立っている僕に気がついた。
とたんに、2人が驚いたような顔をして、顔を見合わせている。
(ちょ、まさか桜花、あいつに話しかけたの?)
 小さな声でぼそぼそとしゃべっているが、僕にはまる聞こえだった。
(うん、サボって屋上にいたら偶然発見、遭遇したから、接触を試みたけど)
(たしか、真田のときもおんなじ様なことを言ってなかったか? 君は)
「すまんが、人を珍獣扱いするのは腹が立つんだけど」
 僕が見かねて、3人の近くの空いている席(これもサボり生徒の)に座った。
「で? 桜花、俺に紹介したい人って、この二人か?」
 僕がそういうと、桜花はコクっとうなづいた。
「今村剛志(ImamuraTuyosi)、よろしく」
「斎条琴美(SaizyoKotomi)、同じくよろしくね、色無君」
 二人が自己紹介をしたので、仕方なく、
「色無現夢だ、呼ぶのなら現夢って呼んでくれ、それで?桜花、何で俺に話しかけたんだ?」
 さっきの台詞を考えると、興味本意に近い感覚で話しかけてきたようだ。
「たまたま、屋上に行ったら現夢がいて、興味本意……、興味本意で話しかけたの」
 桜花はなんだかさびしそうだった。そうしていると、いきなり外が騒がしくなった。
「何事だ?」
 僕らは窓の外を見た、5階の教室の窓から見えるグラウンドで、6,7人の男子生徒が殴り合いをしていた。
「始業式早々、喧嘩っていうのも面白い話だな」
 僕がそう漏らしている横で、今村と斎条が何かに気がついたような表情をしている。
「ねえ、今村、あれって、真田じゃない? それと、草薙も」
 そう言って斎条がグラウンドで4人を相手に奮闘している背の高い男子生徒と、
その横で倒れている金髪の男子生徒を指さした。
「……ちょっと行ってくる、先生、グラウンドの騒ぎを収めに行ってきます」
 当の担任はその喧嘩を見て余計にテンションダウンしていた。
「……今村、頼む、俺の首と給料がかかっているから頼む」
 すっげぇ自分勝手な発言だな、と思いながら、喧嘩を見ていると、真田とか言う奴が一人を蹴り飛ばしていた。
「私も行ってくる、どうせこの後どうなるか予想は付くから」
 そう言って今村のあとを追って斎条も出て行った。ちょうど、今村がグラウンドで喧嘩を収めようとしている。
「あんな調子で大丈夫か?」
 見ていると、お互い収まる気配は微塵も感じなかった。
「多分だめかな? このままだと……あ、やっぱし」
 今村までも喧嘩に混ざり、より大乱闘になっている。そこへ、遅れながら登場した斎条が……
「いい加減にしろ」
 5階の僕らにまで聞こえるような声を出しながら、今村、真田の二人の首に手刀をぶち込み、
制服の首筋を持って3人を引き摺って来た。
「結局このパターンになるんだよね、みんなは」
 始めから予測が付いているような言い方をしている桜花の顔を楽しそうだ、
数分後、3人の男子を引き摺った斎条が教室に入っていた。
「すみません、お騒がせして」
 軽く謝罪して、先ほどまで僕らがいた真ん中の席にのびてる3人を座らせて、斎条も座った。
「と、いうことで、みんな、今年度1年間問題を起こさないでください。お願いします」
 そう言って、チャイムが鳴り、先生は教室から出て行った。
「……ごめん、帰っていいか?」
 このメンバーを相手にするのは疲れると判断し、僕はさっさと鞄を持って教室を出た。




 学校を出て、裏手の駐輪所へと足を運ぶと、何人もの人々が集まっていた。
「クソ、どうする? 金、取り損ねたな」
 いかにも不良っぽい生徒の集まりだった。
「草薙一人だったら簡単だったのにな」
 よく見るとさっき喧嘩していた連中だった。喧嘩の途中で斎条が無理矢理終了させたのだ、まだ怒りは給っている様子だ。
「あんなひ弱いチビ一人、簡単に金出してくれるのに、真田の野郎、……何見てんだてめぇ」
 どうやら僕が見ていることに気がついたらしい、無視して通り過ぎようとしたが、
「なあ、あんた、金かしてくれねえ? 俺たち貧乏でさあ」
 何時の時代のかつ上げだよと思ってさらに無視して帰ろうとしたが、
「なあ、頼むよ、必ずかえすからさあ」
 必要以上にくどかったので、僕は腰につけた小物入れから黒い筒状のものを取り出し、不良の一人の鳩尾に当てた。
「うるせえ、邪魔だ」
 そのままトリガーを引いた、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
 叫び声と同時に不良の一人が崩れ落ちた。
「て、てめえ」
 その様子を見ていた残りの不良達が僕を取り囲んだ。
「邪魔だって言う言葉が聞こえないのか? それともお前らもこれ食らうか?」
 僕は手に持った黒い筒、特性スタンガンを不良どもに見えるように向けた。これでビビッて逃げてくれたらよかったのに、
「うるせえ、死ねボケが」
 むやみに襲ってくるのだから馬鹿は救いようが無い。そのまま軽くスタンガンを振って、中に収納していたロッドを伸ばした。
10分後、駐輪所の脇に不良達が山のように積み重なっていた。
「さて、どうするかな?」
 僕はスタンガンをしまい、駐輪所に止めてあるバイクに跨って、エンジンをかけた。
後ろからなにやら騒ぎ声が聞こえてきたが無視してバイクを発進した。
バイクを走らせながら、僕はある事を考えた。
(こんなのでいいのかな?)
 ふと、ある言葉が頭の中に浮かんだ。

『お前がやりたいようにやってくれ、僕は疲れた、どうせ後2年だ、お前にやるよ』

 信号が赤になったので停車した。
(二度と失敗しないために毎日他人とかかわることを避けてきたし、去年のクラスの奴らなんてまったく覚えていない)
 長い信号の待ち時間、そのせいもあって考え事はより深いところまで行ってしまう。
(あと1年、たった1年しかないのに、『日常』はまだ取り返せない、と言うより……)
 信号が青になった、アクセルを回し、発進させた。
(やめとこう、これ以上考えると、影響が出てしまう)
 僕は考え事を止め、運転に集中した。それなのに……頭の中で、『あいつ』の言葉が繰り返し響き渡る。

『お前はどこか遠くに行って『日常』を送ってくれ』

『この街にいる必要なんて無い、別にあんなことをお前に押し付ける気はない』

『お前がいてくれたから僕は救われた、だからお前にその恩返しをしたいんだ』

 あの時の『あいつ』の言葉が僕をこの街に縛り付けた。自由になってくれと、僕に願った『あいつ』の言葉が、
硬い鎖となり、僕を締め付ける。『あいつ』が残したものが今の僕を支えていくれる。
「……気分が乗らないなあ、やっぱり、一人は辛いな」
 僕は自宅だった目的地を別の場所に変えた。
住宅エリアから南にあるレジャーエリア、海に面した娯楽施設が集まったこのエリアと住宅エリアの境にある一軒の喫茶店、
『Composure』のドアを引いて中に入った。喫茶店と言っておきながらここはバーとかに近い気がする。なぜなら……
「おう、来たな少年」
「ども、マスター」
 僕はカウンター席に座った。クラッシックのイントロが流れている。
「今日はどんな感じ?」
 マスターは窓際の席をあごで促した。そこには大学生ぐらいの人たちがコーヒーを飲みながらだべっている。
「今日はあんまり常連さんは来てないな」
 この店のたった一つだけのルール、それは自己紹介などをしないこと、つまり、ここに来た人は誰とでもしゃべり、
話をして、外でのごたごたは一切持ち込まない、名前の知らない人々と仲良く居心地のよい空間を作る。
ある意味現実版チャットと言うことだ。
「お客さん、こっちでしゃべりませんか?」
 マスターは。大学生の集団をカウンターのほうに呼んだ。
「えーと、初めてだよね? 話すのは」
 大学生の集団の一人が僕に尋ねた。
「ええ、よろしく」
 僕は笑って挨拶をした。ここは『僕』と言う個人、名前や経歴など一切気にしなくてもいい、
普段装っている仮面をはずすような気分で話すことが出来る。
「とりあえず、少年、何飲む? もちろんお酒はご法度だぞ」
 マスターは笑いながら僕に聞いてきた。
「とりあえず、カフェオレを、冷やしたの」
 それと同時にこの店の常連さんが何人もなだれ込んできた。
「お、少年、来てたのか」
 僕もここの常連だからみんなに顔を覚えられている。常連さんたちもカウンターに座った。
「最近、変な事件が多いよな」
 常連さんの一人(30代前半スーツ姿の男性)が言い出した。
「そうそう、この間も全身に穴を開けられて、傷口に植物を植えられた死体が見つかったらしいよ」
 最近この都市で起きている事件、住人の間で『ウッドマン』と呼ばれている殺人鬼……
不定期に人を殺す殺人鬼、殺害方法不明、手がかり無し、死体は常に全身に鋭利なもので穴を開けられ、
その傷口に植物の種を埋め込んでいく、そんな正体不明の殺人鬼相手では、
警備課(この街では天照の警備課が警察の代わりをしている)も手も足も出ずに迷宮入りになりかかっている。
「へー、でも怖いですね、凶器すらわからないなんて」
 僕がカフェオレを飲みながらそういうと、
「実はこの事件、何か裏があると言う噂だぜ?少年」
 うら? っと僕が聞くと、別の常連さん(20代前半青いバンダナをした女性)が割り込んできて、
「その死体を第7研究所で解剖したらしいけど、常識外だとか言ってまともな回答をしなかったらしいよ」
 その言葉を聴いて、僕はカフェオレを落としそうになった。
「どうしたの? 坊や?」
 その常連さんは僕の様子を見て何か引っかかったようだ。
「いえ、何でも」
「第7研究所か、噂どおりだな」
 突然入り口のほうから声が聞こえた。若い声、僕と同じくらいの年だろうか? 八百万高校の制服を着た男子が立っていた。
「すみません、いきなり話に入ってきて」
 その生徒は僕の隣に座った。
「紅茶もらえますか?」
 マスターが紅茶を入れている間にその生徒は僕のほうを見て、
「初めまして」
「こちらこそ初めまして」
 そしてその生徒は口を開いた。


 夜の8時、住宅エリアも少し静けさを充満させている時間帯、『Composure』でのリアルチャットをお開きにした。
「それでは、またのご来店を」
 勘定を済まし、僕は店を出た。気分は少々重い、それは店にいたみんなもそんな気分なんだろう、
バイクに跨り、エンジンをかけた。レジャーエリアの夜の顔、オタクたちが集まる危険なエリアになるが、
まだ時間が早いからか、そんなにいかれた連中はいない。静かなエンジン音が辺りに響いている。
「……本当にあいつは一体何者なんだ?」
 僕はあの生徒のことが気になった。店のルールで名前を聞くことが出来なかったが、彼が言ったことが気になる。
2時間くらい前に一人先に落ちたが、十分なくらいの置き土産をおいていきやがった。
バイクを発進させた。街灯に照らされた道、しかし、周りの建物には灯りはともっていない。

「『ウッドマン』と言う今回の事件について流れている噂、憶測はいろいろあります」
 生徒はカフェオレを飲みながら言った。
「一番有力なのは、第7研究所の実験だと言うことです」
 みんな沈黙……というより絶句している。
「しかも、その実験は6日周期で行われている、さらに今日がその6日目」
 その言葉が追い討ちをかけるようにみんなをより重い空気の中に引き込んだ。
「って、今日また被害者が出るの?」
 青バンダナの常連さんが生徒に訊いた。
「ええ、多分、今日の夜、誰か死ぬと思います」
 さらりと、本当にあっさりと生徒は答えた。
「第7研究所、生体兵器開発部、人間を実験素材として、道理を外れたことを繰り返すもっとも危険な部署」
 僕は思わずそう漏らしてしまった。
「そんな部署が……あったのか?」
 スーツ姿の常連さんが絶望の声を上げている。
「まさか……自分が……」
「それ以上だめだよ」
 マスターの容赦ない一言がスーツ姿の常連さんに突き刺さる。
「とりあえず、みなさん気をつけたほうがいいですよ」
 その生徒はそう言って残ったカフェオレを飲んだ。

 それにしても、本当に今日は静かだ、まるで『ウッドマン』の登場を待っているかのような場面だ。
「まだ、あの研究所は動いているのは知っていたけど、まさかな、より悪化してたなんて」
 3年前に『あいつ』が壊滅させたはずなのに、1年足らずで復旧させ、研究を続けるなんてこの都市だからこそ出来ることだ。
その時、考え事をしていたから、周りへの注意力を散漫にしていたから気がつくのが遅れたため、反応がさらに遅れた。
突然、本当に突然、前フリも無く空から何かが降ってきた、
「なにぃぃ……」
 咄嗟に車体を傾けて、それを回避した。しかし、それは落下の途中で何かロープのようなものを伸ばし、軌道を変えた。
そのまま僕のほうに突撃してきた。
「くそ、マジかよ」
 バイクから飛び降り、夜空を僕は舞った。その時、僕を襲ったそれを見ることができた。反射的に両眼に力が入った。
それによって、その僕を襲っているものの背中に黒い大きな翼が見えた。
それだけでなく、その背中に巨大な剣が刺さっていた。あれと同じように、……禍々しい剣が刺さっていた。
「なるほど、だから『ウッドマン』か、でもこれじゃあ男か女かも解んないな」
 着地と同時に鋭くとがった蔦が僕にめがけて伸びてくる。
「……対象、今だ生存、イママデニナイパターン」
 声だけを聞くと女の子の声なのだが……見た目はそうではなかった。月明かりが照らし、『ウッドマン』の姿が見えた。
獣のように手甲のような木で出来た両手両足を地に着け、尻尾のように何本の蔓が編んいる。
背中に卵のようなものが6つ生えている。そして、顔は仮面をつけているような顔をしている。
「きっと、お前も被害者なんだろうな」
 第7研究所の実験産物のひとつだろうか、それは一個の化け物にしか見えない。
僕は哀れに思うが、『ウッドマン』はそんなことにお構い無しで僕に蔦を伸ばしてくる。
「だけど、悪く思うなよ」
 僕は腰の小物入れから2本のナイフを取り出した。
「『イマジンコーディネーター』発動」
 のびてくる蔦を僕は切り裂いた。そして、次の攻撃を待った。しかし、次の攻撃は来なかった。
「対象消失、所在確認不可能」
 『ウッドマン』はキョロキョロと辺りを見回している。
僕があの時、失ったものの代わりに手に入れた力、『幻想調整者』と名づけた不思議な力、
特定のイメージを相手に貼り付けることができ、相手の思いの具現化されたものが見ることができる。
だけど、その力は本気を出さないと短い時間しか効果は無い
「目標補足」
 『ウッドマン』は僕に向かって背中の卵のようなものを発射してきた。
「……種か」
 僕はそれをよけ、『ウッドマン』の顔面にナイフを刺した。だけど、ナイフは刺さらずに真っ二つに折れた。
折れたはがチリーンと澄んだ音おたてて地面に落ちた。
「ここまで硬いな……」
 僕の右腕を蔦が貫いた。その衝撃で僕は吹っ飛ばされ、街灯に激突した。
(やばい、今ので意識が……)
 朦朧としてきた、『ウッドマン』はゆっくりと僕に近づいてくる。
何とか体を動かし、『ウッドマン』の右腕を肩の付け根から切り落とした。
「……あなたはコロセナイ」
 不意にウッドマンが僕の顔を見てそういった。仮面のような顔にひびが入り、表面がぱらぱらと落ちた。
切り落とした右腕の切り口が何や蠢いている。
「植物……」
 その蠢いているものは次第に伸びていき、人の手の形をかたどり始めている。
「…………」
 沈黙したまま、『ウッドマン』はどこかに飛び去っていった。僕は何とか立ち上がり、自分の右腕を見た、
「あの蔦自体に種子が付いているわけか」
 蔦の刺さった痕から木の芽が生えている。それは恐るべきスピードで成長している。
血を養分にしているのか、全体的に赤い色をしている。すぐにナイフを自分の右腕の傷痕に刺し、
根っこごと植物を取ろうとした。
「いてえ、神経までに根を張ってるのか?」
痛みをこらえながら何とか摘出した。その植物はまるで寄生虫のようにうねうねと蠢いている。
「ヤバイな、速く立ち去らないと」
その植物を踏み潰し、右腕を止血してバイクを探した。幸い、そばに横倒しになっていた。
ここじゃあ目立ってしまう、素早くバイクを起こし、エンジンをかけた。
「よし、何とかかかるな」
何とか左手だけで運転して、この場を去った。


第2章


 次の日の朝、僕は学校の屋上で一服していた。時間が早いので誰も来ないので高台に上らず、屋上の広場で吸っていた。
「それにしても、昨日は災難だったな」
 包帯が巻かれた自分の右腕を見た。その右腕の包帯の下に細い線のようなものが何本も浮き出ている。
昨日、とっさに植物を取ったのは良かったが、完全に取ることはできなかったようで、朝になったらまた生えていた。
「完全に取り除くのも一苦労だな」
 すでに神経にまで根を張っているので引っ張ると激痛が走る。困ったものだ、
携帯灰皿に灰を落とし、紫煙を吐いた。ポケットのPPDがバイブレーションした。
「ん?ニュースか」
 とりだし、電源を入れた、メールニュースを見て僕は呆然とした。
「え……嘘だろ」

 今朝、住居エリア西の269で『ウッドマン』の被害にあった女性の遺体が発見されました。
遺体には複数の鋭利なもので刺された痕と、その傷口には植物の種が植えられており、
一連の事件との関連性が強いと警備部の特別捜査班は表明しており、いまだ犯人の手がかりは一切ありませんでした。

 そんなニュースなんて別に関係ないと断言できるが、問題は被害者の顔だった。
常連さんの一人、青バンダナさんだった。
「哀れにも被害者が出てしまったな」
 振り返ると、あの生徒が立っていた。口にはタバコを咥えている。
「偶然ってのは恐ろしいな、昨日しゃべった人が死ぬなんてな」
 火をつけて紫煙を吐いている。生徒は何事も無いように言っている。
「『ウッドマン』その目撃者が一人もいないから謎が謎を呼んでいるけど、その謎は今日で終わったな、色無現夢君」
 おもむろに僕の右腕をつかんだ。
「これは『ウッドマン』にやられた傷だよな?」
 僕はどう答えていいのかわからなかった。
「そういえば自己紹介してなかったな」
 いきなりすぎる話の切り替えだった。何なんだコイツは、と思いながらも、
「色無現夢だ、あんたは?」
 その生徒が何か言おうとする前に、屋上の扉が開いた。僕らは急いでタバコを灰皿に隠した。
「あ、現夢だ、それと……黒址君」
 そこには桜花たちがいた。
「おう、木霊、真田、今村、斎条、草薙、おはよう」
 どうやらこいつらと知り合いのようだ
「以外、でも無いな、この組み合わせは」
 今村は僕とその生徒をみてなにやら納得している。
「なあ、お前らコイツと知り合い?」
 僕の質問にみんなビックリしている。……桜花は除いてだが、
「うそ、……冗談でしょ、あんた去年一緒のクラスだったのに、知らなかったの?」
 斎条は驚きの声を隠せない、
「俺、去年というか今もだけど、授業ほとんど出てないから、去年のクラスのメンバー誰も知らないんだけど」
 はっきり行って今、こうしてクラスメイトと話していること自体、ありえない状態なのだが、
「そういうことだ、斎条、気にすんなよそんなこと、それで、真田と草薙も初対面じゃないのか?」
 その生徒は、背の高い不良っぽい男子とその横のスケッチブックを抱えた小柄の金髪の男子にいった。
「俺は、真田時正(SanadaTokimasa)」
「僕は、草薙……草薙マックス(KusanagiMax)」
 二人が自己紹介してきたので、
「色無現夢だ、……ってマックス?、お前日本人?」
 率直に思ってしまったことを口にした。
「僕は、日本人とアメリカ人のハーフらしいから……」
 少々、気の弱そうな奴だなあ。そう思いながら、真田のほうを見た。
「へえ、狂犬って言われいる割りに、良いやつっぽそうだな」
 真田時正、『アマテラス』内で有名な不良の一人、強すぎるために、有名で残忍で凶悪とか噂は流れていたけど、
そうは見えない、むしろ、頼れる兄貴分って感じがする。
「誰が狂犬だ、お前殺すぞ」
 当たっているようだ。その様子を草薙がなだめている。仲がよさそう友人同士に見える。
このメンバーと話していても、何故だかそんなにイライラしない。何でだろう?
「それで、これで本当は2度目になるんだけどなあ」
 その生徒は頭をかきながら、新しいタバコに火をつけて、
「黒址龍(KuroatoRyu)クラスメイトだから、よろしくな」
 黒址……どっかで聞いたことがあるような気がする。
「どっちかと言うと、名前よりもいろいろな通り名のほうが有名だけどな、こいつは」
 今村が口をはさんだ、そのまま、
「学生の癖にタバコを吸うな、タバコは体に有毒で、ニコチンが血中に少しでも入ったら……」
 いやな説教が始まった。しかし黒址はそんなことにはお構い無しだった。まるで、いつものことのようだ、
こいつらは一体どうやって知り合ったのか知らないけど、こういうのは良いなあと思った。
「それで?何でここに来たんだお前?」
 今村と黒址のやり取りを楽しんでみている桜花に僕は訊いた。
「え、ええっと、その、なんとなくっているか……その」
 なんだかいいにくそうだった。それなら訊いてもしょうがない。
「ま、良いけどさあ、俺なんかにかまっていて面白いか?」
 なんとなく、両眼に力を入れた。白い翼、ボロボロの白い翼が、桜花の背中に生えている。
真田にも、草薙にも、今村にも、斎条にも、それぞれいろいろなものが見える。
ただ、黒址だけは何も見えなかった。
「たのしいよ、現夢は自分のこと、悪く言いすぎだよ」
 桜花は、僕に向かって、そういった。自分のことを悪く言っていると、
「噂やイメージだって、もしかして、自分で仕組んだんじゃない?」
 多分、それはない、どんな噂が流れているのか、みんながどんなイメージを持っているのか僕は知らない。
みんな、僕の本性を知らない、だからいいんだ。
「不良とか、孤独好きとか、いろいろ言われているけど、私はそうは見えない、絶対に」
 何でコイツはそんなことを僕に言うのだろう?あの時初めて出会って、話して、たったそれだけのはずなのに、
何でそんなことを言う、何でそんなことをいえるんだ。
「ありがとう、そんな事、言ってくれたの、お前が始めてだ」
 こんな仮面をつけて、本性を隠していて、自分を偽っている僕に、そんなこと言うなんて、
キーンコーンカーンコ−ンとチャイムが鳴った。
「やべぇ、行かないと」
 黒址の合図で、みんな屋上の扉目がけて走り出した。



「どうしたの、現夢?」
 レジャーエリアのゲームセンター街、その中の一番大きいゲームセンター『堕落』最高に笑えるネーミングセンスだ、
その中の中央の休憩所の広場で僕はベンチに座ってジュースを飲んでいた。
その隣で、長い髪の毛を後ろで三つ編みにした。桜花が座って僕の顔を覗いていた。
何で、僕はここにいるんだろう?さかのぼること2時間前……

 終礼が終わったので、帰ろうと立ち上がり、教室を出ようとして、
「あ、待って、現夢」
 桜花に呼び止められた。本当に帰ろうと思っていたので結構ビックリした。
「ん? なんだ」
 くるっと振り向くと、例の5人が教室の隅で集まっている。
「今日暇?」
「暇じゃない」
 自分もビックリの0.1秒の即答だった。
「そんな、即答しないでよ」
 そういわれても、暇じゃないんだから仕方ないだろ、今から『Composure』へ行くつもりだった、
青バンダナさんの事が気になるからだ。
「そんな事を言わないでよ、一緒に遊びに行かない?」
 懇願するような眼でこっちを見てくる。クラス中の視線が痛い、
「解ったから、それで? 今すぐ?」
 そう訊くと、ううんと首を振った。
「掃除当番だから30分ぐらい待っていて、先に逃げちゃだめだよ」
 本当はこのとき、逃げられたのに、僕は逃げれなかった。

「現夢? 現夢ってば」
 桜花に呼ばれて我に返った。
「いや、ちょっと考え事、つーかあいつら、何時までバトってるんだ?」
 僕らの目線の先には、たくさんのギャラリーが集まっていた。
「必殺、旋風列脚」
「必殺、爆裂豪拳」
 真田と今村が対戦型格闘ゲーム『チャンピオンVer12』をやっている。かれこれ30分も、
ただの格闘ゲームならここまでギャラリーは集まらない、このゲームの人気の理由は簡単で、
「お前、そろそろ息が上がってきたんじゃないのか? 不良は大変だな」
「うるさい、次で決めてやる」
 プレイヤーが動いた通りゲームの中のキャラ(本人の写真を元に製作)が動いてくれる。
そのため、実際に戦っているような感覚がするらしい、
「本当に、何時までやってるんだろう?」
 あのゲームは時間制限が無いため、どっちかのHPがなくなるか、生身の体力がなくなるかしないと終わらないはず、
「あの二人、ここの対戦時間の最長記録保持者だから」
 桜花があきれたように壁に取り付けられているモニターをさした、そこにはランキングが表示されており、
そこに、二人の名前があった。8位タイ……しかも最長10時間と表示されている。
「馬鹿だ……」
 僕は息を吐いた。こんなところで学生がタバコを吸うのはさすがに気が引ける。
周りで吸っているのはみんな私服の連中……
「ねえ、現夢」
 また呼ばれた。
「何だ?」
 桜花は、静かに僕を見ている。
「本当に、去年のこととか覚えていないの?」
「ああ、覚えていない」
 それを聞くと、本当にさびしそうな顔をしている。
「ねえ、抜け出さない?」
 いきなりの言葉に、僕は余り動揺しなかった。
「良いのか?」
「大丈夫だよ」
 キョロキョロと周りを見回した。今村と真田はいまだに戦闘が続いている。草薙はシューティングゲーム、
斎条は、今村と真田の勝負を見ていたが、僕らが立つと、それに気がついた。
ビッと桜花に向かって親指を立てた。その意味は解らなかった。
レジャーエリアの中の専門店街を二人で歩くことにした。
「それで? 何で俺を誘ったんだ?」
 僕は一番気になることを桜花に質問した。
「俺に初めて話しかけたときも、普通に接触してきたよな」
 なぜか、桜花は困った様子で、何を言おうか……迷っているように見える。
「うーんと、えーっと」
 普段、女子と接することが少ない僕には、女子の考えはわからない。解らないからこそ訊く、
「う……う……」
 だんだん何かをこらえられなくなってきているのか、少々泣きそうな顔をしてきた。
「…………」
 完全に沈黙、僕はタバコを取り出し、咥えて火をつけた。そのタバコが吸い終わるまでの3,4分間、沈黙しっぱなしだった。
「何か言いたいことがあるのならはっきりと言え、出ないと俺が困る」
 その言葉がスイッチになったのか、溜めていた涙を一気に流した。
「何であんたは、去年の事、覚えていないの? 黒址君の事もそうだけど、去年私も一緒だったんだよ?
なのになんで、話しかけたのに、何で覚えていないの?」
 普通に覚えていません、と言うか去年なんて普通に授業サボってたし、
「記憶するに値するようなことが無かったんだろう」
 その言葉で、完全にトドメになったようだ。
「現夢のボケ、カス、アホ、ダラ、死ね」
 そんな言葉を吐いて、桜花はいきなりジュースの空き缶を僕の顔面にぶつけようと全力で投げ、走り去っていった。
缶は人体の投げれる速度の限界を突破して僕にぶつかってきたが、難なくかわした。しかし、
「あんたは何、女の子を泣かしとんじゃ」
 その直後の、蹴りは避けられなかった。
「って、お前ら普通にストーキングすんな」
 斎条、草薙、今村、真田が僕を取り囲むように立っていた。
「さて、こいつはどう殺しますかな?」
 真田がポキポキと指を鳴らす。なんとなくだが、今村に助けを求めるような視線を送ると、
「とりあえず私刑で」
 全然助けてくれそうも無い。
「つーか、何故俺がこんな目に会わないといけない」
 精一杯の時間稼ぎの一言だったが、
「そんなこち言う前に、さっさと捕まえて来い、そして謝罪して来い」
 斎条の威圧感に飲まれそうだ。ここは引くことは許されないようだ、
「その前に状況を説明しろ」
 こっちの理解能力を突破している。
「お前、鈍すぎ」
 いきなり、ベンチの背後から声がした。
「あ、黒址」
 草薙がいつの間にかベンチの後ろに立っていた黒址に気がついた。
「かわいそうに、木霊は、お前に好意があるんだよ、なのにお前は、『記憶に価するようなことが無かった』だ」
 コイツは何処からそんなことを聞いていた。と本気で思った。
「お前、気配を消せるのか?」
 率直な質問、
「そんなことでいたら今、こんな生活してるか」
 なにやらイライラしたような言い方だ。
「あんた……そんな事を言ったの?」
 斎条は完全にご立腹だった。
「探そうにも、何処いいるんだ?」
 黒址が、タバコに火をつけて、自分のPPDを起動させた。
「……ここから北にある、空き地だな」
 それが桜花の居場所らしかった。
「何でそんなことわかるの?」
 草薙が黒址に尋ねた。
「ホストコンピュータにハックして、GPSデータをみた」
 みんな納得しているが、それは犯罪だ、
「それじゃあ、きちんと謝罪しに行け」
 せかされて、僕は立ち上がり、桜花の元へ向かった。


 そこは、地獄絵図だった。
人通りの少ないビルに囲まれた路地裏の先にひっそりと広がっている広場、普段はヤンキーとかがたむろしているが、
今は、最悪のシーンになっている。
「なあ、俺は夢を見てるのか?」
 完全にビックリしている真田、ビビッて腰が抜けてへたり込んでいる草薙、
「うそ、……だろ」
 今村は、その光景から、眼をそらすことが出来ないようだ。
「……桜花、桜花」
 斎条は叫んでいる。黒址は、口に咥えたタバコをポロッと落としている。そして、僕は、
「二日連続はキツイ」
 戦っていた。ヤンキーらしき人間だったものがそこらじゅうに転がっている。
全ての死体に発芽した植物が生えている。
「くそ、お前ら、さっさと逃げろ」
 僕は、『ウッドマン』の蔦をナイフで切り裂きながら、みんなに言った。
だけど、みんな、動けないようだった。腰が抜けているのか、呆然としているのか。
「……居た」
 一番、早く動いたのは、黒址だった。無数に転がる死体の中から、桜花を見つけ出した。
その動きに、『ウッドマン』はすぐに気づき、蔦を黒址のほうへ伸ばし、なぎ払うように振るった。
「やらせるか、てめえ」
 僕はその隙を付いて、『ウッドマン』の顔面に、小さな筒を投げつけた。
「3…2…1…」
 ちょうど、『ウッドマン』の仮面のような顔面の目の前で小さな筒は爆発した。
爆発の規模は小さいが至近距離、しかも、筒の中には鉄片が盛りだくさんに入っている。
『ウッドマン』の仮面のような顔面にヒビが走り、砕けた。
「え、桜花?」
 斎条が声を漏らした。仮面の下に、緑の瞳を持ち、感情のないような顔をした、桜花の顔があった。
すぐに、仮面が再生して、蔦がさっきの2倍の数になり、無差別攻撃を始めた。
「ミタナ、ミタナ……証拠は隠滅し、速やかにこの場から退却」
 本当に機械のような声を出している。何本もの蔓が今村たちのほうへ伸びてく、
すぐに、草薙が物陰に隠れた。そしてそれをかばうように3人が立ち塞がる。
「なにか、無いの? 剛志」
 とっさに、今村はその辺に転がっていた不良の死体から鉄パイプを取り、斎条に渡した。
「ハァァァァァァ、ディァァァァァ」
 受け取った鉄パイプを一気に振り下ろし、蔓を切断した。
切断した切り口からまた新しい蔓が再生した。
「え、うそ」
 さすがにそんなことは予想してなかったのか、斎条はお尻を付いた。
「さすがに素手でどうにかなるかどうかわからないけど、やるしかねえ」
 今村と真田は斎条をかばうように襲い掛かる蔓を素手で払いのけている。
「おい、おい、一般人か?あの3人は」
 僕はその様子をみて、一瞬だけ、隙を作ってしまった。その隙が決定的だった。
「ターゲット、確定」
 人間の反射速度をはるかに超えたで、何かが向かってくることがわかった。解ったのは良かったが、
「シキナシィィィィ」
 避け切れなかった。普通の反射神経では……『普通』の反射神経ではの話だけど、
『リミッター解除』
 完全にやるしかなかった。僕はギリギリでかわした。そして、
「さっさとテメエハ死ね」
 一歩で『ウッドマン』の懐に飛び込み、蹴りをぶち込んだ。一撃で、宙に浮かんだ。
「まだまだぁぁぁぁ」
 そのまま、連続で蹴りをぶち込んだ。
「うそ……何なの、アイツ」
「人間か?」
「……スゲェ」
 3人はビックリしているようだ。
「居たぞ、まだ、息はあるな……って何じゃありゃ」
 死体の山の中からヒョコッと黒址が桜花を抱えて現れた。
「人間の反射神経の限界超えてるぞ」
 見事に連続蹴りが決まり、『ウッドマン』が黒址の目の前に叩きつけられた。『ウッドマン』はピクピクとしている。
「植物って、水分豊富だよな?」
 唐突に黒址が言った。桜花を3人に預けて、『ウッドマン』に近づいた。
ポケットの中から黒く光沢を放つ、金属の塊を取り出した。
「さて、ここらでバイトでもしておくか」
 その金属の塊を『ウッドマン』に押し込んだ。
パチパチと軽い静電気の音がし始めた。
「さて、『これ』はどうなるかな?」
 電流の音色が段々、重く、鋭く、危険な音に変わっていく。その音色が、1,2分続く、
「さて、これでどうだ」
 カチッと言う音が音色の中でもきちんと聞こえた。
その瞬間、音色が止み、一瞬の沈黙、そして、まばゆい閃光が空き地を包んだ。
「新型発電機を応用して俺が作った特製スタンガン、食らってみな」
 その叫び声があたりに響き渡った。その寸前に、『ウッドマン』のからだから何かが飛び去った。
「種?」
それは大きな種だった。その種が眼を開き、触手のような蔓を伸ばした。
「え?」
 物陰に隠れていた草薙に蔦が伸びていく。それをとっさにかばった。斎条に蔓がかすった。
「イッ、切れた」
 種はそのまま逃げていった。僕はその後追おうと思ったが、力が入らない。
ドサッと音をたてて地面に崩れ落ちてしまった。
「あれ? ……力が…はいらな……い」
 意識がボーッとしてきた。視界の端で、みんなが動いている。その反対の視界の端に誰かが立っている。
「……セ…ツ……ナ?」
 そこには僕が立っていた。微笑んでいる。そして、消えた。




 目が覚めたとき、僕は布団の上で眠っていた。
畳敷きの広い和風の部屋、真っ暗だ、もう夜なのか? などと思い、体を起こそうとしたら、右腕に激痛が走った。
「ツゥゥゥゥゥ」
 見ると、今朝巻いていた包帯とは別の包帯が巻かれたいた。
「お、気がついたか」
 僕の横で、真田が胡座をかいて座っていた。その横で、草薙も座っており、スケッチブックを抱えて何か書いていた。
静かな部屋の中にカリカリと鉛筆を動かす音が聞こえる。
「出来た、これどう?」
 草薙が僕に先ほどまで書いていた物を見せてくれた。
それは、僕だった。安らかそうに眠っている僕の姿が書かれていた。
どうやらずっと寝ている間、その様子を描かれていたらしい。正直、あまりいい気分はしない。
浅い眠りだったからまだ良かったけど、熟睡しているときだけは絶対に寝顔を見られたくない。
「なあ、この首についているのは、何?」
 よく見ると絵のほうの僕の首に、三日月を二つ重ねあわしたような形をしたネックレスがつけられていた。
「コイツ、自分で友達になった奴に会いそうなアクセサリー設計して、自分で作るんだ」
 真田がそう言って自分の右手首を出した。そこには銀のブレスレットのがまきついていた。
「……ネックレスは勘弁してくれ、つける物は決まってるんだ。どっちかと言うと俺も腕輪のほうがいい」
 そういうと、また鉛筆を動かし始めた。
「あ、目が覚めた?」
 そこに、障子を開けて今村と斎条が入ってきた。その後ろに、大人の女性が……斎条に良く似ている。
「おう、さっき眼覚まして、マックに恒例のアレやらされている」
 今村の手には、薬と水が入ったコップが乗ったお盆があった。それを僕の横に置き、自分も座った。
「うーん、単なる疲労だと思うんですけど、大丈夫ですか?」
 斎条の隣に居た大人の女性が僕の様子を見ていった。
「ええ、まあ、右腕はまだ痛いですけど、大丈夫です」
 僕は右腕を上げて、軽く振った。
「ああ、だめですよ、手術したばかりですから、傷口が開いてしまいますよ」
 手術? どういうことですか? 僕は少々理解できなかった。
「あの後、君が倒れて、まったく動かないし、桜花も気を失ったままだったから、家に運んで診察してもらったの」
 すごく解りやすい上に、簡単にまとめられた一言だった。ただし、突っ込みどころは山ほどあったけど、
「ここがお前の家?」
「そう」
 普通に斎条に返された。
「今何時?」
「7時」
 大体2時間ほど死んでいたらしい。
「誰が診察したの?」
「私のお母さん」
 そういわれて、初めて斎条の隣の女性のことを紹介に入った。
「私のお母さんで、医者の斎条保奈美(SaizyoHonami)」
「初めまして、色無君、君の体について少し説明しないといけないんだけど……」
 斎条母がみんなの方をちらと見た。その視線に気づき、みんな静かに部屋から出て行った。
「それで、君の体に寄生していた植物は全部、取り除いたんだけど……」
 カルテのようなものを取り出し、それを確認して、僕に宣告した。
「君の体にはいくつか……いえ、大量の薬品が体に投与されていて、体がボロボロなの」
 そして、順番に薬品の名前を挙げていくが、僕にはどうでもいいことだった。
僕の体に何が投与されていようと、どれだけ薬漬けにされていようと、それは元から知っていた。
この体を『貰った』時から、そのことは知っていた。
「……だから、君の体はもう何時壊れてもおかしくないの」
 斎条母の言っていることは、僕にはわかりきっていた事だった。
「知ってますよ、そのことは」
 僕の言葉を聴いて、少し、ほんの少しだけ哀れみの表情をして、斎条母は部屋を出て行った。
「これからご飯だけど、どうするの?」
「ご馳走になってもいいんですか?」
「ええ、みんな泊まっていくみたいだし、遠慮しないで」
 入れ違いに、みんながまた入ってきた。みんな、さっきのやり取りを聞いていたみたいだ。
「…………」
 重い空気が流れている。
「……俺のこと、怖かったか?」
 僕は独り言のように言葉を漏らした。みんな、何も言わなかった。何もいえないのかもしれない。
「俺のこと、友達って、言えるのか?」
 今度はみんなに尋ねるように言った。
「……確かに、あの時は怖かった、お前が人間なのか疑ってしまった」
 今村が言った。
「だけど、俺たちを助けてくれたんだろ? だから、そんな風に言わないでくれ」
 暗い、重い空気の中、それだけが僕には救いだった。
こんな体で、あんな力を持っている僕を、化け物や、珍獣のように見るのではなく、僕個人としてみてくれる、
それは、僕の心を救ってくれる。
「ところで、桜花は? どうなったんだ?」
 僕は一番気になっていたことを尋ねた。
「今はまだ眠っているよ、君と違ってあっちはただ気を失っているだけだから」
「そっか、……んで、黒址は?」
 先ほどから姿がまったく見えない、意味不明の男は何処にいったんだろう?
「もうすぐ、来ると思うけど、あいつはよくわからないからな」
 やっぱり、みんなアイツのことはよくわからないようだ、
「ご飯ですよーみんな、集まって」
 のどかな日常の言葉が僕らを日常へと引き戻した。
案内されて、大きな部屋に行くと、たくさんの料理が並べられていた、
「頂きます」
 みんなが声をそろえて食べ始めた。
「ところで……さっき書いたんだけど、これどう?」
 草薙がご飯を食べながら僕に先ほどのスケッチブックを見せてくれた。
今度の絵には、西洋のドラゴンをイメージした竜の腕輪が付け加えられていた。
「いいね、これ、かっこいいな」
 僕が春巻きを食べながら答えると、草薙はうれしそうな顔をして、
「今度作るから待ってってね」
 本当にうれしそうだった。
「ああ、俺の肉をてめえ」
「みんなの料理なんだから、早い者勝ちだろ」
 今村と真田が肉ごぼう巻きをめぐって箸と箸のバトルを繰り広げていた。
ああ、なんか懐かしい感じがした。
本当は懐かしいんじゃないけど、そんな感じがした。
こうやってみんなで食事をするのが楽しかった。
こうやってみんなで騒いでいるのが楽しかった。
「……よく寝た」
 いきなり、襖を開けて、桜花がこのにぎやかな空間に現れた。
「……桜花?」
 斎条がなにやら浮かないかををしていた。
「……ゴメン、桜花はまだ寝てるみたい、みんな久しぶりだね、元気にしてた?」
 まったく理解できない言葉を桜花は言った。まるで、桜花じゃないみたいな言い方だ。
長い三つ編みは今はポニーテールになっている、表情だってなんだか別人のような感じがする。
「……あ、そっか色無ははじめましてだね」
 桜花(?)は僕のほうを見た。
「はじめまして、あたしは木霊桃華(KodamaTouka)、桜花の姉……ってことかな?」
 まったく理解できない言葉だった。理解能力が限界を突破している。
どういうことだ? コイツは、一体誰なんだ? しばらく頭の中で思考して、ひとつの推測が頭の中で完成した。
「解離性同一性障害」
「正解」
 桃華はいたずらっ子のような笑みを浮かべて食事にありついた。


第3章


 PPDのアラームで目が覚めた。昨日、気絶から目覚めた時と同じ天井がそこにあった。
土曜日の朝の7時、いつもなら、一人で朝食を取っているのだが、今日はそれはしなくてもいい。
体を起こし、横で寝ている真田と草薙を起こさないように障子を開けて、縁側へ出た。
「よ、おはよう、色無」
 ぼんやりとだが縁側の低い柵の向こうに今村が居るのが見えた。
「おはよう……何してるんだ?」
 僕は寝起きで低いテンションのまま、タバコを取り出し、火をつけた。
段々眠気が吹っ飛んできた。それと同時に、視界もきちんとしてきた。
空手道着姿で、ランニングでもしたのか汗だくだった。
「朝のトレーニング……単なる日課だ、気にするな」
 そう言って、藁で出来た縄がぐるぐる巻きにされた木の板に拳を打ち込んでいた。
ぼんやりと、昨日、一昨日の出来事を思い出した。
一昨日の帰り道に、『ウッドマン』に襲われて、
昨日の帰りに、桜花達にゲーセン堕落に連れて行かれ、桜花になにやらよくわからないことを言われ、
黒址が現れ、いきなり『桜花はお前に好意があるみたいだ』と言われ、
桜花を探していると、また『ウッドマン』に襲われた。
「なんか、不幸だな」
 僕はタバコの煙を良く晴れた空へと笑いながら吐いた。
昨日、突然現れた桃華は、特に何もせず普通にみんなで話をしていた。
夜遅くまで日常の他愛の無い話に盛り上がり、今村は隣が自宅だからと言って帰って行き、
桜花……桃華は斎条の部屋に、そして僕ら男3人は和室に布団を敷いてもらってそこで寝た。
「なあ、桜花って一体何なんだ?」
 僕はよく、彼女のことを知らなかった。本当は知っているのかもしれないが、頭の中には記憶されてない。
去年の事はまったく、皆無に近いくらい何も覚えていなかった。毎日、暇だと思いながら空を見ていることぐらいしかない。
そんなことしか覚えていない、そんなことしか覚えることが出来ない。そんなことすら覚える価値はない。
「少し変わってて、少し馬鹿で、いい奴だよ」
 空に正拳突きを打ちながら答えた。変わっているというのは、多重人格のことだろう。
「だろうな、こんな俺に話しかけてくる奴なんて、よっぽどの馬鹿か、変人か、いい人なのか、って全部だな」
 灰皿に灰を落としながらふと、横を見た。
「…………」
 そこには『木霊』が立っていた。どっちかは解らないけど、『木霊』が立っていた。
「…………」
 僕も思わず沈黙、今村はそそくさと退散して行った。
「……それにしても、あなたって結構酷いね」
 『木霊』は髪の毛をポニーテールのにするように括った。
「桜花はあなたの事が好きだって言うこと、もう聞いてる?」
 その事は黒址から聞いている。……って、そういえば黒址は一体何処に行ったんだろう?昨日は現れなかったけど、
「ああ、聞いているよ。でもなあ、酷いとかそんなこといわれとも、俺は去年のことなんて何も覚えていないんだよなあ」
 そういうと、桃華はまるで視界をぼかして見ているような目つきで僕の顔を見ていた。
まるで、僕と誰かを重ねてみるような、そんなように見えた。
「何で、覚えてないの?」
 桃華は静かに僕に……それとも僕と重ねている『誰か』に尋ねたが、僕は何も答えなかった。
「それは俺に言っているのか?」
 僕は桃華に尋ねた。その言葉の意味を理解して、もう一度、今度はしっかりと僕を見て、
「なんで、覚えていないの」
 同じ質問をもう一度、僕に向かってたずねた。
「……毎日が単純で、同じことの繰り返しで、平和で、くだらなくて、そして、自分自身のことを考えるので忙しかったから」
その言葉に、嘘も偽りも無かった。だけど、本音は言っていない。
「だから、ほかの事なんて覚えている暇なんて無かったんだ。僕の記憶の回路のうち、
エピソード記憶ってのがぶっ壊れててな……正確には俺自身がぶっ壊れているんだけど、
思い出とか、そういうのがあまり記憶しないんだ。だから意識しなければ何も覚えていないし、
視界に入っているものの存在すら認識できないことがある」
 僕の説明に、桃華は呆然としていた。それは何に対しての子となのかは解らないけど、
「こっちからも質問させてくれないか?」
呆然としていた桃華をこっちに引き戻すために話を変えた。
「君は……一体誰なんだ?」
 僕には気になることがあった。それを解決しないと、正しい答えを聞かないと、大変なことになる。
それは、あの時の『ウッドマン』の仮面の下にあった、『木霊』の顔、そして、何で『木霊』だけ無傷だったのか、
それを聞き出すには、彼女らを知ることが必要だった。
「……『私』にそれを聞くの?」
 桃華は僕に聞き返してきた。顔には少しだけ、不満そうな顔をしていた。
「『木霊』に訊きたい。」
 どっちが本体なのかは僕にはわからない。だから、彼女らに自分で選ばせることにした。
「あと、後1時間だけまって、そうすれば桜花に戻るから」
 桃華はそう言って、その場を去った。あと1時間、その意味はよくわからないが、待たないといけないらしい、
「昨日、やっぱり桃華がでたか」
 突然、柵の向こうから声が聞こえてきた。すぐに視線を向けるが誰も居ない、
 だけど僕の正面の部分の柵のところから紫煙が昇っていた。
「わりぃな、昨日は顔出せなくて」
 黒址が柵を飛び越えて僕の横に座った。
「昨日使ったスタンガンのレポート仕上げて提出しなくちゃならなかったし……それより、結構ヤバイことになってる」
 そのまま、黒址は自分のPPDを取り出した。普通のPPDと比べて多少改造されているようで、外見が少々異なっていた。
「やばいことって、どういうことだ?」
 吸殻を灰皿にいれて、新しいのを一本取り出して火をつけようとしたのだが、
「二人とも、高校生がタバコなんて吸ったらいけませんよ」
 斎条母に取り上げられてしまった。そして、そのまま朝食を食べるために昨日の大広間に移動した。
「ところで、昨日、何してたんだ? 黒址は」
「俺? お前をここまで運んでその後、自転車で第3研究所までいって、レポートとかいろいろ仕上げて、家に帰って寝た」
 昨日使った殺人クラスのスタンガンのことだろうか、コイツのほうが一体何者なんだ?
「って、第3研究所? お前、研究所エリアに入れんのかよ」
 ふと、疑問になった。普通の人間はあんなところに入ることは出来ない、
IDカード、指紋、声紋、網膜、パスワートの5重セキュリティがかかっているため侵入することは出来ない。
なのにコイツは入れるといった。普通の高校生が、登録されているのはおかしい。
「ああ、俺はモニターのバイトしているかなら、一応は入れるんだ、一応はな」
 それでも、なかなか入れないはずなのに、……その時、偶然黒址の右手首のところに何か火傷のような物が見えた。
僕の視線に気がつき、すぐに袖でその傷を隠した。
「あんまり見てほしくないんだ」
 『木霊』よりも謎の多い黒址龍……記録の隅っこに引っかかる名前の気がするが……
「ところで、お前の脳はぶっ壊れているって言ったな」
 どうやら先ほどの話を聞かれていたらしい。本当にコイツは一体何者なんだ?
アマテラスの警備部には秘密諜報員が居るというがこいつがそれなのか?
「ああ、結構ヤバイな、無意識のものは本当に覚えることが出来ない」
 僕の言葉を聴いて、黒址は僕の顔を見た。
「でもさあ、お前、今は普通に記憶してるのんだろ? っていう事は、お前の意識しだいでどうにかなるんじゃねえか?」
 確かにそうなのかもしれないが、今はまだ無理なのかもしれない。
まだ、忙しいく僕の頭は働いている。たった一つの議題について2年前からずっと会議し続けている。
「さっさと行こうぜ」
 僕は黒址と共に、大広間に入った。



 朝食を食べ、座敷にみんな集まった。
「さて、はっきり言ってしまうと、相当ヤバイことになっている」
 座敷のテーブルを囲むように僕らは座った。
黒址を12時として、2時に真田、4時に草薙、6時に『木霊』、8時に今村、10時に斎条が座り、
僕は一人、壁にもたれかかった。
「具体的に言え、何がヤバイのかを」
 今村の指摘を受けて、黒址は自分のPPDを取り出し、テーブルの真ん中に置いた。
「これを見てくれ」
 そして、PPDのスイッチを入れた。3Dホログラムが起動し、僕らの目の前の空間に画面が表示された。
『一昨日に引き続き、昨日の夕方、また謎の連続通り魔、『ウッドマン』が出現しました』
 リアルタイムのニュースなのか、ざわざわと雑音交じりでニュースレポーターが昨日の空き地で取材していた。
『6日に一度、被害者も1人づつの犯行だった犯人のサイクルが変化したのか、2日連続、
しかも今度は14人もの命を奪い去りました。』
確かに、二日間連続出現し、今回はたくさんの人を殺しているが、何がやばいことになっているのだろうか?
『また、今回は目撃証言も出ており、犯行時刻の前後に複数の高校生を目撃したと言う証言があり、
 保安部はその複数の高校生の確認と、事件との関与を調査し、犯人を早く捕まえることを表明しています。』
「…………」
 みんな沈黙してしまった。
「つまり、俺たちは疑われているんだ」
『また今回の死体にはいつもと違い、ひとつだけ、黒焦げの死体も確認されており、
 犯行時刻の前後に目撃されたまばゆい光に何か関係あるのではないかという見解もされてり、
今回の事件はいろいろと謎の多い事件となっている模様です』
それと同時に黒址はPPDの電源を落とした。
「一応、理解してくれたか?」
 黒址はみんなを見渡した。みんな、ショッキングな顔をしていた。僕と『木霊』以外だが、
簡単に言うと、僕らは容疑者なのだ、保安部が昨日見たことをすんなりと信用してくれるとは到底思えない。
だけど、ここでひとつの問題が生じるはずだ、
「なあ、仮に俺たちが犯人にされても、あの死体の植物とかに関して証拠が無い、
というよりあれは人間じゃなくて化け物だろ?」
 僕らの無罪の証明になりそうなことはこれくらいだろう、あれが何なのか解らないと僕らを犯人にすることは出来ないだろう。
「ところがどっこい、その根拠があるんだよ、しかもこの都市の研究所の研究結果のひとつにきちんとかかれてるんだよ」
 そう言って、分厚い紙の束を机の上に出した。僕も机のほうへ近づき、その紙束の一番上の紙に書かれている文字を見た。
「……『ADVANCE OF THE MISSING HEART』……進歩する欠落した心……」
 一番上の紙にはそう書かれていた。
「コイツは……人間の人知を超えた力についての研究結果だ、そして、この中に書かれていることが俺たちをより不利にする」
 そして、黒址はその紙束の中から、ワンセットの紙束を取り出し、僕らに見せた。
『TESTAMENT』(テスタメント)……人と神との誓約という意味を持つ言葉がその紙に書かれていた。
「人間の心はもろくて、悲劇に遭遇したりすることで心の一部(もしくは大半)を欠落してしまう。
たとえるなら、水晶玉のようなもので、ひびが入り、かけてしまう状態をさす。
そして、人間の心は欠落した部分を埋めるために、人知を超えた力を手に入れることが出来る」
 黒址は紙に書かれた言葉を僕らに音読した。
「その力は大きく分けて2つあり、そのうちの1つは、一種の超能力に近く、ある者は発火能力を身につけ、
その炎を操り、またある者は己を中心とした特定の空間内の気温を下げ、また別のものは重力を操るなど、
千差万別、様々な力を手に入れた。この能力を、我々は『EXCESS SKILL』(エクセススキル)超過能力と名付けた。
『EXCESS』は心に受けた傷の大きさに応じてその力の大きさが変わり、
またその適合者の思考に応じてその種類を変えた。
そして、この『EXCESS』は訓練することによってその力を大きく成長させることが可能である事が観察によってわかった。
この力の欠点として、その力を使いすぎたとき、またはその根源となる適合者の心の傷、精神的外傷が限界まで達したとき、
その力は適合者の精神、肉体に影響を与え、それを変化させてしまう。つまり、化け物になってしまう」
 そこまで読んだ所で黒址は一息ついて、僕のほうを見た。
「こんな人外魔境の力が存在してるんだ、あの植物のことだってそれで片付いてしまうかも知れないだろ?」
 黒址は、みんなを見渡した。みんな、理解できていないような気がする。こんなこと、理解できるはずは無い。
もしそれを受け入れてしまえば、きっと、日常には帰れない、二度と戻ってこられない。
だって、この力は、『後悔』という名の十字架を背負う羽目になる力で、絶対に超越した力ではないからだ、
そして、この力は時限爆弾つきなのだ、使えば必ず反動が来る、力が強ければつよいほどとてつもない反動が帰ってくる。
「……そんな力があったら、あの時……僕は……」
 草薙がボソっとつぶやいた。それにつられてみんなもボソボソとつぶやき始めた。
空気が重くなってきた。完全に暗いオーラがこの部屋を包んでいる。
「だけど、そんな力を手に入れたって、逃げてるだけじゃない?」
 それは、桃華の言葉だった。みんな桃華の顔を見た。
「欠けた心埋めるのに力を求めるってのは絶対に間違ってる、欠けたんなら、欠けたもの同士を合わせればいいじゃない、
傷のなめあいとか言うけど、人間は助け合わないといけないんじゃないの?
なのにそんな変な力を求めるのはやっぱり間違ってる」
 そう言い放った瞬間、桃華は突然、前触れもなくバタッと倒れた。
「12時間、タイムリミットだね」
 みんな『木霊』が倒れたことに誰も驚かなかった。斎条は倒れた『木霊』を抱えて、隣の部屋に運ぶために外へ出た。
みんな、先ほどとは違う重たい空気を漂わしている。
「……なあ、結局あれは、その『EXCESS』なのか?」
 僕は黒址に尋ねた。
「多分、違うな、俺がさっきした説明には、俺たち全員に疑いがかかることをきちんと説明したまでだ、
 ここにいる全員がどこかに心の傷を負ってるからな、……俺以外はみんな適合者の可能性があるんだ」
黒址はそのまま、縁側へ向かっていった。どこか、さびしそうで、
そして自分は違うのだと示したがっているような様子だった。
「黒址は……何も失ってないのかな?」
 男4人だけになった座敷の沈黙を草薙が破った。
「……というか、お前らは何かを失ってるのか?」
 僕は3人に尋ねた。さっきのぼやきから考えても、何か後悔をしているようなのは確かだ。
「それは言いたくないことだから、訊かないでくれ」
 今村は、黒址が置いていった紙束をぱらぱらとめくった。そして、ある1ページで急に動きが止まった。
「何だよこれ……」
 3人はそのページを見て固まっている。まるで信じられないというような表情をしている。
そのページの数枚前のページが何枚かパラパラと落ちた。それを拾い上げてみてみると、
『CALAMITY SEED PLAN』(疫病神の種計画)と表記されていた。そしてその次のページには、
「第一研究所の研究結果を参考に、偶然手に入れた、『冥具』と名づけられたアイテムのひとつ、
『疫病神の種』を使って実験することを決めた。この実験の被験者もといモルモットとして購入した人間のクローンを製作し、
そのクローンに種を移植し、適合させる。また、モルモットのオリジナルは『EXCESS』だったため、
モルモットの製作は比較的簡単にかつ、短時間に作れた」
 これは、第7研究所の実験レポートだった。しかも、日付を見ると2月1日、つい最近始まったわけではなかった。
「なんだよこれ、……まさかこれが『ウッドマン』の正体なのか?」
 黒址の言っていたことを思い出した。『第7研究所の人体実験はより悪化している』ということを、
3年前にはじめた実験からどれだけランクアップしてるんだよ。
「ははは、一体何者なんだよ、黒址の奴、こんな情報を入手するなんて、笑えてくるな」
 僕はなぜか笑いがこみ上げてきた。そして、今村たちから紙束を取り上げて、3人の見ていた部分を見た。
そこを見た瞬間、僕の笑いは止まってしまった。
「……芹沢木霊、EXCESS名『禁断の肉体』能力、肉体再生、傷の自動修復、外で刑事事件を起こし、
その身柄を3000万で購入、その能力を使って人体実験を行っていたが、
2年前に実験体の1人が施設を破壊し脱走したため、そちらに回し、この計画のモルモットに任命された」
 そこに印刷されていた写真には、5,6年前だと思われる、深緑の髪と赤い瞳をした幼い桜花だった。



 昼過ぎ、僕と黒址は二人でレジャーエリアをうろついていた。
「なあ、何で俺はお前の買い物に付き合わなければならない」
 僕は率直な疑問を黒址にぶつけた。
「お前が暇そうだから」
 あれだけの事実を僕たちにぶつけておいてよくそんなこと言うものだと僕はあきれ果ててしまった。
結局あの後、桜花は目を覚まさず、疑問を解決することが出来なかったので、僕は一度家に戻り、
昨日の夜からずっと制服姿だったのを私服に着替えて、バイクを取りにレジャーエリアに向かおうとした。
「あ、それならちょっと買い物に付き合ってくれ」
 有無を言わさずに黒址は僕を無理矢理買い物に付き合わせやがった。
「いいだろ? 桜花が眼を覚まさない限り、話は進展しないし、みんな午後から予定があるらしいからさあ、
一人で行動するのは寂しいだろ?」
 そんなことを言われると、なぜか断りにくく、仕方なく付いていくことにしたのはいいが……
「だからってなあ、こんなマニアックな買い物に付き合うのは一般人としてかなりきついぞ」
 ただの買い物ではなく、プラモデルや漫画、機械部品などの誰がどう見ても『日本発祥の危ない文化』の買い物だった。
高校生の癖にかなり大金を持っているらしく、1時間しかたたないのに両手いっぱいの紙袋を持って歩いている姿は、
まさに『日本発祥の危ない文化』系、いわいる『オタク』と言っても過言ではない。
「これの何処がマニアックですか? つーか、その言い方だと俺がオタクだって言っているような言い方だな」
「つーか、その姿をこの都市に住む住人1万人にきいたら間違いなく『オタク』だと言うだろうが、テメエは自覚無しか?」
 なぜにこんな世界に僕が連れて行かれなくてはいけないんだ、と心の中で思いっきり叫んだ。
「後1軒だけだし、我慢してくれ、昼飯おごるから」
 そう言って、大型書店に入っていく黒址の後を追って僕も中に入った。
入った瞬間から、その光景に圧倒された、今時の本屋はここまで人が居るのかと疑いたくなるくらいにたくさんの人が居た。
「……ああ、そっか、今日は『アレ』の発売日だったっけ」
 黒址はその様子をみて、一人で納得し、瞬きしている間に消えてしまった。
「はやっ、それにしても何でまた本屋なんかに人が居るんだろうな」
 キョロキョロと店内を見渡すと、人だかりが出来ているところがあった。その人だかりの上には、
『待望の続編発売』と描かれた看板がぶら下がっていた。僕は人ごみの間をすり抜けて、人だかりの原因を調べてみた。
「……小説? しかもハードカバーじゃなくて文庫本」
 そこには山のように詰まれた文庫本があった。人はみんなそれを一冊一冊手に取り、レジに向かっていく。
ぼーっとしていると、人波に吹っ飛ばされ、転んでしまった。そこにちょうど黒址が現れて、
「何やってるんだよ……お前、これ読んでるのか?」
 転んだときに無意識のうちにつかんでいたのか、一冊の文庫本が僕の手の中に握られていた。
黒い竜と黒髪の少年が表紙に書かれており、細い線だけで構成されたタイトルの文字、
「『忘却の黒き少年 X』……何の小説なんだ?」
 黒址に尋ねると、しばらく何も言わずに、ただ一言、買えとだけ言った。
なんとなく、気になった、この本の内容ではなく、その時の黒址の表情と、その表情の裏に隠されたものに、
「面白いのか?」
 そう訊くと、また少し沈黙し、
「俺は嫌いだな、でもこんなに人気があるんだから面白いんじゃねえか?」
 そう言って、黒址は一冊手に取り、ほかの雑誌と共にレジに持っていった。
「嫌いなのに買うんだ……変な奴だ」
 僕は山済みになった5巻の隣に置いてあった1から4巻を手に取り、5冊まとめてレジを通した。
「2800円になります」
 財布から金を出し、カバーをつけられた5冊の本が入った袋を受け取って、店を出た。
そしてそのまま、昼飯を食べにファーストフード店を目指して歩き出した。
「お前って、右利き?」
 歩いていると突然黒址がたずねてきた。
「いや、俺は左利きだけど、それがどうした?」
 黒址は自分の左腕につけている腕時計を僕に見せた。
「左利きなら右手につけるのが普通だろ? なのに左利きなのに左腕につけてるのはやっぱり変だな」
「ちなみにお前は?」
「左利き」
 コイツも十分変な奴だ。変な奴なのに、なぜか、そういうのが気にならなかった。
「お前、歩き方変わってるよな」
「そうか? どこが変わってるんだ?」
「足の裏全体を使って、足音を立てないように歩いている」
「そういうお前の歩き方はどうなんだ?」
「実はおんなじ歩き方なんだよな、俺も」
 そっくりだった、僕も、コイツも、似ていないようで、似ている、
黒址龍、一昨日、出会ったばかり……もっと前から出会っているが、一昨日、初めて僕の意識の中に入れたクラスメイト、
まだよくわからないけど、コイツとなら、『友達』として一緒にいても、イライラしないのかもしれない、
そんな奴が、この世にいたのだなって、思ってしまった。
「どうした? 急に黙り込んで」
「いや、なんとなく、こういう『友達』っていいなって思っただけ」
 そうそう言うと黒址は笑顔を僕に向けながら、
「やめとけ、俺と『友達』になったってろくでもないことに巻き込まれるだけだぞ」
 ここまでいい雰囲気を完全に破壊する一言を放った。どこか寂しげに、言いたいことを溜め込んだような笑顔で、そう言って、
ファーストフード店に入り、二人でしゃべりながらハンバーガなどを食べて、笑っていた。
少年2人の平和な土曜日の午後はそうやって簡単に過ぎていく、
「俺は『友達』ってのがよくわからない」
 夕暮れ時になり、2人でなんとなく公園のベンチに座り、タバコをふかしていた。
「真田や草薙や今村や斎条、木霊達は友達なんだろう、だけど『友達』かと聞かれると、なんだかよくわからない」
 黒址は、口に咥えたタバコを軽く吸って、紫煙を夕暮れに染まった空に吐き出した。
「お前、それって、親友とかそういうのを言うんじゃないか?」
 僕も紫煙を赤く染まった空に吐き出した。
「親友か……そんなの存在しないんじゃないか? この世には」
 黒址の眼はどこか遠くを見ているように思えた。木霊が僕に「覚えていないの?」と訊いたときと同じような眼をしていた。
「親友って友達の仲でももっとも信用を置ける『友達』のことだろ? だったら、この世には存在しても、俺には存在しない、
俺の周りには二度と現れないし、俺は二度となれない」
 まるで、過去に何かがあったかのような、そんな言い方だ、
「お前が本屋で買った本、『忘却の黒き少年』って言う本に書かれていることなんだけど、
嘘や偽りだけの人間は誰も信用できないし、誰からも信用されない、
一度失ったものは二度と帰ってこない、帰ってきたとしてもそれは失ったものではない、
そう書かれているんだ、だから、一度壊れたものは二度と元の状態には成らない、
俺は、一度、『友達』を失っているんだ。二度と出会うことも、話すことも、一緒に笑うことも出来ない。
その『友達』が、生きていて、もし出会ったとしてもそれは別人なんだ」
 黒址の言葉には、なんとも言えない重さがあった。
「  、     」
 不意に、小さな声で、誰かを呼んだような声が黒址の口から漏れていた。
しかし、誰なのかは、わからなかった。それを確かめることは出来なかった、なぜなら、
「そこの未成年者と思われる2人、喫煙は法律で禁じられている、大人しく補導されてもらおう」
 保安部少年課の警備員が僕らに向かって走って近づいてきた。
「やべ、逃げるぞ」
 黒址はすぐさま僕のバイクの後部シートに座った。僕も急いでエンジンをかけた。
「待ちなさい、逃げるということはお前ら未成年者だな? 大人しく抵抗せずに署まで来てもら……」
 問答無用で僕はアクセルを全快にしてバイクを急発進させた。警備員の姿が小さくなり、見えなくなった。
「さて、斎条のうちに戻るか」
「ああ、そうしようぜ、まだ話はついてないしな」
 僕らは、夕日に向かってバイクを走らせた。
僕は、自分の記憶を持ってから初めて、コイツと友達になりたいと心のそこから思った。



 夜になって、僕は何故かまた斎条の家に泊まることになった。
「一人暮らしはたいへんでしょ? そんなに気にしないでくださいな」
 黒址の奴が一人暮らしをしていることを斎条母にしゃべったらしい、遠慮しようにもまだ右手の処置は終わってないから、
などといわれるので逃げることは出来なかった。草薙は今日は自宅に戻り、黒址は泊まっていくことになった。
そして、『木霊』はあれからまだ眼を覚まさず、眠りっぱなしだった。
斎条と今村に話を聞くと、人格交代はたまにあるらしい、ただ、桃華が表に居られる時間は、きっちり12時間、
それを過ぎると強制的に桜花に交代するらしい、ただ、今回みたいにずっと眠りっぱなしというのは初めてらしい。
そんなわけで、結局、『ウッドマン』の真相を確かめることはまたできず、足踏み状態は続いた。
夜もふけて、ふと、眼を覚ました。なにやら話し声がかすかに聞こえてきた。
「   を     に使う ん   た    の?」
 女の人の声だった。僕は縁側に出て、外を見た、誰もいなかった。
「そう言わ      も『疫病神の種』 し   のに         」
 家の裏のほうから今度は少年のような声が聞こえてきた。座敷を見ると、真田がすごい音量のいびきをかいて寝ている。
その隣の布団にどうやら黒址がもぐっているのか、ポッコリと膨らんでいた。
まるで布団の中に布団を入れては割り身をしているかのようにも見えるが、かすかに上下に布団が動いるのでそれは無い。
「誰だろう?」
 僕は完全に眼を覚まし、裏のほうへ回った。裏には高い塀が聳え立っており、侵入者を拒んでいた。
だが、その上に、3人の人影があった。
「にしても、第3研究所から呼び出しがかかってるのにあんたって何で無視したのよ」
「そういわれてもなあ、こっちも急がしかったし、『カラミティシード』だってまだ確認仕切ってないし、
 それにこの事件、面白いことになりそうなのは確かだから、マジにおもしろくなるな」
「おもしろいことって、何考えてるんですか? 余計なことしたらしかられちゃいますよ、わかってるんですか?」
 女性が2人、少年が1人、顔までは見えないが、女性のほうは、片方がダークグレーのローブを羽織っており、
もう一人は、ライトグレーのローブを羽織っていた。
おかしなことに、遠くから見ても解るくらいに女性達の背格好やシルエットがそっくりだった。
そして少年のほうは、全身黒い服を着ていた。顔になにやら変わった仮面をつけており、目の部分を隠していた。
「ライトグレーもダークグレーも心配するなって、俺だってきちんと仕事はするから安心しろ、
だけどな、俺がお前らと手を組んでるのは、あくまでも金のためだ、金がたまったらやめさしてもらうから」
 少年のほうがさらっと、そんなことを言って、ダークグレーと呼ばれた女性から大きなアタッシュケースを受け取った。
「別にあなたが何のためにこの仕事をしているのかは関係ないですけど、公私混合はやめてくださいよ」
 もう片方の女性が少年に注意していた。
「公私混合ってなんだよ、ひでぇな、俺が何したって言うんだよ」
「ブラック、あんたはやっと1年たって2年目、まだひよっ子なんだから大人しくおねーさんたちの言うことに従いなさい」
「あなたの目的は、人探しですよね? そのためにこの仕事を選んだんですよね? それでも任務は遂行してください」
 ブラックと呼ばれた少年はうんざりしたかのように、ため息をついて、
「今回の任務は、『ウッドマン』の確認、捕獲もしくは消滅、そして真相を調べることそれをきちんとすれば何してもいいだろ?
ライトグレー?」
「わかっていればいいんです、解っていれば」
 ライトグレーと呼ばれた女性は少々不機嫌だった。
「それと、2年前に脱走した『TESTAMENT』被験者の捜索、おまけに、正体不明の『TESTAMENT』、
色無現夢の正体と能力を調べ、有害なら排除、有益ならこちらに引き入れる」
 そういった瞬間、ブラックと呼ばれた少年が僕のほうに振り向いた。とっさに、家の陰に隠れた。
「どうした? 誰いたか?」
「いや、気のせいのようだ」
 そういっている間にも、鋭い殺気がこちらのほうへ向けられている。
「ところで、そのアタッシュケースの中身はなんですか?」
 ライトグレーと呼ばれている女性が話しかけたので、殺気は感じなくなった、僕は右目だけで、3人の様子を伺い、
右目に力を加えた。3人の背中には、槍のようなものがライトグレーとダークグレーに刺さっており、
ブラックには何も無かった……何も無い? それはおかしい
「ああ、これ? 新しい武器のモニターのバイト、俺以外にも、もう1人、モニターが居るとか言っていたな」
「あんたにそんなもの必要なの? あんただって『TESTAMENT』じゃん、能力で一発終了のランクS級の力持ってるくせに」
「俺は能力を使うよりもこっちのほうが楽だから」
 僕を探っている……あいつらが何者なのかは知らないが、こちら側の人間ではないようだ、味方ではない、
敵なのかはわからないが、味方ではないのなら、警戒しないとならない、
「にしても、この家に集まっているメンバーもすごいのが集まったもんだぜ」
「ほんとですね、元空手のアマテラス地区中学生チャンピオン・今村剛志とか、
元剣道女子のアマテラス地区中学生準チャンピオン・斎条琴美、最強の喧嘩王・真田時正、
第29回全国造型大会3位入賞・草薙マックス、これだけでもすさまじいくらいにすごいのがいっぱいですね」
 あいつらってそんなにすごかったんだ……それなら空き地での活躍は納得できるな。
「しかも、4人とも『TESTAMENT』予備軍だ、何時習得してもおかしくは無い、そんな連中だけじゃなくて、
『EXCESS SKILL』禁断の肉体・芹沢木霊、そして、『正体不明』の色無現夢、コイツの力はいまだよくわからないからな」
「それで? トドメに、アレでしょ? 詐欺師、ペテン師、イカサマ師、手段のためなら目的は選ばず自分の周りが平和なら、
核でも水爆でも何でも情報を売り、しかも、暇だからの一言で世界を巻き込むくらいの自己中心的思想、
別名、『漆黒の破壊龍』そんなのもその面子に居るんでしょ? どうするの?」
 詐欺師?……って残りは黒址しか居ないじゃねえか、
「機密情報の無断持ち出し、衛星監視システムへの無断侵入、おまけに、モニター品を普通に民間人の前で使う、
一体どれだけかましてくれるんのやら」
「何時逮捕されてもおかしくねえな、でも、そこまで言うか?」
 ブラックと呼ばれていた少年は思いっきり笑っていた。
「それで、『正体不明』の少年のほうはそれなりに調査進んでるの?」
「わかったことはいくつかある、ひとつは『EXCESS』の一部に相手の心……思考パターンって言った方がいいな。
それを読む力がある。『ウッドマン・芹沢木霊』と2度にわたり戦闘をして生き残っているからそれは間違いないだろう。
二つ目に、奴の能力……身体能力のことだが、並の人間をはるかに超えている。多分『レッド』の旦那よりすごいかもな」
「レッドさんよりすごいって、それ、この都市最強ってことじゃないですか、
そんなのを排除するってとなると……ガーディアン200人は必要になるんじゃ……」
「話を最後まで聞け、この都市で格闘戦で『レッド』の旦那に勝てる奴なんていねえって、『正体不明』は爆発的に……
しかも任意で自分の力を調整できるみたいだ。……ちょっと気になるな、ダークグレー、ちょっと調べてほしいことがある」
 そう言って、ブラックとダークグレーはなにやら耳打ちをしているように見えた。
「いいけど、何で? そんな物を」
「ちょっと気になるだけだ、それにこれは任務半分、俺の私用半分だ、そんなに急がないし、頼む」
「ふーん、大変だな、自分のいなくなった友達を探すために、こんな事やってるなんて、その友達ってのは生きてるの?
……もしかして」
「それ以上の詮索はあんまりして欲しくは無いんだけど、……それより、最後にわかったこと、これが一番重要なんだ、
2度目の戦闘後、いきなり『正体不明』は倒れたんだ、別に能力のオーバーワークだったのかもしれないけど、その時、
遠目からでもハッキリと解ることがひとつあった、その場に居た連中はまったく気がついてないようだったけど」
 どうやら、あの戦闘を見られていたらしい、……目撃情報が出るくらいだしな、それより、何を見たんだ?
「あいつの体、人間の形はしていたけど、人間じゃねえ、あの時、倒れたとき、実は後ろから、攻撃されてたんだよ、
痛みとか感じなかっただろうし、周りも気がついてないようだったみたいだけど、
背中に直径20センチほどの穴空いてたんだよ、アマテラスの新開発武器、サイレントキャノンによってな、
だけど、それは貫通しなかったし、弾は内部で止まっていたけど、それも今は消滅している、
それにな、その時で来た穴から中を見たんだけどな、中には……空っぽだった、
いや、中にはよくわからんものが無数に浮かんでたけど、……内臓とかは見えなかった。出血も無い、
そしてそのまま、傷口はふさがったさ」
 僕は驚きのあまり足を滑らし転んでしまった。その物音を聞いて、3人は散り散りに去っていった。
「おいおい、俺の体のことは俺が一番よくしているはずなのに、何だよそれ、さすがにびっくりだぜ、
人間離れしていたといえど、そこまでかよ、笑えてくるな」
 僕は、タバコを取り出し、口に咥え、思いきりそれを吸った。
「ま、そのくらいまだ想定の範囲内だけどな、この体を貰って、自分の記憶が始まったときから覚悟していたことだしな」
 僕は空を見上げた。新月の夜空、星ひとつ無い漆黒の夜空、漆黒の闇、僕はしばらく闇の中で呆然とタバコを吸っていた。
あの3人の情報を元に、解ったことがいくつかあった、

 1つ、この都市の中には『TESTAMENT』が大量に存在していること、
 2つ、ウッドマンの事は疑いは無くなったこと、
 3つ、どうやら、アマテラスの上層部が絡んでいること、(3人の会話から、その3人は特殊な部隊のもののようだったので)
 最後に、この事件は、俺にとっても重要なことだということ



記録の世界

 どこかの地方の田舎、田舎と言っても、観光地として人がよく来る街だった。
日光が強く、所々陽炎が見えることから、どうやら季節は夏のようだった。
なのに、熱くは無かった。熱いだけではなく、空気に触れている感覚も無く、地面に足を着けている感覚も無い、
ここは『記録』の世界だった。記録は所詮記録なので、誰にも……そして、何にも干渉は出来ない。
存在すらしていない。ただ、そこであった過去を見ることができるだけ、どっちかというと、見せられており、拒絶は出来ない。
誰の記録なのかは決まっていない、その時、かかわった人間の誰かの記録がこうして映し出される。

『ふーん、そうなんだ、お前もいちいち大変だな』
 一人の中学生くらいの少年が、電話をしていた。いつの間にか、民家の中に移動していた。
『それで? 次は何時来るんだ? こっちに』
 電話をしている少年は、楽しそうだった。まるで、いつも平和だと言いたげな表情で笑っている。
しかし、少年は、いろいろな意味で不幸であり、幸せだった。

 この少年は他人よりも薬の効果が早く効く体質だった。ひょんなことから、それが世間に漏れて、
いろいろな科学者、製薬会社などが、協力を求めてきた。
ある者は大金を持って、
ある者は幼い少年を無理矢理連れて行こうとした、
ある者はわざと大怪我をさせ、病院に入院させて実験を行おうとした。
少年は、幼い頃から、何処からか誰かが現れて、連れて行こうとするのではないのかと怖がっていた。
しかし、少年の家族は少年を守ってくれた。
両親は仕事を追われそうになっても少年を渡さなかったし、
6歳離れた兄は、わりと顔が広かったので知り合いに、何かあったら少年を助けてと頼み込んだ、
3歳離れた弟は、幼いから何も出来なかったが、少年のそばにいてあげた。
少年の家族は少年を狂った大人からは守れたが、子供達から守ることは出来なかった。
少年は学校では一人だった、誰も近づかず、教師までも近寄らなくなった。
実はこれも少年を手に入れたい狂った大人たちがやったことだった。
孤独にして、少しでも問題行動を起こさせて、それを理由に特別施設と名ばかりの研究所に編入させる魂胆だった。
しかし、大人の思うとおりにいかない子供も居ました。
『ねえ、遊ばないか?』
 少年に話しかけきた子供がいた。おかげで少年は救われた。そうして友達や、家族に助けられている少年に段々、
狙ってくる連中も減ってきた。減ってきただけだった、
生温い連中がいなくなっただけで、過激な連中はまだあきらめていなかった。その結果、少年たち家族は引っ越した。
少年は友達と別れたが、以前のように怯える心配は無くなった。

『ふーん、そっか3日後に、わかった、それにな、面白いもの作ったんだ、ビックリするぜ』
 少年はうれしそうに電話を切って、自分の部屋に戻っていった。
少年の部屋には、1メートル50センチほどの布で包まれたものが置いてあった。
『まさか、リュウのやつ、これを作ったなんて思わないだろうな』
 そして、少年は自分の机の上にプラスチックの箱組みで組み立て途中のものが置いてあった。
それは、エアガンだった、少年は、昔、自分と友達の二人で設計したものだった、小学生の時に二人でそれぞれ絵にした物、
それを少年はプラスチックで模型として作っていた。エアガンを分解して、そのパーツを使い、銃身は自作、
手の掛かることだったが、少年は友達が来るまでに作ってしまおうと、がんばっていた。
『さて、これをきちんと作ってプレゼントしてあげよっと』
 寝る時間を削り、暑い中、外へ出かけずにずっと、作っていた。
そして、友達が来る日の朝、完成した。その日は午前中は学校だったので少年は急いで学校に行く準備をした。
『セツナー電話だよ』
 母親から呼ばれて電話を出た。電話をかけてくる相手など決まっている。
『リュウ、どうした?』
『ああ、今日は電車で行くから多分昼過ぎにそっちに着くと思うから』
『おう、解った』
 少年は電話を切った。そして鞄を背負い、靴を履いた。
『いってきます』
 少年の声に家族は、
『気をつけていけよ』
『いってらっしゃい』
『遅れるなよ』
『いってらっしゃい』
 みんな少年を送り出した。その言葉が、最後の言葉になるなんて誰も思わないだろう、思いたくも無いだろう。
新業刹那(Arawaza Setuna)の記録はもう返ることは出来なかった。


 この記録にかかわる6人の人間の運命は、ここで変わった。ここで終わってしまったといっても過言ではない。
少年の幸せと不幸の均衡した世界は……日常は不幸のほうへ一気に傾き、崩壊した。


第4章


 その日の目覚めは比較的、良好だった。ぼんやりと夢を見ていたのは覚えているが、
あんまり内容は覚えていない。それよりも昨日の3人組のことが気になった。
朝7時、PPDのアラームで起床、寝巻きから私服に着替え、腰に小物要れをつけて、斎条母に見つからないように朝の一服、
黒址の姿は無く、真田だけが寝ていた。またもや豪快ないびきをかきながらだが……
「よお、おはようさん」
 タバコを吸っている横に黒址が座った。そして斎条宅の縁側の煙の量が2倍になる。
ふと見ると、黒址の脇に黒いアタッシュケースが置いてあった。
昨日の怪しげな3人組の一人、ブラックと呼ばれていた少年が受け取っていたものと一緒だった。
「なあ、それって、新しいテスト品か?」
「ん? ああ、そうだけどよくわかったな」
 僕は夜に見た3人組のことを話した。もちろん、話していた内容を一部伏せてだが、
その話を聞いて、黒址はうーんと少しうなってから、口を開いた。
「それって、もしかして、SSGじゃないか」
「SSG? なんだそれ」
「この都市には3種類の警察の代わりがあって、一般警備員のことをガーディアンって言うんだ、
その上に、軍事目的の部隊、スペシャルガーディアンがいて、さらにその上に、表の舞台にはめったに出てこない、
シークレットスキルガーディアンってのがいるんだ、主に隠密活動とかしてるみたいだけど……それは結構まずいな」
 黒址は、吸い切ったタバコを灰皿に入れた。
「お前が見たって言うのが事実なら、殲滅、証拠隠滅斑だな、それって」
 黒、ダークグレー、ライトグレー、ダーク系の色だし、そのまんまって感じがした。
それにしても、段々まずい方向に物事が進んでいる気がするのは気のせいだろうか?
「ま、そんなのが出てきたって事は、間違いなく俺が原因かな?」
 黒址はあーあなどといいながら後ろに軽く寝転がった。
「『漆黒の破壊龍』か、たいそうな名前つけてくれるよな、たかがハッキングとかだけなのにな、
一回も兵器の情報とか売ったこと無いのにねえ」
「それにしても、桜花の事とか、いろいろ情報は手に入ったけど、……どうすればいいのやら」
 僕らはもう1本吸おうと思ったが、ギシギシという足音をきいてそれをやめた。慌ててタバコとライターをしまった。
そして、平然を装って、二人で居ると、
「………黒址君、現夢、」
 そこには桜花が居た。まるで怖がるような、怯えるような、そんな様子だった。
いつ目が覚めたのかは知らないが……もしかして、入れ替わりが起きた後、ずっと狸寝入りをしていたのかもしれない、
ずっと隠していた秘密がばれたのだから、怖がっているのかもしれない、
「よお、目が覚めたか」
「気分良好か? 桃華が出てたからそんなに心配はしてなかったけどな」
 僕らはそれぞれ気軽な挨拶を交わした。そんな反応をしたからか、
すこしだけ怯えた様子が消えた。あくまで少しだけだけが、
「……知ってるんだよね? 二人とも、……って、みんな知ってるんだよね?」
 僕らは無言でうなずいた。その反応を見て、桜花は少しだけうなだれた。
「だけどさあ、お前、それがどうかしたのか?」
 黒址の言葉に桜花はキョトンとしてしまった。
「別に、不思議な力を持っていても、人と少し違っていても、木霊桜花という人間はかわりないんだろ?」
 ……コイツはどれだけ凄いことをサラッと言ってしまうのだろう。他人と少し、少しだけ、違っていても関係ないと言い張れる。
それがどんなに凄いことなのか、そして、それがどんなに救いの言葉になるのか、僕は……知っている。
僕の『記録』の中にそれと同じような言葉を聞かされたという事実がある。
「ありがとう、黒址君……」
 桜花はその場で気が抜けたかのようにへたり込んだ、緊張が解けたのだろう。その場で泣き出した。
「泣くなって、まったく、お前ら二人して他人を信用して無すぎだって」
 黒址は、そう言って、タバコを1本吸った。僕も同じように1本吸った。
「さてと、これできちんとお前の事、わかったし、具体的どうするか考えることができるようになったな、現夢、桜花」
 黒址は、初めて僕と桜花を、名前で呼んだ。それは、友達と認めたということなのだろうか、
そんなことは別にどうでもいいのかもしれない、だけど、なんとなく、気分がいい……というよりうれしかった。
「なんか、下の名前で呼ばれるのはあんまり慣れてないからな、なんか変な感じだな」
 黒址はニヤリと笑い、桜花も泣き止んで笑っていた。僕もなんとなく一緒に笑った。ふと、いやな言葉が頭の中に響いた。

『あいつの体、人間の形はしていたけど、人間じゃねえ』

 ブラックの言葉が頭の中で何重にも反響して、鐘の音のように鳴り響く。
空っぽの体、皮膚の下には何も無い空洞が広がっているらしい、自分で見てないから解らないけど、そうなっているらしい。
もともと人間以上の力を持っている僕だけど、人間ではないといわれるのはショックだ。
「どうした? 急に黙り込んでしまって」
 黒址と桜花が僕の顔を覗きこんでいた。僕は、別にと言って、忘れようと思ったが、
不安はまるで僕を操る糸のように、体に駆け巡る。
「……なあ、止血とかってできる?」
 こんな質問に、二人は呆然としたけど回答を待つことは出来なかった。
不安、その言葉だけが僕の体を動かした。小物入れのポケットからナイフを取り出し、それを左手に握り、
右腕のまだ抜糸が終わってない傷口に差し込んだ、そしてそれを傷の方向へ引き裂いた。
「お前、何してんだ」
 黒址が慌てて僕の左手からナイフを取り上げ、右腕の血管を強く握った。
右腕からは、血があふれ出すように出ている、傷口からは肉が見え、骨も見える。
「よかった、僕は、人間だ、空っぽじゃない」
 体から力が抜けた、ブラックが言っていたことに対する不安が消えた。完全にではないけど消えた。
だけど、どうしよう、血が止まらない、目の前が真っ暗になってきた。
「おい、桜花、何する気だ」
 消えかけていく意識の中、黒址の声が聞こえる。
「いいから、多分、うまくいくはずだから」
 霞む景色の中、桜花が自分の掌をグサッと刺して、血を僕の右腕に垂らした。
「『禁断の体』……でもそれってお前の体だけの再生だろ? うまくいくのか?」
 桜花の血の一部がまるで自らの意思を持つかのように桜花の掌に向かって戻っていく、
しかし、残りの血は、僕の体に染み込んでいく、そしてその血液に刺激されているのか、傷口の部分が徐々にふさがっていく。
「……わりぃ」
 僕は二人に謝った。黒址は服を血まみれにしていたし、桜花はもう既に治っているが、ナイフで傷つけた。
自分のわがままに二人を付き合わせてしまった。
「まったく、やめてくれよほんとになあ」
「……って黒址君、大丈夫なの? 血を見て」
 そういった瞬間、黒址はいきなり顔を真っ青にしてパタリと倒れてしまった。
「おい、どうした、大丈夫か?」
 ペチペチとたたいても反応は無い、まるで発狂したかのように笑い声を上げ、真っ青になりながら痙攣している。
まるで、壊れたおもちゃのように、そして、怯えている子供のようにも見えた。
どこかで見たことがある光景だった。
「まずい、結構重症だよ、保奈美さん呼んでこないと」
 桜花が立ち上がり、僕は黒址を背負い上げて立ち上がった。こんな状況でも、真田は爆睡している。
たたき起こしてやりたい衝動に駆られたが、背中で壊れたように笑いながら、痙攣している黒址のことを考えると、
そんなことをしている場合じゃなかった。
「セ ナ  ナンデ  何処 居る だ?  ツナ……」
 黒址は小さな声で何かをつぶやいている。それを聞き取ろうとする余裕など無かった。
とりあえず、布団の上に寝かせた。すごい量の汗をかいていて、シャツどころか、布団を一気にぬらした。
まるで電気ショックを受けているかのようなくらいに激しく痙攣している。
そこまですごい状況になり、やっと真田は目を覚ました。
「……って、おい、今すぐ離れろ」
 そういうのが早いか、僕に衝撃が走るのが先かはわからなかったが、ほぼ同時に真田に投げ飛ばされたといってもいい位、思いっきり吹っ飛ばされた。それと同時に、先ほどまで僕が居た場所を銃弾が通った。
「はあ? どういうことですか?」
 一瞬何があったのか理解できなくて、間抜けな声を上げてしまったが、すぐに現状を把握し、
僕に向かって発射される銃弾を放った張本人を見た。
「はあ、はあ、はあ、」
 荒い息使い、滝のように流れる汗、震えている足、そして、漆黒の闇のような光が無い瞳、
何処からどう見ても正気とは思えない黒址龍が僕と真田に向かって2丁の拳銃の銃口を向けていた。
「アハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
 狂ったような笑い声を上げながらトリガーを連続で引いた。
「嘘だろ? おい、色無、一体コイツにどれだけの血を見せたんだよ、てめえ、これは異常だぞ」
 そういいながら、銃弾を枕で防ぎながら真田は言った。
「コイツのあの銃の弾は基本的にゴム弾だから、16発で弾切れだ……いつもはその前に完全に気絶するんだけどな」
 カチカチカチと弾切れの合図の音が聞こえてきた。ふう、と真田は安堵の息をついた。
どうやら弾切れになったら終わりらしい、だけど、黒址はすぐさま横っ飛びして、
縁側においてあったアタッシュケースに飛びついた。
「アイツを見つける……絶対に」
 そのアタッシュケースから、銃を取り出し、それを真田に向けた。僕は本能的にヤバイと思い、すぐにナイフを投げた。
発射された銃弾はナイフと衝突し、機動を変え、柱に当たった。実弾だった。
「……おい、一体どうなってんだよ」
 2発目を発射しようとしたとき、
「まったく、危ないじゃない、黒址君?」
 斎条母が急に後ろに現れ、そして、黒址の首筋に手刀を決めた。それでぐったりと倒れた黒址に素早く注射を入れた。
「親子揃っておんなじ技を使うんだな」
 僕が感心していると、僕にも今度は斎条のほうから首に手刀をぶち込まれた。
「あんた、黒址に血見せたでしょ」
 僕は痛む首を無理させながらうなずいた。
「……知らないから仕方ないけど、次から注意してよね」
 僕はぐったりと、死んでいるかのように倒れている黒址を見て、なんだか心を痛めた。




 結局、黒址は鎮静剤と睡眠薬を打たれたため、気絶中、
聞いた話によると、黒址は血を見るとぶっ壊れるらしい。
「…………」
 思わず絶句してしまった。アレは壊れるとかそういうレベルではない気がするけど、
とりあえず、普段は乱射まで行くことはあまり無いらしいが、今回は何故か今まで出一番酷かったらしい。
理由は、僕の出血に、桜花の出血とダブルで見たからのようで、おかげで僕と桜花は斎条母から説教された。
「まったく、何考えてるんですか? 傷口にナイフ刺し込んで無理矢理開くなんて、
 もし神経とかに傷が付いたらどうするつもりだったんですか? それに、雑菌とかの感染症の恐れだってあったんですよ」
僕と桜花はそれを大人しく聞いた。はっきり言えば僕が悪いのだけど、
桜花はそれでも自分にも責任があるといって一緒に受けた。
「ほんとに、黒址君の止血が適格だったのと、桜花さんの能力があったからどうにかなったけど、
 次は絶対にそんなことしてはいけませんよ。解りましたか?」
「って、知ってたんですか? コイツの力を」
 僕は驚きの声を上げてしまった。みんな昨日まで知らなかったはずだ、
しかもこの人には一切教えてないはずなのに、何故?
「ええ、琴美が初めて桜花さんを連れてきた時に私は偶然見てしまって、ずっと秘密にしてほしい、
と言われていたから黙っていました」
 それに……と何か言葉を続けようとしたが、そこに斎条と今村、真田、それと先ほど来たのか、草薙の姿もあった。
「あさから大変だったみたいだね」
 草薙は僕の横に座り、鞄から、小さめのダンボールの箱を2つ取り出した。
「はい、昨日書いてたの、出来たから持って来たよ」
 箱を開けると、見事な銀細工でできた腕に巻くタイプのアクセサリーが入っていた。
昨日、書いていたとおりの、龍をイメージした形、かなり複雑な模様が細かいところにまでいれられている。
「すげえ、さすが全国3位、……店で売れば10万払ってでも買う奴が出そうだな」
 僕はそう言って腕に巻いてみた。金属の冷たい感覚が手首にしたが、それがなんだか心地よかった。
「それと、はい、桜花、この間、頼まれた奴」
 そう言ってもうひとつの箱を桜花に渡した。その中には首に付けるネックレスだった。
桜花はそれを受け取り、うれしそうにそれを首につけていた。
「黒址の様子は?」
 今村が僕に尋ねた。
「寝てる……というか死んでるな」
 僕は冗談じみたことを言うと、今村はため息をついた。
「アイツ、なんか血にトラウマがあるらしいからな……俺らの中で、唯一何も言わない人間だからな、一体何に怯えてるのやら」
 みんな、少し、疲れていた。朝ごはんものどに通るわけもなく、どうしようもなく座り込んでいた。
その時、奥の襖を開けて、黒址がふらりと入ってきた。まだ、顔色が悪く、足取りがおぼつかない。
「あー、なんか目覚め最悪だし、なんかくらくらする」
 酔っ払いのような歩き方で僕と桜花の間に座る……というより崩れ落ちたといっても正しい。
その様子に見かねて、斎条が缶入りのスポーツ飲料を投げ渡した。
「ほら、これでも飲んで落ち着いて」
 キレイに弧を描いた缶に疲れきっているのか、反応が遅れて、缶は黒址の股間に回転しながら命中した。
声にならない叫び声を聞きながら、僕は黒址に尋ねた。
「もう大丈夫なのか? そろそろ、きちんと話し合いをしたいんだけど」
「この状況でよくそんなこといえるな、これどんなに痛いのか男ならわかるだろ」
 その言葉に僕ら男性陣は首を縦に振った。クリティカルヒット、ダメージ10万ぐらいかな? などと考えながら、
黒址の苦痛にもだえている姿を横目に、僕は話を進めることにした。
「さて、そこで死んでいる奴は放っておいて、みんな、きちんと話さないといけないことがある」
 僕は桜花のほうを見た。桜花は僕の言いたいことを理解してくれたのか、コクっとうなずき、
「私は『TESTAMENT』なの、『禁断の体』とよばれてて、その能力は体の自動再生、自動修復、
それと、ほかの生物に対して、細胞に刺激を与えることが出来るの、そして……」
 そこで桜花は一瞬言葉を詰まらせた。今から言うことを頭の中で整理しているのか、
それとも言うのをためらってるのかもしれない。
「『ウッドマン』の本体が私なの」
 みんな何も言わなかった。書類などに書かれているのと、本人の口から言うのでは情報の信用度がまったく違う。
「さて、そんなわけでこれからみんながどうすればいいのかを説明するから」
 黒址がようやく復活して、場を仕切り始めた。
「まず、最初に言っておくと、多分、もう1度、『ウッドマン』は襲ってくると思う。目撃者を消すために」
 その言葉に、みんなは桜花のほうを見た。本体だというのだから桜花もその力があるのではないのかという疑問があった。
「ああ、桜花は大丈夫、『EXCESS』と冥具の両立……多重能力はほとんど不可能だから」
 黒址は何処から出したか解らないが、紙束を出した。
「このレポートに書かれていることで、『EXCESS』に冥具を使わせると、肉体に深刻なダメージが生じて、
人によっては触っただけで死んだ奴も居るらしい」
 僕はそのレポートのしたの隅に書かれている第7研究所の文字を見ていた。
「なあ、これって全部、第7研究所の仕業なのか?」
 僕の質問に黒址はうーんと少しうなった。
「第7研究所って? あの?」
 草薙が口を挟んだ。事情をしっている僕ら3人は首を縦に振った。
昨日書類で見たとしても、やはり信じられるものではないから……
アマテラス第7研究所、主に有機関係の研究をしていると表向きはなっているが、本当は、生態兵器の研究をしている。
薬や、肉体を改造したりして人間を兵器に仕立て上げる研究を主としており、実験素材を入手するためには手段を選ばない。
そんな非人道的な研究所の産物は、逆に世間に貢献しているのだから皮肉なものだ。
「ああ、あの研究所だ、ということで、最悪なことに、天照自体を敵に回す恐れがある」
 黒址はなんとも無いような言い方でさらっと言った。そんなことをサラッと言ってしまう黒址に少々恐ろしさを感じる。
「とりあえず、何が、どうなってるのか、それだけでもきちんと聞いておかないと、やばいからな、
降りるならそれからにしておけ、草薙」
 黒址の顔は笑っていた。その笑顔にみんな寒気を感じたのか、一瞬ビックッと反応している。
「……どっちにしろもう逃げられないってことね」
 斎条は諦めたかのような言い方で大きくため息を吐いた。まるでいつものこと、慣れているというようにも見える。
「さて、もう一回言うけど、俺たちの命は完全に危機にさらされています。具体的に言うと、
第7研究所に俺たちのことモロばれしてるってこと、おまけにSSGも動いてるっぽいし、やばいです」
 かなり笑い事のように話す黒址にみんなはあきれている。あきれているということをすでに超えて、
楽しんでいるようにも見える。まるでこれが日常のように、
「ということで、みんなそれぞれ各自で警戒していてください、以上」
「って、散々待っていてそれだけかよ」
 思わず突っ込みを入れてしまった。
「それ以外言うことはないから、しゃーないだろ」
 いいのかそれで、本当に、いいのか? みんなはそれで納得しているようにも見える。というか納得するしかないようだった。
「あと、絶対に戦うなよ、特に真田、今村、お前ら、そこらの不良とかと一緒と考えるなよ、とにかく逃げろ」
 二人はうなずいた。命の危険にさらされながらもそういう風にうなずけるのは何故なんだ?
急に、黒址は眼を閉じた。そしてそのまま、バタっとたおれた。
「ああ、心配ないから、黒址君はまだ血に対するトラウマモード終わってないだけで、さっきまで無理に動いていただけだし」
 そんな簡単に済ましていいのかよ、などと思いながらも僕はそれを口に出すことはしなかった。代わりに、
「さて、帰るか」
 草薙、真田、今村が僕と一緒に立ち上がった。
「なあ、暇ならちょっと付き合えよ」
 真田が僕を捕まえて、無理矢理外に連れ出した。





 男4人、2台のバイクを走らせ、北西部に位置する自然エリアの高台にやってきた。
4月の中ごろだということもあり、まだ桜が咲いている。ここから都市が一望できた。
そんな場所に僕は無理矢理連れられた。理由を聞かされずに、
「で、こんな所に俺を連れてきた理由はなんだよ?」
 僕らは備え付けのベンチに座り、僕はタバコを吸った。3人の顔からは何も読み取れない、だから不安になる。
「色無は、どうするつもりなんだ?」
 草薙が僕に尋ねた。
「どうするって? 桜花のこと?」
 3人はうなずいた。ま、この状況でそれ以外は無いな。
「どうするつもりも無い、俺は自分自身が危なくなるならそれなりに応戦する」
 僕の回答後、3人から殺気を感じた。まあ、3人の殺気ぐらいでへこたれる僕ではないが、
「で? お前らは何で桜花のためにそこまでやるんだよ?」
 それを聞くと、3人は少々黙り込んだ。僕は1本目をすてて、2本目を吸った。
「俺たちは、桜花によって引き合わされたんだ」
 真田が急にしゃべりだした。まるで遠い昔のことをしゃべるかのように、
「俺とマックは中学のころにここに引っ越してきてな、二人ともいろいろあって、地元に居られなくなったんだ」
「それで、誰も知り合いが居なくて、真田は毎日喧嘩ばっか、僕は真田といつも一緒に居て、危ない目に何度もあって、
それでも僕らは一緒に居た。ほかに一緒に居る友達が居なくて」
 草薙もそれに合わせてしゃべりだした。今はまだ今村は黙っていた。
「そんでな、ある日、いつものように喧嘩して、1対20ぐらいだったから、ボロボロにやられて、
路上でぼろ雑巾のようになってた。そんな時、俺たちは桜花に会った」
 なんか想像しやすい話だな、3日前、僕なんかに話しかけてきたときの桜花を思い出す。
「それで、桜花は始めはものめずらしいものを見るかのように俺とマックを見ていた。そんで、始めに言ったことが
『友達いないの?』だ、喧嘩でボロボロになった不良を見てそんな風に言うやついるか? 普通」
 いないだろうな、そんな事言うのはあいつだけだろう。僕に初めて話しかけたことが、『こんなとこで何してるの』だったけど、
「それで、口を動かせない時正に変わって僕が『いないよ』って言ったんだ、そしたら桜花は、
僕と時正を斎条の家に連れて行った」
「そのとき初めて俺は二人と話した。始めはどうしてこんな奴に話しかけたんだろうかと思ったけど、話してみてよくわかった。
桜花は、友達がいない奴を捕まえて、自分の周りに集めてるんだって」
 今村も沈黙を破り、話に入ってきた。
「俺も、真田も、草薙も、斎条もみんなそれぞれ過去にいろいろあってな、沈んでいた、荒れてたんだ、
そんな人間を桜花は放っておけなかったらしい、どうして放っておけなかったのかは今までわかんなかったけどな」
 荒れている、沈んでいる……そっか、だからか、僕なんかに話しかけてきたのは、
3日前、始業式の時、一人でいた僕にきっと桜花は寂しそう、放っておけないと思ったのだろう。
「だけど、昨日と今日聞いた話で俺たちは確信した。桜花は自分とおんなじ様な人間を作りたくないんだと」
「あいつ、今までどんな酷い目に会ってきたのかは解らないけど、どんなときでも俺らのことを考えていた。
俺たちを楽しませるため、俺たちを喜ばすため、そんなことばっかり考えてたんだよ」
 こいつらは、こうやって、強くなることを選んだのだ、心の傷を埋めるため、
足りないジグゾーパズルのピースをほかのパズルと共有することで、それぞれの作品に仕上げるように、
みんなで乗り越えたのだ、かみ合うはずの無いいびつな歯車を噛み合わせてくれた。
そして、その形を維持するために全力を注ぐ桜花のことをみんな、好きなんだろう。
だけど、僕は、共有しようと言ってきている相手ことを、かみ合わせようとする歯車のことを……
「だけど、君はそれすら覚えていない、というか認識してなかったんじゃないか?」
 僕は黙ってタバコを吸っていた。何もいえずに、何を言っても無駄だと思って、
「アイツ、去年1年間、入学したときからお前に眼をつけて、仲間に入れようと、いろいろやってたんだよ」
 記憶していないことは一切覚えていない、そんなのは言い訳に過ぎなかった。
一体どんなことをやったのか、わからない、覚えていない自分がここにいる。
「その時、たまたま黒址と出会い、あいつは俺たちの仲間になった。『友達』は無理だって言いながら」
 黒址が、前に言っていた。
『嘘や偽りだけの人間は誰も信用できないし、誰からも信用されない、一度失ったものは二度と帰ってこない、
帰ってきたとしてもそれは失ったものではない』
 こいつらにしたって、黒址にしたって一体何を失ってきたのだろう?
何も失わない人間なんていないけど、あいつは何を埋め合わせにしているのだろう?
こいつらが『友達』で埋めることが出来た心の傷を、一体何で埋めたのだろう?
そんなことを考えている間にも、3人の話は続く、
「そんな俺たちのことばっか、自分のことを一切考えず、俺たちのためにいろいろしてくれる人間が、苦しんでいるんだ、
そんな時、俺たちはどうするべきだと思う? 救ってくれた人間が実は一番救われていないなんて悲しい現実、
お前ならどうする?」
 そんな質問を僕にされても僕には何もいえない。答えれるわけ無い。答える資格なんて僕には無かった。
しかも、そんな自分に腹が立った。そんな質問をするこいつらに腹が立った。
「俺にはどうしようもないよ、俺には現実を変えることなんて出来ない。それが出来ていたら、俺はここには……
この『世界』には……存在しない」
 僕の言葉に、3人は何も言わずに沈黙していた。桜の咲く春の日の午後、この場所には不思議な空気がなだれ込んできた。
「なあ、もし、こんな人間がいたらお前らはどうする?」

 何故か、僕は口を開き、語り始めていた。

 少年がいました。

その少年は、何も記憶を持たないまま、見た目だけは、少年でした。

記憶が消えたのではありません、元からそんなものが無かったのです。

その少年には、記憶はありませんでしたが、記録はありました。

少年にとって、その情報は、おぼろげな、自分の好き勝手に解釈できる記憶ではなく、

事実は変わることなく、勝手な解釈も出来ない記録だったのです。

その記録を頼りに、少年は存在し続けることにしました。

その記録を頼りに、少年はどうすれば記録の二の舞にならないのか考えました。

その結果、『何も得ず、それによって何も失わない』という結果に行き着きました。

その選択肢には、大きな矛盾がありました。とても大きな、重大で、無視することが出来ないことでした。

こうすることで自分は不幸にならないと思い、選んだ代償は大きく、それは、絶対に幸せにならないということだった。

不幸にならないことが幸せで、幸せにならないことが不幸で、そんな矛盾でした。

そしてその矛盾の意味することは、生きていないということに繋がりました。

少年はそれでも、その道を選ぶことにしました。失う怖さを、記録として持っているからでした。

その少年は、誰ともかかわろうとしませんでした、誰も知らない土地で、別人として生きることを選びました。


「……それが、お前の生き方なのか?」
 気がつくと、夕暮れ、キレイに夕日が見えて、この世界を紅く染めていた。
その声の主は、ベンチから少し離れた。桜の木の下にいた。
「そんな人間にも、友達を作ることは可能じゃないのか? 友達になろうと努力することは出来ないのか?
友達のために命をかけることは出来ないのか?」
 黒いジーンズ、白い長袖のシャツ、その上に黒い半そでのパーカー、瞳と髪の色は黒いが、
今は夕日の光で茶色っぽく見える。そして、左手の指先に紫煙を発するタバコを持った少年、黒址だった。
「そんな悲しい生き方をよくできるな」
 黒址はタバコを灰皿に捨て、僕らのほうへやってきた。
「現実を変えることは出来ない……それって、正しく言うと、過去は変えることは出来ないってことだろ?」
 僕はうなずいた。
「だけど、現実を変えることが出来ないなら、幻想を……未来を変えることは出来るだろ?」
 黒址の言葉に、3人は首を縦に振った。
「今までなんて関係ない、一番大切なのは、これからだろ? そう言いたいんだよな? 黒址」
 真田の言葉にこんどは黒址が首を縦に振った。
「もしも、全ての人間の行動や、人生、運命が元から決まっているとしたら、その物語から抜け出そうぜ、
 幻想は自分で現実に変えていかないと、だめなんだ、心の傷を互いにかばいあうのもいいことだ、
だけど、一番大切なのはこれ以上、傷つかないこと、そして、失ったもの以上の何かを手に入れることなんだ」
ああ、どんだけ話が曖昧で壮大になっていくのだろう? だけど、こういう話も悪くは無い、
「あんまり自分の過去を言いたくないけど、この際、しゃべってやるよ、だからお前らもしゃべれ、
たまには他人とこうやって生きるのも悪くは無いだろ、……現夢」
 一瞬、僕の名前を言うときに少しだけ、間があった。まだ下の名前で僕を呼ぶのは慣れてないのだろうか?
黒址は何処からか、大量の酒のつまみとノンアルコールビールを出した、
「男が昔話を語るにはこれが必要だろ?」
3人は首を縦に振った。そして男5人の宴会がスタートした。
「よっしゃ、明日の朝まで行くぜーーーーーーーーーーーーーーー」
「でも明日学校じゃない?」
「そこぉ、つこっみ禁止!」
 それぞれの過去に何があったのか、何を失ったのか、そこから自分が選んだこと、それぞれ順番にしゃべっていった。
時々、雰囲気が暗くなることはあったけど、みんな自分で乗り越えてきたのだ、すぐに笑い話になっていた。
みんなそれぞれ、二度と治ることの無い傷を、自分からさらけ出した。
僕は、僕だけは、何も言うことができなかった。2年間、何も得ず、何も失わなかった僕は話しことなんて無かった。
ああ、こんなに楽しいのは久しぶりだ、何で今までこんなに楽しいことが出来なかったんだろうか?
そんなの……簡単な理由だった。

二度と不幸になりたくないから



 深夜の住宅エリアを僕はバイクで走っていた。先ほどまで続いた宴会で一切酒(ノンアルコール)を飲まなかったので、
運転には何の問題も無かった。僕と黒址以外の3人はかなり酔っ払っていて、仕方ないので黒址は斎条に電話をかけて
3人の運搬を頼んだ、3人は熟睡している間にワンボックスの後ろに放り込まれ、運ばれていった。
黒址は、自分の足で歩いて帰っていった。

『俺は義理の妹が目の前で死んだ』
『僕は大切な人が首をつって自殺していた』
『大切な人が事故で記憶を失った』

 3人から聞かされたそれぞれの過去、それはどれも悲しく、暗い話だった。
みんな何かを失って、それをばねにしてきたのだろうか? 強かった。それを受け入れることが出来ていた。
「結局、黒址は何も教えてくれなかったけどな」
 黒址はみんな酒に酔っているのをいい事にうまい事はぐらかしてなにも言わなかった。
バイクを止め、駐輪スペースに止めて、僕は雑居ビルの中に入った。
電気がついていないくらい階段を上り、3階へ、金属製の扉に鍵を刺し、扉を開けた。
「ただいま」
 ここが僕の家だった。家賃月4万、トイレ、風呂付の雑居ビルのワンフロア、一人で暮らすには十分すぎた。
靴を脱ぎ、電気をつけた。ソファが2つ、向かい合わせに置いてあり、その横にテレビ、
もともと何かの事務所だったのかもしれない、ここを借りたとき、あんまりそういう話を聞かなかったからよくはわからないけど、
変わることの無いこの家、しかし、今は違った。ソファに一人の人間が座っていた。
黒いマントのようなものを羽織っており、顔には眼の部分と鼻を隠す仮面をつけていた。
「こんにちは、そしてはじめまして」
 漆黒の髪をカリカリとかきながら、その侵入者兼不審者は僕にそう言ってきた。
「はじめまして……って、どちら様ですか?」
「乗り突っ込みと思いきやいきなりナチュラルな反応に切り替えるとは、なかなかやるな」
 何故かのんきなことを言っている。
「俺はアマテラスのSSG、コードネーム『ブラック』、通り名は『リバースマジシャン(裏方の魔術師)』よろしく」
 昨日の夜、僕が見た3人の一人だった。
「とりあえず、どうやって入った?」
 まず一番最初に思うことを聞いた。鍵は閉まっていた。窓も全部閉めてある、一体何処から?
「マジシャンをなめないでくれよ、そんなの手品で侵入しただけさ」
 どうやって? ブラックは、にやりと口元だけをゆがめた。
「具体的には、風呂場の窓のガラスが何枚も重ねてある窓の止め具をドライバーで無理矢理はずして、
また元に戻したんだよ」
「それは空き巣のテクニックだろうが、ぜんぜんマジックじゃねえし」
 思わず突っ込み(心臓狙いの正拳突き)をぶち込んでしまった。それを避けることも無く、無抵抗に喰らい、
ブラックは見事に吹っ飛ぶ、
「悪いけど殺し合いしに来たわけじゃなから、ちょ……マジにやめてくれ」
 思いのほかダメージが大きかったらしく、ふらふらになっていた。
「で? 何のようだ? 昨日の夜も斎条の家の周りに居ただろ?」
 僕は率直な疑問をぶつけた。
「ああ、そうそう、とりあえず、情報交換かな?」
 そういうとブラックはPPDと同じくらいの六角形の樹脂製の塊を出した。塊の中央には透明な球がはめ込まれている。
ブラックはその球をくりくりと回し、テーブルの上に置いた。
「こちらからの提供する情報は、第7研究所の動向と、アマテラスの動向について」
 急にブラックの周りを囲んでいる空気が変わった。先ほどまで冗談半分の感覚が、まるで漆黒の闇のようなものになった。
僕はその空気の変化を感じながら、台所へ向かい、冷蔵庫の中から牛乳を取り出し、2つコップに注いだ。
「で? 俺は何を提供すればいいのかな?」
 テーブルの上にコップを置き、僕は牛乳を一気飲みした。
「……君の正体を教えてもらおうか、色無現夢……まあ、いいか、色無現夢、君が何者なのかを教えてもらおう」
 僕は一瞬、飲んでいた牛乳を噴出しそうになった。
「何でそんなことを聞く? 俺のことなんてホストコンピュータにアクセスすれば何でも出てくるだろ? 
わざわざ聞く必要は無いはずだけど?」
「その情報が嘘と偽りで塗り固められていたから、君に直接聞くんだよ」
 僕は沈黙するしかなかった。そこまで調べられていたとは、この街の売りのひとつはどんな人間でも移住できること、
よくよく考えてみれば、その人間の過去を調べないわけは無い。
「まったく、日本政府の個人情報にすら、偽の情報を入れておくなんて荒業をかまされるとは思っても見なかったよ。
おかげでこっちは情報収集に全力を注いで最近ようやく推測を立てることができたのだから」
 ブラックはあきれていた。僕は絶句していた。
「さて? 『君』は一体誰なのかな? この世の何処にもその存在を認められていない名前不明の『君』は一体誰だい?
誰が偽名を使って色無現夢と名乗ってるのかな?」
 ブラックの仮面越しの圧力に僕はとっさに、能力を発動していた。
『幻想調整』を使い、ブラックの視界から僕をはずそうとした。
「無駄だよ、僕には『EXCESS』は通用しない」
 僕とブラックの間を何かが一瞬通り抜けた。
「それで? そこまでして隠している事実は何かな? ……こういう言い方は卑怯だから、こちらの推測を言わせて貰おうか」
 ブラックは牛乳を少し飲んで、ソファに重心を預けて、口を開いた。
「2年前、第7研究所を半壊させ、逃亡した7人の実験対象、そのうちの6人は捕獲できたと言う記録がある、
だけど、残りの1人、研究所を半壊させた張本人がまだ捕まっていない、しかも、1年前までその生存は確認されていたが、
ある日突然、消えた」
 僕はその言葉を黙って聴いていた。僕はそのことを知っている。そのことに関する記録を持っている。
「その実験対象の名前は新業刹那、薬の効果が他人よりもはるかに早く出ると言う特異体質の人間、
それが君じゃないのかなとこちらは思っている。ただ、気になるのは何故そんな人間がまだ街に居るのか?
そして……」
 ブラックが一枚の写真を取り出した。そこには、一人の少年が写っていた。それは新業刹那だった。

『何で君を見てもそれが新業刹那だと考えることができないのか』

 ブラックの言葉が重くのしかかる。
「その答えは今わかった。先ほど僕に対して使った君の『EXCESS』を解除したとき、その疑問は完全に解けた」
 ブラックがそう断言したとき、僕はようやく口を開いた。
「あんたのご想像は悪いけど、半分あたりで半分はずれ……というか1割あたりで9割はずれだぞ」
「ほお、その1割とは?」
「簡単だ、お前は俺の能力によって認識をゆがめられていると予想しているだろ? それは大正解、
俺の『幻想調整』(イマジンコーディネート)の能力は他人の認識、五感などに、こちらの好きな情報を調整できる。
あんたが何したのかは知らないが、それによってデフォでかけている『僕を見ても僕と認識できない』が解除されたんだ。
それだけはあたりだ、だけど、それ以外のことはまったくはずれだ、俺は、『色無現夢』、
確かに存在は何処にも認められていない。けど、絶対に俺は新業刹那ではない、俺は誰がどういっても、俺は色無現無だ」
 僕は断言した。完全に、それは嘘でも偽りでもない。それが事実なのだから。事実であり、そして……最高の願望だ。
「そうか、そこまで自身を持ってるってことはそれが事実なんだろう、ま、伏せてある情報についてとやかく言う気もないし、
あ、そうそう、交換条件だな」
 急に空気が先ほどのように冗談じみていく、まるでブラックのテンションしだいで周りの空気が変わるかのように。
「えーっと、アマテラス側の動向についてだけど、とりあえずはこちらは何もしない、何も知らない。
事実を知ってるのは君たちと、第7研究所の連中、そして、僕ら証拠隠滅班、それと社長ぐらいかな?」
 僕らが知っている事実は何処まで事実なのかは知らないけど、これで脅威のひとつは消えた。
「だから、別に君たちを逮捕することは多分無いよ、今のところは、ただ、第7研究所のほうは動き出すよ、
もしかしたら昼間から堂々と襲ってくるかもしれないから、おまけで、ウッドマンの人数は今のところ7人だから、
その辺気をつけたほうがいいね」
 いかにも気楽な発言だった。思いっきり他人事のような言い方。実際他人事だし、
「それにしても面白いなあ、君のクラスの人間は面白すぎだよ、本当に運命とは恐ろしいね」
 いきなり、ブラックは笑い出した。
「どうした? いきなりわらいだして、変人か?」
「『狂犬』、『鉄人眼鏡』、『アマゾネス』、『天然隠密』、『熱狂球児』、『錬金術師』、『正義判決』、『メイド』、『人間電索』
『絶対零度』、『機械狂呪』、『漆黒の破壊龍』、『禍ノ生太刀』、町で有名な奴らがひとつのクラスに集まっている。
こんなこと、めったに無いことだぜ? しかもお前がいる。ちなみにお前はSSGでなんて呼ばれているのか知ってるか?」
 そういわれて僕は一言、
「知るか、SSGなんて最近知ったんだよ、こっちはシークレットスキルガーディアンなんていう存在すらな」
 ブラックは笑った。急に空気どころか、雰囲気まで変わり始めた。
「ああ、それは表向きの呼び方か、それは正しく言うと、……シークレットストーリーガーディアンていうんだよ」
 ストーリー? どういうことだ? どういうことなんだ?
僕が混乱している姿をみてさらにわらっているブラックの仮面に向かってナイフを投げつけた。
「おわ、何すんだ、危ないな」
「人が混乱しているのを見て笑うな」
「まあまあ、落ち着け、話がそれたけど、お前のことを『無色透明の混沌』って呼んでいる」
 『無色透明の混沌』ってまた意味不明な二つ名をつけられたもんだ、
「この世に大方決まっているとされている運命、全ての人間はそれに登場し、物語に沿った行動をするが、
例外が何人かいて、その例外の一人はお前だ、ほかにも、君のお友達の黒址とかもだけど、
お前は予定調和を壊し続けてきた、しかもお前は物語に用意されていない登場人物、まあ、気にするな」
 無理だろそんなこと……って、黒址もかよ、というかいやだな、運命が決まっているって、しかも僕は予定に無いキャラかよ、
「そんでな、お前の周り、つまりお前のクラスに、ぶっ飛んでる連中ばかりが集まった、それだけで、物語は変わっちまう」
 ブラックの体の輪郭がぼやけ始めてきた。
「ま、お前がどんなに物語を変えようが関係ない、ただな、俺の野望を破壊するようなら手加減も容赦もしない、
まだお前はSSGにとって敵でも味方でもない、そして、お前を人間だとも完全に立証されていない」
 ブラックの体が、周りの風景に溶けていくように見えた。
「お前が今、肉体を傷つけても肉や血、骨が見えるだろうけど、そういうのとは違う、お前は、生きていないんだからな」
うるさい、そんなこと知っている、知っているから、何も言うな、いわないでくれ、
「だけど、ここ最近変わってきている。普通の人間のように行動している」
「…………」
 僕は沈黙した。そんな風にいわれるのは初めてだった。
「最後に、ひとつ聞いてもいいか?」
 僕はゆっくりと首を縦に振った。幽霊のように後ろの景色が透け始めているブラックが僕に尋ねた。
「お前の物語は今の辺にあるんだ?」
 僕の物語……そんなものは存在しているのかと疑いたくなった。だけど、きっと存在しているのだろう。
僕がこうして存在している限り、認められていない存在だとしても、物語はきっと存在している。
「……そうだな、クライマックスがとっくに終わった、エンディングの後のその後、って所かな?」
 僕には、見せ場や、プロローグすらない、エンディングすらも与えられていない、あくまで終わった後でしかない。
「クックック、お前は馬鹿だな、俺の見解ではお前の物語はようやくスタートしたばかりのプロローグだぜ」
 完全に風景に溶けてブラックは消えた。
「あ、そうそう、机の上においてあるもの、お前に上げるよ、あらぬ疑いをかけたお詫びだ」
 そんなことを言い残し、ブラックの気配は消えた。僕はソファに座り込み、タバコに火をつけた。
「まったく、あそこまでいわれるとはな」
 煙を吐きながら、僕は机の上に置かれている塊を手に取った。中心の球から画面が映し出され、
そこには気になるものが書かれていた。
「物は記憶する、物だけでなく、その空間はそこで起こったことを全て記憶しており、その記憶が開放されたとき、
そこには大量のエネルギーが発生し、その記憶の内容によってはそのエネルギーは危険なものとなる」
 なんだこれ? すっげえ非現実的なことなんですけど、
「また、その記憶の持ち主がその場に居たとき、本人にしか見えない何かが手に入るらしいと言う情報もある」
 ……それは、僕の場合でも当てはまるのな? でも、それはどうなんだろう?
僕は自分が誰なのかわからない、

 2年前から始まった記憶、

 それ以前のことに関する記録、

 そして、初めて記憶が始まった日の出来事、

 僕の記録は一人の少年の記憶をベースにして出来ている。
僕を作り、そして、その代価で消えていった少年、オルタナティブなんてかっこいいものではない、
少年は僕をひとつの存在として作った、自分が出来なかったこと、それを実行するために、

 自分の幻想を、調整し、変えてくれること願って、

 消えていったあの少年の幻想を調整しながら僕は存在している。

 残り、10ヶ月とちょっとしかない命だとしても


記録の世界2


 その日、少年は運がよかった、通学途中、トラックにはねられかけたが、奇跡的にも無傷、
学校でも、上から物が落ちてきたり、花瓶が横から飛んできたりしたが、少年本人には何の危害も加えなかった。
「今日は運がいいな、ってこれって逆に悪いのでは?」
 などとのどかな突っ込みをかます余裕すらあるくらいだった。
昼過ぎの教室、生徒の数は疎らだった、友達と弁当を食っている奴も居れば、なにやら集まって騒いでいる連中も居た。
そんな中、少年は今日の6時間あまりの出来事を思いふけっていた。
「なあ、今日昼からどうする?」
 少年の友達の一人が少年の目の前に現れた、『変人5人衆』と呼ばれる人間の一人だった。
「ん? ああ、わりぃ今日は人と会う予定なんだ」
「ふーん、またアイツか?」
「そ、また、昔の友達」
「ならしゃーないな、なんて名前だっけ? その友達」
「ああ、黒址、黒址龍だけど、どうかした?」
 その友達は、少し考えてから、
「もしかして? そいつ、柔道やってない?」
「ああ、そうだけど?」
「そいつとなら一回試合したことあるな、昇級試験の時、そんな名前の奴とやった、負けたけどな」
「ふーん、そっか」
 少年は素っ気無く答えた。
「そんじゃ、俺、帰るな、昼から会うことになってるし」
 少年は立ち上がり、鞄を持った。
「おう、またな」
 少年は急ぎ足で教室をでた。駆け足で昇降口をでて、ギアをトップスピードに入れたかのようなダッシュで走り抜けく。
途中、上空からスパナなどが落ちてきたが、本当に運がいいのか、かすりもしないで最速で自宅に着いた。
玄関の扉を開こうとしたが、ふと、少年は異変に気がついた。窓が全て閉まっている。カーテンも閉めてある。
いつもはそんなことは無かった、夏休みの土曜日のこの時間帯、絶対に誰か居るはずなのに、物音ひとつしなかった。
「……なんかいやな予感がするな、今日一日の出来事から考えても、なんかへんだ」
 少年は思いっきって扉を開いた。こもっていた熱い空気が少しだけ外に出ていった。
血の匂いと共に……
「なんだよこれ、どうなってるんだよ」
 玄関で少年は目の前の光景を信じれずに全身から力が抜けていく、
目の前には、兄が座っていた、本当にただ座っているように見えた。
腹のところから、黒く変色していたが、血を流した後を玄関に残しながら、座っていた……正しくは死んでいた。
表情はわからなかったが、脈も、呼吸も無い、少年の目の前にあるのはただの死体だった。
「嘘だろ……お父さん? お母さん? 犀樹?」
 少年は靴を脱ぐことすら忘れて家の中に入った。そして慌ててリビングへの扉を開いた。
「兄ちゃんが……死…ん……」
 僕は絶句した、リビングはまるで、どこかの猟奇殺人現場のようになっていた。
少年の父親と母親が、バラバラになっていた、しかも、そのパーツをいろいろ入れ替えて遊んだように見える、
少年はそこで意識が真っ白になった。真っ白の意識の中、少年の頭にはいろいろなことが渦巻いていた、

 何で、一体どういうことだ? 何が起きたんだ? 今朝、家を出るときはみんな普通に生きていた。
なんで、今は黒く、むせ返るような匂いに包まれてるんだ?
ダレガ何のために? 
吐き気が、めまいが、何もわからない、何も考えられない、でも、事実は頭の中で渦巻いている、
死んでいる、固まっている、僕の日常は何処へ?
どうして? もしかして、まだ終わってないのか?
今日の幸運のしっぺ返しはこれなのか?
うそだ、こんなの、全部嘘だ、

 少年はその場でうなだれた、白と黒が混ざり、混沌ではなく、色を失っていく、
「あれ? そういえば、犀樹は?」
 少年は自分の弟がここに居ないことに気がついた、もしかしたら、生きているのでは?
そんな、万が一の希望を持って、少年は家中を探した。
1階には誰もいなかった、死体が3体分転がっているだけで、ほかに異常は無かった、お金も貴重品も取られていない、
強盗ではないようだ、少年は疑問に思いながらも壊れた精神でなんとか2階に上がった。
2階には弟と少年の部屋がある、少年は迷わず、弟の部屋に行った。
扉を壊すくらいの勢いで開け放った、
「あれ? 誰もいない……」
 その部屋には誰もいなかった、誰の気配も感じられず、無人だった。
「……俺の部屋か」
 少年はすぐさま自分の部屋に走った。そして、扉を開ける代わりに、強烈なけりを一撃、扉にぶち込み、蹴破った。
そこには、まだ小学生くらいの少年が転がっていた。外傷は、ただひとつ、腹に刺さったナイフ、
そこからまだ赤い血が流れていた。
「犀樹、犀……」
 少年はすぐに弟を抱き上げ、脈を計った、わずかに動いている、わずかに……何時止まってもおかしくは無いくらい、
それくらいに僅かだが、まだ生きていた。
「すぐに救急車を……よ……ば…」
 少年は突然、意識が朦朧としてきた。そして、途切れかけた意識の中、少年はかすかな声を聞いた。
「セツ兄……」
 弟はわずかにだが、何かを言おうとしていた。しかし、少年の耳にはその言葉は最後まで届かなかった。

 少年に突きつけられた悲しき現実は、これだけじゃなかった。少年が知らないところで、もうひとつ、悲しき現実があった。
それは、幻想(未来)をよりゆがませる結果となることだった。


第5章



 いやな夢を見たような気がして、結構朝早くに目が覚めた、時計を見ると朝6時、いつもより1時間早かった。
寝汗でぬれたシャツを着替え、寝巻きのまま、玄関のドアを開け、階段を上り、屋上に出た。
「ん、いい天気だ」
 軽く伸びをして、首、腰、肩、膝の順に関節をコキコキと鳴らした。
「ねみぃ……さすがに2時間しかねてないのは辛いな」
 殺風景な屋上の金属製の柵によしかかり、タバコを1本取り出して火をつけた。
先ほどまで給っていた眠気が一気に吹っ飛ぶ、紫煙が空にかすんでいくのをしばらく見ながらタバコを吸い、
吸い終わった後、家に戻った。
「あ、そういえば……冷蔵庫に食料あったかな?」
 不安になり、急いで台所においてある小型の冷蔵庫の扉を開いた。中には食パンの耳ぐらいしかなかった。
「そういえば最近買い物してないな、今日の帰りにでも買っていくか」
 仕方ないので、フライパンを暖めて、そこに食パンの耳を入れ、炒め始めた。
程よくいためたところにバターとグラニュー糖をいれ、より強火で焼く、
飴状になったグラニュー糖がパン耳をコーティングするため、甘くて、しかも手軽、そして安い、
最高に一人暮らしには都合のいい料理の完成だった。
それを食べて、一通り片付けをして着替えて、腰の小物入れにいろいろと詰め込み、
1メートル20センチほどの布でくるまれた細長いものを持って家を出た。
「それにしても食料を買い込み忘れるとは不覚だ」
 食料が無かったことは4日前くらいからわかっていた。解っていたけど、忘れていた。
この3日ぐらいは、いろいろあったから、忘れていた。
薄暗い階段を下りながら、考え事をしていたので踏み外しかけたが、きちんと1階に下りることが出来た。
「結構楽しかったしなぁ、……1年前だと考えられないな」
 自虐的に笑いながらガレージのシャッターを開けた。そして、その中にあるバイクに布で包まれたものを縛りつけ、
シートに跨り、エンジンをかけた。
「さて、行きますか」
 ノーヘルでアクセルを回して、道路に出た。運が悪いのかちょうどそこに警備車(この街でのパトカー)が通りかかった。
「そこのバイク、止まりなさい」
 当然のごとく無視、どころか一気にスピードを150キロ出し、ウィリー寸前になりながら爆走、
すぐに警備車を巻いて、スピードを落とした。
「あー朝から疲れた」
 適当なコンビニを見つけてドリフト駐車、適当にマンガ雑誌を手に取り、立ち読みをして、コーヒー牛乳を買って外に出た。
道路では通勤渋滞、歩道ではいろいろな人が歩いている。
「あーなんかめんどくさくなったな、サボろうかな」
 独り言のように言いながらコーヒー牛乳のパックを開けてストローを刺す、小物入れからライターとタバコを取り出し、
コンビニの前で堂々と吸った。煙を吐き、コーヒー牛乳を飲む、まさに至高の時だ、行きかう人々は僕の姿を気にも留めない、
気にも留めないというより、見えていない、別に自分が透明人間になったわけではないが、
「疲れるし、デフォなら気にしなくてもいいのになあ」
 自分でやったことを自分で後悔する僕がいた。
さすがに『誰の視界に入らない、空気の振動に反応しない』を使うのは少し
きびしい、『幻想調整』の悲しい特性、他人に自分のイメージを貼り付ける。
つまり、対象の人間が増えれば増えるほど労力は増える、
「さっさと吸って行くか」
 急いでタバコを吸って地面に落とし、火を消した瞬間に解除した。
解除してバイクに跨った瞬間、コンビニの隣の家のドアが開き、猛スピードで何かが飛び出てきた。
「寝坊したーヤバイ」
 ご丁寧にパンを口に咥えながらと言うどこぞの漫画のような状態で、僕にバイクごとぶつかった。
ちなみに吹っ飛んだのはぶつかった相手のほう、しかもそれは顔見知り、
「痛い……って、現夢か、こんなところで何してるの?」
「何って、登校中、それよりお前、大丈夫か? 見事に吹っ飛んだけど……あ、そっか、お前は怪我しないんだっけ」
「そうだけど、それでも結構痛いんだけど」
 少しテンションが下がっている桜花に僕はそのまま立ち去ろうとした。
「それじゃ、お前遅刻するぞ、走ってもな」
 そのままアクセルを回して立ち去ろうとしたが、
「まった、乗っけていって」
 素早く後部シートに飛び乗られ、僕はバランスを崩しかけた。
「何すんだよ、殺す気か?」
 何とかバランスを戻し、桜花を後ろに乗っけたまま、学校へ向かった。
「それにしても、女子とバイクに乗って学校へ……マジに3月まではなかったことだな」
 クラスメイトと話すらしなかった去年一年間、だけど、ここ数日の間で、ここまで学校生活が変化するとは……
「お前のおかげかもな」
 僕は桜花に言った。ちなみに桜花は僕の腰をつかんで、120キロのスピードのバイクから振り下ろされないようと、
懸命になっている。そのため、きちんと聞こえていなかったのかもしれない、
「そういえばお前、俺の事が好きだとか言ってたな」
 その瞬間、腰に思いっきり圧力がかかる。どうやら地雷を踏んだらしい、
「だけどなあ……今は誰とも付き合う着ないし、と言うか、よくよく考えたらお前が好きだとか言ったわけじゃないし」
 地雷原を素っ裸で走り抜けるような発言を平気でかましてしまう自分がいた。
「だから、この面倒な状況が終わったら考えておくから、自分で告白でもなんでもしてくれその時に考えるから」
 その瞬間、一瞬、後部シートから人の気配が消えた、気のせいだろうと思っていてけど、ちらりと腰を見ると、
先ほどまで腰にあった桜花の手がなくなっていた。
「……マジで?」
 慌ててUターン、10メートルほど進んだら桜花が顔を真っ赤にして固まっていた。
「……あの、ダイジョウブデショウカ?」
 気まずくなり何故か片言しゃべり、桜花は無言で、僕のバイクの後ろに跨った、
「それ、ホント?」
 アクセルを回し、学校に向かって再び走り出して少しして、桜花は口を開いた。
「ああ? 何が?」
 周りには生徒の姿が段々と増えてきた。
「だから、この状況終わったら考えるって」
「ん? ああ、考えるだけだぞ、もしかしたら振るかもな」
「……それって結構酷い言い方だね」
「そうか?」
 学校までもう少しのところで、1台のバイクが横に並んできた、
「おっす……あー頭いってー」
 真田だった、どうやら二日酔いのようで頭を抱えている。
「おはよう、真田君」
 桜花が挨拶をした、
「おう、おはよう、桜花」
 2台のバイクが平行して走って、交差点で停車していると、反対側の歩道から、今村と斎条が歩いてきた。
「おはよう、……バイクでの登校はまずいだろ」
「何で桜花が色無の後ろに乗ってるの?」
「おはよう、今村君、琴美ちゃん、たまたま朝会って、乗っけてもらった」
「ふーん」
 3人が声をそろえて微妙な声をあげて、僕らはバイクを降りて、5人で歩き出した、
「アレ? 草薙は?」
 今村が真田にたずねた。
「ああ、昨日のがまだ効いていて遅刻してくるらしい」
 昨日めちゃくちゃ騒いでいれば普通はダウンだろ? なのにこの2人は……元気だった。
しばらく歩きながら、くだらない話をしていた。
「そういえば、それなんだ?」
 バイクを押して歩いている僕に真田が聞いた。バイクの側面に固定してある布で巻かれたものの事だった。
「ああ、これ? 護身用、気にするな、それよりお前らもなんか持ってきてるのか?」
 僕が聞くと、みんなは、各々が持っているものを見せた。
真田は足につけた安全靴、今村は、ガンレット、斎条は何故か鉄扇……
「なんかいろいろ持ってるね……真田と今村はいいけど、斎条……鉄扇はちょっと」
 バッと鉄扇を開き、それを軽く振りぬくとセンスの先からナイフのようにとがった骨組みが覗いた。
「お母さんに何か無いって聞いたらとんでもないのがたくさん出てきてさあ、これが一番まともだったから」
 斎条母、一体何者だ? 黒址を一撃で失神させたチョップからも何気にすごすぎの人では?
「ちなみに何が出てきたんだ?」
 今村がさりげなく訊いた。なにやら事情を知っているようで恐る恐るという感じがした。
「えーと、鎖鎌とか、日本刀とか、なぎなたとか、グロックとか、クレイモアとか、RPG−7とか、アイアンメイデンとか……」
 かなり恐ろしい人ではないのだろうか?
「って、処刑道具じゃん、と言うのはおいといて、あの、グロックとかクレイモアとかRPG−7は一体どういった経緯で?」
 そんなことを言っていると、学校の校門が見えてきた、
「あたしも聞いたけど、『知らないほうが幸せだよ』って笑顔で言われただけだし」
 ものすごい恐怖が体中を駆け抜けた。
「それにそてもみんな危ないもの持ってるな」
 いつの間にか黒址が僕らの後ろに立っていた。
「うっす、おはよ、お前ら喧嘩じゃないんだから……そんな危ないもの持つなよ」
 何かおかしいぞ、その言い方は、
「持つなら物騒なものでも持てよ」
 ガシャンと両手に銃を構えて見せた黒址に、僕らは、
「おまえ、それはいつもと変わらないだろ」
「それはさすがにつかまるでしょ、ゴム弾でも」
「まったく、何で高校生がそんなものをもてるだ?」
「さすが、黒址君」
「って、さりげなく、みんな納得してませんか?」
 何故か突込み係になっている僕がいた。
「大丈夫、今日は実弾だ、しかもホーローポイント弾」
 ホーローポイント弾、先端をつぶしたような形状をしていて、貫通力ではなく、殺傷能力を高めた、
警察、軍隊では使用禁止になっている弾だ、
「おまけに、警備部の連中ぐらいなら、脅せばどうにかなるし」
 コイツこそ一体何者なんだ?

キーンコーンカーンコーン

 無駄話をしている間に予鈴が鳴った。
「やべ、急がないと」
 僕はバイクに跨り、アクセル全快で校門に向かって走っていった。



 朝の朝礼を半分寝て過ごし、1限目が始まる前に教室を抜け出し、屋上に出た。そしていつものように柵を越え、
はしごを登った先にある僕の定位置に来た。
「……しかし、毎日これをもって行動するのも結構ヤバイな」
 僕は布でくるまれた長細いものと5冊の文庫本、忘却の黒き少年シリーズを持ってきた。
とりあえず、タバコを取り出し、一服しながら、ぐるぐるまきにされた布をするするとはずしていった。
長い長い布を5分ほどではずし終わると僕の手には1本の鞘に収まった剣が握られていた。
僕はその剣を鞘から抜き、軽く振った。『アストレイザー』とその剣には刻み込まれていた。
「ま、切れ味は抜群、しかも超軽量、我ながらいい業物をもってるもんだ」
 この剣を過去に1度、僕は使った、そして、その前に、1度、使った記録がある。
タバコを灰皿に入れて、僕はその剣を鞘に収め、また布を巻いた。
「それにしても暇だな、これを読むしかないのか」
 タバコも連続で吸うほど中毒にはなっていない、剣を振っているという選択肢もあるが、誰かが来たら下手したら巻き込む、
と言うことで、読書しかなかった。
「それにしてもこの本、何らかの怨念、邪念、とかが感じられるな、まるで俺に読むなと言っているように思えてくるが」
 斎条の家に泊まっているときも読む機会はあったが、読もうとするたびにほかの人が来たりしてまったく読めなかった。
「ここならだれもこの時間こないし、来ても俺相手なら変なことをしてこないだろ」
 剣に巻かれた布を枕代わりにして1冊目を手にとり、読み始めた。それと同時にタバコに火をつけた。
「キサマ何している」
 鋭い声がはしごのほうから聞こえた。首だけを回してみると、そこには一人の女子生徒が首だけ覗かしていた。
「キサマ、その手にあるのはタバコか?」
 シュという音と共にその女子生徒はジャンプして僕の目の前に着地した。
「もう一度聞く、それはタバコか?」
 寝転がっている僕から見ればかなり高圧的に言っているように聞こえたが、そう簡単にびびったりはしない。
「これ? 特殊な薬品、こうやって燃やして煙を吸うことで効果がある、鼻の粘膜とのどに効果がある。
最も具体的には俺の精神安定剤」
 さらっと嘘をついてみた、普通はそんなのに引っかかるほどの馬鹿はいない。
「そうか、それはすまん」
 引っかかっている馬鹿がいた。
「嘘、精神安定剤っていうのは本当だけどこれはタバコだ」
 そう言い放った瞬間、僕は寝たままの姿勢から横にとんだ。これはとっさの勘に近い行動だった。
先ほどまで僕が寝ていたところの腹の部分に女子生徒の踵が振り下ろされる。
「ほう、私の前で嘘をついて、そんなことをするとはいい度胸だな」
「あんた、誰だ?」
 僕はとりあえず、吸い切ったタバコを灰皿に入れて、その灰皿を隅っこに置いた。
「井上円(InoueMadoka)貴様のクラスメイトの一人だ、色無現夢」
「井上……いたっけなそんな奴」
 はっきり言って始業式の日にクラスの半分がサボっているようなクラスのメンバーなど覚える気は無かった。
「そうか、それなら『正義判決(ジャジメントジャスティス)』と名乗ればまだ解るか?」
「しらん、だって俺は去年のこととかほとんど覚えてないし、お前みたいなわけのわからん人間はかかわる気ないし」
 その言葉が彼女の導火線に火をつけてしまったのか、
「そうか、知らないと言うなら……その心に刻み込め」
 言うのが早いか、それても向かってくるのが先かというくらいの速度で彼女は蹴りこんできた。
とりあえず、僕はすぐさま後ろにとんだ。
「そして、二度と誓え、もう二度と悪さをしな……え? まて、そっちは……」
 井上の動きが止まった。なぜなら、僕の後ろには、何も無い、7階建ての校舎の屋上から、
地上までの吹き抜けになっている。つまり、僕は飛び降りたのだ、
「そんなわけあるか」
 僕は屋上の縁ギリギリに足を置き、すぐに前に向かってとんだ。
「女子を殴るのは少々気がひけるが、悪いな」
 僕は井上の鳩尾に軽く、拳を入れた。
「ぐ、負けた」
 本当に軽く入れたので、膝を付いただけだったので一安心、しかし、気になることがひとつある。
「なあ、お前、授業中なのになんで屋上にいるんだ?」
「先ほどの休み時間、キサマが教室から抜け出したのを見て、たまたまいた男子に聞いたら、
『屋上でタバコを吸いに』と聞いたのでその審議を見抜きに」
「その男子って誰だよ、本当に……で? お前大丈夫か? 軽くやったけど、前、どこぞの不良は吐いたからな」
「大丈夫だ、しかし、変な奴だ、イメージとはまったく違うな」
「普通の人間に追い詰められたのは初めてなんだ」
 キーンコーンカーンコーンと一時間目の授業終了のチャイムが鳴った。何故か僕は笑っていた。
そして、タバコを吸おうとタバコを取り出し、指に挟んだ瞬間、素早いスピードでそれが取り上げられた。
「だが、これだけは認めん、生徒指導質まで連行する」
 僕の手をつかみ、はしごを使わず、飛び降りた。
「あれ? もう決着付いてるのか? 面白くねえな、せっかくお膳立てしたのに」
「お前、馬鹿だろ、間違いなく」
 二人の男子生徒が顔を覗かしていた。
「あんたらだれだ?」
「岡島……どういうことだ?」
『えーっと、それは、その、コイツが企画したんです』
 シンクロ率100パーセントと言っていいくらいに見事にハモリながら互いを指す二人、片方は茶髪、もう片方は黒髪だった、
「とりあえず、コイツが自分がタバコを吸う隙を作るためにあんたをダシにして井上を屋上に送ったんだよ」
 黒髪の岡島と呼ばれたほうが茶髪を指さして言った。
「いや、その、この話はもともとくろあ……」
 茶髪のほうが何か言い終わる前に井上の蹴りが放たれた、茶髪の男子はとっさに避けようとしたが、すでに遅く、
人間技だとは思えないくらいの連続技で茶髪の男子は無抵抗に喰らっていく、
「これで終わりだ」
 最後にしたから打ち上げるように放たれた蹴りを受けて茶髪の男子は……
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 耳障りな悲鳴を上げながら、見事に宙を舞い、屋上の柵のはるか上を飛んでいき、屋上から消えていった。
僕らはしばらくぼーと沈黙していた。下からは騒ぎ声があまり聞こえない。
「まずい……どうしよう、さすがにこれでは死んでいるぞ」
 井上はショックを受けていた。そこに、ヒョコッと黒址が現れた。
「さっき、壁に張り付いて何とかがんばっているばかが1匹いたけど、お前がやったのか?」
 井上に黒址が尋ねた。井上は首を縦に振った。
「ふーん、まあ、いいや、現夢、火くれ」
 僕はライターの火を自分のタバコにつけたあと、黒址に渡した。
「私の前でタバコを吸うな、……死にたいらしいな」
 黒址はすぐさま、腰の黒いポーチ型の少し大きいバッグから滑車のようなものを2つ取り出したのを僕は見逃さなかった。
そして、それの意味することも同時に理解した。
「……必殺奥義、天破爆裂脚」
「まったく、死ぬかと、ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 運悪く、見事な生還を果たした茶髪の男子生徒が、僕らと井上の間に入り込み、哀れな犠牲者となる。
そして僕らの逃げる生贄にもなってくれた。
「今のうちに、それ、フックを引っ掛けてトリガー引けばいいから」
 一度発動したらすぐには止められないのか、茶髪の男子生徒に先ほどとは桁違いのスピードで蹴りをぶち込んでいる、
そんな姿を見ながら僕らは二人して、金属製の柵にフックを引っ掛けてトリガーを引くと同時に飛び降りた、
「この世から消え去れ」
 最後に、あごに蹴りを喰らっている茶髪の男子生徒の姿を見ながら、僕らは屋上から、ラベリングで降下していった。
速度自体はそんなに早くなく、1分ほどで地上に降りることが出来た。
「あーあ、哀れなり、須藤」
 黒址は屋上に向かって両手を合わせてそんなことを言った。ちなみに屋上では、いまだ悲劇は続いているのか、
「いっそ殺してくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 須藤とか言う奴の哀れすぎる叫び声と、豪快な肉と肉がぶつかる音が聞こえる。
僕も手を合わせて、二人揃って、
「君の犠牲は無駄ではなかった、ありがとう、」
 そして、二人で大笑いした。そして僕は黒址の顔にアッパーカットをぶち込んだ、
「にしても、お前よく生きてるな、『正義判決』井上円と戦って無傷の人間ってこの学校で名を残せるぞ」
「お前の痛覚はきちんと働いてますか? 結構全力気味にぶち込んだんですけど」
 普通は脳が揺れてダウンするはずなんですけど、コイツは鈍いのか?
「いや、かなり痛い、そしてかなりぶっ倒れそう……とりあえず、4限目まで保健室で死んでるから、運んどいてくれ」
 そういい終わった瞬間、力なくぶっ倒れた黒址を僕は引きずって保健室まで運ぶことになった。
コイツは……一体どういう風になっているのだろう……体ではなく、こいつの精神は……
まるで、コイツも僕と同じ、壊れた……欠けている核を持つ人形のように見えた。
「セ……、てめ……こ…しは、あい……ら…て……ん…いな」
 うわごとのようなことを言っている黒址にたいして少々罪悪感を覚え、引きずりから肩貸しにしてやった。



 結局、黒址は4限目までと言っておきながら、3限目の開始前に復活した。
「……さすがにばれてるよな」
 黒址が眼を覚ましてから最初に言った言葉はそれだった。
「お前、何がしたかったんだよ」
「須藤が宙を舞う姿を見たいから」
「……悪魔」
「今更そんなことを言っても無駄だって、そんな言葉、去年の秋ごろには、ディアボロスと呼ばれていたから」
「本当に悪魔だな」
 保健室のベットルームの一角で僕らは談笑していた。
「う…ううううううううう」
 隣のベットで殺人級のキックコンボを喰らって瀕死になっている人間のうめき声を聞きながら……
ちなみに隣のベットの人間の被害状況は全身打撲、
「ああ、ほっとけ、須藤の奴の場合2,3時間で復活するから」
「ふーん、すごいな、人間か? 須藤って」
「攻撃を全部ギリギリで受け流しているらしい、ってそれより、お前、屋上に荷物置きっぱなしだろ?」
「ああ、そういえばそうだな」
 小説5冊は別にいいけど、『アストレイザー』はさすがにヤバイな、真剣だし。
「俺、取りに行くから、お前は?」
「もう少し寝てる、どうせ3限目は英語だし」
 そう言ってベットの中にもぐりこむ、もそもそと少しの間動き回っていたけど、少し立ってから寝息が聞こえた。
僕は静かに保健室を出て、エレベーターに乗るためにホールに行った。
「ん? 色無か、須藤の奴、生きてるか?」
 到着したエレベーターの中から先ほどの茶髪が出てきた。
「えーと、すまん、名前は?」
「ん、ああ、岡島、岡島英児(OkazimaEizi)、ちなみに保健室で多分しぶとく生存しているのが須藤亮太(SudouRyota)」
「須藤ならうめき声を上げて、ベットに沈んでる」
「そうか、仕方ない、十字架をあてて心臓にくいを刺してくるか」
「それって、吸血鬼の殺し方では?」
「アレの再生力は、DGを超えている」
「意外とマニアックな世界にたとえられても困るけど、DGより……ってことは愛の力には負けるのかよ」
 さあ、と肩をすくめる岡島を見送って僕は屋上にむかった。
数秒間の無重力のような感覚を受けながら、7階に到着した。
「……誰もいないな」
 エレベーターから素早く降りて、教師に見つからないように屋上への階段に向かって足音を消しながら移動する。
階段を上っていると、屋上からなにやら歌声が聞こえ始めた。伴奏も無く、アカペラ、しかも利いたことの無い歌詞だった。

『弱くて、儚い自分の体を誰のせいにもできなくて、』

 女子の歌声だ、大人しそうな声、だけど、しっかりとした声だった。

『他人に忘れられていく日々、もう、元にはもどらない』

 屋上の扉の前前の上ってみると、ガラス越しに一人の女子が屋上の広場で歌っている姿が見えた。

『失敗続きで、未来が真っ暗で、誰一人、友達もいなくなり、夢を見ることも忘れて、ここに来るのが怖くなり』

 その女子は目をつぶりながら、歌っている。

『毎日が無気力の日々で、生まれ変わりたいと願った。いつもただ一人で、現実を見るのは嫌』

 悲しい歌詞だな、と僕は率直に思った。僕は静かに屋上の扉を開いて、
気づかれないようにその女子が見える場所のベンチに座った。

『みんなで幻想を抱えていた日々からあの時へ戻りたい。時計の針を逆回転にして、あの日、あの場所でに戻りたい。』

 その女子は、白い、染めたような白ではなく、正真正銘の純白の長い髪を風で揺らしながら眼を開いた。
どこか、どこか遠くを見るかのように、遠くを見ながら……歌っている。

『だけど、それは絶対にかなわないことだけど、そう願いたい。』

 歌は終わったらしく、女子は静かに息を吐いた。僕はパチパチパチと、拍手をしたとき、初めて僕がいるのに気がついた。
「え、…………」
 僕の姿を確認した瞬間、ビックリしたような表情を浮かべてた。そして、一度眼を閉じ、何かをつぶやいて、再び眼を開けた。
「……すみません、何時からそこにいましたか?」
 その女子は怯えるよな目で僕を見た。別に何もしないから、そんな目で見られても困るんですけど、
「歌っている途中から……多分」
「聞いてたんですね、私の歌」
「ああ、いい歌だな、歌詞も、あんたの歌声も」
「ありがとう御座います、……あの、こんな時間にどうして屋上に?」
 女子は隅においてある鞄を持って僕の隣に座った。
「ん? ああ、俺は授業サボり、それと忘れ物を取りに、ついでに喫煙の予定だったけど……」
「タバコはだめですよ、体に悪いし、法律で禁じられています」
「吸いたくなるときはあるんだって、いろいろ人生生きていると、ところで、あんた名前は?」
 僕はタバコを咥え、火をつけた。
「私は……ゴホッ、ゴホ」
「もしかしてタバコだめ?」
 女子はコクコクと首を縦に振った。仕方ないのですぐにタバコを灰皿に落とした。
「悪い、大丈夫か?」
「はい、それでは、私は彩世光(AyaseHikari)です。2年13組です」
「同じクラスか、俺は色無現夢、お前、授業でないでこんな所にいたらブラックリストに載るぞ、さっさと教室に行けよ」
 間違いなく僕はブラックリストに載ってるけど、
「いえ、教室には……入りにくいですから」
「なんで?」
 僕は彩世にたずねた。
「入りにくいんです、知っている人とかほとんど居ないし、知っている人ともあんまり会いたくないんです」
 ……分けアリの生徒か、本当に、ウチのクラスって変わった奴がいっぱいいるな、
「それで、学校に来たのはいいけど、教室に入れず、屋上に居たわけだ」
「いえ、まず家から出るのに少々戸惑って、1時間ぐらい外に出れなくて、校門前で1時間、それでようやく屋上に来ました」
 気弱なのか? 話が暗いほうに落ちていく、
「ところで色無さんは何で授業に出ないんですか?」
「ん? 俺?」
「はい、私の場合はちょっと特殊なので、少し気になります」
 そんなことを気にしてどうするんだよ、僕だって超特殊なのに、
「俺は、やる気が無いから、毎日生きているのがめんどくさくてな、授業も出ても面白くないし、友達とかも居なかったし」
「なんだか、あの子達のような事言ってます」
「あの子達?」
「ああ、気にしないでください、昔の知り合いです」
 変な奴だ、……何故に俺はこうやってしゃべっているのだろう?
「でも、最近、面白くなってはきてるかな? 何故か周りに人が集まってきてな、結構楽しい」
「黒君、どうしてるかな……」
「黒君? 誰だそれ?」
 僕はなんとなく聞いてみた。
「ああ、昔のお友達です、大切なお友達で、黒址龍って言うんです」
「え、黒址? 黒址なら、そこに居るけど」
 僕は向かい側のベンチを指差した。
「よく気がついたな、気配消して足音消してたのに」
「あほ、視界に入っていればそんなの意味無いだろ」
「そうだな、……久しぶり」
「あ、はい久しぶりですね、黒址君、2年ぶりぐらいですか?」
「ああ、2年だな、元気にしてた?」
「……あの、二人のご関係は?」
 僕は二人の空気に耐え消えず疑問を飛ばした。
「ん、ああ、昔の知り合い、昔のな……」
「セッ君や白ちゃんはどうしてるでしょうかね? 黒君」
「学校とかでそういう風に呼ばないでください。お願いします、しかも、こいつがいる前で、……そっか、しらないんだよな、
セツナは、行方不明です、家族はみんな殺されてます、それと、純は、多分まだ壊れたままです」
「そうですか、……でもなんで黒君がここにいるんえすか?」
「親父の都合、で1年前に引っ越してきたところ、そっちこそ、何でまだ2年生だ?」
「それは……ちょっといろいろありまして」
 その言葉を最後に二人は静かになった。きっと、二人とも、互いに会いたくなかったんだろう、
会えば気まずくなることが解っていたんだろう、僕が、知るはずの無い何かがあるから、
「さて、教室に行くか、次は、ホームルームだし、彩世も行くだろ?」
「でも……」
「ウダウダ言わない、本当に昔から変わらないな、あんたは」
 黒址は屋上の扉に向かって歩いていく、
「さて、俺も行くか」
 僕も黒址の後を追う、屋上に、一人女子を残して、
その女子は、鞄を強く握り締め、そこに立ち尽くしていた。声をかけらることを待ちながら。





「それにしても、ウチのクラスって問題児とかばっか集まってるな」
 昼時、僕らは屋上の僕の定位置で7人で各々の昼食を食べていたら、真田がつぶやいた。
「狂人、変人、天才、バカ、いろんな意味でバラエティ豊富だな」
 今村がおにぎりを食べながらあきれたように言った。
「あんたらが言えることじゃないでしょ、『狂犬』『達人眼鏡』」
「うるせぇ、『アマゾネス』」
 真田が斎条にそういうと、言葉の変わりに、手刀が真田の首にヒットする。
ああ、なんて平和なんだ。
「どうした? 平和だな、って感じの顔をして空なんてみて」
 僕と黒址はその様子を見ながら、少しはなれたところで一服中、今村がうるさいことを言ってきたが完全無視、
「それにしても、お前、あの彩世とかというのとどういう関係だ?」
「ああ、ちょっとな、昔、俺と、アイツと、後二人、の4人で遊んでたんだよ、それでそれぞれの都合でばらばらになってな」
 黒址は遠くを見るような眼で空を見ている。
「アイツ、俺らのひとつ上なんだ、本当は、なのにまだ2年生、本当に何があったのやら」
「お前って本当に、何者なんだよ、SSGに警戒されて、学校とかでいろいろやってるらしいけど、おまけに交友関係が広い、
普通の人間じゃないだろ、間違いなく」
 普通の人間はホーローポイント弾なんて持ってないし、入手できない。
「は、俺はまだ普通の人間だって、俺の昔の友達にもっとおかしな奴らがいたから」
「それは新業刹那のことか?」
 それを聞いた瞬間、黒址は驚きの表情で固まり、口からタバコを落とした。
「なんで、お前がその名前を知ってるんだよ、なんで、どうして、何でだ」
 ものすごい取り乱しようだった。ある意味出血したときの暴走よりやばそう。
「ちょっとな、昨日の夜、SSGの奴が俺の家に不法侵入してたんだ。その時、いろいろ疑われて、
その時その名前が出たんだ。そんで、お前の話とそれを結びつけて、直感で言ってみただけだけど、大当たりのようだな」
 それは半分、嘘だった。ブラックから聞いたのは名前と、そいつが実験動物だったこと、それだけだった、
しかし、昨日の夜見た夢がそうじゃないのかなっという発想に繋がった。ご丁寧に黒址の名前も出てたし。
「ああ、そうだよ、新業刹那、僕の友達だ、この世で唯一、そして、いなくなった俺の友達だ」
「まったく、そいつのせいで俺の家の窓のひとつは被害にあったんだからな、殺してやりたいぜ本当に」
「……お前と、刹那が似ているとでも言われたのか?」
「お前の推理力はすごいな、金田一より上だろ」
「いや、それくらいしか考えつかん、俺だってはじめはお前が刹那だと思った、けど、すぐにそうじゃないとわかった。
だって、お前は俺を見ても何の反応もしなかったし、それに、アイツなら、どんなに酷い眼にあっても絶対に絶望したりしない」
「ふーん、なんかそれって俺が絶望しているって言ってるように聞こえるんですけど」
「え、絶望してないの?」
「すっげぇお前を殴りたい」
「やめてくれ、今度喰らったら放課後まで死んでいそうだし」
 僕らは互いのタバコを灰皿に入れた。
「タバコのにおい……おい、誰か吸ってるのか?」
 聞いた事のある声だった。
「ヤバッ、井上だ」
 下の方でさらに聞いたことのある声、
「キサマ、アレだけやられてもまだ懲りないのか?」
「ヒィヒィィィィィィィィィィィィ」
 その叫び声の直後、僕らのいるところの高さ(4メートルほど)まで蹴り上げられた須藤の姿を見た。
「平和だね」
「そうだな」
 僕らはその様子を見ながらそれぞれの飲み物をズズーーと飲んだ。
「まったく、次見つけたら冗談抜きでここから落とすからな、覚悟しとけ」
 その声の後、階段を下りていく音が聞こえ、
「ひ、酷い」
「ま、お前が悪いな」
 哀れにもボコボコにされている男の声と、それに追い討ちをかける男の声が聞こえた。
その後、黒址ははしごを降りていき、
「お前ら、何してんだ?」
「いや、お前に話があるんだ、今大丈夫か?」
「緊急?」
「ああ、緊急だ」
 僕は上から首だけ出して下の様子を見た。そこには、黒址と、先ほど蹴り上げられたのにぴんぴんしている須藤と、
岡島、そして、もう一人、僕が知らない男子がいた。ただ、教室で見かけたことがあるのでクラスメイトだと思う。
「あ、赤点4人衆だ」
「赤点4人衆?」
 草薙が僕が下を見ているのに気がつき、横で同じように覗いている。
「そ、別名、『トラブルメーカーズ』、いつも問題起こしたりしているし、テストじゃ赤点ばっかだし、
 学校連盟の生徒指導同盟にマークされている問題児4人組、そんなに悪い奴らじゃないんだけどねえ、なんていうか、
暇だからなんかやろうとか、ただ単にトラブルに巻き込まれたりするんだよね、ある意味不幸な4人組み」
4人は僕らが見ていることに気がつき、場所を変えるつもりのようだ。
「わりぃ、ちょっと行ってくる、めんどくさいな」
「めんどくさいって、僕らの頼みごとってそんなレベルなんですか」
「須藤、黙れ」
「余計な事いうな、ややこしくなるだろ」
 男子が腰から出したハリセンでスパーーーーンといい音を出して須藤の頭を叩いた。
そして、そのまま4人は屋上から出て行った。
「何しにいったんかな?」
 僕はみんなに尋ねた。
「赤点4人衆、『漆黒の破壊龍』、悪魔の情報使い、黒址龍、『羽生えた狙撃手』唯一の常識人、岡島英児、
『金色の身代わり人形』人外の再生力をもつ男、須藤亮太、」
 今村は3人の名前と二つ名のようなことを言った。
「黒址は言わなくてもわかるだろ? いろんな物や、情報を入手してくるし、ちなみに破壊龍以外にも呼び名があって、
『動く死体』っていう風にも呼ばれている。岡島は投げたものはその通りのところに飛んでいくし、
須藤は、いくら殴られても少し立ったら復活する。……この3人は問題ないんだよな、まだ、まだましなんだ、
最後の一人よりは、……『禍ノ生太刀』、究極無敵のトラブルマスター、村雲正宗(MurakumoMasamune)」
 すごく日本刀のような名前だな、……トラブルマスター?
「なあ、トラブルメーカーじゃなくて、マスター?」
「ああ、村雲は、トラブルを『起こす』『巻き込む』『より悪化させる』の3つが必ず起きる。それでも、村雲は無傷なんだ、
どんなにすごい喧嘩に巻き込まれても、交通事故が起きても、絶対に村雲は怪我をしない。相手だけを不幸にする。
敵を害し、己を生かす、それで付いた二つ名が『禍ノ生太刀』だ」
 僕は黒址たちが出て行った扉を見つめた。一体、何をする気なんだろうか?
一体、どんなトラブルを起こすのか……何故か少し気になった。
「あ、あの、黒君、いますか?」
 その扉が静かに開き、彩世が白い髪をなびかせながら、屋上に走ってきた。
「ん? 黒址? 黒址ならさっきほかの『トラブルメーカーズ』と一緒にさっき行ったけど……って黒君?」
「ああ、どうしよう人前でそういったらだめだって言われたのに」
 真田が答えて、疑問をぶつけると、あたふたとし始めた。
「って、光さん、そういえばクラス一緒だったけど……もう大丈夫なんですか?」
 斎条が彩世にたずねた。
「ええ、3月に退院して、リハビリずっとしましたから、もう歩いたりするのは大丈夫です。……激しい運動は無理ですけど」
「そっか、でもよかったですね、きちんと退院できて」
「はい、これも、保奈美さんと、琴美さんと桜花さんのおかげです」
 女性陣は3人でわいわい話している。
「それにしても、平和だな」
 僕はみんなから離れてタバコに火をつけた。
「なあ、あの3人知り合い?」
「ん、うん、と言うか僕らみんな知り合い、あの人、体が弱くて、よく保奈美さんのところに来てたから、
 僕らはよく話をしたりしてたんだ。たいてい、昔の話だけどな、よく、黒址のこととかいろいろしゃべってたよ、
あと、新業刹那って言うのと、純・ホワイトページとか言うのの話もよくでる」
僕はタバコの煙を肺から吐き出した。
「黒址の彼女?」
「いや、違うらしい、彩世さん曰く、かわいい弟と妹見たいなものだって」
「ふーん、そうな……」
 パリーンとガラスの割れる音が聞こえた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 女子生徒の叫び声も聞こえた。それがところどころで、いろんな生徒の叫び声が聞こえる。
「なあ何があったんだ?」
 みんな、一応、各々の装備を取った。僕も布をはずし、その布を右手に巻き、腰の右側に『アストレイザー』を装備した。
「それって、刃引きして……あるわけ無いか」
 草薙が僕の『アストレイザー』を見て、そういった。
「片手剣……というより微妙に両手持ちの剣だね、なんかゲームとかに出てきそう」
 さすがに真剣はまずいかと思ったが、今回は人数が多い、しかも今は戦えないのが3人もいる。
「とりあえず、警戒だけはしと……くだけじゃだめかもな」
 先ほどまで天気がよかったのに、何故か暗くなってきた。あたりが霧のようなものに包まれ始めた。
「これって胞子か?」
「わからん花粉かもな」
 その霧は体にまとわり付く粉のようだった。その濃度が段々と濃くなっていく。3メートル先すら見えなくなり始めた。
「ヤバイな、一体何が起きてるんだ?」
 僕は一応、剣を構えていた。屋上の扉のところからなにやらうめき声が聞こえる。
「な、何でしょうか? あの声は」
「知らん、間違いなく味方ではないだろ、……みんな、人を殺すなよ」
 屋上のはしごを慎重に降りて、柵を飛び越えた。
「……何もいな……」
 突然、扉が開かれ、何かが飛び出してきた。
「くそ、何だこれは」
 僕は峰打ちでそれを吹っ飛ばした。吹っ飛んだ先は霧のせいで見ることはできない。
何を吹っ飛ばしたのかすら解らなかった。とりあえず、人の形をしていたので峰打ち、
「みんな、なんかいるぞ、戦えないのを守っとけ、何匹いるのかもわからんし」
 そうしている間にまた何かが飛びかってくる。
「ちぃ、何が起きてるんだよ」
 今度は襲い掛かってきたのを真下に叩きつけて、あしで頭を抑えた。
「色無、どうだ?」
 今村が出てきた。ほかのみんなはまだ柵の向こう側のようだ。
「ああ、これを見ろ」
 僕は足で押さえつけているものを指さした。
「……これって、もしかして」
「ああ、ウッドマンの被害者だ」
 僕が押えつけている物、それは、体じゅうに植物をはやした人間だった。
「どうやら狙いは俺たちだな」
 僕は押さえつけた物の頭部に思いっきり剣を差し込んで、思いっきり引いた。
血の変わりに透明な液体がそれから噴出した。
「なあ、これは人間か? それとも化け物か?」
 僕は今村に尋ねた。それの切り落とした頭を持って。
「間違いなく、それは化け物だろう、死体を動かしているだけだし」
 とりあえず、逃げることを考えないといけない、そう考えていると、みんなが柵を越えて集まってきた。
「どうする? ここにいても何も変わらないんじゃ……」
『えー、マイクのテスト』
 急にスピーカーから声が聞こえてきた。
『校舎内にいる全員にお知らせしないといけません、非常事態です』
 黒址の声だった。放送室にでもいるのだろうか?
『なにやらよくわからない化け物が学校の敷地内に大量にいます。皆さん間違いなく、逃げてください
……2階にいる男子、倒れている女子を見捨てるな』
 まるで学校中を見ているかのような台詞だった。
『ちなみに俺は黒址龍、2,3年生は説明は不要だな、とりあえず、全員非難してください』
僕らは屋上の出入り口に入り、放送を聴いていた。
『あと、屋上にいる7人、さっさと4階に来い、まだ校舎内には4,5匹しかいないから』
 僕らは急いで階段を下りていった。

第6章


「クソ、何だってこんな昼間から遅いかかって来るんだよ」
 4階へ行くのにも3体もの植物人間が襲ってきたが、
「邪魔だ」
 真田のとび蹴りで1匹目、
「まったく、何でこんな眼に」
 今村の突きで2匹目、
「ほんとに普通の高校生なのになんでこんな戦闘してるのよ」
 そんなことをぼやきながらも斎条が鉄扇で3匹目を切り裂いている。
と言うぐらいに僕らは目的地に向かって何とか移動している。
生徒たちはみんな逃げ始めている。ガタイがいい奴は怪我しているを運んだりしている。
「ねえ、何で黒址君は私たちを4階に呼んだのかな?」
「多分、アイツはセキュリティルームにいると思う」
 セキュリティルーム? どこだそれ?
「何の部屋だそれ?」
 僕は今村に尋ねた。こうしている間にも、
『サッカー、陸上部、お前ら足速いだろ、5,6階で倒れている生徒のところに行って肩かしてやれ』
 などの黒址の放送は飛び交っている。
「ああ、この学校中にセットされた防犯カメラと集音マイクが全部繋がっている部屋、
 非常事態に教師がはいること以外は完全に電子ロックされているけど……」
そう言っている間に4階に付いた。
「こっちだ」
 今村の誘導で校舎の西側へ向かった。
『おい、現夢、今すぐ止まれ、みんなもだ』
 僕らは急な注文に驚き、足が絡まって転倒した。
「何でだよ、いきな……」
 窓ガラスが割れて、大量の蔦が窓を貫いた。
「くそ、どうやら本命が出てきたようだな」
 扉の前に一人……一体の人間が入ってきた。桜花がそこには立っている。
「目標確認」
 その桜花は……両手を付いて、変形を始めた。両手、両足が木の樹皮で覆われて、
背中に卵のような種が生えて、尻尾のように蔦が巻きつき、そして、仮面のように顔面を植物が覆い始めた。
「小梅……」
 桜花はぺたりとへたり込んだ。
「コイツは……はじめに俺を襲ってきた奴か」
 僕はすぐに『アストレイザー』を顔面に突き刺した。
「前回の失敗はコンドハシナイ」
 小梅と呼ばれたものは僕の太刀筋をうまい事そらした。
「今度はカンゼンニコロス」
 小梅は獣のように飛び掛ってきた。
『お前ら、そこを動くな』
 反撃逃げようとした瞬間、黒址からの放送が入り、それと同時に小梅のひじ、膝、首、などの樹皮で覆われていない部分、
関節にナイフが刺さった。
「ナイスコントロール、さすが岡島」
「いいから、須藤、とっとと次よこせ」
「その前に俺が行く」
 赤点4人衆の黒址以外の3人が小梅をはさんだ僕らの向こう側に立っていた。
「黒址、すぐにできるな?」
『ああ、そんじゃ頼む』
 村雲が後ろから小梅に近づいていき、一気に、懐にもぐりこんだ、
「お前ら、こっちに走れ、」
 そういうと同時に、村雲が小梅を僕らの後ろ側へ思いっきり投げ飛ばした、それと同時に僕らは3人のほうに走った。
『おし、後は……』
 ガラガラガラと緊急用シャッターが下りていき、僕ら10人と、小梅の間を緊急用シャッターで寸断した。
『おし、それじゃお前ら、さっさと入れ』
 僕らは重苦しそうな金属製の扉の前で少々呆然、なぜなら……
「おい、黒址、お前……これはまずいんじゃ……」
『ん? ああ、それなら後で校長に化け物が壊しましたと説得(脅迫)しておくから』
 扉についている頑丈そうな電子ロックのカードリーダーに弾痕が12発分、きっちりと残されている。
僕らはロックが壊れた扉を開けて中に入った。中は結構広く、モニターが壁一面に所狭しと並んでいる。
「おう、来たな……須藤、テメエは入るな、部屋が狭くなる」
「あの、僕って一体何なんですか?」
「うるさい、とりあえず、みんな事情を説明する」
 黒址は正面の大型のモニターを指差した。
「とりあえず、今いるゾンビみたいなのは30体、それで、その指揮をとっているボスクラスは7体、
さっきの奴はまだシャッターの前にいる。それと、正面玄関、裏口、非常口……電子ロックされているところは全部開かない、
システムを掌握されていてな、逃げられない」
 画面には正面玄関の状態が映し出されている。
『何で開かないんだ』
『おい、化け物たちが来たぞ』
 スピーカー越しに生徒たちの声が聞こえる。
「そんなわけで、お前ら、生徒が逃げるためにがんばってくれ、あと、戦えない奴らはここに残れ、下手にうろつくよりましだ」
 その言葉に、桜花、草薙、彩世の3人は黒址のほうに近寄っていく。
「とりあえず、まだ逃げてない奴らが何人かいるから、そいつら助けない……おい、剣道部、お前ら部費を使って、
刃引きしていない日本刀持ってるだろ、しかも10本も、それ使え」
 黒址はマイクで指示を出し始めた。
「と、言うことでわりぃ、頼んだ」
 その言葉と同時に扉に向かって発砲、僕らの横を弾丸が突き抜けていき、少しだけ開いた扉の隙間を抜けていく。
そして、生物のうめき声の後、ボンと軽い爆発音が扉の向こうから聞こえた。
あけてみると、そこには腹に大穴を空けた寄生された被害者が倒れていた。
「ま、戦えない2人は俺が守っておくし、システムを奪還するのに少し時間が掛かる、とりあえず、死ぬなよ」
 黒址はそう言って、モニターへ視線を移した。
「とりあえず、7人を2、2、2,1に分けよう、2人グループその1は1階で生徒を守る、
2人グループその2とその3はそれぞれ、4,5階と6,7階、1人グループは2,3階……でチーム分けどうする?」
 今村が少し考え込んで、
「とりあえず、時間もないし、僕と斎条が1階、岡島と須藤が4,5階、真田と村雲が6,7階、そんで色無が2,3階でどうだ?」
「俺が一人か……それでみんな依存は?」
「大有りだ、何で俺は須藤となんだよ、コイツ役に立たないし、使えない……」
「ウダウダ言ってないでお前らとっとと行け、結構やばいぞ」
 岡島の異議は黒址の一喝とスピーカーから聞こえる助けを呼ぶ声によって却下され、
僕らは急いでそれぞれの場所へと走り出した。
「みんな、死ぬなよ」
 黒址が、そう言っているのが聞こえた。




 やっぱり一人はきつかった。
『現夢、後ろ』
 数えて7体目を殺して一息つこうと思った矢先、黒址の放送を聞き、すぐに後ろに振り向き、
そのまま腰の回転を使って横一線に切り裂いた。
「あーあ、本当に、使えない連中ばっかね、で、あんた、一応こいつら、私達の子供みたいなもなのに、
 バッサバッサに殺してくれて、復讐されてもおかしくないよ」
僕の横一線をひょいっと避けて、そいつは僕の上をとび、背後に着地した。
「ち、ボスかよ……って言うか、まともに会話してる?」
 一瞬ほうけてしまった。目の前にいる奴は普通にしゃべっているし、見た目が普通だ。
「酷いわね、これでもまともにしゃべれるのも結構いるんだよ、戦闘狂とか仕事馬鹿とかもいるけど、
……で? あんたを殺すけど、大人しく死んで頂戴」
「お断りだな、一応最近毎日が面白くなってきたんだ、そう簡単に終わってたまるか」
 僕は速攻で料手持ちで袈裟斬りで『アストレイザー』を振りぬいた。
「そ、毎日が楽しいねぇ、それって嫌味?」
「いや、冗談抜きで最近楽しい、そうか、お礼を言わなきゃな、お前らのおかげだ、ありがとう」
 最後だけ思いっきり嫌味たっぷりな言葉を送った。
その言葉に切れたのか、無言のまま変形を始めた。髪の毛が緑色へと変色し、その髪が薄く、平らな帯状の物になり、
同じようなものが何本もそいつの頭に出来上がった。
「そうそう、あんた、名前は?」
「聞いてどうするつもりだよ、殺した相手をみんな覚えてるっているって言うカッコいいことでも言うのか?」
 そいつは、軽く頭を振った。
「まさか、ただ、上から色無現夢は殺すなって言われてるのよ、それで? あんたの名前は?」
 僕は無言のまま飛び掛り、下から打ち上げるように剣を振った。そいつはまったく動じず、身動き一つしなかった。
「無駄だよ、私は他のとは少し違うの、こんな風に」
 頭の帯が剣を受け止めた。しかも、止めただけではなく、はじき返した。
「な、何だよそれは」
 僕ははじき返された反動をそのまま次の斬撃の力にしてもう一度切りかかった。
「だから無駄だって」
 今度ははじき返されたのではなく、根元から切断された。切り落とされた刃の部分が回転して床に突き刺さる。
すぐにもち手だけになった『アストレイザー』を捨てて爆弾を取り出し、投げつけたと同時に2本のナイフを取り出た、
「リーフブレードみたいだな」
 投げた爆弾は、そいつの足元で爆発して、両足を吹っ飛ばした。
「俺が色無現夢だ、俺を殺せないんだろ? だからって俺はお前を殺す、殲滅する」
 僕は吹っ飛ばされて地面にはいつくばっているそいつの背中にナイフを差し込んだ。
『現夢、まずい、それと同じようなタイプにみんな苦戦している。まだギリギリで生きてるけど……よし、
扉のロック全部解除完了』
 僕は差し込んだ刃をひねって、抜き取った。
「へぇ、それでも生きてるんだ、なかなか丈夫だな」
 そいつはまだ生きていた。透明な液体と、赤い血を出しながらも、まだ、生きていた。
「さて、ここで質問だ、お前の体の『主導権』はお前か? それとも、『種』なのか?」
 ここはハッキリさせておかないと、本体を殺しても種に攻撃されてしまう。
「どうなんだ……」
 僕は血を振って払いのけた。そいつは沈黙をしたままだった。
『おい、現夢、お前のほうは終わったな? わるいけど、1階に行ってくれ、斎条と今村のところに2匹いる』
「わるい、まだこっちは終わっていない。お前が動けるか?」
『ああ、生徒の非難は終わったし、SGへの通報もした。俺は動けるけど……3人を置いていって大丈夫か?』
「多分大丈夫だろ?」
『ならそうするけど、お前のそれ、なんかやってるぞ』
 僕は視線をそいつに戻した。吹っ飛ばした傷口から根っこのようなものを生やし、
それが辺りに倒れているザコへとのびている。
「そういえば、まだ名前教えてなかったよね?」
 そいつはザコを自分の周りに引き寄せ始めた。
「私は華葉(Kayou)、悪いけど、シンデモラウコトニシタ」
 引き寄せたザコが華葉の体に吸収されていく。そして、人の形をしていたものは大きな獣のような形に変形し始めた。
植物の体を持った大きな犬のような形をしたその化け物は、爪のような葉を軽く振るった。
すさまじい音と共に、コンクリートと鉄骨で作られている壁が真っ二つに切り落とされた。
「マジかよ」
 驚いていたが、そんな暇はほとんど無く、壁を真っ二つにした葉が僕の体を真っ二つにしようと迫り来る。
ナイフで何とか受け流し、上にそらして、懐に踏み込もうとした。
「アマイ」
 相手のちょうど腹にあたる部分に複数の穴が空き、そこからマシンガンのように種が飛び出して来た。
「甘いのはお前だよ」
 僕は右腕に巻きつけておいた『アストレイザー』を隠すための布切れをすぐさま解き、それで種を防いだ。
そのまま、華葉の顎(?)に思いっきりパイプ型の爆弾をめり込ませた。
数秒の間沈黙が流れ、爆発は上に向かって直線のように吹っ飛んで下あごをちぎり落とした。
それでも華葉は僕を殺そうと襲い掛かってくる。切り落とされた部分から素顔をさらしながらも必死になりながら……
「さて、一応時間がないんでな、本気でいかせて貰うぞ」
 僕は一度距離を取って、両目を閉じた、そして、眼を閉じたまま軽くリラックスした状態で息を吐いた。
「リミッター解除」
 眼を開くとそこには華葉がいた。ゆっくりと動いている。壁に体をこすりながら、
ゆっくりと、こすれることによって剥がれ落ちるかけらもゆっくりと動いている。
「さて、悪いけどお前を消す、……笑えるよな、第7研究所が昔やっていた研究内容が今やっている研究に勝つなんてな」
 僕は……ゆっくりと動く世界で普通よりも速い動きで移動し始めた。
「『幻想調整』発動」

2005/08/30(Tue)22:19:10 公開 / 現在楽識
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■作者からのメッセージ
学校内で戦闘開始!

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