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『キャッチボール』 作者:神安 藤人 / 未分類
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キャッチボール

 私は、行き詰まっていた。仕事、家庭、人生……。何に行き詰まっているのかもわからないほどに。そう、私はどこへも向かう事が出来ないほどに、行き詰まっていたのだ。
 私は、売れない物書きをしている。年に数えるほどしかない仕事をようやくこなし、雀の涙のような稿料を貰う。もちろん、それだけでは生活することは出来ないのだが、共働きの妻の収入と両親の残した遺産のおかげで、贅沢をしないかぎりは満足に暮らしていくことが出来た。
 私の父がどんな仕事をしていたのか、詳しい事を私は知らない。ただ、父は仕事においてそれなりに成功をしていた事。家にはほとんど帰っていなかった事。母との仲が上手くいっていなかった事などはおぼろに覚えている。
 そんな父が何を思ったのか、母を旅行に誘った事があった。当時の私は中学1年で、家族旅行というものは気恥ずかしくてしょうがなく、この旅行には着いて行かなかった。それに、家に一人だけになるというのもまた、当時の私にしてみたら楽しみなイベントだった。
 それが良かったのか、悪かったのか。旅行帰りの両親を乗せた車は、反対車線を超えてきたトラックと正面から衝突してしまい、家に帰ってくることは無かった。
 あの時、もしも私が一緒に旅行に行っていたら、両親の事故は無かったのか。たまにそう考える事もある。そして、両親の事故が無ければ、私が今こうして、しがない物書きをしていることも無かったのかもしれない。
 それらは全て、仮定の話でしかない。しかし、今のこの状況を思うと、そうでも考えなければやってられないのだ。もしもあの時、私が旅行に出かけていたら、と。
 いくら考えても答えの出ないこの問いかけに、私は疲れ果てていた。そして、いつものように、私は考えることをやめた。
 コーヒーを入れる為、書斎を後にする。居間には仕事をしている妻がいたが、彼女にコーヒーを入れることは頼めない。彼女には彼女の仕事があり、そしてその仕事の収入は、決して馬鹿にならない。私たちはお互いに独立した収入があり、それは家庭での二人の関係にも現われていた。
 私達の間には、もう数年ほど関係が無い。お互いが自宅での仕事を持っている為に、浮気をするような事は無いのだが、その仕事の為に、私達二人の間は冷め切っていた。
 私は自分一人分だけのコーヒーを入れ、妻に声をかける事無く、再び書斎へと戻った。
 いつから私達夫婦がこうなってしまったのか、私には思い出す事が出来ない。私達にも恋愛の時期があり、幸せな蜜月の時があったはずなのに。
 熱いはずのコーヒーが冷めてしまうまで、私はいろいろな事を考えた。妻の事、仕事の事、そして両親の事故の事。全てにおいて、正しい回答を導くことはできないということはわかっているのに、なぜ、私は考えることをやめることができないのだろうか。
 私は、ふっとため息を漏らし、それから冷えきったコーヒーをすすって、書斎を後にした。この部屋にいては、気が滅入るだけだ。少し、外を散歩するつもりだった。
 居間を通って玄関に出たが、妻は私に声ひとつかけてこない。もちろん、私の方からも彼女に声をかけることは無い。こういう時、普通の家庭では妻に一言かけるものなのだろうか。それとも、妻が私に声をかけてくるものなのだろうか。すでに、そんな事すらも私にはわからなくなってしまっていた。
 玄関のドアを開けると、外は雨だった。たいした雨ではないにしても、散歩をして気分が晴れるというような天気でもない。しかし、玄関のドアを開けた手前、家の中にはいることははばかられた。私は仕方なく後ろ手にドアを閉め、雨の中を歩き始めた。
 今、私が住んでいる家は、両親が遺産として残してくれたものだ。私はこの家で、今の年まで生活してきた。私の人生は、この家と共にあったとも言える。
 家の前には道路を挟んで山があり、その山肌は宅地整理で削り取られていた為に、コンクリートで固められていた。 この壁が、私の子供の頃の遊び相手だった。人付き合いの下手だった私には友達が少なく、私はよく、この壁を相手にキャッチボールをしていたのだった。
 それをキャッチボールと言っていいものかはわからない。投げるのが私ならば、受け取るのも私だったからだ。しかし、その遊びは当時の私にとってはキャッチボールそのものであり、逆に言えば、それ以外のキャッチボールを私は知らなかった。
 当時のことを思い出し、私はぼんやりと壁を眺めた。雨は霧雨になっていて、濡れる事は気にならない。私は、雨に身を任せて壁を見つめた。
 どのくらいの時間が経ったのだろうか。私は、すでに下着まで濡れていた。いいかげんにしないと風邪を引いてしまうと思い、私は家の方を向いた。
 そして、ドアを開けようとした時、私の耳はある音を拾っていた。ポーン、ポーン、というその音には、どこかしら懐かしい響きがある。それは、壁にボールが当たる音ではなかったか。
 私は、壁のほうを振り返った。目の前には高くそそり立つ壁。降りしきる雨の中で、景色は不思議に色あせて見える。
 そして、そこに少年はいた。
 赤い野球帽をかぶり、雨を気にもしないで、つまらなそうに壁に向かってボールを投げている。それは、壁とのキャッチボールだった。
 少年はまだ幼いようだったが、それでもその顔にはどこかしら男の表情が見える。男の子と言うにはもう失礼に当たるのかもしれない。そんな年頃のようだった。
 きっと、近所の子供なのだろう。私はあまり気にしないで、家に入ろうとした。
 しかし、その時、ボールが私の方へ転がってきた。投げそこなったボールが、思いもよらぬ方向へと弾んだのだろう。私はボールを拾うと、少年に向かって投げ返した。
 少年は少し照れているのか、私の顔をまっすぐに見ようとはしなかったが、小さな声で「ありがとう」と礼を言った。
 それで、私は少し彼に興味を持った。なぜ、この雨の中、壁に向かってボールを投げているのか。
 「壁に向かってキャッチボールなんて、楽しいかい?」
 私はそう彼に声をかけた。そして、ボールをこっちに向かって投げるようにジェスチャーする。程無くして、彼は私に向かってゆるいボールを放った。
 「楽しいよ」
 ぶっきらぼうな返事も、ボールと共に返ってくる。そうか、と私は小さく呟き、再びボールを彼に投げた。
 「なぜ、こんな雨の中を外で遊んでいるんだ?」
 「家にいるよりはよっぽど楽しいから」
 「ご両親とは遊ばないのかい?」
 「今、家にはいないんだ」
 ボールといっしょに、私たちは会話をした。ボールを投げる度に、お互いの言葉も投げる。それは、最近の私の生活には無い、新鮮なものだった。いったい、いつからこのように人と話していないのだろうか。妻や友人、至る所に話し相手はいたはずなのに、なぜ私は人と話すことを拒んでいたのだろう。
 私のボールを投げる手が止まった。私はひょっとして、キャッチボールを拒んでいたのだろうか。自分の殻に引きこもり、ただ壁に向かってだけボールを投げていただけだったのか。
 その時、少年が呟いた。
 「壁に向かってキャッチボールなんて、楽しいかい?」
 驚いて私が顔をあげた時、少年はもうそこにはいなかった。夢でも見ていたのかとも思ったが、彼の投げたボールは私の手の中にある。
 壁に向かってキャッチボール。楽しいはずが無いのだ。なぜ、私は気が付かなかったのだろうか。両親と旅行に行けばどうなったかと一人考え、今の自分を否定し続けてきた。そんな生活が、楽しいはずは無いのだ。
 私はボールを握り締め、家へと戻った。居間では妻が、仕事を続けている。いつも通り、彼女が私に声をかける事は無い。そして、いつも通りなら私も声をかけることは無かった。
 しかし。
 「なあ」
 私は、彼女に声をかけた。驚いた様子で、彼女が私の方を見る。私は続けた。
 「君の仕事に区切りがついたら、どこか旅行にでも行かないか?」
 彼女は戸惑った様子で、どう答えたものか悩んでいるようだったが、やがて微笑んで言った。
 「温泉。
 温泉、行きたいな。私」
 私も微笑を返して頷くと、書斎へと戻った。私の右手には、まだ、少年の投げたボールが握られている。
 雨の中を、壁に向かってボールを投げていた少年。あの少年は、昔の私だったのかもしれない。人付き合いが下手で、いつも壁に向かってボールを投げていた私。
 もしかしたら、私とボールを投げ合った事で、彼の人生は変わるかもしれない。これからは、誰かに向かってボールを投げる事が出来るようになるのかもしれない。それは、決して難しい事ではないはずだ。今の私が変わる事が出来たように、あの少年も変わる事が出来たら……。
 私はなんとなくうれしくなって、右手のボールを宙に向かって放った。ゆっくりと天井すれすれまでボールは飛び、それから、同じ速度で落ちてくる。しかし、そのボールを私は受け取らなかった。もう、自分に向かってボールを投げる事は無い。一人だけのキャッチボールは、今日でお終いだ。
 床に落ちたボールが、転々と部屋の角まで転がって、止まる。次にこのボールを投げるときは、きっと相手がいるはずだ。さて、とりあえず今は、私の大事なキャッチボールの相手の為に、温泉宿の検索でもしておくことにしようか。
2005/06/08(Wed)20:58:35 公開 / 神安 藤人
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■作者からのメッセージ
現状に満足しているわけではないのに、そこから抜け出すことができない。
ひょっとしたら、ちょっとしたきっかけでそんな思いを断ち切れるのではないか。
そう思って、書いてみた作品です。
拙作ではありますが、皆様の御感想、お待ちしております。
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