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『仄明かりの悪夢』 作者:久能コウキ / ホラー
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原稿用紙約枚
 月の仄明かりに照らされて、校舎内はいつもとは違った様相を呈している。
美術部の部活でひとり遅れてしまった美智は、いつもと違ったその様子に身震いした。
思わず部活を放っておいてでも友達と帰るべきだったと後悔したほどである。
しかし、後悔はそのタイミングを失ったからこそ起こるもの。
宵闇に染まりつつある廊下を一人、美智は歩き出した。
 この高校の校舎は、直線的で長い廊下が多い。
日中は活気に満ちているこの廊下も、今はただの長い孤独な道でしかないのだ。
周囲は、無音。美智以外居ないことの証明でもある。
その事実に漠然と恐怖を持っている自分に、美智は気づいていた。
 かばんを持った手が、僅かに汗ばんでいる。
何故、自分はこんなにも焦っているのだろう?
その理由を考え、ふと……一つの噂を思い出した。
いや、思い出してしまったのだ。
 どこの高校にも存在するような、怪談の一つ。
しかし、そんな噂が最近現実味を纏って横行している。
[パレットナイフを持った少女]の噂、というものだ。
 数年前のことだ。
遅い時間まで学校に残っていた美術部の少女がその翌日変死体で発見された。
直接的な死因は頚動脈切断による溺死。
人間は、頚動脈を一閃されると自分の血で溺れ死ぬのだ。
明らかな他殺死体であった。
その少女は右手にパレットナイフを握り締めたまま、全身を血まみれにし苦悶の表情を浮かべて居たという。
そしてほどなくして立った噂が、「パレットナイフを持った少女」の噂だった。

[夜、この校舎に居てはならない。
万が一この校舎に居ることになってしまったときは、何があろうとも決して振り向くな。
決して振り向かず、前のみを見て歩け。
振り向いてしまったならば……そこには少女が立っている。
パレットナイフを持った少女が、血まみれの制服を着て、ニタリと笑って……]

 その噂を思い出した瞬間。
美智を取り巻く空気が明らかに急変した。
空気は肌寒く、纏わりつくように不快に。
周囲には視線と気配が満ちる。
まるで暗闇に生き物が出現したように。
気のせいだ、錯覚だ……と自分に言い聞かせる美智。
 そのときだった。

 コツ
   コツ
  こつ
          コツ

 足音が、響いた。
背後から。ゆっくりと……こちらに近づいてくる。
徐々に。しかし、確実に。
気配との距離が詰まる。息遣いが、無音を破壊し始めた。
その息遣いは、美智のものであり……背後の気配のものでもある。
純然たる恐怖に美智の心が染まり始めていた。
叫びだしたくなる衝動を必死に堪えて、足早に歩を進める。
美智は母に貰った魔よけのお守りを握り締めていた。
助けて、と何度も願いながら。
その願いは空しく虚空に消えていく。
 気分を紛らわせるために音楽を聴こうと美智は携帯電話を取り出す。
何処か焦ったように急いだ様子で耳にイヤホンを入れてスイッチを押した。
そして耳から聞こえてきたものに美智は絶句した。
そこからは音楽ではなく異質なトーンの笑い声が聴こえていたのだから。
恐怖の余り床に携帯を叩きつける美智。
するとイヤホンが外れ、携帯が狂ったように周囲に笑い声を吐き出し始める。
それでも、気配の足音と息遣いは聴こえてくる。

  こつ

こつ

 はぁ   はぁ
    こつ

コツ

   こつ

 前のみを見て、そして逃げる。
力の入らぬ足に鞭打ち美智は必死に逃げた。
何故あの噂を思い出したのかと自責しながら。
しかし無情にも足は進まず、次第に恐怖が全身に伝染していく。
恐怖は歩みを遅らせ、そして美智に囁くのだ。
後ろを見ろ……と。
それでも見るわけには行かなかった。
パレットナイフの少女に出会った人間の末路を聞き及んでいたからだ。
そしてこの末路にまつわる話こそこの噂に信憑性を持たせている原因でもある。
 パレットナイフを持った少女を見た、と言われている生徒が居た。
その生徒は帰り際に校庭から美術室を見上げた。
すると其処には、血まみれでその生徒に手を振る何かが居たという。
その話を周囲に漏らした翌日、生徒は死んだ。
パレットナイフを持った少女の噂そのままの死に様で。
その時からだ。
この噂が加速度的に広まっていったのは。
そしてその死んだ生徒は、美智の親友だった。

        こつ

  こつ

こつ


はぁ   はぁ   はぁ


      こつ

こつ
     こつ

 近づいてくる。
気配が、そして息遣いが。
[パレットナイフを持った少女]が。
明確な悪意を持って、追ってくる。
狂ったように笑い続ける携帯電話の音をBGMに。
横目に窓ガラスを見れば、見えるのは夜の帳。
そして半透明な自分と……自分を見つめる幾つもの目。
笑った目、蔑んだ目……悲しげな目。
様々な目が其処に存在し一様に美智を見つめていた。
思わず喉が引き攣り、奇声が漏れ出る。
もはや、背後だけではない。
周囲の全てが美智を追い詰めていた。
「いや、いや……こんなのいやっ」
 背後の気配との距離はもう、ほとんどないだろう。
そしてもう、美智はほとんど動けていない。
絶望に身体を縛られ、その絶望に恐怖を増大されて。
      
      こつ  
            こつ
         
         こつ
       こつ

 そして気配が……ついに背後に立った。
背後の気配が明確な形を成して……美智の肩をゆっくりと叩いた。
それでも美智は振り向かない。
しかしもはや逃げることも出来ない。
恐怖の中で、美智はただ立ち竦むしかなかった。
 どれくらいの時間が経っただろうか。
狂った空間は変わることなく其処に存在し美智を取り囲んでいた。
気配もまた背後に立ったままだ。
再び時間を動かしたのは、背後の気配だった。
「美智、こっちを向いて……?」
 聞き覚えのあるその声。
美智は思わず振り向いてしまう。
首の動きは止まらない。
そして彼女は見てしまった。
視神経のみで繋がれた腐った目。
汚濁が垂れ流されたままになっている半開きの口。
異臭が放たれている赤黒い制服。
そしてその異形の右手に握られている、不釣合いな新品のパレットナイフ。
ニヤリと笑った異形の顔は、変わり果てた美智の親友の顔だった。
異形はゆったりとその刃を振り上げ、斬り下ろし――




「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


















2005/06/01(Wed)12:45:14 公開 / 久能コウキ
■この作品の著作権は久能コウキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 こんにちは、久能コウキです。突発的にホラーを書きたくなり、今回拙いながらもホラーを書かせていただきました。とても短くなってしまったので、SSと迷ったのですが……SSのほうに分類されるようでしたら謝罪いたします。
 また、今回は前回指摘をいただいた多すぎた改行を少なくしました。しかし、演出上削れない部分は削りきれて居ません。描写力の無さが身に沁みました……。読みづらい文章になってしまうこと、申し訳ありません。
 こんな稚拙な文ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。
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