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『よくあるSchool Days』 作者:サン / 未分類
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プロローグ

 いつからだったろう、人生がどうでもよくなったのは。

 小さい頃は夢と希望で満ち溢れていた。半年に1回、将来の夢が変わることだってしょっちゅうだ。あの頃は何にでもなれる気がしていて……
 自分にはとてつもない力があって、それを使えばどんなことだってやり遂げられると信じていた。
 もちろん、そんな力なんてどこにもなかった。
 どこにでもいる普通の人間だったのだ。

 少しでもいい高校に入ってたくさん勉強し、少しでもいい大学に入ってもっとたくさん勉強し、少しでもいい会社に入って倒れるほど働き給料を稼ぐ。そして、綺麗な奥さんとかわいい子供たちに囲まれ、笑いながら暮らす。いつしか子供は親元を離れて結婚し、自分は仕事を定年退職し、老後をのんびり生き、そして死ぬ。
 こんな人生は真っ平だ。
 人によってはいい人生だと思うかもしれない。平凡が1番幸せなんだと言うかもしれない。でも、死ぬときに人生を振り返って、本当に幸せだったと言い切れるだろうか?1度しかない人生、歴史に名を刻むほどの偉業を成し遂げたい。だが、俺はそんな大それたことをやり遂げられる器じゃなかった。徐々に現実が見えてきて、今まで抱いてきた夢が全て自分じゃ叶えられないと知り、絶望し、人生がどうでもよくなった。
 だが俺はあいつと出会い、そして変わった。

 いつからだったろう、人生をあいつに捧げたくなったのは。


第1話 夢と希望のスクールライフ!?

4月――なぜか胸が高鳴るのは、この暖かさのせいだけじゃないはずだ。今日から新しい生活が始まる。新しい学生服に身を包み、ようやく咲き始めた桜並木の下を友人と歩く。
 こいつ、八神大地とは小学校からの付き合いだ。
 今年で10年目か・・・早いものである。ちなみに奴は近くを歩いている同じ1年生(女子)を観察していた。
「おっ! あの娘、かわいくね?」
おい、頼むから指差すな。
「えっ、どれ?」
でも、ついついそっちを見てしまう自分がいた。
「でも性格悪そうだから、パス」
「……」
 何がパスだ。贅沢な。
 外見だけで性格を判断されては、向こうはたまったものではない。それなら、超キモいお前はどう判断されるんだ?そんなことを考えつつ、俺は1人ぼ〜っと空を眺めた。
「ふぅ……」
 実に良い天気だった。雲はゆっくりと流れ、心地良い風に髪がなびいた。
「ちょっと切っておけば良かったかな……?」
ぼそっと呟いた。人間観察に夢中の大地には聞こえていないみたいだ。こいつは人見知りをするくせに、女好きだから困ったものである。
 女の子のことは学校生活に慣れてから……と考えていた俺だが、ふと斜め前を歩く少女に目が留まった。綺麗な髪をさらさらと揺らしながら、友達と話をしている。笑った横顔を見て……いや、後ろ髪を見たときからか。
 惚れてしまった。
 電気がびびっと走った気がした。俺の短い人生の中で、これほどの美少女はテレビでしか見たことがない。いや、そこらの下手なアイドルなんかより、何倍もかわいい。
 だが自分とじゃレベルが違いすぎる。叶わぬ恋だろう。だけど、3年間あんなかわいい子といっしょに過ごせると思うと、自然に胸が高鳴ったのも事実だ。
「……い……ュウ!」
「……」
「おい、リュウ!!」
「……んぁ?」
おっと、そういや隣には野郎がいたんだっけ。
「何アホ面してんだよ?」
あぁ、確かにアホ面してたさ。でもお前には言われたくないな?
「俺、光ヶ丘高校選んで良かったわ♪」
つい笑みがこぼれた。
「何だ、いきなり?」
大地は本気で不思議がっていた。
「だいたい、まだ始まってねぇってのに……」
理解できねぇって感じの視線を俺に向けた。
「わはは」
とりあえず笑った。自然に笑えた。正直、あんな子がいるとは思ってなかったからだ。
「大丈夫か……?」
ちなみに俺は桜井龍斗って名前だ。
よく名前負けしてるって言われる。仕方ないじゃん。つけたの俺じゃないし。でもみんなは略してリュウって呼ぶみたいだ。いや、別にいいけどね。1文字縮めただけでも、立派なニックネームだろ。んで、隣にいるのは八神大地(あだ名なし)だ。別にこいつは今すぐ覚える必要ないんで、とりあえず俺だけ覚えてください(ぺこり)。
いいか、桜井龍斗だぞ?桜井龍斗だぞ?
あとで、誰だ、こいつ?ってならないように、ここでしっかり覚えた方がいいぞ!
と、くだらない会話や思考を巡らせながら、駅から学校まで歩いた。だいたい15分くらいだ。これからほぼ毎日、この道を行ったり来たりするわけだ。橋を渡り、角を左に曲がる。すると我が光ヶ丘高校が見えてきた。
 ん?……ちょっとボロいぞ?


第2話 運命感じるクラス分け

 目の前に強力な敵が立ちはだかった。光ヶ丘高校に通う上で、避けては通れない相手だ。
 覚悟はしていた。
 だが、悠然と待ち構える『それ』に、俺たちは言い知れぬ恐怖と絶望を覚えた。
『それ』は――果てしなく続く、凄まじく険しい坂だった。
「やってられん……」
まだ春先だというのに、登りきると背中がほんのり汗ばんでいた。
「ありえねぇ……」
大地もぐったりしている。正直、足疲れた。
まだ若いのに……
体力、落ちたなぁ。
 HPの約半分を消費したまま、、昇降口へと向かう。そこは新入生で溢れかえっていた。この人混みが、さらに俺たちを精神的に疲れさせる。
 だが、クラス分けの表が貼ってあるのだ。何度味わっても、見る瞬間は楽しいものだ。
「早く見に行こうぜぃ!」
「え〜、俺もう疲れた……」
 大地は全く動こうとしない。そんなヘタレは無視して、俺は1人で見に行くことにした。必死に人の波を掻き分け、張り出されている紙を凝視する。
「え〜っと、俺は……」
 混んでいる所が嫌いな大地は後ろで待っていた。相当、参っているようだ。
 田舎者め。
「あ〜、俺6組か」
 別に嬉しくも悲しくもないや。大地は2組か。離れてしまったのはちょっとショックだなぁ。
 いったん大地の元へと戻って、結果を報告する。
「お前、2組ね」
 普通、こ〜いうのは自分で見に行くだろ〜に……
 こいつは変わり者だから仕方ないが、もし、誰かが俺より先に自分のクラスがどこなのか喋ったら、絶対何かおごらせてやるね。
「一緒にはなれなかったか」
 ちょっぴり切なそうに大地は呟いた。
 昔からそうだ。何で先生ってのは仲の良い友達同士を引き離そうとするのかね?結局、義務教育の9年間で、こいつと一緒になれたのは2年間(小1〜2)だけだ。
 おかしいよな……確率は1/2のはずなのに。
「また来年があるって!」
と俺は言った。が、ちなみに言っておこう。来年も一緒になることは絶対にない。
 なぜなら俺は理系志望だからだ(大地は文系志望)。2年になったら、理系クラスと文系クラスに分かれるので、3年間大地と一緒になることはない。
 残念だ……
 まぁ、この時の俺らじゃ分かるわけないか。
「さて、行きますか?」
 周りの生徒も続々と教室に向かっているようだ。俺たちは遅いほうだったに違いない。
「6組は新校舎の2階か」
 ここ、光ヶ丘高校は校舎が旧校舎と新校舎に分かれている。旧校舎には1年1、2組と2、3年生が、新校舎には1年3、4、5、6組があり、その中でも3組だけが1階だった。ちょっと特殊な教室配置にかなり戸惑うと思うが、そのうち慣れるだろう。
「はぁ、6組か」
 何か最後ってのは落ち着かなくないか?
 玄関を過ぎ、階段を登ったところで、旧校舎と新校舎を結ぶ渡り廊下が見えた。
「ここでお別れだな」
 渡り廊下のすぐそばに、1−2があった。何気ない顔であとを追ってきた大地は、ちょっと驚いたみたいだ。
「えっ!? 俺だけ古い校舎かよ……」
 しかし実際のところ、新校舎のトイレは汚いし(しかも和式)、教室は狭いし、移動教室は遠いし、いいことなしだ。ということに気づくのは、もう少し後になってからである。
「んじゃ、学校終わったら、あの坂の下で待ち合わせね」
と、大地。
「おう、ちゃんと友達作れよ!」
とは俺のセリフだ。あまりフレンドリーじゃない俺から見ても、大地は人付き合いが大の苦手だった。余計なお世話かもしれないが、こういうことは最初が肝心。俺はぐっと親指を立てて、戦友にエールを送った。
 大地と別れ、渡り廊下を歩いていくと自販機が見えた。おっ、何か安いぞ。コイン1枚で買えるぞ。
「さすがに炭酸はないな」
どうせ飲まないが。
「ってか、コーヒーとか紅茶多すぎ! 俺、飲めねぇよ!」
と、人に聞こえないように独り言を言ってみた。旧友に聞くと、俺はよく独り言を言うらしい。
 別に寂しい男ってワケじゃないぞ?
 紅茶×、コーヒー×の俺には少々辛いこの自動販売機だが、値段が安いのとオレンジジュースがあったのとで合格点をあげた。高校は何かと便利だ。
 階段を登ると、奥から4、5、6組と続いていた。意を決して6組のドアを開ける。
 一瞬だけ視線が集まり、0.2秒くらいですっと元に戻った。
あぁ、そうさ。俺には別に魅力もカリスマ性もないさ。
ちっ、後ろから入れば良かったな……
 軽く傷付いた俺は、とっとと自分の席を探し、椅子に腰掛けた。窓際の席という、なかなかの好ポジションだ。
 荷物が少なかったのですぐ整理は終わり、あっという間に暇になった。だが隣の人に話し掛ける勇気もなければ、話題もない。
 しかも隣に座っている女の子は、怒っているのか表情が怖い。髪を両脇で結び(ようはツインテール)、さらに肩にかかるくらいに伸びた髪が、軽く内側にロールしていた。
 正直、けっこーかわいい。
「(どうしよう……?)」
ここで、俺の脳内に選択肢が現れた。
1、隣の女の子に話し掛ける
2、前の♂に話し掛けてやる
3、ぼ〜っとする
「……」
 3番を迷わず選んだ俺は、間違いなくチキン野郎だ。仕方なく、辺りをキョロキョロ見回した。
1人孤独と戦っている人や、友達の輪を広げるのに一生懸命な人もいたが、俺はそんな気にはなれない。
 やっぱり、そう簡単には慣れないな……
 はぁ……と大きく溜め息を吐いた。
 その時――
ふと1人の少女が視界に入ってきた。
「(あっ、あれはさっきの……)」
本気でよっしゃ!と叫びそうだった。
「(同じクラスだったのか♪本当にかわいいなぁ……)」
 今度はばっちり正面から顔を見ることができた。俺の目に狂いはない。本物の美少女だ。
 しばらく見惚れた。
 見惚れすぎて、先生が来たことに気が付かなかったようだ。みんなが起立し終わってから、慌てて俺も立ち上がった。


第3話 定番!自己紹介スタート♪

 起立、礼、着席をした後、すぐに整列し、入学式が行われる体育館に向かった。
ここでは重要なイベントが皆無なので省かせてもらう。
 ただ一言。疲れた。
 のんびりした口調の校長の挨拶には終わりが見えず、まさに絶好調といった様子だ。
立っているのが辛く、そろそろ倒れそう……と弱気になってきた所で、入学式は無事終了を迎えてくれた。
 入学式が終わると、すぐに教室へ戻り、担任の挨拶が始まった。
「今日から6組の担任になった須藤だ。1年間よろしくな!」
 元気でまだ若い先生だ。30代前半かな。ただテンションが高すぎる。俺はちょっとついていけそうもない。
 学校の先生は嫌いじゃない。むしろ、好きなほうではあるが、俺は人見知りをする性格なので、最初から心は開かない。いや、開けない。だから、教師だけじゃなく、ここにいるまだ名前も知らない同級生と仲良くなるには、多少時間が必要である。
 俺はあまり自分の性格が好きではなかった。
「……と、いうことで早速自己紹介いってみよ〜!」
 全然話を聞いていなかったが、気が付けばもう自己紹介のコーナーに進んでいる。
 え〜っと俺は1、2、3……4番目!?
 あっ、桜井だから早いのか。
「じゃあ名前と出身中学校と入りたい部活、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味とかを言ってくれ!」
 先生、それちょっと多いよ……
 考える時間はほとんどなく、最初の人はアドリブで回避したみたいだ。もちろん即興で考えさせられた1番の人が笑いを起こせるはずがなく、俺は名前すら3秒で忘れてしまった。
 こうなりゃ俺が笑いを……と、燃えてみたものの、俺には閃きというセンスが欠けていた。
 こんなことならおもしろいネタを考えてくれば良かった……
「はい、次。桜井龍斗君!」
「えっ……あっ、はいっ!」
 おっと、もう来たのか。びっくりしちゃったぞ。
 慌てて立ち上がったので、椅子がガタッと大きく音を立てた。
「え〜っと、東中から来た、桜井龍斗です。入りたい部活はバスケ部です。好きな食べ物は……」
 まずい、このままじゃ普通に終わってしまう。ここで一発ウケを狙わねば……
「好きな食べ物は……え〜っと……好きな食べ物は……」
 思いつかない……あっ、背中から嫌な汗が出てる。
「龍斗、思いつかないなら、飛ばしてもいいんだぞ……?」
 やってしまった。先生にフォローさせてしまった。周りの視線が痛い。と、思ったら、なぜか笑っている人もいた。
 ん?これは喜んでいい場面なのか?それとも馬鹿にされてるのか?とりあえず、次いってみよう。
「はい、嫌いな食べ物はピーマンです」
 さり気なくウケた。数名にだが……
 そこ、ガキっぽいって言うな。
「趣味は二度寝です」
 これはけっこー本気で答えたつもりだったが、また笑っている人が1人だけいた。俺はその人の笑みを忘れられないかもしれない。
 どこか救われた感じがした。きっと笑いのツボが浅くて広い人なんだろう。あとでその人に話し掛けてみよっと。でも、寝るのって本当好きなんだよね。
 どこもおもしろくないと思ったそこのあなた、すまん。その程度の♂なんだ、俺は。
 軽く落ち込みながら、椅子に座る。自然と溜め息も漏れる。
「はぁ……」
と、突然、前の席にいた男子が振り返って、俺に話し掛けてきた。
「龍斗君っておもしろいね♪おかげで、みんな緊張が解れたみたいだよ!」
 何だ?馴れなれしい奴だな。ってか、この人誰だっけ……?
 キョトンとした目で見つめてると、向こうが気を使ってくれた。ごめんよ。
「もう忘れたの? 木村誠也だよ」
 忘れた。ってか、聞いてなかった。
「いや〜、1発ウケを狙おうとしてたら逆に緊張しちゃって、ダメだったよ」
 あははと笑いながら、頭を掻いた。
「あっ、俺のことはリュウでいいからさ。みんなそう呼んでるし」
 そう言うと、誠也はにっこり笑って答えた。
「うん、僕のことも呼び捨てでいいからね♪」
 凄く人が良さそうだ。世の女性陣、この男は騙しやすいぞ。チェックしとけ。
 しかし、いい笑顔だ……正直、ホッとした。最初の友達がいい人そうで良かった。
 あれ?この顔、どっかで見たことあるぞ……?
「あのさ、俺とどこかで会ったことある?」
 え?っという感じの表情だが、それはまたすぐ笑みに変わった。
「うん、あるよ♪ 覚えてない?」
 う〜ん、もうちょっとで思い出せそう……
「俺、記憶力弱くて……」
 とぼけてみた。そして、もう一度顔を見た。
 ん?
 何かが引っかかった。もしかして……
「誠也、無表情になってくれないか?」
 ちょっと不思議がっていたが、真っ直ぐ視線を俺に向けてくれた。澄んだ綺麗な目。こりゃ間違いなく善人の目だな。
 そして、俺は何もかも思い出した。
「光中の4番?」
 俺は試合の時、相手選手を番号で覚えていた。そしてこいつはその年の地区を制覇した、光ヶ丘中学校のキャプテンだ。
 試合中は鬼気迫る迫力で、今みたいに微笑んではいない。
 真剣そのもの。男の顔だった。
「正解だよ♪ リュウは東中の6番でしょ?」
 クスクス笑っていた。
 本当、試合の時とは別人だ。              
「覚えててくれたんだ♪」
 嬉しかった。そんな目立つキャラじゃなかったんで、覚えてくれてるのはかなり嬉しい。
「僕、記憶力強くて♪」
 あははと笑い合った。自己紹介はもう女子までいったらしい。
 そして―――
 とても冷たく、怒っているようにも感じる声が響いた。龍斗には、どこか悲しげな声に聞こえた。
 ってか、俺の隣からかよ。
「水月明日香、城西中出身、バスケ部。好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味は特になし」
 機械か、こいつは。
 まるで感情がないみたいだ。平坦な口調で、淡々と呟いたと思ったら、もう座ってやがる。しかもバスケ部か。
「城西中って、県外だよね……?」
 俺にしか聞こえないように、誠也は小さな声で聞いてきた。
「あっ、確か俺らの年の県大会準優勝高の……」
 まさか……
「彼女、そのメンバーじゃない?」
 って、ことは……
「バスケ超上手いよ」
 この機械女が?
「うん」
 けっこー、かわいいよな?
「うん」
 話の分かる奴だ。ってか、そんな強い学校から、こんな田舎の学校に来るだろうか?光ヶ丘高校は推薦なしのはずだし……
「きっと何か事情があるんだよ」
 それが気になるな……
「あとで話し掛けてみれば?」
 笑いながら、誠也は囁く。
「無理言うなよ。話し掛けたら即殺スって感じのオーラ出してるもん」
 あはは、と誠也。
「それは言い過ぎだよ〜」
 そして間に数人の女子を挟み、いよいよあの御方の登場だ。美しい長髪を太陽の光で煌かせながら、すっと立ち上がった。
 女神様だ……
 声は透き通るようで、まるでマイナスイオンが出ているみたいに癒される。
「吉川唯です。星南中から来ました」
 吉川唯。この名前を俺の一生忘れない人リストNO.2に登録しよう。
 No.1は誰かって?興味がなくてもあとで教えてやるよ。
「かわいい人だね♪」
 またヒソヒソと伝えるのは、もちろん誠也だ。しかし、今日二度目の放心状態の俺に、そんな声は届かない。不審に思った誠也は、俺の視線の先を追った。そして、こいつらしからぬ嫌な笑みを浮かべた。
「リュウ、あの子に惚れたね?」
 この声は深く俺の心に届いた。
「んなっ!?」
 いきなりの核心をついた発言に、ついうろたえてしまった。その間にも吉川唯様は自己紹介を続けなさった。
「部活はバスケ部に入ろうと思ってます」
 今、何と?
「バスケ部だってよ♪ 良かったね」
 嬉しさのあまり、開いた口が塞がらなかった。
「これは運命なんですね、神様……?」
 んなワケねぇだろ。
「好きな食べ物はチーズケーキで、嫌いな食べ物は生のお魚がちょっとダメです……」
 ちょっと後半は照れながら言ってるあたりがGOODだ。今度、チーズケーキを貢物として渡そう。俺、生の魚は大好きなんだけどなぁ……
「趣味は音楽を聴くことと、読書です」
 うんうん、いいねぇ……清楚だねぇ……えへへ……(←すっかりダメ人間)
 話し終えた吉川唯様は、また静かに椅子に座りなおした。凛とした態度は、まさにお姫様といった感じだ。きっと家柄も立派に違いない。
 しかもバスケ部か……なかなか活発なお嬢さんなんだな。
 ちなみに出席番号は彼女が最後だった。自己紹介も終わり、てきとーにHRをこなし、下校時刻となった。初日なんてこんなもんである。
 結局、俺の隣に座る奇妙な女・水月明日香は、クスッとも笑わないどころか、表情に変化がなかった。何なんだろ……
 逆に吉川唯様は常に笑顔を振り撒いていて、一日が終わるころにはすっかりクラスの人気者になっていた。
 俺はというと……
 今、隣で笑いながら話し掛けてくる男を1人GET!した。
 なぁ、誠也。その笑顔を水月明日香にも分けてやってくれよ……
 誠也は光市に住んでいるので、あの坂(降りるのも辛い)の下ですぐ別れた。
 学校の近くには、何かしらの店があるのがセオリーである。飢えた若者から、お金をたんまり巻き上げるためだろう。
 光ヶ丘高校にも下店(学校の坂の下にある店の略)と呼ばれる小さなお店屋さんがあった。品揃えは悪くても、その大判焼きやたこ焼きの味はなかなかのものである。夏にはソフトクリームやかき氷も出るらしい(誠也談)。
 俺は大判焼きのハムエッグ(これがまた上手い。えっ、意外?いいから食ってみろって!)を頬張りながら、あの馬鹿友を待っていた。辺りは見知らぬ学生で一杯だったが、孤独にハムとマヨと卵の味を噛み締めていた。
 これ、最高だわ。
 全て食べ終わると、やっと坂の上から、いかにもやる気のなさげな男が降りてきた。
「おせ〜よ」
 ちょっと機嫌悪そうに言ってやった。
「こっちの担任の話、長すぎるんだって!」
 大地は完璧に機嫌を損ねている。
「早く行かないと、電車遅れるぞ?」
 そう指摘してやると、携帯電話の時刻を見て大地は慌てた。
「急げ! 乗り遅れたら、2時間待ちだ!」
 大地は走り出した。俺を残して。
「って、ちょっと待てよっ!」
 せっかく待ってやったのに!
 この恩知らずめ!
 後ろから、石ぶつけてやろうか?などと考えつつも、遅れたらたまったものではないので走り続けた。仕方なく、ダッシュで駅まで向かった。
 途中、信号で止まるわ、前の女子生徒は歩くの遅いわ、自転車の大群が歩行の邪魔をするわで、
結局、あと20秒足りず、俺たちはゴール目前で涙を飲んだ。
「畜生……」
 何でだろう?すげぇ悔しい。
「気を取り直して、本屋で立ち読みするか……?」
 賛成。
「んじゃ、行こう」
 その後、本屋で立ち読みを2時間行い(営業妨害)、無事家に辿り着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
 電車通学って大変なのね……
 その日は早く寝た。9時頃だったかな。だって朝起きるの5時30分なんだぞ?体が持たん。疲れていたのか、俺はすぐに夢の中へと引きずり込まれた。
 こうして俺のスクールライフ初日は幕を閉じたのであった。


第4話 朝の出会い。沈黙との戦い。

 俺は早起きが大の苦手だ。今朝、それを再確認した。
 目が冷めても、ベッドは俺を放そうとせず、また夢の中へと引きずり込んでいく。布団の温もりが体に伝わり、俺は心地良い誘惑に勝てず、瞳は静かに閉ざされる。
 結局、母親の怒声に叩き起こされ、食欲のない状態でご飯を詰め込み、とっとと準備をして、家を出たときには、電車到着まで残り10分となっていた。
 ぎりぎり間に合いそうだ。
 まだ眠い眼を擦りながら、俺は靴を履き玄関を出た。とぼとぼ歩きながら、そのあまりの静けさに、気味が悪くなった。いくら田舎といえども、人の気配が全く感じられず、鳥の囀りだけが辺りに響き渡っている。
 朝日はやっと海の彼方から顔を出し、低い野山を照らし始めている。新鮮な空気や若葉の濃い緑色が俺の眠気を覚ましていく。
 朝の風景ってのも悪くないな。
 小さい頃に見た光景を懐かしみながら、ゆっくり歩いた。こんな朝早くにここを歩くのは何年ぶりだろう?過去の思い出が静かにフラッシュバックされていった。
 おかげで電車に乗り遅れそうになったのは言うまでもない。
 駅で大地と合流。
「相変わらず時間にルーズだな、お前は」
 息遣いの荒い俺。後半のダッシュが効いたな。
「ハァ……ハァ……」
 車内は意外と混んでいて、座れそうになかった。
 勘弁してくれ。
 立ちっぱなしで終点・光ヶ丘駅まで向かい、そこから学校まで歩く。途中のコンビニに寄るかどうか迷ったが、金がもったいねぇ!という大地の強い反発により、学校まで直行となった。
 今日も俺たちを待っていてくれた、通称『青春坂』。
 ふざけるな。
 ただ無駄に急な坂が、何で青春なんだよ?
 ネーミングセンスを疑うね。
 仕方なく、意を決して登り始める。
「……」
「……」
 なぜか2人とも無意識のうちに無言となっていた。言葉ではなく、息遣いだけが聞こえてきた。
 そして、ゴール。
 おい、誰だ、こんな坂にしやがったのは。
 込み上げる怒りと疑問と疲労を抱え、呼吸を整えながら教室へと向かう。途中で大地と別れ、また1人渡り廊下から階段を登り、6組へ入る。
 今日は後ろから入ろう。
 ちょっと重くて開きにくいドアを開けると、まだ1人しか来ていなかった。
 しかも女子だ。
 昨日、俺の自己紹介のときに笑ってくれてた女の子だった。
「(気まずい……)」
 こういう状況に慣れていない俺は緊張しながら席につき、道具をしまった。
「……」
「……」
と、沈黙が続くのは当たり前である。
 その前に名前、覚えてない……
 最低だ。
 その子の見た目は良く言えば活発そうで、悪く言えば気が強そうな感じのする女の子だったが、意外にも静かに読書をしていた。
「(何ていう本だろ?)」
 俺も昔は読書大好きっ子だったので、多少興味はあった。連日のように図書館に本を借りに行き、下校途中歩きながら読んで、車に轢かれそうになったくらいだ。
 小学校1、2年生のころだけどね。
 今は本読む時間なんてねぇよ!という言い訳をして、読書の時間は激減してしまった。
 その子の席までだいたい5mくらい。もちろん、この距離から活字が見えるほど、俺の目はよくない。
 1−6の静寂は俺とその女子によって、8分間(けっこー長い)守られ続けた。気が変になりそうだ……
 何度、話し掛けようと迷ったことだろう。
 結局、何の行動も起こせないまま、続々と生徒たちが入ってきて、朝の沈黙は破られた。
 誠也、お前も朝早く来い……
 長い長い朝の休憩時間も、チャイムによって終わりを告げた。遅刻ぎりぎりで、教室に駆け込む男子も数名いた。
 何でこんなに家が近いのに遅れそうになるんだ?
 俺が朝、何時に起きてるか教えてやろうか?
 5:30だぞ、5:30!!
 お前らにできるか?お前らなんて7:00起きでも間に合うだろが、ゴルァ!と、静かに怒りを爆発させた。
……さて、と。
授業スタートだ。
2005/06/05(Sun)22:38:34 公開 / サン
http://www.geocities.jp/fujiikatuma/
■この作品の著作権はサンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
恋愛オンリーというわけでなく、楽しい青春時代を描いた作品にしたいです。
かなり未熟者なんで、ご指摘して頂けると幸いです。
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