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『カラクリ 『後編』』 作者:疾風 / 未分類
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――今日三度、電話が鳴った。



「来たか」
 その男の声は思いの他はっきりと聞こえた。そう感じた訳は、自分の聴力がそんなに良くないと言う事と、周りの状況が騒然としていたからだ。
「目標はどこです?」
 挨拶も無く、本題へと入る。無駄に話をする余裕は無いだろうという配慮からである。当然、そんな態度はよろしくなく、相手の男は眉間に皺を寄せた。
 その男は、背が高かった。背が高いだけではない、単純に大きい体つきをしている。顔もそれ相応で、頑強そうな風貌である。そんな彼が動きにくそうな地味なスーツに身を包んで居るのだから滑稽と言えない事は無い。
「電話で言った通りだが……。目標は、すぐそこに居る。周りを警官で固めているが、なるべく早く下げさせたい。それと犯人らしき者から先ほど署の方へ犯行声明があった。なんでも『あれ』には時限的な爆弾が積まれているらしい」
「そうですか。じゃ、後は俺に任せて下さい」
「そうですか、だけか? 爆弾だぞ、漫画や小説じゃあるまいしそう上手くいく訳が……」
「俺は昔、爆弾処理班に居ました。だから大丈夫ですよ」
 そう言って、目標へと向かう。
 勿論、爆弾処理班に居たことなんて、あるわけなかった。


 その警官数十名によって包囲されていた『あれ』は、一目見れば極普通の綺麗な女性に見えた。だが、瞬きもせず、呼吸もしていない。ただ直立不動で佇んでいるそれを、人間とは呼ばない。
 それは、『カラクリ』という単一目的型自動人形と言う「物」だ。
 ――つまりはそう言うことだ。カラクリと言う一種の工芸品は、専門家で無ければ全く手の付けられない物なのだ。だから、自分が呼ばれたのだ。
「デクトさん、どうですかね」
 突然、後ろから自分の名を呼ばれた。
「……その名前で呼ぶな、呼ぶなら苗字で呼べ」
 そう言葉の主に背を向けながら言う。
 自分の苗字は山田と言う。ありふれた苗字で、あまり面白みの無いものだが、名前で呼ばれるより良い。
「はいはい、山田さん。で、どうなんです?」
「どうもこうも無いさ。まだ触っても無い」
 振り向きながら、後ろに立っている岸田に言う。岸田は最初に会った時から変わらない笑顔で、「そうですか」とだけ言った。
 岸田は高校以来の数少ない友人である。いつも笑顔を崩さず、相手を馬鹿にしたような物腰のこの男をデクトはあまり好きではない。それでも付き合いが続いているのは仕事だからである。デクトが仕事をこなす傍ら、岸田はその監視をしている。監視、と言ってもただ見ているだけなのだが、それがデクトが彼を嫌う最大の理由である。
(見ているだけで給料は俺よりも上なんだよな)
 いつもそうは思わないのだが、何故か今日はそう思った。


 まず最初にデクトがしたことは、目標であるそのカラクリが身に付けている衣服を全て取り払う事から始めた。カラクリにそれなりの格好をさせれば、遠目から見てほとんど人間と外観が変わらない。素材に木が使われているが、それは近くで見ないと分からない。
 そんな物だから、犯罪にも使われる。単一目的型、と言われるだけあり、目的の場所に歩いていき、そこで爆弾を爆発させるなんていう事は簡単に出来る。
 だが、つまりはそれだけしか出来ない。単一目的型と言われる理由は、本当に簡単な動作しか出来ないからだ。先ほどの例でいえば、「目的の場所まで歩いていき、爆弾を爆発させる」と言う事しか出来ないのだ。そして、そのカラクリはその為だけに造られる。
 今目の前にしているカラクリもそうだ。ここ――都心に位置する空港で爆弾を爆発させる為だけに造られ、今まさに自分に解体されようとしている。いや、もしくはその身と、その他大勢の人間の命を散らせるか。
 自分が失敗すればそうなる。そうはさせないが。
「おやおや、君にはそんな趣味があったのかい」
 衣服を全て取り払い、裸体を晒しているカラクリを目の前にしているデクトに、岸田がそう言って笑う。確かに端から見れば等身大の人形の服を脱がしている変態に見えるが、デクトはあまり気にしない。
 カラクリを解体する上で、そのカラクリが見に着けている物は邪魔でしか無い。そうデクトにとってはそれが仕事なので、気に掛ける要素にはなりえないのだ。それでも、一応は反論する。
「俺が人形を脱がして喜ぶように見えるかい?」
「いいや、全然。だって山田さんは女になんか興味なんてないでしょうから」
 さらりと失礼な事を言われた気がした。そう言われればそうなのだが、今年で二十五になる自分にとっては、そろそろ結婚を考えた方が良いのではないかと思う事がある。
 とりあえず、岸田は無視して仕事に掛かる。
 衣服を全て剥いだそのカラクリをまずはじっくりと観察してみる。そして、それがそれなりに上手く造られた物であるという事が直ぐに分かった。
「継目の部分もしっかりと隠してあるし、関節の部分も上手く造ってあるな……」
 木を材料にすれば、小さいパーツを組み上げて人型を作っていくことになる。その継目継目に特殊な接着剤を使って固定していくのだが、それではその継目が目立ってしまう。そこで、塗料を使って目立たないようにするのだが、このカラクリはそれが上手い。
 そして関節の部分はその部分だけゴムで作られる。昔は一定の方向のみにしか可動しないように造って誤魔化していたらしいが。そのゴムをちゃんと張らないと、可動したときに皺がよったりして不自然になる。
 勿体無いと思う。これだけ完成度の高いカラクリなのに、自爆と言う目的で造られたなんて。
 ――余計にこの仕事を成功させなければ、と思う。それで成功したら持って帰って元通りにしてやろう。
 仕事道具が入っているバッグを手で手繰り寄せながら、そう心に決めたデクトだった。


 とりあえず爆弾らしきものを発見したデクトは、その構造にうんざりしていた。壮麗な外観に反して中身がかなり粗雑に造られていたのだ。外見ばかり気にかけて造ったのか、無駄な部品が多く、素人と思えるほどだった。
「それが爆弾ですか。へぇ、初めて見たけど映画で見たのとそっくりだ」
 映画で見たのと。そう岸田が例えたその爆弾は、まさしくその通りだった。アナログ表示の時限装置があり、そこから数本の導線が爆弾らしき物に伸びている。
「本当に大丈夫なんですか? 山田さん。あれですよ、違う導線を切ったらドカン、ですよ。これは」
 黙っていて欲しい、とデクトは思うが、それを言っても聞きはしないだろうと諦めた。それよりもこの爆弾だ。まさかとは思ったが、本当に時限爆弾だったとは。そして今時こんなことをする奴の趣味が知れない。とりあえず時限爆弾のアナログ表示を見れば、丁度後一時間を切ったところだった。
「岸田、爆弾処理班を呼んでくれ」
 とりあえず爆弾を見つけたから自分の仕事は終わりだろう。触ったり揺らしたりしたら爆発する爆弾じゃなくて良かった、と思いながらデクトは仕事道具を一つ一つ黒い中くらいのバッグに仕舞っていく。
「それにしても、脚とは考えるもんですねぇ」
「……これは素人には考えられないか」
 先ほど、これは素人による物かと思って居たが、デクトはその考えを改めた。脚――つまり太股部分に爆弾は設置されていた。脚とはカラクリを造る上で最初に造る場所であり、解体する時に最後に手を付ける所である。そこから考えると、カラクリの解体の行程を知っている者、と言うことになる。カラクリ造りを学ぶ上で最初に教わるのが組み上げで、最後に教わるのが解体である、というのも素人では無いという事の裏づけでもある。
「外側を上手く造りカラクリであると言う事を隠し、内側を粗雑に造る事により解体のスピードを遅くした……?」
 それしか考えられない。だとしたら、このカラクリを造った犯人は相当失敗したくなかったのか。
 そんな事を考えてみたが、それは犯人に聞かなければ分からないだろう。とりあえず自分の仕事は終わった。爆弾の解体までする、と言うことだったが、爆弾の解除方法など知らないので、それはその専門家に任せる事にした方が良い。
「お疲れです山田さん。後は警察の方が何とかしますよ」
 岸田がそう言って、僕に茶封筒を渡す。
「今回の報酬十万、確かに渡しましたよ」
 少し膨らんだその封筒は、確かに一万円が十枚入っていそうな厚さだった。それをデクトは受け取ると、それをコートのポケットに突っ込んだ。
「じゃ、俺は帰ります。あのカラクリ、後で俺の所へ送って下さい。じゃ」
 岸田が見送る中、デクトはその場から立ち去った。
 途中、岸田が何かを言ったような気がしたが、無視する事にした。
 建物の外は、雨が降っていた。



「なんだと……?」
 思わず、受話器を落としそうになった。それほど、デクトが驚くには十分過ぎる内容だった。
『あの後、カラクリの脚の中にあった爆弾が爆発したんです。幸い、死亡者は出なかったですけど、数名の警官が全治一ヵ月程の重症を負ったらしいです。――僕? 僕は何とも無いですよ。あの後事務所の方にすぐ戻りましたから』
 受話器の向こうの岸田が笑っているように思えて、デクトは少し嫌な気分になった。自分の責任、なのだろうか。自分があのカラクリを解体する途中で、何かマズイ事でもしたのだろうか?
『あ、それとですね。爆発の原因は遠隔操作による起爆だそうですよ。別に山田さんの不手際とか、そんなんじゃないです。それと犯人はまだ捕まってません。だからまたこう言う事が起きるかもしれません。その時はまたよろしくお願いしますよ』
 そこで一方的に相手側から電話が切れた。
 ツーツー、と言う音が、デクトにはたまらなく嫌に聞こえた。


「気を落とさないで下さい。社長の所為じゃ無いんでしょう? 良いじゃないですか。社長はやる事はやったんですから」
 デクトが落ち込んでいる時、カナコはいつもそうやって励ましてくれる。それをデクトはありがたく思っているのだが、今はあまり励まされた気分にはなれなかった。
「遠隔操作出来る爆弾なら、その遠隔装置を取り外す事が出来たはずだ。それにあのカラクリも救う事が出来たはずだ……」
 応接用のソファーに体を沈めながら、そう呟く。その後ろでは、困ったような表情のカナコが立っている。
 デクトが今居るのは、都内の小さなビルの中の一室だった。そこはデクト自らが社長を勤める会社であり、カラクリ専門の事業を展開している。
 そもそも『カラクリ』とは、日本の伝統工芸品であるからくり人形をより高性能にしようとして出来た物である。その技術は古くても巧いものがあり、試作的に造られた第一のカラクリは、既に人間としての容姿を完璧に真似ていたという。
 カラクリを動かす、と言うのはその後で思いついたものらしい。近年の人々が思い浮かぶ未来に居るロボットのように、人間の代わりに仕事をこなす人形を誰もが思い浮かべ、そして実現させた。代表的なお茶を運ぶからくり人形のような、簡単な動作だけで良い、と最初のカラクリには指定の場所まで歩く、と言う機能を付けられた。
 それから数年が経ち、カラクリは社会に少ないながら普及し始めた。
 カラクリは一種の嗜好品として大きな期待を受け、主に上流階級の人間向けに改良が進んだ。そしてカラクリを造る会社が創立し、今もカラクリが造られている。
 デクトが運営する会社は、そんなカラクリが関連する仕事を請け負い解決する、なんて事を主にしている。会社、といっても殆ど個人経営で、従業員もデクト自身を含めて二人しか居ない。
「社長、まぁお茶でも飲んで落ち着いて下さい」
 そう言ってカナコがいつの間にか淹れていたお茶を差し出す。彼女がデクト以外のもう一人であり、普通の会社でする事の殆どの仕事を受け持っている。
「あ、あぁ。すまないな」
「いえ。そんなことよりも社長、頑張って下さいね」
 カナコはそういつも言ってくれる。彼女の元気な笑顔を見れば、ある程度はやる気が出せる。
「とりあえず、当分仕事は無いな。うん。思い切って旅行でもしてみようか」
「あ、それ良いですね。私は賛成です」
 カナコとの何気無い会話。他人から見ればこの光景を見て、「男と女が二人っきりで同じ部屋に居るなんて何か問題が起こりそうだ」と言う感覚で見るだろうが、デクトはそんな事をあまり気にしない。恋愛感情が希薄、と言うこともその理由の一つだが、その理由は他にあった。
 それは人に言えない、デクトの数多い秘密の中でかなり重要度の高いものだった。


 突然、部屋の角に位置している電話が鳴った。また電話か、とデクトが立ち上がると、すぐにそれがファックスの受信であるという事に気がついた。仕事柄、匿名で仕事を請け負う事も多い。その為、盗聴される危険があるため電話で無く、ファックスで仕事を受ける事も多い。
 その電話と一体型のファックスから、ジー、と言う音と一枚の紙が吐き出される。そして、その内容を一目見て、デクトは一瞬動きを――呼吸さえも――止めた。
 その受信した紙には、こう書かれていた。
『親愛なるデクト様へ。

 今日の空港の件、残念でしたね。あなたが見つけた爆弾は、私が爆発させました。なんか、悔しかったので(笑)
 あのカラクリは私が丹精を込めてつくりました。そこそこ良い出来だったでしょう?
 でも残念な事に私はまだ中身をつくるのが上手くありません。かつては天才とまで言われましたが、今ではあの通りです。
 最後に、あなたに言っておく事があります。
 カナコはあなたのものではありません、私のものです。近々、迎えに行こうと思っているので4649(よろしく(笑))。
 
                 あなたに全てを奪われた者より』
 ――まったく手紙としての形式も、ましてや何を言いたいのか分からない部分もあるこの『手紙』。最初の書き始めから、デクトは悪寒を感じた。背中がゾクリとする感覚。
 そして、差出人の名前。これは。
 ふと、カナコの方を向いてしまった。カナコは、向けられた目線に気付き、デクトを見つめ返す。
「社長、仕事ですか?」
 いつもの調子でそう言うカナコにデクトはどきりとした。
 その時のデクトの表情はらしくない焦ったような顔をしていたが、カナコは全くそんな事は気にせずに、ただデクトを見ていた。


 ――今日三度、電話が鳴った。
 一回目は、朝早くに、警察の方から。
 二回目は、仕事が終わり会社へと帰ってきた直後に、岸田から。
 三回目は、雨の降る夜に、復讐者から。


 後


 ――右腕と胸が軋む度、彼の事を思い出す。
 かつてはお互いを友と呼び、僕自らは天才と称した。彼は自らを「デクト」と名乗った。
 彼は生まれつき五感の能力が低下していた。先天的なそれは、年月が進むに連れて、幾分マシになったと言っていたが、それでも眼鏡と補聴器を付けていなければまともに生活できなかった。
 故に――「木偶人」。木偶とは即ち何も出来ないただの木の人形である。彼の親はそんな意味をこめて、実の息子を蔑んだ名前を付けた。
 確かに、と僕は思う。
 確かに、代々人形師として名高い山田家の息子として、似合わない名前ではない。もっとも、彼の兄と姉は人形師として成功するような名前を付けられていて、比べる事もなく彼の名前は縁起が悪かったが。
 そんな彼をたまに哀れに思うことがある。
 視界は常にぼやけ、伝わる音は鈍い。物を含んでも異物感しか味わえず、鼻腔をくすぐる香も分からず、モノに触れてもその実感が湧かない。
 それは、外部からの侵食を自らで塞いだようだ。
 そう思うと、僕は非常に哀しくなる。
 自らではどうしようも出来ない、周りも何もしてくれない。それは人間として生きていく中で、かなり辛い事ではないだろうか――。

 /

 目覚めは悪く、寝起きも悪かった。頭を金槌で打ち続けているような連続した痛みと、今まで経験した事も無いような吐き気。
「――昨日は、確か」
 そのあまりにも不調な体を起こしながら、昨日の事を考えてみる。と、少し俯き加減な視先の先に、見慣れない瓶が転がっていた。――それを見て、自分がコンタクトレンズを外し忘れて寝てしまった事に気がついた。
「あれは、何だ」
 その転がっている瓶を凝視する。その瓶にはラベルが張られており、それは間違いなく酒の瓶だった。かなりアルコール度の高い、高級酒だ。
そんな物が何故転がっているのかと考えているうちに、胃の中の物が急速に熱くなっていくような感覚がした。
 デクトは直ぐにベットから降りると、その頼りない足取りで歩き出した。


「カナコ、水」
 事務所の椅子に腰掛けると同時に、デクトはそう言った。
(昨日。昨日か)
 まだ眠気の残る目を擦りながら、デクトは再度その思考を開始した。昨日、自分は何をしていただろうか。いつもはこんな思いをする事は無いが、何故か昨日の事だけすっぽりと抜け落ちてしまっている。ただ、分かっているのは自分が寝る前に酒を呷っていた位だ。自分は酒を飲まないが、寝室に酒瓶が転がっていた事と、明らかに自分が二日酔いの状態である、と言う事からの推測だ。
「はい社長。どうぞ」
「……あ、ああ。ありがとう」
 いつの間にか、カナコが目の前にまで来ていた。デクトはカナコの持つ盆の上から水の入ったコップを取ると、それを一気に飲み干した。先ほど胃の中の物を吐いて痛んだ喉が癒される。
「今日はどうしたんです? もう午後の二時ですよ」
「ん? ……もうそんな時間か」
 明らかに寝すぎだ。だがデクトが自ら作った会社なので何も問題は無いし、ここの建物は自宅兼会社なので特に用が無ければここから動く事も無い。
「それで、ファックスが来ています」
「分かった」
 ようやく気分が落ち着いて来た所で、デクトは椅子から立ち上がった。昨日の事を思い出す事はすっかり忘れていた。


 その紙面の内容は、こうだった。
「止まらなくなったカラクリを止めて下さい、か。色々と原因やその場所の状況やらを書いてあるけど、要約したらそんなもんか」
「社長、仕事ですか?」
「ああ。何でもカラクリが動きっぱなしで止まらないらしい。永久機関が内臓されたのはつい最近出来たばかりなんだが――まぁ、行けば分かるだろ」
 送られてきたファックスには、簡単な地図と住所があった。それを見ればここからそんなに遠くない場所にある。
 直ぐに仕事道具の入っている鞄を提げて、会社の出口、つまり入り口に向かう。
「じゃあ行ってくる。留守番は頼んだぞ」
「はい、気を付けてくださいね社長」
 笑顔で見送るカナコを背中で見ながら、デクトは会社から出た。


 外は暑かった。暑い、と言うよりかは蒸し暑い、と言った所だ。そういえば昨日は雨が降っていたような記憶がある。その雨は今朝にでも止んだのだろう、水溜りは殆ど干上がっていた。
(本当に暑いな……)
 暑かったり寒かったりに基本的には強いデクトだが、それでも今日は彼を唸らせるほど暑かった。
 あまりにも暑いのでスーツの上着を脱いだデクトだったが、シャツに汗の染みが出来かけて居るのに気づき、直ぐに上着を着なおした。
 この暑さは異常だ。まるで直接汗腺に訴え掛けるような暑さ。服が汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。
 そんな悪態を付きながら歩きつづけていたデクトだったが、目的地に着いて、そこがビルだった事に心底喜んだ。きっと、部屋の中は涼しいに違いない。そう踏んでデクトはその扉を開いて中に入った。
「いらっしゃいませー」
 直ぐに聞こえたのは若い女性の声。数人の女性が入り口で立っており、その人数からなる挨拶は、豪快な物があった。
 そして、それが全てカラクリであるということを、デクトは瞬時に読み取った。カラクリはその絶対数が少ないとされている。が、ある所にはあるのだ。
「で、地図にはここって事しか書かれてなかったんだが。このビルの何処かに居るって言うことなのか?」
 何となく口に出して言ってみる。勿論返答は返ってこない。
「それどころか……受付っぽいところも無いしな」
 その建物の外観は普通のビルのようだった。それに、自分の会社のビルよりも立派な。だがその内装はビルと言うよりもむしろ、マンションの様に見えた。エレベーターが直ぐ先に見え、非常階段が見える。それ以外は何も無い。だが昇降口になる此処でカラクリを置いてまで出迎えをするのだから、やはり企業の持つものなのか。
 とりあえず、何階かに行かなければならないだろう。そう思い一歩踏み出したところで、声がした。
「いらっしゃいませー」
 また誰か来たのだろうか。出迎え用のカラクリが、再びあの台詞を言うのが聞こえた。
「あ、山田さん。早いですね」
 聞き覚えのある、嫌な声も同時に聞こえた。
「岸田……」
 振り返ると、いつもの笑顔をした岸田が居た。普通の体型である彼が着る青いビジネススーツも、いつもの物と同じだ。
「じゃ、行きましょう。依頼人は最上階です」
 事務的な、しかし友人と話すような口調で岸田が言う。彼が何故此処に居るのか、と言うことをデクトは疑問には思わない。何故なら、仕事の依頼は必ず、岸田を通してデクトに伝わる。そんな体系を組んでいるのは、デクトの会社のスポンサーが、岸田の勤める会社だからだ。デクトへの以来の電話でもファックスでも、必ず岸田に通され、岸田が承認したものだけがデクトに届くのだ。
 同時に、デクトの仕事内容を纏め、事細かに報告すると言う仕事を岸田はしている。その事をデクトは「監視」と呼ぶ。実際岸田がしているのはただ見ているだけで、本当に内容を纏めているのかどうか怪しいのだが。
「行きましょう」
 岸田に先導されて、デクトも歩き出す。
 今更ながらにデクトは、ビル内に冷房などついていない事に気がついて、上着をまた脱いだ。


 最上階には何も無かった。
 「何も」無い訳ではなかったが、「それ以外」何も無かった。
 最上階の部屋の中央。ガラスで一面を覆ったその向こう側に見える街並みを背景に、彼女は佇んでいた。
 見覚えのある、栗色の頭髪。二重まぶたの目の上にある細い眉。形の良い鼻と、その下にある薄桃色の口唇。
 その見慣れた姿。
 その女性を、自分が一番知っている。
「カナコ……?」
 搾りだすように、そう声が出た。
 そう、カナコ。あのカナコが、今目の前に居る。
「なんで……ここに居るんだ」
 返答が無い事はデクト自身が良く分かっている。
「岸田……ッ!」
 キッ、と岸田をデクトは睨む。なんの冗談だ、何故彼女が此処に居る、と静かに吼える。
「…………」
 だが岸田は何も答えない。答えない所か、その笑顔に不安をデクトは持った。まるで貼り付けたような笑みを浮かべている岸田を、デクトは不審に、むしろ不安に思った。
 まさか――と、デクトは思う。
 だが、ありえない事ではない。
「まさか――お前はカラクリかっ……!」
 言って、不意に放たれた拳を避ける羽目になった。
「――!」
 岸田、と思われる人物が、突然拳を振るった。それをデクトは体を後退させて避け、その凶行に及んだものを睨む。
 不自然に頭を回し、不自然な笑みで同じようにデクトを睨む、岸田の皮を被ったカラクリ。既にその本質を隠し切れず、完全にカラクリと見なされてしまったそれは、狂ったように四肢を動かす。
 それは垂直に飛翔した。そして6メートル程上にある天井に体ごとぶつけ――る前にありえない運動で体を反転。まるで無重力空間を移動するように、天井を脚で蹴った。
 その重力と脚力による勢いで降ってくるその勢いは殺人的で、高速のそれは手刀を前方に翳すだけで殺傷力を付加させる事が出来た。
 だが、その一直線の軌道を見切る事はデクトにとって容易だった。特に運動神経が言い訳ではないが、当たったら間違いなく胸板くらいは貫けそうな凶撃を、半歩体を動かすだけで避ける事に成功した。
(多目的型機動人形……!)
 その線は有力だ。
 単一目的型自動人形が世に出て既に五年が経っている。その間にカラクリの研究が進み、伝統工芸品であるカラクリを一般社会に適応させる計画が始まっていた。
 その研究の成果が、今目の前にしているアレだ。多目的型機動人形と呼ばれるそれは、未来をイメージする際に誰もが思うロボットと、ほぼ同じ物だ。
 材質、構造、思考、発声――それらを近代科学で武装したカラクリは、まさに未来の夢だ。現にそれは完成し、今目の前に居る訳だが、それでもまだ試作機を含めて世に三体ほどしか居ない筈だ。
 その目の前にいるカラクリが、今まさに自分を殺そうとしている。
(冗談じゃない!)
 過去、殺人用のカラクリを相手にした事があるが、基本的にそれらは狙ったものにしか殺意を持たない。だが目の前のカラクリはまさに自分だけを狙って、襲い掛かっている。……もしくは最初から自分が標的だったか。
 突き出された手刀がデクトから外れ、それは床に突き刺さっていた。それを難なく抜くと、そのカラクリはデクトを見た。
 笑みと言う仮面をつけたその殺人人形を見て、再度不安を抱くデクト。先ほどから少しも動かないカナコも気になるが、とりあえずデクトはこの場から逃げないと、命の危険があると悟った。
 反転して、デクトは今来た道を戻ろうとした。だが退路はいつの間にか重厚そうなドアで遮られ、この部屋は密室と化していた。
「止まらないカラクリを止めてくれ、って、まさかアレの事なのか!」
 そう叫びながらその止まらないカラクリを見る。
 敵、の動きは速かった。
 大きく隙のある攻撃は避けられると判断したのだろうか、一テンポで間合いを詰めた相手は、それと同時にデクトの懐に手刀を繰り出す。
 勢いが無くても殺傷力を秘めたその攻撃を、デクトは受け止めようとして右手でその手刀の進路を塞いだ。
 だが、その攻撃を無傷で止められるはずも無く、右手の掌に、第一間接ほど手刀が食い込んだ。
 それにデクトは顔をしかめたが、あまり痛みを感じなかった。むしろそれを好機とし、動きの止まった相手に向かって、左拳で思い切りその頭を叩きつけた。
 ゴワン、と言う間抜けな音がして、デクトの左手の骨が砕けた。
「――!」
 痛い。だが耐えられない程度ではない。微弱な痛感を堪え、デクトはこれでもかと左脚のつま先を相手の膝辺りに放った。
 思いのほかその効果は高く、ぐらりと岸田顔のカラクリは体勢を崩し、その場に激しく倒れこんだ。
「――つ」
 蹴ったつま先が痛い。どうやら完全金属製のカラクリらしいそれは、その重量ゆえ倒れた体を起こす事が出来ず四肢をばたつかせてもがく。
 直ぐにデクトは置いていた仕事道具の詰まったバックを開くと、中から大き目のマイナスドライバーを取り出した。そして躊躇う事無くその先端を岸田の額に突き刺した。
「!……やマダ、さん。はやい、デス根……ビッ!?」
 狂ってしまったそのカラクリにとどめを刺すように、彼は次に左の眼球に凶器を突き刺した。
「ガガッ! ……最上階ですガッ! ……ビビッ!」
 もはや言葉を紡ぐ機能も狂ってしまったか。ドライバーを引き抜きながら、デクトは思った。
 ズキリ、と両手が痛んだ。見れば、ドライバーを掴んでいた右手の掌には穴が空き、そこからは生生しい白骨が見え、おびただしい量の血液が流れ出している。
 反対の左手は、その骨格が完全に砕かれ、全ての指がありえない方向へと曲がっている。
「……痛い、な」
 だがその痛みも希薄だ。痛いのはその映像を受け取った精神だ。あまりこう言ったことをしないデクトは、久しぶりにそんな痛みを感じた。
 それよりも、とデクトは彼女を見た。
 あんな事があっても、その表情を崩さない。
「カナコ……?」
 その呟きは、彼女には届かない。


―――――


 腕が首の肉に食い込んでいく感覚を、まるで他人事のように自分は感じていた。宙に浮いているのか自分の足場は無く、もがく足が地面を蹴る事は無い。
 今まさに、僕は殺されようとしている。
 目の前の、最愛の女性に。
 ――違う。目の前に居るのは彼女じゃない。彼女を模した、「人形」だ。
 彼女の名を、加奈子と言う。僕はよく加奈子をカナコと呼び、彼女も僕の事をクスノキと呼んだ。
 その彼女を模した人形に、僕は殺されるのか。彼女の両腕を掴む僕の腕はすでにに彼女を止めるほどの力を失っていて、見るものから見れば、彼女の手を使って、自分で自分の首を絞めているように見える。
 そこまで考えて、僕はまだ冷静で居られるのだと痛感した。呼吸も心なしか整っているように思える。
「…………」
 彼女は何も言わない。
 その沈黙は、来訪者を自分に知らせた。
 ばたん、とドアが閉まる音。開ける音は聞こえなかった。
「クスノキ」
 その来訪者に、そう呼ばれて、僕は唯一自由な眼球を回転させて彼を見た。
 相変わらずの美形で、どこか暗さを抱えたその人物を、僕は知っていた。
「デクト……久しぶりだね……」
 かすれて、聞き取りづらい声で僕はそう言う。
「……その名で呼ぶな」
 かつて、僕たちは日の始めにそう言った。彼はそんな僕を睨みつけ、僕は冷ややかにそれをなだめた。
「その……き、ず、は……痛く、ないのかい?」
 彼の両手を見れば、両方ともの手は普通ならかなり痛い傷を負っていた。それでもなお無表情で僕を見る。
「……痛くない訳、無い。お前だって、今痛いはずだ」
 ……それはどう言う意味だろうか。僕が痛い? そんな事は無い。だって僕は、一度、「死んでいる」のだから――。

 僕は最期に、彼を見て微笑みかけた。


―――――


 最後に、彼は笑みを浮かべて、死んだ。だらん、と垂れたその両手両足が、それを確かに物語っていた。
「カナコ……」
 目の前に居るのが、本物のカナコだ。かつてデクトが愛し、クスノキが愛した女性――を、模したカラクリだ。
「もういい、降ろしてくれ」
「はい、社長」
 いつもの調子で、カナコがそう言う。
 両手で掴んでいたその手をゆっくりと下ろすと、その死体を床に無造作に転がした。
「クスノキ……」
 かつて自分が天才と呼んだ男は、今こうして死体になっている。こんな光景を、デクトは以前に見ている。
 それは、デクトが一度、クスノキを「殺している」からだ。
 昔、デクトとクスノキは共同の工房を造り、そこで日々人形作りに明け暮れていた。当時はまだカラクリと言うものがなかった時代で、デクトは普通の人形を、クスノキはカラクリ人形を作っていた。
 そんなある日、ある事件が起こり、デクトはあろう事かクスノキを殺害してしまった。抵抗するクスノキの右腕にナイフを突き刺し、とどめに胸に向かってナイフを振り下ろした。
 その時のクスノキも、笑っていたと思う。
 それからその事件を闇に葬って、デクト今まで生きてきた。そして、事件の後でクスノキの死体が発見されていないと聞いた時から、こうなる事――もう一度自分がクスノキを殺す事――は、予想できていた。
「――これは」
 彼の死因は、腕と胸からの失血死だった。
 だが、今の彼の体を見てみると、その部分だけ、別のモノだった。

 腕と胸が、カラクリで出来ていた。


 終


後でカナコに聞いた事だが(データとして保存してあった)、あの晩自分は眠れないと言う事で酒を瓶のままラッパ飲みしたらしい。酒の味とか、酔うところとか、全体的に気にいらないので飲まない酒だが、いざ飲んでみると、味覚が弱いためいくらでも飲める。
 だからあんなに気分が悪かったのだ。
 そして、クスノキの死体は、岸田に頼んで処理して貰った。岸田は仕事のマネージャー的事もこなす。幸い、クスノキの死因は、カラクリの暴走による、事故死と言う事で片付けられ、自分はなんの罪にも問われない。
だが、自分に罪の意識があるのかと聞かれると、実はそんなに感じて居なかったりする。自分で言うのもなんだが、この世の中は、弱肉強食だ。弱いものは、強いものに殺される。かなり捻じ曲がった考えだと自分でも思うが、それでもそれが正しいと思う。弱いからこそ、向上心があり、強いからこそ、弱いものに負けないように努力する。俺は後者だ。常に弱者と言われ、強者の良いように扱われていた。だが今は、自分が強者だ。
クスノキの件は、その競争が殺人と言う結末で終わってしまったが。
 
あれから、僕の生活は一向に変わらない。変わらないのだが、よくカナコの事を想う。
 思えば、自分は受け取る事が出来なかった。五感が弱く、外界からの刺激を自分で隔離していた。そんな自分が表現できる事は少なく、それに伴って他人への付き合いと言うものが分からなかった。
 だから、カナコに恋している。
 カナコはただのカラクリだ。意志を持たない人形だ。だがすなわち、自分の感情を全て受け取ってくれる。
 そんなカナコに俺は恋をした。
 それがどんなに間違っているのかも、それがどんなに哀れな行為かも、自分は知っているのに。

 僕はカナコに恋をした。

 それは決して、叶わない恋じゃないと、俺は思う。


2005/05/18(Wed)12:50:56 公開 / 疾風
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■作者からのメッセージ
かなり遅い更新で、ようやく書き上げられました。でも時間に比例しないクオリティを誇ります(笑)

前編で秘密にしていた事柄を徐々に明かしていく――というコンセプトで書き進めていたのですが、なんだか失敗ぽいです。

>京雅さん
感想、ありがとうございますw実を言うと自分も人形作りなんて知ったことじゃあありません(ぉ でもとりあえずそれらしい理由を付けて説明しています。

>甘木さん
なんだかもう先を読まれてましたね……(汗 デクトの漢字は正しくそうです。あ、もしかしてこう言う名前のキャラが出回っているのでしょうか? …いまどき完全なオリジナルを創るのは難しいのさ(立ち直り

感想、指摘、なんでも良いのでいただけたらありがたいです。では。
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