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『手をつなぐ  読みきり』 作者:恋羽 / 恋愛小説 恋愛小説
全角3404文字
容量6808 bytes
原稿用紙約12.25枚

 雪はずいぶんと溶け残り、街は汚らしい土色の冷たさに覆われている。風はどこからかやってきて強く僕に吹きつけて、そして去っていく。
「ねえ」
「何」
 僕は無愛想に答える。美鶴はその返事に不満げな表情をした。僕への抗議のつもりらしい。
「なんでしょうか? お嬢様」
 僕が丁寧に聞き直すと、彼女はまだ少し頬を膨らませながら言葉を続ける。
「フキノトウ」
 そう言って美鶴が指差した先には、若々しい黄緑の葉と黄色の花をたくさんつけたフキノトウが小さく街路樹の生えた土の上に咲いていた。こういった物を見ると、どうしてもやはりもう春なのだと感じさせられてしまう。僕は顔をしかめた。
 僕は春が嫌いだ。そして冬が一番好きなのだ。僕の大切な冬を奪ってしまうこの春とやらが憎くて仕方ない。
「どうしたの?」
 美鶴が僕の顔を下から覗いてそう言った。聞かれても、そんな子供染みた理由で不機嫌なのだとはとても言えない。
「……別に」
 一言呟くと、僕は歩き出す。……雪国の汚れ尽くした春のアスファルトの上を。




                  『手をつなぐ』




 あれほどまでに降り積もっていた雪が、人々の足元からその姿を消してしまった。あのザクザクという心地良い音も、そしてひんやりと冷たい空気も。
 今年の冬は記録的な豪雪が降った。おかげで家の雪かき担当の僕は腰を痛めそうになってしまったほどだ。
 それほどの雪が今はもう見る影も無い。
 校庭の雪も。街角の雪も。皆消えてしまった。
 代わりに降るのは冷たく痛い雨。泥水を跳ね上げる雨。傘を差さねばならなくなる、いまいましい雨。
 僕は校庭を見つめている。泥水が水溜りを作り、そして僕の心までもを重くて苦い感情に染める。
「……誠、どうしたの? 帰らないの?」
 美鶴の声がする。僕はその声に遅い反応を示す。
 同時に教室を見回すと、もう僕と美鶴以外誰もいない。とうに下校時刻を過ぎているのだろう。
「お前こそどうした? もう帰る時間だろ?」
「誠を待ってたの! 玄関の所でずっと待ってたんだよ?」
 僕はあぁ、と気の抜けた返事を返す。そういえばそうだよな、と。
 僕と美鶴は初雪が降る頃に付き合い始めた。……それから何ヶ月だろう、まあ何事も飽きっぽい僕にしてはずいぶんと気の長い付き合いだった事は確かだ。彼女と一緒に途中まで帰っていくことは最早日課の一つの様になっていた。
「あぁ、じゃないよ。もう四時半だよ? 塾に遅れるよ」
 僕はまたあぁ、と返事をした。美鶴は溜め息をつく。
 彼女と付き合い始めた頃、僕は美鶴と同じ塾に通えていることを心から喜んでいた。退屈な時間も彼女と目が少し合うだけで、華やかな時間になった。……少なくともその時は、そう感じていたように思う。
 それが。
 今はどうなのだろう。僕は今も本当に美鶴を好きなのだろうか。
 僕は静かに席を立つ。そうしてスカスカの鞄を持ち上げると肩に掛けた。
「やっと動く気になったぁ?」
 美鶴は少し嬉しそうに笑った。
 彼女の笑顔に、僕は。
 ……なんの感情も抱かなかったんじゃないか?





 少し寒い春の夕暮れは余りにも早く僕達を急かしている。相変わらず見える物は冬の純白の雪ではなく、泥まみれになったアスファルトと泥水だけだった。
「エッコがさ、春樹くんと付き合い始めたんだってさぁ。今日も一緒に帰ってたよ」
 美鶴が親友の須藤の話をする。春樹というのはバスケ部のキャプテンであり、優等生の代表みたいな奴だ。
「あんな真面目な男のどこがいいのかね? あたしはわかんないや」
 僕は濡れたアスファルトの上に転がった石ころを蹴飛ばした。石は電柱に当たり、小気味いい音を奏でた。
 僕は学校を出てからずっと無言だ。……今は何故か美鶴とは話したくない。
 今口を開くと。
 何かまずい事でも言ってしまいそうで。
 どうしても僕には口をきく事が出来なかった。
 ……こんな状態で僕達は付き合っていると言えるのか?
 僕は一人で二人のことについて考えている。美鶴は先ほどの話から口をつぐんだままだ。
 二人の間には妙な空気が流れていた。……まるで別れを前にした恋人同士のような。
「ねえ」
 空気が一層その冷たさを増し始めた頃、ようやく僕は彼女に声を掛ける事が出来た。美鶴は、ん、と聞き返す。
「……春になっちゃったな」
 僕に言えたのは、たったそれだけの意味の無い言葉だけだ。だがその言葉にはどこか終わりを意味するニュアンスが含まれていたような気がする。
「あ、いや。当たり前のことだけど」
 僕は慌てて取り繕う。別に僕は美鶴との恋愛を終わらせたいと思っているわけじゃないんだ。
 美鶴は力無く笑った。僕にはそう見える。いつものような明るい笑顔じゃない。
 それからまた二人は無言になった。
 太い道路の横断歩道を歩行者信号が点滅を始めてから渡りきった時も。緩い坂道を登る時も。二人は互いに言葉を交わそうとはしなかった。
 いや。
 僕は彼女に「好きだ」なんていう風に声を掛けたかったんだ。……僕は彼女が好きなんだ。それは今も変わりない、はずなんだ。
 だけど僕は声を出せない。
 今美鶴に声を掛けたら。好きだ、なんて言ったら。そして、あたしも、なんて言われたら。



 ――僕は一体どんな表情をするんだ――?
 


 そして僕らは二人の帰り道が二つに別れてしまう場所にまで辿り着いた。
「じゃあ、塾で」
 美鶴がそう俯きながら言う。
 僕は答えられない。……もう今日はお勉強の気分じゃなかった。早く温かな風呂に浸かって、そのまま寝てしまいたい気分だ。
 僕はそれでも精一杯の笑顔を作った。そうでもしないと彼女が僕から離れていってしまうような気がして。
 美鶴は僕の笑顔に、また力の無い笑顔を向ける。重く、痛々しい笑顔を。
 そして僕は。
 気付いたんだ。
 彼女の事をやっぱり好きなのだと。
 それに僕の気持ちがどうにも不自然な理由にも。
 だから僕は。



 
 抱きしめた。
 美鶴の体を抱きしめた。強く、優しく。
 冷ややかな上着からも伝わる、彼女の温かさ。
 美鶴は泣いている。無理やり作っていた笑顔は彼女の中から消え去っていた。
 僕は泣かなかった。絶対に泣かなかった。
 自分の体に不思議に宿る愛みたいな感情。
 優しさに似た、感情。




 きっと僕は美鶴のその温もりを感じられなくなった春という季節に、苛立っていたんだと思う。手を繋ぎ合い、互いの温かさを感じた冬を愛していた。
 冷たい風や、吹きつける雪。そんなものには負けない、優しい温もり。
 偽りの無い、愛とか呼ばれる物はきっと手の平や指の先からでも伝わるんだと思う。
 静かな夜の闇の中で。吹雪のスキー場で。……無責任な人達が体を重ね合うみたいに、僕らはこうして温もりを分け合っていたのに。
 どうして春はやってくるんだろう。どうして?
「誠、……好きだよ」
 僕はあぁ、と言った。力強く。
 僕らはきっと厳しい春も、暑い夏も、越えていける気がした。きっと、じゃない。絶対だ。
 だけど今は触れ合っていたかった。
 初めて感じた、愛みたいな物が逃げてしまわない様に……。
















 僕と美鶴は北の最果ての町へ向かう特急列車の中にいた。
 夏休み、追い込み時期の塾もサボり、二人だけの泊りがけの旅行に旅立ったのだ。
「ほらぁ、もう着くって」
 美鶴がそう言って僕の腕を引っ張る。
 僕はあぁ、と言って立ち上がると、自分の荷物と彼女のやたら重い鞄を持つ。……何が入ってるんだか。
 ……今日もJR北海道をご利用頂きありがとうございました。まもなく終点、稚内です。どなた様もお忘れ物の無いよう……
 アナウンスの女性の声がそう告げる。
 僕らは出口近くに陣取ると、駅に着くのを待った。
 窓の外を流れていくのは生い茂った樹木と、光差す大地。遥か遠くまで見通せる爽やかな世界。もう僕は夏の世界を見て溜め息をつくことも無い。そんな必要は無いのだから。
 列車が速度を下げて駅へと滑りこむ。
 開け放たれたドア。
 僕はホームに降り立つと、外の寒さに震えあがってしまう。風が強く、そして夏だというのにずいぶん冷たい。
「ほら、行こう!」
 そう言って美鶴は僕の鞄を持った手を握り締める。
 その手は。


 温かかった。







          完
2005/04/23(Sat)16:28:59 公開 / 恋羽
■この作品の著作権は恋羽さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 なんか雪が溶けたんでこういうのもいいかな、と思って書いてみました。ああ、恋愛小説って久々なような……。でも今日の早朝、少し雪が降りやがったようで、地面はべしゃべしゃでしたです。そういうのが一番困ったりして。まあ、どうでもいいことですが。
 それでは御感想など、聞かせていただけたら嬉しいです。
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