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『天使の話(読み切り)』 作者:黒之狗人 / 未分類 未分類
全角1737.5文字
容量3475 bytes
原稿用紙約5.95枚
むかしむかし。それは、神様が世界を見守っていた時代の話です。
 神様の僕であるある一人の天使は、いつも雲の上から下界を眺めていました。
 と言うのも、彼は、地上に住んでいる一人の少女に恋をしているからでした。
 天使と人間の恋。それは、神様の作り上げた法で、厳しく取り締まれています。
 彼は、その少女を眺めていることしかできませんでした。

 一方、下界は王様の悪政のせいで、疲弊しきっていました。
 天使の恋している少女も、肉体労働をしながら、辛い毎日を送っているのでした。
 彼女は奴隷のような生活を強いられ、それでも賢明に生きていました。
 いつか神から、何らかの救いがあると。そう信じて。

 その状況を見て、美しい心を持った少女に、その天使は思いを募らせていきました。
 そこで、彼は神様に懇願することにしました。
「神様。あなたの定めた掟を、ただ一度だけ破ることをお許し下さい」
 跪いて頼みましたが、神様は、
「それはならぬ。我々神聖なる者は、彼等を見守りはしても、干渉しようとしてはならぬのだ」
 そう、答えました。
 しかし、天使はそれに反論しました。
「何故ですか。私は美しい心を持った彼女を救いたい。それだけなのに」
 彼は熱弁しました。
 神様の厳粛な態度を、それでも真っ向から受け止めながら、何日も何日も。
 そして、
「では一度だけ、許してやろう」
 神様は、重く告げました。
 彼は、深々と頭を下げ、神様の寛大さに尊敬すら覚えました。

 そして。
呼ばれたような気がして、少女は曇った空を仰ぎました。
 そこには神々しい光。疲れ切った世界を癒すような、暖かな光が雲間から美しく降り注ぎ始めました。
 そこから、羽をはやした一人の天使が舞い降りてきました。
 彼は広場の真ん中に立ち、驚き、崇める彼等を見回し、そして少女を見ました。
「私は、あなた方を救いに来た」
 神託を告げるように、彼は言いました。
 その美しい姿は天使に相応しく、その羽は自らのような下賤の者が触れてはならないようなものだったように思えました。
「少女」
 彼女は呼ばれて、驚きました。
「我が許へ」
 言われて、彼女は恐る恐る、それでも憧れを持ちながら、荷物を地面に置き、彼の方へ歩み寄っていきます。
 裸足を、哀れむような表情で天使は見た後、彼は彼女の手を取りました。
「祝福を…」
 そう言って、その手に恭しく口付けをしました。
 その瞬間です。
「私にも祝福を!」
 その隣で見ていた女性が叫びました。
 それにつられるように、
「私にも!」
「俺にも!」
「オラにも!」
「儂にも!」
「わたしにも!」
 人々は声を上げ、天使に群がり始めました。
 優しき天使は、彼等にも祝福を与えようとも思いましたが、しかし圧倒的な人数に、ただ唖然とするしかありませんでした。
 祝福を与える素振りを見せない天使に激高した誰かが、天使の衣服をむしり取りました。
 祝福の変わりに、天使の持ち物を持っていこうというのです。
 そうして、天使は裸に剥かれました。
 次に誰かは、羽を毟りました。神聖なる羽を、祝福の代わりに沢山の人が持ち帰ろうとしたのです。
 人々はそれに続き、天使の羽を全てむしり取ってしまいました。
 そうして次は肉を。その次――最後には骨を。
 優しき天使は、人の手の届くところに降りてきたばかりに、跡形もなくなってしまいました。
 人々は天使の祝福という、虚構の安心を得て、再び日常に戻っていきました。

 神様は、それを雲の上から見ていました。
 見ていましたが、興味を失ったように目を背けました。
 神様は、全てを見通していたのです。
 彼が地上に降りていったらどうなるのか。彼の結末を予想しきっていました。
 だから、神様は彼に掟を破る事を許可したのです。
 熱弁し続ける彼を疎ましく思い、破門したことを、周囲の天使に悟られないように。
 そして、神様は寛容さという、新たな尊敬の対象とすべき自らの人徳を意図的に造り出したのでした。
 眼前で持ち去られていく、元僕にはもう目をくれもせず、神様はいつも通りの日常に戻っていきました。

 そして、後には何も残ることはありませんでした。

 遠い、遠いむかしのお話です。


2005/03/28(Mon)11:46:26 公開 / 黒之狗人
■この作品の著作権は黒之狗人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
度々投稿させて戴いておりますが、覚えて戴いていないかとw
ええと、特定の宗教観は付けておりません。その辺ご了承で
以上、童話風味でした
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