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『何処にもいなかった僕に。』 作者:甘木 / 未分類 未分類
全角8340.5文字
容量16681 bytes
原稿用紙約24.45枚
 1

 僕の名前は…………わからない。

 記憶喪失なわけじゃない。
 戸籍には「佐藤正貴(さとう・まさき)」と記されているはず(戸籍を見たことがないから本当にそう書かれているか知らない)。
 でも本当に僕が〈佐藤正貴〉なのかどうか自信がない。

 佐藤正貴。さとうまさき。サトウマサキ。
 たぶん珍名や難読名前ではないはず。どちらかといえば平凡な部類に入ると思う。
 他人に不快感を与えたり、他人から嘲笑を受ける名前でもないと思う。
 僕自身〈佐藤正貴〉という名前に不満はない。「一(にのまえ)」とか「鹽竈(しおがま)」のように読めなかったり、書きづらいよりはいい。
 だけど〈佐藤正貴〉って本当に僕の名前なんだろうか───。

 父さんは「マサ」と呼ぶ───マが名字で、サが名前だろうか?
 母さんは「マーちゃん」───馬張? 中国系みたいだな。

 ───どこにも〈佐藤正貴〉はいない。

 アルバイト先では「バイトくん」と呼ばれた───「ば・いとくん」? 「ばい・とくん」? どこで区切ればいいんだろう。
 高校のクラスメイトは「ガンジス」と声をかけてくる───僕の顔がメリハリあってインド系に見えるからだそうだ。別にいいけど……。

 ───ここにも〈佐藤正貴〉はいない。

 高校受験の受験番号は「767」───高校を受験したのは「767」であって、〈佐藤正貴〉じゃなかったようだ。
 担任の佐々木先生は僕を呼ぶとき「男佐藤」と言う───クラスに佐藤柚香(さとう・ゆか)さんがいるから区別するためだと思う。佐々木先生は佐藤柚香さんを呼ぶときは「女佐藤」と呼ぶから。

 ───また〈佐藤正貴〉はいない。

 中学校までは「佐藤(正)」だった───学生服の胸についた名札がそう主張していた。
 小学校の帰り黒猫が僕の顔を見て「なーぁ」と鳴いた───「ななーぁ」だったかもしれない。昔のことではっきり覚えていないけれど、黒猫は確かに僕に向かって鳴いた。

 ───昔も〈佐藤正貴〉はいなかった。

 僕は自分を〈佐藤正貴〉だと思っていた。
 でも僕は……「マサ」で、「マーちゃん」で、「バイトくん」で、「ガンジス」で、「767」で、「男佐藤」で、「佐藤(正)」で、「なーぁ」……だった。
 どこにも〈佐藤正貴〉はいない。いない代わりにいっぱい名前がある。いっぱいあり過ぎて、どれが本当の名前なのかわからない。
 僕ハ誰?
 僕ハ〈佐藤正貴〉ジャナイノ?
 僕ノ本当ノ名前ハ?

 2

 最初に違和感を感じたのは中学校に入学したての頃。
 時たま喉の奥にからむ咳が出て、背中の後ろ───肩胛骨の裏側を───押しつけられるような重さを感じた。でも二、三日もするとすーっと消える。
 その後も咳が出たり出なかったりする状態が三年間続いた。
 けれど去年の冬からはほとんど咳も出ず、僕は違和感のことを忘れていた。
 再び違和感を覚えたのは高校一年の六月。
 けひん、けひん。と、嫌な咳と背中の重さ。風邪だろうとあまり気にしていなかったのだけど、日が経っても咳も不快な重さもいっこうになくならない。
 咳をする回数は日に日に増え、肺の一番奥に微熱をもった咳の塊がいつの間にか存在を主張していた。咳の塊は絶えず不機嫌で些細なことで癇癪を起こす。そのたびに身体を折り曲げ僕は喘ぐ。
 あまりの咳に母さんに「マーちゃん、病院に行って看てもらいなさい」と命じられたのは夏休み初日のこと。一週間後には市立病院のベッドの上で精密検査を待っていた。

 精密検査の後、表情を引きつらせた父さんと母さんが、
「母さんとも相談して決めたんだが、マサには本当のとを伝えようと思う。落ち着いて聞きなさい、検査の結果は……肺癌だった。肺癌のVB期と病院の先生に言われた。癌は結構進行していて手術は難しいらしい」
「でも大丈夫よ、マーちゃん。いまはよく効く抗癌剤もあるし、きっと良くなるわ。だからがんばって治療して元気になりましょう」
 自分の太股をつかんだ手が真っ白になるほど力をこめて静かに言った。
 二人の言葉になにも感じなかった。ただ、「マサもマーちゃんも大変だなぁ」と思っただけ。「マサ」も「マーちゃん」も肺癌かぁ、余命はどのくらいあるんだろう……きっと二五歳は迎えられないだろうな。

 昔から僕は自分は二五歳まで生きられないだろうと思っていた。いや、生きられないのではなく、それ以上生きたいとは思っていなかった。
 鮮明ではないが大学生になった僕を想像することはできる。それから先の二、三年分は言葉だけの想像。社会人になった僕───なんだか変。社会人になった僕が仕事している姿も、結婚して子供ができて父親になった僕の姿も、老いてヨボヨボになった僕の姿も、SF小説並みに現実感がない。
 二五歳を過ぎれば僕はきっと、疲れて、くたびれて、自由がなくて、くすんだ存在になってしまう───生きるのなら二五歳までで十分。それより未来には魅力を感じない。
 二五歳が人生の分岐点。そう信じていた。
 肺癌か……二五歳は分岐点じゃなくってゴールになったなぁ……。

「心配することはないぞ。マサは絶対治るからな……」
「マーちゃんは若いから治療に耐えられるわよ……」
 僕にはどうでもいいこと。二人の言葉は頭上を過ぎ、関係ないところで反響している。
 父さんも母さんも一生懸命励まし、勇気づけ、マサやマーちゃんを気づかっている。
「……がんばるんだぞ」
 ───二人の気持ちはわかる。
「……がんばるのよ」
 ───二人の不安もわかる。
「父さんも母さんもがんばるから……」
 ───二人の言葉は……うるさい。
 僕を励ますふりをして、かわいい子供が癌に冒された悲劇の親を演じている。
 もう、僕のことは気にしなくていい放っておいてよ。

 僕ハ平気。僕ハ死ヌコトハ怖クナイ。
 ダッテ〈佐藤正貴〉ハ何処ニモイナイ。イナイ人間ハ死ンデイルノト同ジ。タブン僕ハ前カラ死ンデイタンダ……ダカラ、ダカラ、黙ッテテクレ!

 でも、「大丈夫、僕もがんばる。絶対治ってみせるから」勝手に口が動いた───僕の知らない〈佐藤正貴〉が答える。
 嘘つきだなコイツ。

 3

 女の子たちの水着姿を見ることもない夏休み。代わりに僕は病院のベッドの上でバカンスを堪能することになった。
 僕は「三〇三号室の佐藤さん」という新しい名前を与えられ、同時に四人部屋の三〇三号室では三つの名前が増えた───糖尿病の川口修さんは「ニイチャン」、関西出身の宮前勝一さんは「自分」(本来は一人称のはずなのに、二人称で使っている)、胃潰瘍の林孝太郎さんは「君」───ベッドの上にいるのは〈佐藤正貴〉じゃなかった。
 年上の三人に囲まれて過ごした夏休み。とりたてて思い出に残ることもないつまらない夏。日に一度の検査と数日ごとの抗癌剤投与───抗癌剤を投与した日は散々だ。気持ちが悪くて食べ物は受け付けないし、もの凄くだるくなる───決まり切って変化のない毎日。が、おおむね平穏だ。
 母さんが毎日見舞いに来て、日曜には父さんも来る。それだけの日々が続き、夏休みの終了と共に僕は退院した。生まれて初めての入院生活だったけど、もう飽きていたから僕も嬉々として自宅に戻った。

 退院したからといっても治ったわけではない、通院に切り替わっただけ。抗癌剤治療は続いているが、僕の肺の奥にはあの不機嫌な咳の塊がしっかりと居座り続けている。
 それでも日常生活は戻ってきた。そしてまた僕は「ガンジス」になり、「男佐藤」になった。二、三の違いはあるけれど……。
 違いの一つは高校に行く日数が減ったこと───病院で抗癌剤を投与された日は、具合が悪くなって丸一日潰れるし、体調の関係で登校できない日も結構ある。夏休みが始まるまでは学校は好きでも嫌いでもなかった。みんなが行くから僕も惰性で通っていたようなもの。でも、抗癌剤の副作用でトイレにも立てないほどぐったりしていると、苦行以外何物でもなかった金子先生の数学の授業も懐かしく思える。
 二つ目は将来を考えなくなったこと───肺癌のV期では五年生存率(五年後まで生きていられる割合)は約二〇パーセント、五人に四人は死ぬ確率。ましてや僕は手術ができないVB期だからそれ以下だ。おかげで二五歳過ぎのことを悩む必要はなくなった。大きな悩みがなくなって、ある意味せいせいする。
 三つ目は───肺の奥に巣くう咳の塊が僕に語りかけてきた。

『よぉ〈佐藤正貴〉、元気でやっているか? ははは、元気なわけないよな、癌なんだし』
 ───誰だ、おまえ?
『オレか? オレはおまえが言う咳の塊さ』
 ───咳の塊だって……信じられるわけがないだろう!
『そうかい。ま、おまえが信じようと信じまいと勝手だけどオレはここにいるぜ』
 胸がドクンと鳴って肺の奥が熱くなる。
 けひん、けひん、けひん、けひん…………はぁ、はぁ、はぁ。
『落ち着いたか。興奮すると身体に良くないぜ。って、もうじゅうぶん悪いけどな。ははは。冗談はさておいて、そう長い期間じゃないけれど嫌でも付き合わざる得ないんだから仲良くやろうぜ。な、〈佐藤正貴〉』
 咳の塊は嫌みたらしく〈佐藤正貴〉に力をこめて言った。

 僕はおかしくなったのか? そうかもしれない。
 癌細胞が脳に転移して幻聴を聞かせるのか? 可能性はある。
 死神なのか? な、わけはないよな。
 これこそが本当の〈佐藤正貴〉の声なのか? だったら僕は誰?

『気にするなよ〈佐藤正貴〉。オレはオレで、おまえはおまえ。それだけの存在さ』

 4

 体調低値安定のまま毎日を過ごしているうち、季節だけは変わり、いつの間にか四月。僕は二年生に進級した。進級したといっても夏の終わりからは入退院を繰り返す日々で、学校に顔を出せたのは平均で週二日ぐらい。進級できたのは高校側の好意だろう。
 僕の高校では二年に上がるときクラス分けがある。国公立文系、国公立理系、私大文系、私大理系、芸術系、専門学校・就職系の六クラス。知らないうちに僕は専門学校・就職系クラスになっていた。
 新しいクラスには一年のときのクラスメイトはいない。佐藤という同姓もいない。「ガンジス」とも「男佐藤」とも別れを告げ、今度こそ〈佐藤正貴〉として学生生活を送れるはずだったのに……そううまくいかないのが世の中なんだろう。
 癌は確実に進行していた。咳の塊は日に日に大きく、熱く、不機嫌さを増し、徐々に僕の身体から力を奪っていく。
 抗癌剤は強いものに変えられ副作用も激しくなった。投与されるたびに二日はベッドの上で悶える。二年生になってから学校に行けたのはたった一日、それもわずか一時間だけ。それ以来僕は学校に行っていない。

 ベッドの上で過ごす時間ばかりが増え暇な時間ばかりが増えた。せっかくだから見たことのない映画を見たり、読んだことのない本やマンガを読みたいのだけどそれもできない。いつのまにか癌は脳にも転移して視神経を圧迫し始めた。おかげで右目の焦点が合わず長時間ひとつのものを見ているのが辛い。体調不良もあって外出の回数もぐっと減った。はっきりいって最悪。
 最悪な状況下にあって救いは、抗癌剤の副作用が脱毛の形で出なかったこと。髪の毛に気を遣っているわけじゃないけど、父さんみたいにスダレ頭は嫌だ。
 それともう一つ救いがある。外出しなくおかげで僕は色々な名前で呼ばれなくなった。ベッドの上じゃいつも〈佐藤正貴〉でいられる。これは不幸中の幸いかも。
 唯一の暇つぶしは咳の塊との会話だけ。

 副作用で半死半生の僕に咳の塊が声をかけてきた。
『今日もおねんねか〈佐藤正貴〉』
 ───誰かさんのせいで動けないから。
『おいおい、オレに文句を言うのはお門違いだぜ。〈佐藤正貴〉が病気なのは〈佐藤正貴〉せい。オレには関係ない。それより何かしたほうがいいんじゃねぇのか。生きているうちにさ』
 ───何もしたくない。
『具合が悪いのは分かるけど、どうせ寝ていたって治るわけじゃないんだからよ。孔子様も言ってるぜ、ぼーっとしているくらいなら博打でもしていた方がまだいい、ってな』
 ───博打はしない。賭にはいつも負けるし、僕に運はないから。その証拠にいまだって癌だし。
『ブラックジョークとしても三流だな。おまえにゃジョークの才能はないよ』
「う、うるさい! 消え失せろ!!」
 僕はこみ上げてきたえずきと共に吐き捨てるように言った。
『おぉ怖い、怖い。でもオレが消えないことは〈佐藤正貴〉、おまえが一番よく知っているだろう。オレとおまえは正に一心同体なんだからよ』
 ───うるさい!
『病人といえ忠告はちゃんと聞くものだぜ。特におまえさんにゃ時間はあんまり残ってないんだからな』
 ───黙れ!
『いいや、黙らないぜ。このままでいいのか? 虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残すらしいが、おまえは名を残せるのか〈佐藤正貴〉』
「黙れ! 黙れ!! けひん、けひん、けひん……」
 言葉は胸を苦しくし、肺の中から咳を呼び出す。僕は毛布の端をつかんで身体を丸くするだけ。惨めだ。
『反論できないからって怒鳴って、あまつさえそれで咳きこむなんて情けないヤツだな。おまえの相手をしているオレの方がバカに思えてくるぜ。ま、今日はここで消えてやるがな、オレの言葉を忘れるなよ〈佐藤正貴〉』
 はぁ……はぁ……はぁ…………。
 分かってるよ。おまえに言われなくても僕が一番よく分かっている。
 死ぬのは怖くない。どうせ二五歳まで生きられれば十分と思っていたんだ、もう人生の七割近くは使い果たしている。普通の人の人生が八〇年なら僕はもう五〇過ぎ、爺さんだ。ここいらで幕を引いても問題はない。
 でも心残りがひとつ……この場に及んで見栄を張っても仕方ない。はっきり言おう、怖いんだ。僕が〈佐藤正貴〉として死ぬことができないことに。

 5

 長かった雨の季節は乾いた空気の取って代わられ、木々は己が生命力を誇示するべく精一杯枝葉を広げている。
 かたや僕はめっきり世間を狭めていた。梅雨の間は身体はメチャクチャ。通院以外は一度も外出していない。咳の塊も梅雨の湿っぽさはお気に召さないのか滅多の話しかけてこなかった。

 七月の月曜日。力強い陽光で目が覚めた。
 いつもなら具合悪さと澱のようにつもった疲労感で、いつ自分が眠りにつき、いつ目覚めたか分からないまま一日が始まるのに今日は違う。
 隙あらば口から出て行こうとする吐き気はない。肺の奥底も熱くない。咳の塊の存在は感じるけど何も語りかけてこない。ひょっとしたら僕を見限ってしまったのかも……。
 ともかく天気もいいし体調もいい。
 僕は散歩としゃれこむことに決めた。
 身体はボロボロだけど今日明日に死ぬような気配もない。近所には大きな公園もあるし、だましだましならそこまで行けるだろう。
 母さんは心配して一緒に行くと言ったが断った。母さんと一緒じゃ僕は「マーちゃん」のまま。僕は〈佐藤正貴〉として散歩がしたいんだ。
 久しぶりに穿くジーパンは重く硬く、ベルトなしじゃずり落ちてくるほど大きかった。シャツの胸ポケットに入れた携帯さえ妙にずしりとくる。
「ちょっと出てくる」
 じっと僕を見つめている母さんに向かって、努めて普通に、当たり前の表情で振り返らず言いドアを開ける。
 外は眩しくて暖かくて生き生きしていて、僕みたいな人間が足を踏み入れてもいいのかと躊躇させるほど違う世界に見える。
「無理しちゃダメよマーちゃん。具合が悪くなったら、すぐ電話しなさい」
 母さんの言葉に片手を上げこたえ、ドアを閉めた。

 一歩歩くたびに視界がぶれ身体が傾きそうになる。普通なら一〇分もかからない公園までの道。今日はとてつもなく遠そうだ。
 大丈夫……一歩。大丈夫……一歩。大丈夫……一歩。情けなくなるほどノロノロと身体を前に押しやる。大丈夫……。
『今日は随分と前向きじゃないか〈佐藤正貴〉。いいねぇ、けなげだねぇ、残された生にしがみついて見聞を広めようってかい』
 ───久しぶりだな、まだいたんだ。
『当然だろう。おまえさんの最期まで付き合ってやるよ』
 ───嬉しいね。最期まで付き合ってくれるなんて死神だけかと思っていた。
『死神は他人だけど、オレはおまえの身内だ。遠慮することはないさ』
 ───そりゃどうも。
 咳の塊には嫌みは通じなかった。
『それよりな……』
 久しぶりに現れた咳の塊は饒舌で、とりとめのないことを語りかけてくる。歩くことに精一杯の僕はおざなりに相づちを打つだけ。
 それでも散歩に相方がいるのはいい。少しばかり軽くなった足を前に出す。
 公園の正門に着いたときには全身汗まみれ。でも不思議と不快じゃない。ベッドの上で流れる汗は粘り着く嫌なものだけど、今日の汗は心地いい。いつ以来だろう、こんな気持ち。僕にもまだこんな汗がかけたんだなぁ……。

 平日の昼間の割には公園に人の姿が多い。赤ん坊を連れたお母さん。砂場で遊ぶ子供。仕事途中のサラリーマン。昼寝に来ている大学生。鳩に餌を与えるお祖母さん。
 僕の知らない人たち。彼等も僕のことを知らない。
 ここでは僕を新しい名前で呼ぶ人はいない。〈佐藤正貴〉が一人いるだけだ。でもここで倒れたりしたらまたも新しい名前が付いてしまう。僕はさっきよりも慎重に歩いた。
『〈佐藤正貴〉、よく聞けよ』
 咳の塊は声を落として語りかけてきた。
『前に言ったことがあるよな、おまえは名を残したいとは思わないのか?』
 ───いいよ。どうせ僕は前から〈佐藤正貴〉じゃなかったし。
『だからこそ聞いてるんだよ! このままおまえが死んだら一年のときのクラスメイトは「ガンジスが死んだってさ」と言うだろうし、昔のバイト先じゃ「以前いたバイト君が病気で死んだそうですよ」って言うだろう。誰も〈佐藤正貴〉が死んだことを覚えていないんだぞ。誰かに〈佐藤正貴〉を覚えていて欲しくないのか』
 ───じゃあ、僕が関わり合った人間一人ひとりに「僕は佐藤正貴です」とでも言うのか? できるわけないだろう。
『そんなことじゃない。オレが言いたいのは〈佐藤正貴〉が〈佐藤正貴〉でいられるいま、自分自身で考えてみろと言っているんだ。どんな形でもいい、〈佐藤正貴〉が納得できる〈佐藤正貴〉の証をだ』
 ───分からないよ……〈佐藤正貴〉の証なんて分からないよ。どうせ僕は、〈佐藤正貴〉はどこにもいないのだから。
 咳の塊は僕の泣き言に反応せず押し黙っている。代わりに胸の奥から熱気がわき出してきた。
 ヤバイ。咳がでそうだ。ここでうずくまったりしたら人目を惹いてしまう。僕は倒れこむようにして木立が残る植えこみにもぐりこんだ。
 そこは木々と藪に囲まれた小さな空地だった。高麗芝ではないが丈の短い雑草が一面に生えている。幸い藪が邪魔して、ぱっと見ただけでは外から見えない。
 僕は生の匂いであふれる草地に横になり、胸の熱さがこみ上げてくるのを待った。
 けひん、けひん、けひん、けひん…………。
 音が洩れないように必死に口を押さえてうずくまる。
 肺の中に熱が渦巻いている。早く治まれ。早く……。

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁーっ…………寝ころんだまま身体に力が戻るのを待つ。
 どうせ急ぎの用事があるわけじゃない。じっとしていればいいんだ。
 ………………。
 どれだけ横になっていたんだろう? ほんの数分だと思うけど時間感覚がない。
 木漏れ日は太陽がまだ中天にあることを示している。
 木漏れ日?
 大木があった。
 焦点を結ばない右目でもはっきりと分かる大木。幹を真っ直ぐと立て太い枝が四方に伸びている。何という木か分からないけれど見事な木だ。たぶん僕の父さんや母さんが生まれる前から生えていたろうし、僕が死んだあとにも枝葉を伸ばし続けるだろう。
 そうかぁ……ここに答えがあったんだなぁ……。
 僕は藪の中から尖った石を見つけ握りしめた。

『佐藤正貴』
 全身から噴き出した汗を拭きもせず、僕はその文字を眺め続けた。いびつで、歪んで、子供の落書き以下の出来映え。でも大木の幹に刻みこまれた文字ははっきり『佐藤正貴』と読める。
 ───おい、これでいいんだろう。
 咳の塊は何もこたえない。
 でも構わない。僕が知っているから。僕が覚えているから。ここに証があるから。


 何処にもいなかった僕に。
『佐藤正貴』は確かにここにいたよ。

〈了〉
2005/03/07(Mon)00:15:17 公開 / 甘木
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ギャグ小説を書いていると、時たま無性にこの手のものが書きたくなります。今回はベルイマン監督の「第七の封印」をイメージして書いてみました……足元にも及ばないのは自覚しています。
 この手の文章を他人に見せるのは初めてなので、よろしければ御感想・御指摘をいただけると嬉しいです。辛口でも罵詈雑言でも構いません。
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