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『葛藤の果てに』 作者:霧 / 未分類 未分類
全角13668.5文字
容量27337 bytes
原稿用紙約42.05枚
 アムがしょうねんだったころ、王国のひめとアムは仲良しでした。
 アムとひめはまちをたんけんしたり、おしろのにわでかくれんぼをしたりしていました。ふたりはとても仲良しでした。
 しかし、アムが大きくなるとともに、ひめはおしろから出てこなくなったのです。

 ◆

 達也はふっと顔を上げた。学習机、ベッド、巨大なゴミ袋、そして周りに散らばる開封されたダンボール箱の山。それらを見わたしてやっと自分がやるべきことを思い出した。
 達也はその絵本をそっと置き、再び作業に没頭した。こうして調べてみると、いらないものが箱の中にずっしりたまっていたことに気づいた。何かに使うかもしれないと思っていて結局数年間ほったらかしだった小学4年生の教科書、いつか見ると思っていた訳の分からない本、ゴミ袋の中はあっという間にそれらで埋め尽くされた。
 ふう、と一息ついた。片付ける前とは明らかに違う風景だ。そこにあったはずのダンボールの山はなくなり、代わりに今はゴミと化したものがドアの側に横たわっていた。
 すっきりした、と言える環境だ。だが、達也の胸の中は違うことを考えていた。
 俺の部屋じゃない。
 机の横の、それまでダンボールのあったスペースが不自然なまでに消えている。それらは窓を隠してもいた。解放された窓は、数年分とも思える光を部屋の中へと誘っていた。
 でも、すぐに慣れるはずだ。
「達也!ゴミの車もうすぐ来るよ!」階下から母さんの声が聞こえた。達也はノロノロと立ち上がり、巨大なゴミ袋二つを担ぎ、階段を降り始めた。
 肩が壊れるかと思った。あたりまえだが、一枚一枚は軽くとも、まとまれば重かった。
 ゴミ捨て場に行くのには、田んぼを通らなければならない。といっても、そんなに大きな田んぼではない。学校の校庭がちょっと狭くなったくらいの広さだ。
 昔はそこで春奈や近所の子とサッカーなどをして遊んだ。そのたびに田んぼが荒れ地に変わり、農夫に怒鳴られていた……。
 あの場所は、もうない。
 達也が受験シーズンに入っていた間に、田んぼは埋め立てられていた。いや、既にその段階も過ぎ去り、今や住宅地の骨組みが出来上がりつつあった。
 こうして、消えてゆく。時代の変化とともに、消えてゆく。
 達也はその出来そこないの住宅地を走り抜けた。こんな所を通らねば辿り着けないゴミ捨て場が恨めしかった。達也はやるせない気持ちになって、(誰もいないことを確認して)奇妙な唸り声をあげた。
 が、その先のゴミ捨て場には人がいた。達也は慌てて立ち止まった。大丈夫、聞こえていない……。達也は何事もなかったかのように歩いて近づいた。
小柄な女の子だった。黒いコートにGパン。そして帽子。丸い眼鏡。おばさんタイプの女の子……に見えるが実は全く違う。
 ……桜井だ。
「何してるんだ」達也はゴミ袋をどさっと置いた。
「見れば分かるでしょ。ゴミ、捨ててるの」彼女は威張ったような口調で言った。
「ファンレターか」
「そう。あんたのも混じってるよ」桜井はいたずらっぽく笑った。文句のつけようがない、完璧な笑顔だった。
「黙れ」達也は冷たく言い放った。
「そんなもんファンレターでもなんでもない。学校の教員が書けと言ったから書いただけだ」
 その文章を、達也ははっきり思い出すことが出来る。
『桜井はすごい。まだ15歳で僕と同じ年齢なのに、ドラマに出るなんてすごい。また桜井はアイドルへ近づいてくんだなあ。尊敬するよ。桜井のことを心から応援している』淡々と書かれた文章。達也は無理やり書かされているということだけを表現しよううとした。
「学校がお前を応援してるぜ。教員が、お前のアイドル姿を見て、『私が恩師です』って言う口実作りのために」つけ加えた言葉も皮肉そのものだった。
 沈黙が流れた。
「高校入試、大変だね」桜井が沈黙を破った。
「お前に何が分かる」達也はぴしゃりと言った。
「お前はテレビに出てへらへら笑って楽しくおしゃべりすりゃいいだけだ。高校へ行かずに芸能界にまっしぐら。俺達は違う。地道に努力したんだ。入試で落ちて私立の高校へ行った奴もいた。馬鹿みたいに高い金が要るんだぜ?お前はどうだ。努力もしないで、持ち前のかわいー顔のおかげで馬鹿みたいに高い金が入って……」
「違う!」桜井が叫んだ。
「努力もしてない?あたしがここまで来るのに、どれだけの努力をしたか、あんた、分かってるの?アイドルだって楽じゃな……」
「だったらアイドルなんてやめてしまえ!」達也が怒鳴った。
「知らないようだから教えてやる!落ちたのは俺だ!県立高校の入試に落ちたんだ!お前に何が分かる?『受験で皆イライラしてるから』なんていう理由だったな?お前が学校に来なかったのは!」
 雲の上から地面の下は見えない。一週間前、達也の努力をバラバラに引き裂いた合格発表。それ以来たまっていた悔しさや嫉妬が、一気に爆発したかのようだった。
「なんで俺がこんな目に遭ってるのにお前は平気で芸能生活なんか送っていられる?どうしてお前がアイドルになれた?答えはお前の顔がいいからだ!可愛くて、愛嬌のある顔を持って、さぞかし嬉しいだろうな!それ以外はなんの才能も持たない馬鹿が!」
 沈黙があった。達也は憎悪のこもった目で桜井を睨んでいた。桜井は、気の利いた言葉を捜しているようだった。
「ねえ、達也……」
「俺の名前を言うな。お前からそういう風にしたんだろう」達也は睨むのをやめ、踵を返し、ゴミ袋を蹴った。
 もう桜井も何も言ってこなかった。達也は自分の家へ向かって歩き出した。

 ……そしてついにひめのけっこんしきがおこなわれようとしていました。アムはなかまたちにむかっていいました。「このままひめに何もいえないなんていやだ。ひめにあってくる」
 アムはおしろにしのびこみ、ひめのへやへ行きました。
 ひめはアムを見るといいました。「ああ、あなたはアルね?おねがい、わたしをここからたすけて。わたしはあのひととけっこんしたくないの」
 アムはひめをつれだし、なかまたちがよういしてくれたききゅうにのって遠くへ行ってしまいました。
 それから……。

 作り話だ。達也は絵本を閉じた。さっき捨てようと思ったが、次の機会にしようとして残しておいた絵本だ。春奈が字が読めることを自慢して俺に無理やり読んだっけ……。
 何故この絵本を捨てなかったのだろう?幼年時代の思い出の最後のかけらだから?ゴミ袋に入りきらなかったから?それとも……。
 やっぱり捨てればよかった。しかし時計を見るともう3時だ。捨てたくてもゴミ収集車は行ってしまった。
「作り話だ」今度は声に出してみた。春奈は俺の目の前から消え去り、俺はもう二度と春奈に会えない。余計な希望を持つべきではないのだ。
 達也と春奈の間には、とてつもなく大きな距離が出来上がってしまい、達也が春奈の所へ行く(あるいはその逆もありうる)のにはお金をいくらだしても到底無理だった。
 先に後ろへ歩き出したのは、どう考えても春奈のほうだった。

 春奈が『光源』という芸能界の事務所に通いだしたのは、まだ5歳か6歳位の時だった。それからどんどんアイドルへの道を進みだした。
 今の達也は認めたくないだろう。春奈は顔立ちがいいだけでもなく、演技力も天才的だった。だからテレビにもよく出ていた。
 そして日常面でも、春奈は達也よりも先を歩いていた。先に五十音を習得し、足し算引き算も先に覚えた。自転車も達也より先に補助輪なしで乗りこなしたし、逆上がりも軽々とやってのけた。
 達也は春奈を尊敬していた。「すごい」と思っていた。春奈が達也となかなか遊べなくなり、母さんにその理由を聞かされると、達也はまた「すごい」と思うのであった。
 小学校に入学した。学校では春奈は達也と四六時中一緒にいた。達也は春奈と一緒にいて楽しかったし、春奈もそうだったに違いない。休み時間に校庭にいても、教室にいても、春奈と達也はいつも一緒にいた。しかし……
 学校で男女が四六時中一緒にいる。すると、どうなるだろう。
「達也は春奈が好き」
「春奈は達也が好き」
 そう言われるようになった。
 達也は別に気にしなかった。事実、達也は春奈が好きだったので、それぐらいばれても無理はないだろうと思っていたのだ。春奈もそうに違いないはずだった。
 そんなわけがない。
 小学三年生のある日突然、春奈は達也を避けるようになった。達也が春奈と話そうとしても、何故か春奈は女子とのおしゃべりに夢中で、達也を見てもくれない。外へ行ってもこの間のようについて来てくれない。
 ちょうどこの頃、春奈は事務所の仕事が忙しくなり、学校に顔を出すことが少なくなった。つまり、達也と話す機会がほとんどゼロになっていった。
 達也の目の前から、春奈は姿を消した。いや、違う。春奈が達也にそうしたように、視界から春奈の存在を消したのだ。『春奈』は『桜井』になり、『達也』は『赤羽』になった。
 達也も、同性の新しい友達を作った。桜井の出る番組は決して見ないようにもなった。
 5年生になった。桜井と別々のクラスになったことにほっとした自分がいた。でもそれは多分向こうも同じだったはずだ。達也が一組で桜井は五組だ。六年生になってもこのクラスのメンバーは変わらない。その上、桜井は学校をちょくちょく休むから、二人はその二年間、全く会っていない。達也はほとんど彼女を忘れて過ごした。
 こうして、それからの小学生の日々は安息のまま終わりを告げた。
 しかし、中学生になって、奴がまた目の前に現れた。
「赤羽達也……お前出席番号絶対一番だよな……えー……小泉正人……いた!おい、俺達同じクラスだぞ!」
「ああ……そうだ……よかった」 
 小学五年生の時に親しくなった友達だ。彼には悪いが、達也はその下の名前に全神経を注いでいた。「桜井春奈」
「おい、しかも桜井春奈が同じクラスじゃん。俺達、アイドルと喋れるかもよ?」
 分かってない。彼は分かっていない。まあ、教えていないからあたりまえだが……。
 やっぱり桜井は達也には話さなかった。というか、男子には誰にも必要以上のことは話さなかった。桜井に話し掛けても無駄だと分かると、男子も桜井に話さなくなった。桜井はここでも同姓とのおしゃべりに没頭していた。
「あいつ、実は性格悪いな」三ヶ月経った。あの小泉正人も、そんなことを口走るようになっていた。
「挨拶くらい返してもいいじゃねえか……」
 ……アイドルの素性なんか知らないほうがいいのかもしれない。彼女は学校で男子から相手にされなくなった。でもひょっとしたら、彼女はそれを望んでいたのかもしれない。桜井はますます学校には来なくなったが、たまに学校に来れば、女友達と本当に楽しそうに話していた。それは一重に自分を取り囲むうざったい男子が消えたからだったのかもしれない。
 中学二年生になった。桜井と別々のクラスになった。達也が喜んだことはいうまでもない。
 しかし、達也の周囲の雲行きは何故か怪しくなってきた。
「4個か……?5個……それに、6個目……」
 にきびだ。
 驚くほど素早く、達也の顔ににきびが出来始めていった。童顔と言われて育ってきた達也の顔は、今や怪物と言えるほど、にきびに侵食されていた。
「そのにきび、どうにかした方がいいぞ……」ついに小泉正人に言われた。達也は躍起になって、やってはいけない行動に出た。
 にきびを潰し始めた。
 中学三年生になった。不運なことに、桜井と一緒のクラスになってしまった。にきびの状況も更に悪化し、最悪の一年の幕開けが予感された。
 実際、その通りだった。
 クラスが、俺を避けている……。そう感じるようになった。一部の親しい人間は、達也とよく話したが、他の人間(特にクラス替えで初めて一緒のクラスになった人)などは、達也と話そうとしなかった。女子など、完全に達也を避けている、それがはっきり分かるくらいだった。毎年そうだったが、今年は一段と2月14日が期待できそうにない。
 だが、本当に最悪だったのは、11月23日のことだった。
 決して忘れない、あの日のことは。
 何故そうなったのか、詳しい事は覚えていない。とにかく達也はこの言葉を聞いた。
「赤羽ってキモいよね……」
 そう言ったのは他でもない、桜井春奈だった。
 どうしてか分からないが、達也はその現場にいた。桜井は達也に気づいていなかった。桜井の口から、その言葉を聞いたのである。
 達也は桜井をじっと見ていた。桜井がこっちに気づくと、友達との話をやめて、桜井はどこかへ消えた。
 小泉が達也に何を言おうが、その日の達也の気分は変わらなかった。
 何故あんなにもやるせない気持ちになったのだろうか。彼女が俺と昔のように楽しく話せるような日が来る、とでも思っていたのかもしれない。でもその可能性はその時にゼロになった。
 桜井が達也の悪口を言った。それが彼には信じられなかった。かつてはあんなにも仲が良かった。何度も一緒に遊んだ。一緒にご飯を食べた。お泊りもした。
 それなのに言った。もっとも桜井は本当はそんなことを言う気はなかったのかもしれない。でも、桜井はわざわざ達也のあら話を会話に持ち出した。他に話題ならいくらでもあったろうに。
 彼女と俺は元には戻れないんだ。
 達也は、これまで以上に桜井を拒絶した。雑誌に桜井の記事が書いてあるものなら、れをビリビリに破いて捨てた。「桜井春奈はいい」といった人間は、片っ端から拒絶していった。それがジャーナリストでも、教師でも、クラスメートでも。

 達也は部屋を見渡した。捨てずに残しておいたものは、絵本のほかにもたくさんあった。中学校のまとめテキスト、小学校のアルバム、文集、自分がうまくかけたと思った絵や作文……そして、幼稚園のころ撮った写真。
「これも捨てればよかったかな」また呟いた。その写真には、春奈と一緒に写っていた自分がいた。確か、近所でもちつきがあったんだ……。二人ともごまかしようのない、満面の笑みだった。
 この頃には予想もしなかったろう。全く口も聞かず、互いを傷つけあうことになろうとは。それは、春奈が桜井になる前の、貴重な写真だった。
 達也は自分のフォトアルバムに、そっとその写真を収めた。桜井の写真は全部捨てた。しかし、春奈の写真を捨てることは到底出来ない。

 本当に大切な記憶は、どうしても捨てられない。
 だが、かなうはずのない希望は、やはり捨てることにする。
 達也は2ヶ月後には高校に通っている。彼女とは違う世界に。どのみち、もう永久に彼女と話すことはない……。
 かすかにうめき声が漏れた。

 達也は絵本を手に、川に向かって歩いていた。

 ◆

 その日、桜井春奈は車にはねられた。
 達也は桜井のことを気にしようなどとは思わなかったし、達也の母も、あのあと出かけてしまい、帰ってきたのは夜だった。だから達也は何も知らなかった。そして、桜井への希望をついに諦めた達成感に似たものを感じながら、その日は眠りについた。

明日がやってきた。
 学校は、和やかだった。合格発表の数日後、この雰囲気は一日たりとも変わってはいない。不合格になった者も、いつまでもめそめそしてないで、現実を受け入れたからでもある。とにかく、皆、卒業までのこの時間を、悔いのないように過ごそうとしていたのだろう。それだけに、教室に秋山先生と一緒に入ってきた山田先生の表情は、あまりにも場違いだった。
「静かにしろ」
 先生の語調に、何かしらの重苦しさを感じたのか、担任でもない秋山先生がいるのがそうさせたのか、とにかく皆シンとなった。
「落ち着いて聞いてくれ。昨日、桜井が車にはねられた」
 山田は確かにそう言った。達也の心臓は凍りそうになった。いや、凍った。
 いや、凍った。
 クラスは動揺した。何故?桜井は何をしていた?桜井はどこの病院だ?ケガの程度は?
 達也は動揺する。何故?桜井はどこへ行こうとした?どこの病院に入院した?死んでしまうのか?……何故、俺はこんなことを思っているんだ?
 達也は動揺する。桜井は俺とはもう関係ない、あいつへの思い、少なくとも現在のあいつへの思いはすっかり捨てたはずだ、俺はまたあいつを気にかけている、情けない、あいつに対しては冷徹になれと昨日誓ったばかりじゃないか?
 達也は動揺する。今考えたこと、顔に出なかったか?俺と桜井は何も関係ないぞ、何も関係ないんだ。
「先生、どこの病院?」
 達也は我に帰った。今の言葉を発したのは、荒井だった。桜井といつも一緒にいた女子の一人だ。あの時……桜井があの言葉を言ったときも、荒井は桜井と一緒だった。
 一緒に桜井と笑っていた奴だ。
「市原病院だ。桜井は意識を失い……」
 生徒の顔から血の気が引いた。
「おい、行くぞ」川口が立ち上がった。
「どこへだ?」山田先生が鋭く言った。
「決まってるだろ。病院だよ」川口は山田を睨みつけた。
「お前らが行った所で、出来ることは何もないんだ。それに、お前らには授業が」
「授業?」相田が立ち上がった。
「この時期に、授業なんかないでしょ?それともこの卒業式の練習ってことですか?」
 相田の手には冊子が握られていた。『卒業式のしおり〜立つ鳥あとを濁さず〜』
「……そうだ」先生は冷静に言った。相田が冊子を地面に叩きつけた。とても市のトップ校推薦合格とは思えない行動だった。
「そんな気分になれないっすね」
「クラスの人間が死にそうなのに、何が卒業式だ」
 川口と相田は同時に教室を飛び出した。そのすぐ後に、荒井や数人も続こうとした。
「待て!止まれ!病院が迷惑だろ!」山田が叫んだ。山田はドアの前に立ちはだかって、絶対に動こうとしなかった。荒井達は後ろのドアから廊下へ出ようとした。が、秋山がそこに立っていた。
 達也は混乱する。俺は、あの仲間に入るべきなのか?死ぬかもしれない桜井の所へ、俺は行きたいのか?行きたくないのか?それさえも分からない。
「座れ!席につけ!」秋山先生が凄んだ。
「通してください」荒井もガンとして受け付けない。
「座るんだ!いいか、桜井春奈がアイドルだからってな……」
「違う!」荒井が叫んだ。
「春奈は、親友なんです!何もしないでいるなんて!」
「座れといってるだろう!」
 その叫びも今やむなしかった。クラスの半数以上が立ち上がり、ドアを出ようと押し合いへし合いしていた。
 そしてついに、秋山が吹っ飛ばされ、そこにいた者たちはまるで火事でも起こったかのように一斉に教室から出て行った。
 10人ほどの生徒が、机に座っていた。教師に忠実な者、桜井を嫌う者……その中に、達也もいた。
 秋山は立ち上がり、生徒達を追いに行った。
 山田は教壇に立ち、早口で言った。
「お前らは大丈夫だと思うがな。決して馬鹿な気を起こすなよ。ここでじっとしてろ。俺はあの馬鹿どもを連れ戻してくるから」
 山田は急いで教室を出て行った。
 
俺はどうすればいい?どうするどうするどうするどうする?桜井は春奈だこのまま幼い頃の親友を見殺しにするのかいやしかし春奈は桜井だあいつは幼い頃の親友の俺をキモイといったんだぞそんな奴がどうなろうと俺の知ったことか?時計のスピードが早くなっている。迷っている間に時間はどんどん過ぎていく。
 不意に、小泉正人が立ち上がった。
「お前……行くのか?」
 小泉は頷いた。
「だって、お前、あいつが気に入らないって……」
「気に入らなくても、死のうとしてる。あいつが生き続けてたら俺、もしかしたらあいつを気に入るかもしれない」
「お前が行ったところで何も変わんないんだよ」斎藤が言った。小泉は斎藤の所へ歩みよった。
「ここでじっとしてるよかマシだ。お前、いつまで教師の言いなりだ?」
 小泉は出て行った。
 少しの間沈黙があった。
「一生に一度くらい、先生にさからってもいいと思うけど」長野も出て行った。
 また少し沈黙があった。斎藤が立ち上がった。皆立ち上がった。達也を除いて。
「赤羽……行こうぜ」加藤が言った。達也は頭を抱え、悩み続けていた。
「赤羽!」
 達也は動かない。
「あいつ死ぬかもしれないんだぞ!」
 そんなことは分かっているだけど生きるかもしれないそうしたら病院にいる達也を見て桜井は俺が桜井を気にかけていたと思うに違いない。それは絶対に嫌だ。
 もう加藤も何も言わなかった。加藤は踵を返し、教室を出て行った。頭を抱えている達也を一人残して。
 
 桜井が、死んだら、俺はあいつとの本当に最後の時間を汚して過ごしたことになってしまう。
 黙れ。俺の名前を呼ぶな。だったらアイドルなんてやめてしまえ!
 謝った方がいいのか?たとえあいつの意識がなくとも、あいつが生きているうちに……。 クラスの人間が死にそうなのに。そうだ、もし桜井に知られたとしても、言い訳が出来る。「クラスメートだから」ということを言い訳に出来る。でも、それを桜井に話す機会が、果たしてあるだろうか?そもそも俺は桜井と口を聞かないはずなのに。
 春奈は、親友です。俺にとって桜井は親友じゃない。その関係を放棄したのは俺ではなく桜井だ。
あいつが生き続けたら俺、もしかしたらあいつを気に入るかもしれない。それは……それは、ない。
 最低だ、何故俺は行かない?
 あいつ死ぬかもしれないんだぞ!
 桜井が生きた時の、自分の立場を考えている。死にそうなのは桜井なのに。俺は桜井の死を望んでいるわけではない。そしてその気持ちを桜井に知られるのが恐い、自分の面子を守ろうとして。
 だったら、俺が死ねばよかった。
 でも、今死にそうなのは桜井だ。
「あああああああーーーーーーーーー!!!」

 死ぬな、桜井春奈。生きろ、春奈。俺はそう祈る。

 教室には、誰もいなくなった。


 ◆


「まさか、死んだの?」
「いえ」


 達也は自分の部屋にいた。部屋は沈みかけの太陽の光を誘い、赤く染まっていた。血のような生々しい赤だった。
 達也は自分の机に座っていた。どれ位の時間が経ったのだろう。いつからここにいたのだろう。何も分からない。
その時電話が鳴った。家には誰もいなかっただけに、その音は一層響いて聞こえた。
 達也は動かなかった。やっと電話をとりに階段を降りたころには、もう電話は6回もなっていた。
「赤羽です」自分の声はかすれていた。
「荒井。いますぐ学校前の弥生川土手に来て」

 達也が自転車に乗ってそこへ行くと、荒井はもうそこに立っていた。達也は自転車から降りて近づいた。
「……荒井、あのさ……」
「どうして来なかったの?」荒井が出し抜けに言った。
 達也は黙っていた。荒井は近づいて来た。
「クラスで来なかったのはあんただけ。なんで来なかったの?」
「荒井、あいつ無事なのか?」達也が急き込んで尋ねた。
「あんた、あの子が気になるの?来なかったくせに!」荒井が声を張り上げた。
「荒井!」達也も負けていない。
「……意識は戻った。怪我は残ったけど」
 頭の中に重くのしかかっていたものが消えた気がした。 
「……そうか」
 達也はふうと息を吐いた。
「それで」荒井が言った。
「どうして来なかったの?あんた、あの子の幼馴染でしょ?」
 達也は荒井を見つめた。
「……どうして知っている」
「あの子に聞いただけ。けど、今はそんなことどうでもいいの」
「あいつ、俺の話をしたのか?」達也は信じられなかった。
「どうして来なかったって聞いてるの」
 達也は荒井を睨みつけた。こんな奴に、俺の気持ちなんか分かるものか……。
「俺が行きたくなかったからに決まってるだろ」ぶっきらぼうに言った。早くここから帰りたかった。桜井春奈が無事だと分かった以上、もうあいつのことを気にかける必要はない、ないんだ。
 しかし、荒井はそうはさせてくれなかった。
「答えになってない」
 達也はため息を吐いた。
「なんで俺が行かなきゃならなかった?あいつだって俺なんかに来て欲しくなかったはず……」
 荒井が達也の頬をひっぱたいた。達也は荒井を見、そして叫んだ。
「んだよ!お前に何が分かるっていうんだ!」
「あの子、泣いてたよ」
 達也は黙った。
「あたし達の中にあんたがいないのが分かると、布団に顔をうずめて、泣いた。それで皆帰ったんだけど、あたしはまた様子を見に行った。そしたら……」
 荒井は深く息を吸い込んだ。
「そしたら、まだ泣いてんの。理由を話してくれた『私が死ぬかもしれないのに来なかった。私、そんなに嫌われちゃったんだね』」
「嘘だ」達也はすぐさま言った。
「あの子は確かにそう言った」荒井の目は挑戦的だった。
 違う。こいつは何を言ってるんだ?桜井がそんなことを言うわけがないじゃないか。桜井のこれまでの行動と全くつじつまが合わない。
「じゃあ、最初に俺を無視し始めたのは誰だ?俺に来て欲しいんだったら、どうしてあんなことを言った?お前らと一緒に、あいつは俺を「キモイ」と言っただろう!」
「馬鹿!」荒井が叫んだ。
「あんた、ホント鈍いね!あれはあんたがあの子にからんで来ることを狙って言ったんだよ!」
「じゃあ、俺が側にいることを知ってていったのか?」達也は怒りが込み上げてくるのを感じた。
「そうだよ!あんたがからんで来ることを狙ったんだから、当然でしょ!」
「俺がからんで来ることを狙う?」達也は初めてその部分に反応した。
「どういうことだ?」
 荒井も静かになった。
「つまり、あの子は、幼馴染のはずのあんたと全然口を聞いていなかったでしょ?このままあんたと口を聞けないで会うことがなくなるのを、あの子は心配した。それで……」
「違う」達也はそう言ったが、心のどこかでそれも一理あるという感じもした。……いや、やはりそんなはずはない。
「違う、あいつは、俺に聞かれてるのに気づいたら、めちゃめちゃ気まずそうにしてた……そして、教室から出て行った……」
「それは、あんたの顔があまりにもショックを受けて、怒っていたみたいだったからだよ」荒井はさらりと言った。
「なんで、俺と口を聞けなくなることを心配するんだ?」達也は必死で言葉を捜した。
「先に無視を決め込んだのは、あいつの方だろ!」
「あの子はそのことを悪く思っていたの」
 訳が分からない。
「そして、あんたにそのことを謝ろうとずっと思ってたけど、あの子が近づくと、あんたはどっかへ行くようになっちゃってたから……」
 確かに、思い当たらないこともない……。そして、別々のクラスであったいうことも重なって、謝る機会はなくなっていった……?
「あの子、その思いをあたしに話してくれた。『私が悪いんだけど、謝れない』って悩んでた。そして、あれをやるのをあたしに手伝って欲しいって」
 昨日のゴミ捨て場での言動も、俺が突っかかってくると思って……?
 俺が桜井にあそこで話し掛けたのも、同じ思いだった。無意識のうちに、行動に出ていた……。結果、話はしたものの、俺達の意識は更に互いを避けることになった。
「あんただけが悪かったとは言わない。けど、あんた、今日あの子のところに行かなかったのはおかしいよ、絶対間違ってる」
 達也は自転車に飛び乗った。
「荒井、ありがとな」
 達也はペダルをこぎはじめた。

遅い。遅い。遅い。ギアを最大にして力いっぱいこいでも、自転車はおそく感じられた。赤信号は無視し、踏み切りすらもうっとうしく思えた。
 日はもはや沈みかかっていた。ペダルが重い。ライトをつけると更に重くなるのでつけ
るのをやめた。
これほど強く春奈と話したかったことはない。いつも近くにいたのに、どうして何も話さなかったのだろう?
俺が、春奈の気持ちを悟らなかったから悪いのかもしれない。「春奈は達也が好き」と言われれば、避けようとするのもあたりまえだ……。自分だけが辛い目に遭っているなどと思い込んで、春奈がどう思っているかなんて、考えもしなかった……幼馴染だというのに。親友だったのに。
 脚が棒のようになっていた。長いこと運動していなかったツケがこんな所で回ってきたのだ……。汗が出てきた。ハンドルを持つ手もすべりはじめた。コートを脱ぎ捨てたかった。そして、達也の息遣いは荒くなっていた。
 しかし、どんなことがあっても、達也は脚を止めることを許さなかった。
 
 ◆ 

 病院の廊下に達也は立った。目の前のドアには表札がかかっている。「桜井春奈様」
 いざここに来て見ると、達也はそのドアに触れることができなかった。一体何から話せばいいんだ?
 だが、やらねばならない。このままここに突っ立ているわけにもいかない。それともやはり帰るか?さっきかいた汗が冷えてきた。
 このドア一枚開ける勇気があれば、昔に戻れるかもしれないのに。
 何のために来たんだ?
 荒井がそう言っているような気がした。
 話そうよ。
 春奈の声がしたような気がした。
 気がつくと、達也はドアを開けていた。

 辺りはすっかり暗くなっていたが、病室の電気はついていない。それでも、町の明かりが窓の外にあったので、全くの暗黒というわけでもない。
 春奈は、眠っていた。
 達也は、ベッドの側の椅子に腰掛けた。ベッドの脇の机には、見舞いの品々がたくさんのせてあった。机に乗り切らないので、床に置いてあるものもある。ほとんどが花だった。どんな人間が来たのかは、大体見当がつく。
 達也は春奈を見た。確かに春奈は変わったが、こうしてじっくり見てみると、昔の面影はところどころに残されているような気がする。
 そうだ。俺は今まで春奈の顔をまともに見ていなかった。でも、今は見れている。それは、春奈が眠っているからに過ぎないのか?春奈が目を覚ましたら、俺は春奈の顔を見ることが出来るか?
 出来ないかもしれない。
 だけど、出来るかもしれない。
 無理やり起こすのはよくない。春奈が目を覚ますのを待とう。彼女が起きずに、帰らなければならない時間が来てしまったら、明日また来よう。 
達也は立ち上がった。
「……誰……?」
 達也は立ったまま彼女を見た。桜井春奈が目を覚ましていた。

 達也は部屋の電気をつけた。二人の顔が光を手にし、互いを見つめていた。
「……来たの?」春奈が言った。
「来た」達也はかすれた声で答えた。
「真美に何か言われたの?」
「真美?」
「荒井真美」
 荒井か。
「ああ」達也は今度はきっぱり言った。
「帰……」
「帰らねえよ」
 春奈はまた達也をじっと見た。今度は嫌なものでも見るような目つきだった。
「言われて来るなんて」
「最低だな」達也は窓の向こうを見た。
「迷ったさ。でも、お前が俺に謝ってなかったから、どうしても行けなかった。言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、俺とお前がこんな関係じゃなかったら、俺は真っ先にクラスを飛び出してた」
「でもあなたは来なかった」
 達也は今度は何も言わなかった。それを言われてしまえば、終わりだ。「俺は来なかった」達也は頭の中で繰り返した。どんなことを言っても、その事実は変わらないのだ。
「悪かった。ごめん」達也は言った。
「あの日から荒井と話すまで、俺はお前のことなんか嫌いだった。そうさせたのはお前の方だけど、そんなことはもういい」
 春奈は枕に顔をうずめた。
「今俺、君が大切だから」
 何者も動かない。そこはまるで聖域のように、誰も足を踏み入れることは許されなかった。そして。
「……帰って」春奈の声はほとんど聞き取れなかった。
 達也は踵を返した。そして、病室のドアを開けた。
 春奈。生きててくれて、ありがとう。しかし、口から出たのは違う言葉だった。
「卒業式、出て来いよ。皆待ってるからさ」
 達也はドアを閉めた。

 達也は知っている。「帰って」と言った時の、春奈の思いを。
 春奈は喜んでた。布団の中で、泣いてた。あれは歓喜の涙だ。
 何故そんな風に言えるのか、自分でも分からない。あえて理由をつけるなら、こうだ。
 俺は、春奈の親友だから。


 ◆


 達也と春奈は、弥生川の土手にいた。
「この辺も変わっちゃったね」春奈があたりを見回した。
「でも、この土手はなくならないと思うな」
 達也はそこに座った。春奈も座った。二人はしばらく川を眺めていた。荒井がここで俺の横っ面を張ったんだっけ……。
 馬鹿!あんた、ホント鈍いね!達也は頬をさすった。
「達也」
「え?」
「……ごめんね……」
「何が」
「あの時あんなこと言っちゃって」
 達也は笑った。
「あの時はマジで頭に来たな。ま、あとでワケを荒井に聞いたけどさ」
「ごめん」
「いいよ。終わったことだし。俺も何も考えなかったし。俺も悪かった」
「あのね、達也、病院来てくれたじゃん」
「うん」
「あれ、嬉しかったよ」春奈は笑っている。
「知ってる」
 二人はしばらく何も言わなかった。「今、何してんの?」春奈が尋ねた。
「俺?小料理屋で働いてるよ、駅前の」達也は自分の右腕を指差した。
「達也料理なんかできんの?」
「出来ますよ〜。今度おごってやるよ」
 その時、携帯電話が鳴った。
「メールだ……。『何してんだ。早く来いよ』小泉正人……」
 達也は時計を見た。
「やばい!同窓会始まってんじゃん!春奈、乗れよ!」
 達也はバイクに飛び乗った。そう、あの頃は自転車だった……。達也はヘルメットを渡した。春奈が後ろに乗った。
「はやく!」春奈が急かした。
 二人は笑っている。
 バイクは走って行った。あの頃の友達のもとへ。
 達也と春奈を乗せて。

 俺達を乗せて。行き先は、あの頃へ。
2005/02/07(Mon)22:29:50 公開 /
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