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『シェードと愉快な仲間達  【完結】』 作者:夜行地球 / ファンタジー ファンタジー
全角58549.5文字
容量117099 bytes
原稿用紙約191.65枚



   『一日目』


 暗闇の中でロウソクの炎をじっと見つめる。
 寮の自室の中なので、邪魔する者は誰もいない。
 ゆらゆらと揺れる炎を見ているうちに心臓が熱くなっていくのが分かる。
 その熱さがじわじわと手足に伝わってくる。
 今夜は絶好調みたいだ。
 この熱さが冷めないうちに呪文の詠唱を始めなければならない。
「虚偽の王にして幻影の申し子、モケキキよ。我は汝の秘法を知り、その奇跡を起こそうとする者なり。現世に再度の疑惑の嵐を巻き起こしたくば、我にその力を分け与え給え」
 心臓がドクンと大きく反応し、全身が一層熱くなる。
 よし、魔力は十分。後はオリジナルで何処までいけるかだ。
「彼のものは、生なき者ゆえ永遠の生を持ち、知識なき者ゆえ全てを知る。その矛盾は我が妄想の上に成り立ち、その存在は我に属する。ゆえに、彼のものは我に従い、我以外の主を持たぬ」
 僕は一瞬にして理想の女性像を頭に思い浮かべる。
「ギミック」

 呪文の詠唱が終わるのと同時に、床に青く光る魔方陣が現れた。
 見ていると、魔方陣の中央から人の頭が生えてくる。
 首、肩、腰、足、と次第にソレは姿を現し、全身が現れた瞬間、魔方陣は消え去った。
 ソレは、黒いドレスに身を包んだ美しい女性だった。
 理知的な顔立ち、腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪、スリムでありながら肉感的なボディライン。完璧だ。

 僕が感激のあまりに立ち尽くしていると、その女性が声をかけてきた。
「初めまして、マスター。私はセシーヌと申します。以後お見知りおきを」
 天使の微笑を浮かべながら、彼女は握手を求めてくる。
「僕はシェードって言うんだ。こちらこそよろしく」
 そう言ってから、右手を服の裾で何度も拭い、握手に応えようと差し出した。
 握った彼女の手は柔らかく、上質な絹のようだった。
「マスターは何がお望みでしょうか? 世界を奪えるほどの力ですか? それとも、世界の真理を知るための知識ですか?」
 彼女はごく当然のように聞いてきた。
「僕が望めば、セシーヌはそれを与えてくれるの?」
「はい、なんなりとお申し付け下さい」
 僕の望み、そんなもの一つに決まっている。
「それじゃあ、僕の望みを言うよ」
「はい、マスター」
「セシーヌ、僕は君と……」

 その瞬間、ボンという間の抜けた音と共に彼女の姿は消えてしまった。
 室内には静寂が戻り、物音一つ聞こえない。
 しばし呆然した後、肩を落として呟いた。
「また、失敗かよ」
 床に置きっぱなしだったロウソクの炎を消し、ベッドの中に潜り込んだ。
 目をつぶりながら考える。
 確かに、今回も失敗だった。しかし、今回の失敗は次に繋がる。彼女は僕のことをマスターと呼んだし、知性も持ち合わせているようだった。それに何と言っても、美しかった。残った問題は持続性のみ。それさえ乗り越えられれば、僕の夢は実現する。
 どうやって持続性を与えるか、そんなことを考えながら、僕は眠りについた。



   『二日目』


 ライラ魔術学園の朝は早い。
 と言っても、別に授業が早く始まるからではない。早起きしないと食堂の特別朝食メニュー、三文の得セットが売り切れてしまうからだ。スープとパンと肉饅頭というシンプル極まりないセットメニューながら、その味の素晴らしさから、全生徒に『この学園に入学できて良かった』と言わしめる逸品だ。
 そんなわけで、僕は起きてからの洗顔もそこそこに食堂へ駆け込んだ。

「ポポおばちゃん、今日の分まだ残ってる?」
 僕の問いかけに、おばちゃんは三文の得セットを手渡しながら答えた。
「あんたの分で最後だよ」
 おばちゃん、笑顔が眩しいぜ。僕は自分の幸運を噛み締めながらテーブルに向かった。
 肉饅頭にかぶりつきながら、昨日の失敗について考察してみることにした。
 魔術を創る上で重要な点は二点ある。
 『魔力をどこから引き出すか』と『魔力をどう使うか』だ。
 魔力は精霊や多種多様な神々から引き出すことが出来るのだが、どこから引き出したかによって性質が異なってしまう。
 例えば、僕が昨日試した魔術では幻影神のモケキキから魔力を引き出した。
 このモケキキから引き出した魔力は、扱い易い反面、固定化するのが難しい。まるで水飴みたいな魔力だ。
 一方、イフリート等の精霊から引き出した魔力は、扱いにくいのだけれど、固定化し易い。こっちは鉄みたいな魔力。
 考えるまでもなく、昨夜の失敗はモケキキから魔力を引き出したことが原因だろう。
 では、魔力を精霊から引き出せば僕の魔術は成功していたか?
 それは、分からない。
 ここで問題になるのが『魔力をどう使うか』、つまり、どんな詠唱をするかだ。
 引き出された魔力は、詠唱によって意志を込められることによって初めて魔術へと変わり、さまざまな現象を引き起こす。
 よって、オリジナルの詠唱にどこまで意志を込められるかが魔術の成否のポイントになる。どのような場所で、どのような時間帯に、どのような儀式を伴って、どのような呪文を唱えるのか。その全てが重要だ。
 昨夜はオリジナルの詠唱で、初めて望みどおりの対象を作り出すことが出来た。つまり、魔力に僕の意志を込めることが出来た、ということだ。
 でも、それはモケキキから引き出した魔力だったから成功しただけかも知れない。精霊から引き出した鉄のような魔力を溶かせるほど、僕の詠唱に熱い意志が込められているのかどうか、正直不安だ。

「何しけた面してんだよ、シェード」
 顔を上げると、長身で金髪碧眼の青年が立っていた。指輪、ネックレス、イヤリング、ブレスレットにアンクレット、全身アクセサリーだらけの知り合いなど一人しかいない。
「考え事の邪魔しないでくれるかな、テルミス。卒業課題の創作魔術について高尚な考察をしてるんだから」
「何が高尚な考察だか。どうせ『魔術を使って理想の彼女を創り上げよう計画』について妄想を膨らましてただけだろ。そんなんだから女にもてないんだって、気付けよ」
 相変わらず痛いところをついてくる奴だ。
「人聞きの悪いこと言うなよ。僕がやっているのは、純粋に魔術のみで人間以上の知性を持つ実体を顕現させることが可能なのかどうかについての検証だ。決してテルミスが言うような不純な動機など無い」
「はいはい、そういう事にしておいてあげましょう」
 テルミスは僕の向かいに座った。持っているのは通常の朝食メニューだった。
 ふっ、敗者め。
「そういうテルミスは出来たのかよ、卒業課題」
「まあな、先週に完成したぜ」
 自信満々な顔をしている。何か気に食わない。
「どんな魔術を作ったんだよ」
「ふっふっふ、聞いて驚け」
 そういうと、テルミスは口を開けた。
「『考え事の邪魔しないでくれるかな、テルミス。卒業課題の創作魔術について高尚な考察をしてるんだから』」
 テルミスの口から出てきたのは、テルミス自身の声では無い声による、どこか聞き覚えのある台詞だった。
「ふっ、驚いて声も出ないか」
「いや、やったことの意味が分からなかった」
 そう答えると、テルミスはつまらなそうに言った。
「そうか、自分の声って客観的に聞いたことなんてほとんど無いもんな」
「は、何言ってんの?」
 僕が驚かないのが気に食わなかったらしく、テルミスは熱心に説明を始めた。
「よし、お前には特別に教えてやろう。俺がやったのは過去に聞いた他人の声の再現するって言う『エコー』っていう創作魔術だ。ちなみに今回は、シェードの声を再現してみた。系統は時間干渉系、しかも呪文の詠唱を完全省略するっていう大きなオマケつきだ。これを聞いて驚かない奴なんていないぞ」
 確かに、技術的な面では凄いと思う。でも、やっぱり。
「地味だね」
「ち、友達甲斐のない奴め。俺が宮廷魔術師長になったとしたら、お前を辺境へ左遷してやる」
「ま、なれるもんならなって下さい」
 僕らは朝食を食べ終えてから、教室に向かった。

 僕らの住むミネルバ王国は、新興国であるために伝統的な魔術師一族がいない。だから、魔術師は慢性的に不足していて、その育成のためにライラ魔術学園を開いている。ライラ魔術学園に入学できるのは、満十五歳の国民全員に対して行われる適正診断で魔術の才能を見つけられ、心身ともに問題の無いと判断された者のみ。僕の同期は僕を含めて四十八人。ほぼ例年通りの人数だ。
 全寮制のライラ魔術学園で三年間にわたって魔術を習った後、卒業生はミネルバ王国に仕えることになる。でも、それは無事卒業できればの話。毎年、数人は卒業課題で不合格になり、留年の憂き目にあっている。卒業課題の内容は稀に変更されるが、基本的には創作魔術、つまり、オリジナルの魔術を完成させることに決まっている。今年も例年通りだった。だから、僕は今もこうやって授業そっちのけで、創作魔術について考え込んでいるわけだ。
「……というわけです。分かりましたね、シェード君」
 ん、何か僕の名前が呼ばれた気が。教壇を見ると、エリック先生が呆れた目で僕を見ている。
「何ですか、先生」
「何ですか、じゃないですよ。やっぱり私の話を聞いてませんでしたか。先生は悲しいです」
 と言って、いかにも悲嘆にくれる青年と言う表情をしてみせた。前に年齢は三十二歳だと言っていたけれど、どう見てもそれより十歳は若く見える。
「すいませんでした」
「まあ、今回は許して差し上げましょう。シェード君以外にも今の話を聞いていなかった人も多いみたいですし、もう一度話しておきますね」
 エリック先生はおもむろに教卓をロッドで叩いた。その大きな音に今まで寝ていた者も目を覚ます。
「えー、今年の卒業課題ですが、若干の変更があります。創作魔術の完成に加えて、キルツク王国との国境であるアルデシア地区における戦闘への参加が卒業課題になりました。戦闘での班分けなどについては追って連絡するので、確認を怠らないようにして下さい」
 エリック先生の発言に、教室内が騒がしくなる。
「先生、それはどういうことですか?」
 テルミスが慌てて質問をする。どうやらテルミスも寝ていたらしい。
「いや、王国の方から援護を要請されたんですよ。それで、校長が丁度いいから卒業課題に加えてしまおう、と仰られて、このような事態になったわけです。でも、卒業したら同じような職務につくわけですし、ちょっとだけ早い就業体験だと思えばいいんじゃないでしょうか」
 その言葉にテルミスが反論する。
「しかし、先生。戦闘への参加って事は、僕らが死んだりする可能性もあるわけですよね」
「はい、ですから死なないように頑張ってください。私たち教師も君たちが死なないように多少は見回りをしますよ」
 笑顔で怖いことを言う人だ。今までは、笑顔の似合う好青年というイメージしか無かったエリック先生だけど、これからは認識を改める必要がありそうだ。
「ちなみに、創作魔術の発表は三日後、戦闘への参加は五日後から七日後にかけての三日間ですので、どちらも気合をいれて臨んでくださいね」


 そんなわけで、僕は緩んだ日常と別れを告げることになった。


 その夜、僕は創作魔術『ギミック』をイフリートから引き出した魔力で試してみることにした。
「破壊と再生の化身、イフリートよ。我は汝の代理として破壊と再生を起こさんと欲する者なり。我が願い、汝の許すところなれば、我に力を与え給え」
 心臓がドクンと大きく反応し、全身が熱くてたまらなくなる。
 よし、手ごたえは前回と同等、いや、それ以上か。
「彼のものは、生なき者ゆえ永遠の生を持ち、知識なき者ゆえ全てを知る。その矛盾は我が妄想の上に成り立ち、その存在は我に属する。ゆえに、彼のものは我に従い、我以外の主を持たぬ」
 僕は一瞬にして理想の女性像を頭に思い浮かべる。
「ギミック」
 呪文の詠唱が終わるのと同時に、床に赤く光る魔方陣が現れた。
 見ていると、魔方陣の中央から人の頭が生えてくる。
 首、肩、腰、足、と次第にソレは姿を現し、全身が現れた瞬間、魔方陣は消え去った。
 ソレは、甲冑に身を包んだ堂々たる戦士だった。
 野性的な顔立ち、逆立った赤髪、屈強な二の腕。失敗だ。
 前回との落差に落胆して立ち尽くしていると、その戦士が声をかけてきた。
「手前がマスターか。オレはトリニティ。よろしくな」
 意外に声が高い。てことは、まさか。
「もしかして、君は女性?」
 僕が聞くと、戦士は残念そうに答えた。
「ああ、どうやらそうみたいだな。オレは男の方が良かったんだけどな」
「いや、いきなり変なことを聞いて悪かったね。僕はシェード。よろしく」
 僕は右手を差し出した。
「おうよ」
 そう言って、トリニティは僕の右手を握った。
 がっしりとした逞しい手だった。前回との落差に涙が出そうになる。
「で、一体何が望みだ? 破壊の為の力なら幾らでも貸してやるぜ」
 残念ながら、今の僕は破壊の為の力なんて必要ない。
「それは頼もしいね」
 そう言って、僕はトリニティの甲冑を叩いてみた。
 カン、カンという小気味良い音が聞こえる。うん、紛れも無く金属製だ。
「何してんだ?」
「いや、ちょっと調べたい事があってね。しばらくの間、黙って立っていてくれるかな」
 トリニティはやや不審そうな顔をしながらも、大人しく従ってくれた。
 十分経過。何も変化なし。
 二十分経過。同じく変化なし。
 三十分経過。やっぱり変化なし。
 一時間経過。どう見ても変化なし。
 どうやらほぼ完全に成功したみたいだ。失敗した点はただ一つ。彼女の容姿と性格が僕の好みじゃ無かったということだけだ。やっぱり、イフリートから引き出した魔力に完全に意志を込めるのは難しいみたいだ。
「さて、成功することは分かったし、今日の所はここまでって事で」
 僕が『ギミック』を解除しようとすると、トリニティが物凄い顔で睨んできた。
「おい、シェード。手前、まさかオレを消すつもりじゃ無いよな」
 やや怯みながらも答えることにする。
「うん、この魔術が成功することが分かったから、もう帰ってもらいたいんだよね」
「ふざけんなよ。呼び出すだけ呼び出しておいて、何もせずにハイさよなら、で納得できるわけがないだろうが。折角オレに実体を与えたんだから、何か仕事くらいやらせろよ」
「いや、そう言われても困るんだよな。今やって欲しい事なんて無いし」
 本当は僕好みの女性を『ギミック』で創り出して、恋人としていちゃつく予定だったんだけど、こいつ相手では……ちょっとね。
「なら、仕事を思いつくまでオレはこの世界に居座ることにするからな」
 と言って、トリニティは甲冑を脱ぎ、僕のベッドにもぐりこんだ。そして、十秒も経たないうちにすやすやと寝息を立て始めた。
 さて、僕は何処で寝れば良いだろうか。トリニティの平和そうな寝顔を見ているうちに、僕の頭の中にいくつかの選択肢が浮かんだ。

 選択肢1:『ギミック』を解除してトリニティを消し、ベッドで寝る。
 選択肢2:トリニティを起こし、僕がベッドで寝る。
 選択肢3:トリニティと一緒にベッドで寝る。
 選択肢4:諦めて床で寝る。

 へなちょこな僕は、選択肢4を選んでしまった。
 そして、今回『ギミック』が成功したのは偶然だったかも知れないし、とりあえず創作魔術の発表日までは『ギミック』を解除しなくてもいいかな、なんて弱気な事を考えながら床に寝転がるのだった。



   『三日目』


「ぶえっくしゅん」
 自分のくしゃみの音で目を覚ました。最悪だ。
「馬鹿だな。床なんかで寝たら風邪をひくに決まってんだろ」
 僕が床で寝る原因を作った張本人が呆れた口調で言っている。どうやら一晩たっても消えなかったみたいだ。
「それで、オレの仕事は思いついたのか?」
「いや、何にも。とりあえず、明後日の創作魔術発表の日までは部屋から出ずに大人しくしてくれれば助かる」
「何だよ、それは。まるでオレが邪魔者みたいじゃないか」
「邪魔者みたい、じゃなくて邪魔者そのものなの」
 僕がそう言うと、トリニティは不満そうな顔をする。
「仕事を寄越せ。労働者の存在意義を奪うな」 
「ち、仕方ないな」
 僕は本棚から『サルでも分かる、カンタン魔術』という題名の魔術書を取り出し、トリニティに手渡した。
「とりあえず、この魔術書の中から君にでも使える魔術を探し出してくれ。仕事を頼むのはそれからだ」
「分かったよ。探しとけばいいんだな」
 トリニティは魔術書を黙々と読み始めた。
 さて、朝食でも食べに行くことにしよう。今日はもう遅いから三文の得セットは諦めるしかなさそうだ。
「ところで、トリニティは食事を摂らなくてもいいの?」
「ああ、原則的にはシェードからのわずかな魔力の供給さえあれば十分だ。だから、オレの事は気にしないでいい」
「そっか。僕は朝食食べに行ってからそのまま教室に行くから、帰ってくるのは夕方あたりになるけど、それまではこの部屋を出ないでね。一応ここは男子寮だからさ」
「はいはい、大人しくマスター様のお帰りをお待ちしてますよ。とっとと飯でも食いに行っちまえ」
 トリニティは手で僕を追い払うような仕草をした。
「分かればよろしい。んじゃ、また夕方って事で」

   ◇◇◇

 朝食を食べ終わって教室に向かうと、掲示板に人だかりが出来ていた。
「ごめん、ちょっとどいて」
 軽く人を押しのけて掲示板のもとへ向かうと、そこにはアルデシア地区での戦闘の班分けが張り出されていた。
「で、僕はどの班になったのかな」
 見てみると、僕の名前は『物資輸送班』という欄に書かれていた。同じ班になったのは二人。テルミスとアリシアだった。
「げ、よりにもよって、この二人と同じ班かよ」
「それは、私の台詞です。それに、物資輸送などといった汗臭い仕事は高貴な私には似合いません。即刻班替えを訴えます」
 後ろから高飛車な声が聞こえてきた。振り返ると、フリルのついた高価そうな服を着て、頭に大きなリボンをつけた女子生徒が立っていた。
「僕も班替えをしたいのはやまやまだけど、それは無理だと思うな、アリシア。
そもそもこれは卒業課題の一つなんだしさ。生徒一人一人の要望なんて聞いてくれやしないって」
「黙りなさい、シェード。貴方みたいな凡人が私と対等に話そうなんて百年早いわ」
 相変わらずのブルジョワ思考だ。こんな奴に何で学園トップクラスの魔術の才能が与えられたのか、つい神様に聞いてみたくなる。
「それでは戦闘当日はよろしくお願いしますね、アリシアお嬢様」
 僕は皮肉とは思われないであろう皮肉を言ってから自分の机に向かった。

 授業の準備をしていると、テルミスが近づいてきた。
「よお、シェード。どうやら同じ班の所属になったみたいだな」
「うん、思いつく限りで最悪の組み合わせだね」
「まあ、班員は最悪だけど、仕事内容は最高じゃねえか。ただ、物資輸送の手伝いをすればいいんだろ。遊撃班や諜報班なんかに比べりゃ楽勝だって」
 確かに、物資輸送班では戦地の真っ只中に行くこともないだろう。そう考えれば、僕の運も良かったのかもしれない。
 ガラガラと音を立てて、エリック先生が教室に入ってきた。それに気づいて、掲示板の近くにいた生徒たちも皆自分の席に着く。
「皆さん掲示板を見てくれたみたいなので、分かっているとは思いますが、卒業課題での班分けが発表されています。班員同士協力するのを忘れないで下さいね。あと、この戦闘での働きが良かった人は創作魔術での評価が悪くても卒業することが可能になります。ぜひとも死なない程度に頑張ってください」
 エリック先生の話が一段落したのを見計らって、アリシアが発言する。
「先生、質問があります」
「何ですか、アリシアさん」
「卒業課題の班分けですが、変更していただくわけにはいかないでしょうか?」
「はい、無理です。この班分けは皆さんの適性や人数のバランスなどを考慮して考え出されたものですので、変更は一切認められません。文句がある人は今年の卒業を諦めてください」
 笑顔のまま丁寧な口調で完膚なきまでに却下した。よくぞ言ってくれた。僕は心の中でエリック先生に拍手を送る。
 確かに、アリシアは優秀だけれども実戦には向いていないだろうし、テルミスは最初からやる気が無いし、僕は喧嘩も嫌いな日和見主義者だ。物資輸送程度にしか役に立たないと思われても仕方が無い。ま、先生がたの好意に甘えて、安全な仕事に従事することにいたしましょう。

「それでは、授業を始めますよ。今日は二十三年前に結ばれたミネルバ・キリツク間の休戦協定についてですね」
 エリック先生が淡々と授業を進めていく。魔術学園なのだから歴史の勉強なんかしなくても良いんじゃないかと思うのだけれど、官職に就く上で必要らしい。面倒なことだ。
「現在では、この休戦協定は事実上無意味なものとなってしまいましたが、その歴史的意義は大きく……」
 つまらない授業を聞いていたら段々と眠くなってきた。
 ふわぁ、と大きなあくびをしたら、エリック先生と目が合ってしまった。
「おや、私の授業はそんなにつまらないですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「ふむ、眠くなっている頭を少し目覚めさせなくてはいけませんね。それではシェード君、ミネルバ王国の成り立ちについて簡潔に説明してください」
 ミネルバ王国の成り立ちか、確か一年生の時に習ったな。
「えっと、六十三年前にシュシカン帝国で起こった内乱を一人の傭兵が鎮めた事がミネルバ王国誕生のきっかけですね。その傭兵が初代ミネルバ国王のラウール一世で、内乱鎮圧の褒美として与えられた領地が当時辺境だったワイルーン地区です。ラウール一世はワイルーン地区を中心として一大開拓計画を掲げ、次々と領地を広げていきました。そして、領地が現在のミネルバ王国ほどの大きさになった五十二年前に『ミネルバ王国』として独立を宣言し、現在のミネルバ王国が出来ました。と、こんな感じで良いですか?」
 エリック先生は、にっこりと笑って答えた。
「はい、大丈夫です。さすがにその程度は覚えているみたいですね」
 そして、コホンと小さく咳払いをして続けた。
「そのようにして独立したミネルバ王国ですが、周辺諸国からは良い感情をもたれませんでした。特に国境を隣とするキルツク王国の反発は激しく……」
 エリック先生には悪いけど、やっぱり歴史は面白くない。
 僕は教科書を立てて、ひっそりと夢の世界に旅立つことにした。

   ◇◇◇

 授業と夕飯を終えて自分の部屋に戻ると、トリニティがベッドで寝ていた。
 朝は仕事をくれ、とうるさかったくせに早々とお休みとはいい御身分だ。僕も今日一日の授業のほとんどを居眠りで過ごしたから、あまり大きな事は言えないけど。
 とにかく、二日連続で寝床を取られるわけにはいかなかったので、トリニティを起こすことにする。
「こら、起きろ」
 軽く頭をはたく。トリニティはうっすらと目を開けた。
「お、ようやく帰ってきたか。あんまり遅かったんで寝ちまったよ」
「うむ。マスターが帰ってきたのだから、ベッドから退きたまえ」
 トリニティはベッドから出て僕の勉強机の椅子に座り、魔術書を手に取った。
「シェードから渡された魔術書を読んでみたけど、オレに使えるのはこのへんだな」
 トリニティが示したのは『敵を真っ白な灰にしてしまおう、火炎魔術編』という項目だった。
「で、具体的にはどの魔術が使えるの?」
「ん、載ってるやつ全部だけど」
 その答えを聞いて、しばし沈黙する。
「この項目って、城をぶち壊す為に使う物騒な魔術も載ってなかったかな?」
「ああ、それも使えるぞ。それよりもっと強力な破壊魔術だって使えるけど、ここで使って見せようか?」
 黙っていたら本気で部屋を破壊されかねないので、トリニティを止めることにする。
「いや、僕は無事に卒業したいから、それは遠慮しておく。それにしても、破壊専門か。日常生活では使えない事この上無いな」
「何だよ、やっぱり仕事は無いのかよ」
 トリニティがふくれっ面をした。意外と可愛い表情だ。
「いや、そんな事は無いよ。卒業課題の一環で戦地に赴くことになってるから、ボディガードとして働いてもらう。それでいいだろ?」
 女性に身を守ってもらう事に気が引けなくも無いが、相手が自分より強力な魔術を使えるなら問題は無いだろう。
「お、戦場か。任せとけよ、相手を一人残らず血祭りにあげてやるから」
 嬉しそうに物騒なことを言う。こいつにボディガードを頼んだのは間違いだったかも知れないと思いつつ、僕はベッドに向かった。
「今日は僕がベッドで寝るから、トリニティは適当な場所で寝てくれよ」
 それだけ言うと、布団をかぶって目を閉じた。



   『四日目』


 暖かく柔らかな感触。その心地よさに気付いて、僕はうっすらと目を開けた。
寝返りをうつ為に首を回した瞬間、視界に人間の顔が入ってきた。
「うわっ、誰?」
 僕が驚いて出した声に反応して、その人物も目を覚ました。
「何だよ、シェード。朝っぱらから大声出すなよ」
 僕と同じベッドで僕の隣に寝ていやがった人物はトリニティだった。
「ねえ、何で君は僕の隣で寝ているのかな?」
「ん、適当な場所で寝ろって言ったのはシェードだろ。この部屋で寝れる場所なんて、このベッド以外にないじゃないか」
「確かにそう言われればそうなんだけど、出来ればベッド以外の場所で寝て欲しかったな」
「嫌だ。オレはシェードと違って、床で寝れるほど神経が図太くないんでね」
 もう一つくらい文句を言ってやろうと思っていると、部屋の扉がノックされた。
「誰かな?」
 寝起きで頭の回転が遅くなっていた僕は何も考えずに扉を開けた。
 ノックをしたのはテルミスだった。
「よお、シェード。今日は折角の休みなんだからさ。一緒に遊ぼうぜ」
 そういえば、今日は授業の無い日だった。ということは、食堂も今日は休みってことだ。後で売店にでも行って、朝食を買ってこないといけない。国から給付されている僅かな小遣いを食費に当てるのは残念だが、背に腹は変えられぬ。
 テルミスの手を見ると、ポックスカードを持っていた。
「お、ポックスで勝負するつもり?」
「ああ、負けたほうが食事を奢るって事に……」
 テルミスは話している途中で硬直してしまった。テルミスの視線の先にはベッドに横たわるトリニティの姿があった。テルミスが物凄い勘違いをする前に釘をさしておくことにする。
「テルミス、あのベッドに眠っているのは、僕が創作魔術で創った奴なんだ。でも、少し失敗しちゃってさ。本当は……」
 テルミスは僕の口を塞いで、にやけた笑いを顔に浮かべた。
「慌てて説明なんかしなくても勘違いなんてしやしないって。お前の部屋に女の子が泊まることなんて有り得ないから。ただ、お前の創作魔術が成功したことに驚いてたんだよ、俺は」
 何か二重に失礼なことを言われた気がする。テルミスはずかずかと部屋の中に入ってきて、トリニティに近づいた。
「初めまして、俺はテルミス。シェードの数少ない友達の一人なんだ。君の名前は何ていうのかな?」
「オレはトリニティ。よろしくな」
 テルミスは『へえ、お前ってこういうのがタイプなんだ』と言わんばかりの視線を僕に投げかけてくる。
「ポックスで勝負するんだろ? 早く手札を配れよ」
 自分の失敗談を長々とする気も無いので、あえて視線を無視する。
「はいはい、分かったよ。五回勝負して持ち点の少ないほうが朝食兼昼食を奢るって事でいいか?」
「おう、望むところだ」
 テルミスが手札を配り始めると、トリニティが僕の肩を軽く叩いてきた。
「なあ、ポックスって何?」
「手札を使って相手より早く役を作って、その役の難易度に応じた点数を相手から奪い取るっていうカードゲームだよ。口で説明するより見たほうが分かりやすいと思うから、黙って見ててよ」
「ふうん、じゃあ見学してる」
 テルミスは手札を十二枚ずつ配り終わり、コイントスの準備をする。
「表が出たら、俺の先攻でいいよな」
「ああ、それでいいよ」
 ピィン、という音を立ててコインが宙を舞う。そして、トン、トン、と二回跳ねてから床に着地した。
「裏、か。ついてないな」
「へへ、残念でした」
 僕は山札からカードを一枚取る。赤の絵札のイフリートだった。手札には青と黄色のカードしかなかったので、捨てることにする。
 そして、テルミスも同様に山札からカードを取り、手札と交換する。
 そんな感じで、淡々とゲームは進んでいく。
 僕が五枚目となるで赤のカードを捨てた時、テルミスが叫んだ。
「よし、そのカードいただき。『平民の勝利』の出来上がり」
 出されたテルミスの手札を見ると、赤の数字札のみが揃っていた。
「そんなしょぼい手で上がるなよ」
「いいんだよ、勝てば。悔しかったら次の回は先に上がってみろよ」
 後ろを振り返ると、トリニティがふんふんと納得した様子でこっちを見ていた。
「大体の流れは分かったからさ。役の種類について教えてくれよ」
 僕は手早く全種類の役を教え、ついでにローカルルールもいくつか教えた。
「なるほどね。これで横から見てても楽しめそうだ」
 トリニティがそう言ってくれたので、テルミスとの勝負を再開した。高めの役を狙う僕に対して、テルミスは安い手の連続で次々と上がっていった。いくら安い手だとは言っても、四回分もたまればそこそこ大きな点数になる。五回戦を前に、僕はほとんどやる気をなくしていた。
 後ろを見ると『自分もやってみたいな』ていう視線を向けてくる奴がいたから、選手交代を敵に告げる。
「五回戦は、トリニティに任せるよ」
 トリニティは嬉々として手札を手にした。
 任せてみて分かったけど、トリニティはポックスに対して抜群の才能を持っていた。次に引くカードが分かっているかのように捨てる手札には無駄が無く、役を作るのに必要なカードが次々と揃っていく。そして、六枚目のカードを引いたとき、トリニティは手札をさらしながら叫んだ。
「よし、出来た。『イフリートの地獄車』」
 トリニティの手札は、赤のカードの全種類(一から九までの数字札と三枚の絵札が一枚ずつ)が揃っていた。これは、数ある役の中でも最高難度の役で、僕とテルミスの点差は一気に逆転してしまった。
「おお、よくやったぞ、トリニティ。ふふ、これで食事はテルミスの奢りだね」
「分かってるよ。三人分の食事を買ってくればいいんだろ」
 そう言って、テルミスは購買に向かって走っていった。
「三人分買ってくるって言ってたけど、トリニティって食事を摂らないんじゃなかったっけ?」
「いや、食べることは出来るさ。ただ、食べなくても平気ってだけ。食事をすれば魔力のストックが出来るし、何の問題もない」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、食事をとることに越したことはないわけだ」
 僕が散乱したポックスカードを片付けていると、テルミスが紙袋片手に戻ってきた。男子寮の向かいに購買があるとはいえ中々の早さだ。
「俺も金があんまり無いから、適当に買ってきたぞ」
 渡された紙袋の中にはパンが三斤とシシ肉の塩漬けが三枚入っていた。
「ま、朝食としてはこんなもんで十分だよ」
 僕はパンとシシ肉の塩漬けをトリニティに渡す。
「お、ありがと」
 テルミスを見ると、何か言いたそうな顔をしている。
「ん、金なら払わないぞ」
「そんなことじゃねえよ。ただ、トリニティさんともう一度勝負がしたくてさ」
 さっき負けたのがよっぽど悔しかったみたいだ。
「だってさ、どうする?」
「オレはどっちでもいいよ」
 決定権は僕に渡されたみたいだ。
「じゃあ、昼飯をかけた十回勝負でどうだ? それだけやれば満足だろ?」
「ああ、分かった」

   ◇◇◇

 結論から言うと、トリニティは圧倒的に強かった。十回のうち三回は何とかテルミスが勝ったものの、ここが賭場なら身包み剥がされること請け合いなまでの点差がついていた。
 テルミスの奢りの昼食が終わった現在に至っては、
「やっぱ強いですね、姉御は」 
 と、トリニティに一人の舎弟が出来ていた。
「テルミスがトリニティの子分なら、トリニティのマスターである僕はテルミスの親分って事になるんだけど、それでもいいの?」
「おいおい、妙な三段論法使うなよ。それじゃあ、友達の友達が友達になっちまうじゃねえか」
「友達の友達は友達じゃないの?」
「当たり前だろ。そんなこと認めたら国中の皆と友達になっちまうよ。俺は見ず知らずの相手を友達と呼ぶほど頭のネジは外れちゃいない」
 ま、言われてみればそうかも知れない。こっちとしても全身アクセサリー男を子分に欲しいとは思ってないし、ここは引いておこう。

 テルミスは夜になるまで僕の部屋に居座り、三人で他愛も無い話をして過ごした。夕食は、もちろんテルミスの奢りだった。
 話の途中で、トリニティが僕と一緒のベッドで寝たことを話してしまったら、テルミスは血相を変え、
「そんな事は今後一切認めねえぞ。ちょっと待ってな」
 と言って部屋を出て、自分の部屋から寝袋を持って戻ってきた。
「お前はこれで寝れば十分だろ」
 と言って、その寝袋を僕に投げつけた。僕はそれを全身で受け止める。
 思ったよりもふんわりとした感触。良い素材が使ってある証拠だ。
 確かに、これさえあれば床で寝るのも苦にならないだろう。
「へい、ありがたく頂きます」

 その夜、僕は友達のありがたみを感じながら寝袋の中で目を閉じた。



   『五日目』


 ついに創作魔術の発表日がやってきた。
 発表を行う生徒は皆、教師全員が集まっている特別室の前で順番を待っている。発表を終えた生徒が出た後に名前を呼ばれた新たな生徒が特別室の中に入っていくので、誰も他の生徒の創作魔術がどんなものかは分からない。
 創作魔術で創り出した相棒と一緒に順番を待っているどこかの間抜け以外は。
「何で、こんな基本的なことに気づかなかったんだろう」
 女子生徒のこちらを見る視線が冷たい。
 トリニティの舎弟のテルミスは早々に発表が終わって部屋に戻っているし、誰一人として僕の近くに寄ってこようとはしない。
 くそう、早く発表を終わらせて自分の部屋に戻ってやる。

「あら、シェード。そちらの女性はどなたかしら?」
 わざとらしく声をかけてきたのはアリシアだ。いつもは僕みたいな凡人とは話したくないなんて言っているくせに。無視したら後が怖いことは目に見えているので、必要最小限の受け答えをする。
「僕が魔術で創った擬似人間。それ以上でもそれ以下でも無い」
「まあ、その方だったのね。貴方の汚らわしくて低俗な欲望を満たすために創られた哀れな女性は」
 げ、一体どこからそんな怪情報が流れたんだ?
 アリシアはトリニティをしげしげと眺めて言った。
「でも、私が聞いていた方とは随分印象が違うのね。話ではとても魅力的な女性だって話だったのだけれど。まさか、こんなに野性的な感じの方だとは思わなかったわ。テルミスの目もいい加減ね」
 情報漏洩の犯人が判明した。テルミスめ、今度会ったらトリニティに殴らせるぞ。
「シェードもこのような方が良いのかしら? 凡人の考えることは良く分からないわ」
 何故かアリシアに軽蔑の目で見られている。とりあえず、誤解は早めに解いておくに限る。
「いや、アリシアの情報は間違いだらけだ。まず、僕は低俗な目的でこのトリニティを創り出したわけじゃない。次に、もし僕が好みの女性を創ろうとしたのなら、こんな奴を創ったりはしないよ。これに比べたら、まだアリシアのほうがましだ」
 その言葉を聞いて、アリシアは顔を赤くした。
「ふ、ふざけないで頂戴。こ、高貴な私を貴方の低俗な欲望の対象にするなんて、なんたる侮辱。三度死んでも許されるものではありませんわ」
 あの、誰も貴方を欲望の対象にしたいなんて言ってないのですけど。
 非常に気まずい空気を破ってくれたのはエリック先生の声だった。

「次はアリシアさんですね。どうぞ、入ってください」
 呼ばれて、アリシアが特別室の中に入っていった。
 それにしても、あんなに動揺したアリシアを見たのは初めてだった。
 怒って顔を赤くする人って本当にいるんだな、と妙な納得をしていると、扉の向こうからポンという大きな音が聞こえてきた。
 続いて、キン、キンという何かがぶつかる音が聞こえ、教師たちの拍手が鳴り出した。
 どうやら、アリシアの創作魔術が高評価を受けたみたいだ。
 特別室からは『当然でしょ』とでも言いたげな表情をしたアリシアが出てきた。
 僕とは目を合わせようとしない。
 ……別に傷ついたりなんてしないさ。

「次はシェード君ですね」
 遂に、エリック先生からお呼びがかかった。
 ああ、緊張する。
 僕はトリニティと一緒に特別室の中に入っていった。
 特別室の扉が閉められ、教師達の質問が始まる。
「シェード君、その女性はだれですか?」
 エリック先生は丁寧に聞いてくれたが、他の先生の中には明らかに胡散臭そうな目で僕を見ている人が多かった。これはマズイと思った僕は、『ギミック』が成功するまでの苦労をやや脚色して身振り手振りを加えながら必死に語った。自分で言うのも何だけど、涙なしには聞けないような話に仕上がっていたと思う。
「で、シェード。その『ギミック』という創作魔術はどういう手順で行った?」
 僕の熱弁を全く聞いていなかったかのように、サイアス先生が質問してくる。
 この先生、苦手なんだよね。居眠りにも私語にも厳しいし。正に歩く校則って感じで。
 泣き落としは効かないと観念して、僕は手順だけを淡々と説明することにした。

「なるほどな。で、その創り出された彼女は一体何が出来る?」
「火炎魔術なら一通り使えるらしいんですけど」
 そういうと、サイアス先生は少しだけ興味を持ったようだった。
「ほう、じゃあここで使わせてみろ。なに、心配はいらん。魔術を使う前に彼女の周りに強力な防御結界を張っておくから我々には被害は出ないはずだ」
 トリニティの顔を見ると、やる気まんまんといった感じだ。
「分かりました。トリニティ、そこそこ強力な奴を頼むよ」
「任しとけって」
 トリニティが目を閉じると、彼女の周りをうっすらと青い光が包んでいった。
どうやらそれがサイアス先生が言ってた防御結界らしい。
 トリニティは詠唱を始める。
「暁に生まれ、闇を切り裂く反逆の子バルカンよ。汝の持ちし力は我の元で再び目覚め、更なる破壊を呼び起こす。その赤は朱よりも紅く、その広さは山をも飲み込む。さあ、宴の始まりだ」
 トリニティの体が赤く輝く。
「ボルケーノ」
 ゴウン、という衝撃音の後、トリニティを包む防御結界が真紅に染まった。
 それから結界は三倍ほどの大きさまで膨れ上がり、パリンという音と共に砕け散った。先程まで冷ややかな視線で僕らの事を見ていた教師たちが急に騒がしくなる。そこかしこで、「あれは、いくらなんでも……」とか「でも、確かに……」とか「あれを認めてしまっては……」などといった言葉が交わされている。

「先生方、ちょっといいですか?」
 と、エリック先生が他の教師たちを一ヶ所に集めた。
 数分の協議の後、教師たちは各々の場所に戻っていく。
「よし、シェード君は合格。それでいいですよね?」
 エリック先生が他の教師たちに同意を求めると、教師陣のほとんどはしぶしぶながらに頷いた。
 エリック先生って実は裏の権力者なのかも知れない。
 形はどうあれ合格を手にすることが出来た僕は、トリニティを連れてそそくさと自分の部屋に戻った。

   ◇◇◇

 コン、コン
 部屋の扉がノックされた。
 扉を開くとテルミスが立っていた。
「なんだ、またテルミスか」
「また、って何だよ。人がわざわざ重要な情報を持ってきてやったっていうのに」
「いや、目新しさが無いな、と思っただけ。で、情報って何?」
「アリシアが『明日は朝六時から物資輸送班の作戦会議を食堂で行います。私の足を引っ張らないためにも会議には絶対参加すること。私の輝かしい学歴に泥を塗るような真似をなさったらどうなるか、分かっているでしょ?』って伝言を伝えろってさ」
 テルミスは『エコー』を使って、アリシア自身の声で伝言を伝えた。
 あの魔術は意外と使い勝手が良さそうだ。いつかテルミスの機嫌がいいときにでも使い方を教えてもらおう。
「それにしても……アリシアの奴、なんでわざわざ俺だけを呼び出してシェードに伝言なんてさせたんだろうな。 お前、またアリシアを怒らせるような事したのか?」
「うん、何か今までにない位に怒ってた気がする」
 あ、今思い出したけど、アリシアが怒ったのは元はといえばテルミスのせいなんだ。トリニティにテルミスを殴らせるか。
 僕は後ろを振り返り、トリニティを呼ぼうとして、止まった。
 トリニティにテルミスを殴らせても意味が無い気がしたからだ。
 こいつはトリニティに殴られても逆に喜ぶだけなんじゃないか、そういう嫌な予感がした。
 仕方ない、今回は許してやることにしよう。
「ん、どうかしたのか?」
「いや、何でもない。ところで、テルミスは創作魔術の発表は合格したの?」
「余裕だったな……って言いたい所だけど、実はエリック先生のお陰で何とかって感じ。阿呆な教師の何人かが、そんな大道芸は魔術とは認めん、とか抜かしやがってさ」
「何だ、僕と同じような感じか」
 そう言うと、テルミスはがっくりと肩を落とした。
「ち、シェードと同じかよ。お前は不合格だと思っていたのにな」
 そう言って部屋の中を見回し、トリニティの姿を見つけると、嬉しそうに続けた。
「お、姉御はまだ居るみたいだな。いいか、発表が済んだからって姉御を消そうとか思うんじゃねえぞ。最低限、俺が卒業するまでは姉御を存在させ続けろよ」
「んー、それは約束できないな。僕自身いつまでトリニティが存在できるかなんて予想できないからね。でも、とりあえず存在させることが出来る間は存在させておくつもりだよ。この『ギミック』について良く知っておく必要もあるしね」
 そう、『理想の彼女を魔術で創ろう大作戦』はまだ諦めてはいないのだ。研究を重ねて完璧な彼女を創ってみせる。
「だったら、最善を尽くせ。で、明日の作戦会議には姉御も連れて来いよ」
「ああ、別にいいよ。当日はボディガード役として連れて行く予定だし」
「お、そうなのか。明後日が楽しみだな」
 そう言うと、テルミスは部屋を覗き込んで、
「それじゃあ、姉御。また明日会いましょう」
 と、トリニティにだけ挨拶をしてから自分の部屋に帰っていった。



   『六日目』


「……で、この街道を迂回すれば良いのですけれど、この斜面を馬車で移動するわけには……」
 食堂中に響き渡るような声でアリシアが熱く語っている。
 物資輸送班なんて嫌だ、とか言ってたのって誰でしたっけ?
「確かにな、でもオレが思うには……」
 それに、こういう会議なんか興味無さそうな感じのトリニティまで妙に気合入ってるし。朝っぱらからテンション高すぎだよ、あんたら。
「そんなに必死になって輸送ルートとか警備体制とか考えなくてもいいんじゃないかな? どうせ軍の方で専門家の人達がきっちり考えてくれてるって。僕らは指示に従うだけで大丈夫だよ」
 と、僕が発言しても、
「いえ、これは仮にも卒業課題の一つなのですから、私が最善と思った行動をとったほうが良いに決まっています。軍の指示に従えば良い等というのは負け犬の考えですわ。従うならば私の指示に従いなさい」
「そうだぞ。もしもシェードが死んだりしたら、オレは消えちまうんだ。念には念を入れとかないと、後で後悔するって」
 と、即座に否定される。
 ああ、そうですか。それなら頑張って下さい。

 僕は、黙々と三文の得セットを口に運ぶことにした。
 早起きした僕へのささやかなご褒美だ。
 まずは、肉饅頭からいこう。
 かぶりつくと、口の中で濃厚な肉汁が広がる。うん、ジューシー。
 続いて、焼きたての黄金麦のパン。
 外はサックリ、中はふっくら。口の中に香ばしさが満ち溢れる。
 最後に、特製の野菜スープ。
 昨日の夜から煮込んであるだけあって、野菜が口の中でとろける。
 最高です。

 僕が料理に舌鼓を打っていると、いきなり後頭部を叩かれた。
「なにするんだ、人がせっかく幸せをかみ締めていたのに」
 食事を中断させた不届き者に抗議の声をあげる。
「幸せをかみ締めてた、じゃねえだろ。今は姉御が重要なお話をなさっているんだから、真面目に聞けってんだよ」
 くそ、トリニティの舎弟め。ポックスで負けたぐらいで、なんでそんなに従順になっているんだ、お前は。
「それじゃあ、基本的な方針はそれで決まりですわね。昼からは少し陣形の練習でもしましょうか?」
「おう、そうしよう。シェードもテルミスもそれでいいよな」
 トリニティの顔は妙に嬉しそうだ。
「了解しました」 
 と、テルミスが即答する。
「えー、僕はちょっと……」
 遠慮したい、そう言いたかったんだけど。
 他の三人の視線が怖い。
「わかったよ。やればいいんでしょ、やれば」

   ◇◇◇

 僕ら以外には誰もいない広場にアリシアの声が響く。
「はい、虎の陣」
 僕らは広場に生えている手ごろな木を敵と仮想して、その四方を囲む。
「シェード、タイミングが遅すぎる。もっと素早く動きなさい」
 アリシアの僕に対するダメ出しはもう三回目だ。
「次、竜の陣」
 今度は木に向かって縦一列になる。今度は上手くいった。アリシアも満足したように頷き、
「かかれ」
 と、叫ぶ。まずは先頭のトリニティが木を袈裟切りにして右に移動、次はテルミスが木を横に薙いで左に移動、それから僕が木の根元を切りつけて右に全速力で移動……出来なかった。
 ゴツン、という音と共に体に衝撃が走る。痛みで頭が一瞬真っ白になった。
「ったく、鈍いわね。周囲の確認ぐらいはしっかりしてなさいよ」
 アリシアの罵声が聞こえる。横を見ると幹の太い木が聳え立っていた。
 どうやらこの木に激突したらしい。
「仕方ないだろ。剣術なんて大して習ってないんだから。それに、僕らって魔術学園の生徒だよ。白兵戦の練習なんてする意味ないんじゃないかな?」
 アリシアは呆れた顔をして僕の事を見てきた。
「ふぅ、あなたの頭は飾りのようね。いくら私たちが魔術が使えても、呪文の詠唱をする時間が無かったらどうしようもないでしょう? すぐそこに敵がいて、私たちの事を切りつけようとしている場合、頼りになるのは自分の剣の腕のみ。まともに授業を受けていた生徒なら誰でも知ってるわよ」
 ちぇっ、僕が真面目に授業を受けていないみたいに言いやがって。
「確かにそうかもしれないけどさ。軍には剣の達人がごろごろいるわけだし。彼らに頑張ってもらえば、僕らが剣を持つ必要も無いんじゃないかな?」
「シェード、早くその腐った物の考え方は捨てなさい。信じれるのは己の力のみ。そう思わないと、人生の敗北者で一生を終えることになるわよ」
 アリシアの言葉にトリニティも横から賛同する。
「アリシアの言う通りだぞ。オレもマスターがこんな軟弱者だと情けなくて涙が出てくる」
 くそ、二人とも勝手なことばかり言いやがって。
「ですよね。俺も友達として悲しいですよ」
 完全にお調子者と化したテルミスも追随する。
 僕には誰一人味方がいないみたいだ。
「それでは、この機会にシェードの性根を叩きなおすことにしましょう」
 アリシアがにやにやと笑っている。嫌な感じ。
「ほら、早く立ち上がりなさい」
「はいはい、立てばいいんでしょ。立てば」

 僕はそそくさと立ち上がる……はずだった。
 木を支えにして立ち上がろうとした僕の右胸に激痛が走る。
 僕はその場に崩れ落ちた。
「どうなさったの?」
 アリシアの声が聞こえるが、答える余裕は無い。
 痛みで目も開けていられない。
 どうやら、さっきぶつかった時にあばらの骨を折ってしまったみたいだ。
 立ち上がろうとした動きで、さっきまでは麻痺していた痛みが急に目を覚ましたらしい。 
 僕は慌てて治癒魔術を詠唱する。
「豊穣と愛の女神……ミレニアよ。我は……痛っ……汝が恵みを……皆に分け……与えんと……する者なり。痛たたた……」
 全く魔力が集まらない。
 思考が乱れているのだから当たり前か。
 ああ、本当に痛い。
 自分に治癒魔術一つかけられないなんて、魔術学園の恥さらしもいいところだ。
 自己嫌悪と痛みで泣けてくる。 

 そんな中、ふわりと柔らかな感触が頭を包んだ。
 何事かと目を開けると、アリシアの顔が僕の真上にあった。
 アリシアは目を閉じて僕の胸に右手をかざしている。
 ぽうっとアリシアの右手が白く光った。
 そのまま少し探るような感じで手を動かした。
「やはり骨を折ってしまったみたいね。でも、この程度なら……」
 アリシアが呪文の詠唱を始めた。
「豊穣と愛の女神、ミレニアよ。我は汝が恵みを皆に分け与えんと欲す者なり。我が魂、汝の御心に叶うところあれば、我に力を与え給え」
 アリシアの体がうっすらと白く光りだした。
「傷つきし肉体には癒しを、汚れし病魔には消滅を、壊れし心には慈愛を」
 目を閉ざしたまま呪文を詠唱するアリシアには、厳かなまでの清らかさがあった。
「ヒーリング」
 アリシアの右手からじんわりとした暖かさが伝わってくる。
 それと共に右胸の痛みがみるみる消えていった。
 流石はライラ魔術学園でトップの成績をとる生徒だ。魔術の質が高い。
 そう思って感心していると、アリシアが目を開いた。
 そして、当然の結果として、僕とアリシアは目を合わせる事になった。
「痛みが無くなったのなら、早くその小汚い頭をどけて下さらないかしら」
 そう言われて体を起こし、アリシアが膝を曲げて座っていた事に気付く。
 つまり、僕が今まで頭を乗っけていたのはアリシアの太ももの上だったって事だ。
 何だかちょっぴり恥ずかしい。

 アリシアは何事も無かったかのように立ち上がった。
「ありがとう。助かったよ」
 僕はとりあえず礼を言う。気が付けばトリニティもテルミスも僕の横に立っていた。
「お、シェードの怪我は治ったのか?」
 トリニティが嬉しそうに言う。
「これで再開できるな」
 テルミスの声も弾んでいる。
 皆、僕の事を心配してくれていたんだ。そう思うと、少しだけ目頭が熱くなった。
「それでは、始めましょうか」
 アリシアが楽しげに言った。

「シェードの矯正を」

「え?」
 思わず間抜けな声が漏れる。
「驚くことは無いでしょう? 貴方の敗北主義者っぷりは、早急に正す必要があるのですから」
 皆がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
 良い奴等ばかりだと思ったばかりなのに。
 くそ、僕の感動を返せ。

   ◇◇◇

 結局、その後三時間にわたって鉄拳制裁付きの思想教育を受けた。

 母さん、僕は人間不信になってしまいそうです。



   『七日目』


 今日から戦地に行くことになる。
 そう考えていたら、昨日は一睡も出来なかった。
 やっぱりなんだかんだ言っても、殺し合いの現場に行かなければならないっていうのは精神的にきついものがある。 
 ミネルバは新興国だけあって、数十年前はよく近隣諸国と戦争をしていた。父さんは子供の頃に足を悪くしてるから一度も戦争に行ったことは無いんだけれど、爺ちゃんは何度も戦争に行ったと言っていた。
 ミネルバは俺らが作った国なんだ、ていうのが爺ちゃんの口癖だった。婆ちゃんの話では、自分のものを自分が守るのは当たり前、そう言って爺ちゃんは毎回戦争に行っていたらしい。だけど、戦争から帰ってくるたびに爺ちゃんのため息の数が増えていったとも言っていた。
 幼い頃の僕が一度だけ爺ちゃんに戦地での武勇伝をねだった時は、爺ちゃんは寂しげに言っていた。
「俺は確かに沢山の敵を殺してきたし、味方の危機だって何度も救ってきた。だけどな、そんな事は何の自慢にもならないんだよ。戦地ではそんなのは当たり前の事なんだ。当たり前のように敵を殺し、当たり前のように敵に殺される。そんな狂った日常が延々と続いてるんだ。シェード、お前にはそんな日常に憧れて欲しくは無い。平凡でも良いから、まっとうな日常を過ごして欲しいもんだ」
 そう言った二日後、爺ちゃんは逝ってしまった。もしかしたら自分の死期を悟って弱気になっていただけなのかも知れないけれど、僕はあの時の言葉を決して忘れない。ライラ魔術学園に入学してしまった以上、まっとうな人生は歩めなくなってしまったし、これから戦地に行かなくてはならない。爺ちゃんの期待には全く反してしまった。

 コン、コン
 扉をノックする音。
「シェード、そろそろ時間だぞ。アリシアがカンカンになってるから、早く準備をして出て来いよ」
 相変わらずなテルミスの声。準備ならとっくに出来ている。ただ、ちょっとだけ感傷に浸ってただけだ。
「おい、ああ言ってるから早く行ったほうが良いんじゃないか?」
 というのは、今まで何となく気を使って黙っていたトリニティの言葉。
「分かってる」
 僕は椅子から立ち上がり、扉を開けて外に出た。

   ◇◇◇

「それでは皆さん、準備はよろしいですね」
 エリック先生の言葉に、広場に集まっていた三年生全員が頷く。
「では、いきますよ。『ヘルメ』」
 その声と同時にそこにいた全員の足が緑色に光りだす。それと同時に全身が軽くなり、今にも浮き上がりそうな感覚が身を包む。
「これで遅くとも夕方までには着くことでしょう。皆さん、私の魔力を追って付いて来てくださいね」
 そう言うと、エリック先生は目にも止まらぬ速さで消えていった。
 ライラ学園からアルデシア地区までは普通に歩いたら二日はかかる。そこで、エリック先生は戦闘に参加する全生徒の足に加速魔術『ヘルメ』をかけることにしたのだろう。
 しかし、それにしても。
「は、速い」
 自分の足で歩いているだけのに、風圧で息苦しさを感じるほどだ。普段の状態で全力疾走してもこんな速度は出ないだろう。
 『ヘルメ』で移動能力を上げることが出来るのは魔力をある程度操れるもの、つまり魔術師のみだ。その理由を簡単に説明すると、こういうことだ。『ヘルメ』をかけた魔術師は乗り物を作るだけで、あとは『ヘルメ』をかけられた魔術師がいかにうまく乗りこなすかが問題になる。つまりは、馬の乗り方が分からない奴に良い馬を渡しても意味が無いのと同じことだ。
 で、今回エリック先生がかけた『ヘルメ』は今まで経験したものと比べて段違いだった。例えるなら、ガリガリの農耕馬と良質な競走馬くらい違っていた。
 誰もが魔力を頼りに黙々とエリック先生の後を付いていく。
 まあ、喋ろうと思っても満足に喋れない状態なんだけど。
 僕も気を抜いていたら置いていかれそうだ。
  
   ◇◇◇

「おいおい、非常識だろ」
 アルデシア地区のミネルバ王国の砦に付けられた時計を見て、つい呟いてしまった。ライラ学園からここまで、たったの三時間しかかかっていない。
「どうやら全員無事に到着したみたいですね。それでは、皆さんそれぞれの所属の班の場所に移動してください」
 その非常識な魔術をかけた男は何事も無かったように生徒に指示を出している。砦の中を見ると、『諜報班』とか『突撃班』などと書かれた板をもった兵士たちが面倒臭そうに立っていた。
 僕は、テルミス・アリシア・トリニティの三人と共に『物資輸送班』と書かれた板をもっている兵士のもとに移動した。兵士は若く、ちょうど僕らと同じくらいの年齢に見えた。近づいてくる僕らに気づくと、その兵士は気さくに声をかけてきた。
「お、お前らが物資輸送班の割り振りになった学生か。おいらはジンっていうんだ、よろしくな」
 非常にいい笑顔を見せる兵士だ。とても戦地にいる者の表情には見えない。
「僕はシェードって言います。どうぞよろしく」
「俺はテルミスです」
「私はアリシアと申します」
「オレはトリニティ」
 僕らが簡単な自己紹介を終えると、
「ま、おいら達の仕事は砦と戦地の間で無事に物資の行き来させるってだけの仕事だから、そこまで気合を入れなくても大丈夫。たまに、補給路を断とうとする敵の襲撃を受けたり、前線からの流れ矢が当たったりするくらいだから」
 と言って、ついて来いとばかりに背を向けて歩き始めた。

 ジンについて行った先は、砦の倉庫だった。そして、
「今からここにある物の名称を一通り覚えて貰う。それが終わったら取り扱いに注意しなけりゃいけない物の説明。今日のところはそんなもんかな」
 という楽な指令を出された。
「え、ジンさん。それだけでいいんですか?」
 と聞くと、ジンは不思議そうな顔をした。
「当たり前だろ。キルツク側にウォーケン一族が来るのは明日と明後日だけなんだから。本格的な仕事は明日から、てね」
 なにやら僕の知らないことを喋っている。
「ウォーケン一族って?」
「え、知らないの?」
「いや、キルツクで最強の魔術師一族だっていうのは知ってますけど」
「そもそも国王がライラ学園に応援を求めたのは、魔術師ギルドがウォーケン一族の戦争への介入を期間限定にしろ認めたことに脅威を感じたから、ってのがもっぱらの噂だよ」
 どうやら、僕の知らないことはたくさんあるらしい。テルミスやアリシアも驚いた顔をしている。
「知らなかった」
 僕がそう言うと、ジンはやれやれという表情をした。
「ま、ライラ学園の生徒にはこっちも最初から期待はしてないから気にしなくてもいいよ。おいら達が必要なのは君達の先生方の力なんだしさ」
「先生たちの力?」
「ああ、君達の先生の中には飛びっきりの魔術師が一人いるんだろ? えっと名前はなんて言うんだっけな……確か、エ……」
 と、その時、背後から髭をたくわえた厳つい顔をした兵士が現れた。
「こら、ジン。油売ってねえでさっさとその生徒達に教えること教えちまえ。何種類あると思ってんだ」
「あ、隊長。すいません、今から始めます」
「しっかり気合入れてやれよ」
「はい、分かりました」
 ジンは『隊長』と呼んだ兵士に対して敬礼をすると、先程とはうってかわって厳しい表情になってこっちを見てきた。
「じゃあ、まずはこの剣。これはブラッディーソードと言って……」

   ◇◇◇

「……というわけだ。だから、これは横積みしたらダメだよ。と、まあこれで百二十六種類すべての説明は終了」
 その台詞が出たのは、説明が始まってから四時間後のことだった。
 誰だ、楽な指令だと言った馬鹿は。今日は朝食も昼食も食べてないのに、もう夕食の時間になってるじゃないか。
 ぐるる、と誰かのお腹が鳴った。
 皆が顔を見合わせる中、アリシアが一人だけ顔を真っ赤にして下を俯いていた。
 ジンはコホンと気まずそうな咳をして言った。
「えっと、そろそろ夕食の時間だから食堂にでも行こうか?」
 アリシアの顔は一層赤くなっていた。

 僕らが食堂に着いてから数十分後に兵士と生徒の全員が揃い、食事が始まった。
 出された料理は豪快の一言に尽きた。牛一匹を丸焼きにしたり、大人が三人くらい入れるような釜でシチューを出したり、とにかく無茶苦茶だった。
「おい、これは旨いぞ。皆どんどん食えよ」
 人に料理を勧めながら、トリニティは次々と皿を空にしていく。
「あら、意外と美味しいですわね」
 シチューを上品に食べるアリシア。
「おい、シェード。その豚は俺が目をつけてたんだぞ」
 見苦しいテルミス。
「知らないね。早い者勝ちだよ」
「ほら、下らない事で喧嘩してんじゃねえよ。テルミス、これでも食ってろ」
 トリニティが肉の塊をフォークで突き刺して、テルミスに渡す。
「姉御、何て心の広い御方なんだ。俺、一生付いていきます」

 ライラ魔術学園の生徒は僕を含めて誰もが可笑しいくらいにはしゃいでいた。
 これが最後の晩餐になるかもしれないという不安を、一時的にでも忘れたかったんだ。



   『八日目・前半』


 剣戟と爆音の混じる戦場へ向かう馬車の荷台の中、僕は乗り物酔いと戦っていた。
 僕らが荷台に乗せられたのは、僕らは文字通りのお荷物だということを改めて自覚させるために違いない。
「シェード、顔が青いぞ」
 少しだけ心配そうなトリニティの声。
「馬車に酔う体質ならば、酔い止めの魔術を使っておくべきですわ」
 こっちは冷たいアリシアの声。
「そんなマイナーな魔術なんて覚えてないよ」
 
 戦いが始まってから三時間が経過している。今や戦場は魔術戦用と白兵戦用の二箇所に分かれていた。最初は魔術師も兵士も入り乱れて戦っていたんだけど、双方の魔術師のレベルが高すぎて味方の魔術に巻き込まれるという事態が多発してしまった。それで、自然と場所が分かれていったというわけだ。
「うう、気持ち悪い」
 吐き気をこらえていると、突然馬車が止まった。
「気をつけろ。敵襲だ」
 後方からジンの叫ぶ声が聞こえた。前後からは砂煙を上げて迫ってくる軍勢、左右の森には身を潜めていた兵士達。完全に待ち伏せをされていたみたいだ。

「さあ、私達の出番ですわ」
 妙に張り切った声を出して、好戦的なブルジョワは後方に駆けていく。
「一丁ぶちかましてきますか」
 僕の頼もしいボディーガードは、僕を置いて前方に飛び出した。
「姉御にいいとこ見せないとな」
 全身アクセサリーは不純な動機で森に突っ込んでいった。
 馬車の荷台に残されたのは、僕一人きり。
「荷物を守る事だって、十分重要な役割だよね」
 一人で納得して、僕は荷台で留守番をすることにした。

   ◇◇◇

 アリシアが後方の軍勢に立ちはだかると、兵士達は不思議そうな顔をした。軽い鎧を身につけているとはいえ、優雅な少女が戦地に立っているのだ。違和感を感じるのも無理は無い。
「そこの娘、邪魔だ。死にたくなければ早々に立ち去れ」
 一人のキルツク兵の警告にアリシアは耳を貸さず、ぶつぶつと何かを呟いている。
「頭のおかしい娘か?」
「ちっ、後味が悪いが仕方ない。そこの娘を叩き斬って先に進むぞ」
 兵士が剣を振り上げようとした瞬間、アリシアはにっこり微笑んで言い放った。
「包み込め、『アースジェイル』」
 それと同時に兵士達が立っていた大地が振動を始める。
 兵士達は立っている事が出来ず、地面に尻餅をついた。
「な、何事だ」
「まさか、あの娘は魔術師」
「大地が、大地が」
 うろたえる兵士と薄笑いを浮かべるアリシア。
 地面は上空に向かって立ち上がり、キルツク兵全員をすっぽりと包み込んだ。
「く、暗いぞ。何が起こった?」
「今すぐ、この壁を叩き壊せ」
 兵士達が中で暴れる音がするが、その土の牢獄はびくともしない。
「無駄ですわ。あなた方程度に破れるものではありませんもの」
 そう言って、その場に背を向ける。
「私の詠唱を止めなかったのが、あなた方の敗因です。命を取らないだけ有難いと思いなさい。一週間程あれば自然に壊れるでしょうから」

   ◇◇◇

「ははは、最高だな」
 トリニティは剣を片手で振り回しながら笑っていた。その一振りで屈強な男達が次々と弾き飛ばされていく。笑い声と共に仲間が倒されていく姿は、キルツク兵を恐慌状態に陥れるには十分なものだった。
「あいつは危険すぎる。即刻、退避だ」
 叫ぶキルツク兵の声を聞いて、トリニティはつまらなそうな顔をする。
「なんだよ、折角楽しくなりかけてたのに」
 そして、剣を持っていない左手を逃げ出すキルツク兵の方向に向けた。
「もっと遊ぼうぜ。『ファイヤーボール』」
 トリニティの左手から出た火炎弾は、キルツク兵の目の前に着弾した。激しい爆発音をあげて、地面がごっそりと削り取られる。キルツク兵は、その激しさに度肝を抜かれた。そして、全員覚悟を決めた表情をする。
「こうなりゃ玉砕覚悟だ。全員、かかれ」
 キルツク兵は反転して、トリニティに向かっていく。
「そう来なくっちゃ」
 楽しげに笑うトリニティと悲壮な顔をしたキルツク兵達。

 数秒後には敗れ去ったキルツク兵の山が出来上がっていた。
「丁度良い肩慣らしだったな」
 事も無げに言うと、トリニティはマスターの元へ向かって歩き出した。

   ◇◇◇

「ちょっぴりピンチかも」
 テルミスは軽く焦っていた。意気揚々と森に入ったものの、森で待ち構えていた兵士達は熟練のレンジャー部隊だった。視界の悪い森の中で、特徴的な口笛を用いた通信手段で的確にテルミスの事を追い詰めてくる。
「プルー、ピピピ」
「ピ、ピルルル」
 ぐるりと回りを見渡すと、笑えるくらい敵だらけだった。
「やばいなぁ。これじゃあ、少しだけ出さなきゃなんねえじゃん」
 テルミスは軽く溜め息をついた。
「本気を」
 ガサリ、とキルツク兵が動く。
「紛れろ、『フォグカーテン』」
 その瞬間、周囲一面に濃密な霧が発生した。
 兵士達の目の前が真っ白に染まる。
「あのガキ、ほとんど詠唱せずに魔術を使いやがった」
 軽く動揺する兵士を他の兵士が落ち着かせる。
「慌てるな、魔術が使えたとしても相手はただのちゃらちゃらしたガキだ。すぐに倒せる」
 すぐにあちこちで例の口笛が鳴り出す。
「ほらな、俺達にかかりゃあ、こんなもんだ」
 兵士達は、その音を頼りに生意気なガキを倒しに向かった。
「ピピ、ピルップー」
 襲撃の合図の口笛を聞いて、こみ上げる笑いを押さえながら兵士達は一斉に剣を振り下ろした。
 ザクッという快音の後、どの兵士も手ごたえと共に体を襲う激痛を感じた。
「取り押さえろ、『ヴァインロープ』」
 テルミスの声が響き渡り、兵士達は身動きが取れなくなる。

 霧が晴れると同時に、兵士達は自分達の状況を把握した。
 全身傷だらけになり蔦でがんじがらめにされた自分達とそれを笑って見ている少年。敗北したのがどちらかなのかは一目瞭然だった。
「おじさん達、仲間同士で斬りあっちゃ駄目じゃん」
 テルミスは唇をとがらせた。
「『プルー、ピピピ』、『ピ、ピルルル』、『ピピ、ピルップー』」
 テルミスの口から出てきたのは、キルツクの熟練したレンジャーのみが使えるはずの特徴的な口笛。兵士達は自分達が敗北した理由を一瞬で悟った。
「貴様、何故それを使える?」
「さあ、何ででしょう?」
 小馬鹿にした笑いを浮かべながら、テルミスは兵士達に背を向ける。
「おじさん達もいい線いってるんだけどさ。相手が悪かったね」

   ◇◇◇

 皆が激戦を繰り広げている中、僕はちょこちょこと木箱への作業を続けていた。
「よし、完成」
 うん、我ながら良い出来栄えだ。僕が自分の手際の良さに惚れ惚れとしていると、後ろから声をかけられた。
「おい、そこの坊主」
「なんですか? 邪魔しないでくれます?」
 僕が振り返ると、感じの悪い数十人のキルツク兵が何故か僕の事を囲んでいた。
「死にたくなけりゃあ、そこの荷物を全部こっちに渡しな」
 と、明らかな脅迫。どうやら、他の皆が取り逃がした兵士達のようだ。
 まったく、みんな肝心な所が抜けているんだよね。僕が留守番していなかったら、どうなっていた事やら。
「はーい、分かりました」
 僕は積んであった木箱をテキパキと兵士達に渡す。
「お、なかなか素直じゃないか」
「はい、命は大事ですもんね」
 全ての木箱を渡し終わると、兵士達は満足そうな顔をして、自分達の馬の元へと戻っていた。
「坊主、それじゃあ全部頂いて行くぜ」
「どうぞ、どうぞ。お気をつけてお帰りなさいませ」
 僕は大きく手を振った。数人の兵士がそれに応える。

 兵士達の姿が小さくなって行くのを見て、僕はようやく安心した。これだけ離れれば大丈夫だろう。僕は服に隠していた呪符を取り出した。
「騙してすいません。でも自業自得だよね」
 僕がその呪符を引き裂くと同時に、遠くの方で爆発音が響いた。木箱の中に仕込んでおいた火薬と呪符が反応して爆発したってわけだ。全ては計画通り。
「ああ、こっちも元に戻しておかないと」
 僕は二重底にしておいた荷台の床板を外した。ちょっとだけ使用した火薬以外は、全ての物資が少しも欠ける事無くぎっしりと詰まっている。
「床板を半分にスライスして、木箱の中身を床下に隠し、木箱の中に火薬と呪符を詰める。あの短時間に、これだけの仕事が出来るなんて、僕って天才かも」
 
   ◇◇◇

 結局、その時の襲撃でミネルバ王国側に出た被害は軽傷七名だけで、相手側の軍勢は全員戦闘不能。こちら側の圧倒的な勝利と言えた。
「私に敵対すること自体が愚かなのです」
「オレはもうちょっと手応えがある奴が良かったな」
「姉御、俺も活躍したんすよ」
 戦闘に参加した興奮からか、みんな好き勝手に喋りあっている。
 そんな中、また馬車がその歩みを止めた。

 見ると、前方でミネルバ王国の鎧を着た男が両手を振っていた。
「おいらが様子を見てきます」
 ジンが一人でその男の元へ向かって駆けて行った。
「一体どうしたんだろう?」
「伝令じゃねえの」
 僕の問いと興味無さそうなテルミスの答え。

 その男の目の前に立ち、一言挨拶を交わした後、ジンはあっさりと斬られた。
 ほんの一瞬の出来事。
 そこに倒れるジンの姿からは、もう生気を感じる事は出来なかった。
 
「え?」
 僕らは事態を把握出来ない。
 ジンの遺体をそこに置いたまま、その男は僕らの方へ向かって歩いてくる。
「ちょっと、お前ら全員よく聞け」
 その男は大声をあげると、キルツク王国の国旗を懐から取り出した。
「あいつ、ふざけやがって」
 髭を生やした隊長が怒りをあらわにする。
「あの男を叩き斬れ」
 隊の兵士が数人飛び出し、その男に斬りかかる。次の瞬間、その男が斬られる代わりに斬りかかった兵士が跳ね飛ばされた。
「危ねえなあ。あんまり邪魔だと殺すぞ。さっきの奴みたいに」
 男は平然とした顔をして、服を手で払った。
「とりあえず用件だけ言う。手前ら、その荷物全部俺に渡せ。そうすれば命だけは助けてやっから」
 そんな要求のめるわけが無い。隊長は大声で叫んだ。
「全員総攻撃、あいつをぶち殺せ」
 その声と共に兵士が次々と飛び出していった。
「なるほど、手前ら全員自殺志願者なわけだ」
 そう言うと、男は右手をこちらに向けてきた。瞬時に嫌な予感がする。

 この男と戦ってはいけない。

「消え去れ、『バースト』」
 男の右手から光弾がいくつも放たれる。光弾が命中した兵士は内側から弾けるように爆発して消えた。その一方、男は傷一つ付かないままだった。兵士の中に明らかな動揺が走る。その様子を見て、男は満足そうな表情をする。
「そう言えば俺の自己紹介がまだだったな。俺の名前はバルザック・ウォーケン、ウォーケン本家の次男坊だ」
 その言葉に兵士の大半が戦意を喪失し、隊長は小さく呟いた。
「ウォーケンの壊し屋、か」
 誰もかかってこないのを見ると、バルザックはつまらなそうな表情をする。
「ま、そういうこと。冗談抜きに死にたくなかったら、俺に荷物を全て渡すことだな。俺も荷物を出来るだけ無事なまま持って来いって言われてるからさ」
 その言葉に、隊長が頷きかけた瞬間。
「山賊の真似事とは感心しませんね、バルザック」
 と、後ろから声がした。振り向くと、そこにはエリック先生が立っていた。



   『八日目・後半』


「そちらの魔術攻勢が弱まってきたと思ったら、こんな所でこんな姑息な事をしているとは」
 そう言うエリック先生の目はいつになく厳しいものだった。
「へ、俺だってこんなかったるい仕事はしたくねえんだけどよ。兄貴に頼まれちゃあ仕方ねえだろ。まあ、手前が現れたなら都合がいい。エリック、ここを手前の墓場にしてやるよ」
「いや、死ぬのは貴方の方ですよ」
 言い終わると、二人の体の周りに白い光が現れた。二人が呪文を詠唱し始めたのを見て皆がいっせいにその場を離れる。バルザックを狙って弓兵が矢を射るが、全て白い光に弾かれる。どうやら、あの白い光は防御結界らしい。
 二人はほぼ同時に右手をあげて互いに数発の光弾を飛ばしあうが、どれも防御結界に弾かれた。
「やっぱ、この程度の魔術じゃ意味ねえか」
「みたいですね」
 無傷の二人は一段と声を張り上げて呪文の詠唱を始めた。
「冷酷と残虐の王、デスペラードよ。我は汝の代行者なり。我が求めるのは現世での破壊のみ。我に力を与えるならば、それに見合うだけの魂をくれてやろう」
 バルザックの体が黒く光っていく。
「バルキリ、ザルメン、ドルベックハーラン。ドルップ、ゲルルク、ザンバギグート。グルケット、トルルク、サールン」
 エリック先生の体は不思議な虹色に光っていった。
「奪いつくせ、『ドレインスマッシュ』」
「ゲルハルト、『ミカエリェ』」
 二人は同時に叫び、同時に両手を前に突き出した。両者から放たれた黒と虹色の光の帯が、その中間地点でせめぎあう。
 ジリジリという音と何かが焼け焦げる嫌な臭気。
「まずいっ」
 エリック先生が僅かにバランスを崩した。その瞬間、二つの光の帯はその軌道を変える。
 ズザササ……ゴリッ……バキボキ
 轟音を上げながら二つの光の帯は互いに進行方向の森を蹂躙した。
 黒い光の帯の通った後には枯れ果てた木々が並び、虹色の光の帯が通った後には何も残っていなかった。魔術の威力としてはエリック先生の方が上のように見えた。二人とも渾身の一撃を放った後だけに、疲労の色を隠せない。
「おい、腕が落ちたんじゃねえのか、エリック?」
「そちらこそ、息が切れていますよ。年のせいですか?」
「ふん、ほざいてろ」
 バルザックが腰に下げていた剣を右手に持った。
「手前なんざ、魔術を使わなくてもぶち殺せるんだよ」

 フッとバルザックの姿が視界から消える。
 そして、次の瞬間にはエリック先生の背後に回っていた。
「死にやがれ」
 バルザックの剣がエリック先生の体を袈裟切りにする、と思った瞬間。
 そこからエリック先生の姿は消え、そこから数歩離れた場所に現れた。
 バルザックの剣は空を切り、自身も体勢を崩す。
「幻影魔術ですよ。基本でしょう?」
 エリック先生がからかうように言う。
「昔っから頭の悪い所は変わってませんね」
 何故かバルザックはそこから動こうとしない。
 よく見ると、バルザックの姿が薄くなっている。
 それは斬りかかったバルザックの姿もまた、幻影魔術で見せた仮の物だったという事。

 ドゴッという鈍い音。
 気が付けば、バルザックの蹴りがエリック先生の腹部に直撃していた。
 三メートルほど吹き飛ばされ、エリック先生の顔が苦痛に歪む。
 バルザックがニヤリと笑った。
「ああ、俺は変わっちゃいねえが、手前は変わったな。昔の手前だったら、幻影魔術で一度騙せた程度では油断なんかしなかった。本当に弱くなったもんだな」
 エリック先生が咳き込みながら答える。
「幻影魔術なんて、しゃらくさいものは、絶対に使わないって、昔言ってませんでしたっけ?」
「は、忘れたよ。何せ俺は頭が悪いんでね。じゃ、そろそろ死んでくれ」
 バルザックが呪文の詠唱を始めだす。
 だが、エリック先生はまだまともに詠唱をする事が出来ない。 

   ◇◇◇

「まずいな、あのままだと、シェードの先生はやられちまうぞ」
 隣にいたトリニティがぼそりと呟いた。
「暁に生まれ、闇を切り裂く反逆の子バルカンよ。汝の持ちし力は我の元で再び目覚め、更なる破壊を呼び起こす。その赤は朱よりも紅く、その広さは山をも飲み込む。さあ、宴の始まりだ」
 トリニティの体が赤く輝いた。
「ボルケーノ」
 赤い光弾がバルザックに向かって放たれる。それに気付いたバルザックは詠唱をやめ、防御結界を強化した。

 だが、その抵抗は遅かった。
 赤い光弾はバルザックの防御結界をベキベキと壊す。防ぎきれないと悟ったバルザックは結界から離脱した。それと同時にバルザックの結界は崩壊する。
 そして、爆発。
 バルザックはその爆発に巻き込まれ、地面を転がる。
「くそ、あの女」
 バルザックが顔を上げると、そこには醒めた目をしたエリック先生がいた。
「ゲルハルト、『ミカエリェ』」
 エリック先生の右手から放たれた虹色の光の帯は、完全にバルザックを捕らえる。
 ドグォン……
 バルザックは派手に吹き飛ばされ、少し離れたところにある岩肌にぶつかり、気を失ったように倒れこんだ。

 バルザックが動かない事を確認して、エリック先生は僕達の方を見た。
「すみません、トリニティさん。お手数をかけてしまって」
 苦笑いを浮かべるエリック先生の目は、いつものように優しかった。さっきまでの険しさが嘘のように思える。
「いや、どうって事ねえよ」
 トリニティはバルザックの方を指差す。
「で、アレにとどめは刺しておかなくていいのか? まだ生きてるぜ」
「そうですね、気を失っているうちに終わらせておきましょう」
 エリック先生が僕らに背を向けて歩き出す。
 
 エリック先生とバルザックの距離があと数歩となった時、それは起こった。
 ブウゥン……
 耳障りな音と共にバルザックの隣に黒い霧が生じる。
 霧が晴れると、そこには黒いマントをまとった男がいた。
 シンプルな格好をしているにも関わらず、妙な威圧感がある。
 一言でも話せば、殺されてしまうのではないかという位の殺気。
 その場の空気が一瞬で凍った。
 沈黙する僕らを尻目に、その男は淡々と話し出した。
「妙に遅いと思ったらエリックにやられているとはな。情けない奴だな」
 その男はバルザックを肩に担いだ。
「ゲーリック……」
 エリック先生が驚いた表情をする。その男はトリニティを見て、目を細めた。
「なるほど、二人がかりだったというわけか。そして、そいつを呼び出したのは……」
 男の目が僕を捉え、やや驚いた表情をする。
「この男、いや少年と言ったほうがいいか。確かに僅かな魔力の繋がりが感じられる」
 エリック先生が身構えていると、男は軽く笑った。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫だぞ、エリック。我はこの愚弟を治療するために戻らなくてはならないのでな。貴様を殺している時間はないのだ。では、さらばだ。エリックと召喚士の少年よ」
 そう言うと、現れた時と同様にあっという間に姿を消してしまった。

「今のは一体誰なんですか?」
 エリック先生に近づいて聞いてみると、
「ゲーリック・ウォーケン。ウォーケン本家の長男にして、次期当主」
 と、そっけない答えが返ってきた。エリック先生の目はまだ厳しい。
「ところで、召喚士ってのは何のことですか?」
 その質問をすると、エリック先生の表情が少しだけいつもの顔に戻った。
「そのことですか。話すと長くなってしまうので、今日の夕食が終わったときにでもお話しますよ。ですから、死なないように気をつけてくださいね」
 そう言って、急いで魔術戦の行われている戦場へ戻っていった。

   ◇◇◇

 結局、その日はそれ以降危険な事態とは出会わなかった。
 ま、流れ矢に頬を切られたり、何度かの敵襲にあったりはしたものの、ウォーケン兄弟に対して感じた脅威に比べれば大した事は無いと言えるだろう。
 
 夕食後、僕とトリニティはエリック先生の泊まっている部屋を訪れることにした。
 コン、コン
「失礼します」
 ノックしてからエリック先生の部屋に入る。エリック先生は椅子に座ってくつろいでいた。
「ようこそ、どうぞ座って下さい」
 言われて、僕らはエリック先生の向かいの椅子に腰掛けた。 
「シェード君の知りたい事は『召喚士』についてでしたね。それでは、シェード君に一つ質問をします。君は古代魔術というものについて何か話を聞いた事がありますか?」
「古代魔術、ですか? いえ、全く」
「そうですか。それなら、まずは古代魔術とは何かについてお話しましょう」
 エリック先生はそう言って、机の上の一冊の古ぼけた本を開いて見せた。
 そこに書かれているのは、何だか良く分からない記号の羅列と一人の剣士が暗い森へ入ろうとするイラストだった。
「シェード君もシュシカン帝国成立の英雄伝説くらいは知っているでしょう?」
「はい、近所を回っていた吟遊詩人の十八番でしたから。シュシカン帝国の初代皇帝が、人々を苦しめていた悪しき魔術師達を倒してまわり、最終的には帝国をつくりあげるっていうやつですよね」
「そうです。ところで、シェード君もその話を聞いたことがあるのなら、一度くらいは疑問に思ったことはありませんか? その話の中である事が不自然なまでに隠されているのは何故なんだろうって」
 エリック先生は期待を込めた目で僕の事を見てくる。
「隠されている事ですか? ちょっと待ってください」
 慌てて昔の記憶を掘り起こす。あの話を聞いた時に疑問に思った事、何かあったっけ?
「えっと、そうですね。確か、あの話って、どの悪い魔術師も主人公に魔術を使おうとする直前に倒されるんですよね。それで、悪い魔術師達の使っていた魔術の正体は最後まで分からずじまい。そこが不満で吟遊詩人に文句を言った事がありました」
 僕が苦笑いをすると、エリック先生は嬉しそうに頷いた。
「そこなんですよ、私が言いたかったのは。あの話では、魔術師の使っていた魔術の特徴は何一つ語られていないんです。それは、一体何故なのか?」
 エリック先生はニヤリと笑った。
「焦らしても意味がないので正解を教えましょう。それは、その魔術がどれも危険すぎたからですよ。その特徴を書き記して、後の魔術師がその魔術を復活させる事を阻止するため。その為に、ただの娯楽にしか過ぎない吟遊詩人の英雄伝説にまで圧力をかけたってわけなんです」
 そこで、エリック先生は悪戯っぽく笑った。
「でも、駄目と言われるとやりたくなるのが人間ってもの。悪い魔術師たちがどのような魔術を使っていたかが詳細に載っている本が帝国成立直後に密かに作られたのです。それが、この本」
 そう言って、机の上の本を指で叩いた。つまり、この意味不明な記号は古代帝国文字って事か。
「そして、この本に書かれている、悪い魔術師たちが使ったとされる魔術。それが古代魔術と呼ばれ、一部で密かに恐れられているものなのです」
「なるほど。それで、古代魔術と召喚士ってどの様な関係があるんですか?」
 僕が質問すると、エリック先生は机の上の本をめくって見せた。今度現れたページには、いかにも悪そうな魔術師と魔方陣から出てくる禍々しい悪魔の姿が描かれていた。
「召喚士というのは、悪い魔術師の一人です。彼は全知にして万能である悪魔を呼び出す事が出来たと書かれています」
 つまり、僕が悪い魔術師でトリニティが悪魔だって事か。
「僕が創ったのは、古代魔術そのものだった、て事ですか?」
「うーん、そこまで断言は出来ないですが、それに近いものである事は確かですね。シェード君の創作魔術発表日の時も、それで少し揉めた位ですし」
 確かに、あの時は先生達が騒がしかった。
「そもそも、古代魔術の研究は魔術師ギルドに禁止されているんです。ミネルバ王国は歴史が浅くて魔術師の絶対数が少ないから魔術師ギルドには加入していないのですが。ギルドの意向を無視して君の『ギミック』を認めたらギルドに睨まれる事になる、揉め事はごめんだ、という弱気な先生方が多くて困ったものでした」
 エリック先生は、そう言って溜め息をついた。 
「これ程までに稀有な才能を潰そうとするなんて、情けないものです」
「でも、僕はそこまで大それたものを創ったつもりはないんですけど」
 元は割と不純な動機だし。
「はい、確かにシェード君の『ギミック』は本物の召喚魔術には及ばないでしょうね。文献によると、呼び出された悪魔は圧倒的な力を持つ一方、ほんの数刻しか存在出来なかったらしいですから。しかし、研究次第では本物に到達することも夢じゃないですよ」
 エリック先生が目を輝かせている。
「あの、古代魔術の研究って魔術師ギルドが禁止しているんじゃなかったんですか?」
「そんな野暮な事言わないで下さいよ。私はそんな規制から逃れるためにミネルバにやって来たのですから」
 エリック先生って実は危ない人なのかも。
「ちなみに、私がバルザック相手につかった魔術があったでしょう?」
「あ、あの意味不明な詠唱をしたやつですね」
「あれ、私が研究して到達した古代魔術なんですよ。この事は、なるべく秘密にして下さいね」
 エリック先生がお茶目に笑った。
 聞きたい事も聞いたし、そろそろ戻る事にしよう。
「分かりました。色々教えて頂いてありがとうございました」
「いやいや、聞きたい事があったら何時でも来て良いよ。それでは、また明日」
 僕とトリニティが席を立ってドアのノブに手をかけると、エリック先生が何でもないような口調で言った。
「あ、言い忘れましたが、ウォーケン一族はわりと執念深いです。ですから、明日はシェード君自体を狙ってくるかも知れませんよ」
「先生、その冗談は全然笑えません」
 僕らは後ろを振り返らないまま、エリック先生の部屋を出た。

   ◇◇◇

 部屋に戻る途中、エリック先生の部屋でずっと黙ったままだったトリニティに声をかける。
「ねえ、トリニティは知ってた? 『ギミック』と召喚魔術が似ているって事」
 僕の質問にトリニティはつまらなそうに答える。
「ああ、知ってた。今まで他の魔術師達に何度か呼び出された事あるし」
「何で言わなかったの?」
「聞かなかったからだよ」
 間髪を入れない返事。なんだか何かを誤魔化しているみたいだ。
「シェードに一つだけ忠告しておく」
 トリニティが僕の顔を覗き込む。
「何だよ。急に真面目な顔して」
「絶対に召喚魔術を使いたいなんて考えるな。もし、何かのはずみで召喚魔術が成功したとしても絶対に願い事はするな」
「どうして?」
「命を……落とす事になるからだよ」 
 トリニティの顔は今まで見たことが無い位に悲しげだった。
 どうして命を落とす事になるのかは聞きたかったけれど、出来なかった。
 それを聞く事が何故だかとても悪いことに思えたから。

   ◇◇◇

 聞いた話によると、今日の戦闘ではライラ魔術学園の生徒は二名の死亡者と五名の重傷者を出すことになったらしい。
 僕は亡くなった二名の同級生とジンのために、寝る前にしばしの黙祷を奉げた。



   『九日目・その一』


 今日さえ無事に終われば安全な日常に帰れる。その一心で早く時間が過ぎることを祈っていた。けれど、異変は突然やってきてしまった。
「なんだよ、これ」
 白兵戦用の戦場に三度目の物資を届けようとすると、数時間前まではあった陣営が消え去っていた。それどころか、戦場のあちこちに大きな穴が開いていて、通り抜けるのも困難な状態になっていた。
「手当たり次第で容赦無しって感じだな」
 テルミスが呆れ果てたように言う。確かに、これほどまでに徹底的にやられては呆れるしかない。物資輸送班の兵士達も困惑している。引くべきか、進むべきか。まだ決めかねているみたいだった。

 ブウゥンという耳障りな音が聞こえた。
 音のした方向を見ると黒い霧がゆらゆらと蠢いている。
 そして、その霧の中からは黒いマントをまとった男が現れた。
 全て昨日見たのと同じ光景だ。

「おや、少年。遅かったではないか。我は待ちくたびれて少々準備運動をしてしまったよ」
 気付いていた。こんな惨状を引き起こせるのは、この男くらいに違いないと。
「全く困ったものだよ。我がちょっと参加しただけなのに、敵も味方も皆どこかへ消えてしまうとは。まあ、君の力量を調べるためには彼らは邪魔だから丁度良かったのかも知れんが」
 出来れば二度と会いたくなかった。気付かれたくなかった。けれど、最悪なことに僕は奴に興味を持たれてしまったみたいだ。今、この男から逃げる事など不可能だ。
「そこの雑兵どもも退くが良い。巻き込まれたくなければな」
 その言葉に隊長が口を開く。
「それは出来ねえ相談だな。今、この坊主達は俺の部下なんだ。部下を置いて逃げるわけにはいかねえよ」
 何て嬉しい言葉。けれど、
「駄目ですよ、隊長さん。皆を連れて逃げてください」
 僕の口は拒否の言葉を吐いていた。
「しかし、坊主」
「隊長さん、貴方には皆を守る義務があるはずです。一人の子供のために大勢の戦力を危険にさらすのは得策じゃないですよ」
「だがな、坊主」
「大丈夫ですよ。僕は絶対に死んだりしませんから」
 僕は精一杯の笑顔で精一杯の嘘を吐いた。僕の目を見つめて、隊長は仕方無さそうに首を振った。
「いいだろう。絶対に死ぬなよ」
 隊長は兵士達の方向へ向き直った。
「手前ら、撤退だ」
 その言葉に、誰一人として動こうとしない。
「聞こえねえのか。撤退だよ、撤退」
 隊長が近くの兵士を殴る。
「あの坊主は死なねえって言ったんだ。俺らは仲間だろ。なら、信用して坊主が戻ってくるのを待ってようぜ」
 それを聞いて、兵士達が撤退を始めた。

   ◇◇◇

 数分後には僕、トリニティ、アリシア、テルミスの四人だけが残った。
「さて、茶番が終わったか。少年以外にも数人残っているようだが、まあ良い」
 ゲーリックは気味の悪い笑みを浮かべる。
「それでは、試験を始めよう。死にたくないなら、せいぜい足掻くことだな」
 ゲーリックが右手の人差し指を僕に向ける。そこから小さな赤い光弾が生じ、僕の足元に向かって飛んできた。急いで右に移動すると、僕がさっきまでいた場所に人が一人入れるくらいの穴が開いていた。
「食らえ、『ファイヤーボール』」
 トリニティがすかさず火炎弾を放って反撃する。しかし、その火炎弾はゲーリックのマントにぶつかると同時に消え去ってしまう。
「つまらんな、もうちょっと楽しませてくれ」
 そう言って、今度は右手の五本の指全てから光弾を放ってきた。光弾は前後左右と上から僕に向かってきて、逃げる隙が無かった。僕が諦めかけた瞬間、
「跳ね返せ、『リフレクトシールド』」
 という声と共にアリシアが僕のもとに走ってきた。そして、ボンという音と共に空中に大きくて透明な盾が生じ、光弾を全て弾き返してくれた。ゲーリックが少し意外な表情をする。
「なるほど、『リフレクト』を自分の体にかけるのではなく、盾の形にして操るか。面白い」
「貫け、『アイスアロー』」
 アリシアの両手から氷の矢が飛び出し、ゲーリックに向かう。しかし、そのどれもゲーリックのマントに阻まれ、ダメージを与えることが出来ない。
「確かに、それなら自身も魔術を使えなくなる、という『リフレクト』の欠点を無くすことができるな」
 淡々とアリシアの創作魔術に評価をつける。
「お褒めいただき光栄ですわ。でも、私の『リフレクトシールド』は、それだけではありません事よ。試して御覧なさい」
 アリシアが挑発した。
「いいだろう。さっきより少しだけ強めにいくぞ」
 ゲーリックは、両手をこちらに向けてきた。無数の光弾が空中に生じ、それらが僕らに雨のように降りかかってくる。しかし、アリシアの創った盾はその全てを見事に弾き返した。見ると、さっきより一回り盾の大きさが大きくなっている。
「娘、なかなかやるではないか。我の攻撃をただ跳ね返すだけではなく、その魔力の一部を吸収し、盾を強化するとは」
「ええ、今の攻撃で随分丈夫になってくれたみたいですわね。貴方が攻撃をすればするほど、この盾は強度を増していきますわ」
 アリシアは余裕しゃくしゃくという感じの顔をする。
「しかし、残念だったな。娘、その盾も我の次の攻撃で壊れる」
 ゲーリックの手から、先程のものより二回りは大きい光弾が放たれる。またしてもアリシアの盾がそれを防ごうとするが、盾と光弾がぶつかった瞬間、両方ともが消え去ってしまった。
「え、何で?」
 アリシアの顔が青くなる。
「我の攻撃を跳ね返す事が出来るほどには娘の盾は強くなく、魔力の一部を吸収する事さえ出来なかった。ただそれだけの事だ。魔力の器の大きさがまるで違うのだから、当然の結果だな」
 ゲーリックの言葉にアリシアが愕然としていると、後ろからエリック先生が呪文を詠唱している声が聞こえてきた。
「『バルキリ、ザルメン、ドルベックハーラン。ドルップ、ゲルルク、ザンバギグート。グルケット、トルルク、サールン』」
 しかし、エリック先生の姿を探しても見当たらない。
 その言葉は体を虹色に光らせたテルミスの口から出たものだった。
「『ゲルハルト、『ミカエリェ』』」
 テルミスの両手から細い虹色の光の帯が放たれる。それは一瞬でゲーリックに向かい、その体に直撃した。その攻撃は今までの僕らの攻撃とは違い、マントで無効化されることは無かった。
 直撃による轟音と煙に、僕らはゲーリックの負傷を期待したのだけれど、奴は無傷で現れた。
「いや、驚いたぞ。これほど格下の相手に古代魔術を使われるとは。先程の声から考えると、エリックが以前に使ったものをそのまま再現した、といった所か。しかし、先程の娘同様、如何せん魔力が弱すぎる。そんな程度では、その古代魔術の本来の威力を出すことは出来ない」
 その言葉にテルミスは悔しげに唇を噛んだ。

「私の生徒にちょっかいを出すのはやめてくれませんか、ゲーリック」
 声の方向を見ると、今度こそ本物のエリック先生が立っていた。
「ようやく登場か。気付くのが少し遅かったんじゃないか、エリック?」
 エリック先生は忌々しげな表情をした。
「私を殺すためにわざわざこんな戦いに介入してきたのでしょう? ならば早く勝負を始めようじゃありませんか」
「確かに、こんな国境での戦いなんかには最初から興味は無い。我々が来れば貴様もここに来る、いわば貴様を呼び出すための口実みたいなものだ。しかし、少しばかり他にも興味を持てる事が出来てしまってな」
 そう言って、僕らのことを見た。
「私の生徒達ですか?」
「そうだ。奴らの創った魔術は実に面白い。伝統に縛られていない分だけ自由な発想が出来る、といった所か。エリック、貴様も伝統に縛られるのが嫌で我がウォーケン一族から逃げ出したのか?」
「逃げ出したと言われるのは心外ですが、確かに伝統なんて大嫌いですよ。魔術師ギルドを恐れて、古代魔術の研究が全く出来ないなんて、私には耐えられませんでしたから。そもそも、魔術師は万能を追い求める者でしょう? 何でその行動を何者かに制限されないといけないのです?」
 エリック先生が珍しく声を荒げた。
「ふ、言葉遣いは良くなっても、そういう所は『ウォーケンの狂犬』と呼ばれていた頃から何も変わっていないな。では教えてやろう、エリック・ウォーケン。ウォーケン本家の三男である貴様が一族を抜けた五年の間に何を失ったのかを」

   ◇◇◇

 その言葉をきっかけに二人の戦いが始まった。
「捕らえろ、『スパイダーネット』」
 エリック先生の両手から白い糸が飛び出し、ふわりとゲーリックを包みこむ。
 キュルキュル、キュルン
 糸があっと言う間に縮み、ゲーリックを拘束する。
「痺れろ、『サンダーボルト』」
 その糸を媒体として、電撃が走る。
 バチバチ……バチッ
 激しいスパークに思わず目が眩む。
 光と連動してゲーリックの体がビクビクと痙攣する。
 勝負は一瞬で決したかに思えたが、

「フハハハハハハ、ハッ、ハハハ」
 ゲーリックの笑い声が響く。
「エリック。まさか、この程度で我を倒せると考えているのか?」
 ボウッという音と共に糸が焼け落ちる。
 服についた煤を払いながら、肩を回す。
「肩の凝りが取れる程度には役にたったが、所詮は子供騙しだな」
 エリック先生はすかさず次の攻撃に移る。
「駆け抜けろ、『ヘルメ』」
 フッとエリック先生の姿が消える。
 ビシリ……
  
 拳を放つエリック先生とそれを顔の手前で受け止めるゲーリック。
「ふむ、良いアイデアだが基本的な筋力が足りんな。もっと体を鍛えてから出直して来い」
 そう言って、片手でエリック先生を軽々と投げ飛ばした。
「エリック、貴様の攻撃は全て軽い。攻撃魔術とは、こういうものだ」
 ゲーリックの右手から赤い光弾が放たれた。
 エリック先生は急いで防御結界を作り上げる。
 二つは一瞬でぶつかった。
 パキパキという音と共に防御結界に亀裂が走る。
「くっ……」
 エリック先生は結界を展開したまま身を捩る。
 パリン。
 光弾がその軌道を変えたのと防御結界が砕け散ったのはほぼ同時だった。
 ボコッ。
 地面にぶつかった光弾は物凄い勢いで地面を砕き、爆風を撒き散らした。
 呆気にとられて傍観していた僕らも慌てて地面に伏せる。
 間近でその衝撃を受けたエリック先生は当然の如く吹き飛ばされた。
 転がるエリック先生を見て、ゲーリックが嘲笑う。
「エリック、冥土の土産に聞かせてやる。規則とは効率だ。多くの無駄を排する為、余計な労力を使わぬように、という先人の知恵だ。貴様はそれが分かっていない。貴様は確かに以前より多くの魔術を覚え使いこなしている。しかし、以前のお前の方が一つ一つの魔術に威力があり、攻撃の組み合わせ方も見事だった。多くの魔術の研究に溺れるあまり、基礎を見失った。それが貴様の敗因だ」
 エリック先生が咳き込みながら反論する。
「しかし、研究無しには魔術師としての高みには到底到達出来ないですよ」
「は、笑わせるな。ファイヤーボールさえも満足に使えないような男が生意気を言うでない」
「使える魔術が片手で数えられるほどしかない、魔術師失格には言われたくないですね」
 ゲーリックは肩を竦めて見せた。
「ああ、確かに私が使える魔術は、『ファイヤーボール』『アイスアロー』『ヒーリング』の三つと空間移動魔術だけだ。しかし、その四つならば誰にも負けん自信があるぞ」
 そして、ゲーリックはいやらしい笑いを口元に浮かべる。
「では、貴様に『アイスアロー』の正しい使い方でも教えてやるかな」
 ゲーリックが右手を上げる。
「まず、誰でも知っているように『アイスアロー』とは、空気などに含まれている水分を媒介として大量の水を呼び寄せ、それを凍らせ、矢にして敵に放つというものだ」
「知ってますよ、そんな事。『アイスアロー』」
 エリック先生が氷の矢を放つ。
 ゲーリックは事もなげにファイヤーボールでそれを消し去る。
「これの難点は、軌道が読まれやすいという事だ。基本的に手の直線状にいなければ当たる事さえない。そこで、『アイスアロー』をこのように応用する」
 ゲーリックが右手を閉じる。
 その直後、エリック先生の周りに数本の氷の矢が現れた。
 エリック先生は慌てて周囲に防御結界を張るが、一本だけは防ぎきれずに直撃した。
 ゲーリックは淡々と続ける。
「ま、これも所詮軌道が読みづらいだけで、防がれる事に変わりは無い。それを考慮して、発展形はこうなる」
 ゲーリックはこの戦いで初めて呪文を詠唱した。
「貫け、『アイスアロー』」
 
 ズゴッ……

 それは、異様な光景だった。
 氷の矢の切っ先がエリック先生の背中から出ているのに、矢尻はおろか、傷口さえ腹部には存在しなかった。

 カハッ……ゴポッ

 エリック先生が口から大量の血を吐いて、倒れた。

「人間の体内はほぼ全てが水分だ。魔力を上手く集中させることさえ出来れば、対象の体内で氷の矢を作ることは容易いのだよ。私も最近になってここまで使えるようになったのだがな。この魔術は実に奥が深い」
 ゲーリックはエリック先生を見て、低く笑った。
「魔力の流れに気付いて回避するかとも思っていたが……この程度か」

 ゲーリックが僕達に目を移す。
「さて、先程の続きでもしようか」
 冗談じゃない。
 あんなもの見せられたら、抵抗する気も失せてしまう。
 僕は思わず後ろに引き下がってしまった。
「オレが相手になってやるよ」
 トリニティが僕の前に立つ。
 その背中が頼もしい。
「召喚されし者、か。面白い、どの程度ものかな?」
 ゲーリックのトリニティはおもむろに剣を抜いた。
「悪いけど、命の保障はしないぜ」
 トリニティの姿が視界から消える。
 キィィン……
 不意をついて繰り出されたトリニティの剣は、ゲーリックの手に現れた透明な剣で防がれていた。
「言い忘れていたが、『アイスアロー』にはこのような応用法もあるのだよ。鋼鉄製の剣は重くて我の好みでは無いのでな」
 トリニティは何も言わず、次々と剣戟を繰り出す。
 キン、キン
 その全てがゲーリックの氷の剣に止められる。
「不思議かね? 鋼鉄の剣が氷の剣を崩せぬ事が」
 その言葉にトリニティの表情が曇る。
「なに、簡単な事だ。氷の結晶構造を変えれば良いのだよ。全ての分子を繋ぎ合わせて、ダイヤモンド状にするだけ。結晶構造学をかじった事のある者ならば誰でも可能だ」
 トリニティは斬りかかりながら、呪文を詠唱しはじめる。
「暁に生まれ、闇を切り裂く反逆の子バルカンよ。汝の持ちし力は我の元で再び目覚め、更なる破壊を呼び起こす。その赤は朱よりも紅く、その広さは山をも飲み込む。さあ、宴の始まりだ」
 トリニティの体が赤く輝く。
「ボルケーノ」
 トリニティは剣を持っていない左手をゲーリックに向ける。
 ドグォン……
 近距離から赤い光弾を受け止めたゲーリックの右腕は、肩から綺麗に消え去った。
「クハハハハハ……ごっそり持って行くか。流石だな」
 痛そうな素振りを見せず、ゲーリックは笑い声をあげた。
「しかし、これではバランスが悪いな。『ヒーリング』」

 ズリュッ……ミチミチ……
 
 ゲーリックの肩から、新しい腕が、生えてきた。
「化け物かよ」
 思わず、呟きが漏れる。
 ゲーリックは新しい右腕を振り回して、何かを確認するように頷いた。
「やはり、再生したばかりの腕は神経の伝達が不十分だな。これでは、その女の剣戟を防ぎきれるか微妙だ。だが……」
 ゲーリックが不敵に笑う。
「気付いてしまったぞ。そこの女、貴様はあの小僧と正式な契約を交わしておらんな。妙に魔力の流れが希薄だとは思っていたが」
 トリニティの目が険しくなる。
「それが、どうかしたか?」
「いや、ならば面白い余興が見れそうだ、と思っただけだ」
 ゲーリックが氷の剣で自らの右腕に傷をつけ、トリニティに氷の剣を投げつけた。
 ブウン……
 氷の剣はトリニティの頬を掠め、うっすらと傷をつける。
 トリニティは何かに気付いたように、その場から逃げ出そうとした。
「もう、遅い」
 気がつくと、ゲーリックはトリニティの真横にいる。 
 ゲーリックは右腕の傷口をトリニティの頬に当て、言った。
「血の契約に従い、我は命ずる。汝、我の手足となり、彼の者達を殺し尽くせ」

 トリニティの目の色が変わる。
 今までの意志に満ち溢れた黒から、表情の無い灰色へ。
「分かりました、マスター」
 平板な声で言うと、僕らの方へ向き直った。
「契約に従い、貴方がたを破壊します」
 そして、無表情のまま僕らに向かって右手をあげる。

「食らえ、『ファイヤーボール』」

 僕の最強のボディガードは僕の最大の敵となってしまった。



   『九日目・その二』


 迫り来る火炎弾を僕らは全力で避けた。
 火炎弾は地面をえぐり、爆風を撒き散らす。
「ちょっと待てよ、トリニティ! 何考えてんだよ!」
 僕が必死に叫んでも、トリニティは止まらない。
 ただ黙々と僕らに向かって火炎弾を飛ばしまくる。
 ドシュン……ドシュン
 その度に地面が掘り返される。
「トリニティさん、お戯れにも程がありますわよ!」
 アリシアも珍しく声を荒げた。
「跳ね返せ! 『リフレクトシールド』」
 ボンという音と共に空中に現れる巨大で透明な盾。
 トリニティの放つ火炎弾を次々と弾き返していく。

 攻撃が効かないと分かったトリニティは、抑揚の無い声で呪文を詠唱し始める。
「暁に生まれ、闇を切り裂く反逆の子バルカンよ。汝の持ちし力は我の元で再び目覚め、更なる破壊を呼び起こす」
 トリニティの前にテルミスが立ちはだかる。
「どうして、こんな事するんですか? 俺ら仲間じゃないんすか?」 
 テルミスの声に答えず、トリニティは淡々と詠唱を続ける。
「その赤は朱よりも紅く、その広さは山をも飲み込む。さあ、宴の始まりだ」
 トリニティの体が赤く輝く。
 テルミスが絶叫する。
「やめて下さい、姉御っ!」
 しかし、その声もトリニティを止める事は出来ない。
「ボルケーノ」
 赤い光弾がトリニティの右手から放たれる。
 それは、まっすぐにテルミスに向かい、直撃する……かに見えた。

 光弾が当たる間際、テルミスの姿が、消えた。
 目標を失った光弾は僕らの真横を一瞬で通り抜け、遥か後方の地面を爆音と共に破壊した。
 トリニティが不審そうに辺りを見回す。
 テルミスは、いつの間にか僕らの横にいた。
 背中から氷の矢を生やしたエリック先生に肩を抱かれて。
「あぶない、ところ、でしたよ、テルミス、君」
 エリック先生は無理やり笑顔を浮かべているようだったが、実際は喋るのさえ苦痛なようだった。
 しばし呆然としていたテルミスが口を開く。
「何してるんですか、エリック先生! いま動いたら、まずいじゃ……」
「何、言ってるん、ですか。生徒を、守るのも、教師の、使命、ですよ」
 そう言って、エリック先生が倒れこむ。
 
「ははは、愚か者め。自ら死期を早めるか」
 耳につく笑い声をあげるゲーリック。
 僕が睨みつけると、軽く肩を竦めてみせた。
「小僧、良い事を教えてやろう。その女が我の命に従うのは、小僧との正式な契約が無かったからだ。つまり『これこれをせよ』という明確な指示が無かったという事だ。それゆえ、我は血を介した契約で、その命令権を奪うことが可能だったのだ。その女を止める為には、それ相応の血を流させるしかない。我の血に拠る支配が薄れ、小僧との繋がりの方が強くなるようにな」
 ゲーリックが口元を歪ませる。
「つまり、その女を元に戻すには倒すしかない、という事だ」
 
 その言葉を合図にトリニティが動き出す。
 今度は剣を右手に持って。
「仕方が無いわね」
 アリシアが剣を取った。
 それを見て、僕も覚悟を決める。
 あいつを元に戻す方法がそれしかなら、全力を持って倒してやろう。
 僕も剣を手に取る。
 ただ、テルミスだけが釈然としない顔をしていた。
「なんで……どうして、姉御と戦わなきゃいけねえんだよ」
 ただ一人、剣を持たずに立っている。
 そんな事お構い無しにトリニティはこちらに駆けて来る。
「テルミス、剣を持たないと死ぬわよ!」
 アリシアの声にもテルミスは首を振る。
「嫌だっ! 俺は姉御に剣を向けるなんて出来ねえ!」
「馬鹿な事言ってないで、剣を持てよ! そのままじゃ、身を守ることも出来ないだろ!」
 僕も声を上げるが、テルミスは動かない。

 トリニティが僕らに斬りかかる。
 キィィン……
 最初の一撃を受け止めたアリシアが吹き飛ばされる。
 体重差が違いすぎるのだから仕方が無い。
 体に直接当たらなかっただけでも御の字だ。
 カァァン……
 二撃目を受け止めたのは僕の剣だった。
 アリシアのように吹き飛ばされまではしないものの、大きく体勢を崩す。
 すかさず繰り出された蹴りで、結局僕も大きく弾き飛ばされた。
 三撃目は、もちろんテルミスを狙ったもので。
 防御体勢すらもとっていないテルミスに致命傷を与えるには十分な斬撃が襲う。

 その瞬間。
 トリニティの目に意思の籠もった黒が戻る。
 そして、その口から絶叫が迸る。
「テルミスっ、避けろーっ!!」
 その声に突き動かされたように、テルミスの体は大きく仰け反った。
 空振りに終わったトリニティの剣は地面に深々と突き刺さる。

 しばしの静寂。

 テルミスが口を開く。
「姉御っ!! 元に戻ったんですか?」
 近づこうとするテルミスをトリニティが睨む。
「オレに、近づくんじゃねえっ!」
「で、でも……」
「いま近寄られたら、殺しちまう……」
 テルミスが困惑した表情を浮かべる。
「衝動を無理矢理押さえ込んでいるだけだからな。あと数秒でオレの意識も消えちまいそうだ。だから、用件だけを言っとく。テルミス、頼むからオレを倒してくれ。でないと、全員殺しちまう」
「そ、そんな」
「テルミスが本気を出せば無理じゃねえだろ? 知ってんだぜ、お前がいつも手抜きしてんのは何故かって事くらい。お前のとっておきでオレを倒せ。これは命令だぞ」
 トリニティの目を見て、テルミスは表情を改めた。
「分かり、ました」
 トリニティが微かに笑う。
「オレを倒すには殺すつもりでこいよ。でないと、お前は確実に、死ぬ」
 トリニティの目が再び灰色に戻っていく。

 テルミスが静かに口を開く。
「取り押さえろ! 『ヴァインロープ』」
 地面から巨大な蔓が生え、トリニティに巻きつく。
 その間にテルミスは僕らを助け起こした。
 アリシアの耳に何かを吹き込み、僕の耳にも口を寄せ、
「俺が『良し』と言ったら、アリシアの作ったリフレクト・シールドにありったけの攻撃魔術を叩きこんでくれ」
 とだけ言う。
 テルミスの創り出した蔓を身動ぎして抜け出そうとしていたトリニティは、その動きを止め、目を閉じる。
 ボウという音と共に蔓は一瞬で炭と化す。
 アリシアが声を張り上げる。
「跳ね返せ! 『リフレクトシールド』、『リフレクトシールド』、『リフレクトシールド』、『リフレクトシールド』」
 ボン、ボンと次々に空中に透明な盾が現れていく。
 そして、それらはあっと言う間にトリニティを取り囲む。
「良し、シェード。叩きこめ!」
 言われるがままに僕は呪文を詠唱する。
「『ファイヤーボール』、『アイスアロー』、『サンダーボルト』」
 僕の放った攻撃呪文はアリシアの作ったリフレクトシールドに弾かれていく。
 カァン、カァン
 弾かれた呪文はまた別のリフレクトシールドに弾かれ、それもまた他のリフレクトシールドに弾かれる。
 その繰り返しで、トリニティを囲むリフレクトシールドが一種の結界のようになっていった。
「とりあえずは上出来だ。アリシア、シールドの調整をしっかりな。シェード、呪文の詠唱を休むんじゃねえぞ」
 テルミスは僕らに声をかけてから、トリニティを見た。
「いきますよ、姉御」
 トリニティは僕たちの創った簡易結界をしばらく黙って見つめていたが、何かを決心したかのようにおもむろに結界の端に近づいた。

 テルミスが口を開く。
「『バルキリ、ザルメン、ドルベックハーラン』」
 テルミスのつけているイヤリングが弾けた。
 トリニティは結界から外へ、ずいと体を進ませる。
 次々と攻撃呪文が体に当たり、煙を上げるが一向に気にしない。

「『ドルップ、ゲルルク、ザンバギグート』」
 アンクレットとネックレスが弾けた。
 テルミスはずんずんとトリニティに近づいていく。
 トリニティの体は、もう半分ほど結界から抜け出している。

「『グルケット、トルルク、サールン』」
 ブレスレットが弾け、テルミスの体が虹色に光る。
 トリニティは完全に結界から抜け出した。

「『ゲルハルト』」
 テルミスはトリニティの目の前に立った。
 トリニティは剣を大きく振りあげる。

「『ミカエリェ』」
 テルミスがトリニティに手の平を向けるのとトリニティが剣を振り下ろすのはほぼ同時だった。

 眩いばかりの虹色の光に目を閉じ、耳が壊れそうなほどの轟音に耳を塞ぐ。

 僕が目を開けた時に飛び込んできたのは、倒れこむ二つの人影だった。
 肩から腹にかけて大きな傷を負ったテルミスと右腹が全て吹き飛んだトリニティ。
 耳を塞いでいた手を離すと、奇妙な静寂が辺りを包んでいた。
「姉御、正気に戻りましたか?」
 呟き程度の弱弱しい声。
 それが遠く離れている僕の耳にも聞こえるほど、辺りは静かだった。
「テルミス、もっと離れて撃てよ。お前まで怪我してどうすんだ」
 トリニティの声にも力が無い。
「姉御に避けられない為には、あの位近寄らないと駄目ですよ」
「確かに、そうかもな」
 トリニティが小さく笑う。
「どうでしたか、俺の三年分は?」
「ああ、上出来だったよ……」
 二人は静かに目を閉じた。

 急転した事態に戸惑う僕らの耳に嫌な声が聞こえてきた。
「うむ、合格点と言った所か」
 見ると、ゲーリックが邪悪な笑みを浮かべていた。
「装飾品に蓄えていた魔力で、その一撃の威力を最大限までに引き上げるか。なかなか見事なものだった。あれ程であれば、我といえども無事では済むまい。こやつとは直接戦ったほうが面白かったかも知れんな」
 そして、僕らを見て笑みを消す。
「さて、次はお主らの番だな。我が直々にその力を調べてやろう。何、運が良ければ生き残れるかも知れんぞ」
 アリシアが声をあげる。
「何を言ってらっしゃるのかしら。私が貴方に劣るとでも言いたいのですか?」
 その口調とは裏腹にアリシアの足は微かに震えている。
 あの男の強さを目の当たりにしたのだから、当然だ。
 むしろ、言い返せるだけアリシアは強い。
 それに比べて、僕はどうだ?
 今まで一度もまともに戦おうともせず、ただちょこまかと逃げ回っているだけじゃないのか?
 自分が少し情けなくなってくる。

「ふ、威勢の良い小娘だ。ならば、貴様から試してやろう。我に劣らぬというその力、とくと見させて貰う事にするぞ」
 アリシアがゲーリックに向かって歩き始める。
 勝算なんて無いくせに。

「駄目だっ! 止まれ、アリシアッ!」
 思わず、僕の口から言葉が漏れた。
 アリシアが驚いた目でこっちを見てくる。
「ゲーリック……お前の相手はこの僕だっ!」
 力の差とか命の保障とかはもう、どうでも良い。
 これは、僕のプライドの問題。
 ここでアリシアを先に行かせたら、一生後悔する。
 そう思っただけ。

「はは、ようやくやる気になったか。良いぞ、存分に楽しませてくれ」

 僕は一つの賭けをすることにした。



   『九日目・その三』


 僕に出来る事なんて高が知れている。
 コレが成功した所で、勝てるとは限らない。
 でも、今はコレに賭けるしかない。
 さあ、上手くいくかどうか。
 結果は見てのお楽しみだ。
  
 まずは精神の集中。
 これは今更やらなくても十分だ。
 頭は今までに無い位にクリアになっている。
 さあ、始めよう。
 僕は静かに口を開く。

「虚偽の王にして幻影の申し子、モケキキよ」
 ヒントは前から出ていた。
「我は汝の秘法を知り、その奇跡を起こさんとする者なり」
 あの時のエリック先生の言葉。
『はい、確かにシェード君の『ギミック』は本物の召喚魔術には及ばないでしょうね。文献によると、呼び出された悪魔は圧倒的な力を持つ一方、ほんの数刻しか存在出来なかったらしいですから』

「現世に再度の疑惑の嵐を巻き起こしたくば、我にその力を分け与え給え」
 もしも、本物の召喚魔術がそういうものならば。
「彼のものは、生なき者ゆえ永遠の生を持ち、知識なき者ゆえ全てを知る」
 僕はソレを使いこなせるはずだ。
「その矛盾は我が妄想の上に成り立ち、その存在は我に属する」
 だって、トリニティを呼び出す前日。
「ゆえに、彼のものは我に従い、我以外の主を持たぬ」
 僕はソレに成功しているんだから。 

 僕は一瞬にして理想の女性像を頭に思い浮かべる。
「ギミック」
 呪文の詠唱が終わるのと同時に、大地に青く光る魔方陣が現れた。
 その中から、一人の女性が姿を現し始める。

 トリニティの言葉が蘇る。
『絶対に召喚魔術を使いたいなんて考えるな。もし、何かのはずみで召喚魔術が成功したとしても絶対に願い事はするな』

 見覚えのある美女の全身が現れた瞬間、魔方陣は消え去った。
 
 また、別の言葉が蘇る。
『命を……落とす事になるからだよ』

 あの言葉の真意が何だったのかは分からない。
 ただ、ここで使わなかったら、そっちの方が命を落とす可能性が高い。
 だから、仕方ないんだ。

 僕は女性に声をかける。
「久しぶりだね、セシーヌ。早速だけど、願い事をしていいかな?」
 セシーヌは極上の微笑を浮かべて答える。
「はい、なんなりとお申し付け下さい」
 僕は考えていた願いを口にする。
「十分間だけで良い。僕にありったけの魔力を使わせてくれ。望む種類を、望む量だけ」
 セシーヌは恭しく頭を下げた。
「了解いたしました、マスター。それでは、存分にご利用下さいませ」

 その瞬間、僕の背骨に熔けた鉄を流し込まれたような熱さが全身を貫く。
 熱い、熱い、あつい、あつい、アツイ、アツィィ!!
 脳みそが煮えたぎりそうだ。
 今なら口から火を吹けそうな気さえする。

 落ち着け、落ち着くんだ。
 自分に言い聞かす。
 たかが魔力に振り回されるんじゃない。
 臍の下に力をこめる。
 暴れまわる魔力が少しずつ秩序を持ち始めていく。 
 熱さが少しずつ収まってきた。
 もう、大丈夫だ。

 僕は、倒すべき相手を見る。
「なるほど、そのようにして召喚魔術を再現したのか。しかし、何故我を倒せと願わなかった?」
 そんな事決まってる。
「僕が直接、お前を倒す為だよ!」
「ふん、面白い。やれる物ならやってみろ!」
 ドヒュン!
 ゲーリックの右手から放たれる巨大な火炎弾。
 さっきまでの僕なら確実に対抗できない程の威力だ。
「撃ち落せ! 『アイスアロー』」
 僕の両手から、丸太ほどの大きさの氷の矢が次々と飛び出す。
 それは、ザクザクと火炎弾に刺さり、見事に墜落させる。
 ゲーリックがにやりと笑う。
「その程度まで使えるのなら、面白くなりそうだな。久しぶりに本気が出せそうだ。それでは、楽しもうではないか。命がけのゲームをぉ!」

 ブウゥン……
 ゲーリックの姿が消えた。
 背後に気配を感じ、身を屈める。
 ブン、と頭上を氷の剣が通過した。
 振り返りながらの立ち上がりざまに、右手に掴んだ剣で一撃を返す。
 シュウン……
 しかし、そこにはもう相手の姿は無い。

「遅いぞ、小僧っ!」
 周囲の空気が冷え始める。
 僕は慌ててその場を離れた。
 次の瞬間、僕のいた場所を囲うようにして氷の矢の群れが現れ、中心を狙って一瞬でお互いを撃ち落した。
「そう、その調子だ」
 からかうようなゲーリックの声が聞こえる。

 この隙に呪文を詠唱しておく。その余裕もここまでだ。
「駆け抜けろ! 『ヘルメ』」
 体が一瞬で軽くなる。まるで、体が空気になったみたいだ。
 一足でゲーリックの目の前に飛び出す。
 そして、剣を繰り出した。
 キィィン……
 ゲーリックは氷の剣で応戦する。
 キン、キン……
 激しい応酬の中で僕は口を開く。
「お前は『サンダーボルト』は使えないんだよな?」
 下段に切りかかると見せて、上段に切りかかる。
「ああ、その通りだが、それがどうかしたか?」
 そのフェイントは成功せず、完璧に防御された。
「なら、安心した! 『サンダーボルト』」
 ぶつかり合う剣同士が発した火花が小さな雷となって、ゲーリックを襲う。
 バスッ……
 見事命中。予定通りだ。
 ゲーリックの顔が少しだけ煤に塗れている。
 いかにも間抜けな顔だ。

 ゲーリックはまだ呆然とした顔をしている。
 自分が攻撃を受けるなんて久々だったんだろう。
「ここで、ゲーリック君に簡単な『サンダーボルト』講座をしてあげよう」
 僕の言葉にゲーリックの目がきつくなる。
「さっきのは、『サンダーボルト』の簡単な応用例だね」
「黙れ!」
 ゲーリックが氷の剣を構える。
「『サンダーボルト』は基本的に電気の流れがある場所なら何処でも使えるんだ。だから……」
「黙れと言っているのが聞こえんのかっ!!」
 シュウン……
 怒りに任せた一撃。
 さっきまでの攻撃に比べれば、軌道が丸分かりだ。
 軽くバックステップしてそれを避ける。
「魔力を上手く集中させることさえ出来れば、こんな事も出来る」
 僕は両手をゲーリックに向ける。
 ゲーリックが僕の視界から離脱しようとするが、もう遅い。
「撃て! 『サンダーボルト』」
 バリバリと音を立てて、ゲーリックの体を雷が駆け回る。
 手足を大きく震わせ、奇妙なダンスを踊っているように見える。
「人間の体内では絶えず微弱な電流が流れているんだ。それを利用すれば、こんな事もできるんだよ♪」
「アガ、アガガガッー……」
 踊り続けるゲーリックには僕の言葉は聞こえていないようだ。
「ま、僕も今回初めて試してみたんだけどね」
 電撃が徐々に弱まってくる。
「それじゃあ。次、行ってみよー」
 未だに痙攣の止まないゲーリックに右手を向ける。
「焼き尽くせ! 『ファイヤーボール』」
 大人三人でも抱えられないほど巨大な火炎弾が僕の右手から放たれる。
 ドゴッ、ブスブス……
 まともに防御が出来ないゲーリックに直撃し、辺りに煙が立ち込める。
「ぐっ……くぅぉぞぉー!!」
 ゲーリックが頭のネジが外れたような絶叫をあげた。

「これで、とどめだ!」
 僕は最後の一撃の為に口を開く。
「食らえ! アイス……」
 その、瞬間。
 ぷつん、と魔力が消え去った。
 
「え、何?」
 はっと、自分の願いを思い出す。
『十分間だけで良い。僕にありったけの魔力を使わせてくれ』
 もう、十分間経ったって事?
 おいおい、そりゃないよ。
 まだ止めを刺してないのに。

 煙の中から満身創痍のゲーリックが現れる。
「こ、小僧……貴様だけは絶対にぃ、許さん! ぶっ殺す!!」
 ゲーリックの目には狂気の色が浮かんでいた。
 ブワァン、ブワァン、ブワァン……
 ゲーリックの周りに次々と氷の矢が現れる。
 今までに繰り出して来たものに比べて明らかに太さが細い。
 ゲーリックも消耗しているのだろう。
 だけど、今の僕に全て撃ち落せるか? 
「溶かせ! 『ファイヤーボール』、『ファイヤーボール』、『ファイヤーボール』、『ファイヤーボール』」
 ビュン、ビュン、ビュン……
 飛んでくる氷の矢。
 僕の放った火炎弾は次々とそれに命中する。
 激しい水蒸気を撒き散らしながら、矢は溶けていく。
 しかし、威力が少しだけ足りない!
 溶かしきれなかった、氷の破片が僕に突き刺さる。
「ぐわっ……」
 太腿や肩に刺さった氷で、僕はバランスを崩した。
「死ねぇーー!! 小僧ぉー!」
 絶叫しながらゲーリックは真っ白な水蒸気の中を駆けて来る。
 冷静な状態では絶対にしない筈の突撃。

 だから、こんな反撃をされるなんて予測出来なかったのかも知れない。

「貫け、『アイスアロー』」
 ゲーリックの周りの水蒸気が瞬時に無数の矢に変わる。
 それ自身が動くまでは時間がかかる。
 しかし、我を忘れて突進しているゲーリックには、止まっている凶器でさえ脅威となった。
 ザクッ、ザクッ、ザクッ……
 急に止まる事の出来ないゲーリックの体に次々と矢が刺さっていく。 
「ギィイイ……アァアアァアアア!!!」
 声にならない叫び声をあげる。
 そのまま足をもつれさせて倒れこんだ。
 体から流れる大量の血液。
 ゲーリックは動かない。

「終わっ……た?」
 思わず、声が漏れる。
 しかし、ゲーリックは全身に矢を刺したまま、ふらりと立ち上がる。
 ごくりと唾を飲み込む。
「こ、小僧。この、くらいで……勝ったと、思うな……」
 ドックン、ドックン……
 右手を僕に向ける。
 ドクン、ドクン……
 そして、そのまま前傾姿勢になり……
 ドク、ドク、ドクドク……

 バタリと倒れた。

「お、脅かすなよ。本当に」
 激しかった鼓動が正常に戻っていく。 

 倒れこんだゲーリックからは殺気が消えていた。
 もう立ち上がることはないだろう。

「ふう、何とか助かった」
 息を吐いた途端、くらりと眩暈がした。
 足元を見ると、結構な量の血液が溜まっている。
 ああ、コレじゃあ貧血になってもおかしくないな。
 
 てか、命に関わるんじゃない?
 この量だとさ。

 そんな心配はお構い無しに、視界は暗転した。

 え、死んじゃうの、僕?

   ◇◇◇

 頭がふわりとした温かさに包まれている。
 なんだか、とっても心地良い。
 これが、天国ってものなんだろうか?
  
 ぽたりと顔に水滴が落ちた感覚がする。
 ああ、天国でも雨が降るんだな。
 ま、雨が降らなかったら、天国につきもののお花畑も枯れちゃうもんね。
 当然といえば当然か。
 
「目を覚ましなさい、シェード……」
 誰かが僕を呼んでいる声が聞こえる。
 そういえば、死んだときは天使が迎えに来るって婆ちゃんが言ってたっけ。
 てことは、これは天使の声か。
「なんで、目を開けないの!」
 天使が声を荒げている。
 なんだか、雨もさっきより強くなって来たみたいだ。 
 もう、せっかちな天使だな。
 慌てなくても、逃げやしないって。
「貴方が死んだら、私……」
 僕が死んだらって、僕はもう死んでるんじゃないのか?
「ほら、目を開けなさいよっ!!」
 うるさい天使だ。
 僕は、そっと目を開ける。

 僕の目の前には、目を真っ赤にした天使がいた。
「天使って、アリシアに似た顔をしているんだな」
 率直な感想を漏らす。
 あんなに高飛車な女の子と天使がそっくりな顔をしているなんて、何たる偶然の一致。
 周りを見回すと、テルミスやトリニティ、エリック先生などが揃っている。
「皆そろって天国行きか」
 コツン……
 天使に軽く頭を殴られた。
「ほら、馬鹿な事言ってないで、早く頭をお上げなさい」
 その言葉を聞いて、僕は天使の太腿に頭をのせていた事に気付く。
「あ、すいません」
 僕はゆっくりと身を起こす。
 目に飛び込んできたのは、あちこちに穴の開いた荒れ果てた大地だった。
 あれ、天国ってお花畑があるんじゃ無かったっけ?
 僕が首をひねっていると、エリック先生が話しかけてきた。
「どうしたんですか? シェード君」
「いや、天国って思ってたよりも良い場所じゃないみたいだなー、と思って」
 それを聞いて、エリック先生がクスクスと笑う。
「ここが天国、ですか?」
「はい。僕達って死んじゃったんですよね?」
 テルミスも笑い出した。
「バーカ、何言ってんだよ。勝手に俺らを殺してんじゃねえ」
「え? じゃあ、皆無事だったの?」
 エリック先生がにこやかに答える。
「皆、アリシアさんに治療して頂いたんですよ。シェード君がゲーリックと戦っている間に」
 なるほど、そういう訳か。
 ゲーリックを倒すことだけを考えていて、皆の命の危険を考えていなかった。
 あぶない、あぶない。
「ありがとう、アリシア」
 僕は振り向いて元天使のアリシアに礼を言った。
「礼なんて、必要ありませんわ。私は当然の事をしたまでです」
 いつも通りの口調なのに、顔は真っ赤に染まっている。
「本当に、助かった」
 そう言うと、アリシアは少し恥ずかしそうに笑った。
 その顔は、本当に天使みたいだった。

 おっと、重要な事を忘れていた。
 一つ聞いておかないといけない事があるんだ。
 僕はエリック先生に顔を向けた。
「エリック先生、ゲーリックはどうなりましたか?」
 エリック先生は一枚の呪符を取り出して見せる。
「これによって、キルツクの砦まで転送されてしまいましたよ。シェード君との戦いが終わって数分後の事でしたね。丁度その時刻をもって、魔術師ギルドの許した戦闘行動期間が終わったようですね」
 そうか、もうアイツと戦う事は無いんだ。
 僕はほっと胸を撫で下ろした。
「しかし、死にはしていなかったものの、本当にボロボロになってましたよ。あれは肉体的なダメージもさることながら、精神的なダメージは相当に大きいでしょうね。数年以内に復讐に来ることは、ほぼ間違いないです」
 え、いま何ておっしゃいましたか?

 不安の種を植え付けられた僕の前にトリニティが現れる。
 何も言わないまま、片手を振り上げる。
 バチン……
「いってぇー。何すんだよ!」
 ジンジンと痛む頬をさすりながら抗議をする。
「シェード! オレは絶対に召喚魔術を使うなって言っただろ!」
 トリニティの目が釣りあがっている。
「仕方ないだろ。あれ以外、僕が勝てる見込みは無かったんだから。死ななかったし、勝負には勝ったし。ほら、全然問題無いじゃないか」
 ゴツン……
 今度はグーで殴られた。
「シェードが勝ったのも、死んでないのも、ただ運が良かっただけだ。お前が死んだら、オレも消えちまうんだぞ」
 結局はソレかい。
 僕はトリニティの姿をまじまじと見る。
「なに見てんだよ」
「いや……お腹を吹き飛ばされた割には、あっと言う間に完治しているなーと思って」
 トリニティがやれやれという感じに肩をすくめた。
「あのな、オレは普通の人間じゃなくて、魔術で出来た身なんだよ。だから、体の修復だって魔力さえあれば簡単に出来るんだ」
 なるほど、便利な体だ。
「それより、シェード。ちょっと服を脱げ」
「いきなり何言ってんの?」
「いいから、脱げって」
 トリニティが僕の上着に手をかける。
「待ってよ。何で脱がないといけないのさ」
「うるさい、大人しくしてろ」
 抗議も空しく、僕の上着は全て剥ぎ取られた。
 母さん、僕はもうお嫁に行けません。

 トリニティは上半身裸の僕の腹や背中をじっくりと見て言った。
「左肩に一つだけ、か。二年って所だな」
 言われて左肩を見ると、見知らぬ真っ黒な蛇の刺青が描かれている。
「何、これ? それに、二年ってどういう意味?」
「それは、契約の印だよ。その魔術師が確かに召喚魔術を使った事を示す消えない証。二年っていうのは、その契約の印が刻印された事によって縮まった、シェードの寿命だ」
 ぐわ、僕の残りの人生が二年も減ってしまったって事か。
「でも、二年じゃ良い方だ。ま、願いが大したもんじゃ無かったってのもあるけど」
「トリニティ、一つ聞いて良い?」
「おう、何だ?」
「もしも、僕があの時、ゲーリックを倒してくれって願ったら、どの位寿命が縮む事になったかな?」
 トリニティは少しだけ首を捻ってから答えた。
「んー、大体四十年ってところじゃないかな。あいつ結構面倒臭いし」
 ああ、あの時に意地を張っていて助かった。
 寿命が四十年も縮まったらと思うとゾッとする。
「願いが大きければ大きいほど、減る寿命も増えるって事?」
「ま、そんな所だな。だから、もう二度と使うんじゃねえぞ。っと、イテテ」
 トリニティが腹を押さえてうずくまる。
「どうしたんだよ?」
「一応外側だけは修復は出来たんだけどな。まだ中のほうは修復しきってないんだよ」
「治るまで時間がかかるのか?」
「まあ、二、三日はかかるかな。でも、一気に魔力を注ぎ込めれば、こんな怪我三秒で治るんだよな」
 そう言って、何故か不気味な笑みを浮かべた。
「シェード、ちょっとオレに顔を近づけてみ」
 トリニティがクイクイと手招きをする。
「ん、別に良いよ」
 僕が顔を近づけると、トリニティは僕の後頭部を両手でつかみ、力いっぱいキスをしてきた。
「……!?」
 ぬるりとした感触が舌を襲う。
 唖然とした表情で皆が見ている中、僕の口は数秒間も蹂躙され続けた。
 救いを求める僕の目に映った、顔を真っ赤にして目を吊り上げるアリシアと顔を真っ青にして震えているテルミスの姿が実に対照的だった。
 目を白黒させている僕を見て、トリニティがカラカラと笑う。
「やっぱ、魔力を奪うには体液の交換が一番楽だよな。これで、完全復活だ」
「くそ、舌まで入れやがって……初めてだったのに」
 魔力を完全に奪われた僕は、ふらりと倒れこむ。
 トリニティ、お前は僕を殺す気か?
 意識が飛ぶ直前に、ブォーという貝製の笛の音が聞こえてきた。
 これで今日の戦いは終わりだ、と知らせる合図だ。

 僕の非日常は、ようやく終焉を迎えたみたいだ。


  『夢』


 ソレは赤きモノだった。
 形は一定ではなく、呼び出したヒトの想像力によって姿が変化した。
 ある時は、真紅のライオン。
 ある時は、真紅の不死鳥。
 ある時は、真紅の悪魔。

 変わらないのは、ソレの名前だけだった。 

 ソレは常に孤独だった。
 ヒトに呼ばれ、願いを叶えるだけの単調な作業。
 ヒトと接する時間はほんの数刻。
 誰もが自分の願いを聞いてもらおうと必死だった。
 ソレの心に興味を持つ者など誰もいなかった。

 世界の真理を求めた哲学者がいた。
 世界征服を求めた独裁者がいた。
 不老を願った芸術家がいた。

 どの願いも大きすぎ、願いが叶った直後に彼らは命を落とした。

 ヒトとは全く愚かな生き物だ。
 ソレはヒトを軽蔑した。
 そして、その愚かなヒトに使われる我が身に絶望した。
 
 ヒトの願いを叶える度、ソレはヒトに近くなる。
 そして、境界値を境としてソレはヒトへと変わる。
 逆らうことの出来ない絶対のルール。
 ルールを作ったのは、神か魔術師かそれとも別の何かか、ソレは知らない。
 ただ、ルールを作った奴が憎かった。
 何故、自分がヒトなどにならなくてはならないのか。
 ヒトに変わった後はすぐに死のう。
 ソレが考えていたのは、ヒトになった後に如何にして死ぬかという事だけだった。

 自分の同類がいる事は知識として知っていた。
 ただ、一度たりとも同類に会った事は無かった。
 時折、ソレは無性に同類に会いたくなった。
 会って、話がしたかった。
 ヒトに使役される事へ不満は無いか?
 ヒトは生きるに値するのか? 
 ヒトへ変わる事は怖く無いか?
 答えが欲しかった。

 ある時、ソレは真紅の猫として一人の男に呼び出された。
 その男の願いは、ソレと話がしたい、というものだった。
 下らないと思いつつも、ソレは男と話をした。
 男と話した内容は、世界を掌握する方法でも選りすぐりの知識についてでもなく、ただの世間話の類だった。
 ソレは男と話をする事を楽しんでいる己に気付き、戸惑った。

 ソレは男に尋ねた。
 世間話をする相手など山のようにいるのではないか、と。
 男は答えた。
 自分には立場を忘れて対等に話してくれる相手がいないのだ、と。
 男は新興国の初代国王だった。
 昔から近しかった者たちは出世した自分を羨み、妬み、恐れ、自分から離れていってしまった。
 男はそう言って、寂しそうに笑った。
 ソレは男の顔に浮かんだ諦観に、何故か己に似たものを感じた。

 その後、男は何度かソレを呼び出し、世間話を繰り返した。
 ソレにとって、その会話は大いなる楽しみだった。
 ソレは死ぬ方法について考えるのを止め、男との話題の種を考えるのが習慣になっていった。

 何度目の事だったか。
 ソレを呼び出した男は憔悴しきった顔をしていた。
 そして、ソレに初めて政治的な質問をした。
 周辺国との諍いを収めるにはどうすれば良いか。
 新興国にありがちな問題といえた。
 国の独立を撤回すれば良いのでは、とソレは答えた。
 男はその提案を却下した。
 いまさら独立を撤回したところで、この国が周辺国に狙われる事態に変わりは無い、と。
 それでは全てを武力によって打ち倒すしかないな、とソレは答えた。
 男はそれも拒否した。
 無駄な血が流れるのは嫌だ、と。
 ソレは笑って言った。
 そんな我が侭、魔法でもない限りは叶わない、と。
 男は静かに黙ったままだった。

 次に男がソレを呼び出した時、男は晴れやかな顔をしていた。
 悩みは消えたのかと聞くと、男は笑って答えた。
 全てを解決する方法が見つかった、と。
 ソレがその方法を尋ねると、男はソレの目を見て答えた。
 自分の命と引き換えに、この紛争を終わりにしてくれ、と。
 明確な命令だった。
 たった一人の命で紛争が収められるわけが無い。
 抑えられても十年が限度だろう。
 ソレは男に言ったが、男は笑って答えた。
 十年も抑えられれば上出来だ、と。
 願いを叶える存在であるソレは、男の命令に従って紛争を終わらせた。
 男の命と引き換えに。
  
 男の願いを叶えた後、ソレは己が涙を流している事に気がついた。
 ソレは初めてヒトの死を悲しむ己に驚いた。
 そして、男の名を決して忘れぬように心に誓った。
 ミネルバ王国初代国王、セルゲイ一世という名を。

   ◇◇◇ 

 それから、どれだけの時が経っただろうか。
 男の後にソレを呼び出す者はなかなか現れなかった。
 ソレは、ずっと待っていた。
 また、ヒトに呼ばれる日を。

 セルゲイ一世は何故あんな願いをしたのか?
 それも、晴れやかな顔をしながら。
 自分の命が惜しくは無かったのか?

 ヒトの事をもっと良く知りたい。
 単なる知識としてではなく、しっかりとした実感として。
 一昔前には思いもよらない事だった。

 そして、遂にその時が来た。
 今度ソレを呼び出したのは、まだ幼さの残る少年だった。
 少年は何故かソレを呼び出せた事に対してあまり喜んでいないように見えた。
 ソレが自己紹介をすると、少年は質問した。
 君は女性か、と。
 問われてソレは自分がヒトの姿をしている事に気付いた。
 そして、男の姿では無く女の姿であることにも。
 
 ヒトの姿になれば、ヒトの気持ちも分かるだろう。
 ソレは一瞬だけ喜んだが、女の姿では男の気持ちは分からないかも知れない。
 セルゲイ一世の気持ちを知りたかっただけに、少し残念だった。
 
 ソレは少年に偽りを言った。
 『破壊の為の力なら』幾らでも貸してやる、と。
 本来なら何でも願いを叶えてやる、と言うべきなのに。
 『破壊の為の力なら』と言ったのは、少年が破壊を最も嫌いそうだったから。
 願いを叶えるまでの時間を出来るだけ引き伸ばそうという作戦だった。
 しかし、ソレが策を練るまでも無く、少年は願い事を何も口にしなかった。
 
 そして、制限時間が来て実体が解除されそうになった瞬間。
 ソレは初めて己の為に力を使った。
 この少年がソレに願い事をするまでの間、実体が消えないように。
 そんな我が侭が出来るほど、ソレはヒトに近くなっていた。

 少年は、自分の使った魔術の正体に気付いていないようだった。
 だから、ソレはあえて何も言わなかった。
 これでヒトについて知ることが出来ると心を弾ませながら。

 それから、ソレは色々な事を知った。
 ポックスというゲームの面白さ。
 ヒトの食べ物の美味さ。
 友人としてヒトと議論することの興奮。
 慕ってくれるヒトがいる事の嬉しさ。

 ヒトは確かに愚かな存在だった。
 他人の為に自らの力を浪費する事の多さに驚かされた。
 たった一つしかない命さえ、他人の為に捨てる事もある。
 そんな愚かしさが、今では無性に愛しい。
 
 今なら過去の己の疑問に答えられそうな気がする。

 ヒトに使役される事に不満は無い。
 ヒトは生きるに値する。
 そして、ヒトになるのも悪くは無い、と。



   『十日目』


 目を覚ますと、僕はベッドの上にいた。
 ここ数日見慣れた天井が目に入り、今いる場所が砦の中の自分に割り当てられた部屋だと理解する。
「誰かに運んで貰ったみたいだな」
 窓から入る眩しい光は、どう考えても夕日ではなく朝日だった。
「どんだけ寝てるんだよ……」
 思わず自分に突っ込みを入れる。
 
 ぼおっとしている頭を振り、眠気を追い出した。
 何だかさっきまで、妙な夢を見ていた気がする。
 少し寂しくて、少し温かい夢を。
  
 コン、コン……

 ノックの音が響く。
 僕はドアまで歩くと、静かに開けた。
「よお、寝坊助。集合時間に遅れんぞ」
 目の前に立っているのはトリニティだった。
 いつも通りの能天気そうな顔。
 それに何故か違和感を感じる自分がいた。
 何も言わずにトリニティの顔を見つめ直してみる。
「何だよ、オレの顔に何かついてるか?」
「いや、何か変な気がしたんだけど……やっぱり気のせいみたい」
 そう、ただの勘違いだろう。
 トリニティの顔に翳が無いのが不思議だと思うなんて。
「そっか、なら良いんだけど。本気で遅刻だぞ。シェードが他の生徒と一緒に帰るつもりが無いなら、それでも問題ないけどさ」
 ああ、そうだった。
 今日は学園に帰る日だ。
「て、急がなきゃ駄目じゃないか! 僕一人じゃ帰り道も分かんないし」
 急いで荷物を掻き集め、出発の用意を始める。
「だから言ったろ。遅れるぞってさ」
 慌てる僕を見てトリニティが笑う。
「笑ってないで手伝ってよ」
「やだね。自業自得だ」
 トリニティは舌を出して見せた。
「じゃあ、オレは先に行ってるから。二度寝すんじゃねえぞ」
 手を振ってから、背中を見せて走り出す。
「ったく、アイツは……」

 軽い足取りで去っていくトリニティの姿が、何故だか真紅の猫に見えた。

   ◇◇◇

 僕が荷物をまとめて広場に着いた時には、エリック先生の話が始まっていた。
「今回、残念な事に四名の生徒が戦闘で命を落としました。一人は……」
 エリック先生は痛々しい表情で静かに語る。
 今回の戦いは、ある意味自分の為に起きたものでもあるのだから責任を感じているのだろう。
 一番の責任者は、こんな危険な所に生徒を送り出した校長なんだろうけど。
「……との事でした。私たちは彼らの事を決して忘れないでしょう。私たちが覚えている限り、彼らは私たちの胸の中で生き続けるのです」
 そして、エリック先生は少し表情を明るくして続けた。
「今、こうして私の話を聞いている生徒の皆さんは、戦場を生き抜くだけの力を備えていたという事を自ら証明しました。それは、我が学園を卒業するのに必要十分な能力と言えるでしょう」
 その言葉にエリック先生の近くにいた他の教師達も頷いた。
「というわけで、教師の全員一致によって、ここにいる生徒全員に卒業資格を与えることに決まりました」
 生徒の間から歓声があがる。
「それでは、懐かしの我らが学園まで戻ることにしましょう。『ヘルメ』」
 来た時と同じように、そこにいた全員の足が緑色に光りだす。
「言い忘れましたが、一応帰るまでが試験です。あまりにも帰ってくるのが遅かったら、卒業資格を剥奪しちゃうかも知れませんよ」
 そう言って、エリック先生は一番に消えていった。
 おお、僕も早く行かなくては。
 出発の為に精神を集中させていると、後ろから肩をぶつけられた。
 振り向くと機嫌の悪そうな表情をしたテルミスが立っていた。
「何すんだよ」
「姉御の唇を奪った罰だ。しばらくはシェードと口をきかん」
 そう言って、先に行ってしまった。
 おいおい、僕は唇を奪われた側だぞ。
 そして、また誰かに後ろから肩をぶつけられた。
 振り向くとテルミスより更に機嫌の悪そうな表情をしたアリシアが立っていた。
「アリシアまで何なんだよ」
「あら、邪魔な野良犬がいると思ったら、シェードじゃありませんか。ごめんなさいね、公衆の面前で破廉恥な行動をするのは野良犬程度しかいないと思ってましたの。それで、見間違えちゃったのね。それでは、御機嫌よう」
 言うだけ言って、去って行った。
 ちょっと待てよ、あれは僕の意思じゃなかったんだぞ。
 諸悪の根源である赤髪の戦士は僕と目が合うと、わざとらしく顔を背けて、
「あ、オレも急がなきゃ」
 とか言って逃げていくし。
 まったく、お前らいい加減にしろよ。
「ちょっとは僕の話を聞けよっ!」
 僕は全速力で三人を追いかける。

 平和な日常に戻った事への幸福感を噛み締めて。 



   <終わり>
2005/03/01(Tue)17:30:45 公開 / 夜行地球
■この作品の著作権は夜行地球さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
とりあえず完結しました。分量的には大した事が無いので、前回の更新をもう少し遅らせて今回の分とまとめて更新すれば良かったかも知れません(苦笑)
 影舞踊さん>トリニティとアリシアのバトルは書けませんでした。すいません。トリニティはシェードの事をどう思っているんだろう、と作者が疑問に思ったり(笑)
 神夜さん>描写が減ったのは戦闘シーンになったからです。今回の作品では自分の苦手分野である戦闘シーンの描写技術向上を目指していたんですが、見事に失敗しました(笑)描写を馬鹿みたいに突っ込むだけの技量がありませんでした。トリニティが生かしきれなかったのは完全に構想段階でのミスですね。
 ゅぇさん>キスの部分は深くつっこまないで下さい(笑)『減る寿命も増える』の部分は修正しておきました。自分でも分かり辛いと思ったので。
 バニラダヌキさん>オチの部分で使うからその描写はいらないかな、と思ってカットしてあったのですが、やっぱりあった方が良かったみたいですね。一行だけですが、足しておきました。

 自分が連載を書き終えられるとは実は思っていなかったので、<終わり>の文字を書けて非常に安心しました。これも一重に感想を書いてくださった皆さんのお陰です。有難うございました。
 
PS.ジャンル分けが実装されたようなので、表示させてみました。
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