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『「最近の10代はここまでやさぐれていません。」 読切』 作者:笹井リョウ / 未分類 未分類
全角4067.5文字
容量8135 bytes
原稿用紙約13.65枚



















「なに?」
「なに? って…今寝てたでしょあんた。なんでそんな私別に寝てませんでしたよみたいな受け答えするのよ」
「寝てなかったもんっ」
「よだれ拭けよ」
 たくさんの人で埋め尽くされた体育館は、少しだけ寒かった。まだ、冬の小さなかけらがころころと転がっているようだ。もう雪の季節ではないけれど、桜の季節でもない。雪がしっとりと染みた土から、蛙がのっそりと這い出てくる季節だ。
「なにそれ。もっときれいな表現はなかったの」
「なんであたしの回想読んでんのよ」
 今日は、岐阜県立西中学校の、卒業式だ。
 体育館の壁には、今年の三年生全員が書いた絵葉書が、ところせましと貼られている。色とりどりに彩られた絵葉書に書かれたそれぞれの詩は、読むたびに恥ずかしさを増す。窓から差し込んでくる冬の終わりを告げる光が、それらを神聖に照らし出しているところがまた恥ずかしい。
 まっすぐに並べられた椅子には、正装した生徒たち、そしてその生徒たちよりも泣く気まんまんの保護者たちが腰を下ろしている。気合を入れた服装が神聖な光に照らされて恥ずかしい。
「すでにハンカチを目の下に持つな」
「なによ」
「ごめん、あの保護者席の一番前の列の右から三番目の奈美悦子みたいな人に言っただけ」
「あっそう」
「冷たいなぁ有希…前からそうだよね、あたしが生徒会長のことが好きだって打ち明けたときだってさ、有希はあたしの話をぜんぜん聞かずに携帯でメールなんか打っちゃっててさ」
「よだれ拭けよ」
 もうすぐ、始まる。突如、そんな予感が私たちを包んだ。ざわついていた空間が、ぴりりとした独特の緊張感を帯び始める。先生が厳かな雰囲気で、隣の先生に耳打ちをしている。今日このあとどうします、いい店予約してありますけど。あーでもワタシ今日あの子ォと約束があるんですわぁ。おっ柏木先生、あの子ってもしかして前の忘年会のときにいた、
「違う。そんな話をするために耳打ちをしているんじゃない」
「またー勝手に人の回想読まないでよ有希ってば」
「あんた回想って言ってるけどさっきからぼそぼそ声に出てるよ」
「やばいじゃん」
「今気付いたことがやばいわ」
「始まるよ、静かにしてよ有希」
「…腹立つ」
 校長先生が壇上に立った。いつもより綺麗に着こなしたスーツと、いつもよりまた趣味の悪くなったネクタイ。短い首に、それを必死に巻いて必死に気取っている。私はそんな校長先生が好きだった。小学校のときから同じ、校長先生。知らないところで私達の生活を支えてくれていることを、私は知っている。
「たとえば校庭の草むしり」
「っ突然なによっ!」
「トイレそうじ」
「…何いってんのよ…」
「壊れた掃除道具の修理」
「…よだれ」
「もう拭いた」
 私達の全校生徒数は、かなり多いと思う。三年生だけで八クラスもあるため、時間的にも一人一人に卒業証書をこの場で授与するわけにはいかないらしい。そのため、クラスの代表者が一人だけ壇上にのぼり、全員分の卒業証書を受け取る。生徒一人一人の返事という最大の山場であり恥でもある部分をこのような形で切り取ってしまったことは、生徒にとって親にとって悲喜こもごもである。
 私は、読み上げられる代表者の名前を聞きながら、この三年間のことを思い出していた。辛いこともたくさんあったけど、その分楽しいことはそれ以上に返ってきた。生きることは辛いけれど、同じくらい素敵なことなんだということを、私はこの場所から学んだ。支えてもらえれば支えたし、傷つけられれば傷つけた。そのような自然のいとなみを、だけれど不器用な人間にはうまくできないことを、私達はこの場所から学んだ。
 壇上にあがった代表者を見る。足が震えている。緊張しているのだろうか。肩も震えている。すでに、涙を流しているのだろうか。
「…いろんなこと、思い出すね」
「うん。有希も?」
「もちろんよ。あんたは何を思い出す?」
「…」
「ないんだ」
 卒業証書、授与。校長先生の野太い声が聞こえる。背中には、冷たいカメラのシャッター音が突き刺さる。
 代表者たちは、次々と卒業証書を受け取っては、壇上から去っていく。そして担任に証書を渡し、元の席に着く。担任に証書を渡すときの担任の顔を、私は見ている。目に泉を浮かべて、うん、と大きく頷いて受け取る先生。頭にぽん、とてのひらを置く、こういう場面に不器用な体育教師。様々な想いのかたちが、そこにはあらわれているのだ。
「あたしにだって思い出すことくらいあるよ」
「突然なによ」
 壇上の上には、いつのまにか生徒会長が立っていた。
「あたし、有希に生徒会長のこと好きだったって言ったじゃん」
「うん。言った」
「その人に関しての思い出がね、あるんだ…有希には言ってなかったかな――」


 ◎


「決めた! あたし、告白するよ!」
 未波は、小さなこぶしを空に突き上げて言った。まだ太陽がじりじりと暑い季節のことだった。
「告白って…あの生徒会長に?」
 雲を突き破らんばかりの未波のこぶしを見ながら、真由はあきれたように呟いた。
「そう! あたし、あの生徒会長・菊地宏樹に、告白する!」
 そういって未波は、肩にかけられていた黄色いタスキを取り、はいっと真由に渡した。今まで同じ駅伝のチームとして頑張ってきた分だけ、そのタスキは重くなっている。
 菊地宏樹とは、この学校の生徒会長のことだ。顔よし頭よしスポーツ万能と三拍子そろった男である。
「あれ? でも未波…」
 真由は、そのタスキをたたみながら少し遠慮深そうに言った。
「確か菊地宏樹って、付き合ってる彼女がいるんじゃ――」
「言わないで! それは言わない約束だよ!」
 未波が耳を塞いでそう言うと、私はあなたとそんな約束をした覚えはない、と言い捨て、真由は集まった十本のタスキを持って先生のところへ走っていってしまった。
 未波と真由は、陸上部に所属している。小学校のころから「足が速い」ということだけしか通知表に書かれていなかった彼女達なら、当然の選択だろう。彼女らは迷わずに陸上部に入った。そして、「高橋尚子って確か岐阜の出身でしょ。なら私も高橋尚子よね」などとわけのわからないことを言いながら二人は長距離を走ってきた。二人は、同じ駅伝チームのメンバーでありながら、長距離走者としての良きライバルでもあった。
 三年生の夏といえば、部活引退の季節だ。二人にも、最後の大きな試合がもうすぐに迫っていた。
「――っていうかっ」
 顔を洗ってきたのだろう、首にタオルを巻いて真由が帰ってきた。少し濡れた前髪が、太陽に照らされてきらきらと光った。
「未波、もうすぐ最後の中体連だってのに、そんなことに気を回してるヨユーあるの?」
 そう言いながら真由は、ほいっ、と言ってポカリスエットのペットボトルを未波に投げつけた。さんきゅ、と言って未波はそれを受け取る。
「大丈夫、そのへんはちゃんと考えてあるのよ」
 未波はごくり、と喉を鳴らしながらポカリスエットをからだに流し込むと、一息ついてから言った。
「あたし、決めたの。次の中体連の一五〇〇で一位獲ったら、菊地君に告白する」
 未波の目は、まっすぐだった。
「そしたら、部活だってがんばれるじゃんっ。――あっ、でもだからって、真由、手加減なんていらないからねっ」
 未波は、そういって、真由の方を見てにっこりと笑った。白い歯が、真由にまぶしかった。
「手加減なんてしないんだから! 泣いても知らないよー」
 真由は、からになったペットボトルで未波の頭をたたいた。
 未波は空を見た。
 あたし、絶対真由に勝って、一位になって、菊地君に告白する!
 絶対、する!


 ◎


「――あたしは全力を出した。最後の大会で。必死に必死に走ったの」
「…」
「いまでも鮮明に覚えてる。風が強い日だった。辛かったわ」
「…」
「トラックを走るもんだから、向かい風と追い風の両方にぶつかって、ペースが乱れるのよ」
「…うん」
「そして、あたしは、念願の一位を獲った――…」
「ねえ、真由。…未波って誰よ…」
「知らないの? 有希。三年C組の石坂未波だよ。私と同じ陸上部の」
「…あんたが告白した話じゃないんだ…」
「手加減なんてしてやらなかったわ。だってそのとき菊池と付き合ってた彼女ってあたしだったんだから」
 気がつけば壇上では、生徒会長が答辞を読み終えていた。
 隣の席の女子は涙を流していた。その隣の席の女子も泣いていた。前の男子も項垂れている。ななめ前の男子は、その隣の男子の背中をゆっくりと撫でていた。生徒会長の答辞は、そんなにも涙を誘うものだったらしい。あぁ、あの体育教師まで泣いている。
 私は生徒会長の答辞を聞かなかったことをひどく後悔していた。
 壇上では、来賓の方々の話が始まっていた。来賓の方が、おめでとうございます、などという言葉を祝辞の中で述べれば、卒業生は頭を垂れる。何度も何度も繰り返される動きでも、涙を流しながら行う生徒達を見ていると、その動きさえも神聖に思えてくる。在校生だったころは、全く聞いていなかった来賓の方々の話。だけど今こうした立場で聞いてみると、ぐっと胸にこみあげるものがある。
 体育館の中に転がっていた冬のかけらは、窓から差し込む光よってすでに溶かされていた。太陽が南中高度に近づくにつれて、春色をしたあたたかな光の断片が体育館にあらわれはじめた。
 生徒達から溢れ出した雫で、体育館の床はきらきらと光っている。光の断片がその雫に溶けこんで、体育館に春の香りを帯びさせる。その香りには、人間が生きる上で必要とされる全ての感情が凝縮されていた。
 きらきら光る、生徒達から溢れ出した雫。
 私は今日この学校を、卒業する。胸に込み上げる感情。
 体育館の床は、きらきら光る。
 ここにいる全員の生徒たちの涙で。
 私からも、こぼれてくる雫で。
 そして、真由の口から、垂れる雫で。
「よだれ拭けよ」












2005/01/04(Tue)22:59:27 公開 / 笹井リョウ
■この作品の著作権は笹井リョウさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。ごぶさたしております、笹井です。新年あけました!おめでとうございます!
笹井はこの作品で今までの読者を全て捨てる気でしょうか。なんなんでしょうこの作品。でも一度書いてみたかったのですすみませんすみませんお許しください(黙れ
個人的にはものすごく書いていて楽しかったですね。読みきりじゃなく、有希と真由をもっともっと書いていたい気分になりました。ちなみに真由と菊地はすぐに別れました(ぇ
笹井ももうすぐ卒業です!こんな卒業式だけは勘弁って感じで書きました。最近の10代はここまでやさぐれていませんので、ご安心を。
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