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『12月26日0時2分』 作者:渚 / 未分類 未分類
全角3975文字
容量7950 bytes
原稿用紙約13.45枚
「ジングルベール、ジングルベール、ランタンタン、タタン……」
「なんだそりゃ」
「歌詞覚えてないんだもん」
「すーずーがー鳴るー、だろ」
龍は呆れたように笑った。白い息が町のイルミネーションをかすませる。マフラーに顔を鼻までうずめてぶるっと身震いをする。寒い。あたしは冬が好きだ。でも、寒いのは嫌い。
「うー、寒ぃ」
龍もあたしと同じようなスタイル。コートのポケットに手を突っ込んで体を縮めている。おそろいみたいでなんだかうれしくて、ぴょんとジャンプする。ブーツのかかとがコトッと音を立てる。着地するときに冷気が下からさあっと頬を撫でる。その冷たさに思わず体を縮める。
「うー、冷たー」
「なにやってんの?」
「えへへぇ」
「なんだよ」
「何でもなぁい」
「変なヤツ」
こういう一瞬が好き。あ、おそろいだ、うれしいな、ジャンプ、みたいな。はぁと。なんちって。
「どっか座ろうぜ。足疲れた」
「えー、なさけない」
「一体何時間待ちぶらぶらしたと思ってんだよ。朝の9時からだぜ?もう10時だし」
「でも、あたしは疲れてないよ」
「綾と一緒にすんな」
なんだかちょっと悲しい。あたしは龍といるだけで心が弾んじゃって、それと一緒に体も弾んじゃって、ちっとも疲れてない。龍はそうじゃないんだ。
「…綾?おーい、綾」
「へっ?あ、ごめん、何?」
「喫茶店かなんか入ろうぜ。寒ぃ」
龍はポケットに突っ込んでいた手を出してあたしの手を握った。少し前を歩いて、あたしを誘導する。あたしはぱっと立ち止まった。龍が不思議そうにあたしを見る。
「どうした?」
「ううん、ごめん、ちょっと待って」
あたしは急いで手袋をはずした。そして、またいそいそと龍の手を握る。龍はさらに不可解、という表情をしている。ま、当たり前だけど。
「…なにそれ?」
「何でもなぁい。ほら、早く行こうよ」
龍はしばらくあたしを見ていたが、やがて少し首をかしげて前に向き直った。あたしは急にご機嫌で、スキップしたくなるのをがんばって抑えた。あたしは龍の手が大好き。骨ばってて、大きな手。すごく安心する。
人ごみの中をあたしたちは冷たくなった手を握り合って歩いた。クリスマスの商店街はカップルであふれてる。人の波の中はなんだか、すっぱいにおいがする。この中でたとえはぐれても、きっとあたしは龍を見つけ出すだろう。彼に引かれていく。磁石のNとSみたいな関係。
5分ぐらい歩くと、商店街の広場のような場所に出た。人ごみの中から出ると急に寒くなって、あたしたちは同時に肩をすくめた。が、あたしの目はあるものに釘付けになっていた。
大きなクリスマスツリー。きらきら光る飾りがいっぱいしてあって、暗い街に明かりを放っている。あたしは龍の手をぐっと引っ張った。
「何?」
「ねっ、龍、あそこ座ろう」
「へつ?」
「あのツリーのした!!」
龍はいったんツリーに目を移して、ちょっと顔をしかめた。
「あそこじゃ寒いじゃん」
「我慢だ、我慢」
「別にあそこじゃなくたってさー」
「何言ってんの!!今日はクリスマスでしょ、もう明日にはツリー片付けちゃうんだよ?そしたら来年まで見れないじゃん!!」
「まーそうだけどさー……」
「やだぁ、あそこじゃなきゃ嫌!!」
ただをこねだしたあたしを見て、龍は小さくため息をついた。
「…了解、お姫様」
「やたっ」
あたしは龍の手を引いて走り出した。龍がわっと声を上げたのが聞こえた。ツリーの根元には囲いのようなものが会って、あたしはそこに腰掛けた。少しおくれて龍もそこに座る。真っ白い二人の息が重なる。二人で顔を見合わせて、なんとなく笑った。
「ね、クリスマスってさ、キリストの誕生日なんだよね?」
「うん」
「どんな人だったのかな」
「さあなぁ。すごい人だったみたいだけど」
あ、と龍がつぶやいた。
「そういえば、キリストは馬小屋で生まれたらしいぜ」
「えー、ほんと!?」
「ああ。よく覚えてないけど」
「ふーん…っくしゅん」
小さくくしゃみをしたあたしの肩を龍が抱き寄せた。二人がぴったり寄り添う形になる。
「さむいね」
「今からでも喫茶店行くか?」
「ううん。ここがいい」
「そうか」
それからあたしたちは、なんとなく黙り込んだ。たまにこういう沈黙が訪れる。でも、別に嫌な沈黙じゃない。
龍の手が肩に触れている。彼の吐息を感じる。
こんな風にクリスマスを過ごしている人は、この世に何人いるんだろう。自分の好きな人が、自分のことを好きでいてくれることは、すごく幸せだと思う。オーバー、なんて思うかもしれないけど、それはホントのこと。もし龍を失ったら、あたしは泣くだろう。心が割れてしまいそうな位泣くと思う。それぐらい、彼の存在は大きいのだ。「綾」という人間をかたどっているピースの中で、龍は一番大きなピースかもしれない。
一際冷たい風が吹いて、ぞくっとする。隣で龍も同じように動いた。
「寒い」
「うん、寒ぃ」
「ね、コートの中入れて」
「へ?」
龍の返事を待たずに、あたしは彼のコートの片側をめくってもぐりこんだ。フリースのコートの中は龍の体温でほんのり暖かい。あたしは龍の胸に顔をうずめた。大好きな、龍のにおい。
「えへへぇ」
「なに笑ってんの?」
「あったかい」
「ん。ぬくい」
「ね、龍」
「ん?」
「あたしさ、あと2分早く生まれればキリストと同じ誕生日だったんだ」
「ああ、26日生まれだったな」
「うん」
あたしは腕時計をみた。もう11時半を過ぎている。
「そういえば、去年の綾の誕生日にケンカしたな」
「ああ、したね」
あたしはくすりと笑った。ほんの些細なこと。龍はあたしの誕生日を忘れていた。後でちゃんとくれたんだけど、あたしの機嫌はなかなか直らなかった。まだ付き合って半年ぐらいで、しかもあたしは、その前の彼にこっぴどく振られてた。人肌恋しくて、新しくできた恋人が愛しくて仕方なかった。それなのに裏切られたような気がして、悲しかったのだ。でも、今はそんなことない。肌で感じられる。龍があたしのことを思ってくれていることが。
「まだ付き合って1年とちょっとしかたってないんだね」
「ああ。もっとたった気がする」
「いろんなことしたね」
「うん、した」
「初めてデートしたとき、あたしお財布落としたっけ」
「そうそう。半日ぐらい探した」
「あれ見つかってよかったよー」
「夏祭りで、初めて手つないだ」
「覚えてる」
覚えてる、鮮明に。ふっと差し出された手。ぽかんとしてたら、龍は真っ赤になってうつむいてた。不器用にその手を握って、歩いた夏の日。恥ずかしくて、お互いに黙ってた。家に帰ってからも、龍の手の感触がずっと残ってた。
「俺、あれすんのすんげぇ勇気いったんだぜ」
「あはは、まっかっかだった」
「どういう風にすればいいのかわからなかったしさ。でもなんか、今やらなきゃだめだ、ってなんとなく思った」
「あ、あたしあれも覚えてる。観覧車の中で、初めてキスした」
「ああ、懐かしい。あれもかなり勇気いった」
「その前に飲んだココアの味がした」
「マジで?」
「うん」
なんか照れくさくてうつむくと、ふっと龍の腕時計が見えた。12月26日0時2分。あっと声を上げる。
「龍!!」
「どした?」
「今、あたしの誕生日だ!!19年の前の今、あたしちょうど生まれたんだ」
龍は腕時計に目を落とした。
「あれ、もう日付変わってんじゃん」
「ねっねっ、龍!!」
「わかったわかった、ハッピーバースデー」
ふっと、視界が何かにさえぎられ、唇に何かが当たった。それが龍の唇だと気付くのにちょっと時間がかかった。3秒ぐらいで龍は離れた。
すごくうれしくて、あたしはちょっと伸び上がって龍の冷え切った頬にキスした。ひんやりとした感触と、龍のにおいを感じた。
「えへへぇ」
「お前、その笑い方やめろよ」
「えー、だって、うれしいもん」
「…まあ、それなら良かったけど」
うつむいて照れてる、龍の横顔。うつむくと睫毛がかかって、少し陰のある顔になる。そういう表情が、好き。
龍はカバン中から紙袋を取り出し、あたしの目の前に突き出した。あたしがきょとんとしていると、りゅうはにやっと笑った。
「クリスマスと誕生日のプレゼント。今年はちゃんと覚えてたぜ」
「わあ、ホント!?ありがと!!」
紙袋をひったくるように龍から受け取り、早速開ける。中から細い銀のチェーンに十字架がついたペンダントが出てきた。
「やーん、かわいい!!」
「俺お前の趣味わかんないから適当に選んだんだけどさ。気に入った?」
「うん、めっちゃいい!!」
「そうか、よかったよかった」
ペンダントを袋に戻し、大切にバックにしまう。龍を失えば確かに悲しむだろう。でも、時がたつに連れていい思い出として胸に残る、そんな気がする。
「…さて、そろそろ帰るか」
「うん。うー、寒い」
「だから喫茶店行こうって言ったのに」
「えー、ここに方がロマンチックじゃん?」
「…まあいいや」
龍はあたしの手を握ってまた人ごみの中に入っていく。またすっぱいにおいがする。あたしはぎゅっと彼の手を握り締めた。あたしの心が、体が、龍が好きだと叫んでる。どんな人ごみにまぎれても、きっと見つけ出せるだろう。キリストも、誕生日には大好きな人と、こんな風にあったかく過ごしてたんだろう。そう思うとなんだか、キリストに愛着がわいてきて、天国のキリストに、お互いがんばろうぜぇ、と語りかけた。
「えへへぇ」
「また笑ってる。それやめろって」
「いいじゃん」
「ま、いいけどさ」
「ね、龍」
「何」
「大好き」
「そりゃどうも」
「えー、なにそれ、つめたーい!!」
「お前、唐突過ぎるんだよ」
龍はおかしそうに笑い、また前を向いて歩き出した。あたしはまたなんだかご機嫌になってきて、ぴょんと飛び跳ねた。


2004/12/26(Sun)00:49:51 公開 /
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんわ。
何かクリスマスにまつわる話が書きたかったんですが・・・。あんまり関係ないですね;しかも短い;
今のあたしは、こんな風に一緒にすごす彼がほしいです。毎年クリスマスはロンリーなんで;;


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