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『読み切り;名前なんていらない』 作者:金森弥太郎 / 未分類 未分類
全角1077文字
容量2154 bytes
原稿用紙約3.6枚
 「安倍清明はかく言う。
 『名前、それに捕らわれればまた名前も存在を縛る呪となる』
俺たちはこの水の惑星に存在する一つの有機生命体。
名前、それはその有機生命体を個別に識別するための暗号に過ぎない。
そうだろ?」
ある作家は、編集者に向かって力説をはじめた。
 「そもそもさ、俺たちの作品は名前で決まるのか? 違うだろ?」
編集者はあきれたような口調で言った。
 「名前が無ければ、どうやって商品を選ぶんだよ?」
 「存在さ、つまりその内容を見て判断するんだよ。ほら、漢文でもあるだろ?」
編集者はため息混じりで言った。
 「ああ、虎の名前を借りたネズミの話か……。それがどうした?」
 「名前が厚くても中身が薄っぺらならダメなんだよ。だからこの作品には、名前なんていらねえ」
編集者はため息混じりで、自分の額に手を当てる。
一時間も前からはじまった意味の無い論争。
その理由は、この作家が書いたマンガだった。
内容は恋愛もので、タイトルさえつければ立派なマンガとして出版できる物だった。
だが、タイトルが思いつかなかった。
 「なぁ、ラブ姫なんてどうだ?」
 「本当にいってるのか、それ? 違和感ありありだし、姫なんて出て来ねえよ」
こんな調子の論争から発展したのが、今の問答であった。
編集者は今日がクリスマスイブということもあり、イライラしはじめていた。
 「どうでもいいから、さっさと決めりゃいいだろ?」
そう投げやりなことを言われても、作家自身どう決めればいいのかが分からない。
候補は頭の中にたくさんあり、有力候補となるものさえあった。
だが、どれもこれもこのマンガには似合わないのだ。
時計の針は二人しかいない部屋の中で、カチカチと時を刻んでいく。
暖かかったコーヒーも、すでに湯気は立ち上っていない。
灰皿には編集者が吸った煙草のゴミが五本分転がっていた。
知恵をしぼってもいい名前が出てこない、困ったな……。
そう考えていると、編集者はあっと思いついたように言った。
 「お前、さっきなんて言ったっけ?」
 「え、安倍清明が」
 「違う、俺が虎とネズミのを言った後さ」
作者は首を傾げてから言った。
 「……名前なんていらない、か?」
編集者はそれだ!と叫んだ。
 「この本のタイトルは、『名前なんていらない』だ!」
 「よし、それで決まり」
編集者は早速タイトルが決定されたことを部下につげ、家へと帰っていった。
その翌日、その本は「名前なんていらない」というタイトルで売り出された。
その作者が背表紙にかいたメッセージはこうである。
 「本当の恋愛に、名前なんていらない」
2004/12/24(Fri)21:20:59 公開 / 金森弥太郎
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■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
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