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『くだらない話だけれど(読みきり。注:暗いです)』 作者:さかきかず / 未分類 未分類
全角4376文字
容量8752 bytes
原稿用紙約14.8枚

 ※注意
 物凄く暗い話です。

 文章は全てさかきかずの空想です。

 真に受けないで下さい。
 リスカとかそう言うのを嫌悪している方は、すぐに引き返して下さい。

 苦情が来たらすぐに消します。
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 震える刃物が少年の拳に、ギュっと握り締められている。
 剃刀、と言う奴である。
 その怪しくぎらぎらと光る得物は、今まさに少年の左腕に喰い込み、動脈を引きちぎろうとしていた。
 なんて。
 本当に、それを使う勇気なんて、出るはずが無い。
 そんな勇気があれば、とっくに学校へ行って、事の原因を殴り飛ばしているんだろう。
 リストカットの真似事なんて、始めたのはもう何年前だったろうか。
 すっと掠らせた事はあるものの、血が出たことなんて、二度くらいしかない。それも少量だ。
 少年――山部拓郎は、一つ頷くと、カタンと剃刀をバスタブのふちに置いた。
 白くて綺麗なその腕は、ここ最近、日焼けなんてした覚えがない。
 握り締めていた拳を広げれば、短い指と、なんとも形の良くない掌。

 拓郎がこんな精神状態に陥ってしまったのは、クラス全体での苛めが原因だった。
 集団で殴る、蹴るは勿論のこと。
 教科書はズタズタに引き裂かれ、制服など二度と着る事が出来ないほど、汚れていた。
 トイレに閉じ込められるのは日常茶飯事。クラスメイトと、まともに口をきいたことなんて、あったかどうか。
 ……そうだ、リストカットを強制的にさせられたこともあった。思えば、あれが第一回目だと思う。
 本当に切ってしまうところだった。直前に、問題になると思ったのか、止められてしまったけど。
 世間一般的に考えれば、かなり悪質な方だと思う。
 親にはとっくに知られているし、何度も担任に相談した。
 帰ってきた言葉?
「気のせいよ」
「その程度のことで……」
 担任には、『その程度』で済まされてしまった。
 母親も、世間体を考えて、警察には行きたくないそうだ。
 普段から疎まれていたけれど、引き篭もってからはそれ以上にひどい仕打ちをも受けた。
 食事を抜かれるなんて当たり前のこと。
 対人恐怖症となった拓郎は、コンビニにも行けず、昼にのみ出される食事で生き延びている。
 やせ細った体が、痛々しいくらいだ。
 これも立派な虐待だ。
 そんなことを考えながら、浴室から出た拓郎は、ぼんやりと冷めたご飯を口に入れた。
 




 年々、自殺をする人は増えていると言う。
 自分も何時か、その中の一人になるのだろうか。
「拓郎、あんた、明日こそ学校に行きなさいよ。それから、アタシ久美子ちゃん達と遊んでくるから、ママがパチンコ行ったら、洗濯物取り込んでおいてね」
 部屋に突然入ってきた姉の康子に、早口で何時もと同じ文句を言われて、時計を見る。今日は土曜。朝の六時半。
 『休日』と言う感覚の無い引き篭もりには、土日など何の有り難味も無いのだが。
 姉の出て行った部屋、寝巻きのまま取り残されたが、着替える気にもならなかった。
 とりあえず、寝ぼけ眼のまま、一階へ降りてみた。勿論拓郎の朝食は用意されていない。
 そんなのは重々承知だし、どうせ出かけるつもりも無いので、一日の大半を過ごしている自室へ、引き返そうとした。
 だが、すぐに背後から怒鳴り声が聞こえ出した。
 母親の恵美が、キンキン響く高い声で、夫を罵っている。それも、『離婚』だの、『慰謝料』だのと言う単語が飛び交っていた。
 ――また浮気か。
 昨日の夜に帰って来なかった父親が、早朝にようやく姿を見せたらしい。
 もう若くない母親の体に飽いたのだろう。違う女と寝て、帰ってきたのだ。
 これもよくあることで、驚いた様子も無く、拓郎はリビングを後にする。
 そんな状況でも、少しも悪びれる様子の無い、太った眼鏡の男の顔を思い出す。
 しかし、まともに話した覚えはここ最近ないので、上手くイメージする事が出来ない。
 結局諦めて、足音を立てぬよう、静かに階段を上がって行った。
 一階では、未だ金切り声が響いている。


 十数分後。
 ようやく口論……と言うよりは、恵美の一方的な罵言が収まり、静かになった。
 母親は許している訳ではない。ただ、やはり面倒ごとは起こしたくないのだ。
 もう慣れた事。毎回、こうだから。
 父親の浮気は、一度や二度じゃない。こんな光景、何度となく見た。
 最初は必死になって止めていた姉も、無駄なことだと悟って、何も言わずに家を出て行った。
 父親は全く相手にしていないし、母親も、これからの人生を案じて、別れるつもりもない。
 今の所、この家は大丈夫だ。見た目は。
 ただ、お互いに尋常じゃないくらいのストレスを溜めている事は、嫌でも想像がつく。
 父――正和の態度は、神経を逆なでするし、恵美のヒステリックな叫び声は、相手にしていないとはいえ、耳に残らない訳じゃない。
 こう考えると、彼らは自分より危なっかしいんじゃないかとすら思う。何時か包丁でも持ち出しそうな勢い。


 そんな中、康子はまともな性格の持ち主だった。
 親とですら、まともに会話をしない拓郎だが、康子だけは『姉』、そして『家族』らしい態度をとってくれる。
 それが見せかけだけでも、救われると言うものだ。

 今日は、一日中本を読んでいよう。本と言っても、漫画本なのだが。
 読み飽きて、くすりとも笑えなくなった、擦り切れたページ。
 新しい物を買いにいこうにも、外に行くことすら怖い。他人の視線が恐ろしく、まともに歩く事が出来ない。
 床をごそごそと探ると、見つけたのはハサミ。
 何でこんな物が落ちているんだろう、とも思ったが、興味が無くなったので、それを放り投げた。
 あんなのでは、肉は切れない。
 拓郎が求めているのは、自分を楽にさせてくれる刃物。
 長い時間、酸素に触れて、酸化してしまった物には、頼れない。
 とりあえず、楽な死に方がしたいから。
 馬鹿馬鹿しい。如何して死ぬ時まで、苦しまなければならないのか。安息と言う時は、訪れないのか。
 部屋にいる間すら、不安に取り付かれることがある。夜中に一人で泣くのも、日常茶飯事。
 はぁ、と一つため息を吐くと、拓郎はもう一度漫画本に視線を戻す。


 
 何時の間にか、眠りこんでしまったらしい。時計は四時を回っていて、昼食すらくいっぱぐれた事に気がついた。
 だが、食べなければ死ぬだろうか、とぼんやり考えたまま、起き上がれない。
「洗濯物、取り込まないと」
 小声でそう言うと、上半身だけ起こそうとする。だが、体が言う事を聞かなかった。
 何となく、だるい。熱があるのではないかと、机の引出しから体温計を取り出す。
 無理を言って、姉に買って来て貰った物だ。なるべく、母親の手は煩わせたくない。
 父親との問題のはずなのだが、余計な一言が矛先をこちらに向けさせることになる可能性がある。
 熱があるのなら、黙って寝ていよう。無いのなら、洗濯物を取り込んでしまおう。
 ピピ、と音が鳴って、画面を覗き込む。数字を読んで、愕然とした。
 八度七分。平熱よりも二度高い。
 七度くらいなら、素直に眠りこけるつもりだったが、結構ある。
 ふらつく身体を起こし、何とか立ち上がる。寒気がした。体が熱いせいだろう。
 少し大きな音を立て、階段を降りていく。
 だが、朝のような騒がしさは無く、ただ無意味な静寂のみが広がっていた。
 父親は二階でいびきをかいているし、母親は出掛けていると思う。姉は、当然友達の家。


 とりあえず、身体を冷やさなければ。汗でべたべたと張り付く寝巻きが気持ち悪い。
 シャワーを浴びてしまおう。
 そう思い、浴室まで、重たい身体を引き摺るように歩いた。


 キュ、と蛇口を捻ると、ザーと水滴が勢い良く地面にぶつかる音がした。
 体中の汗を流していくと、ふいに何かが光った。
 昨日使った剃刀が、まだバスタブのふちに残っているらしい。良く、誰も不審に思わなかったものだ。
 手に取ると、何時もと同じように左手の手首に当ててみた。
 今日は、何だか物足りない。熱のせいだろうか、体が浮いたような気分だ。
 次に、右手から左手に剃刀を渡してみた。そして、ゆっくりと右の手首に食い込ませる。
 どんどん力を込めていくと、とぷ……と傷口から赤い玉が現れだした。
 ギリギリ……ギリギリ……。
 そんな音がすると共に、食い込ませた部分が赤い線のようになった。
 もう一度、ぐい、と深く沈ませれば、一気に血が溢れてくる。
 ああ、なんだ。こんなひょんなことで死ねるのか。
 朦朧とする意識の中。出しっぱなしのシャワーのおかげで、見る見る内に浴室は赤く染まっていった。
 恐ろしい程に真っ赤。痛みは、何故か感じない。
 死ぬ寸前、左手の人差し指に赤い液体を塗りつけると、壁に文字を書いた。
 水で薄まっているし、シャワーも出しっぱなしなので、すぐに消えてしまうだろう。
『家族』、『友達』、『幸せ』。
 全ては、自分の欲しい物。
 


「それでさ、うちの弟死んだのよ」
 ファーストフード店で、康子がハンバーガーにかぶりついていた。
 目の前にいるのは、彼女の親友の久美子だろう。
 まんまるの目と、少し下がった眉が子供らしい印象を持たせている。
「え、何で?」
 その目が、軽く見開かれた。
 楽しそうに語る口調と、話のギャップに少し驚いたらしい。
「それが、自殺。アイツ、引き篭もってたし、話題に出される度に憂鬱だったのよね」
 顔を顰めてそう言うと、シェイクのストローに口をつけた。
 その間も、笑い話のように進んでいく会話。
「うわ、薄情」
「あんたもじゃない。でもスッキリしたわ」
「あはは、サイテー。お父さんとかお母さんは?」
「ママがさ、可笑しくなっちゃったんだって。だから離婚したの」
「ええー、アンタどっちについてくのよ」
「当然パパ。新しいママができるかもしんないし、家でのぶりっ子疲れたし」
 もう一度口をつけたストロー。康子がその味に違和感を持つ。
 妙に鉄くさいそれを飲み込むと、ぎょっとなった。
「何、これ」
 すぐに口を離すと、シェイクのカップはガタガタと一旦揺れたと思えば、赤い液体を吹きだした。
 それはまるで、拓郎が死んだ日の浴室のように、店内を赤く染めていく。
 ガタガタと震えだした久美子は、その場から立ち上がれなくなり、康子は既に気を失っていた。
 店員が駆けつけても、赤い液体の勢いは止まらない上、その血がガラス窓にゆっくりと文字を書き始める。
『家族』、『友達』、『幸せ』。
 拓郎が浴室の壁に書き綴った言葉が、そのまま現れたのだが、勿論そんなことは誰も知らない……。





2004/12/03(Fri)21:45:24 公開 / さかきかず
■この作品の著作権はさかきかずさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今晩は。随分ご無沙汰になってしまいました。
前の作品が明るすぎたので、今度は暗めにと思っていたのですが、普通に暗すぎました。
なんと言うか、どん底です。

とりあえず、私は、自殺やリストカットは否定してます。止めた方が良い、絶対楽になんかならないと思います。

苛められた子の気持ち、分かって上げたいです。
ふいに書きたくなるのは、分かってあげたいからなんでしょうか。
でも、何だか報われなさすぎました。
幸せにしてあげたかったけれど、ハッピーエンド主義者ではないので……。

それでは、長くてすみません。これにて。
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