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『[短編] Dark』 作者:覆面レスラー / 未分類 未分類
全角6191文字
容量12382 bytes
原稿用紙約23.15枚
 
 ぼくはきっと君の笑顔を見ても、もう笑えない。
「わたし、時貞クンのコト大好きだよ」
 そんな純粋なセリフに照れたり、もうできない。
「ほら見て、お弁当作ってきたんだよ」
 君から向けられる想い全てが、心を削っていく。
「時貞クンはさ、わたしの事、好き?」
 
 大好きだったよ。
 世界ノ全テノナニヨリ。
 君に恋して、生まれて初めて胸の痛みと至上の幸福感を味わった。
 君の笑顔を想い、君の声を想い、君の心を想う僕は、君さえ側に居てくれれば他に何もいらなかった。
 君は僕のすべてだった。
 君さえいれば何も必要なかった。
 僕の心は君への想いに支配されていた。

 君の本当の姿を見てしまうまでは。

        
               †

 
 冬が終りを告げ、春が到来し、夏に移り変わりゆく季節の谷。
 陽が暮れるのが次第に遅くなり世界の昼夜が反転し始める頃。
 黄昏の日差しを受け止めた授業風景は、やけに色褪せていた。
 僕が生きている世界はいつのまにかセピア色に染まっていた。
 空が茶色で、雲は薄茶色。
 人間は総じて、焦げ茶色。
 他愛無い文学を論じている教諭の声音はフランス語の発音に似ていた。
 私語をばら撒く級友達の群れは無数の羽虫が奏でる共振音に似ていた。
 僕はさっきからずっと、胸の奥底にドロドロ渦巻く感情と現実を行ったり来たりしている。
 君への怒り。
 君への嘲り。
 君への罵り。
 君への謗り。
 君へのやるせなさ。
 自らの不甲斐なさ。
 自らの臆病さ。
 自らの矮小さ。
 自らの卑怯さ。
 自らの陳腐さ。
 負の感情が、行き場を無くして内臓と骨と筋肉と皮膚の隙間の暗闇で無限サイクロンを形成していた。
 飲み下した感情論を現実に嘔吐しそうだった。
 死の選択肢を選べない現状が酷くつらかった。
 死を選びこの世から迅速に消去されたかった。
 生の意図が見出せない明日を待つ意味は無い。
 この授業が終われば空冥に向かって飛びたい。
 けれどそれだけの選択肢すら選べそうに無い。
 僕は死にたい癖に生きることに執着している。
 
 それは何故?
 弱いから?
 
 そう。
 弱いから。

 おそらく君を殺したのが自分だという現実すらも受け止めず、一生見えない触れない罪の意識を背負いながら道の上に佇んでいるのだろう。
 君を殺した罪業すらも含めた運命を放り出し、その場で野垂れ死ぬまで眠っていたかった。
 どうせ物理法則に従って流れる時間の中、風化しない思いだけを抱いて僕は動けないのだ。
 やがて老いて死に、空虚な記憶の迷路から解放されて何一つとして残らない。それだけだ。

 今となっては、後悔の漣がイデアの深海から吐き出された一縷の波となり、海馬の水槽に戯れ堕ちていく。

 僕はなぜ君の本当の姿を見てしまったんだろう?
 僕はなぜ君を追い詰めたんだろう?
 僕はなぜ君を

 ――殺してしまったんだろう?

 
               † 
 

 あの日は夜明け前から空に世界の終末色を描いた雲間を裂いて、雨が降っていた。コンクリートの灰色を緩慢に侵食する青い雨が隙間無く世界を濡らしていた。人は皆、気休めに傘を差した処で濡れてしまう状況に煩わしさを覚え、天恵に対して一、二毒を吐いていた。だが、そんな多勢にとって憂鬱なる世界に置いても、君という存在を有していた僕の心は浮き足立ち、躍っていた。波状を残し、アスファルトに吸い込まれ溶ける雨滴の湿った匂いでさえ、素晴らしく綺麗なものに見えていた。
 心底、愚かで居られた。
 芯から無知で居られた。
 そのまま、静かに生きたかった。
 そのまま、静かに逝きたかった。
 愚かな人間は、決して愚かなまま居られなかったとしても。
 君を失ってしまうような愚かさは、不必要も甚だしかった。
 僕は偶然の岐路に立っていた。
 おおよそ誰も知りえない運命。
 天秤にかけられた天国と地獄。
 そんな両極端な運命が待ち受ける事実を知らなかった僕はなんとなしに地獄の道を選択していた。
 あの曲がり角で近道をしようと思い立ち、曲がってしまわなければ僕は何も知らないで居られた。

 何も知らないということは幸せだ。
 知らなければ感情は沸き起こらないから。

 だが、僕はあの曲がり角を確かに右に曲がり、君の姿を視界の切れ端で捉えてしまう。
 君は――
 君は……

 
               †
 

 世界がうっすらと僕から乖離していく。
 僕は僕自身の感情がもたらす化学反応で、現実世界の自分の青さが消えていく。
 消えかけた僕の目に映る景色は既にセピアからモノクロに色褪せていた。
 教師が黒板に書いた文字の羅列も最早意味を為していなかった。
 音が消え、静謐に満たされた現実は現実らしくなかった。
 僕が座る椅子がノートと教科書を広げた机ごと木目の床に沈んでいく。
 底なし沼の様にずぶずぶと。
 教室の片隅の床にごろりと無造作に転がった僕の首だけが世界との接点になりかわっていく。僕はそれでも君の存在へ想いを馳せていた。

      
               †

 
 僕が見た君は、けばけばしいピンクで彩られたホテルの壁面の向こうに消える姿だった。
 僕は目の前にある現実が現実かどうか確認するまでもなく、君だと脳で直感していた。
 頬にかかる冷たさで、傘を持っていた手がやんどころなく垂れ下がっていることに気づく。
 君がどうしてそこに?
 僕は疑問への対処も煩わしく、その場から駆け出し、君が消えた壁面の向こうからガラス張りのロビーを覗き込んだ。
 そこには君の横顔と君に付随する人物が並んでいて、壁に向かって立っていた。
 やがて手続きを終えた、君に腕を回した白髪混じりの背広姿が君とともに廊下を曲がるようにして消え。
 閑散。
 静寂。
 平穏。
 それだけが残った。
 僕の胸に荒れ狂う感情の嵐を置き去りにして。
 ザンザ、ザンザと外で風鳴る雨音は一層酷さを増していた。

 
               † 
 

 僕はまだ生きている。
 僕の首の周囲でクラスメイトの首が伸びて、折れて、縮んだ。
 僕の首は置物の様に挿げられたまま微動だにせず、空気と混ざり合うだけだった。
 蝿が固まったような影が忙しなく教室中を飛び交い、モノクロの室内から一つずつ、消えていく。
 やがて最期に僕の影も室内から消えた。
 消えた影は彷徨いながらも一歩、また一歩と高く高く空に近づき、重い鉄の扉を開いた。
 そこには、世界の果てまで血を零したような夕暮れが街のミニチュアを鮮やかすぎない心地よい闇で染め上げていた。
 ここからなら、君に想いが届くかもしれない。
 僕は空と地の接点を結ぶフェンスに掌を掛け、君に思いを届けようと君の存在について過去の記憶を抉り始めた。

 
               † 
 

 雨の日。
 黒い、雨の日。
 僕は携帯から君に連絡を入れ、夜の公園に呼び出した。
 目的は一つ。
 君の行為について質問するだけ。
 それだけだった。

「時貞クン。こんな夜中にどうしたの? 電話じゃ言ってくれなかったから多分話しにくいことなんだろうけど、親にコンビニに行ってくるって言ってあるだけだから、あんまり長くなると困るんだけどな」
 な、と語尾が上がる喋り口調。
 可憐で愛らしく囀る、君の唇。
 僕は幾度、接吻を重ねたろう。
 そしてそれは僕の知り得ない場所で、幾度穢されたのだろう。
「僕は、見たんだ」
「え? いま、何て」
「僕は、見た」
「見たって――何を」
「何を、か。何を、ね。あはっ、あははっ」
 夜の公園の街頭の灯りですらも僕の心と同じ色に、どす黒く染めたかった。
 僕は馬鹿だ。
 僕は道化だ。
 僕はなんだ。
 一体、君のなんだった?
「君が何をしたのか? それを僕の口から言わせる? ひどい奴だね」
 こんな予定調和は早く終わらせたかった。
 多分、悪夢だ。
 一生、醒めない悪夢。
 水溜りのサーフィスが、樹木の葉から零れ落ちた滴で波打った。
 酷く、殺伐とした気分だ。
「じゃ、言ってやる。僕はホテル街で君を見た」
 口から吐き出されるのが呪詛ならまだ救われたのかもしれない。
 傷つけるための言葉が、君だけを撃ち抜くならまだしも――
「愛じゃセックスはできなくても、金さえあればできるんだ?」
 僕は自分の口から放たれる君を傷つけるための言葉にすら傷ついていく。 
「なら、『幾ら』払えばいいんだよ」

 君は全身を震わせて顔面を蒼白にしていた。
 息が詰まりそうなほど、血が昇る光景だった。
 人らしく人な観念が、子猫や子兎の皮を剥いだものを被り、滴る血液と脂肪に塗れて立っているような。
 君の存在が嘘と肉でできた塊にしか見えなくなっていた。
 僕は財布から十枚の万札を取り出して君に差し出した。
「ほら、これでやらせてくれるんだろ?」
「なに、いってるの……わ、わたし……そんな……」
「なに? そんなことしてない? それともそんなつもりじゃない?」
「う……うぇっ……うぅぅっ」
 ボロボロと大粒の涙が君の瞳から溢れ出す。
「興醒めだ」
 シニカルなもう一人の自分が、僕の背後に立っていて、僕を指差して嗤う。興醒めなのは、お前の方だ、と。
 君に逢えばこのどす黒い気持ちが少しは癒されるかと思ったけれど逆効果でしか無かった。
 僕の足元で水溜りにひざまずいて泣きじゃくる君の姿は僕にとってはもう――所詮、自分に付随しない世界に渦巻く物質の一つでしかなく、袈裟切りに降る雨滴と同じ物体に成り下がっていた。
 世界の構造すらも呪ってしまいそうだ。
 知らなくてもいいものを知らないふりし続けることが出来ない構造。
 偶然とは名ばかりの断続的な不幸の連鎖で成り立っている構造。
 僕の心から君という存在を消去させてしまう構造。
 俯くと、足を崩してへたり込む涙目の君が僕を見つめていた。
 赤く濁った瞳の揺れが僕に言葉を促している。
 それはおそらく赦されるための言葉。
 人は人に赦されながら生きていることをどの生物よりも良く知っている。
 だから赦しを求めた。
 穢れた君は。
 穢れを僕の手で払ってもらうために。
 僕が架した罪の意識から赦されることを僕に求めている。
 鬱陶しい。
 僕は自らの心象風景を一括りの言葉にまとめて吐いた。
「死ねよ」
「…………、――…………ぇ?」
 慟哭。
 君の瞳が忙しなく、ブレる。
「死ねって」
「……――?」
 悲壮。
 君の顔色が、白くなっていく。
「消えろ、って言ってるんだ」
「  」
 静謐。
 君は無表情に青ざめた顔を翻すと、水溜りを跳ねあげて僕から走って遠ざかっていった。 
 その後姿を見送りながら、僕は僕自身の最低さに安堵していた。
 ここで僕はどうしても君とは決別しておかなければならなかった。
 時間が経過し、君の本性に対する想いが風化して赦されもせず赦しもせずに置いておかれた関係は、君から僕への愛が瓦解した瞬間、破綻する。
 破綻した関係は徹底して互いを傷つけあうだろう。
 そんな結末しか待っていない未来を惰性で繋げておく意味は無い。
 僕も不幸。
 だけど
 君も不幸。
 否。
 人と人がすれ違い擦れあう限り、真の幸福などは得られやしない。
 二つの固体が一つになろうと幾ら足掻こうが、結局同一化されることはない。
 飾り、隠し、欺く。
 ヒトは一人で生きるからこそ、安寧から繋がる真の幸福が得られる。
 だのに、幾千年も歴史を重ねてきた上でそんな単純極まりない結末を恐れ、忌避しているせいで。
 世界は依然として救われないまま泣いている。
 幾千、幾万の涙で地表を濡らしながら。
 そして、その事実に気づきながらも社会の枠を外れ、確固たる一人として生きれない僕は、僕自身の人格が崩壊していく日を、無為に生き永らえ、首を長くして待ち続けているだけなのかもしれない。

 
              † 
 

 屋上から眺めることのできる、黄昏に瞬く星の群れは綺麗だ。
 夜のカーテンで閉じられた街が眠りをいざなっていた。
 僕は佇んで、血が飲み干された跡に黒ずんだ山々のシルエットを眺めている。
 踊る風が僕の頬を撫で上げながら通り過ぎていった。
 校舎周りの木々がざわざわと音を立てて靡いた。
 
 ――さぁ、もう少しだ。

 僕は果てに向かってフェンスをきつく握り締め、君の最期を思い出す。

 
               †             
 

 携帯が鳴ったのは日付が変わった真夜中だった。
 君からだった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………わたし」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………どうすれば」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………さよなら」

 その一言の余韻を残し、通話が切れた音が繰り返される。
 僕は閉じた目蓋を開いて、月明かりを漏らす空を見上げる。
 白い雲の色をした三日月が、煌々と夜に戯れていた。
「さよなら」
 その月に向かって、僕も言う。
 君も、きっとこんな夜はあの月を見上げている筈だから。

               †


「さよなら……ね」
 僕は背丈より少し背の高いフェンスを掴むと、一気に飛び越して向こう側の縁に降り立った。足を踏み外し、転落しそうになったが不思議と怖くなかった。
 さよなら。
 あの、君が吐いたさよならの一言は僕に向けられていたものではなかったのかもしれない。
 僕ではなく、誰かに。
 誰かでもなく、全てに。
 全てではなく、自分に。
 君自身が導き出した答えはそれだったんだろう。
 僕に赦してもらうしか、穢れを取り除くことは出来ないのに、僕に赦して貰えなかったがために、自らの手で自らの罪を赦す結末を選択したのか。
 それは、分からない。
 その不理解さは、「僕の全てが君だった」と幾度口にしようとも、言葉で想いが埋まることは無い様にも似ていて――人が人である限り、僕が僕である限り、君が君である限り、誰もが誰もを理解できないという事実だけを思い知らせてくれる。

 フェンスに凭れて、僕は虚空の闇を睨んだ。
 地上の星と天空の星に挟まれた僕も今、誰かから一つの星として映るのだろうか?
 いや、と思い直して微かに嗤う。
 僕は誰にも見えない、星でしかない。
 生れ落ちた躯に生命を宿す間は、夜の海原に浮かぶ星々のように輝ける宛など無い。

 でも、それが僕で。
 これからも、僕だ。
 
 これから先、誰を愛そうとも頑なに思わなかったとして。
 これから先、呆気無く自殺という忌避は選ばないとして。
 これから先、言葉で他人を殺害する事がなかったとして。
 これから先、暗い部屋の隅に座り込んで微動だにぜずに、
 生きていたとしても。

 僕は僕として、暗闇を見つめながら生きていこう。
 光が差さない場所にも、やがて最終章はくるから。
 此処で一人佇んでいてもやがて夜は来るのだから。
 先の見えない終りという闇が帳を落とすのだから。

 この道を行き着いた先がいつか、夜のシジマで覆われてしまうまで――
2004/11/24(Wed)12:31:19 公開 / 覆面レスラー
■この作品の著作権は覆面レスラーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
実験的作品第一号。やっちゃった的作品とも言いますが。最近書いていた、ノーマルな恋愛短編のアンチテーゼとして、出来ちゃったので、取り合えず公表。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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