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『Nostalgia』 作者:時里 / 未分類 未分類
全角1125.5文字
容量2251 bytes
原稿用紙約4.6枚
 凍てついた風が吹く
 冷たい香りが髪にからんだ
 苦しいほどに懐かしい
 雪の香り
 故郷の風の、冬の香り




「ただいまぁ」
 だれもいない室内に挨拶をした
 もちろん応えが返るはずも無く、開いたドアからの風が小さくカーテンを揺らしただけだった
 静かな部屋
 外の喧騒は嘘のようで、物悲しい雰囲気がある
―――帰りたいな
 真白き花に閉ざされた町
 美しく咲き誇った花々は、その冷たさとは反対に心を暖めるようだった
 だが、今はそれも無い
―――バカみたい
 閉鎖的な町から出て、外の世界を見たいといったのは自分自身
 今悔やんでしまっては、必死に出ていくなと止めた母に申し訳がない
 だが、悔やまないではおれないのだ
 新たに得た物は、失った物に勝はずも無く
 失った物を、この手にとり返すすべも無く
 ただただ、あがくのはもう、疲れたかもしれない
―――雪……
 真白き六華に抱かれて目を閉じたい
 降りしきるその花弁に身を任せ
 穢れが消えてゆけばいい
 暖かくなれば、きっと私は無垢だろう

 冷たい風が、髪を揺らした
 その風は、確かに私が知る物で

 コートも着ずにドアから飛び出して、そこに見た
 無垢な花弁が、ひらひらと舞い落ちる様を
「六華……」
 雪、その異称を六華という
 結晶を花に見たて、六弁の花とする
 ひとひらが、私の手に落ちた
 熱を受けて掌を滑り落ちる
 その水滴を地面まで追わぬうちに、次の雫が手に落ちた
 それは、六弁を作る事もなく、はたはたと広がっていった
―――『雪解けは、自然現象でしょ?』
 友人の声が遠く聞こえる
―――『いいのよ。きっと、春は泣きなさいって季節なんだから』
 くすくす、と彼女は笑った
 今、頬を流れ落ちる涙は、雪へのよろこびか、故郷への哀叫か
 春まで待ちきれない思いが溢れ出た


 凍てついた風が吹く
 優しい声が混じって聞こえた
 苦しいほどに懐かしい
 雪解けのせせらぎの音
 故郷の川の、春の音


『雪解けは自然現象でしょ?』
『え?』
『私しか見てないわ、泣いちゃいなさい』
 優しく笑んだ顔、今でも忘れない
『いいのよ。きっと、春は泣きなさいって季節なんだから。
今泣かないで溜め込んでおいたら、後が続かなくなる。それは、私、いやよ。』
 ぽん、ぽん、と頭を叩かれて、溜め込んでいた気持ちが溢れた


 六花の優しさに包まれて
 暖かい春陽に照らされて
 思いを川に流しましょう
 溢れる物をだしきって
 春の流れに涙を乗せて

 故郷の冬
 冷たい風は、六花を運び
 凍った大地に、花を咲かす

 故郷の春
 暖かな春陽は、六花を運び
 凍った川に、息吹をかける

―――・・・帰りたいよ
 六花に抱かれた懐かしい故郷へ





Nostalgia=郷愁
2004/11/21(Sun)18:55:14 公開 / 時里
■この作品の著作権は時里さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして。
ドキドキの初投稿です。
この物語がほんの少しでも皆様の心に触れられたなら幸いです。
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