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『「父」』 作者:柳城卓 / 未分類 未分類
全角2867文字
容量5734 bytes
原稿用紙約10.4枚

 「父」

 ずっと、あなたの背中を見てきました。
 ずっと、あなたのそばにいました。
 
「棗くん、棗くん」
 その声ではっとした。ギシッと、俺の座っている椅子が音をたてた。
 振り返ると、そこには血のつながらない姉、麻紗子がいた。
 俺は、不意に俯く。
「夢でも見ていたの? …瑞希君が来てるわよ」
 俺は、コートかけにかかっているジャンバーを引っつかみ、思い切り引っ張った。コートかけが、少しぐらぐらとゆれた。
「ああ、わかった」
 そう一言言ってから、俺はジャンバーをはおり、ボタンを留める。パチ、パチとその音だけが部屋に響く。
「―あの…」
 麻紗子が口を開いた。
「もしかして、まだあのこと気にしてる?」
 パチ…。俺の動きが止まった。指が動かない。二人の間に沈黙が流れる。
「どうだって、いいだろ」
 ぶっきらぼうに、言った。
 俺は、ボタンを留め終えると、さっさと部屋を出た。気まずかった。
 麻紗子は、階段を下りる俺の姿を、ただじっとみているだけだった。
 階段のカーブ地点。玄関を見ると、玄関にちょっと長めの髪の、女顔の男がいる。俺の親友、瑞希だ。
「棗!」
 ひらひらと、片手をポケットに突っ込みながら手を振る瑞希。
 俺は慌てて階段をおり、靴を履いた。
 そして、かかとを踏んだままでようとする俺に対して、瑞希はこういった。
「駄目だよ棗。靴はちゃんと履いていかなくっちゃ」
 ――まったく、しっかりした奴だな。
 本当に、瑞希はいい奴だ。
 ノートも見せてくれる、いつも一緒に遊んでくれる。俺が先生に怒られていたときもかばってくれた。
 ――だから、俺は瑞希を馬鹿にする奴を許せない。
 いつも、「やあい、やあい。女の子みてー! ギャハハハ」と同じクラスの男子達に言われていた。
 そのたびに、瑞希は黙りこくる。
 でも本当は…。怒りでいっぱいなんだ。でも、それをおさえているんだ。…すごいと思わないか?
 それでも、瑞希のことを馬鹿にするヤツラに、バン! と机を叩いて立ち上がった。そして、俺はこういってやった。「瑞希は、瑞希だろ」。
 近くの女子達も、皆目線をこちらにむけている。
 すぅっと、息をすってから「今度瑞希を馬鹿にしたら、俺が許さねえ!!」と、大声で言った。
 それ以来、男子達が瑞希をからかうこともなくなった。
 ――あんなこともあったっけな。今はその思い出に浸っている。
「…つめ。な・つ・め!!」
 瑞希の声ではっとした。
「何ぼうっとしてたの? 早くしなきゃ、バスに遅れるじゃん。そしたら、映画にも遅れるよ。ほらほら、早く!」
 ドンッと、瑞希が俺の背中を押す。俺は右足をとっさに前に出した。
「さあっ、行こう!」
 俺の手をぐいぐいと引っ張る瑞希。足がほつれる。…ちょ、ちょっと待て!
「うわあっ!」
 俺は前のめりになった。瑞希と手が離れる。そして、コンクリートのでこぼこ地面に、「顔面着地」したのである。
「うわああああっ、棗ええ!」
 俺は、救急車のサイレンで目を覚ました。
 
 目を開けた。
 そばで瑞希が泣いている。
 そばで麻紗子も泣いている。
「ごめん、ごめんね…棗。ぼ、僕のせいだ。て…手を、引っ張ったりしたから。う、ううう。あああっ!」
 泣き崩れる瑞希。それを麻紗子がなだめている。
 俺は口に走る痛みを我慢しながら言った。
「みうき…の、へいや…ない…。おえのひゅういぶほく…」
 ――なんてこった。口の中が切れてやがる。痛くてまともにしゃべることすらできない!
 とかなんとか思っていたら、今度は頬に激痛が走った。一番出血がひどいらしい。どくどくと生々しい暖かさが顔を伝っていく。
「患者さんは病院に搬送されます。ご家族のかた、お乗りください」
「はい」
 麻紗子、お前には来てほしくない。
 ――なぜかって?
 それは…
 
 記憶は、そこで途切れている。
 俺が次に目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。
 顔全体に包帯が巻いてある。それを指で触る。
 二百…八号室?
 ――今すぐこの病室をでたい。
 第一感想がこれだった。
「フン…いい気味ね?」
 といいながら、入ってきたのは麻紗子だった。 
 長い髪を得意げに揺らしている。
 ファサ…。
 カーテンが風になびく。棚においてある花の花弁が、すこし揺れた。
「だって、あの人と同じ怪我、同じ病室なんだもの。…ねえ?」
「…………」
 俺は、唯一見える右目で麻紗子を睨み、そしてベッドにもぐりこんだ。
「それに、あなたは「あの人」が嫌いだったでしょう?」
 自慢げに、話す姿。いやだ、いやだ…。みたくない、みたくない…。
 キュ、と目をつぶり、ふとんを頭からかぶる。
「…なによ」
 明らかに、瑞希の前でとは違う態度。
「お父様に気に入られてたのは、自分だって言いたいの? ほめられたことも、遊んでもらったこともないくせに…」
 目を見開いた麻紗子。
 このことになると、変わる。
「お父様に気に入られてたのは、この私よ! 本庄麻紗子、いえ…秋原麻紗子よ!」
 ホンジョウマサコ。
 このうちに来る前の、麻紗子の名。
 アキハラマサコ。
 このうちに来た後の、麻紗子の名。
「お父様が、お父様が怪我をしたのも、全てあんたのせいよ! 私の幸せ返してよ、ねえ、私の幸せ、返してよ! お父様を返してよ!」
 ――わかってるよ。
 父さんに気に入られてたのは、麻紗子だって。
 父さんが愛していたのは、麻紗子だって。
 わかってるんだよ…。
「あんたのせいで、私の幸せ壊れちゃったんだから!!」
 ――オレノ、セイ?
 違う、違う…。
 俺はただ…
 
『父さんに人として認めてもらいたかっただけ』

「ねえ、母さん。どうして父さんは、僕のこと嫌いなの?」
「それはねぇ…」

 母の笑顔は覚えています。
 父の笑顔は…、まだ知りません。
 どうすれば、このあり地獄からぬけだせますか。

 本当は、本当は…。
「愛してた?」
 はっとした。
 瑞希の声、だった。
「お父さんのこと…ごめんね。話、聞いちゃった…。聞くつもりは、なかったんだけど」
 しょんぼりと、瑞希は俯く。
「父さんさぁ…」
 瑞希の顔がこちらを向く。
 俺は布団から顔を出した。
「俺が5歳のとき、事故にあったんだよ。そんでさ…、顔に大怪我負って、入院。でも、当て逃げで発見遅れたから、結局…助からなかった」
 瑞希の顔から、どんどん元気がなくなっていくのがわかる。
「その事故ってさ…俺をかばったからなんだよ。ボールを追いかけていった俺を…押して…代わりに、自分が逝っちゃったあ」
 涙ぐんでるのがわかる。あえて、瑞希のほうはむかないようにした。
「麻紗子に、とられたくなかったのかなあ…今でも、わかんねえよ」
 包帯が、少し濡れた。
「麻紗子さんも、悪気はなかったと思う…。本当に、お父さんを慕っていたんじゃないかな」
「…………」
 風が吹いた。
 

「それはねぇ、愛し方がわからないからなのよ」

 大きな背中、暖かい手。
 あなたは子供を愛せますか?
2004/11/04(Thu)20:55:21 公開 / 柳城卓
■この作品の著作権は柳城卓さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
また読みきりです…。
でも、前の小説よりは長くなったと思います。
まだまだ未熟ですがよろしくおねがいします。
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