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『青空の下、僕らは今日もここにいる。』 作者:紅汰白 / 未分類 未分類
全角6246.5文字
容量12493 bytes
原稿用紙約19枚
 ある日私がいつも行く浜辺に行くと、大口の瓶が一つ、転がっていた。中には今となっては使われない、時代遅れな携帯電話のようなものが入っていた。今時珍しいボトルレターだろうか。
 ――ただ静かに時の流れから突き放されている。静かすぎて、自分で突き放されているとは気づいていないんだろう。
 こんな言い方をするから、『あんたは詩人ね』、と言われてしまうのだろう。ただそれはもう癖となってしまっているわけで。
 瓶を持って、振ってみるとガンガンガン、と音を立てて中の機械が揺れる。質量が重くなければ、こんな音はしない。本物だ。
 私は瓶の口を開け、中の機械を取り出した。機械は携帯電話などではなく、ボイスチェッカーだった。
 スタートボタンを押すとサーサーというノイズ音とともに、人の声が吐き出され始めた。


序章 『駅で、マンションで、お好み焼き屋で』

「走れー、ミコ」
 うっさい、そう思いながら、あたしは駅の階段を物凄い勢いで駆け下る。
「女の子にこんな重いもんもたして何が早く走れや。そっちも持て、ユーキ」
「あれえ?ミコは男女平等主義やなかった?」
 今すぐにこの荷物をぶん投げるかもしくはこの荷物を置いてここから跳び蹴りをくらわすか。あたしは五秒ほど考えてやめた、馬鹿らしい。どっちにしろあたしのほうにもダメージが来るし。
「荷物配分、なんであたしのほうが重いものばっかなん?」
「しーるかー」
 ……そうだ、この荷物で殴って、ダウンしたところに蹴りを入れてやる。
 あたしは一瞬本気で考えた。そう考えた瞬間、今までえらそうにしてたユーキは、
「わわ、殺気出すな殺気」
 あたしは今、物凄く大荷物だ。大型の肩掛旅行鞄を両肩から、手持ち式の旅行鞄を両手に一個ずつ、首からはお金とかが入った小さな肩掛が一つ。合計五つ。
 多分、周りの大人は『なんだこの娘は、家出か?』と思うだろし、そして、その感想は半分あたりで半分はずれ。
 何故って、あたしを『育ててくれてる人間』から見れば家出で、あたしを『創った人間』から見れば任務だから。……あたし勘解由小路美呼(かでのこうじみこ)を、というよりも真横に突っ立っている――なんでこいつはバックパック一つとウエストポーチ一つですんでるの?――函青悠耀(かんせいゆうき)を創ったのは、もちろん神様なんかじゃない。
 そもそも神様なんてその昔この惑星を支配していたらしい、でも自分たちの不始末の戦争でほぼ絶滅した(今はもう絶滅している)『地球人』がよりどころとするために作り出した偶像だ。そんなものにあたしたちみたいなものを創れるはずが無い。
 あたしたちを創ったのは、科学者達だ。物凄く偉い人たちで、というかこの人たちがいなければあたしたちもいないんやけど、放射能まみれになったこの惑星を綺麗にして――それでも住めない地域が多くて、今は十二の区画にしか人は住めない――、あたしたちの住んでた星から持ってきた植物とか、動物とか、そしてあたしたちの曾々々々々々々お爺ちゃんにあたるくらいの人がこの星で生きれるように遺伝子改造を施して。
 そして、あたしたちウィル・チルドレンが創られた。ウィル・チルドレンはあたしたち人類がこの惑星でまともに生活をし始めてから二百年記念にとここ、Jピース地区で十年かけて千人創り出された特殊能力所有存在だ。Jピース地区の人口は一億と少しと聞くので、この割合は意外と大きい。
 今度あたしたちが引っ越すことになったのは、Jピース地区で一番大きい湖“ビワコ”を所有する、『シガケン』の首都、大津市だ。しかもメインストリートではなく、そこに行こうと思ったら国鉄の新快速で五分くらい揺られないといけない駅の傍。
 目の前に広がるのは“ビワコ”ではなく、その支流の瀬田川。
 それを始めて聞いたときあたしは重い気分になったけど、まあ任務ということだし、否定する権利も持ってないんで。

 だけど、これから出会うことになる同居人があたしとまったく違う考えだったんで、あたしは自分の力を押さえ込むのに少々苦労した。


 その部屋から景色を見たら、誰もが最初にこういうだろう。『水だ』と。
 俺、狄塚 実風(いづか みかぜ)はそんな部屋に引っ越した。全十二区ある居住区域の極東に位置するJピース地区で一番大きな湖、『琵琶湖』を臨む(的確に言うならば、唯一流れ出ている瀬田川だが)そのマンションは、4LDKの大型部屋。そして、研究所の所有物だ。
 冬はもうとっくに終わっているが、春と言うにはまだ早い気もする。だが瀬田川から吹いてくる風は、確かに春のそれだった。
 玄関の前で、幼馴染のササ(本名はとても長く、菊芙路 砂亞瑳という)がネームプレートをつけようと四苦八苦している。ネームプレートには、
『狄塚 実風(いづか みかぜ)
 菊芙路 砂亞瑳(きくふじ さあさ)
 勘解由小路 美呼(かでのこうじ みこ)
 函青 悠耀(かんせい ゆうき)』
 と書かれている。ルビが丁寧に振られているのは、知らない人じゃないと読むことが出来ないから。
 ちなみに全員同い年、つまり今年で中一。さらに言えば勘解由小路 美呼、とか函青 悠耀なる人物とは一度だって会ったことが無い。
 何故そんな人間達と一緒に暮らすのか、俺達は実は分かっていない。ただ、一緒に暮らせといわれただけで、拒否権を持っていない。
「ミゼ、ミゼ、届かない」
 ササが困ったような声で俺を呼んだ。
「背、ちっちゃすぎるだろう。お前」
 ササは本当に小さい。俺が確か百六十と少しで、ササは百四十くらいだから。だから並ぶとササは胸辺りまでしか届かない。『まだまだこれから伸びるもん!』とササは言うが、女の子は胸にとられると聞くし(これを言ったらササにアッパーを食らわされた。背が小さいからあまり見えなかったんだ。くそ)、はなただ疑問だ。
「そうだ、ササ。今日の夜ご飯何する?それともなんか作る?」
 ササには届かなかったが、俺には余裕で届いた。やはり二十センチは大きい。
「えとね、管理人さんにこのあたりで美味しいって評判のお好み焼き屋さん教えてもらったの。ちょっとだけならいいよね?」
 いいよね?というのは、研究所の科学者共に渡されているお金はたいした金額じゃないからだ。そんな贅沢できる金額じゃない、という意味だ。
「ま、お好み焼きくらいなら」
 そんな高いものじゃないだろう。お好み焼きが一枚二千円するとは思えないし。
「あ、でもこの後来る人……」
「遅いあっちも悪いんだし。それに、そのお好み焼き屋って、『鳳凰堂』の前にあるとこだろ。地図かいときゃわかるって」
 『鳳凰堂』とはこのあたりで一番大きい複合型スーパーで、商店街の中にある。しかし明らかに利益は『鳳凰堂』一つに吸収されていて、野菜を買っていたおばさんが商店街に出てみたらお店で野菜を売っていた。


「おいしー!」
 じゅうじゅう、と音を立てて大きな鉄板の上でお好み焼きが焼けている。はたから見てもふっくらしていて、食べてみると口の中でソースと素材の味が交じり合って本当に美味しい。
 こんなに美味しいお好み焼きは、初めてで、私は思わずそんな声を出していた。
「うん、結構美味しい」
 そういったミゼのぶっきらぼうな一言が最高の誉め言葉だと知ってるのは、多分私だけだ。
「早く食べないと焦げるよ」
 甚平を着て他のお客さんのお好み焼きをひっくり返しながら、快活な笑みを浮かべたおばさんが言った。鉄板は熱が入ったままなので、確かにこのままじゃ焦げるだろう。
「はい」
 もふもふと口の中で熱さで四苦八苦してると(ミゼは少々冷たい目で私をちらちらと見ながら、それでもおいしそうにお好み焼きを食べている)、自動扉がガーッと開き、偉そうにふんぞり返った女の子が入ってきた。後ろには、ひょろりとした男の子が。多分どちらとも私達と同じ歳だ。
「あんた達が狄塚実風と菊芙路砂亞瑳?」
 女の子が、外見と同じく偉そうに聞いてきた。


「そうですけど……」
 おそらく砂亞瑳って子の方が控え目に立ち上がった。
「ちっちゃ……」
 僕は気づかない間に思わず呟いとって、
「女の子の背に突っ込んだら駄目や、ユーキ」
 背が高すぎるのがコンプレックスのミコが遠くを見るような目になった。
「なんだあんたら」
 おそらく実風のほうが睨みながらこっちに聞いてきた。その声からは、敵意が込められている。 
「ああ、あんたらの同居者や。僕は函青悠耀。こっちの偉そうな背たっかいのが勘解由小路美呼」
「だから背のことには触れんな」
 ミコが僕をどついた。
「あんたら何してんの。何同居者ほっぽといて仲良うお好み焼き食べてんの?」
 喧嘩を売るようなミコの口調。それでも今はまだ落ち着いてるほうだ。何故って、その手にはまだ“羽”が握られてへんから。
「なにってお好み焼き食べてんだよ。遅いそっちが悪いんだろう?」
 そう言って、おそらく実風(と言うかこいつが砂亞瑳なんてメルヘンチックな名前やったら嫌やけど)が立ち上がった。胸はってるように見えるのは、多分ミコよりも背がちっこいから。
「ちょっとくらいはまちいや。こっちは昨日まで神戸で任務やっといてたんや。報告受けてへんかったん?」
「研究所の科学者共の言葉を聞く気なんてないし」
 実風がなるたけ背が高く見えるように、背伸びもし始めた。
「……科学者、『共』?」
 ミコの声が明らかに温度を失った。
「今あんた、なんて言った?」
「お前耳聞こえないのか?研究所の科学者共の言葉を聞く気なんてない、って言ったんだよ」
「あんた、自分を創った人たちに対する敬意ってもん、もっとらへんの?」
「そんなもん持つくらいなら、死んだほうがまし」
 お好み焼き屋の人たちほとんどがこの言い争いを見ている。周りの人から見たら、『研究所って何だ』と言う気分なのだろう。ウィル・チルドレンは重要機密の一つだから。
「ミゼ、落ち着いて。――あのミコって子、完全にきれてる」
 砂亞瑳のほうが手を上に伸ばして、実風の肩を掴んだ。
「そう、死んだほうがいいんだ」
 静かに、穏やかに、ミコが言った。
 ――やばい、きれとる。
 ミコはどのウィル・チルドレンよりも科学者連中に敬意を持っている。罵られたら、どのウィル・チルドレンよりも怒り狂うだろう。そしてミコは人を傷つけることが出来る力を持っている。
 ミコの手にはいつの間にやら純白の“羽”が収まっていた。屋内だというのに、風がそこに集結するように吹き始めている。
「落ち着き、ミコ。こんなとこでやったら、研究所の科学者様に迷惑がかかる」
「でもユーキ」
「あかん。研究所の記憶消去にも限度がある。力を使った記憶は消せん」
「…………」
 ミコが無言で“羽”を手放した。“羽”は空気中に溶けるように消えた。
 取り敢えずは、助かったちゅうことか。この二人。



 四人でお好み焼きを食べ終わって、そして清算を済まして――店を出る時、ユーキって男の子が研究所に電話して、記憶操作をお願いしてた――、私達は家路を歩いている。
 いくら春とはいえ、夜風は冷たい。風は優しく私達を撫でて、どっかに行ってしまう。
「第二ラウンドでもやる?」
 左に折れて、Jピース地区第一区立道路の高架下に移動した時、ミコって言う女の子――背はミゼより高い。羨ましい――がからかうような口調で言った。
「…………」
 ミゼは物凄く下らなそうな表情を浮かべ、フッと笑った。
「遠慮する」
 遠慮する、って言ったけど、ミゼの力は戦うのに向いてない、て言うよりも戦えない。まだ私のほうが戦えるかもしれない。
「あら、遠慮するじゃなくて『嫌だ』、じゃない?『ミゼ』」
 他人にはあまり使われたくない愛称を使われて、ミゼは目を細めた。
「まったく、あたしが同居者の力を調べないほど馬鹿な女とでも?」
 ごめん、じゃあ私馬鹿です。
「馬鹿で悪かったな」
 私がそう思ったのと、ミゼが楽しそうに目を細めたのはほぼ同時だった。

 
 ミコと実風は一食触発といった雰囲気やったけど、二人とも性格が似ているらしく、すぐにどちらとも引き下がった。
 たぶん、ミコも『ミゼ』も怒りやすいくせに、すぐにその怒りが冷めてしまうタイプなんやろう。
 別に研究者連中の悪口を言われても、僕はどうとも思わんけど、ミコが起こる様なことはして欲しない、それが本音やった。
 だから誰かが研究者連中の悪口言ったら、僕も体裁だけは起こってみてる。
 ミコはそういうとこ鈍いから、今んとこばれてへんけど、いつばれるかと思ったら冷や冷やもんだったりする。
 高架下は冷たい風が吹き抜けてて、心地良かったけど、はよう帰りたかったんで左に折れて、マンションに向かった。
 これから二・三年は住むことになる、我が家へ。




第一話 『入学式で、仮入部で、我が家で』


 何でこの校長はこんなに張り切ってるんだよ。
 腰に手を当てて、頑張って正面を見据えながら狄塚実風(いづか みかぜ)は心中だけで文句を言った。多分この文句に唯一気づいているだろう幼馴染、菊芙路砂亞瑳(きくふじ さあさ)を見ることは、出席番号の都合上出来ない。幸いなのは、同じクラスになったことだ――ただしこれは素直に喜べない。なぜならば、同じウィル・チルドレンである函青悠耀(かんせい ゆうき)と勘解由小路美呼(かでのこうじ みこ)も同じクラスだから、そしてこれは研究所連中の差し金だろうから――。
 既に女校長が話し始めて十分も経っている。恐ろしいことに、その間に女校長は息継ぎという生物にもっとも必要な行為をまったくと言っていいほどしていない。恐ろしい肺活量だ、と実風は呟いていた。
 女校長の話はこれからが山場らしく、砂亞瑳があと五分で倒れるだろう、と実風は一人考えていた。

 三分かぁ。つーかまさかこいつとは。
 実風は自分の計算の甘さに軽く舌打ちしながらも、砂亞瑳が倒れずにすんだことを喜んだらいいのか、まさか美呼が倒れたことに驚けばいいのか悩んでいた。
 実風が砂亞瑳が後五分で倒れるだろう、と考えてから僅か三分後、美呼が急に倒れた。
 美呼が運ばれたのは保健室。広い部屋の壁に一段へこんだ所があり、その中に二台置かれたベッドの左側に眠らされている。右側には誰もいないので、実風、砂亞瑳、そして悠耀(ゆうき)は右側のベッドに腰掛けて、それぞれほぼ無表情に美呼を見ている。
 息が荒く、少々苦しげだが、何も“視えない”ので、まあ死ぬことは無いだろうし、それにどうやら人を傷つけることが出来る力を持っているらしいので、『副作用』がきているのだろう、実風はそう判断した。
 が、やはり苦しそうな人間が側にいるとこちらまで気分が重くなる。
 砂亞瑳のほうなんかはその“感情”に押しつぶされかけている。
 美呼の『苦しい』という“感情”と、悠耀の美呼を『心配』する“感情”。そして、実風と悠耀とそして自分自身の『不安』の“感情”。
 その三つが合わさった時の“感情”は、あれを“視る”自分が感じるのと、本当に“感じる”砂亞瑳が感じるのでは重みが違うだろう、そう実風は考え、あえて砂亞瑳に冷徹に聞こえるように、こう告げた。
「お前がいても何もかわんねーから外でとけ、うっとおしい」

               ……続く。
2004/10/25(Mon)17:18:15 公開 / 紅汰白
■この作品の著作権は紅汰白さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 読みが難しい人がこの話で出てきます。
 一と書いてにのまえ、とか。そんな感じの人が。
 “”が多いですね(他人事じゃないんですが)。
 今日の更新分が短いのは私の都合です。
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