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『奇跡(ショート)』 作者:樂大和 / 未分類 未分類
全角810文字
容量1620 bytes
原稿用紙約2.6枚
「妻は…妻は生きてるんですか!?」
 男は手術室から出てきた看護士に詰め寄った。看護士は顔をしかめながら答えた。
「今は、なんとも言えません…ですが、奥さんはきっと助かります!そう、信じてください!」
 看護士は早足で廊下を駆け抜けていく。男は疲れきった表情でその後姿を見送った。
何時間、ここに座っているのだろう。妻が手術室に入ったのが何年も前のことのように思える。男は神に祈るように呟いた。
「どうして、どうして、こんなことに…」
 男の額から汗が噴きだす。握り締めた両手はもう解けないのではないかと言うくらい固まっている。男の前に真っ暗な闇が広がっていた。
 手術室からまた一人看護士が飛び出てくる。男は居ても立ってもいられず看護士を捕まえる。
「ご主人!!奥さんは今、頑張ってます!奇跡を信じましょう!」
 そう言い残し看護士はまた、廊下に消えていく。男は自分の心臓がいつもより数倍早く打つのを感じた。
「奇跡…」
 奥歯をかみ締め、息を殺す。こうしてないとこの「待つ」という行為に神経を壊されてしまいそうだった。
 気が狂いそうになりながら、男は誰もいない廊下で耐え続けた。そして…

 無限にも思われる時間が過ぎ、ついに手術室の扉が開いた。手術が終わった。男は初老の医師に組みついた。
「妻は…妻は…!!」
 言葉が上手く出てこない男の両肩に手をおいて初老の医師は微笑んだ。
「手術は成功です。奥さんは奇跡を起こされたんですよ。しかし、全身をあれだけ切りつけられてたのに、自ら救急車を呼び、さらに助かるなんて…まさに奇跡です」
 医師の「奇跡です」の言葉を聞き終わる前に男は嗚咽を漏らし始めた。顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す男の姿に医師も看護士たちも涙を浮かべた。
 男は泣きじゃくりながら、小さく、蚊の鳴くような声で呟いた。

「…失敗だ、どうして、どうして…助かるんだよ、あのクソ女…あんなに切り刻んでやったのに…」
 
 
2004/10/14(Thu)12:58:26 公開 / 樂大和
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