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『黒猫のアパート【読みきり】』 作者:黒羽さん / 未分類 未分類
全角2830文字
容量5660 bytes
原稿用紙約9.55枚
世の中にはいろいろな生き物がいる、人間をはじめとして、鳥、犬、魚、中には鯨という山のように大きい生き物もいるそうだ。
私はその中のひとつ、脊椎動物哺乳類食肉目猫科猫属イエネコ類、学名フェリス・カートゥス。
つまりは猫である。


私は今アパートに住んでいる、本当のことを言えばよくわからないのだが、人間がたくさん住んでいるのでアパートなのだと思う。
もともと、このアパートに引っ越してきたのは一週間ほど前だ。
そのころの私は荒れていた。
ご主人とケンカして家にも帰れず、身体的欠陥により餌も捕れず、そのせいで野良猫たちにもなじめず、の三段パンチによりイライラが限界に達していたのだ。
そんな時、人間の後をつけて見つけたのがこのマンションである。
とても広く住人もたくさんいるみたいだし、なによりも家賃が無料だ。
当時宿無しだった私が食いつかないはずがない。
そんなわけで私はこんなところで一人暮らしをしているのだ。

私の朝は近隣住人への挨拶から始まる、
知り合いへの挨拶は、人として、いや猫としての基本である。
まず私は隣人のグランさんに挨拶する、グランさんとは本名ではないのだがそんな感じの名前だったのでそう呼んでいる。
最初は怒られると思ったが、とくに何も文句を言われなかったので(というか、うちのアパートの人間は基本的にはあまりしゃべらないが)今ではすっかりその呼び名が馴染んでいる。
続いて私は広場に降りていってそこに集まっている子猫たちにも挨拶をする。
まだ自分で餌もとれない年齢だが住人たちに世話をされているらしく、何とか生き延びている。
むしろ私よりいい暮らしをしているようだ・・・うらやましい。
このアパートの住人は挨拶もロクに返さない無愛想な人達だが、夜中に騒いでも怒らないし、子猫たちの世話も何故かしてくれているのだ。
実はかなりいい人達なんじゃないかと私は思っている。


俺は久しぶりに泣きたくなった。
二年越しの相棒が家出してしまったのである。
確かに彼女は短気だし生意気だったが俺のかけがえのない家族なのだ。
彼女が家出したのは些細なことが原因だった。
俺が興味本位で彼女のお気に入りの朝ごはんを食べてしまったのである。
すべては俺が悪かった、だからこうして仕事も休んでお前を必死で探しているんだ。
お願いだから帰ってきてくれ、クロ。


私は今、必死で町中を走り回っている。
というのもいつも子猫たちに餌をくれる人間が最近姿を現さないらしいのだ。
だから私が餌を集めてくる羽目になっているのである。
だいたい餌をやるんならやるで毎日やりに来るのが義務ってものではないかと思う。
真の猫好きならご主人のように毎日ちゃんと餌を・・・・・。
いけない、私は今家出中でケンカ中だったのである。
普段はいえないご主人の悪口を言えるだけ言っとかねばならない。
しかし、こんなときに限って普段はいくらでも出てくる悪口がまったく出てこないものである。
ご主人は今どうしているのだろう。
おそらく、私を必死で探しているはずである。
あの人はもともと重度の猫依存症で一日も猫なしではいられない人間なのだ。
もしかしたらほかの猫に浮気しているかもしれない。
そしたらもう、私のことなどとうに忘れているのではないだろうか。
私はもう必要とされてないのかもしれない。
やっぱり、缶詰程度のことでケンカなどしなければよかったのだ・・・。
私はご主人にむけて言った暴言の数々(ご主人には全然伝わっていないが)のことを思い出して激しく後悔した。
気がつくと私は泣いていた。


俺は今、必死で町中を走り回っている。
もう警備員の仕事にも全然顔を出していない。
同僚には悪いが彼女のほうを完璧に優先させてもらっている。
俺は彼女が死ぬほど心配だ、なぜなら彼女にはどうあがいても覆せない身体的欠陥があるからだ。
彼女は盲目なのだ。
おそらく、心無い人間や野犬に襲われたらひとたまりもない。
俺は彼女を探しにまた走り出した。


餌をとるのにもそろそろ慣れてきた。
私はもともと運動神経はいいほうだし嗅覚も敏感なのであまり苦には感じない。
それに餌を取るのに必死になっているときはご主人のことも忘れられるのだ。
子猫たちに餌をやっていた人間は、私が来てから一回も姿を見せていない。
自分で餌も取れない子猫たちのことをまだちゃんと覚えているのだろうか。
子猫たちはまたそいつが来てくれると信じているようだが私はそうは思わない。
人間の中には生き物の命をなんとも思ってない奴だっている。
たとえば、私の目を潰した奴のように・・・。
子猫のうちの一人に私の首輪をつけてやることにした。
飼い猫に見えるなら人間には襲われないと思うし、それになにより私がご主人との絆を一刻も早く断ち切りたかった。
早く野良猫として生きる決意をしなければ。


もう町中を探した。
お気に入りの散歩コース(あいつは猫の癖に俺と一緒に散歩したがるのだ)も、野良猫の溜まり場も、俺のうちも、食べ物がたくさんある商店街も、自販機の下だって這いずり回った。
俺の中にはもう最悪のイメージが鮮明に浮かび上がっていた。
すなわち、彼女の死。
本当に泣きそうだった、できることならば彼女の猫缶をつまみ食いした一週間前の自分を殴ってやりたい。
公道の真ん中で絶望にくれる俺の前に一匹の見慣れた猫が現れた。
彼女のような真っ黒な毛並み、小生意気そうな顔つき、しかしその目はまっすぐ見開いて俺を見つめている。
やはり彼女ではなかった。
俺が職場でいつも世話をしている子猫のうちの一匹だった。
「よしよし、腹減ってんのか」
俺は子猫の首筋をなでる。
「ごめんな、俺は今忙しいんだよ」
そのとき、俺の手に懐かしい感触が走った。
その子猫の首輪を急いで外すとそこには見慣れた字でこう書いてあった、
『クロ』
俺は職場に向かって走り出した。


今日は不覚にもカラスに襲われた。
ご主人のことばかり考えていたせいで注意力が散漫だったせいである。
おなかが熱い、おそらく血が大量に出ているはずだ。
こんなときご主人なら迷わず病院に電話してくれるのだが、このアパートの住人は何の反応も示さない。
前から思っていたが、このアパートはおかしい。
あまりにも静か過ぎるし、住人同士がまったくしゃべらないのだ。
もしかしたら、ここはアパートでさえないのかもしれない。
そこまで考えたところで、私の意識は闇に落ちていった。


やっとたどり着いた、よく考えればここ数日間ここにだけは顔を出していなかった。
俺の職場、マネキン工場の倉庫。
俺は走った、この工場のことなら誰よりもよく知っている。
もちろん彼女よりも。
だから彼女の居場所なんてすぐにわかった。
通称「グランギニョル」といわれるマネキンの倉庫のすぐ横、俺専用のロッカールーム兼休憩室として使っている空き倉庫。
そこに放置していた俺の匂いが染み込んだタオルの上で、彼女は息絶えていた・・・。
2004/09/20(Mon)17:02:06 公開 / 黒羽さん
■この作品の著作権は黒羽さんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久しぶりの投稿です。
もともとは人形倉庫で暮らしている盲目の男の話だったんですが、気がついたらこうなってました。
多少無理なところもありますが(猫が自分で首輪を外すなど)がんばって読んでもらえるとうれしいです。
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