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『杉の木の下 弐』 作者:夏季 / 未分類 未分類
全角7605文字
容量15210 bytes
原稿用紙約22.7枚
8月4日の土曜日。健二なら以前までは必ず外へ出て剛史と野球をしたり、なんだりして遊んでいる時間だ。しかし、あの事件…あの男が剛史と信洋を殴った事件以来、子供達が遊べる場所はメッキリ無くなってしまった。どうやらあの男はそれなりに大きな権力を持っていたようだ。あの事件から、2ヶ月が過ぎていた。空き地という空き地には意味も無く工場や基地が作られていた。
「あ〜ぁ、何かおもろい事ないかな…」健二は自分の部屋でゴロゴロしていた。
とにかく健二は動いていたいようで、部屋中をゴロゴロころがったり、ブリッジをしてみたり、急に起き上がってそのまま、また倒れたりしていた。結局、最終的には仰向けに寝転がり、天井の隅の黒い染みを見つめていた。
「あかん。このままやったら、俺壊れるわ」ボソッと呟いて目を閉じた。
「健二、ご飯やよ」
台所から母親の声がした。健二は目を開けた。体を起こしながら時計を見ると、もう7時を過ぎていた。台所へ行くと、二人分の夕食が机の上に用意されていた。
「母ちゃん、今日も米じゃないん?」健二は自分の皿に乗っている芋を見て言った。
「ごめんね、健二。米買おう思ててんやけどね、どの店も高こうてね」
健二は母親と二人で暮らしている。兄弟もおらず、父親は健二が小さい時に死んだ。健二は父親の顔を見たことがなかった。
「あ、ちゃうねん!芋がいやとかやなくてな、…何や、その…俺、芋好きやし。むしろこっちの方が俺にとってはありがたいんや。せやから誤らんといてや、母ちゃん」健二は必死で言った。女手ひとつでここまで自分を育ててくれた母親が、健二は大好きだった。
「…そやね。じゃ、食べようか?」母親はニッコリ微笑んで腰を下ろした。
「うん、食う!」健二は急いで座り、芋にかぶりついた。



朝、健二はいつもより数時間早く目が覚めた。外はまだ微かに暗い。時計を見ると、まだ4時だった。
「あ〜…4時?眠ぅ〜…寝よ」健二はまた目を閉じた。起きて1分も経っていなかったので、健二はすぐに寝息をたてはじめた。
――夢をみた。剛史と竹内三坊主と外で遊ぶ夢。どこまでも続く広い原っぱ。健二は野球ボールをバットで思い切り打った。剛史と竹内三坊主がボールを追って走っていく。健二もバットを抱えて後を追った。どこまでも続く原っぱを、ボールはどこまでも飛んでいった。5人はボールを見上げながら笑って走った。不思議と、どんなに走っても疲れはなかった。どんどん走っていくと、向こうの方に人影が見えた。ボールはその人影の所へ落ちた。健二は人影をよく見ようとした。体系的に男のようだ。どこか懐かしい感じのする男に向かって健二は夢中で走った。
「健二!剛史くん、もう来てるよ!」
健二は飛び起きた。時計は8時20分を指している。軽く声を上げ、急いで用意をした。
「ごめん、たけちゃん!」健二が外に出た時は、もう30分を過ぎていた。
「お前さ、いい加減にせえよ…」剛史は明らかに怒った声を出した。
「お前にはさ、早起きしよーとか、遅刻せんとことか、思う気持ちはあらへんの?なあ」剛史はこの際どっちみち遅刻なので、それなら思いきり遅れていくと決めたようで、健二に説教を始めた。
「お前は、そら自業自得やけど俺まで巻き込むんやめろや」
剛史は健二の胸を人差し指で小突いた。
「いや、もう…返す言葉もありませんわ」健二はうつむいてボソボソ言った。
「反省してへんやろ!お前だいたいさ〜…」こんな調子で剛史の説教は20分間続いた。健二が、もし父親が生きていたらこんな調子なんだろうかと考えている時に、剛史も落ち着いてきて説教をやめ、学校へ向かって歩き出した。健二は慌てて剛史の後を追った。
「そいで?なんで今日は寝坊したん?」剛史の声はもういつも通りの明るい声に戻っていた。
「ああ、そうやねん。俺さ、夢見てんよ。夢」健二は少しホッとして言った。「何や、よう覚えてへんけど野球の夢や」
「野球か…」剛史は懐かしむように言った。
「ここしばらくやってへんな、野球。俺も野球の夢、見たことあんで。野球やりたいな〜」
「うん、やりたいな」
二人は右の工場の煙突から出る煙を眺めながら言った。真っ黒の煙はどんどん出て、空を埋め尽くしていく。
「なんで工場なんか作るようになったんやろ?」健二が言った。
「そら、戦争のためやろ。武器とか何や沢山いるんとちゃう?」剛史は今度は足元を見ながら言った。
「せやったら、何で戦争なんかするんや?」健二も足元に視線を移して言った。
「そんなん、言うたらそれ以前に何で天皇さん変えはったんや?前の天皇さんのがよっぽど良かったで!ええ人やったし、戦争なんか絶対せえへんやろ」剛史の声には少し力がこもっていた。
「もう、爺ちゃんやったしな。引退やろ」健二が言った。
「おぉ!けんちゃん、引退とか難しい言葉知ってんなー」剛史は感心して言った。
「そんなん誰でも知ってるっちゅうねん!」健二は少し照れながら言った。
そんなこんな言ってるうちに、二人はもう校庭に入っていた。どの教室も窓が空いていて、カーテンが揺れている。第五組の窓も当然開いていた。
「こらあああぁぁあ!!田山!河原!チンタラ歩いてんでさっさと来んかい!!」池田先生の怒声に二人は腰を抜かした。
「やばい…めっちゃ怒ってる」健二は顔を引きつらして言った。
「あ〜、逃げる?」剛史は健二をチラッと見て言った。池田先生は二人の行動を予測していたように、スリッパのままで窓をまたいで校庭に出てきた。
「あかん、はよ逃げぇ!」窓から竹内三坊主の誰かが笑いながら叫んだ。そのとたん、池田先生と剛史と健二の三人は一目散に駆け出した。
「は、はよ走らんかいっ!」剛史は健二の背中を押しながら言った。
「うわ〜、池田先生見てみ。シャレならんであの顔。鬼かお前は!!言うぐらい…」健二は振り返りながら走った。
「逃げんなぁあ!ほれ、先生は天使様や!こっち来たら団子あげるで?だからその辺で待っとかんかい、コラァ!!しばくぞワレぇ!!」池田先生は不敵な笑みを見せながら迫ってくる。
「ぎゃあああぁぁあ!絶対死ぬ!!殺される〜!!殺人鬼やあ!メッサ恐いやんっ」健二は叫びながら校庭を逃げ回った。
「健二!はよ、こっち来い!」剛史の声がどこからか聞こえてきた。健二がふと気がつくと剛史は隣で走っていなかった。
「ど、どこや!?こっちってどっちや!主語言わんかいっ!」健二はキョロキョロあたりを見回しながら言った。全ての教室からは生徒達がこの騒ぎを笑いながら見物している。この光景はもう、お決まりになっているようだ。
「木、木、杉の木!!池は木登り苦手や!!」
健二が前方の大きな杉の木の上のほうを見ると、剛史はすでにかなり高い枝にいる。
「先生の事、池とは何や!!池と呼んだこと、後悔させたるわ河原!覚悟せえよ!」池田先生は健二にどんどん迫ってくる。健二は必死で走って杉の木を目指した。
「早く、早く!」剛史は大声で叫んでいる。
杉の木に着くなり、健二は夢中で木を登った。池田先生にもうちょっとで追いつかれそうになったが、健二は先生の手の届かない所まで何とか登りきった。
「は〜、危なかったな、けんちゃん」剛史が健二のいる枝まで降りてきて言った。
「めっちゃ恐いし…ありえへんわ、も〜」健二は息を整えながら言った。
「お前ら、安心すんのは早いんとちゃうか?」
健二と剛史が下を見ると池田先生が手の届く所まで登ってきていた。
一瞬の出来事だった。健二たちはリアクションもさせてもらえずに、足を引かれて池田先生と共に地面にまっさかさまに落ちた。池田先生が下になっていたので健二たちは怪我はしなかった。
「恐あ〜…まさか登ってくるとはな…」剛史が起き上がろうとしながら言った。
「死ぬか思ったわ」健二も起きようとして言った。
しかし二人の体はビクともしない。池田先生は二人の体を太い腕でしっかり抱えていた。
「捕まえたで〜」ニヤリ笑いをしながら池田先生は言った。「お前らが逃げたら、絶対登ると思って練習しとったんじゃ、木登り!」
「うわっ!先生、起きてはったんか!」健二はジタバタもがきながら言った。
「あの高さから落ちたのに気絶なしかい!バケモンか!」剛史は先生の腕を引っぺがそうとしながら言った。
「河原、お前さっきは池とか言ったくせに、今度はバケモンか?その口縫うてまうぞコラ…」池田先生の一言で二人は抵抗をやめた。二人は首根っこをつかまれて職員室に連れて行かれた。
「さ〜て、これからは楽しい説教やな、お二人さん?」池田先生は恐ろしい笑みで言った。



放課後、竹内三坊主と帰宅していた健二と剛史の顔は、一週間何も物を食べていないようにゲンナリしていた。
「大丈夫かいな、お前ら」信洋がニヤニヤしながら言った。
「大丈夫なわけあるか。1日中説教されてんぞ…」剛史の声は疲れ果ててかすれている。
「まあ、そのおかげで俺らは一日中、自習で楽しかったわ」
勝夫は剛史の背中を軽く叩いて言った。
「そら〜、ええ事出来てこっちもうれしいわ…」健二が皮肉を含めて言った。
「ホンマにおおきにな」秀治はもう皮肉さえも楽しいという様子で言った。
「あ〜…もうお前らホンマうっとうしいわ!!」健二がハエを振り払う様に手を動かして言うと、三つ子はついに我慢できなくなり、その場に座り込んで笑い転げた。健二と剛史は顔をしかめて三人を見ていた。
「じゃ、じゃあ今日はどこで何して遊ぶ?」勝夫がまだ少し笑いながら提案した。
「もう、今日疲れたし…俺帰るわ」剛史はため息混じりに言った。
「俺も。今日は無理やわ」健二も腕をダランとさせて言った。二人は、また大笑いをしている三つ子を残して歩き出した。
二人はほとんど会話も無く、うつむいて歩いていた。前方から歩いてくる人を避けながら、二人はひたすら歩いた。しかし、ある男の隣を過ぎようとすると、その男はいきなり二人の胸倉を掴んで壁に押し付けた。
「うわっ」
「なんっ!?」
二人は、男のいきなりの行動に驚いた。男が何故こんな行動をとったのかも、わけが分からなかった。だが、男のなりたちを一目見ると、その意味も分かった。それと同時に恐怖もジワジワと感じてきた。男は軍服姿。つまり軍人だった。軍人には挨拶をするというのが、この国の決まりだ。
「貴様ら、私が何者か分からないとは言うまいな、ん?」軍人は眉毛をピクッと動かして言った。
「いや、あの…」剛史は体を硬直させながら、必死で言葉を探した。
「俺たち…じゃなくて、自分たちは、その」健二は恐怖に駆られながらも、必死で声を出した。
「私はハッキリしない輩が好きではない…」軍人は凄んで言った。
「あ、えっと…」剛史がまたシドロモドロして言った。
「貴様らには言葉が通じんようだの!!私はハッキリしろと言ったのだ!それとも貴様、私をおちょくっているのか!」軍人は怒鳴り声を出して、二人を押さえ付ける力を上げた。
「うっ…違っ」剛史が苦しそうな声で言った。健二は痛みと恐怖で声を出すどころではなかった。
「手っ…緩めてください」剛史がもう一度、声を振り絞って言った。
「ハッキリ出来るようになったら緩めてやる」軍人はどす黒い顔に、笑みを浮かべて言った。
健二は思った。何でハッキリしなかっただけで、この軍人はこんなに怒るんだろう?ハッキリしないのは、そんなにいけない事なのか?痛い…苦しい…!!
「ちょっと!やめてください、うちの子に!」女の声がした。聞き覚えのある声だと、健二は思った。
「放してください!!やめてっ!」もう一人、別の女が言った。
「ひっこんでいろ!この輩達は私に反抗した。よって罰を与えているところだ」
軍人はさらに健二たちを押さえつける手に力を入れた。
「放してって言ってるんです!」
その声と同時に、健二は地面に座り込んだ。女の一人が、軍人を押したようだ。軍人は押されたひょうしに、健二たちを掴んでいた手を放してしまった。
「う…」健二は胸が楽になり、辺りをよく見た。女の正体は、健二の母親と剛史の母親だった。
「大丈夫?剛史、けんちゃん」剛史の母親が剛史と健二を抱き寄せた。三人の前に、健二の母親が両手を広げて立っていた。
「けんちゃん、大丈夫?」剛史の母親が、健二にもう一度聞いた。
「うん、大丈夫」健二は呟いた。痛みはほとんど和らいできた。
剛史は母親の手をしっかり握って咳き込んでいた。
「たけちゃん、大丈夫?」健二は心配そうに剛史を見ながら言った。
「いや…ゲホッ!むせただけやから、大丈夫」剛史は微かに微笑んで言った。
「貴様!!女の分際で軍人を押すとは!!」軍人は怒り狂って、健二の母親に怒鳴った。
「母親が子供を助けて、何が悪いんですか」健二の母親も負けず劣らず言い返した。
健二は、痛みもほぼ無くなったので母と、軍人の言い合いを止めようとした。
「母ちゃん、俺もう大丈夫やから。帰ろうや」健二は母親の服を引っ張りながら言った。母親は、軍人との言い合いをやめて、健二の方にやって来た。
「大丈夫、健二?」健二の体を支えるようにしながら、母親は健二を立たせた。剛史の母親も、同じように剛史を立たせた。
「俺、ゲホッ…一人で立てるって」剛史は自分の体を支えようとしている母親の手を、そっとどかした。剛史はまだちょっと咳き込んでいるだけで、もう十分一人で立てている。
「俺も大丈夫やから」健二も母親の手を拒み、一人で歩き出した。
「ホンマに大丈夫?」健二の母親は心配そうに言い、健二の後を追って歩き出した。
「おい、貴様!誰が帰っていいと言った!!」軍人が健二の母親に向かって叫んだ。
「あら、あんたに許可を取らなアカンなんて知りませんで。どうも失礼します」健二の母親は嘲るように言って、ペコリとお辞儀をした。健二も母親につられるように、頭を下げた。
「貴様!!」
――パァーン――
いきなりの銃声に健二は驚き、目を瞑った。火薬の匂いがして鼻が痛い。そっと目を開けると、信じられない光景が目に入ってきた。健二の母親が服を真っ赤に染めて、健二の足元に倒れていた。健二は目を見開き、横たわる母親を眺めていた。
「大変っ!!」剛史の母親が、最初に動いた。剛史の母親は、できるだけ衝撃を与えないように健二の母親を抱き上げた。
「喜美ちゃんっ!喜美ちゃん!!」剛史の母親は健二の母親の名前を何度も呼んだ。だが、返答はない。目を閉じてピクリともしない。剛史は健二の所へ走り寄ってきた。健二はまだ母親をじっと見つめていた。
「あかん、血ぃ止まらへん。喜美ちゃん…喜美ちゃん!!」
剛史の母親は、健二の母親に顔をうずめて大声で泣き出した。
――母ちゃんが死んだ…母ちゃん――
「うああああぁぁあぁああ!!」気がつくと、健二は軍人に殴りかかろうと走り出していた。
「けんちゃんっ!」剛史は健二の右腕をかろうじて捕まえ、思い切り引っ張りながら言った。「あかん、けんちゃん!けんちゃんまで、こ、ころ…っ」
健二の耳に剛史の声は入っていなかった。健二は怒りまかせに体を動かしていた。頭の中には母親の事しかない。
「ふ、ふんっ」軍人は少し動揺し、鼻を鳴らしてそさくさと立ち去った。
軍人の姿が見えなくなると、健二の怒りは母親を殺した軍人から、剛史へと変わった。剛史は何も悪くないと分かっていたが、この怒りを誰かにぶつけられずにはいられなかった。
「何でとめんの!!」健二は剛史に飛びかかった。
「うあっ」剛史は突然の事に驚き、声を出した。
「何で止めたんっ!!」健二は剛史を地面に押さえつけて、さっきより強く言った。
「止めんかったら、けんちゃんが死ぬって思ったからや!」剛史は軽く泣きながら言った。
「死んだってよかった!!」健二は剛史を殴ろうとしながら言った。
剛史の母親は二人の喧嘩に気づかず、まだ泣いていた。
「そんなん…死ぬなんて、言わんといてや…」剛史の声は震えていた。目に涙を溜めて健二を見つめていた。健二は手を止めて、剛史を見つめた。
「そら、気持ちはっ、分かるけど…っし、し、死ぬなんて、言わんといてや・・・」剛史は手で顔を覆いながら泣き泣き言った。健二はだんだん冷静になってきて、急いで剛史の上からどいた。
「ごめん、たけちゃん…ごめん」健二は剛史の隣に座り込んで言った。
「俺、どうかしてた。死ぬやなんて、俺…」健二は剛史に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。剛史は自分を助けようとしたのに、自分は剛史を殴ろうとしていたなんて。
「大丈夫か!!」聞き覚えのある太い声が後ろから聞こえてきた。
「先生!」健二は振り返りながら言った。
池田先生が、猛スピードでこっちへ走ってくる。
「大丈夫か、お前ら」池田先生は息を切らしながら言った。
「俺らは大丈夫やけど!先生、母ちゃんがっ!」健二はついに泣き出して言った。
池田先生は健二たちのいる所を通りすぎ、健二の母親が倒れている所まで走って行った。
「うっ…母ちゃん」健二は泣きながら呟いた。大好きな母親が死んでしまうと、健二は一人ぼっちだ。一人ぼっちになる不安と、母親を失った悲しみで、健二はいっぱいだった。
「けんちゃん…」剛史が起き上がって、健二の背中をさすった。剛史はまだすすり泣きをしていたが、健二が落ち着くまで背中をさすり続けた。
「田山」
健二は名前を呼ばれて顔を上げた。池田先生がいつのまにか、健二の正面に座っていた。
「田山、お母さんは生きている」池田先生は微笑みながら言った。
「先生、気休めにもなってませんよ。それ」健二は冷たく言い放った。
「本当の事だ。まだ息がある。出血がひどいが、すぐに救急車がくるから大丈夫だ」
池田先生は健二の頭を撫でながら言った。
「ホンマに?」健二は池田先生の顔を食い入るように見ながら言った。
「ああ、本当だ。よかったな」池田先生はまた微笑んだ。
健二はマジマジと先生の顔を見たが、先生の顔には『うそ』の『う』の文字も見当たらなかった。
「けんちゃん、早く!」剛史が立ち上がって、健二の腕を引きながら言った。
「母ちゃん!」健二は急いで立って、母親のもとに掛けて行った。
母親は意識がなかったが、確実に息をしている。健二は安心して、ヘナヘナとまた座り込んでいた。「よかったな、けんちゃん」剛史が笑いながら言った。
「うん」健二は、今ほど嬉しい時は無いという感じで言った。
前方から救急車がサイレンを鳴らしながらやってくるのが見えた。
「母ちゃんが、『血ぃ、止まれへん』とか言うて泣き出すから、けんちゃんが勘違いしたんやろ!」
剛史が自分の母親を叱り付けるのを見ながら、健二は母親の手を握った。
救急車のサイレンで、剛史の母親の抗議は掻き消された。

弐 終わり
2004/09/19(Sun)01:44:31 公開 / 夏季
■この作品の著作権は夏季さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。やっと弐が書けました。
壱に比べて、ずいぶん長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。ご感想などありましたら、ぜひ。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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