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『傘姫 』 作者:メイルマン / 未分類 未分類
全角7291.5文字
容量14583 bytes
原稿用紙約22.25枚
 
 1 傘の姫 白い行進

 夜を間近に控えた、薄暗い洗面所でした。
 目に映る物たちが淡く、緩く、暗い青に染まっていました。
 僕は一糸まとわぬ姿で、鏡と向かい合っていました。右手にルージュを持って。
 唇にそれをゆっくりと当てて、ひきます。初めてというわけではなかったけれど、普段嗅ぎなれないそれの匂いが、僕の鼻をなめるように刺激しました。
 僕は少し目を瞑ってから、鏡の中の僕を見ました。暗い中の微かな明りで、青い肌をした僕が見えました。
 唇の青がほんの少し、濃さを増していました。
 ――きっと素敵な紅色だ。と、その時僕は思ったものです。
 洗面所を出て、リビングへ向かいました。
 ソファに掛けてある、真っ白いワンピースを手に取りました。
 僕はこのワンピースを着られる事が、嬉しくてたまりませんでした。こんなに綺麗な白を。
 僕はそれを着ると、くるくるとその場で回ってみました。ひらひらのスカートがふわりと浮いて、とても楽しかったです。ええ、本当に。
 その後僕はもう一度洗面所にいって、身だしなみをチェックしました。もちろん電気はつけません。しめやかに、密やかに、です。正直、この暗い青が気に入っていました。
 リビングに戻り、ベランダへの窓から段々と濃さを増していく青を見てとって、僕はその窓を開けました。
 この青がもうすぐ黒になる。夜が始まる。
 そう思うと、嬉しさと清々しさと震えが、体の底から沸いてきました。内緒の話、叫んでしまいたい気分でした。
 僕は高揚した気分のまま、リビングのテーブルの上のチェーンソーを手に取りました。固い、ごつごつとした感触が手に伝わって、僕は何故か安心しました。そして、とてもわくわくしました。
 ――もう、夜だ。
 外の暗さに満足した僕は、助走をつけて走り出しました。
 ベランダの柵を飛び越えて、14階から飛び降ります。
 空気がスカートの中に飛び込んできて、ちょっとくすぐったいです。
 誰でもいい。誰か僕が舞い落ちて行く様子を、ビデオにとって見せてくれないでしょうか。
 きっと白い傘が開いたまま、くるくる歪な回転で、でも綺麗に落ちていくように見えるんでしょうね。
 ――あぁ、なんて素敵なんでしょう。

 たぶん少しだけ、思考が鈍くなってたんだと思います。
 父親を殺したのは、初めてでしたから。
 あの日、公園のベンチで、朝が背に触れるギリギリまで、僕はボーっとしていました。
 早朝の空気って、澄んでて気持ち良いでしょう? だからかもしれません。お日様が昇るまでここに居てもいいかなって、思ってしまったんです。
 呆けたように公園の広場で、シーソーとかブランコ、静かな木を見ていました。
 本当に、何故あんな無防備な姿を晒したんでしょう。今思えば、不思議で仕方あないのです。
 そう、気付いた時には彼に見られていました。
 ああ、思い出しただけで本当に恥ずかしい。あんなに返り血を浴びていたのに。全然、真っ白なワンピースではなかったのに。彼に見られてしまいました。
 朝の散歩の最中だったんだと思います。犬が吠えたのを聞いてそちらを見ると、彼の驚いた顔と目が合ってしまいました。
 彼の目を見た時、僕はどうしていいか、わからなくなりました。思考が鈍くなっていたんです。いつものような優雅な立ち振る舞いも、可憐な挨拶も出来ないまま、僕は固まってしまいました。
 もちろん、足元でぶちゅぶちゅに転がっているお父様の不躾を、たしなめる暇もありませんでした。
 彼は僕に背を向けて、走り去っていきました。犬が砂地を蹴る楽しげな音を、僕はまだ覚えています。
 僕は数瞬の思考停止を経て、ことの次第を理解しました。
 立ち上がって、お父様に一瞥もくれずにゆっくりと歩き出すことにしました。
 ――とりあえず、家に帰ってワンピースを洗わなくちゃ。
 外に出る以上、身嗜みは、とても大切なものです。
 爽やかで心地良い風が、明け方の公園を抜けていきました。

 あの日会った彼のことを、僕は前から知っていました。
 とても小さいころのことだった気がします。僕と彼はよく一緒に遊んだものです。
 かくれんぼ、鬼ごっこ。球蹴り、登り棒。彼のおうちのサクランボを二人で獲ったこともあります。
 でも二人きりで映画館や、遊園地に行った覚えもありますから、案外長く一緒にいたのかもしれません。とても仲が良かったんですよ。
 親友でした。たぶん、一番の。
 どうして名前を覚えていないのか、不思議なくらいです。
 そんなことを思いながら夜の街に降り立って、僕は真っ直ぐ、彼のおうちに向かいました。
 何回か、彼のおうちで遊んでいましたから、迷うことはありませんでした。
 途中、すれ違った何人かの人は、まじまじと僕を見てきました。
 綺麗な口紅とワンピースを纏っていて、本当に良かったと思います。


 自室で僕を迎えた彼は、とても驚いていました。
 右手に犬の首を携えて現れる客人なんて、滅多にいませんものね。
 明るい照明の下、彼の動揺している顔は、僕が今まで見てきた他の人の顔と大して変わらず、奇妙に歪んでいました。まぁそれはそれで、素敵だと思うのですが。
 彼は僕に、幾つか質問をしてきましたけど、ほとんどはもう忘れてしまいました。
 一つだけ。
 彼の「どうしてだ?」という問いに、僕は「運命だからさ」と答えました。
 思いがけず、自分の口からとんでもない冗句が飛び出したので、僕は一人で思いきり笑いました。
 ええ、ここ何年かで、一番笑ったかもしれません。

 彼の邸宅は非常に立派なものなんです。広い敷地に長い塀。木の匂いがする扉をくぐると、ところどころの地面に灯りがあるお庭と、大きな洋館が見えるんです。
 彼がその庭をゆっくりと歩くものですから、僕は黙ってその後ろを歩きます。使用人の人達は皆、おうちの中で死んでいたので、庭は綺麗なままでした。
 僕の知っていた庭と、何にも変わっていませんでした。
 白い光をはっきりと放つ灯りが、池の側にありました。水面がその光を受けて、とても優しく輝いていました。
 彼はその池の側で立ち止まり、振りかえって僕を見ます。
 何秒か目が合った後です。どこに持っていたのか、彼は銃口を僕に向けました。
 ぱん、と高い音がしました。僕は見事に銃弾を身に受けました。肩口から広がる 痛みが気持ち良くて。そのまま僕は彼に向かって走り出しました。
 十歩くらいだと思います。高い音が三度鳴った時、僕は彼のもとへと辿り着きました。
 足元に潜るようにかがみこんで、僕はチェーンソーのスイッチをいれ、彼の足を切ろうと思いきり振りつけました。
 彼は急いで飛びのきました。けれど残念なことに、もう彼の右足は付け根から消えていました。当然、血がたくさん出ました。
 僕は地面の右足をまたいで、彼へと近づきます。
 彼はまだ気絶していませんでした。なので、まだ僕と話ができたのです。
 僕は血の河にそっと足を置き、彼の顔をまじまじと見つめました。
 彼に表情はありませんでした。目は動かず、視線はじーっと空に固定されていました。僕はその視線に自分の目を合わせるべく、彼の顔を上から覗き込みました。
 彼はぼそぼそと、何かを言っているようでした。僕は耳を近づけてみます。
「綺麗な……口紅だ……ね」
 彼は消え入りそうな声でそう言いました。
 はたして、こんな侮辱があるでしょうか。
 僕は彼の鼻っ面を思いきり殴りました。
 音がして、彼の鼻が折れました。鼻血が出ていました。
 なおも空を見続ける彼は、おかしな声で言いました。
「あ……ぁぁ」
 肺からの空気は、言葉にはなりません。
 その様子を見て、僕は彼に顔を近づけ、キスをしました。
 変な匂いがしました。僕はゆっくりと舌をいれます。彼の鼻血が、べっとりと僕の顔にもつきました。
 その時にはもしかしたら、もう彼は死んでいたのかもしれません。
 暗くて冷たくて、綺麗な庭に、僕一人が残りました。
 僕は灯りに照らされた池に歩み寄って、水に映った自分の姿を見ます。
 大きめの赤い染みが、ワンピースに三つ付いていました。
 ――帰ったら、洗おう。
 僕はその場でくるりと一度回りました。空気が入って、スカートがひらひらと浮かびました。
 きっと、気分が良かったのでしょう。
 早くおうちに帰って、ふかふかのベッドで寝よう。
 僕はそう思いました。

 夜が近づいていました。もうすぐ、お出かけが出来る時間です。
 眠りから覚めた僕は、洗濯を終えて干してあったワンピースに手を伸ばしました。
 物干し竿から降ろして、ワンピースを抱きすくめると、柔らかくて良い匂いがしました。
 そこで初めて僕は気がつきました。彼が撃った弾で、ワンピースが破けていたんです。
 鈍い色の血はとれていましたが、僕はそれを見てがっかりしてしまいました。
 こんな洋服じゃあ、お出かけすることが出来ないからです。
 僕はすぐにゴミ箱に向かって行きました。
 そこにワンピースをくしゃくしゃにして、捨ててしまうつもりでした。
 でもやめました。
 穴だらけのワンピースは、今でも大切に、クローゼットの奥にしまってあります。
 ――何故かって?
 男の人とキスをしたのは、初めてだったんです。
 こんな僕ですけど、思い出の一着なんてのがあっても良いでしょう?


 ++ 幕間邂逅 隆俊の一 ++

四角い白い部屋の中で、獰猛な虎が全裸の幼児に狙いを定めた。
幼児は直立したまま微動だにせず、沼のような瞳で虎を見据えている。
虎は幼児にのそりと近づくと、くんと匂いを嗅いでその巨大な舌で、幼児の臍から胸にかけてべろりと舐めた。
私は軽い眩暈を覚える。
しかし裸の幼児は変らず、人形のようにぴくりとも動かない。
 数秒後、虎は突然びくびくと体を揺らした。明らかに足に力が入らなくなり、どうと音を立てて床に崩れ落ちる。
 モノクロームの映画を見ているような、そんな錯覚が私にあった。ガラスの縁のスクリーンの中で、幼児が一人、足もとの死骸を見下ろしている。
 不意に私の隣で、ちっと舌打ちが鳴った。私が見やると、中年の男と目が合う。
「意外につまらんな」
 幼児の主は吐き捨てるように言ったあと、幼児には一瞥もくれずにドアの向こうに去った。
 私は彼の背中が重厚な扉の向こうに消えたのを確認すると、視線を幼児に戻した。
 瞬間、私の中心を欲情に似た戦慄が駆け、消えた。
 ガラスの向こう、全裸の幼児は動かない。泣かない。微笑まない。
 いくら待っても、映画のフィルムは回らない。

 「観覧室」を出ると私はため息をついた。少しの間、じっと目をつむり、自分の呼吸音を聞いた。心拍は正常なのに、どこか落ちつかない。
「気分でも悪いのか?」
 声をかけられて私は目を開ける。「観覧室」に通じる廊下は狭く、一メートル間隔でランプが設置されている。その狭い廊下を、幼児の主がこちらへ歩いてきた。歳はもう三十三になろうとしている主は、その表情も肉体も、精悍さを全く損なっていない。奇妙な紫色のガウンが、ランプに照らされて彼にとてもマッチしている。私の兄だ。
「余興に飽きたのでは?」
 私が聞くと兄は私に笑いかけ、後ろ手にしてあったものを見せた。
 三メートルくらいの綺麗な鎖だった。明りで陰影がついて、少々おどろおどろしい。
 右腕で鎖を鳴らした兄は、左手で「観覧室」のドアを開ける。
 私はその場でニ分ほど待った。
 ドアが再び開いた。私の知覚が様々な情報を拾う。
 部屋から出てきた兄の右手は、鎖の先端をしっかりと掴んでいる。逆の先端には不恰好な革の首輪が取り付けられ、それに幼児の首がすっぽりとはまっていた。鎖の擦れる音と、兄のガウンを軽く掴んでいる幼児。
 正直、予想通りの光景だった。
 私と兄の目が合う。ドアが閉まる音。
 廊下に三人。
「実の子だ。大切にしないとな」
 兄はそう言ってにんまりと笑い、鎖と我が子を満足げに見つめた。私の中で、強烈な嫌悪感が首をもたげる。
 私は言葉を出せず、幼児を見る。まだ五歳だ。全裸で鎖をつけられていることの異常性すら理解できないかもしれない。少々寒いのではないだろうか。くりくりした瞳と小さな手足に、「未完成」という単語が頭をよぎった。
 再び鎖の音がして幼児は兄に引きずられ、私から離れていく。兄は既に私など見ていない。狭い廊下を颯爽と遠ざかっていく。兄の後姿と、その後をとてとてと追っていく鎖付きの幼児を、私は見ている。
 気が遠くなる光景だった。
 不意に。兄は振り向くと、幼児の頭を思いきり殴りつける。私が驚く暇もなく、幼児は吹き飛んで廊下の壁に叩きつけられた。幼児の体が力を失い、生命感が消える。
 一撃で気絶したに違いなかった。
 じゃらじゃらという音が、幼児の体を引きずって遠ざかる。
 私は何も言わず、少しも動かず、その場に立ち尽くしていた。
 幼児の言葉が耳を何度も鼓膜を往復する。
 殴られる直前に幼児は言ったのだ。
――おかあさんは? と。
 鎖の音がゆっくりと遠ざかる。廊下から音が消えていく。
 それは廊下を覆っている淡い黄色と相俟って、私を世界中で一人にする。
 呼吸を忘れていたことに気付いた。

 この屋敷には閉塞感が充満している。
 縦横に百メートルずつ広がった敷地に、市の規定ギリギリの巨大な洋館がそびえていた。塀際には鬱蒼とした樹木が立ち並び、住宅街の中にあって市民達の好奇の目は届きづらい。煤けたレンガによって形成された屋敷にはテラスの一つもなく、ところどころに小さな窓が目立たぬように配置されている。家人の目から見ても、屋敷からは妙な威圧感が放たれている様だった。
 地下一ニ階を合わせると五階建てになる屋敷の中では、五十人を超える使用人たちがどこか落ちつかない様子で働いている。どことなく薄ら寒さを持つ主人である。その異常性をほんの少し嗅ぎ取ってしまえば、怯えるとはいかないまでも、どこか不安を抱えたままでの仕事となるのは当然かもしれない。そう、幼児をあのように扱うような主人では。
 幼児の父親である私の兄はかなりの富豪である。
 親の地位を引き継いだのは十六の時。遺産も資産も山のようにあり、並大抵の道楽では到底その山は崩れなかった。
 兄は一年ほど父の真似事をやった後、代々の側近に会社の経営を任せ、若くして隠居した。世の中では中々ないことかもしれない。彼が十七、私が十五の時だった。
 金は腐るほどあった。兄は夜な夜などこかから女を連れこんでは、享楽の限りを尽くした。もっとも、兄からそこそこの金をもらった私も、似たようなことをやらなかったわけではない。ただ、薬に手を出した兄が日に日におかしくなっていく様子を見て、私はそちらには手を出さなかった。
 私が十七の時だ。
 夜更けに兄が私を呼んだ。その頃既に私は屋敷の地下一階に自分の研究室をあてがわれていて、関心があった分野の薬品の実験をしていた(もちろん、屋敷内でなければできない類の実験だ)。
 私が通された部屋には、簡素なソファーとテーブルが置いてあり、入ってすぐ正面の壁は巨大なガラス張りだった。ガラスの向こうは真っ暗で見えない。兄は片手にブランデーを持って私を待っていた。
「座れ」
 私が腰を下ろすと、兄は側近の一人にあごを向けた。それが合図だったのだろう。暗かったガラスの向こうにライトがついて、そこにもう一つ、こちら側と同じくらいの大きさの部屋があるとわかった。四角い白い部屋だ。
 私の目は瞬時にガラス向こうの部屋に釘付けになった。人間が壁に張り付けられている。若い女と、とても小さい赤ん坊だった。
「貴方の子だと言って、うるさいのでな」
 兄は笑った。どこかで孕ませた子に違いないと私は思った。
「中々楽しい試みだと思うんだが、どうだろう」
 兄の普段通りの笑顔を見た瞬間、私は予感していた。全身で悪夢を、薄ら寒い恐怖を予感していた。
 マシンガンとチェーンソーを持った二人の部下が、ガラス向こうに登場した光景を私はまだ覚えている。
 その後を正確に語ろうか語るまいか。女の蜂の巣が壊れた後、チェーンソーの音が鳴り始めた時に私は嘔吐した。
 気が狂いそうだという感覚を、あの時初めて知った。
 兄は眠る前に血を見なければ眠れない体になっていたのだ。兄は血を求めて、毎晩のようにあの白い部屋(兄は観覧室と呼ぶ)へと足を運んだ。そのことは、使用人達の間でもごくごく一部の者しか知るまい。
 何人かの友人を招いた夜は、嬌声があの白い部屋から絶え間なく響く。友人達の帰りがけには、「的当て」や「神経衰弱」、「福笑い」というフレーズが廊下を飛び交った。
 私にはそれが耐えがたかった。私は毎晩十二時ごろになると、決して研究室から出ないように心がけた。廊下に出ることさえ躊躇われた。崩れた赤い肉と、刃が赤子に向かう光景が頭から離れなかったからだ。

 兄の異常な趣味は続いた。二十五の時に嫁を娶ってからも、兄は変わりはしなかった。
 兄の妻は美しい人だった。非常に聡明な女性だった。私は彼女が兄の異常な趣味を止めてくれるのではないかと期待したが、残念ながら望んだ様にはならなかった。
 彼女は兄との間に一子を設けたが、持病が悪化し先日ついに亡くなった。
 彼女の葬儀は屋敷内で執り行われた。ひどく形式的な葬儀となって、兄は出席しなかった。が、式が終わる間近になると、兄は実の子である幼児の前に突然現れたのだ。
「隆俊、来い」
 私の呼ぶと、唖然としている私と使用人達に目もくれず、兄は幼児の手を引いた。
 考えて見れば――。兄が我が子に興味を示さなかったはずがないのである。幼児の安全は母親によって守られていたに違いない。
 彼女が亡くなった今。
 兄の異常な趣味の手が幼児に伸びたのは、至極当然の流れだった。

 〜続く〜

2004/10/22(Fri)22:34:20 公開 / メイルマン
■この作品の著作権はメイルマンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 読んでいただいた方、ありがとうございます。
 少し描写の量と、時系列系の理解に不安を感じています。一言でも感想を行言っていただけると、ものすごくありがたいです。
 どんな感想でも構いません。酷評されても罵倒されても、決して恨みに思ったりはしません。
 是非ともご意見をお聞かせください。
 よろしくお願いいたします。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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