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『水色アリア』 作者:シヅ岡 なな / 未分類 未分類
全角2528文字
容量5056 bytes
原稿用紙約9.85枚

高校のとき、援交で一稼ぎした。
2年前、そのお金で豊胸手術をした。
結果、大成功。
自前のロリ系フェイスに、巨乳を味方につけて、あたしは今、この店じゃ敵無し。
生まれて初めて1番になりましたお母さん!
その涙は、嬉し涙ですか?


昼が夜で、夜が昼な世界で、二十歳を過ぎても、あたしは高校生「アリア」。
数え切れない雄の妄想の中で、あたしは息をしている。
破廉恥美少女☆妄想学園の制服を脱いだら、小さな童顔の女。
大きな胸も、なぜだか小さく見えるのは、なぜ。


午前4時、学校が終わって、アパートに帰る。
狭いアパートの薄い扉、リズム良く、喘ぎのノイズ。
今日の朝ご飯は、だし巻き卵に納豆にお味噌汁そんな純和風、の予定だった。
我に帰ってきた。
年下男住まわせて、男に貢ぐために巨乳高校生「アリア」になったあたし。
24時間営業スーパーの買い物袋抱えて扉の前でクエスチョン。
これ何度目だろう。
愛されてないよ。
あたし。
なぜ愛してるの。
あたし。

ずるいよ。
からっぽの心で、きつく抱きしめて、あたしのこと、とっても大事そうに見つめる。
そんなに大事そうに見つめるなら、言って欲しい。
「お前は金づるだ」って。
「だから大事なんだよ」って。
心の中では、そうつぶやいてるんでしょう。
はっきりそう言ってもらった方が、あたしはおかしな期待に胸なんか膨らませずに、よりいっそうがんばって働けるかもしれないよ。



買い物袋が重くて、指がちぎれそうになるその度に、持ち替えて、ふらふら人気のない朝を、アパートとは逆方向に、歩く。
まだ暗い。
あたしの朝は、いつも暗い。
眠い。
昨日の指名は、6人。
最後までが、3人。
途中までが、2人。
お話しただけで終わったのが1人。
眠い。
だるい。
お話しただけで終わった人の顔を思い出そうとして目をつむったら、おでこに激痛。
電信柱にぶつかった。
マンガみたいだよ。
あー、痛い、すごい、痛い、涙でてきちゃったよ、だって痛いから。
おでこがすごく痛いから。


ババババババババババ。
新聞配達、ご苦労様です。
毎日早起き、大変ですね。
八ッ八ッ八ッハッ。
わんちゃんと一緒に、ジョギングですか。
良い運動に、なりますね。
ぴぴぅ、ちぃちぃ、ぴぴぅ。
あたしの知らない朝の鳥が、鳴き出した。
気づいたら、あんまり通らない道に立ち並ぶ、あんまり知らない団地の公園の前を通りがかろうとしていた。
明るい朝になっていた。
もう、暗くない。
完全に夜は終わっていた。
ただいまダーリン!
さっきのノイズは空耳だから。
そう言ってアパートに戻ろうと思った。
でも、持ち替え持ち替えしながら持っても重たいスーパーの袋に気力を吸い取られて、あたしはなんだか帰れない。
公園の中に入ってベンチに腰掛ける。
やっと袋を置いて、あたしの指は開放される。

ぴちちちちち、ぴち、ちちちちゅんちゅん。
あ、さっきとは、違う鳥。
さっきよりも、また一段と明るい朝になった。

団地から、小さな人影。
公園に向かってくる。
小学校、一年生ぐらいの男の子が、てかてかこっちへかけてくる。
カッパの顔が前にプリントされた白いTシャツに青の短パン姿。
くりくりの坊主頭。
あたしが座るベンチから、真正面に見える鉄棒のところにやって来て、しばらくじぃっと、男の子は鉄棒を見つめた。
あたしは男の子を見つめた。
高さ別に、3つある鉄棒の、2番目に高い鉄棒に、不意に手を伸ばし、足を浮かせてばたばたしている。
すると突然男の子は鉄棒から落ちた。
尻餅をついた音は、聞こえなかったけれど。

そのまましばらく見ていると、男の子は立ちあがって、また鉄棒に手を伸ばした。
足を浮かせてばたばたして、また鉄棒から落ちた。
何回か、そんなことを繰り返していた。

「何してるの」
鉄棒に、また手を伸ばそうとしてるところに、あたしは声をかけた。
男の子は手を下ろして、あたしを見上げてこう言う。
「強くなるんだぜ」
どんぐりみだいな目と、ぺしゃんこの鼻が可愛い。
「鉄棒したら、強くなれるの」
「うん、たぶんな」
「そっか」
「いっしょうけんめいなんかやったら、強くなんだぜ」
「へぇ」
「めちゃくちゃがんばるってことなんだぜ」
「そだね」
「がんばらないと、弱くなるって、じいちゃんがゆってた」

男の子は、さっきと同じことを、また再開する。




あたしはいつでもいっしょうけんめいです。
あたしはほんとうにいつだっていっしょうけんめいなんです。
いっしょうけんめい、誰かを愛して、尽くして、知らない男に抱かれて、稼いで、浮気されて、泣いて、愛されてなくても、金づるとしてしか、必要とされてなくても、それでも自分に自分で満足だと言い聞かせる、無理矢理大きくした胸は、あたしの華奢で痩せた身体には、実は不釣合いで、お風呂の鏡で見るたびに、かなしくて、こんな仕事やめなきゃ、こんな男別れなきゃ、死ぬ程そう思うのに、この仕事をやめて、この男と別れて、生きてる自分の姿が、恐ろしいくらいに、想像できないんです。
あたし、きっと、いっしょうけんめいになるものを、間違えてしまったんだと、思います、でも、あたし、いっしょうけんめいになるものを、間違えたのに、それなのに、なんだか、昔より、胸の痛みが、やわらいでいるのは、なぜ。


毎晩、毎晩、知らない、男に、抱かれます、その人のこと、なんにも知らなくても、その人の肌は、あたたかい、あたしが、よく知る人の、肌は、いつも、冷たいのに、なぜ。






強くなることと、麻痺することとは、違う。
気づいている。
知っている。
でも、気づかないふり、知らないふり、幸せなふり。
あたし、いつかきっと、何も感じなくなりそうだ。




いっしょうけんめいやってると、あたしはどうしてこんなにいっしょうけんめいになったのか、わからなくなる。
何の為にいっしょうけんめいだったのか、いっしょうけんめい過ぎて、忘れてしまう。


きっと、そのうち思い出すだろうと信じて、てらてらと光る蛍光水色のセーラー服に、袖を通す。
あたしはアリアになる前に、目をつむって、思い出す。
明るい朝の、どんぐり目の男の子を。
怪我をしませんようにと、祈りながら。



















2004/08/28(Sat)01:14:31 公開 / シヅ岡 なな
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■作者からのメッセージ
セーラー狂だな、あたし♪
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