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『熱帯夜に浮かぶ月』 作者:KR / 未分類 未分類
全角1081文字
容量2162 bytes
原稿用紙約3.9枚

暑い、暑い夏を少しだけでいい、ひと休みしたい。そんな夜だった。
俺の願いもむなしく、雲一つない夜空に真夏の大三角形は輝いていて、
鈴虫の声でも、風鈴の音色でも、感じる風は涼しくならなかった。

熱帯夜。
こんな夜のことをそう呼んでもいいと思う。
実際は何十度を越えたらとか、そんな規定はあるらしいが、
大学受験にも出ない常識まで詰め込んでいられるほど、
今の俺の頭には余裕がない。

今年の春、俺は第一志望の大学に落ちた。
第二、第三の志望校もやっぱり落ちて、すべり止めは受けていなかった。
そんな訳で今は、毎日学校の代わりに予備校に通う、浪人生暮らしだ。
同じ家に住んでいる親は、今度落ちたら金は出さないと言っている。
就職しろとは言わないが、大学に行くなら学費は自分で払えだそうだ。
当然のことではあるが、勉強と労働の両立は、どう考えても俺にはキツイ。
何としてでも今年で受かっておきたいところだ。

そのためにはこんな熱帯夜でも、虫と風鈴の声の他は静かな環境で、
必死に問題集と格闘する。
あぁ、何で去年もっと頑張らなかったんだろう。
そんな後悔をしても始まらない。
去年は、同じ高校に通っていた彼女と一緒に勉強していた。
彼女は俺を置いて自分の志望校に合格し、それを俺が嫉妬したのが元で
喧嘩して別れてしまった。

気分転換に夜の自販機へ向かう。
辺りは本当にしんとしていて、俺以外には誰もいない。
夜空には星。澄んだ空気。虫の声。
百五十円を入れてボタンを押せば出てくる、よく冷やされたペットボトル。

「あれ?」

キャップをひねり、中のポカリを立ったまま飲んで、俺はふと気が付いた。
目の前の道路はこの時間は車も通らないけれど、広い二車線になっていて、
いつもこうやって夜の散歩なんてしてるわけじゃないけれど、
たまに外に出た時なんかは、いつも、目の前に月が浮かんでいた。

俺は少し歩いて、空に月を捜す。
雲はない。この時間はもう沈んでしまっているのだろうか。
それとも、今日は新月なのか。
いや、違った。

月は二つあった。

ペットボトルを買った自販機の上、細い三日月。
それが黒猫の両目だと気が付くまで、俺はしばらくかかった。

「にゃあー」

長い鳴き声をあげて、猫は逃げた。
俺に向かって言ったようだった。

『月も夏も同じ。何てことないこと』

夢を見たっていいけれど、そればかり見ていても仕方ない。
冷たいポカリをもう一口飲んで、俺は家に向かって歩き出した。
相変わらず空に月はなかったし、熱帯夜は続いていたけれど、
二つの月に励まされたような気がして、俺は頑張ろうと思った。



fin.
2004/08/27(Fri)22:30:24 公開 / KR
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kr14/menu-index.html
■この作品の著作権はKRさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりの投稿です。
前の拙作に鋭いコメントをいただいて、自分でもリベンジしたい!と思っていたのですが、
こんなに時間が経ってしまいました。
何てことないことで頑張れる、そんな主人公を書きたいと思いました。
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