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『『Risky Ground』 第一話〜第十二話』 作者:琥狼 / 未分類 未分類
全角56354文字
容量112708 bytes
原稿用紙約171.75枚
第一話 『心を隠す者〜Heart a Hider〜』

 薄明かりの中、瓦礫に埋もれる廃墟に二つの影が揺らめく。
少し埃臭いため、居心地はどちらかといえば悪い。
二人のうちの一人は、呼吸を乱しながら走っている。
「おい! ウォル!? この状況どうにかしろって!」
「無茶言わないで下さいよ」
 サングラスをかけた、ウォルと呼ばれる少年と、犬の様な耳をした青年は、異形の動物の大群に追われている。その数は200程だろう。普通の大人なら一瞬にして引き裂かれ、食い殺されているはずだ。その環境の中でも、ウォルは、一滴の汗も垂らしていない。
「半分でもいいから削れねぇ!?」
「ハハハ。1匹倒すのに10分は掛かりますよ?」
 ウォルは、無邪気に笑いながら答える。
――勝算は無いんだろうけど、こう言う状況下で平然とされると気が狂うな。もう少しは、子供らしく振舞えって。それがダメなら、逃げ口の一つや二つは見つけてくれ。頼むから
犬耳の青年がぶつくさと呟きながら、遅れを取らない様に、歩みを速める。
「にしても、こんだけの化け物飼って、何しようとしてたんだろうな?」
「生物実験ですよ。多分」
 サングラスの少年が、走りながらある日記を見ている。少し厚みがあり、普通の辞書とさして代わりの無いような本である。変わっているといえば、表紙の装飾くらいだ。魔術や呪術の本に施されていそうな、金の付属品が散りばめられているのだ。まぁ、実際は派手の手前くらいなのだが。
「なんだそりゃ?」
「地下室で見つけたんですよ。……見ます?」
 少年はモンスターの大群に追われ、日記を見ながら走っている。普通の人間なら足元がふらついて転んでしまうであろう。大分、鍛錬をつんでいるのか。もしくは、生まれながらの才能と言うものか。どちらにしろ、その身体能力は、人のものではない。
「バカ! そんな器用な事できるか」
「そうですか? まぁ、僕もゆっくり、読みたいんで」
突然、ウォルがモンスターの方を向き急停止した。サングラスの隙間から見えるその目はモンスターを見据えている。緑の瞳も深みを増している。
まるで、心の中さえも見通されているような感覚を覚えた。
「おい! 喰われちまうぞ!?」
 ウォルは、無言でモンスターの大群に右腕を突き出した。周りの空気が熱を帯びて、周りを包んでいる。今は、寒波が訪れる時期であるというのに、犬耳の青年の額からは、汗が地面へと滴り落ち、今にも血が煮えたぎるような感覚さえある。
「素手でどうにかなる相手じゃねぇぞ!?」
 
「”求めるは邪炎 我が右腕を糧に 汝の力を我に与えよ”」

漆黒の炎。気を緩めれば、此方も焼き尽くされるかもしれない。
その狂気の闇は、一瞬にして辺りの魔物を包み込み灰にしてゆく。
先程よりも室温が高まり、この空間全体が電子レンジ状態になっている。
汗は、滲み出ようともすぐに蒸発し、口の中も乾燥している。
――この詠唱は、聞いた事ねぇぞ!?
「なんだ、そんな秘密兵器があるんならさっさと出せよ」
「でも、大技って言うのは、最後に取っておくモノでしょ?」
 犬耳の青年は、横目でウォルの右腕を見た。それは、どう見ても人の腕ではないとわかった。漆黒の力を帯びた“邪神の右腕“である。
魔法などでは無い。呪いとも思える彼の闇を、青年は黙って見ていた。


――流石にあれだけ、やれば寄って来ないだろう。 
甘かった。……二人の周りには、先ほどとは比べ物にならない程の数のモンスターが囲んでいた。今回ばかりは、倒すのは難しそうである。
一匹ずつ倒していたら、体力が持たない。
「さて、どうする? 今度はあの炎じゃ無理っぽいぜ?」
「流石に限界かな。じゃ、目瞑ってて」
 ウォルは、犬耳の青年にそう告げて、目を瞑るよう促した。戦いの場で目を閉じるのは、死を覚悟するような時だけだ。この少年と居ると、飽きはしないが命が幾つあっても足りない。だが今は、この少年の言う事を聞くしか方法は無い。犬耳の少年は、そっと瞼を閉じた。

「“汝が瞳 聖と怨との間にて ひと時の安らぎを与えよ”」

見ただけで吸い込まれそうな瞳。周りの時間が……止まった。風も空気も全てが静止して、二人の周りだけが時を刻んでいる。
――これは、時の瞳か……なんで、こんなもん使えるんだ?
不思議な少年だが、今は一刻も早く、この場から逃げたい。
「よっしゃ! 一気に屋上まで行くぞ」
 「あ、これ慣れてないから、20秒しか止められないんですよね」
 犬耳の青年の気合に、水をさすような少年の一言が彼を落胆させた。
固まっている間に、また時間が過ぎていく。目の前には、長く続いた見晴らしの良い通路。横には、ガラスを外された窓。
「コレだから嫌なんだよな。運命の神様って」
「そ、そんなに落ち込まなくても……。それに手は打ってありますよ」
 そう言って、ガラスの無い窓から下を覗いた。二人の目には下の方に小さく、粗大ゴミや廃車が写っていた。犬耳の青年は、薄らと涙を浮かべながら、コレから起こるであろう事を悟った。
下には、霞みが掛かった月の光が、薄らと差しているだけである。
「まさか……嘘だろ!?」
「もう15秒経ってますよ」
 そして、犬耳の青年の腕を掴み、そこから飛び降りた。此処は10階……普通なら、頭から地面に落ちて潰れたトマトと化してしまう。
「あ〜もう、成る様になれ!」

「“炎を纏し 朱雀の力よ 我が体を纏し翼となれ”」

 紅の炎が少年の身を包み込み、そして翼の形へと変化していく。その姿はまるで、炎を抱く巨鳥のように……。下降していた身体が止まり、飛空機に乗っているのとは、また別の感覚である。だが、妙な感覚もあるのは、確かである。
「コレもお前の力なのか!?」
「そう、炎の御加護だよ。感謝してよね。ほら、あの車に飛び乗るよ」

少年が指差した所には、一台のトラックが止まっていた。エンジンが音を立て、今にも走り出しそうである。石油を動力とした旧型のオフロード車かもしくは、生産中止になった小型の蒸気機関車であろう。ココが廃車置場となっているためか、あまり違和感が無い。
「ようやく、仕事終了っと」
 トラックの運転席には、赤髪の少女が座っているようだ。そして、ゆっくりと二人の体がトラックの荷台に降り立った。まだ少し目眩はするが、気分も大分良くなってきた。……こんな事が起こらなければ、こんな辛い思いをしなくても良いのであるが。
「また、失敗したの? コレで3回目よ」
「でも、流石に此処は手強いですよ。もう少し時期を……」
 彼女の裏拳がガラスを突き破って、ウォルの顔面スレスレに接した。ガラスの破片が、パラパラと膝の上に舞い落ちる。犬耳の青年は背筋を凍りつかせ、少年の横で微かに震えている。

「ゴメン。ハエが居たから、つい手を出しちゃって。で? 続きは?」
 「いえ……なにも」
まだ16程の女の子が、あれほどの力を持った少年を制圧している。おそらく彼女の実力は、少年と同等もしくはその上くらいであろう。この女にだけは逆らわないで置こう。そう心に刻み込んだ。
――コイツ等で、大きな町ひとつ壊せるな。
「まぁ、いいわ。別に期待はしてなかったし」
「あ、そうだ。次の仕事って、なんだ?」

 犬耳の青年は、恐る恐る赤髪の少女に尋ねた。赤髪の少女は、トラックのハンドルを握りながら。美しいとも、恐ろしいとも、思えない笑みを浮かべて、そのままアクセルを踏んだ。
そしてそのまま月を背に、荒れている大地を車で走る。

何時間経っただろうか。もう東の空が明るみ、薄らと靄が掛かっている。
ブラッドゲートと書かれた看板の店の前で、トラックが止まった。見る限りでは、繁盛しそうな店ではなさそうだ。
「ただいま〜。」
 ウォルが声を張り上げて、ドアを開けると、カウンターの奥から、バンダナを巻いた一人の男が現れた。まぁ、30そこそこであろう。エプロンをしているため、何か間抜けな印象を受けてしまう。
「おや、お二人はん。手ぶらでのご帰還でっか?」
「すいません、前行った時よりも敵が強くなっていたので」
 少年が言い訳をしていると、バンダナの男が頭をポンッと叩いた。
「まだ時間はいくらでもありまっせ♪ どんまい、どんまい」
「それにしても。此処も全然、客来ないわね〜」
赤髪の少女が椅子に座り、周りを見ながら言った。確かに、椅子はいくつも余っており、ホコリを被っている。もう、何年掃除をしてないのか分かったものではない。この男は、仕事を何だと、思ってるのだろうか。いくら、片付けられ無いといっても、ココまで来ると異常である。
「アンタ等が、居ると客がぎょうさん、逃げていきますねん」
「はは……やっぱり僕等のせいですか」

 少年は、その呪われた右手を見ながら呟いた。時間が経てば元に戻るが、その右手はまだ、熱を帯びている。彼にとって、コレが普通なのだ。別に右手しか使えない。と言う事は無いので、生活に支障は無いらしい。
だが、その腕を見るたび、化物だと叫ばれるのであろう。
「キトはん。アンタ元裏稼業者やったんやろ? この様はなんや?」
「ハハハ。つい、油断しちまって」
 バンダナの男が、横にあったモップで犬耳の青年……キトの頭を小突いた。キトは頭を抑えながら、バンダナの男を睨みつける。エプロンをしているとは言えど、壁に銃が掛けられていたり、槍が立て掛けられていたりする。流石にゾッとする。まるで捕食者にでも狙われているようだ。
「油断やて? 仕事は、いつでも本気で行かなあかん!」
 ――また説教か。親父臭い
キトの陰口が聞こえたのか、バンダナの男は、またモップで尻を叩いた。
「罰として、部屋の本棚の整理、頼みまっせ」
 「マジかよ……」
 そう言って、バンダナの男はキトを奥の部屋に連れて行き、10分程してバンダナの男だけが帰ってきた。男は、満面の笑みを浮かべているが、その本棚と言うのは、どんな規模なのか、想像もつかない。
「ほな、お二人さんはどうしますの?」
「私は、シャワー浴びてくるから……絶対覗くな」
 赤髪の少女は、殺気の篭められた瞳をバンダナの男に向ける。
男は、怯えながら首を縦に振った。この少女が一番の権力持っているのであろう。ホントにコレでいいのだろうか。

高々と本が積まれている部屋に、二人の影があった。
「ウォル〜、ちょっと手伝ってくれ」
「資料本の整理ですか?」

 キトは、資料本の整理をしていた。資料本と言ってもファイルのようなものだが。おそらく、新聞などを挟んでいるのであろう。何でこんなにも集めているのか、不思議でたまらない。こんなことをさせるより、店の掃除をさせたほうが良いのではないだろうか。
「そういや、この本。あの廃墟で拾ったんだけど」
「よく、あの状況で拾えましたね」
 ウォルは、その分厚く、重い表紙を開けた。何百枚も重なっている、写真入の書類。まるで、犯罪者リストのように赤い字で書かれた名前が連なっている。その中に、ウォルの顔写真があった。そして、写真の上から、要注意危険人物。と、ハンコが押してある。本名は、セロ=ウォルフ。さらに、その下を見ると。
――脱走の際に、看守30人を殺害。後に行方をくらます……か。
そして次のページを捲ると、あの赤髪の少女の、顔写真まで現れた。
彼と同じく、要注意危険人物のハンコが押され、本名も書かれていた。
――本名がレアナでコードネームが、鎗燕か。
「どうしたの? 面白い本を見てるわね」
「あ、鎗燕(そうえん)は、この本の事知ってるの?」
 赤髪の少女(……鎗燕と言うべきか)がウォルの持っていた本を取って読み始めた。よく見ると、頭に被っているタオルとズボンだけで上半身は、なにも着ていない。この女には、羞恥心はないのか。
「ほら、此処のマスターの事も書いてあるわよ」
鎗燕は、最後の方までページを捲ると、そのページに貼られた写真を見せた。確かに、あの店長である。本名、クレイ=ウルファーナ。そして、写真の上から、重要参考人の文字が付けられていた。なぜ、彼が重要参考人なのか。鎗燕に尋ねようとしたが、当の本人は、欠伸をしている。
「じゃあ、私は疲れたから寝るわ」
「あっ、おやすみ〜」
 結局、はぐらかされて、謎が深まるばかりだった。
真昼間から寝る。という異様な生活ではあるが、夜の仕事がほとんどの彼らにとっては、コレが普通なのだろう。通常の人間なら、想像も出来ない生活なのだ。しかし、もう少し普通の生活をして欲しいものだ。
「僕は、もう少しこの本読んでますね」
「ハイハイ、どうぞご自由に」


店内に、澄んだ鐘の音が鳴り響いた。昼間から客が来るのは、珍しい。
それでなくとも、客の来ない店に、一人の男性が入ってきた。その金髪の男は全身から、禍々しい殺気を放っている。単なる酔っ払いでもないらしいが、それならそれで厄介な事には、代わりが無い。
「お客さんでっか? 何にしましょか?」
 金髪の男はカウンターの前に立つなり、突然バンダナの男の胸倉を掴んだ。物凄い握力である。振り切れそうにはない。かと言って、このまま殺されるのは、流石に嫌であろう。
「手荒い事はやめましょや。平和的に話し合いましょ。な」
「ウルファーナは、何処だ! 早く出せ」
 呆れ果てた様子で、バンダナの男が金髪の男の腕を掴んだ。
「あんさん、もしかして客ちゃいますの?」
「あ? 見りゃ分かるっしょ? 隠すんな……ら!?」
 バンダナの男が突然、床にあった槍のような物を持って男に突きつけた。その眼は、さっきまでとは全く違う殺気が放たれている。獣のような殺気である。金髪の男は、足が竦んでしまい一瞬、身体が凍りついた。
「そら残念や、客や無い奴は全員此処が墓場となるで」
「……ほう、お手並み拝見と行こうか」





第二話 『罪被り〜Crime a Wear〜』

 山のように積まれた本の中で、ウォルは一冊の本を読みながら、横で寝息を立てているキトを見た。そしてゆっくり立ち上がり、今まで読んでいた本を、棚へと返す。彼は、ココの本棚にある本を、良く知っている。
本が好き、という訳では無いが、知識を蓄える為、毎日のように読み漁っているうちに、小説の内容や台詞などは、全て覚えてしまっていた。
「さて、もうそろそろ、あの人が来る頃かな」
ウォルは、キトを起こさぬように、本の積まれていない方へ移動した。
目に映った赤い髪が、窓から差し込んだ光を弾いている。
「あれ? 寝るんじゃなかったの? レアナ」
「その名前は、言わない約束でしょ。まったく」
「別に良いじゃん。キト君も寝てるし、こっちのが、慣れてるからね」
ウォルの、子供のような笑みに、鎗燕は溜息を付いて、本の上で寝ているキトを見た。確かに、起きそうにも無い。
「そういえば、さっきから、騒がしいわね」
「そう? 賑やかで、良いんじゃない?」


店内は、静まり返り、時を知らせる指針の金属音しか、耳に入ってこない。対峙する二人は、沈黙のまま睨み合うだけである。
「そら、ワイの事やけど、アンタ誰やねん」
「ボケた? 俺のこと忘れてるなんて、心外だな」
ウルフ(長いので省略)を睨み付け、金髪の男が、掴まれていた右腕を振り解き、ウルフの顔へ殴りかかった。しかし、その右手が顔に触れる寸前で静止した。だが、それを追うようにして、左足がウルフの脇腹に入る。鈍い音がして、ウルフの膝が床についた。
「これでも今は、のんびりと暮らしとるんですわ。アルバはん」 
 ウルフは、平然とした様子で、男の左足を掴むと、金髪の男……アルバに向かい、ニッコリと笑いかけた。そして、エプロンについた埃を取り払うと、ゆっくり立ち上がり、欠伸をする。
「今は、平和主義で通せる程、甘くは無いんだよ!」
アルバが再び、右手を振りかぶった。ウルフは、それに合わせて、後へと退き、その反動で椅子へ腰掛けた。ウルフは、反撃する様子も無く、防戦一方である。また、アルバの拳がウルフを襲い、紙一重で避けている。 
ウルフは、依然として、椅子に腰掛けた状態のまま、アルバの相手をしながらも、汗など全く滲ませていない。それとは、対照的にアルバは、呼吸を荒げながら、何度も拳を振り上げている。ている。拳術を扱っている、彼にとっては、やりにくい相手なのだろう。
「まだだ……っ!」
ウルフへ向けて、もう一度その拳を振るう。しかし、ウルフは平然とその拳を受け止め、殺気の篭められた瞳をアルバへ向けた。
「アンタ、他人の店で騒ぎすぎや。ちぃと、黙っとれ」
 アルバは、耳に届いていないのか、未だにその拳を、止めようとしない。  
ウルフは、呆れた様にその拳を避けている。また、拳が空を切る……服にさえ掠りもしない。だが、全く止める様子も無く、まだ拳を振り上げようとしている。しかし、がら空きのアルバの足に、ウルフが足払いをかけると、体勢を崩し仰向けになり床に倒れた。
 そんなアルバを横目に、ウルフがカウンターに立って、傍に放置されていた雑巾で丹念に拭いている。
「ほれ、汗びっしょりでっせ。コーヒーでもどうでっか?」
 ウルフは、カウンターの前の席に移り、奥の方からしっかりとした椅子を出して、アルバの前に置いた。

 ウルフは、コーヒー豆を挽きながら、食器棚の扉を開けた。コーヒーの香ばしい匂いが店中に広がる。食器棚には、白いコーヒーカップがあるが、どれも埃を被っている物や、割れている物ばかりである。その中から、まだ新しく原形の保っている物を選び出し、台所へ持って行った。
アルバは、渋々と椅子に座ると、またウルフを睨んだ。
「今までの間、どれだけ殺した?」
「ワイは、人殺しなんて、好きやあらへん」
ウルフは、コーヒーカップを洗いながら、その問いに答えた。だが、その答えに、アルバは、机を叩き声を荒げた。
「ふざけんな! 十年前に何人、殺したと思ってんだ!」
「そら、悪ぅ思っとる。それに、アンタの友達がおるとは、思わんだんや」
 洗い終えたコップを布巾で拭きながら、俯き加減で笑みを浮かべながら言う。アルバは、怒りを押さえながら、拳を握った。
「それで、なんのよう? これ出したのアンタだろ?」
カウンターの上に置かれた、一枚の封筒。表には、アルバ=ホーセス様へ。と、書かれているだけで、他は、何も書かれていない。
ウルフが、苦笑を零しながら、挽きたての豆をコーヒーカップに入れながら、無言のままである。アルバは、不敵な笑みを浮かべながら、カウンターに出されたコーヒーを手に取り口に付けた。そして半分ほど飲み、椅子から腰を離すと、カウンターに置かれた、封筒を開け手紙を出した。
「重要参考人のスフレ=シリング及び、クレイ=ウルファーナの所在が分かり次第、政府の方へ連絡してください。だとさ」
「政府関係者との面識は、あるん?」
ウルフの質問に、アルバは首を横に振った。
アルバは、残りのコーヒーを全て飲み干し、空になったコップと手紙をウルフに投げ渡す。ウルフは、慌てたように両手でコップを受け取った。
「スフレはんも、あの日以来、会っとらんからなぁ」
ウルフは、受け取った手紙を読みながら呟くと、それを破ってしまった。
そして突然、カウンターから立ち上がると、壁に掛けられている、槍斧を手にとった。大人が両手でも持てるかどうかも分からない大きさである。
それをウルフは、軽々と片手で持ち上げている。
「今日は客がよう来まんな〜。でもネズミはんはお断りやで?」
「ネズミ?」
アルバが、問い掛けようとした瞬間、黒い刃が天井へと突き刺さる。それと同時に数滴の血が、天井から滴り落ち、床に赤い水溜りを作っている。
「なんや、女の子かいな。手加減しといて良かったわ」
天井裏から、足音が微かに聞こえた。おそらく人間であろう。どうやら、深手とまでは、いかなかったようだ。掠り傷程度であろうが、コレだけ後を流しながら動けるのが不思議である。かなりの訓練を受けている者であることは、間違いない。ウルフは、天井から刃を引き抜くと、店の入り口へ行こうとしたが、立ち止まって、部屋の方を見ると、アルバに開けるよう促した。古びたドア……ではないが、あまり掃除はしていないようだ。所々に埃が付着している。
「この部屋になんか居るのか?」
 アルバは、ゆっくりと扉を開け、恐る恐る中の様子を見た。
「ウォル〜そこにある本とってくれ〜」
「鎗燕もちょっとは、手伝って下さいよ」
「……いやよ」
 目の前にいたのは、犬耳の少年とサングラスの少年が掃除している横で、クロワッサンを片手にコーヒーを飲みながら、昼のワイドショーを見ている、赤髪の少女の姿だった。アルバは、この状況に戸惑いながらウルフの方を向いた。口笛を吹きながら、また食器を拭いている。
「なんだ この連中は?」
「ワイの店のアルバイトやっとる奴等や」
 そう言って、ウルフは部屋の中に入ると三人に向かって手を叩くと、三人のうち男二人がウルフの方を向き、首を傾げる。そして、ウォルが梯子から降りて、ウルフの元へ駆け寄ってきた。
「早速、仕事ですか?」
「今回はボランティアや」
ウルフの言葉に、即座に赤髪の少女……鎗燕が反応する。コーヒーカップを畳に置くと、テレビを消してウルフを睨み付けた。
「仕事じゃないのなら、私は降りるわ」
「俺は行くぞ〜。ボランティアだろうが何だろうが」
 代わりにキトが銃器系統のものを鞄から取り出し、戦闘準備をしている。本来ならもっと、軽い装備でも良いのだろうが前回の汚名返上とばかりに、強力な武器を次々と肩に担ぎ腰には、手榴弾を取り付ける。これほどの武器は、反乱防止のために政府の手で規制されている筈なのだが……。
「じゃあ、鎗燕は、休んでて。すぐ終わらせてくるからさ」
「ほな行きましょか」
ウォルは、鎗燕に笑顔を浮かべて手を振った後、店のドアをゆっくりと開けた。一人の少女が立っている。肩に怪我をしている所からして、おそらく屋根裏に居た者だろう。息切れをしている様子はない。
「なんだ、女か。すぐに終わりそう」
 アルバが少女に向かって走りだした直後、ウルフが叫んだ。
「ちょい待ちぃな!」
「もう、遅いよ……」
 少女の腕についている短剣が、アルバの左胸に突き刺さった。紅い血が宙を舞い、その血がウルフの服に数滴付着した。
 アルバは、ウルフの声に反応して間一髪、致命傷は避けている。幸い、傷も浅いようだ。しかし、驚きのあまりか声が出せていない。
「心臓の頚動脈を掠めてはるな。こりゃ、まるで……」
「へぇ。アレをかわすんだ」
 少女が、朱色に染まっている瞳で、ウルフを見据えた。少女は微笑を零してはいるものの、その表情は氷のように冷たく、明らかに殺意を帯びている。まるで、生きている兵器のようだ。しばしの間、沈黙が続いたがウルフが店の屋根の上を見上げ、笑みを浮かべた
「ところで、屋根に居てる嬢ちゃんは、顔見してくれへんの?」
「流石は、四大勢力の一人ですね。いつから、気付いていたのですか?」
 屋根の上から現れたのは、十代後半の少女だったが、随分と丁寧な口調でウルフに問いかけ、清楚な微笑を浮かべた。
「おっ! こっちは綺麗な嬢ちゃんやないですか。どうもよろしゅう」
 ウルフは、嬉しそうに笑いながら、少女に頭を下げて挨拶をした。
女好きと言うか、能天気と言うか……。何にしろ、この男に緊張感が無いのは、明らかである。キトは、突然ウルフの肩を掴むと、ウルフの身体を地面に打ち付けた。そして、鞄から機関銃を取り出し、二人の少女へと銃口を向ける。次の瞬間、無数もの轟音と共に、店の看板に次々と穴が開いていく。十数秒後、ようやく弾が切れ、再び弾を篭め始めた。
「や……やりすぎや、ありまへん?」
「ちっ、当らねぇ。もうちっと、暴れるぞ」
土煙の中から現れた二つの影。あれだけの弾雨の中、掠り傷ひとつ無い。
キトは、それを確認した後、服の右腕の裾を捲り上げた。幾つもの呪陣が描かれており、肩の方まで連なっている。
「それじゃ、第2ラウンドと縺れ込みますか」


第三話 『錯乱の粉〜Be Distracted Powder〜』

キトは、右手に描かれている呪陣に左手を添え、地面に手を付けた。
褐色の大地に青い光が灯り、右手と同じ陣が浮かび上がる。
間髪を与えず、再びその陣に別の種類の呪陣を組む。段々と構造が複雑化していき、数秒後には、目の前に何重にも連なる陣が完成していた。
「コレで終わりだ」
キトの言葉が放たれた瞬間、連なっていた呪陣は跡形も無く消え去った。
そして、その場所には、翼の生えた小さな竜が1匹。
その竜は、キトの姿を見ると背中の翼を使い、ゆっくりと肩の上に乗った。
召喚術の一種であろうが、この竜の様子を見ると、戦いに向いていない。
大体、こんな小さな竜では、火も吹けないであろうし、満足に移動も出来ない。ましてや、戦闘となれば足を引っ張るだけである。
「流石に、2人相手じゃ勝てないんでね」
「期待していたのですが……私達は、過小評価されているようですね」
素手の少女が拳を向け、もう一人の少女は、黙ったまま短剣を持った。
キトは、いくつかの銃器を取り出し、地面に置く。
北風により、枯葉が舞いキトの目の前に来たと同時に、一本のナイフが飛んできた。枯葉は、粉々になり一筋の血が地面へと落ちる。
キトが彼女たちに目を向けようとした時、体中に激痛が走った。それと並行するように、体中に痺れが回り、四肢が碌に動かせない。
「クローネの短剣には、毒が塗ってありますから。気を付けて下さいね」
素手の少女が岩に座りながらキトの方を向き、にっこりと笑っている。
まだ、震えている身体を無理矢理、起こし二人の少女を睨んだ。
そして、大型の銃器を取り出し、銃口を素手の少女に向け、痺れている
指が引き金へと伸ばされ、揺れる銃口を左手で押さえつけた。
一発の銃声が響き渡り、血が飛び散った。銃弾は少女の頬を掠め、店の壁を貫いていた。キトの右腕には、深々と短剣が刺さり、血が噴き出ている。
「貴方では、私を倒す事は出来ませんよ」
「……だとよ。アヤメ」
短剣の少女……クローネの首筋に、銃口が付けられた。微かに見える銃身の先には、アヤメと呼ばれている桜色の髪をした大人びた女性。
何処から来たのかは、分からないが誰にも気付かれずに彼女の背後に立っていると言う事は、相当の者であることは確かである。
クローネがすぐさま振り返り、短剣を振りかざそうとするが、腕をつかまれて地面にうつ伏せに倒された。
「すっかり腕が落ちたみたいだな。キト」
 アヤメは、キトに向かって微笑を浮かべた。
だがその手には、しっかりとクローネの白い腕が握られている。そして、身動きの取れない少女に先程とは、全く違う据わった目で睨み付けた。
「久々に擬人化して、説教臭くなったのか? 早く、こっち来い」
――擬人化ですか……少し、予想外ね
キトが痺れた手を挙げて、アヤメを呼ぶ。すると、握っているクローネの腕に手を添えて詠唱を始めた。キトがやっていたのとは違う、もっと短縮された簡易魔法。少女の体が突然、何倍もの重力が圧し掛かったように動けなくなった。まるで、両腕に枷が付けられているようである。
そしてアヤメは、キトの右手に手をかざし、再び詠唱を始めた。

「“漆の器に瑠璃の葉を 唐草を魅ゆる灯火に 揺らぐ種火を……”」

3つの節で綴られた詠唱。魔法が、使われていない今では、使える者すら砂粒ほども居ないと言われている。それを彼女は、あっさりと扱った。
キトの右腕に刻まれた傷が少しずつ塞がっていき、数秒後には完治していた。岩に座っていた素手の少女が立ち上がり、二人を睨んだ。
「あまり、人を傷つけたくは無いのですが」
少女は、拳を握り締めるとアヤメの方へ跳び、腹に裏拳を放つ。
しかし、それを見計らったようにキトの右腕が拳を抑え、彼女の目の前に銃口を突きつけ、撃鉄に指を伸ばそうとした。……指が折られている。
拳を抑えた時にやられたのか、それともまだ治っていなかったのか。
キトは戸惑いながら、右手の甲で引き金を引いたが、目の前にいたはずの少女の姿が無い。そして、背中越しに感じる殺気。キトが振り向いた時には、拳が目の前に来ている時であった。鈍い音が轟き、地面に血が付着した。間一髪で少女の拳は、銃身で抑えられキトに届いていなかった。
しかし、キトの身体は、傷だらけになり尋常でないほど出血している。
「人形なら人形らしく。ってな」
キトは、膝をついたまま、地面に転がっていた大型の銃器を手に取ると、そのトリガーを引いた。轟音が響き渡り、鉄の塊が少女の右腕を貫く。
赤い血が噴きだし、右腕は吹き飛び地面に転がっていた。
しかし、右腕を失った少女は、顔色一つ変えずに左の拳を握り締め、キトの懐へと飛び込み、反撃に踊り出るが拳が肩を掠めただけであった。だが、次々と骨の折れる音がまるで、音楽のように聞こえてくる。それは、眼前に広がる光景を見なければ心地良いとも思えたかも分からない。
アヤメは、我に返りキトの元へと走った。
少女は、肩を押さえて地面に平伏すキトを見据える。
「あまり、無駄な戦いはしたくありません」
突然、鎗燕が店のドアを開けて出てきたかと思うと、右手に持っていた長刀を、身動きの取れない、クローネの首筋に突きつけた。
「さっさと帰ってくれない? 死体処理は、得意だけど……臭いが染み付くのよ。洗濯が大変だし、血も取れないの」
鎗燕は、もう片方の手で、持っていた拳銃を素手の少女へと向けると、少女が諦めたように両手を上に挙げ、キトのそばから離れる。鎗燕は、それを確認すると、クローネに向けていた刀を離し、後へ下がる。
それと同時にクローネの呪縛が解け、短剣を鎗燕へと向けたが、素手の少女に止められた。鎗燕は、怪しげに微笑んでウォルの方へと近づく。
「あの位なら、アンタが本気出さなくても倒せるでしょ」
ウォルが頭を掻きながら、黙ってしまった。
クローネが鎗燕に殺気に満ちた視線を送るが、それを流すように視線を素手の少女へと移し、ゆっくりと歩み寄る。しかし、鎗燕より少し先にウルフが彼女の元へ近づき、手に持っていた槍斧を肩に担いだ。
「お二人さんは、ファニング出身でっか?」
ファニング地区は、政府が唯一、手が出せない場所でもあり、未だに人体実験が、行われている場所でもある。その問いに、クローネは、沈黙していたが、もう一方の少女が、口を開いた。
「確かに、貴方の言っている地域から来ました。よくご存知で」
「まだ実験やっとったんかい。こんな可愛い子にまで」
ウルフは、肩に担いでいた槍斧をゆっくりと下ろした。素手の少女が左手の拳を握り、額からは、少し汗が出ている。一触即発……戦闘は必至かと思われたがウルフが自分の武器を捨て、口を開いた。
「今度、コーヒーでもどうでっか♪ え〜と」
「リラと申します。また今度、プライベートで会えたら」
「リラちゃんな。今度、また会いましょな〜」
クローネが呆れたように、リラを見た。当の本人は、嬉しそうに笑みを浮かべて、ウルフと世間話をしている。さっきまで、仲間と死闘を繰り広げていたとは思えない。しかも、右腕からの出血も微量ながら続いている。
「リラ。もう、ココには用は無いでしょ。早く帰りましょ」
クローネは、不機嫌そうにリラの手を引き、店の前に止めてあったバイクに乗った。リラは、まだウルフに向かって手を振り、それに答えるようにウルフもまた手を振っている。この男に緊張感があるのかどうか分からないが、とりあえず女に弱いと言う事が十二分にわかった。
「ちょっと、何で俺だけ放ったらかしなんだ?」
さっきから、放ったらかしにされていたアルバが、ウォルの胸倉を掴んだ。ウォルは、何が起こったのか把握できずに慌てている。
しかし、他の3人及び一匹は、全く聞いていない。笑顔を見せながらも、アルバの怒りは、すでに頂点に達しつつあった。そして、矛先が向けられるのは、唯一捕まえている……。ウォルが一瞬にして凍りついた。
「あ〜。そやそや、仕事の話ちゃんとせなな」
その時ばかりは、ウォルにとってウルフの声が、神の声のように聞こえたことだろう。アルバがウォルの拘束を解き、ウルフの方へ近づいてきた。
「その前に、さっきの二人は、何?」
「せやなぁ。コネクト言う名前やったら、知っとるかいな?」
コネクトは、化学の発展の為と称して、人体実験を行っている。ある意味、人身売買や殺人よりもたちが悪い。だが、ファニング自体が自立地区であるため法律が通らない。彼等自身、人を殺すことを何も考えていない。あえて言うなら、実験用のモルモットか、使い捨ての電池か。
「じゃあ、仕事の話に行くか」
「明日、早速行く予定なんで。用意は、大丈夫ですよね?」
 ウォルがメモ帳を取り出して、アルバに日程を説明しだした。
場所。滞在期間。想定される魔物の数。しかし、行く目的が出てこない。
その後も建物の構造や、グループ分け等、面白みの無い話が繰り返された。
「目的は何? 俺は、まったく聞かされてないんだけど」
「表向きは、政府軍がひっそり、隠しとる麻薬の回収や」
 その言葉に、アルバの顔が引きつる。ウォルは、白い粉が入った袋をアルバに投げ渡した。雪のように白く、恐ろしく思える。だが、表向き。というのだから、他の目的も、ある筈である。
「で? ホントの目的は?」
「君なら、何を望むの? アルバさん」
 ウォルは、そう言い残し店の中へと入っていった。
――あれ? アイツに名前、教えてたっけ? ……まぁ、いいか
「アンタ。ファニングとあの粉の事、何処まで知ってるんだ?」
「ワイよか、そこの二人の方がええんとちゃうの?」
ウルフは、地面に仰向けになって倒れているキトと、その治療に専念しているアヤメを指差し、ニッコリと笑って店の中へと入っていった。
アヤメは、キトの治療がある程度終わると、アルバの方へと近寄ってきた。
桜色の髪と銀色の目が、彼女の美しさと怪しさを引き立たせている。
「まったく、あの馬鹿……9年前と全く変わってない」
アヤメは、傷が治って、寝息を立てている、キトの寝顔を見て、苦笑を零した。まるで、恋人のようにも思えてくる。ハーフエルフと竜のカップルなんて聞いた事も無い。それでも、この二人を見ていると、これが普通なのだと自然に思えてくる。不思議なものだ。
「よく、あんなのと、一緒に居られるな」
「一応、アレでも夫なんだ。少し血の気が多いがな」
夫? アルバは、耳を疑った。つまり……この二人は夫婦? いくら、竜の年数えが人間と違う、といっても流石に10歳は犯罪なのでは。だが、それを口に出して言う事はしなかった。
――色々……疲れたし
「じゃ、先にこの馬鹿連れて中に入ってるから」
アヤメは、熟睡しているキトを肩に担ぎながら、店の中へと入っていった。
もう、北風が吹いている。肌寒くなって、流石に暖を取りたくなりアルバは、古ぼけて幾つもの弾痕があるドアを開けた。
――そういや、政府の方にフランとか言うのが居たっけ。元気にしてんのかな?


“鉄線に囲まれし国は、数万の民を囲いし砦。殺すことも無く、また守る事も無く……ただ、閉じ込めるだけの疑獄と化す”
唯一、法律が定められ犯罪も少ない街。その上に立つ政府の幹部は、優越感に浸り、下を見下しゆっくりと窓から顔を出す。
いつも騒がしくする国民は、『政府からの離脱』を掲げるだけで手は出せない。力だけで支配されたこの国に、自由などは必要が無いのだから。
その光景に嘲笑を浮かべながら、見学をしている男……この政府内での指揮官とも言える人物、フラン=エスクード。金、人命、法律と国に必要な全てを握っている男である。政府にとっては、敵とも味方とも分からない。
「反乱軍の足取りは、つかめていないのですか?」
「いいや。まだ、一つも情報がないよ」
 フランともう一人の黒いローブを纏った男。おそらく魔術を専門に使うものか、もしくは、訳ありの犯罪者か。フランと親しげに話しているが、深々と被ったローブの間から見える笑みは、如何にも妖しげな感じを醸し出しているが、その笑みに対して、フランが対照的な明るい笑みを零す。
「変ですね。私たちの動向は、外に漏れている筈は無いのですが」
 フランは少し考えて、数枚の資料を取り出した。
「そういえば2年前に、同じような事がありましたね」
机に置かれた資料を一枚ずつ、確認していく。数十年前の資料からつい最近の資料まで黙々と読んでいくフランだが、表情が読み取れない為、 
笑っているのか、悩んでいるのかも分からない。
途中まで読み、すべての資料を机の上に置いた。
「確かあの時は、政府内の者が暴動を起こしたそうですね」
「おい。私達の中に、裏切り者が居るとでも、言いたいのか?」
 ローブの男が、少し動揺した様子で、フランの顔を見た。
相変わらず涼しい顔をしながら、気味の悪い笑みを浮かべている。
冷静を保てる。と言うのは、指揮官として強みであるが、人間としては、
どうも気持ち悪く思える。男は、ゆっくりと席を立ち、部屋を出ようとし
たが、後から聞こえた言葉に足が止まった。
「いえ、貴方たちの中に居るとは、思っていませんよ」
――彼がいつも使っている、丁寧な敬語。聞きなれている筈なのだが、
妙に違和感がある。気のせいだろうか、彼の瞳が冷たく思えた。
フランが不思議そうな顔で、男の顔を覗き込む。男は、ハッとしてフランの目を見たが、いつも見ている、深く温かみのある瞳であった。
彼は、政府の中で唯一人のことを考えている一人である。それは、この国のものなら、誰でも知っている。大雨が降り、川が増水した時は、自ら川へ行き、土嚢を作って反乱を防いだ。スラム街に住んでいる子供達には、靴や菓子を与え、国民から唯一慕われている男である。
だが、裏を返せば力で統治しようとしている政府としては、邪魔な存在でもある。彼が居なくなれば、国民を恐怖で縛り付ける事も出来る上に、国民の活力も無くなる事は、目に見えている。
あとは、死因を事故にしてしまえば、完全な独裁政治が出来るであろう。
だが政府は、それが実行できないで居る。国民の反感を恐れているのか、政府内に居る彼の同士からの復讐を恐れているのか、定かではないが、彼は、命を殺める事など出来ない。優しすぎるのだ。
「どうかしましたか? もうすぐ会議が始まりますよ?」
「あぁ、そうだな」
「そういえば、今日だったそうですよ。2年前の事件があったのは……」


第4話『記憶の墓場〜Memory in Grave〜』
 

山のように詰まれた鉄屑。その上には、ワゴン車やスポーツカーといった、廃車が乗せられている。まるで、機械の墓場のようである。
オイルの臭いが辺りに立ち込めており、人が住んでいられる様な環境ではない。地面にも草は無く、生命の息吹すら感じられない。
そんな中で、大量の機械に囲まれ、地面に横転している廃車に座り、新聞を読んでいるメガネを掛けた青年……スクレ。その横には、赤い首輪を付けた黒猫が一匹、スクレの右手にじゃれ付いている。
「最近の新聞屋は、便利だ。こんな所にまで来てくれる。な?」
 声を掛けられ、頭にスクレの右手が乗せられた黒猫は、その手の甲を丹念に舐め、再びスクレの顔を見た。眼鏡越しに見える、深く透き通るような青い目は、全てを見透かしているようにも思えてしまう。
猫の頭に置いていた手を、詰まれている鉄屑の上にそっと置いた。
さっきまで、スクレの横に座っていた猫が欠伸をし、地面へと降りる。
荒れた地面。ヒビ割れて、苔や雑草も生えぬ大地に銀白の羽が舞い落ちた。
天使とも思えるような、黒色の羽。だが、その持ち主は、先ほどの黒猫である。スクレは、それを見て、少し驚いた様子で、微笑を零した。だが、本当に笑っているのか少し微妙である。彼は、表情を見せないし、愛想笑いもしない。
無表情とまでは、いかないが分かりにくいのは、確かである。スクレは、その羽を持った猫を抱き上げると、微かに分かる笑みを浮かべた。
「そういえば、3年前の今日だったな。お前と会ったのは」
「その時のお前さんは、見るに耐えなかったねぇ」
「……今も、そう変わらないと思うな」
犬の言語能力でも、3歳児並である。ましてや、猫が喋る事など本当は、有り得ないのだがのだが、人の脳を組み入れれば、3歳児どころか全ての言葉を操る事が出来る。合成獣と同じ容量で作りさえすれば、簡単なのだ。
スクレは、周りに無造作に置かれている、廃棄された機械の山を見て、溜息を付いた。まだ使える筈なのに、砂と同然の扱いを受けている機械達。
――所詮は、俺もコイツ等と同じって訳か。3大勢力の一人とも呼ばれた男がこの有り様だ、あの政府軍の馬鹿野郎共に……っ!
「焦っても仕方ないさね。感情表現するのは良い事だが」
黒猫は、強く握られ血が滲んでいる、彼の拳を見て、呟いた。
――感情表現? 違う。自然と流れてくるだけだ。
スクレは、握り締めていた拳をゆっくり解いた。少し痛みが走る。
猫は、その手に付着している血を舐め取り、毛繕いをし始めた。
血を啜る。と、いえば少々不気味な気もするが、水が少ないこの地では、最小限の小雨だけで、生きていかなければならない。少量でも水分を含んでいる血は、この猫にとって唯一の、潤いなのだろう。
「なぁ? 俺は、こんな場所で座っていて良いのか? アイツは、もう……」
「悲観する事はないよ。アンタが一番辛いのは、アタシが一番知ってる」
黒猫の髭が、スクレの頬に触れた。
――今まで一緒にいてくれたのは、コイツだけだからな。
スクレは、地面に転がっている一冊の本を持つと霞み掛かった雲を見上げた。そして黒猫を抱き上げ、肩へと乗せた。
「もう一度、アイツに会ってみたい。一緒に来てくれるか? マロウ」
「まぁ、久方ぶりに純粋な水を飲みたいさね」


転がっている椅子。ひび割れた机。一部、埃の被ったカウンター。
演出なのではなく、純粋に汚く、客が一人も来ない店の中。2人の少年が、10数枚ほど重なった板を囲みながら、談笑している。
 その横で鎗燕が、コーヒーを飲みながら微笑を零し、ウルフとアルバは、
椅子に座りながら寛いでいる。
「この屋根、雨漏りして嫌なのよね……」
「なら、お前も手伝えよ!」
キトの怒鳴り声は、店中に響いたが鎗燕は、コーヒーカップに口をつけながら、ヘッドホン越しに音楽を聴いている。
ウォルは、黙々と作業に耽り、声など全く届いていないようだ。
――コイツ等、全員まともじゃないな。うん、俺は正常だ。絶対に!
積み重なった板に向かい、独り言を言っているキトに、店の奥から出てきたアヤメが、陶器に入ったお茶を持ってきて、前に置いた。
「そういや、皆はん。今回行く漆羽門の事は、知ってまっか?」
 ――漆羽門。犯罪者の量産場とも呼ばれ、20年前に政府が制圧。そこに住む、ほとんどの人命が失われたが、その中には、普通に生活を送る一般人も大勢。そして、その形は今も残っている、か。ようは、政府が間違えて作った、墓石の処理か何かだろ
突然、思い出したようにウルフの口から放たれた言葉に、キト以外全員が首を横に振った。ウォルは、天井の修復作業に没頭し、聞こえていないようである。その光景に、キトは、溜息を付く気にもならなかった。
「おい、そこの金髪。お前は常識人じゃなかったのか!?」
「だって、5歳の時から盗みの練習だけしか、してないし」
その無情な言葉に、キトの頭ががっくりと下に項垂れた。
ココに普通な奴は、居ない。改めてそれを実感し、気を取り直して、説明を始めた。漆羽門での過去の出来事や、正確な位置。そして、それを隠蔽している政府軍の事、全てを話した。
「その時に一人だけ、生死を確認できていない、少年が居るんだっけ? 確か名前は……エンス=リセッドですよね?」
――まだ、大丈夫な奴が居たか。助かった
ウォルが脚立の上から、ウルフを見下ろして問う。サングラスから時折見える、淡いグリーンの瞳には、恐怖すら感じる。それも、闇のような恐怖ではなく、なんの疑いもしない眼、すぐに感情に流されそうな心が、そう思わせているのであろう。よく、今まで生きてこれたものだ。
「名前までは、知らへんけど……それが今回の目標♪」
相変わらずの口調で、ウルフがウォルを見上げながら、話している。
どうも、緊張感が欠けているようだが、このくらい余裕があったほうが、良いのだろう。そんな中で、キトだけが浮いていた。
「じゃあ報酬は、ココでの借金を完全返済ってことで、良いわね」
鎗燕は、そう言い放つと、机に座りながら、木棚から小ビンを取り出し始めた。
そのラベルには、長時間吸っていれば、死に至るような液体の名前から水酸化ナトリウムまで、あらゆる薬物の名前がプリントされており、無免許では扱えない、危険なものばかり、よく集める事が出来たものだ。
ある種、尊敬の念さえ沸いてくる。もっとも彼女の場合は、尊敬されるより、金。と言った所だろうが。
「そういえば、案内役とか居ないのか?」
「アヤメはんに一任しとるから、気にせんでええ」」
キトが鎗燕と向かい合いながら、地図を探しているアヤメを見て、溜息を漏らした。
――アヤメの奴。字、読めたっけ?
キトは、この思いが杞憂である事を願いつつ、机に置いてあった湯飲みに手を伸ばし、半分ほど残っていた緑茶を飲み干した。


石畳で覆われている、活気溢れる繁華街を歩く青年が一人……フラン=エスクード。その後を追うように、武装した男たちが数人歩いている。
護衛のように見えるが、真意は分からない。だが、フランが居なければ真っ先に女、子供を殺しそうな血の気の多い男であるのは、確かである。
「久々にガキの血が見れると思うと、ワクワクするねぇ」
右に居る少し痩せ味の男が、フランの耳元で囁くが、それを聞いていないかのように、フランは黙って睨んでいる。その様子を、二人の男が鼻で笑い、筋肉質の男が懐からナイフを取り出し、フランの背中へ当てた。
「お前とて、2人掛かりじゃ、どうにもならんだろ?」
フランは、沈黙を守りながら、二人の腕に手を置いて、放すように促す。
二人の男は、下品な笑い声を町中に響かせて、足を進ませた。
大きな店の裏通りに差し掛かり、風景が活気の薄いスラム街へと移った。
痩せこけて、愛想笑いを振りまきながら、空き缶を持っている少年。
その缶の中には、1枚の硬貨すら入っていない。その他にも、裸足のまま走り回る少年や、少女達の姿も見受けられたが、全員の身体が骨と皮のような状態である。
「確か、金を払わない国民に人権は、無いんだよな?」
筋肉質の男は、そう言い放つと同時に、缶をもった少年を蹴り飛ばし、持っていたナイフを取り出し、少年に向けた。少年は足が竦み、身体を震わせている。そして、少年が悲鳴をあげる間もなく、ナイフが振り下ろされた。鮮血が宙を舞い、頬に血が付いた少年の表情が歪んだ。
少年の目の前には、血が流れている白い腕があり、フランの涼しい笑顔が、少年に向けられた。筋肉質の男は、思わずナイフを手前に引こうとした。……動かない。まるで、岩に食い込んだかのように、幾ら力を込めて引いても、そのナイフの刀身は、ピクリともしなかった。男は、思わず柄から手を離し、2〜3歩後ろへと下がる。
「困りましたね。予定より、少し早いんですが」
フランは、腕に刺さったナイフを抜き取ると、少年の頭に手を置いて、逃げるように促した。先程まで、穏やかであったセラフの顔付きが変わり、背後でたじろいでいる、二人の男を冷たい瞳で睨んだ。空気を伝わり感じる恐怖、指の一本もまともに動かせず、砕けた石畳の上で立ち竦んでいる。
「外側の敵より、内側の味方に注意すべきでしょう。……もっとも、私のことを嫌っている人は、何人も居たようですがね」
フランがクスリと笑い、抜き取ったナイフを二人に向けた。
何の変哲も無い刃、ついさっきまでは、手元にあり、普通のナイフと分かっているのに、男たちの足が震えている。
「せめてもの慈悲です。苦しまずに、召されなさい」
男の視界が突如、右へスライドし、下へと落ちた。ふと、目を上に向けると、見覚えのある体が立っている。……自分が鍛えてきた体、よく見ると、下あごから上が無い。男がようやく、死を実感した。
角から、小さな人影が見えたが、フランの方を見て、もう一度角に隠れてしまった。
血に塗れたフランの手が、少年の頭へと近づけられるが、少年は、それを拒絶するかのように、涙を零しながら、繁華街の方へ走り去っていった。
「……すいません。少し、ココを離れますので、後をお任せします」
「貴方は、優しすぎる。戦場なんて、似合いません」
フランの言葉に、背後から黒いローブを着た男が、フランに話し掛けた。
「残念ながら、旧友との約束なのでね」
ローブを纏った男の表情が曇ったが、刃を向けようとはせず、苦笑いをしながら道を開けて、お辞儀をし、フランを見送った。
フランが思い出したように、振り向いて男に笑みを向けた。
「私に優しすぎる、と言っておきながら、貴方も一緒ですね」
それを聞いた男は、溜息混じりに無線機を取り出した。
『こちら、繁華街スラムB地区。フランが政府の男、二人を殺して、漆羽門へ“向かいました”』
「ココで捕まえれば、良いじゃないですか」
「生憎だが、友を自分の手で捕まえる程、優しくは無いんでな」


――眠れない。眠れる筈が無い……こんな場所で
キトは、瞼を開けるとスモッグの影響で靄の掛かった、星を見た。
身体の下には、この地域では珍しい、キク科の植物の葉が、敷かれており、明らかに熟睡できる状況では、無い。
キトは、横で爆睡しているアルバを見た。
――どうして、ハーフエルフの俺が、人間より人間らしいんだ
そう思いながら、立ち上がり開きっぱなしの店の窓に、顔を寄せた。
ウルフが鼻歌混じりに、食器を洗っている。
「オイ。なんで、あの二人だけ、部屋で寝てるんだよ」
「鎗燕はんは、アレでも女の子やし。それに、相部屋やで?」
聞き間違えでは無いだろう。だが、念のために、もう一度聞きなおそうとした時、部屋のドアが開き、鎗燕が現れた。
「だってねぇ。見た感じ、毒もってそうな男より、純粋なほうが、良いじゃない。それにねぇ……」
「まだ、あるのかよ」
「やっぱり、相部屋の方が都合良いわよ。色々と」
「すんません。もう文句は、言わないんで、その辺にしてください」
鎗燕が、勝ち誇ったかのような目で、キトを見ている。
――ウォルの立場って、殺される心配が無い分、かなり下なんじゃねぇのか……。まぁ、関係ないから良いか
キトは、深く溜息をつくと、そのまま窓を閉め、あの眠れない、ベッドへと歩いていった。外は、随分寒いが、眠れない。という程ではない。
むしろ、涼しいくらいなので、慣れれば問題など、微塵も無い。
――この状況さえ、我慢すりゃな
キトが立っている周りには、幾つもの十字架が立てられている。ウルフが言うには、週に一個ずつ増えているらしい。そんな場所で、普通の神経をした人間が、平然と眠れる筈は無い。だが、キトの足元には、口をあけながら寝ている、人間がしっかりと寝ている。
「常識知らずってのは、楽で良いよな」
別に、世間知らずだからと言って、神経が狂ってる訳ではないのだが、ココに住んでいると、その定理が自然と成り立ってしまう。
「ハハ、明日になっても、心身ともに無事で居られますように」
そんな独り言を漏らしながら、瞼を閉じた……さっきから、近くの方で妙な音が、聞こえている。それと同時に、聞こえるはずの無い、鈴の音までも耳に飛び込み、精神不安定のまま、眠りへと落ちた。

まぶしい光が瞼越しに見え、朝である事を感じると、横に居るアルバに目を向けた。まだ、熟睡しており、全く起きる様子も無い。
突然、窓が開き、聞き覚えのある、元気の良い声が聞こえた。
「あ、おはよ〜。ご飯出来てるよ〜」
「おう。昨日の夜、何にもされなかったか?」
「そういえば、いつも寝てるときの記憶って無いんだよね。なんでだろ?」
――……どうしようか、別に大丈夫そうだけど。ココは、真実を言ってしまったほうが、良いのか?
 そんなことを思っているうちに、シャワーを浴びて戻ってきた鎗燕が、此方に近寄ってきた。これで、言うチャンスは無くなってしまった。
「ウォルは、寝相が悪いからね、頭打つんじゃないの? 今度、薬作ってあげるから」
――これは、確信犯と言うモノでは、ないんですかね?
店のドアが開き、桜色の髪が見えた……アヤメであるが、そういえば昨日は、店の中にも外にも居なかった。
「ほら、言われてきたもの。全部買ってきたぞ」
「どうも、お疲れ様」
袋の中には、食料や水のほかに、包帯やクスリもあった。だが、ラベルには、劇薬物と書かれた妖しげな瓶も入っている。
――この女……アヤメまで手懐けやがった
顔を顰めているキトの横で、油性ペンを片手に、ウォルが木板に向かいながら、なにやら真剣に考えているようだ。
「ねぇ、今回の仕事の事なんだけどさ」
「ん、どうしたんだ?」

「キトさんは、2泊3日サバイバル無料観光ツアーか、漆羽無料カンコーツアーのどっちが良いと……」
「すまん。天然かマジボケか、分からん以上、ツッコミたくねぇから」
キトは、満面の笑みのまま、冷たい言葉を真剣な顔のウォルに投げつけ、ウォルから油性ペンを奪い取り、ゴミ箱へ投げる。
店の外から、ウルフの訛り掛かった独特の声が聞こえた。
「用意、出来たんやったら。もう行きまっせ」




第四話 『迷い道〜a Mazing Road〜』


五人と一匹は、鉄骨とコンクリートで固められ今、原形を保っているのが不思議なくらいの住宅街の前で、足を休めていた……いや、廃墟群と言った方が妥当だろうか。なにやら全員、岩陰に隠れている。キトが竜の姿に戻ったアヤメを抱きながら、皆に向かい元気良く言い放った。
「おっ、思ったより早く着いたな!」
「……なんで、十数時間も掛かってんのか、とっても疑問なんだけどね」
アルバ以外の五人は、少しの息を乱すことなく、地に座り談笑している。
何となく忘れがちであるが、アルバは、この異色メンバーの中で唯一、普通の人間である。もっとも、幽霊などの類は、全く大丈夫らしいが、それだけである。なら、何故にこんな所まで、連れて来られているのか?
「普通なら、5時間くらいで着いているわよ」
――っていうか、普通なら一本道だったよね!?
 此処まで来る道は、そこまで壮絶でもなかっただろう。
普通に直線の道で、それでいて、獰猛な動物も居なかった。だが、キトが妙な道を見つけてから、状況は一変してしまったのだ。突然、道を逸れ、獣道に入ったと思えば、熊が五〜六頭現れたり、行き止まりだったり、どう考えても普通ではなかった。
「っていうかさ……マジ帰りません? シャレになんないっすよ? ホントに俺は、普通の人間ですから。足手纏いですから」
 アルバは、そうウルフに言い放つと、岩陰から廃墟群の周りを見た。
 何百人もの武装した兵士たちが、完全に廃墟を囲んでいる上に、何故か仲間同士で、打ち合っている輩も居る。詮索だけなら、まだ良い。
だが、一歩間違えれば、死ぬトコに座っていて、怯えない人間は居ない。
アルバが意気消沈していると、アヤメを抱いているキトが、肩に手を置いて、優しく微笑んだ。
「なに言ってんだ。全員、お前を仲間だって、認識してるよ。だから……」
――なんだ、この人も結構良いとこ……
「一緒に死のう。来なけりゃ、呪い殺すからな」
「前言撤回! んでもって、呪わないでよ」
キトとアルバが口論している間、鎗燕の腕の中には、丸くなった白い竜が入っていた。もう、寝てしまっているのだろう。幾ら外見が大人と言えど、まだ10歳であるのだから、育ち盛りだ。鎗燕は、アヤメをウルフの手に委ね、持ってきたバッグの中から、危険物を色々出し、不敵な笑みを浮かべ、立ち上がり歩いていった。口喧嘩をしている二人が、一瞬にして凍りつく。
「アンタ達二人の墓は、ちゃんと作ってあげるから、心配しなくていいわ」
――ハハハ、遠回しに死ぬって言う事ですよね? 鎗燕さん
アルバがさっきまで、青ざめていた顔とは、打って変わって、爽やかな笑顔を見せて、地面に伏してしまった。その横では、キトが先程の言葉とは違い、帰り支度を進めている。
「じゃ、ちょっと呼び鈴を鳴らしてきますかね」
ウォルが読んでいた小説を、投げ捨てると、鎗燕の後を追う様に、岩陰から飛び出していった。

一人の少女がこちらに向かい歩いてきた。その後から、少年が走って追いかけて来ている様である。武装をしている兵士達は、手に持っているライフルの銃口を、二人に向けた。
 何百発もの銃声が鳴り響き、幾つもの薬莢が、地面へと落下する。
 砂煙の舞う中、兵士達がもう一度、ライフルを構えて、前方に居る二人の影を探すが、砂によって視界が奪われ、良く見えない。
「一斉射撃、止めたほうが良いですよ。分かり易いですから」
背後から少年の声が聞こえて、振り向こうとした。
「ちょっとした、有毒ガスだけど、無駄に動くと死ぬわよ?」
少女が後から瓶越しに、妙な色のガスを嗅がせた。抵抗しようとするが、少しずつ、身体の自由が奪われ、意識が遠のく中で、必死に声を絞り出して叫ぼうとするが、声帯までもが麻痺して、微かに空気が漏れているだけである。だが指だけは、かろうじて動かす事が出来た。その指が引き金へと触れ、乾いた音が周りに響いた……空砲。後ろに居る少女の眼は、殺気に満ち溢れ、神経毒は、完全に全身へと回った。男が死を覚悟した瞬間、距離を置いていた数名の仲間たちが、先程の空砲を聞きつけ、駆け寄ってくる。男は、安堵の表情を見せながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
「この調子じゃ、全員と相手しちゃう羽目になるわね」
「いきなり体力削るのは、ゴメンだよ?」
「オイ! そこの男に何をした!?」
ライフルの銃口が向けられる。
「仕方ないよねぇ。ちょっと、壊しちゃうけど。悪く思わないでね」
二人の後ろに建っていた、頑丈そうな扉。どうやら、廃墟の中へ行く為には、此処を通らなければならないらしい。ウォルは、右腕を添えて、詠唱を呟いているようだ。そう、あの時の詠唱を……。

「”求めるは邪炎 我が右腕を糧に 汝の力を我に与えよ”」

爆発音が鳴り響き、全ての兵士が振り向き、騒然とした。今までランチャー砲ですら、傷も付けられなかった扉が、穴が開き焼け焦げている。
 そして、火の海から現れた少年の『呪われた右腕』を見て、ほとんどの兵士の表情が凍りついた。もう、ライフルの銃口を向けようとする者は、居ないと思ったのだが、気を動転させた者が、鎗燕に向かい引き金を引く。
 一発の銃声が聞こえると同時に、その兵士の悲鳴が響く。良く見ると、その兵士の手には、さっき撃った筈の銃弾で貫かれていた。少女の前に立っているサングラスの少年は、無邪気な笑顔を見せながら、兵士へ向けていた、硝煙が漏れている左手をそっと下げた。
「ウルフさん〜!門開きましたよ〜」
ウォルが岩に向かい、名前を呼んだ。すると、妙な物体二つを抱えながら、肩に竜を乗せたバンダナの男が、こちらに向かってくる。
「ハイ♪ ちょい黙らしといたで。そこらへん転がしといて」
兵士達は、微動だに出来ず、その場に立ち尽くしているだけであった。

彼等が門を潜ってから、一時間ほど経ったであろうか。あの少女と同じ赤髪の青年と猫が、壊れた門の前に立っていた。
「あの人は、いい仲間を見つけたんだな」
「お前さんと違って、社交的な生活なんだろ?」


赤く塗られた壁、鉄のような臭い、長く続いている天井の無い通路。
おそらく、裏道であろう。消えかかった落書きや壊れたポリバケツが、まばらに見受けられる。だが、赤い壁と言うのは、少し悪趣味な気もするのだが、入ってしまった以上、気にしてはいけない。むしろ若干1名は、楽しそうである。アルバが壁を触りながら、鼻歌混じりに歩いている。
「あ、此処の部分、ホントの血みたいだ〜」
そう言いながら、キトの手を引っ張るが、キトがその場で固まっている。
――見える敵より、見えない敵。居ない敵より眼前の……敵っ!
 苦痛に歪めていたキトの表情が崩れ、朗らかな笑顔を見せながら、アルバの後ろに立った。引きつってもいない、純粋な笑顔。今まで彼が、これほどの笑顔を見せた事が、あっただろうか。だが右手には、しっかりと拳銃が握られていた。
「ハハ、ホント血みたいだな。お、もっと新鮮な、血が欲しいってよ♪」
アルバは、痙攣したように震えながら、後ろを振り向いた。キトのまるで、作り上げられたような笑顔が、目に映った。
「謝れば? 今なら三分の四殺しで許してもらえるわ」
つまり、どう謝っても、三途の河原の、折り返し地点まで行けと言う事か。アルバの顔が引きつり、ゆっくりと後退していく。だが、なにか壁のような物に当たり、うつ伏せに倒れた。上を見上げて、軽く頭を下げて、また笑いながら、キトから逃げている。
「そろそろ気付けよ。ガキ共」
その声に、二人の喧嘩に見入っていたウォルが、後ろを振り向いた。見覚えの無い男が、大剣を肩に乗せながら、こっちを見ている。おそらく、三十歳くらいであろうか。ウォルは、軽く会釈をし、足を進めた。
「待たんかい! こういうトコで会った敵は、必ず倒すのがファンタジーの鉄則だろ!?」
「ゴメン、詮索だし。それに、ファンタジックっぽくないから」
ウォルが立ち止まり、そう男に言い放った。
「いや〜頼むって。給料引かれるんだし。うちの女房だって……」
「え〜と。凄い現実的過ぎて、突っ込む要素も見当たらない」
男がその場に崩れ落ち、何やら一人で呟いているようだが、鎗燕がウォルの腕を引っ張り、歩みを速めた。
おそらく、『厄介な奴』の相手はするな。という、彼女なりの忠告か。
「ホント頼むっての。こっちも半ば強引に、駆り出されてんだぜ?」
「ちょうど、ダイエットに良いんじゃないの?」 
鎗燕がクスクス笑いながら、男を見ている。男は、大剣を握り締めながら、前方の少女を睨み付けている。
「口だけは、達者なようだな!」
大剣が振り上げられ、鎗燕の頭上へと振り下ろされた。だが鎗燕は、キトから奪い取った拳銃の銃身で軽々と受け止めている。男が大剣を離し、鎗燕との間合いを開け、今度は、右側から剣身を向け、全力で振り抜いた。
――まぁ、中の上ってとこかしらね
体勢が崩れた男の懐へ、鎗燕が飛び込み、銃口を下あごに向けた。キトとアルバが、ようやくその事に気付き、戦闘準備を始めている。
「邪魔だから、先行って。ウォル! コレ持ってきなさい」
ウォルが、鎗燕の手から投げられた小瓶を受け取ると、微笑んでから通路の先へと進んでいった。
「仲間を逃がしたか。良い判断をしたな」
「棺桶は、ひとつの方が安いのよ」
鎗燕は、いつもの口調で返し、キトから奪い取った拳銃に、予め盗っておいた弾を、篭め始めた。回転式の銃であるため、威力は強くても、弾切れが早い。とても、真正面からの戦いには、不利である。しかも彼女は、つい最近銃を握ったばかりである。
 鎗燕が慣れない手付きで、撃鉄に指を添えた。
 ――ハッタリ噛ませば、何とかなるでしょ……多分
「反射神経は、良いみたいだが、銃の方は素人同然だな」
「雑魚相手には、コレで充分」
ただの強がりであろう。額には、滅多に見せない汗が滲んでいる。彼女は気丈な上に、意外と負けず嫌いな所がある。
男が先手必勝とばかりに、地面から上へ大剣を振り上げた。流石に、鎗燕は、コレを受け止めようとはせず、後へ飛んで回避する。身軽さと頭脳は、鎗燕の方が上であろう。だがコレでは、防戦一方である。
――でも、間合いさえあければ……
「なんとか、勝てる」
鎗燕の放った銃弾は、男の膝を貫いた。これで、随分やり易くなったであろう……本人は、頭を狙ったようだが、コレはこれで良いだろう。
「運は、良いようだな。だがな、撃鉄を引かないと、回らんぞ?」
――あ、ホントね
銃を扱ったことの無い素人が、回転式の銃を使う事は、容易でない。確かに、弾詰まりが少ない事は、利点となるが、弾の減りが早い。まだ、弾を篭められるだけ良いだろうが、それだけで勝てるはずがない。
少しずつ、慣れていく事が出来れば良いのだが、相手は、そんなに待ってくれそうに無いであろう。
「アイツもこんなに、扱い辛いモノ、持ってるんじゃないっての」
鎗燕は、愚痴りながら撃鉄を引き、男に銃口を向けながら、気付かれないように後ろへ下がりながら、間を空けている。こちらから近づかない限り、切っ先は届かないであろうし、無闇に剣身を振る事も出来ない。
 幸い、彼等の相手を一日中している為、体力には自信がある。長期戦に持込さえすれば、勝ち目はある。
 ――あとは、コレに慣れるだけね
「ま、勝てるかしらね」
 鎗燕は、セミロングの赤髪を紐で結うと、銃身を横に向けた。
「もしオレの武器が、コレだけだったらの場合だろ?」
 男が、通路の壁に手を当て、ニヤリと笑った。彼の腕に、呪陣が浮かび上がると同時に、黒色を帯びた光を発している。キトと同じ……いや彼のは、淡い緑色をしていた。この男の呪陣は、黒ずんだ赤である。
こう言った魔の力は、遠距離に働く場合もあれば、攻撃の援助として働く場合もある。今は、後者である事を願いたい。
 突然、彼が触れていた赤い壁が崩れて、拳大の穴が出来上がった。どうやら、後者のようである。ひとまずは助かった。
「地は、全てを生み出す。無機物、植物、水……だが、逆も出来る」
 鎗燕は、男が意気揚揚と説明している間に、顔面へ弾丸を撃ちこんだ。手で庇ったようだが、無傷では済まないし、充分なダメージは、受けているはずである筈だった。しかし、彼が顔に添えていた手を見ても、傷一つ付いていない。その代わりに、手の平から砂鉄が零れていた。
「まだ、名前を名乗っていなかったな。俺は、政府軍調査長であり、地を司る者。ラシアン=ギムレット」
 ――ちょっとヤバイかも



第六話 創作者と拒絶者Creationer With Rejectioner

 

ラシアンは、地面に零れ落ちた砂鉄を拾い、握り締めると火花が散り、手の隙間から小さな鉄の塊が現れた。物質変化の力なら、圧倒的な脅威には、ならないのだが、まだ相手の力量を見極めておく必要がある。
もし物質変化だけならば、今までと同じ対応をすれば良い。幾ら銃弾を防ぐことが出来ても、決定的な攻撃が繰り出せない限り、相手も手を出せない。もし他に力があったとしても、問題ないだろう。
地の力は、体力の消耗が激しい上に、致命傷を与えるようなものは無い。典型的な防御型であろう。
「タダでマジックショーを見れるなんて、嬉しいわね」
こんな挑発で、相手を怒らせようとは思っていない。ただ自分に言い聞かせているだけであろう。だが動揺している人間の心ほど、わかり易いものは無い。隠そうとすれば隠そうとするほど、顔に浮き出てくるものである。ときたま、ポーカーフェイスと呼ばれている、無表情な人間も居るが、どうも人間付き合いと言うものが、曖昧になるらしい。まぁ、愛想笑い位は出来るだろうから、そんなことは無いのだろうが。
「すごんで見せても顔色は、変えられない。んでもって、アンタは俺のタイプじゃない。だから手加減もしない」
「ちょっとは、フェミニストだと思ってたのが間違いだったわ」
「確かにオトナシイ娘には、優しくするがアンタみたいな高飛車な性格は、どうも好きになれなくてな」
 ラシアンは、そう言い捨てて、地面に落ちた鉄の玉を拾い、鎗燕に向け投げつけた。手で投げた事もあってか、速度もそれほど無かったらしく、拳銃の銃身に当たり、めり込んだ。普通、手で投げたボールが壁にめり込むはずが無い。それと同じで、手で投げた遅い速度の鉄球が、同じ金属を傷つける事は、不可能である。その弾痕は、筒内へと続いており、銃弾の進行を阻むように鉄の塊が、入っていた……唯一の遠距離武器。それが使えなくなったと言う事は、彼女にとって最悪の状況でもあり、ラシアンにとっては、最良な状況でもある。肉弾戦を得意とする彼と、接近戦をやると言う事は、賢い判断では無い。無いが、今の状況でもし遠距離先へ持ち込んだとしても、あの得体の知れない鉄が身を襲うであろう。
――コレは、ちょっと長引くわね……多分
「こっちは、のんびりしてられねぇんだよ」
ラシアンの右手が壁に添えられる。
「知ってるか? 此処には、水も石も無いがこの壁は、全て鉄だ」
手に力が篭められ、鉄の壁が砕ける。赤く錆び付いていた鉄が、元のねずみ色へと変化し、数秒後には磨かれたナイフとなった。物質変化は、化学式の組替えにより、強制的に化学変化を起こし、質を変えるものである。
今この男がしたのは、それとは違う質量変化……重さや大きさを変えるものである。だが錬金術の類とは、異なっており、政府が規制している筈であるのだが……それより、こんな事を両方出来る者は、万人に一人などと言われているが、この男がそこまで、希少価値があるのか疑ってしまう。
「すまんが、これ以上油を売るわけには、いかなくてな」
 ラシアンの手からナイフが放たれる。鎗燕はギリギリのところで避け、刃は後の壁に突き刺さったのを確認したが、そのナイフの後から、彼が大剣を構えながら走ってくるのが見えた。かわせない事も無い。
力任せの突進なら何十回も見ている為、目も慣れてしまっている。この“騙し討ち戦術”は、お世辞にも賢いとは言えない。鎗燕は後へと飛び、斬撃をかわす。これなら、勝てるかもしれない。と、言う安堵感が鎗燕を包み、いつもと同じように、冷たい微笑を浮かべる。
「コレじゃ、宝の持ち腐れね」
「そう思うのか? 俺は結構、器用なんだがな」
 再び、ラシアンの手が壁に触れた瞬間、鎗燕は背後から幾つかの金属音が聞こえ、即座に振り返ったが、避けれない事を悟り、片腕を盾にした。
腕には、十数本の鉄針が突き刺さっており、血が傷口から噴出している。
金属の遠隔操作……確かに不可能ではないだろう。金属同士が接しているのなら、それを伝って操作が出来る。だが、それはアクマで理屈内の話である。理屈や知識を幾ら知っていても、距離を無視する事は出来ない。
ボーリングの球が幾ら速く、重くても百メートル先の物体に、当てられる筈は無い。途中で止まるか或いは、途中で向きが変わり、違う方向へと逸れていくか。どちらかである。
この遠隔操作も同じだ。コレだけの針を作るのなら精々、3メートルが限界である。今の鎗燕とラシアンの距離は、10メートル。三倍もの距離の差では、針を一本作るのが関の山であろう。
「まずは腕一本。次は仕留めるぜ」
「さすがに遠隔操作じゃ、狙いは定まらないの? それとも、余裕の表われかしら?」
おそらく、前者であろう。そうあってほしい。だが……
「どちらにしろ、これでアンタの逃げ場所は失われたんだ」
 前方に大剣を持った剛力の男、間合いを詰めれば確実に負けるだろう。
そして後方には壁、しかも何十本の針が飛んでくる。というオマケつきである。もし致命傷を負わずに済んだとしても、五体満足で変えれる保障は無い。この狭い通路で動き回っても、数分間耐えられれば良い方である。
だが鎗燕は、いつものように冷淡な笑みを浮かべていた。
「私は諦めが悪いの。生憎だけど、逃げる事は考えてないのよ」
 何か策があるのか、それとも強がっているだけか。だが鎗燕の額から滲み出ていた汗は、いつの間にか止まっていた。
「その嘘で固められた強さを称えて、苦しまずにあの世に送ってやろう」
ラシアンの目つきが変わった。殺意を剥き出しにしたその目は、人間の影は微塵もなくなっている。大剣を右手で握り直し、刃先を下に向けた。
本来、一撃で相手を斬るには、剣身を肩に担いだ状態から振り下ろすのだが、このスタイルは剣身を振り上げて、体勢が崩れた所を上から2撃目で薙ぐ構えである。左手が壁に当てられ前と同じように、鎗燕の背後から小さな金属音が聞こえた。それと同時に、ラシアンが大剣を持ちながら駆け出し、鎗燕との差を一気に縮める。
「ある者が死と言うものは有であり、生も有と言ったわ……」
 大剣が振り上げられ、それを後に倒れるようにしてかわし、軽い身のこなしで体勢を整え、右に逃げ2撃目も防いだ。
「でも、それは逆と思うわ。全ての物は無でしかない」
 鎗燕の背後から、鉄針が襲い掛かった。血が舞い、赤色の壁に付着し、飲み込まれるように、染みていく。鎗燕の左手には、数本の鉄が握られていたが、その腕には十本の鉄針が深く刺さり、それを伝うように血が滴り落ちている。
「だって、他人の死にも私の死にも実感が沸かないもの」
 その傷に表情を歪ます事も無く、鎗燕はクスクスと笑っている。もし他人が見たら気が狂っている。としか思えないのだろう。
 ラシアンの顔に一瞬、戸惑いの色が見えたが大剣を鎗燕に向かい、左側から振り下ろした。白い腕に刃が食い込む……おそらく骨まで達したであろう。
「なら、今すぐ死を実感させてやる!」
 ラシアンは、腕ごと身体を斬りおとそうとするが、その剣身が右手で掴まれ、少しも動かせない。だが、この細い腕がこれほどの力を持っている筈が無い。もし持っているのなら、懐に入り殴れば、結構なダメージを与える事も出来た筈である。鎗燕は、その剣身を強引に引き抜くと、その腕の傷を見せた。アレだけ噴き出ていた血が既に止まっており、傷も塞がりつつある。人間の本来盛っている自然治癒能力を逸脱している。
 ラシアンの驚く顔を見ながら、鎗燕は笑いを止めた。
「どうしたの? 政府の人間なら私の存在を知ってる筈だけど?」
 政府で自己治癒能力を高める実験は、何百回も試行されていた。それほど貴重である。というのも確かだが、それ以上に『副作用』が一番の目的であった。自己治癒能力を高めるだけでも、かなり価値はあるが、それに付け加えて身体的な異常がある。と言われていた。それが政府にとって、益になるものかは分からないが、力で国民を捻じ伏せている政府にとっては必要なのかもしれない。だが、成功例があった事など知らなかったのだ。
彼女がどんな副作用を持っているかなど、ラシアンが知るはずも無い。
「まぁ、国民を見殺しにしてるんだし、内輪に嘘を教えてるのかしら?」
「こちとら、国民を守ってやってんだ。分からなくていい事実だって、あるんだよ。わかったか? お嬢ちゃん」
 血で染まり、赤くなった刃が再び鎗燕に振り下ろされた。
「それは、アンタたちの勝手なエゴでしょ。分からなくて良い事実なんてないわ。それに守る、って考えも偽善的過ぎね」
 振り下ろされる刃を見上げながら、いつものように笑みを浮かべる。剣身が鎗燕の左半身を捕らえ、そのままラシアンが踏み込み、身体を斬ろうとした。だが、柄はあっさりと地面に付いて、まるで豆腐でも切ったような感覚であった。ラシアンは、目線を前の方向へ持っていく。しかし、あるはずの剣身が無くなっており、鎗燕もそこに平然と立っている。
 まるで狐にでも抓まれた様だ。
「私の能力が気になるの? なら教えてあげるわ。別に隠すつもりは無かったし、それを事実と認めるかはアナタ次第よ」
 鎗燕は左手をラシアンの右腕に持って行った。
「私の副作用は拒絶。攻撃は勿論、感情や理性。個性も拒絶する事が出来るわ。勿論……他人の身体もね」
 悲痛な叫び声とともに、ラシアンの肩からは大量の血が止めどなく流れ出ており、存在していた右腕と大剣の柄の存在は、そこには無かった。
 ――もし、このまま死んだら……結構、マシなのになったりしてな……ラッキーかも
 薄れ逝く意識の中、絶望なのか希望なのか分からないものを感じながら、ラシアンは目を閉じ、掠れた声で鎗燕に問い掛けた。
「なぁ? アンタは俺が人を守る事を偽善と言ったな。なら、自分で愛した女房に尽くしちまうのも、偽善かねぇ?」
「生憎、私は他人を哀れむ事も、好きになることも知らないの……でも、心を許せるヒトなら一人居るわ」
ラシアンは、目を瞑ったまま笑顔を浮かべている。鎗燕の左手がゆっくりと首に付けられた。
「まぁ、俺ぁ好きなことやってたから、それで良いんだけどな」
 そう言いながら、静かに眠りに付く。その顔を見ながら、鎗燕は首に当てていた左手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「もう10分も経っちゃった。早く行かないと放ってかれちゃう」
鎗燕は欠伸をしてから、その通路を戻っていった。
 ――あ〜あ。どうして殺してくんないかねぇ。まったく、今日はツイテないな。こりゃ、怒られちまうね


白い屋根に覆われた通路に、四人の影があった。正確にはプラス一匹だが、その一匹はキトの肩の上で未だに寝ている。アヤメの様子を見ていると一日の半分を寝て過ごしているようにも思える。
「よく寝ますよねぇ。普通、こんなに寝るもんなんですか?」
「いや、竜ってのは元々、飼い主の魔力食いながら生きてるから、ある程度食うと、すぐ寝ちまうんだって」
 初耳である。おそらく、此処で言う飼い主はキトであろう。彼はエルフの血を受け継いでいる事もあってか、魔力に富んでいるのかも知れない。
 もっとも、アヤメ本人は魔力を食っている事を意識していないらしいが。
「ねぇ? 鎗燕ってヒト置いてきて良かったの?」
アルバがウォルの肩から顔を覗かせて、問い掛けた。どうやら、キトが怖いらしく顔色も優れない。
「あ〜良いの良いの。鎗燕も良いウォーミングアップになったと思うよ」
ウォルの一言にキトとアルバの顔色が、一瞬にして変わった。
 ――なんで俺は、こんな人外な奴らと一緒に居るんだ!?
 ――凄っ!? あとで戦い方、教えてもらおっと
どうして此処まで、二人の受け取り方が違うのか。ウォルは、まったく気付かずに足を進めながら考えていた。


第七話 『潰し合い〜The Gravity Game』


土のカビ臭い匂いが辺りを包み、泥で固められたような歪な形をした壁が圧迫感を感じされる。人が生活していた感じなど、微塵も感じさせてくれない。それは、まるで墓の中のような……。
「なんで、お前はこんなトコを探し当てるんだ?」
 キトが青白い顔をアルバに向け、溜息をつく。当の本人は、陽気に笑いながらウォルと床に染み付いている、黒っぽい液体を細長いガラスの容器に移している。どうやら、キトの激怒になれたようである。
 あの鎗燕が欠けてしまうと、ここまで緊張感の無いメンバーになってしまうのか。ある意味で心強くもあり正直、不安でもある。出来るならば、まともな敵に出会いたい。贅沢を言うなら、人間辞めてない普通の敵に……キトは、そう思いながら渋々と入り口へ引き返そうとした。
「気ぃつけや。よう分からんけど、厄介なのが一匹おるからな」
 ウルフが、キトの肩で寝ているアヤメを手で包み込むように取り、入り口の方に顔を向ける。キトは少し前から、耳に雑音(ノイズ)が飛び込んで、妙に不快感を感じていた。魔力が他の者より、少しでも高いと気配や匂いなどは感じ易い。それは生まれつきであった為、違和感は無かった。だがキトが音を感じたのは、コレが初めてである。
「今回は逃げましょか? こりゃ、ちとキツイですゎ」
「……アルバは、気配消せるほど修練積んでねぇだろ。すぐ捕まる」
 アルバとウォルが、此方を見て首を傾げる。どうやら、ウォルも気配を感じる事は出来ないようだ。彼の場合は不意打ちを食らっても、勝つ自信があるからだろう。そこは別に問題ではない。
「どったの? 落ちてるもの食べちゃった?」
 アルバがキトに向かい、いつもの調子で冗談とも本気とも思えない心配をするが、キトは反発せずに一方向だけを見据えている。
そして肩の上で寝ていたアヤメを片手で摘み上げ、上に放り投げたが床に落ちても、まだ眠っている。
「アヤメ。さっさと起きろよ」
 キトは床で寝息を立てている、アヤメを指で弾く。
「ん……朝か? 飯なら冷蔵庫に昨日の残りが……」
「寝ぼけてるトコすまねぇけど。今から呪陣組んどけ!」
 背負っていた鞄から、十数種類の銃器を取り出すと、キトは体に巻きつけていた銃弾を手馴れた速さで篭めはじめた。
 アヤメは竜の姿のまま呆然としていたが、何かを感じ取ったかのように二節ほどの簡単な詠唱をし、人間の姿へと変わった……魔族語。いや、知らない国の言葉かもしれないが、聞き取れない音程の単語が幾つもった。おそらく、人間の耳のレベルでは聞き取れない大人のだろう。
「ちょっと。物騒なことしないでよね。ココの人がウルサイって……」
「あぁ、その人は死なねぇから、心配すんな」
 アルバの空間を越えたボケをキトは適当に流して、ランチャー系の銃器を入り口の方へ向けた。まだ人影は見えない。
「じゃ、ボク達は先に行かして貰いましょうか。死なないようにね」
 ウォルは、そう言うとキトとアヤメを見て微笑を零し、背を向けていた壁を二〜三回叩いた。乾いた音が聞こえる。どうやら向こう側は空洞となっているようだ。まるで、さっきから知っていたかの様である。
「な!? 俺一人でやれってか?」
 ウォルは無言で頷き、鎗燕から渡された子瓶を取り出し、中に入っていた無色透明な液体を右腕に振り掛けた。
 しかし、外見の変化は何も無い。アルバは不思議そうにウォルの右腕を覗き込もうとするが、それを拒むようにしてアルバとは反対の壁の方へ右腕を移動させた。
「ホントは、こんな事しちゃいけないんですけどね」
 手の平が鉄作りの壁に触れた瞬間、砂となって床に散らばる。
「……もしかして、バジリスカスの毒液?」
 アルバは青ざめた顔で、床に積もっている砂を横目で見た。
 バジリスカス……バジリスクと呼ばれる場合もあるがトカゲと鳥の中間の姿をしており、目を見れば石になるという、言い伝えがある。だが実際は皮膚からしか毒は出ていないため、近寄らない限りは死ぬ事は無い。その代わり、吐く息だけで死ぬ場合もあり、危険視されてきた。この大陸では十年前に天敵の『マダライタチ』により撲滅させられた筈なのである。
 つまり今、個体を捕まえる事は極めて困難であり、好き好んで捕まえる者など皆無に等しいのである。
「コレは十倍に薄めたヤツだから、そんなに強くないけど」
 強くないとは言えど、鉄製の壁を砂にまで変化させているのだから、相当な魔力を持ったバジリスカスであるに違いない。
まぁ、その毒を採取した人物は大体想像できるのだが。
「オイ! ちょっと待たんかい」
 キトの反論も虚しく、ウォルはアルバとウルフの手を引いて、壁に出来た穴を潜り向こう側へ行ってしまった。
――ったく。何考えてるんだかねぇ
「で? そこに居る奴。殺していいの?」
 アヤメがキトの後ろに居た、まだ幼さの残る十代後半ほどであろう金髪の少女を細い目で見据え、書き終えた攻性呪陣に手を添えた……おそらく攻性陣であろうか。赤い光を放っている。
 少女から殺意は見られないが。しかし、敵意が無いとは限らない。
キトは持っていたランチャーのトリガーに指を掛け、威嚇するように少女の頭へ向けるが、少女は動揺した様子も無く口を開いた。
「紅月に降りた少女は、ひとりの少年に恋をした。だが少年は全知を願い書物を読み続け、少女を見ようとはしなかった」
 詩の様に綴られた言葉。少女の手には身の丈ほどある槍が握られ、ソレからは憎悪にも嫉妬にも見えない殺気が放たれている。
 武器が意思を持つ事は珍しくないが、所有者の意思が無くなり、自由に動くことも声を発する事も出来なくなる。
 だが彼女は自分の足で歩いている、声もしっかり発していた。その様子を見て、アヤメが攻性呪陣を発動させる。
「我に宿りし死神を 大気に漂う魂に 燃える灯火 死を待つ意」
覚えるのが難しい、四節の詠唱をアヤメは簡単に読み上げ、もう一つの呪陣を組んだ。今度は黒い光。こんな器用な事を出来るのは高レベルのエルフか天性の才能を持ち合わせた者だけである。
本来、竜はかなりの魔力を持っているものの、ほとんどが拳術だけを伸ばしている為、年を重ねるごとに魔力が衰えていく。だが彼女の場合は珍しく、逆のパターンである。
「少年の願いをかなえたい。少女は少年に、全ての知識を覚えるだけの時間を与えた。永遠に無くなる事の無い時間を」
 それでも少女は表情一つ変えずに、先ほどの詩を続けている。キトがその詩を聞き、表情を引きつらせた。
「お前。ココの住人か?」
 そんな筈は無い。ココで生死を確認できていないのは一人……しかも少年だけだ。それに政府の回し者や以前、現れた『コネクト』のメンバーと言う可能性もある。
 だが可能性は可能性でしかない。99%有り得ないのなら、1%の確率が残っている。それを微量のモノと取るか多と感じるかだけである。
「言う必要は無いでしょ。眠りを妨げないで」
「ご希望なら、覚めない眠りに着かせてやりますとも」
 緩めていた指に力を入れトリガーを握る。
 轟音が空気を割くようにして鳴り響き、同時に鼻に付く硝煙の匂いが辺りに立ち込める。
 キトはランチャーを投げ捨て、床に転がっている機関銃を手に取り、煙で隠れている少女の影を探した。
「アヤメ。容赦なくぶっ放せ!」
 その言葉を聞き、アヤメの手が二重呪陣に触れる。
「言われなくとも。部屋ごと壊す」
 呪陣から放たれた黒色を帯びた光がアヤメの手に移り、青い光へと変わっている。
 邪の力をベースとして火と氷を纏わせる三重の魔法。
おそらく、この高等魔法を使えるのは、この世でアヤメくらいであろう。幾ら魔力が高くても、知識と体力。そして強大な魔力を制御できるほどの力が無ければ、こんな事は出来ない。
 アヤメの手から放たれた三重魔法の光は、土煙を伝うようにして、部屋中に広がった。
 爆発? いや、そんな生易しいモノではない。
雷を圧縮して、そのまま伝導水に通したようなエネルギーが、一点に集中している。
雷のエネルギーを甘く見ている者も居るが、その力はガス爆発を軽く逸脱する程のエネルギーをもっている。
もし、この密室でそのエネルギーを爆発させれば、使った術者まで巻き込まれてしまう。
「今なら土葬のオマケ付きだ。安らかに眠ってくれよ」
 圧縮されたエネルギーが、少女が居る入り口の方向に放たれた。
 普通ならば、周りに放出される魔力が主となる魔力を押さえつけるようにして、力を維持している。
 振動だけで崩れていく壁。もしキトがアヤメの横に居なければ、一瞬にして灰になっていただろう。
 だが土埃が舞う中、キトの表情が曇った
「……なんなら、線香もサービスするけど?」
 現れた少女は、頬に掠り傷を負っているだけで、他の箇所に傷は一つも無く表情も変えていない。
アヤメはキトの顔を見て微笑み、余裕の表情を見せた。
「魔力無効化か? どうやら腕の見せ所の用だな。キト」
 確かに相手の正体が分からない限り、拳で戦うのは無謀。キトが得意とする銃器での戦闘が一番向いているのは確かである。
相手に触れる事も無ければ、近づかれる事も無い。もし遠距離からの攻撃でも、アヤメが補助をすれば良いだけである。
 この二人は、典型的なコンビネーションであると言えるだろう。
「そんじゃ。久々に良いトコ見せますかね」
 キトは頭を掻きながら、少女の顔を見据えた。依然として感情を見せず、生きた人形のようである。だが確かに自分の意思で動いているのだから、操られている訳ではないのだろう。
 機関銃の銃口が再び少女に向けられ、一呼吸も置かないうちに銃口から無数の鉛弾が吐き出され、無数の薬莢が音を立て床へと転がる。
 まだ少女は土煙の中で立っている。キトはそれを見て真剣な表情のまま、腰にさしていたサバイバルナイフを少女に向かい投げた。
 微かながら血の匂いがする。どうやら当ったようだ。
「あの女達よか、動きが鈍いな。ちゃんと血の臭いもしてる」
 だとしたら、普通の人間。だが身体能力的には、キトやアヤメよりも上であるのは確かだ。
少女は清楚な笑いを浮かべ、足に刺さったナイフを抜いた。
「あまり、調子に乗らないでね」
 今まで無かった力が体に圧し掛かる。殺気などではない。もっと強力な……自然的な力であり、今までとは桁が違う。
 普通、自然の力を使える者は限られている。アヤメが使っている魔法は人工的に作れるモノが主体となっており、自然の力を操る事はかなり難しいのである。その力を使う事が出来るモノは、精霊や神獣など人間を毛嫌いし、姿を隠している者だけである。
「精霊様がなんで、ココに棲み付いてんだよ!」
 キトは拳銃を手に取ると、少女に向かい発砲した。
 狙いは正確。住を手にしてから、もう十数年経っているのだから、狙撃や弾篭め等も早く精密になっている筈である。
 だが、銃弾は少女の体に触れる前に、床に落ちめり込んでしまった。
「精霊? ちょっと違うわね。それから、魔法も物理も当らないからね」
「……PK(サイコキネシス)か。ちょっと厄介か」
 アヤメが少女に拳を向ける。だが、PKが発動されるのは一定の条件下だけである。勿論、一般市民には知られていないようであるが、百人に一人くらいの確率で、この能力を持っている事がある。
「サイコぉ? んな奴等、とっくに政府の連中に回収されてんだろ」
「もしかしたら、もっと強力な存在かも」
 PKの能力を持っている者の殆どは、漆羽門を壊滅すると同時に一緒にその特殊な力を絶やした。
 もし、この少女がその力を持っているとしても、この環境下では力の半分どころか、10%出すのが関の山である。
「そんな言い方、止めてよね。強力っていうより、神秘的なの」
 キトは舌打ちをして、呪陣が描かれている右手を床に付けた……召喚術であろう。しかし、彼女に魔法が通らないのは分かっている筈である。
「スケル。ハティ! 食い破れ」
 現われたのは殺意を剥き出しにした、二匹の大きな狼である。
一匹は銀の毛に蒼眼で、もう一方は黒い毛の赤眼で額にもう一つ眼があり、手足には枷が付いている。
 二匹の狼はキトの命令が下された瞬間、いきなり少女に向かい飛びついた。少女は容易に避けたが、二匹には理性など全くないようである。
「キト……コレは天空のオオカミと憎しみのオオカミか?」
「あぁ、大丈夫だ。血の契約なんて、面倒な事はしねぇよ」
 キトがライフルに銀の弾を篭め、少女に向ける。
「月の女神(セレネ)には狼を。狼には銀の銃弾を……ってな」


第八話 『月夜の悪夢〜Luna The Witch〜』



少女が向けられた銃口に意識が移った直後、再び背後から二匹の狼が襲いかかり、肩に牙を喰い込ませ、流れ出る血を啜り始めた。
少女は苦痛に表情を歪め、掠れた様な声で悲鳴をあげる。
 先程から、狼の身体が徐々に膨張している様に見える。
「幻狼は魔力しか喰えないんだよ。つまり、アンタの存在自体が強大な魔力の塊って訳。んでもって、その魔力を喰って太った狼を打ち抜けば、詰まってた魔力が暴走してアンタの身体は木っ端微塵だ」
「……私に魔力が効かないのを知っているでしょ」
 少女の顔に、明らかな焦りの色が見受けられる。
「もう一度聞こうか。アンタは精霊か? エンスという少年は何処だ」
 狼の体は膨らみ続け、いつ破裂しても可笑しくない状態である。
 向けられた銃口は震えることなく、二匹の狼に向けられ、そこからは硝煙の臭いが放たれていた。
「言うつもりは無いって言ってるでしょ」
「あっそ。利用価値がねぇんなら、別に良いか」
 銃声と共に爆発音が鳴り響き、聞こえる筈であろう悲鳴は掻き消されて、狼と少女の血が舞っているだけである。
 キトは床に転がしていた銃器を拾い、悲しそうな顔でその様子を見つめているアヤメの顔を見ると、そっと彼女の肩を抱く。
「……帰っても良いんだぞ。そうすりゃ、俺との縁も切れる」
 アヤメは驚愕の表情を見せたが、キトの言葉を聞き微笑んだ。
「そうしたいのは山々なんだけど。バカに付き合ってあげられるのは、私くらいだろ? それに血に塗れるのは慣れてる」
「じゃあ、もっと遊んでよ。お姉ちゃん」
 振り向く間もなかっただろう。ようやく、キトが気付くとアヤメの背中には少女の腕が突き刺さり、血が止めどなく流れていた。
 少女の体には、大量の傷が付いていたが血の跡はなく、先程見せていた苦痛の表情とは裏腹に妖しげに笑みを浮かべてキトの顔を見ている。
 キトは無言のまま、床に倒れているアヤメを抱き寄せようとしたが、手が触れた瞬間、アヤメの体が砂のように崩れてしまった。
「つまんないなぁ。この人、結構強いと思ったんだけど」
 再び少女に銃口が向けられ、間髪を入れずに銃弾が放たれ、少女の胸に当ったが、少女は平然とした顔でキトを見下ろしている。
 キトは我を忘れたかのように、手を震わせながら、何発もの銃弾を少女の身体に浴びせたが、傷が付くだけで血が出る事はなかった。
 その様子を見て、呆れ返った少女は無言で手に持っていた槍をキトの肩に突き刺し、苦痛に歪むキトの表情を見ながら、氷のような冷たい笑みを浮かべる。キトの手から拳銃が零れ落ちた。
「どうしたの? もう遊んでくれないの?」
 少女は無邪気に笑いながら、キトの肩に刺さっている槍をゆっくりと抉るようにして引き抜いて、苦痛な叫びを笑いながら聞いている。
「拳銃が……駄目なら……一気に吹き飛ばす……だけだ」
 震えている手にランチャーが握られていた。銃口は少し下を向いているが、それだけでも十分に威力を発揮できる。
 少女の表情が変わり、キトの身体へと手を伸ばしてきた。
 キトはそれを払いのけるようにして、ランチャーの銃身を横に振り、銃口を少女の身体に突きつけると、痙攣している指でトリガーを引くと、轟音が部屋中に鳴り響いた。
だが少女は傷一つ負っていない。その代わりに、ランチャーの銃口に手を当てて、平然と立っている鎗燕の姿が目に映っていた。
「セレネに銃口向けるなんて、どうかしてるんじゃないの?」
「黙れ。手ぇ退けろ。ぶっ殺す」
 キトの目は殺気に満ち溢れ、銃口に触れている鎗燕の手を、握り潰すかのような力で掴んでいる。
 鎗燕は溜息混じりに、キトの傍に積もっている砂の中に手を突っ込んで、砂に包まれた何かを手の平に置く。
「月の女神は争いを好まないの。戦意を削るしか攻撃手段は無いわ」
 砂を掃うと、中から竜の姿で眠っているアヤメが出てきた。
 鎗燕はその様子を見て微笑み、翼を触っている。
「あ、ちょっと羽が破れてるわね。後で薬塗ってあげるから」
「薬なら持ってるよ。鎗燕ちゃん」
「どうもアリガト。そうだ、ウォルを追わないとね。そこのバカが自爆した時の掠り傷も、手当しといてあげて」
 セレネと呼ばれている少女は、どうやら鎗燕と知り合いのようであるが、今まで感じていた殺気は微塵もなくなっている。
 鎗燕はキトの手の上に、竜の姿で眠っているアヤメを置くと、穴の開いている壁からウォルたちが歩いていった方向に向かい、走って行った。
「バカのお兄ちゃん? どうして魔力を閉じてるの?」
「って、バカじゃねぇ! それに、俺はこれ以上、魔力出せないの」
「ふ〜ん。じゃ、この竜にどうやって、魔力を与えてたの?」
 セレネは手の上で寝ている、アヤメを見つめているキトの顔を不思議そうに覗き込んでいる。
竜は本来、魔力を食べながら生きている魔族であるのだが、摂取の方法は二通りあるといわれている。魔力の高い人間を捕まえて食べるか、主人と認めた者の魔力を、少しずつ喰らいながら生きていくか。
 一般的には前者の方が多いのだが、アヤメの場合はキトと一緒に暮らし、他人を殺した事は無い……つまり前者のケースに当るのだが、その主人となる人間の魔力が、並外れたモノでなければ三日も立たないうちに衰弱死に至ってしまうのである。
「さぁな。姉貴が魔力与えてたんじゃねぇの」
「……そう、なら良いけど」


「あ、なんか凄い音しなかった?」
「気のせいとちゃいます? 今は前向いて進みましょや」
 アルバは後を振り向こうとするが、ウルフの手が頭を掴む。
「さてと、政府の人から盗んでおいて正解だったみたい」
 ウォルが携帯電話を取り出すと、何も押さないまま耳に付けた。
携帯電話や無線機は、使用者が制限され個人で作ったとしても、政府の管理下にある為に持っている者は余程の金持ちか、政府の傘下で働いている労働者くらいである。
普通の電話なら、各家庭に設けられているが電話回線も入り組み、一日一回は通じなくなる事が殆どなのだ。
「……コード2009 同調率80%」
『ハイハイ。この便利さと速さを誇る資料室シャトー様をお呼びで?』
 電話越しに男の声が聞こえ、ウォルの表情が今まで以上に明るくなったが、深呼吸をして呼吸を整え、携帯電話を握り直した。
「ごめんね。デート中だったんじゃない? ちょっと、漆羽門について調べて欲しいんだけど、良いかな? あと、エンスっていう男の子も」
『へぇ、そんなトコに居るんだ。今、そのデート相手に調べさせるから、ちょっと待っててくれ。こっちから電話する』
 ウォルは携帯の電話を切って、ズボンのポケットに入れて何事もなかったかのように二人の手をとって前に進み始めた。


第九話『警告〜Give a Warning〜』


「ねぇ、此処って元居住区だよね? ……商店街が見当たらないけど」
 二人の後ろで、辺りを見渡しているアルバが、ずっと続いている壁に手を当てながらウルフの顔を見る。
しかし、ウルフは視線を逸らして、ウォルの方を向いた。
 アルバは釣られるかのように、ウォルの後姿を見て、首を傾げる。
「商店街は無いと思うけど、葬儀屋は在るみたいですよ」
「そら、オモロない冗談でっか? ウォルはん」
 ウルフが、眼前に連なっている家の屋根を見上げると『葬儀屋』の文字がくっきりと書かれており、そう言った店が奥の方までずっと広がっている。どう見ても、異様な光景と言う事は確かである。
 しかも、その殆どが、今でも動いているかのように、煙突から煙を吐き出しているが、人の気配などは微塵もない。
「随分、働き屋さん……だね」
 アルバが歩き出して、周りにある異様な建物に見入っている。
先程までの古びた住居区と比べると、老朽化している箇所が全くなく、つい最近、建てられた物である事が分かる。
「そないに、ボーっとしとったら、死体と間違えられまっせ」
 さっきから、背後に妙な違和感を感じる。人の気配とかそう言った類では無い。強いて言うなら、霊的な気配というのだろうか。
人によっては、もしかしたら神秘的とも思えてしまうかもしれないが、今の所はアルバ位しか平常心を保ってはいる者は居ないだろう。
「大丈夫だよ。ガイドの人が一杯居るじゃん!」
「地獄への案内人は勘弁してください」
誰も居ない、壊れた椅子を指さしているアルバを押しのけて、ウォルが後方にバジリスカスの毒液をばら撒くと、液体を浴びた路面が一気に砂に変わっていき、一部が砂漠の状態になってしまった。
しかし、路面の一部だけが未だ原形をとどめ、その上からは酸のような液体が滴り落ちていた。アルバが顔を上げて目を丸くしている。
「えと、えと……誰か溶けてる!?」
考える間もなくアルバがウルフに押されて、横向きに体が倒れると同時に、一本の短剣が頬を掠めて地に付き刺さった。
ウォルはその短剣を引き抜くと、飛んできた方向へ投げ返し、同時にサングラスを捨て、淡いグリーンの瞳を露わにする。
「相変わらず正確無比ですね。クローネさん」
「っちゅう事はリラさんも居るんやな!?」
布のような物が、砂と化した地面へと落ちた。防砂布……通常は砂漠の砂嵐などから、見を守る服を作るために用いられているが、その反面、バジリスカスの毒を防ぐ効果も立証されている。
液体が滴っている場所に以前、店の前で死闘を繰り広げた、あのクローネと言う少女が立っていた。それを見て、妙な活気を取り戻したウルフが、周りの建物に入ってリラの姿を探している。
 その光景を見て、益々混乱するアルバの姿にウォルは溜息を漏らし、再びクローネに向かい、その瞳を向ける。
「時の瞳は効かない。それから、リラならアンタの後に居るよ」 
建物に入ろうとしたウルフの頚動脈に、薄く尖ったような物が当てられて、もの凄い力で右腕の間接を締め付けられる。
ゆっくりと後ろを振り返ると、ウルフの目に涼しい顔をして、ガラスの破片を握っているリラの姿が映った。
「動かないで下さい。帰って下さるのなら、危害は加えません」
「コーヒー代、サービスしときまっせ?」
 リラの手が微かに動き、尖った破片が首を掠めて微量だが流血している。ウルフは苦痛の表情を浮かべながら、自分の首に当てられている凶器を片手で掴もうとしたが、関節を絞める力がさらに強まり、余計にガラスが首に食い込んできている。
「嬉しいのですが、仕事ですので」
「こう見えても、昔は婦警をナンパした事もあったんやけどな」
「ところで……この人がどうなっても良いのですか?」
 ウォルは全く考える時間もなしに、首を縦に揺らした。中年だから体力がないのは当たり前、下手をすればアルバよりも戦力が無い。武器も防具品も身に付けておらず丸腰。挙句の果てに女好き。ココまで揃っているのなら考えるまでも無いだろう。
「ウルフさん。綺麗な女の人に殺されるなら、本望ですよね」
「一生呪いまっせ! バイト料5割引にしたる!」
 冷ややかな笑いを浮かべながら、手を振っているアルバの姿が見える。
 しかも、横では胸のつっかえが取れたかのように、爽やかに笑顔を振り撒いているウォルが立っていた。ココでウルフを捨てていくのは、既に決定事項となっているようである。
「大丈夫ですよ。ウルフさんは逃げる事のエキスパートですから」
「そやかて二対一やったら、めっさ不利やん!」
悲痛な叫びも虚しく、クローネの視線もウルフの方へと向けられ、その目には明らかに殺意が篭っている。見捨てた二人は全力で、ウルフとは反対の方向へ逃げている姿が確認出来た。
 周りを囲んでいる二人の少女。状況が違えば、嬉しい事ではあるのだが、今回ばかりは囮にされた事を怨むばかりである。
 廃墟と化した住居区で、男の悲鳴が木霊した。


「あ〜なんか、悲鳴聞こえたね。ダイジョブかな?」
「さぁ、サクサク行きましょうか。探索に犠牲はつき物です」
 ウォルは、心配そうに後ろを振り向くアルバの肩を掴み、何事も無かったかのようにサングラスを掛けて笑みを浮かべている。
 そして、もう一度歩き始めようとした時、ウォルのズボンのポケットからシンプルな着信音が聞こえ、それを耳に近づけた。
『ウォル君〜元気? 死人出てない?』
「死人は……知ったこっちゃないです。漆羽門の事、分かりました?」
『あぁ、全部は見つかってないけど、一部だけは解析できた』
 おそらく、前にウォルが電話をした相手だろう。アルバは、邪魔にならないように無言でその会話に聞き入っている。
「エンス=リセッドって少年の事は?」
『んにゃ、戸籍すら無い。漆羽門ってのは、外国人だろうが犯罪者だろうが、何でも受け入れてたからな。もしかしたら、異国人って事もあるんだよ。でも、管理システムは分かったよ。ERシステムの28型で半永久電池で動いてるんだ』
 ERシステム……昔、体感ゲームと言うものが流行った時、あるゲーム会社が作り上げたリアリティゲームであるが、実際には殆ど出回っていない為、一部の監獄などではデーターを組替えて、脱走防止のセキュリティーとして利用されてきたのだが、今使われていると言う事は聞いたことが無い。
 半永久なのだから、おそらくは未だ動き続けているのかも知れない。
「ERシステムですね。解除パスワードがあったら、そっちでハッキングしてくれれば楽なんですけどねぇ」
『パスワード解析はお高いぜ? ハッキングも捕まらないようにやってんだからな。ちょっとは良い仕事、持ち込んでくれよ』
 ウォルは携帯電話の電源を切ると、ポケットに戻して、鞄の中から地図を取り出した。随分と建物が入り組んでおり、高低差も大きい。
 漆羽門の地図であろうか? 中央にある八角形の建物を中心に、住居などが放射状に広がっているようである。
 それを見ていたウォルに向かい、アルバが口を開いた。
「ねぇ、ウォル君。ひとつだけ聞いて良い?」
「なんですか? 報酬ならまた後で」
「……どうして俺なの? 逃げてばっかなのに」
 その問いかけに、ウォルは顔を上げてアルバの顔を見つめるが、その瞳からは冷たさしか感じ取る事は出来ない。
「キトくんなら、アヤメさんがいるから大丈夫だし、ウルフさんも言った通りの『逃げる事』に置いては誰にも負けません。鎗燕は負けるはずがありませんよ。でも、アルバさんは違うでしょ?」
「ホントなら一番、信頼の出来る人なんじゃないの?」
 ウォルは口を閉ざして、再び地図に見入っている。彼の心にある影が徐々に炙り出されるかのように、アルバに対する表情も変わってきているように思えた。それは、感じているだけかもしれない。それでも……
「キミは、僕と鎗燕の命を握ってる。キミ自身がカギなんだ」
入り組んだ廃墟の中で、微かに風が吹いた。



第十話『必要な器〜Case Of Need〜』

「では、言って頂きましょうか。どうして、ココに来たのです?」
 二人の少女に囲まれたウルフは、壁に背を向けて手足を縛られている。
「ワイは口が堅いでっせ? 骨折られても、何も言わへんもん」
 ウルフは二人の少女に向かい、不敵な笑みを浮かべる。それを見たリラは、米神に人差し指を当て、少し残念そうな顔を浮かべると、ウルフの腕を拘束していたロープを手際よく解き、クローネから一振りの短剣を受け取った。
「そうですか……残念ですね。せめて苦しまないように切り落として」
「表向きは政府の探索でーっす。ワイが仕掛けましたー。んでもってぇ……」
 明るい声が狭い壁に反響して、そこら中に響き渡る。クローネは耳を塞ぎながら、大声でベラベラと喋るウルフをキッと睨みつけ、負けず劣らずの大声で抗議する。その間に挟まれたリラは成す術なく、キョトンとしていた。
 ようやく、二人の声は止まり、息を切らしたクローネは再びウルフを見据え、一言。
「この人、バカじゃないの? 情報を売るな……っ!?」
「……表があるのなら、裏もあるのでしょう? それもウルフさんが考えたんですか?」
 リラは毒を吐き続けようとするクローネの口を塞ぎ、申し訳無さそうにウルフに向かい軽く頭を下げると、再び手にロープを巻きつけた。これ以上、何も出ない事は分かる。分かっているのだが、こうして言う誤記を出来なくしてしまう方が何かと好都合である。
 リラはもう一度、同じ質問をウルフにする。
「ん〜。裏の方は、そこに立っとる赤髪の奴に聞きなはれ」
 『赤髪』と言う単語に、クローネはいち早く反応して、両手に短剣を構える。地面に突っ伏されて、長刀を首に当ててきた赤髪の女。クローネの中では、それ以外の人物を考える事は出来なかった。あの、冷酷と言う言葉をそのまま絵に描いたような女は、なかなか居ない。
 しかし、クローネの予想とは裏腹に後ろに立っていたのは、肩に猫を乗せている、か弱そうな赤髪の男であった。
「久しぶりだな。相変わらず女運は悪いようだが」
「ウルサイわい! スフレはんかて、引き篭もりの専属医やん」
 赤髪の男は、スフレと言う名前らしい。そして、また飛び交う暴言。しかも、ようやく息を整えたクローネまで参戦している。先程よりも一人増えただけで、ココまで疲れるものだろうか。リラは呆然としながら、その様子に見入っていた。勿論、少し距離をおきながらである。
 その状況が15分ほど続き、ようやく全員の体が床に落ち、リラがそれを見計らい、近づこうとするが、今度は寝ながらの掴み合いをし始めた……リラは笑みを浮かべながら、ウルフの頭に手を乗せる。
「お取り込み中、申し訳ありませんが、こちらにも都合がありまして」
 ウルフは、その可愛らしい笑みに、殺気が入り乱れているのが手にとるように分かった。その場は一瞬にして静まり返る。
「さて、聞かせてもらうぞ。『政府の兵器』の考えをな」
「それは皮肉ですか? それより、貴方は誰ですか」
 スフレは自分の質問を後回しにされた不満からか、舌打ちをして、肩にバランスよく乗っている猫に、ドライフードを与えている。
 何故か話が、テンポよく進まない。場の雰囲気から言って、一問一答していけば、かなり時間も短縮できる上に、情報も徴収できのだ。しかし、今の状況では一問一答では無く、リラの自問自答になってしまい兼ねない。その顔には、諦めの表情も見受けられる。
「あ〜俺の顔知らない奴って、多いからな。偽名も使ってるし……篠滝ショウ。って言ったら分かるかな?」
「もしかして、あの擬似神経を作った人ですか? 確かに、雑誌や新聞には顔写真どころか言葉さえ無かった様な気が」
 擬似神経。少し前に、新聞やテレビなどで随分、賑わっていた。人間の、全ての神経をタンパク等で人工的に造られているらしいが、今では生身の人間には使えない事が分かり、期待は薄れている。
 だが、篠滝という名前は未だにマスコミ間で話題となっている。
「実は女である」とか「ホントは幽霊だった」等という、実に馬鹿らしい話題であるのだが、まだ忘れられていないのは確かである。
「まだ研究は続けてるんだよ。一応、弟子とその彼氏が使わなきゃ、いけない状況だから」
「へぇ、何歳くらいの子なの? 女の子なんでしょ? 友達になりたいな」
 さっきまで黙っていたクローネが、興味を持ったのかスフレの顔を嬉しそうに見上げる。
「ん〜とな。今年で17だっけか? でも、ちょっと変わり者だぞ」
「じゃあ、お姉さんかぁ」
 さっきまで対峙していたとは思えない程の和み方。だが、壁の方で座っているウルフの手足は縛られているのだから、そちらに目を向ければ、嫌でも今までの過程を思い出すであろう。
 だからこそ、誰もウルフの方へ顔を向けようとはしない。時々、リラが横目で一瞬だけ見るだけだった。
「なぁ。ワイはいつまで、この状況なん?」
 悲痛なウルフの叫びも虚しく、リラに深々と頭を下げられるだけであった……何かが間違っている。
「アンタ等は、何かやりに来たんとちゃうんかい!?」
 その言葉でようやく、全員がウルフの方を振り向き、スフレが手をポンッと叩いた。
 しかし、少しだけ頭を掻いて、またクローネの相手をしている。
 その様子を見て、言葉にならない怒りがウルフの中で燃え上がった。
「実はさぁ。セッちゃんの擬似神経が、古かったんだよねぇ。でも、見つからないから、良いかなって」
 セッちゃんとは彼がウォルに付けた、あだ名のようなものである。本名の『セロ』から取ったのだろう。
ウルフの顔が一瞬にして血の気が引く。「ウォルなら、ついさっき自分を放ったらかしにして、先に走っていった」なんて、言っても良いのだが、この二人の少女とウォルが一触即発なんて事になったら、それこそ流れ弾が当るかもしれない。そう思いながら、知らない振りをしていた。
 だが、ウォルが擬似神経を使用していると言う事は、スフレの弟子というのはおそらく……いや、間違いなく、あの少女であろう。クローネには教えない方が良いかもしれない。
 ようやく、リラに全てのロープを解いてもらい、晴れて自由のみとなったウルフが、身体を捻らせて後を見た。再び全身の血の気が引き、確認するかのように、もう一度同じ方向を見る。赤髪の少女……今では見慣れた金色の瞳。ウルフが完全に固まった。
「此処に居たのバカマスター! ウォルは何処? あ、腰抜けの医者も居たんだ」
「レアナぁ。育ててやったんだから、そんな事を言うなっての」
 コレは初耳である。と、いうか26の男が17の少女を育てている自体が根本的におかしい。
 確か、鎗燕が11歳の時に会った。と言っていたのだから。その時のスフレは20歳と言う事である。いろんな意味で犯罪だ。
 クローネは隙在らば斬りかかろうとしているが、リラに押さえつけられている。
「とりあえず、ウォルはどこ?」
「ん〜向こう行きよったけどぉ。ワイ、囮にされたでぇ」
「そう。まぁ、運が悪かったと思いなさ……!?」
 歩き出そうとした鎗燕の額から、生温かい赤色の液体が流れていた。
 クローネは一切、手を出していない。ガラスなども落ちてきてはいない。傷を負った本人は不思議そうに、傷口を撫でている。
「神経同士の同調か。セッちゃんに何かあったのかもな」
「私、先に行ってるから。それから腰抜け医師! どうせ役に立たないんだから、私のマンションに言って、空気清浄機つけときなさい!」
 そう言い残し、他の者が止める間もなく、鎗燕は走り去っていった。
「同調なんて事、あるんかいな」
「いや、普通の環境で発せられる磁場くらいじゃ、絶対に同調なんて在り得ないんだ。可能性として挙げるなら、此処の特殊な環境でセッちゃんの不安定な精神が崩れつつあるってトコだな」
 スフレの手には鍵が握られている。



 冷たく吹き付ける風が、アルバの頬を撫でている。
「オレは関係ないよ。オレじゃない……知らない!」
アルバは、眼前に居るウォルを押しのけ、走り去ろうとするが、壁に押し付けられて、首を掴まれる。
向こうは軽く締め付けていると思っているようだが、それでも息苦しく感じるのである。そして、そのまま意識が遠のいていった。


 喫茶店の窓際にあるブラインドから、朝日が漏れてアルバの顔を照らし出している。背中越しに少し温かい感覚が感じられる。
 人だろうか? だとしたら、すぐ謝った方が良いかもしれない。アルバは後ろを振り向くと、茶色い髪が顔に掛かり、そして淡く透き通ったグリーンの瞳が見える。そこには、いつもの様に薄らと微笑んでいるウォルの姿があった。
 しかし、こちらを向こうとはせず、反対の方向を真っ直ぐ見ている。それを真似するかのように、アルバもウォルに背を向ける。
「ウォル君。此処は何なの?」
「何って、キミが一番良く知ってるでしょ」
 背中越しに、ウォルの声だけが聞こえてくる。
「……分かんないよ。一度も来た事なんて無いから」
「僕は一回だけ、此処に来た事がある。目が覚めた瞬間、周りが何も無くなっている。寂しいとかじゃなくて、何も感じない。そんな世界が広がっていてね。その中で鎗燕だけが僕の身体を抱きしめている。それだけ……」
 背中越しでも、ウォルの悲しそうな顔が透けているように見える。
「夢とかじゃなくて、現実。でも、まるで悪夢の様だった」
「夢の中に居た方が楽に決まってる。辛い事なんて、全く無いんだから」
 アルバが欠伸をしながら、不真面目に答える。
 喫茶店のドアが開き、何人かの若い男たちが喫煙席の方へと早足で向かっていく。
 そして、仕切り越しに見えるタバコの煙……この光景を一度見た事がある?
「でも、夢の中には鎗燕が居ない。寂しい……一人ぼっち」
 一人な訳が無い。こうやって店員が水を運んできて、逃げるようにしてタバコを吸う為に足を運ぶ学生。
 コレが一人だというのか。十分過ぎるほど賑やかである。
「もし、夢というもの自体、現実だったら。楽だったと思う?」
 さっきから、何も言う事が出来ない。夢が現実? あるはずも無い希望論である。もし、そうであっても、それは嬉しいと思う。
「もし、現実が夢なのなら……それでも良かったと思える?」
 ウォルという少年に会ったこと。鎗燕という無表情な女の子に会ったこと。ウルフという喫茶店の女好きの店長に会った事。アヤメという竜の女の子に教えてもらった武術。コネクトっていう、組織に入ってる二人の女の子。それから……子供染みた喧嘩の相手をしてくれたキト。
 現実なんて、無くなってしまえと思っていた。夢だけで良いと思っていた。それの方が楽だから?
 背中の後に居る筈のウォルにゆっくりと顔を向けた。今まで居たウォルの姿は居ない。その代わりに綺麗に掃除されたフロアをスーツ姿の男たちが忙しく行き来している。
 その中で無精ひげを生やした男に手を引っ張られている、自分に似ている金髪の小さな少年が居た。
「嫌だ。やめてよ! ……一人にしないで」
 自然と目から雫が垂れる。今まで流した事など無かった。笑っていれば、きっと誰かが認めてくれる。俺を無視し続けてきた親父だって……きっと。だから、反論なんかしなかった。そうやって、自分が歩いていけると感じたから。
「それで? どこまで歩けたの?」
 金髪の少年が振り向いてアルバに問い掛ける。
「君はどこまで歩けたの? 一人だけ悲壮感に浸って、人の手しか借りずに、どこまで歩けたの?」
 小さな頃の自分と今の自分。まるで変わってなかった。背丈だけ、タダそれだけが違っている。だが、それが一層『変わっていない』事を示しているようだった。
「なんでウォル君は……僕に頼っているの?」

……ワカラナイ ナンデ コンナトコニ イルンダロウ?

「自分が自分である事……簡単じゃないんだよ」
 ウォルの微笑みが見える。そして完全に意識がなくなっていく事に気付いた。


「ゴメンね。こうしないと、衝撃に耐えられないんだ」
 ウォルは地面にアルバを仰向けに寝かせて、前に居る何かを睨み付けた。
「これはこれは。ウォルさんですね? ゆっくりと話がしたかったので」
 そこには政府の右腕とも呼ばれる男。フランの姿があった。そして、不敵な笑みをウォルに向けている。
 ウォルは、地面に落ちていたガラス片を拾い、自分の腕に押し当てた。
痛々しいほどに赤い血が腕を伝って滴り落ちている。
「擬似神経……視神経切断。暗いトコでは視力は必要無いからね」
夜、目の見えない鳥は音を聞き分けて、獲物の位置を探る。人も盲目となれば聴覚が異様に発達する事がある。お互いの失った部分を補い合って平常へと戻す。
なら、全ての神経を失えば……どうなるのだろう?


『失ったモノ〜Cord Ress〜』

突然、テレビの電源が入ったかのように、目の前が明るくなり、無精ひげを生やした男の姿が目に入った。あの、金髪の少年を連れていた男である。
周りは白い壁で囲まれ、頭上には裸電球が吊るされている。
そして横に、コードが付いている銃を置くと、こちらに向かい口を開ける。
「さぁ、早く撃て。しっかりと的を狙うんだ」
何を言っているのか全く理解が出来ない。どうして的を撃たなければならないのか。この男は一体、誰なのか。しかし、手は自然と銃を握って的に銃口を向けた。引き金は金具のような物で固定されている。
困惑。まるで機械のように体が動いている。
「同調率が10%を下回ってます。危険な状態ですよ?」
 ファイルを持ち、メガネを掛けた男がドアを開けて入ってきた。
「予備なら幾らでもある。これでダメなら、もう一度、再起動しろ」
「……分かりました。安全装置解除します」
 予備? 再起動? どんどん、訳が分からなくなってくる。メガネを掛けた男の言葉で、引き金に付いていた金具が外れ、音を立て床に落ちた。
「さて、実験を始めようか」
 実験? さっきから、意味の分からない事ばっかりだ。困惑したまま、安全装置の外れた引き金に、指を掛ける。
 だが、思い切り力を入れても、少し動くだけで、それ以上はピクリともしない。今度は両手で引き金を押さえる。構えていた銃の撃鉄が動いて、部屋中に乾いた音が鳴り響く。
 耳に激痛のようなモノが走ったが、すぐに収まり、的に目を向けると中心より、やや右に弾痕が付いているのが見えた。
「同調率5%です。一気に落ちました! 暴走する可能性も……」
「構わん。撃ち続けろ」
 今更、後にも引けない。さっきと同じように、銃の引き金に二つの指を重ねた。今度は銃口をしっかりと、的の中心に向ける事が出来て、体が軽くなった気がする。
 ただ違ったのは、周りの話し声が『声』として聞こえない事。ノイズ音が耳に響き渡って少し、気分が悪くなった。
「どうした? 早く撃て」
「……わかってるよ」
 自分の声が震えているのが分かった。怖いのか? そう聞かれた気もする。でも、これ以上、声を出す事は出来なかった。
 ただ、ゆっくりと、的に向けられた銃の引き金を引くことしか出来ない。さっき以上に気分が悪くなっている。頭が痛い。
「もういい……終わりだ」
 その言葉のあとにメガネの男が後に回りこんで、耳元で静かに囁く。
「ごめんな」
 何が『ごめん』なんだろうか。だが、それ以上を考えようとすると、頭痛による痛みが押し寄せてくる。その言葉と同時に、背中から何かを引き抜かれた。
 血が流れている。赤く生温い液体が手を伝いながら、床へと落ちて血溜まりを造っているのが目に入った。
 揺れる液体に、自分の顔が映し出される。髪の色は分からない。それでも、表情には幼さが見受けられる。
――小さい頃の自分?
 考える間もなく、意思に反するかのように瞼が落ちてしまった。


「ねぇ、ボーっとしてないで、ちゃんと着いて来てよ」
――誰? 知ってる人かな。俺と同じ髪の色……誰だろ?
 霞んでいる目を手で拭い、声が聞こえた方へ目を向ける。月明かりを背にして、微笑を浮かべている少女。どこかで、見た感じがするが、温かな笑みにその戸惑いは掻き消され、その少女の元へと近づいた。
 周りは焼け焦げて、建物などの人工的なものは微塵もない。ただ、焼け跡だけが広がっている。
「ねぇ、どうせだから、ここら辺に家建てて住んじゃおっか」
 人の気配がまるでしない。だが、寂しくは無い……自分を優しく見ている少女が目の前にいる。今まで、ずっと一人で生活して、物盗んでたから。こういうのは悪くないな。
 少し苦笑いをしながら、無言で首を立てに振ると、少女は背中をポンっと叩き。
「絶対に私が守ってあげるから」
 少女は、そう告げると煙のように消えてしまった。
『寂しいとかじゃなくて、何も感じない。そんな世界が広がっていてね。その中で鎗燕だけが僕の身体を抱きしめている。それだけ……』
 ウォルの話が脳裏に過ぎり、ゆっくりと後ろを振り向く。あの少女の微笑が目に焼きつき、離れない。きっと彼女が後に立っていてあの微笑を向けてくれる筈だから。

「ゴメンな……父親らしい事、一度もしてやれなくて」
 目に飛び込んできたのは、あのメガネを掛けた男が、床に膝を落としながら焼け爛れた手で、オレの身体を包んでいる。突然すぎる出来事で、身体が硬直しているのが分かる。自分の目の前で、死にかけた人間が倒れているのに、涙すら出ない。
「ゼロ・アームス。他の武器を超越する無の兵器。感情の高ぶりによって、発動されるってか」
 男の後ろで、ハンドガンを持った黒髪の男が低い声で呟いた。
「誰なの……ゼロ・アームスって何?」
「俺かい? シャトーって言うんだがね。それから、ゼロ・アームスってのは腕を奪われ、自由を無くした人間って事だよ。分かったかい?」
 シャトーと名乗る男が、こちらにハンドガンの銃口を向ける。腕を奪われた人間? ゼロ・アームス? シャトーってもしかして、ウォル君が電話していた人のことかな。なんでオレはこんな夢見てるんだろ。
「成長される前に、止めねぇとな」
 轟音が鳴り響き、硝煙による独特な臭いが鼻に入った。

――なんだ。やっぱり夢だったんだ。
 なぜ、気を失っているのかは分からないが、さっきまでの夢は途切れることなく、鮮明に覚えている。アルバが目を開けて最初に目に入ったのは、フランと対峙しているウォルの姿。
「擬似神経ですか。なかなか厄介な物を使ってますね」
「ウチの専属医。結構、有名なんで」
 二人はそんな会話を交えながら、涼しげな表情で剣を交えている。と、言ってもウォルは弾の無くなった拳銃を投げ捨て、木の棒すら持っていない。それとは対照的にフランの手には身の丈より少し眺めの剣を握っている。
 あの特異な力があるのだから、素手でも充分であろう。
「知っていますか? 耳だけで感知する戦い方の弱点を」
 軽い足取りで逃げ回っていたフランの足が、ピタリと止まった。それを見透かすようにして、ウォルがあの奇妙な右腕を剥き出しにして襲い掛かる。
「こうして、音を出さなければ、避けるどころか致命傷ですよ」
 ウォルの心臓部に尖った刃が突き立てられ、血が伝い落ちている。医師の資格を持っていない者でも、死んだと言う事が分かるような光景に、アルバは息を飲んだ。刃を放ったフランは嘲笑を浮かべて、地面に落ちる雫を眺めている。
 しかし、腕が垂れ下がっているウォルの表情には苦痛というものは無かった。
「……同調率100%超なら、脈拍が急激に速まり、普段の数十倍の速さで行動が出来る。同調率0%なら、脈拍が10を切り、身体の機能が遅くなる。擬似神経を何年も扱ってなきゃ、そんな操作は出来ませんけどね」
 ウォルは右手をフランの胸部に当て、口元を緩めた。
「はっきり言って、僕の場合は心臓貫かれても、痛み感じないんだよね」
 大気中の空気が熱くなるにつれ、ウォルの体からは、凄まじいほどの水蒸気が立ち昇り、脱水症状になり兼ねない状態である。
 だが、それでも表情を歪めることなく、左手でフランの襟首を捕まえている。痛覚がなくなると同時に、熱感知能力もなくなったのか。だが、頬には滲み出ている汗が見える。
「自爆という選択ですか? 賢明では……ありませんね」
 苦しそうな表情でフランは、ウォルの上着の隙間を覗いている。それにつられる様にして、アルバの視線もそちらの方へ向き、目を細めて凝視した。縄で身体に括りつけられた小瓶が、無数に連なっているのが見える。ラベルは良く見えないが、おそらく薬物。それも可燃性のものだろう。
「生憎、五体満足で帰ろうとは思ってないんで!」
 ウォルの声と共に、ゆっくりと上昇していた大気の温度が、急激に跳ね上がった。
 あと10センチも近づいていれば、血液が沸騰して、意識が無くなる前に身体の水分が全て抜け、干物になっていたところである。
 きっと、彼はそうならないように、アルバを気絶させて遠ざけたのだろう。
――どうして、他人の事を……
 アルバの思考は爆音と爆風で、ストップしてしまった。

前方からウォルの物と思われる悲痛な呻き声が聞こえる。不意に自らの右手を見てみた……どうやら、煤が付いているだけで、無傷の様である。しかし、その先にあるコンクリ製の道は、アスファルトが溶けて、焼け跡を残している。
「はは。また、レアナに怒られちゃうや」
 レアナと言うのは、おそらく鎗燕の事であろう。一度、アルバはこっそり、会話を盗み聞きしていた事があった。
ウォルの左肩と両膝は肉が裂け、血が淀みなく流れている。その様子を一言も発する事が出来ずに、アルバが、地面に突っ伏している
「ウォル……君?」
 掠れたその声は、本人には辛うじて届いたようである。
「あぁ、アルバ君ゴメンね。ちょっとの間は動けないと思うけど、気にしないでいいよ」
 『ゴメン』と言う言葉。アルバの頭に先程の夢の事が思い出された。どうしても、どう努力しても掃い切れなかった。
 あの、メガネの男が放った言葉とウォルの言葉。それが同じような意味合いの様に聞こえたのかもしれない。
 その時、後ろの方から足音と荒い息遣いが聞こえた。
「っ……ウォル。アンタはホントもう……」
 後から現われた赤髪の少女がケガを負ったウォルの元へ、小走りで走って行く。鎗燕である。
 ウォルは、まだ視力が回復していないのか、焦点が定まっていない。
「あ。ちょっと、血足りないかも。まぁ、アルバ君が怪我しなくて良かったよ」
 心配している鎗燕に、笑顔を向けるが、胸からは未だに血が流れ落ちている。なにより、他人より自分の命をとるのが普通である。そうやって、生き延びてきたアルバにとって、妙な言葉であった。
「私を待ってれば、怪我しなくて良かったのに」
 いつもは無表情な鎗燕が悲しそうに、ウォルの左肩を見ている。思えば、彼女を冷徹で無表情。と、割り切っていたのは自分だけかもしれない。
――今考えれば、彼等を一番怖がっているのは自分であり、自分を怖がっているのも自分だけである。この二人を見ていると、そういう考えが浮かんできた。
「さてと。アルバ君を連れて、皆と合流しないとね」
「こら。擬似神経つなげるから動かないで……!?」
 突然の出来事。誰もいない暗闇から、長い剣が矢の様に飛んできて、鎗燕の右胸を貫いた。彼女の悲痛な叫びが嫌でも耳に入って来る。
「おや、貴方の方を狙ったつもりなんですがね」
 剣が飛んできた暗闇に、フランの姿が浮かび上がり、その視線の先には呆然と立ち竦んだウォルの姿があった。
 アルバの重い身体が、自然と動く。
――嫌な予感がする。あの夢と同じように、オレ以外の人が居なくなっていくのが怖い。今まで、ずっと拒み続けてきたのに。これがワガママって言うのは知っている。でも、ウォル君たちは、どういう理由であれ、オレを必要としてくれた。身体を動かす理由はそれだけで、充分だった。
「止めろォォ!」
――周りの大気の感覚が違う。いや、大気とかでは無い。もっと別の力で不思議な。自分を取り巻く力。なんとなく、勝てる気がした。
 その言葉と同時に、アルバの周りのコンクリ片が浮き上がり、その矛先はフランの方へと向けられている。
「サイコ……キネシス? 消息不明の少年?」
 ウォルは独り言の様にアルバの力を見つめている。
「退いてよ……そこさ。オレの家なんだ」


『第十二話 操り人形』

 手首に痣を付けた男。ウルフがゆっくりと腰を上げて、周りにある建物を見回し始めた。
「ほな。ボチボチ逃げへんと、怖いオジサンが仰山来てまっせ? ウォルはんの事も心配やしな」
「ん〜? でもさ。これ少なくないかな? ナメられるのは別に良いけど、命は大事にしましょうよ」
赤髪の男。スフレがそれに続いて、呆れた様に周りに目を配らせる。
すると、防弾チョッキを着用し、機関銃や手榴弾を手にして建物の陰からゾロゾロと現われた。隠れていたようには思えない。おそらく、人海戦術で戦うつもりだったのだろう。全員がスフレの挑発に青筋を立てている。
「ま、腰抜け共でも、そう簡単に引き下がってくれないか」
「そら、そやろ。目の前の高級ディナーを逃すバカはおらへんわい」
「篠滝シュウ。こんな所で、お目にかかれるとは」
 何人もの武装グループの中から、掻き分けるようにして、白衣の男がスフレの元へと歩み寄り、横目でクローネとリラを見据える。
「はぐれコネクトか。たしか一ヶ月前に消えた二人だったな」
「生憎、あの人の元に帰るつもりはありません」
 そんな口論の中、ウルフは額に人差し指を当てながら考え込んでいる。おそらく、この二人はコネクトと言う組織に入っており、政府と手を組んでいる。そう考えていたのだが、どうやら色々な事情が渦巻いているようである。さっきまで、ウルフの後に立っていたリラが双方を隔てるようにして、間に立った。
「っ……此処は私達が食い止めますから、早く!」
「ホンマは、そうしたいんやけどなぁ」
「八方塞じゃ、それも出来ないって事だね」
「リラはんに、全部を任せる訳にもいかへんしぃ」
 武装グループに向かい、歩き始めたスフレと同様に、ウルフも額に当てていた指を離し、リラに悪戯っぽい笑みを浮かべ、首を鳴らしながらゆっくりと歩き始めた。
 武装グループは力強い足取りで近づいてくる二人に、銃口を向けるが、その銃口は揺れ動き、手も震えているのが分かる。その横では冷笑を浮かべ、近づいてくる二人を見ている白衣の男が居た。
「ちょい、道開けてくれへんかな? 連れが先行ってもうてん」
「キミに用は無いんだよ。そこの篠滝シュウと少女2人しか要らないんだ」
 腑に落ちない。という様子で、ウルフは溜息を零すと、男の隣に居たひとりの武装兵の頭を片手で掴み、少しずつ力を入れ始めた。骨がきしむ音と、武装兵の悲痛な呻き声が白衣の男の耳に届く。
「もう一度、頼みまっせ? 道開けてくれへん?」
 先ほどと同じように、今度は笑みを浮かべながら頼み、右手で掴んでいる男の顔を見た。口からは泡を吹き出し、白目を剥いている。
見る限り、完全に意識は無いであろう。しかし、白衣の男はその様子さえも、冷たく笑って傍観している。
「これ以上、力入れると、この人死にまっせ?」
「あぁ、そうしてくれたまえ。頑丈でない生き物は必要無いんだ」
 簡単に非人道的な言葉を吐き捨てると、再び二人の少女に目を向けた。
「そこの二人みたいに、死なない材料が欲しいだけだよ」
 リラの表情が凍りつき、地面に膝を落とすと自らを抱えるようにして震え始める。その様子を見たウルフの表情が、数瞬ながら冷たくなっているのがスフレには分かった。
 倒れているリラをクローネが優しく抱き寄せる。
「嫌がるお姫様を無理矢理、連れ去る王子様。そういう役も良いとは思わないかね?」
「女の子には優しゅうするちゅう事を知らんのかい!」
「人を助ける医者の立場として、放っておけないな」
「医学は発明でしかないだろう? キミが発明した擬似神経も、命を蝕む事もあるとか」
 その言葉でスフレの顔が一瞬にして曇り、殺意の篭った目を白衣の男に向けた。
 だが、男は相変わらず覚めた笑いを浮かべているだけである。そして、スフレの方を見て、その言葉に付け足すかのように口を開く。
「確か、赤髪の少女を昏睡状態にした事もあると聞いていたがね」
 その言葉で、スフレの殺意が膨れ上がっているのが、周囲に居るものの目には分かった。
 その様子を見て、ウルフの表情も曇り始める。
「そうしなければ、死んでいた。元はお前等が蒔いた種だろ!」
「私たちは、ただ人類と科学の発展の為に犠牲を惜しまないだけだが」
 その言葉で怒りが溢れ出したのか、スフレが白衣の男に掴みかかり、眺めていたウルフも、右手に持っている兵士を建物の壁に投げつけ、地面に落ちた拳銃を持ち、白衣の男に向ける。
 それに動揺した者が機関銃を誤射し、仲間に当てる。という光景が見られた。
 しかし、白衣の男は表情を崩さずに、地面に倒れているリラと、それを支えているクローネを見据えている。
「クローネ。スパイの役目は終わった。その女を殺して、こっちへ来るんだ」
 白衣の男が放った言葉が、4人を一瞬にして凍りつかせた。クローネがスパイであった事。だが、それは不本意であると言う事も分かる。
 しかし、白衣の男は威圧するかのように二人の少女を冷笑を浮かべながら見ている。それは、ゲームの結末を待ちわびているかのようにも思えた。少なくとも、彼にとっては二人の少女が物質としか見えていないと思うが。
「……分かりました。リラを……殺せばいいんですね」
「そうだ。そうすれば、お前にも人並みの生活が出来るぞ」
「クソ外道! 個人的な恨みだったが、どうでも良い! 叩き潰す」
 そう吼えては見るものの、やはり人質が取られているのは致命的である。
スフレとウルフは苦虫を噛んだ様な表情を浮かべ、二人の少女を無言のまま見守るしかなかった。しかし、白衣の男はそれとは対照的に、ニコニコと笑っている。
 そして、遂にクローネが右手にナイフを握り締め、リラの首へと近づけていき、覆い被さるように顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。
「ゴメンね……リラ姐。もう、無理なの……」
 クローネは小さくそう告げると、ナイフを振り上げ、リラの左胸へと突き立てた。サラッとした赤い血が地面へと滴り落ちる。
 ウルフとスフレは、その光景に思わず目を背けそうになる。
「よしよし。いい子だな。早く此方へ来たまえ」
 クローネは左手をポケットに突っ込み、白衣の男の元へと歩み寄る。
「はい。しかし、その前に少し質問をして良いでしょうか?」
「なんだね? なるべく答えようとは思う」
「もし、私がリラを殺さなければ、どうしてたんですか」
 その質問に白衣の男は、少し考えて白衣の胸ポケットからボタンのような物を取り出し、嫌な笑いを浮かべながら、血を流して倒れているリラを見つめている。
「キミの中に仕掛けてある爆弾で2人共、消去するつもりだった。で、これでいいのかね?」
「……はい。御蔭で随分、楽になりました」
クローネはそう呟くと、白衣の男からボタンを奪い、自らの手におさめた。そして、緩やかな表情をスフレに向ける。
「アリガトウ。少しの時間だけ、人間らしい時間を与えてくれて」
 そして、ウルフの方には少しキツメの視線が浴びせられる。
「リラ姐をヨロシク! 泣かせたら承知しないよっ。その為に自慢の身体を傷つけたんだから」
 そう言って、左手をポケットから出した。
しかし、その手首から先は、血が滴り落ちて、あるはずの拳が無くなっている。
 そして、倒れているリラの傍らに、大量の血溜りと右手の拳が転がっている。どうやら、気絶しているだけの用である。
 通常の人間が見れば、吐き気がするであろう光景である。
「貴様。私を裏切るのか! イカレタ道具め」
「……私は……人形じゃない。私は……貴方の道具じゃない。私は人間として……生きたかったのっ!」
 一瞬の閃光と轟音と共に、生きたものの焦げる臭いが充満する。
 その地獄絵図と化した目の前の状況に、ただ無言で拳を握る事しか出来なかった。
 その沈黙をスフレが破る。
「ウルフ。お前は、リラちゃんを連れて逃げろ」
「そら、良い選択やな。でも、本人の同意が必要や」
 ウルフは、先ほどの爆発で目を覚まし、俯いているリラの方を見据えた。その目には雫は写っていない。そういう身体なのかもしれないが、後悔した様子は微塵も見られなかった。そして両手には、零れているクローネの血が握り締められている。そして、ウルフの方へ顔を向け、無理矢理の笑顔を浮かべた。
「私は、前へ進みます。戦うように造られてるので、逃げるなんて言葉は似合いませんから」
「あ〜あ。また、レアナに怒られそうだな。こりゃ」
「え〜今から逃げたらあかんのぉ?」
「どうせ逃げるつもりも無いんだろ?」
 図星を突かれたのか、ウルフは頭を掻きながら、スフレを恨めしそうに睨んだ。
「ところであの男は誰なん?」
「ん? さぁね、俺より賢い奴しか興味は無いんだ」


Next Countinue

2004/08/31(Tue)11:03:42 公開 / 琥狼
■この作品の著作権は琥狼さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
キトが三話連続です。主人公が此処まで活躍しない小説もどうかと思う。
えぇ、まずはホントすいません。1週間半も休んでました。そう、学生の天敵ですよ。夏休みの課題という物に踊らされました。そして見事に玉砕しました。

第十二話目UPです。アレです。課題と平行して進めてきた為、すごくいい加減です。白衣の男の名前を決めてなかったわけじゃないんです。決して、オリキャラ紹介を増やしたくないい訳じゃないんです。ただ、影が薄かった。

追加オリキャラ……もう出ないでしょう。多分


もし良ければ、誤字脱字とか理解不能な描写文のご指摘や、小説の感想もお願い致します。

卍丸さんへ
いつも、ありがとうございます。
今回もシリアス道を突っ切ります。そして、主人公を切り捨てます(酷
作者は課題で緊張してます。そして、諦めて誤る練習を始めてます。
キトはアレです……私の脳細胞の中にひっそりと(でも、今日まで忘れてました
全員のストーリーが用意されてますが、一応これが終わったら、ウォルとレアナの過去にスポット当ててみたいなぁ(と思いつつ
今回は繋ぎ方が微妙です。中途半端
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