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『出刃衛門と、鬼退治〈一話完 続く〉』 作者:文人 / 未分類 未分類
全角14549.5文字
容量29099 bytes
原稿用紙約42.95枚
 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが居りました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 おばあさんが川で洗濯をしていると、どんがらがっしゃん、どんがらがっしゃん、と大きな桃が流れてくるではありませんか。桃は、あらゆるでっぱりにその実を打ち、桃でありますから、変にゆがんでいました。
 おばあさんは、
「おや、これは大変だねえ」
 といって、その大きな桃を、言葉通り痛んだ桃を担いで、家に帰りました。
 家に帰ると、おじいさんがいました。おじいさんは、部屋の隅ですねているようでした。
 なぜすねているのか。おばあさんは、すぐ思い当たりました。いじめです。おじいさんは、いじめにあっているのです。おじいさんは、山の芝刈り爺さんたちに、いじめられているのです。
「おじいさんや、今日はどうしました?」
「ばあさんや、わし、もうやっていけそうもないわい」
 と、おじいさんは、涙ながらに訴えました。
「今日はの、隣町の助べえに、お前の頭はつるっぱげ、とかちょっと、年取りすぎじゃないのかい、とかいわれたんじゃ」
「まあ、そんなこと放っておきなさいよ」おばあさんは、いいます。「だって、その助べえさんと、おじいさんは同級生でしょう」
「ああ」おじいさんは、うなずきました。「いっしょに、鬼退治にいったなかじゃ」そして、回想します。「じゃが、そのときから気に食わん奴だった。自分のキビ団子のほうが、うまそうだとか、お前のキビ団子は、しおれているとか、自分の犬雉猿の自慢話ばかりして・・・」
「気にしちゃあ、いけませんよ。確かに助べえの犬雉猿は、すごかったかもしれませんが、彼らのチームワークはすこぶる悪くて、犬と猿の中なんて、まさしく犬猿の仲、だったじゃないですか」
「それもそうじゃの。おお、そういえば、あいつの雉も、かわいそうだった。飢えていたあいつは、雉を鍋に突っ込み、雉鍋と称して食っていたっけ」
 おじいさんはこころで、明日助べえのあほに泥団子をぶつけてやろうという算段を立てていると、ようやくおばあさんの背中にしょわれた桃に気がつきました。
「おばあさんや、その大きな桃は一体なんじゃ?」
「これですか? 川で流れていたので、拾ってきたのですよ」
「拾ってきた? おお、そういわれてみれば、そこかしこ痛んでいて、落ちていた、という雰囲気がするのう」
 おじいさんは早速、台所から出刃包丁を持ってきて、切ろうとしました。
「ふっふっふ、久しぶりに、わしの出刃包丁がうなるぞい」
「そういえば、おじいさん、むかしそれで鬼を退治していましたね」
「そうじゃ。出刃包丁の威力は抜群でな。赤鬼、青鬼、黄鬼とかいう雑魚は、一撃必殺じゃった」
 おじいさんは、怪しい笑みをたたえつつ、刹那、空気が震えたかと思うと、出刃は一瞬にして桃を中央から真っ二つに両断し、おじいさんは、元の構えに戻っていました。
「見たか、これがわしの居合い切り」
 すると、桃の中にはかわいらしい赤ん坊がいるではありませんか。それも二人。壁に張り付くように居たので、おじいさんの斬の被害は受けなかったようです。
「あんらまあ」おじいさんは驚き、そのあまり、腰が抜けてしまいました。そのとき、出刃は宙を舞い、赤ん坊の一人の頭部にぶつかりました。

 桃の中に入っていた赤ん坊は、双子だったようで、両方とも、すくすくと大きくなりました。おじいさんとおばあさんは、二人を、一人は桃から生まれた男の子、ということでピイチ=ボウイ、とそのころ外来語がはやっていたので、そのようにつけ、もう一人を、出刃包丁があたったとして、出刃衛門と名づけ、両方かわいがりました。出刃包丁があたった出刃衛門でしたが、当たったのは刃のほうでなく、みねのほうだったので、頭蓋が裂け内容物が飛び出すことはありませんでしたが、打ち所が悪かったらしく、馬鹿になりました。
 ピイチ=ボウイのほうですが、自分に付けられた名前が気に食わず、第二次反抗期を迎えると、グレ、自らを「桃太郎之介」と名乗り、夜な夜な出かけていっては、次の日、けんかをして戻ってくるという、非常に荒れた生活を送っていました。ただ、ピイチは賢く、強く、目つきがそこいらのやくざより怖いことを覗けば、かなり出来た子でした。
 そんな彼らですが、二人の仲は良く、一緒にいることはほとんどなかったのですが、双子の絆というか、自分とは正反対の存在には惹かれあうというか、出刃衛門はピイチの賢さ、強さ、大胆さ、論理的な行動に、ピイチは出刃衛門の、予測不可能な行動、人を疑わない不用意な、しかし本当の自分を許せる心、馬鹿にされても、受け流せるだけの度量に自分を重ね、うらやましがると同時に、尊敬し、二人は家族であり親友みたいな物となっていました。
 ある日のことです。出刃衛門は、どこからか、鬼が人間に悪さをしている、という話をもって帰ってきました。
「桃太郎之介、お前、聞いたか?」出刃衛門は、ピイチをこういう風に呼ぶことにしていました。
「今、巷では、鬼退治がブームになっているらしい」
 ピイチは、サンドバッグを家の横の木にぶら下げ、連打しているところでした。
「出刃衛門か、なんだ、いきなり。鬼退治? どこでやってんだ?」
汗が、手入れの行き届いていないおんぼろの庭に舞います。
「聞く所によると、今町で鬼を退治をしてくれるような強い人を探しているらしい」
「はあん、そりゃ、物騒になったな」
「物騒? なんで鬼が人に悪さをしたら、物騒になるんだ? 悪い奴は、他にも結構いるぞ?」
「鬼ってのはな、悪いもんなんだよ。理由は俺にもわからないが、ともかく、そういうふうになってんの。まあな、鬼だから悪いってワケじゃねえし、人間のほうが、環境破壊、他種絶滅活動、身分制度とか見たまんま悪だが、世論はそうなってるから、それに便乗しといたほうが、身のためさ」
「はあん、鬼ってのは、悪いものという、設定なんだな」
「まあそういうこった。でもよ、昔はともかく、このごろは鬼もおとなしくなってきたって聞いたがなあ」
 出刃衛門は、鬼退治に行ったというおじいさんに、話を聞いてみました。
「鬼退治? 懐かしい響きじゃのう」おじいさんは、過ぎ去った昔よき日を思い出しました。
「思えば、あのときが、一番、SE・I・SYU・N、しとったかもしれん」
 その後おじいさんは、犬との馴れ初め、雉との出会い、猿との交流をぐだぐだとはなし、鬼ヶ島に行く、前にそれを飛び越え犬が寿命で息を引き取ったときの話をし始めました。
「あいつは、・・・いい犬だった・・・姿は不恰好だったがな、イヌ、とよぶと、ハッハ、と尻尾をふってわしを慰めてくれたっけ」
「いいイヌだったのに、名前はなかったのか?」
 出刃衛門の突っ込みも、おじいさんには届いていないようで、天井を仰いで、一人詠嘆にくれていました。
「おじいさんも、悲しかったんだろうな」
「違えよ。このくそジジイは、ボケたのさ」
 サンドバッグを連打し、良い汗をかいてきたピイチは、はき捨てました。ピイチは、その付けられた名前からか、おじいさんとおばあさんを憎んでいました。
 確かに、おじいさんは医者に痴呆と判断されていましたが。
 それをみていたおばあさんは、
「あんたたち、鬼退治に行きたいのかい?」
 と訊きました。
「特に、ピイチなんかは、鬼をきりたくてうずうずしているんでしょう?」
「俺はピイチじゃねえ。桃太郎之介だ」ピイチは、まずそこの訂正を求めました。「それにだな、俺がいつ鬼をきりたいって言った? ふざけてんじゃねえよ。まるで俺が精神異常者みたいじゃねえか」
「怖いのかい?」おばあさんは、ピイチを試すようににっこり微笑み、「そうじゃよねえ、誰だって、死にたくはないもの。おびえるのも、むりないの」
「んだと、クソババア!」ピイチは、賢くありましたが、短気で、ちょっと悪口をいわれると、キレる性質だったのです。「俺が、いつ怯えただって? 甘く見てんじゃねえぞ。俺が、鬼なんかを怖がるはずねえよ」
「それじゃあ、鬼退治に行くね?」
「おう! いってやろうじゃねえか。てめらに、なめられてたまるかよ」
 おじいさんは痴呆ですが、おばあさんの脳は高齢だというのに、まったく衰えておらず、ピイチの弱点みたいなものを、完璧に押さえていました。かなりのやり手です。確かに、自分の番が、
「ホウホウホウ、キジイイイイィィィ、キサマアアア、裏切ったなああ」
 といったふうに幻覚をみるのでは、しっかりするほかありませんね。
 ということで、ピイチは、おばあさんからおばあさん特製のキビ団子を受け取り、鬼退治に出かけました。出かける際、おじいさんは、ピイチに出刃包丁を渡しました。
「ジジイ・・・」
 ピイチは、少なからずおじいさんの優しさに、触れたような気がして、もともと情に弱い人間でしたから、旅立ちは、(ピイチ=ボウイ、という名を付けられたというのに)なんだか絵になるものでした。
「サブロウ・・・わしは、もう駄目じゃ・・・せめて、この刀で・・・猿を・・・」
 そして、ピイチはおじいさんの優しさが偽りだったと気づく間もなく、鬼退治に出発したのです。
「出刃衛門・・・おぬしは、いかぬのかえ?」
 おばあさんは、その毒牙を出刃衛門にまで向け始めました。
「え、どこに?」
「鬼退治じゃよ」
「ああ」出刃衛門は頷くと、「当然、いかないよ。だって、おれ弱いもの」
 出刃衛門は、馬鹿の癖すっきりとした性格で、迷うということを知りませんでした。あるいは、馬鹿の特権でしょうか。ともかく、おだてて鬼退治させることは、不可能なようでした。
「鬼退治に行けば、ヒーローになれるぞ?」
「死んだら意味がないじゃない。おれさ、桃太郎乃介から聞いたんだけど、ひーろー、ってのは、死ななきゃ意味がないみたいなんだ」
「鬼が島には、絶世の美女といわれるお姫様が・・・」
「助けたって、感謝されるわけでもないし。そもそも、おれ平民なのに、愛がどうとかなるわけないじゃない」
 出刃衛門は馬鹿でありましたが、かなりのリアリスト、世界の流れに背かない、というか流れに乗って突っ走るような人間で、その世界はまだ身分制度というものがあり、出刃衛門は、それらを受け止め、平民以外のものとの結婚は、不可能だと考えていました。
 ピイチも同じような考えですが、出刃衛門と違って、ピイチは博聞、故に夢を見がちで、おばあさんの手にかかれば、おだてるのは楽勝だったのです。出刃衛門は、馬鹿であるので、おばあさんにとってしてみれば、天敵たる存在でした。
「むう、こやつはどうも世界に希望をいだいとらんな」
「ん?  にょっき帽が、どうしたって?」
「いんや、なんでもない」
 おばあさんは、考えました。どうすれば、出刃衛門を鬼退治に向かわせることが出来るのか、と。
「出刃衛門や。鬼が島には、たくさんの宝石があるぞい?」
「命あっての、ものだよね? だ。死んだら、意味ない」
「そこには、きっと世界各地から、珍しい木の実やら果実やらを集めてきていることじゃ」
「鬼が島って、島、だろう? だったら、着く前に腐らないか?」
「大丈夫大丈夫、冷蔵庫がある」
「え、でも。島だから、電気通ってないんじゃ」
「自家発電に決まっておるじゃないか」おばあさんは、自信満々にいいました。
「それより、命を懸けてまで、ほしいものなんて、ないとおもうぞ」出刃衛門は、自らの考えがただしいと、頷きました。「生命第一。どんなにおいしいものでも、それが毒だったら、意味ないもんなあ」
 馬鹿は馬鹿なりに考えているようです。
ですが、おばあさんのほうが、一枚上手だったようで、
「そこには、もしかしたら、おぬしの馬鹿を治す木の実もあるかもしれんぞ?」
 すると、出刃衛門の動きが止まりました。
「え、今、なんてった?」
「だーかーら」おばあさんは、勝利を確信し、「鬼が島には、おぬしの馬鹿を治すものも、あるかもしれん」
 出刃衛門は、表情を固め、ゆっくりと立ち上がり、おばあさんに、
「・・・とっておきのキビ団子を、作ってほしいんだけど」
 といいました。



第一話 出刃衛門、サーカスと出会う

 さて、出刃衛門が鬼退治を決心し、その後どうなったのか。
 無事、キビ団子を受け取り、出発しました。ただ、その出発はピイチのように格好の良いものではなく、ただ単に近くのコンビニに行く、といった風情でした。
 というのも、出刃衛門が武器に選んだものが、そこらへんに転がっていた箒で、日曜とかに、無理やり親に家の掃除をさせられている若者のようにも見え、服装もTシャツに綿パン、という、安っぽくも締りのない、普段着、という表現がある服装でした。ですから、ピイチのように革ジャンで、ハードボイルドには決められず、鬼退治者というより、地域活動への参加者でした。
 ともかく、出刃衛門は考え、
「よし、イヌを探してみるか」
 といいました。
 イヌ、といってもそこらへんに転がっている野良犬ではいけません。相手はあの凶暴な鬼なのです。ただのイヌが、身長二メートルを超える巨漢に、勝てるはずありません。
「ん? じゃあ、どうやってイヌを味方に付けるんだ?」
 イヌは、普通のペットショップに行けば、買える御時勢で、ほとんどの鬼退治者は、最寄のペットショップで、買っていました。出刃衛門も、当然買えるわけですが、今まで文明から、かなり離れた所にいた出刃衛門にとって、買う、ということは思いもよらない盲点で、というか金がないので、買うことは不可能でした。
 出刃衛門は、イヌのいそうなところを探してみることにしました。
 しかしながら、この世界に、ペットショップのイヌ、野良犬以外の、どんなイヌがいるというのでしょう。思いつきませんね。実際、先に出て行ったピイチはイヌ探しをあきらめていました。
「あ、いた」
 ですが出刃衛門にそんな常識は通用しないようで、ピイチでもあきらめたイヌ、を簡単に見つけることが出来ました。
 イヌは、路上にいました。
 近くにサーカスが来た影響でしょう、人は色々な変装をし、風船を配っています。カボチャ、バンパイア、ミイラ男にビッグフット。ハロウィンというわけではないのですが、なにせ近くに来たサーカスは日本のもので、サーカスを、酒かす、として宣伝するほどでして、サーカスのことなんで、さっぱり知らず、とりあえずそれらしい格好をしてみよう、ということで、同じく外国で広まっていたお化けたちを、何の考えもなしに採用し、宣伝をしているのです。ですから、人の目には、サーカスはただ洋風のお化け屋敷という風に映り、入場客はいまいちでした。
「そこのイヌさんよ」
 そんな変装集団の、誰に声をかける必要があるのでしょう。出刃衛門が近づき、肩をたたいたのは、狼男、というプラカードを首にかけた人でした。
「はあ、どちらさまで?」
 狼男は、覇気もなく答えました。どうしたのでしょう、元気がないようです。というのも、彼が着ている狼男の衣装は、業者の手違いで、遊園地用に開発されたものだったのです。つまり首に、
「狼男」
 とでも書いてつるさないと、誰も彼を、狼男、と判断つかず、たとえ狼男だとわかっても、小さな子供が喜んで近寄ってくるほど愛くるしく、世界に恐れられた狼男らしくありませんでした。
 とはいっても、その狼男はかわいらしいままでは駄目だ、考えたようで、三頭身になるように作られた頭部は、そのままですが、体のほうが作り変えられ、すらり、とフィットする感じになっていました。ということで、狼男は、怖いというより、不安定、不気味、という形容詞が似合う男ナンバーワンでした。
 周りは怖く、あるいは格好良くきめているのに、狼男はピエロより不気味になってしまっていて、中の人が不機嫌なのは、そのせいだったのです。
 出刃衛門は、ぬいぐるみという存在すら知らなかったようで、
「はあ、このごろのイヌは、喋るんだな」
 と変に納得していました。
「なんでしょうか、なにか、私に用でも?」
 不機嫌な狼男ですが、そこらへんは、サービス業に身を寄せているものとして、お客様に対し、失礼な言動は、出来ぬよう、体に染み付いていました。もとから狼男は気の小さな男で、人に何か反論する、というのが嫌いな人間で、いわれたとおりに行動することしかできない、駄目人間でした。
「ああ、イヌさんよ。実はですね、おれ、鬼退治に行くんですよ」
「はあ、そうなんですか」
「それでですね、あなたに、旅のお供になってほしいと、そう思うわけですよ」
「鬼退治? なんですか、それは」
 狼男は、鬼退治を知りませんでした。
「鬼退治、というのはですね、町で悪さをする鬼を、倒し、鬼が島に乗り込み、盗まれた金銀財宝を奪いかえす、というものだとか」
「え、鬼が、人間を襲っているんですか?」
「らしいですよ」出刃衛門は、頷きました。「鬼は悪い、という設定らしくて」
(しかし、鬼はいい奴らなのになあ)
 狼男は、首を傾げました。というのも、彼らはサーカスで、日本全国を回っているので、当然鬼が島にだって公演をしにいったことだってありました。鬼たちは、自分たちがサーカスであるといいうと、すぐさま門を開いてくれ、手厚い歓迎をしてくれたのです。
 その歓迎の仕方といったら。
 まず、公演がどこか広いところでするものだと聞くと、すぐに見渡す限り地平線の、巨大な空き地を無償で貸してくれましたし、普通ならサーカスのなかで寝起きをせねばならないのですが、鬼たちは外国のVIPが泊まりにくるようなグランドホテルを、惜しげもなく貸し出してくれ、世界中のグルメをもうならす超一流の料理を、何十皿と、それこそ体型が変わるほどご馳走してくれました。その間のサーカス護衛もばっちりで、米国のSWATを超える特殊兵(彼らの身体能力は異常でした。鬼は、もとから体は人間より丈夫に作られていたり、人の何倍も力があったりと怪物じみていましたが、反面、持久力がなく、一五〇〇メートルをぜいぜいと死にそうになって、やっと完走できたり、というかフルマラソンともなると、鬼たちは全員が完走できませんでした。また、体も硬く、鬼たちは全員が、手を床どころか、スネ、のところまでおろすのが限界で、床にまで無理やり伸ばすと、その後一時間は、ひざの裏をさすりながら、痛い痛いとうめいて、その場に倒れこみ、泣く始末でした。こりゃイカンとした当時の金鬼(大統領みたいなものです)が、特殊部隊SOA(スペシャル オニ アタッカーズ)を設立したのです。彼らのポテンシャルは、普通の鬼の比ではありませんでした)が、サーカスの周りを一〇〇人体制で固め、遠距離から射撃兵が、スナイパーを覗きつつ、おかしな行動をする影があったなら、即射殺するようトリガーに指をあて、一時間交代で、常に見張っておりました。射撃兵の皆さんもSOAで、その腕前は超一流、実際サーカスに近づいた不幸な茶羽は、自分の身に何が起こったのか、それすらもわからず、子供を切り離すことも出来ず、というかその卵ごと銃弾の餌食になったりしました。
 こんな中公演をしたサーカスでしたが、日々席は満席、ポップコーンの売り上げも上場で、なおかつ公演を終えたあとに観客から投げられる御捻りは何千を超え、そのどれもに五〇〇円硬貨が入っていたものですから、鬼が島での公演を終えた後、サーカスのみなは遊んで暮らせるだけの金を得、喜びに歓喜しました。ですが、日本の重税により、残ったのは、普段よりちょっと多い程度の金だけでした。
 ですから、サーカスの人は、鬼にはとてつもない恩を感じ、鬼という種を尊敬までしている始末で、逆に人間の客は毛嫌いさえしていました。
「鬼ってのは、そんなに悪いものじゃ、ないですよ」
「しかし、世論では鬼は悪いという風にいわれているぞ」
「え、そうなんですか?」
 各地を点々とする彼らは、非常に世論に疎い連中でした。
「え、違うの?」その点では、出刃衛門も同じようなものでした。鬼が悪いといったのは、巷の連中と、ピイチだけで、おじいさん、おばあさんは悪いとはいっておらず、鬼をその目で見ていない出刃衛門にとって、鬼が何であるか、良くわかっていませんでした。
「ふうむ、もしかしたら、鬼ってのは、そんなに悪いものじゃないのかもしれん」
 出刃衛門は馬鹿なりに、考えました。考えましたが、考えたところで現実がどうこうなるはずもなく、結局その目で鬼を見てみないと、どうともいえないという結論が出ました。
「まあ、鬼を倒すかはともかく、おれは鬼を見に行くことにする。それでだ、イヌさん、どうかおれのお供になってくれないか?」
 狼男は、からかわれているのかと思いましたが、出刃衛門は本当にイヌと思っているらしいのです。
「こいつは、根っからの馬鹿だな」
 と狼男は思いました。
「すまないですが、私にはこれから公演があるので、いくわけにはいきません」
「駄目ってか。そいつは残念」
 狼男も、真実を知りたかったのですが、なにしろ職を失うわけにも行きません。この就職難の時代、一度職についたからには、がんばらないと、すぐにクビです。
「よろしければ、みていきますか?」
 とはいえ、ここで知り合ったのも何かの縁だろうと思い、狼男は出刃衛門を誘いました。

 サーカスの中に入った出刃衛門でしたが、
「きっと熱気あふれる公演なんだろう」
 という予想は、大きく裏切られました。
 まず、客席が三割も埋まっていないのです。確かに、あんな格好をして客寄せをすれば、子供は逃げてしまうというもの。子供が逃げれば、当然親も逃げるわけで、席についているのは、酒飲みのろくでなしどもばかりでした。そう、サーカスを酒かす、と宣伝したばっかりに、こんな奴らばかり集まってきたのです。
「とっとと酒ださんかい!」
「ヒック、てゆうかッ、ヒク、くせえんだけど、ヒック」
「何も見えんぞバカヤロー! 責任者よべええ」
 といった具合です。
 狼男は、出刃衛門が彼らに巻き込まれないよう、比較的空いているあたりの席を用意しました。
「ありゃ、おれは金がないが、いいのか?」
「まあ、一人くらい余計に座ってたって、誰も気づきませんから」
「そいつは悪いなあ」
 出刃衛門は感謝して、席に着きました。
 さて、サーカスはいつ始まるのかという疑問がわきませんか? 結論から言うと、サーカスは通常夜に行われるものです。チケットを買い、そこに指定された時刻に来させることで、まとまった客を得ることが出来るのですが、彼らはどうも無知で、サーカスを大道芸人とかと勘違いしていて、真昼間から、客が入り次第サーカスは始めるもの、という風に思っていました。
「うむむむむ・・・さっぱり客が入らん」
 ですからサーカス団長のいらいらはたまる一方で、昼を過ぎたあたりから(朝のうちから、客寄せをしていました)顔面を真っ赤にして、頭から湯気を出し、怒り狂っていました。
「くそッ! くそっ! なんで日本はサーカスで儲からないんだ!」
 団長は、地団太を踏みました。というのも、彼はもとは外国のサーカスの雑用だったのです。ただ、そのころからサボり癖や過食になっていて、ずんずんぶくぶくと太り、何の芸も出来なかったものですから、追い出され、流されて極東の島国へやってきてしまったのです。
「団長」と、意見をするのは、副団長です。「昼間からしたのが、いけなかったのでしょう」
「むむむ、しかし・・・」
「本来ならば、夜にサーカスはすべきなのです」
 日本サーカスの団長は、出刃衛門に劣らない馬鹿でしたが、副団長はなかなかの切れ者でした。
 すらりと伸びる肢体は、団長の正反対で、ブロンドの髪は、見る者を魅了します。白い肌は、白すぎてよく言えば白色美人、悪く言えば気色が悪いものでしたが、悪く見る人はいないでしょう。
「何事も、早いほうがいいと言うじゃないか」ずんぐりとした体で愚痴る団長の気持ち悪いこと。
「早すぎます」それでもきちんと対応する副団長は、我慢強いというか、面倒見がいいというか。ただ、内心は、
「もっとがんばってくれればいいのに」
 と泣きそうな感じでした。泣きそうならば副団長が団長になれば早いのでしょう。実際、他のサーカス団員たちからは、副団長に団長の席についてもらうことを望んでいる声があがっていました。ただ、副団長に団長の座を奪うつもりはなく、あえて自分は副団長で甘んじる覚悟でした。
 どうしてでしょうか。
 簡単に言えば、愛です。
 副団長は、とある理由で日本に逃げてきて、そのときに団長に助けられた恩を忘れられず、団長のそばで働き続けようと、サーカスに入団したのでした。そのときから副団長の波乱万丈の日々が幕を開けました。
 団長はもとから他人力な性格で、自分のいうことを実行してくれるものが現れたとたん、管理運営をすべて副団長に任せ、自分は寝てばかりいました。初めのころは、仕事の仕方もわからなかったわけで、そんなことをいわれても、こなせるはずもなく、日々徹夜、やつれ、本当に苦労しました。ですからこのごろは、入団当初胸に秘めていた愛の炎は消えかけ、いつ団長をその座から引き摺り下ろすか、わからないぐらい二人の間柄は不安定でした。
「とはいっても、このまま客を帰すわけにはいきません。とりあえず公演して帰ってもらい、そこから口コミで広めていきましょう」
 副団長がそういうと、団長は慌てて、
「そうそう、わしも、そうしたかった」
 副団長の、団長愛情度が、ぐんと下がりました。団長は、団員たちに、団長の名の下指示を出しました。このごろ下がってきた団員たちの支持を取り返そうというのです。ですが、団員たちは、指示の内容を考えたのは副団長だと、当然のように知っていて、団長への不満は増すばかり、いつ反乱しても、おかしくない状況でした。
 何はともあれ、サーカスの公演は、始まりました。
 サーカスの芸、といっても、色々あるものです。空中ブランコ、綱渡り、猛獣のライオンを見事手なずけ、火の輪をくぐらせる、などなど。
 出し物のたび、出刃衛門は手が痛くなるほどの拍手を送り、酒飲みたちの機嫌を悪くしたりしました。
 さて、今は昼間のはずです。昼間ともなれば、働き盛りの男たちは、働くのが当然で、とするならばサーカスにたむろしてる男たちはいったい何なのでしょうか。
「ヒック、こんにゃろーめがあ」
 席のど真ん中に、泥酔状態の男三人が、どっかりと座り込み、グチグチといっています。彼らは、同じ会社の部長、課長、係長でした。
「じぇん、じぇん、面白くねえ、てえ、ヒック、の」
「そうだ、そうだああ、引っ込み、ヒっ、やが、れええ」
 部長と課長は、口々にまくし立てました。出し物は、結構練習され洗練されたもので、確かにプロ、といっても通用するものでした。駄目団長がまとめているからでしょうか、団員たちに、自分がどうにかせねば、という気持ちが芽生え、練習を死ぬほどやってきたからでした。
 それは部長課長もわかっていました。わかっていてでも、罵声を浴びせるのは、れっきとした理由、とまではいきませんが、それ相応のわけがあるのです。
「ああ、僕たちいい、ヒヒ、らんれ、ろんなろこにイルンデショー?」
 酒の飲みすぎで、だんだんおかしくなってきた係長は、ぼそりと、ろれつの回らない口調でいいました。
「気にして、ンー、じゃ、ネエ、テー、のおお」
「しょうだ、しょうだ、おんめえー、係長の分際で、課長にいい、はむか、オウッテエ、のかい」
「ちょうゆうわけじゃ、ありましぇん、けどー、なんて、ヒック、ゆうかあ、仕事しなくて、いいのかなあ、なんて」
 実のところ、彼ら三人は、左遷された身なのでした。それも片道三時間はかかる、遠く離れた小島に。そこは、必要のない、窓際社員をかき集めて作られる支社があり、そこには一つも仕事がいかず、いわば出世コースをはずされ、自ら辞職願を出せ、といわれているようなもので、先の長い彼らにとって、心をフォークでえぐられ、奈落の底に落とされた心境でした。
 ですから、彼らは出し物に不満を付けつつ、怒鳴り文句を言いつつ、だらだらと泣いていました。
「ああ、あっちいは、ヒック、電気も通ってネエってはにゃし、ヒック、ですよおおい」
「きいに、ヒヒ、おっぷ、すんなって、きっと、いいことも、・・・オエっ」
「ウヒヒヒヒ、吐いてやんの、バッカで・・・ゲボっ!」
「チキショー、社長の、馬鹿ヤロー!」
 三人は、泣きました。
 ですが所詮そんなことは他人事他ならず、そんなことは知ったこっちゃない、といわんばかりに団長が、とことこ姿を現し、そろそろと曲芸を披露し始めました。団長の表情はこわばり、さっきまで沸騰しそうなぐらい熱を持っていた体は、冷や汗を大量にかき、口はパクパクと無意味に開閉して、なんだか切羽詰っているようです。
「これを、失敗したら・・・副団長は出て行く・・・」
 団長の心をがんじがらめにし、押しつぶさんとしているのは、何を隠そう副団長のことです。さきほど団長は、がんばった団員たちに、
「もっとしっかりせんか!」
 とか、
「役立たず、給料泥棒!」
 とか何も考えず怒鳴って、一切ねぎらいの言葉を与えず、その結果副団長がキレ、
「団長、そんなにいうんだったら、一度舞台に立たれてみては? 断ったり、結果次第では、団長の団長としての立場も危うくなりますが?」
 と脅され、それはまずい、と唯一出来そうな曲芸にチャレンジしたのです。
 しかし、どんなことだって、練習なしで、というのは不可能です。どんな簡単なことだと思えても、実際それは難しく、一日二日で出来るものではありません。
 副団長は、それをわかって団長に舞台に立たせたのでした。そう、この時点で、副団長は団長に、愛情を向けること拒否していたのです。
「さよなら、団長・・・」
 見捨てられたとは露知らず、団長は大きな玉を、持って、舞台に上がりました。そして、ぎこちなく挨拶すると、おもむろに玉に乗ろうと、足を乗せた、直後。
 すってんころりん。
 この表現が合うかどうかわかりませんが(たぶん、合わないでしょう)団長は見事後頭部から、床に激突し、痛みのあまりごろごろと転がりました。
 するとどうでしょう。観客の目の色が変わりました。その場にいたほとんどの人は、部長課長係長を含め、左遷、リストラに合っている人たちでしたから、自分より弱いものをみると、鬱憤を晴らすため、
「てめえなんて、邪魔なんだよ! 必要ネエから、消えろ!」
 とか
「気持ち悪いからさ、おれの視界から消えてくれる?」
 とか、
「つうか、お前息すんじゃネエよ! てめえがいきすった分だけ、酸素の無駄遣いだ!」
 とか散々にわめき散らしました。人間というのは、悲しいとき、他人のことを考えられないもので、どこまでも残酷になれる生物ナンバーワンでした。ビール缶や、ビール瓶、ポップコーンなどが、舞台の宙を舞います。三割とはいえ、そういう人たちばかりで、また全力をこめて罵声を発しますから、テントは耳をふさぎたくなるほどのうるささに包まれていました。また、団員たちはその様子をみて、止めるどころか、嘲笑って、それどころか、落ちてきたごみを、さらに投げつける団員もいる始末で。団長の嫌われようといったら、ノーベル賞ものでした。
 しかし団長に気にした雰囲気はありません。団長は痛みに耐え、立ち上がりました。悶絶しなかったのは、副団長との約束があるからで、怒らなかったのは、慣れていたからでした。慣れるには、当然経験が必要で、どのような経験があったのかは、団長が誰にも語らないため不明ですが、外国で雑用をやらされていたころの話だとか。
「あのころは、拳大の石を投げられていたな」
 他人力になるのは、自分がやると絶対文句を言われるからで、努力しないのは、努力を笑われるのが嫌いだったからです。思考は停止していますが、誰にだって悲しい過去というものはあり、その過去は「努力=嘲笑」という方程式を作り上げるのに十分なものでした。団長は、このときようやくここに自分の居場所がないことに気がついたのです。
 ちらり、と横目で副団長を見ます。団員が笑い転げる中、団長には副団長が、まだ自分を信じ、見守っているように見えました。
「信頼は、大切に、か」団長は、ぼそりといいました。
「人を信じる・・・懐かしい響きだ」
 そして、今一度巨大な玉に乗ろうと挑戦します。
 団長の決心の言葉は出刃衛門に聞こえませんでしたが、そのガッツある行動は出刃衛門を感動させるに至りました。
「ナイスガッツ、団長! ナイスガッツ、団長!」
 出刃衛門の声は、サーカスに響く嘲笑を切り裂き、団長の耳にも届いたのか、団長の玉乗りは、惜しいところまで行くようになりました。
 出刃衛門は、力の限り、叫びました。
 そんな彼に、
「お前、馬鹿だな」
 と声がかかりました。みると、いつの間にか後ろに女性が座っているではありませんか。年は、出刃衛門と同じくらいでしょうか、腰まで伸びる黒髪が、ひどく印象的です。
「そんなに怒鳴ったって、あのデブが出来るようになるはずあるまい」女性は、はき捨てました。「みてみろ、今もまた倒れそう、ほら、倒れた」
 がっ、と音が響きます。
「? 出来るかもしれないだろ」
「いいや、絶対出来ないね」女性は、確信を持ってうなずきました。「人間には、出来るやつと、出来ないやつがいる。あいつは典型的な出来ない奴だ」
 がっ。
「そうなのか?」出刃衛門は、首を傾げました。「人間には、出来る奴と、出来ない奴がいるのか?」
 がっ。
「そうだ。みてみろ、敗北者のオーラがにじみ出ているだろ」
 いわれて、出刃衛門はみました。確かに、団長はさっきから何十回と挑戦していますが、さっぱり出来ません。
 がっ。
 何十回と後頭部を打ち、血も出ているようで、平衡感覚すら失って、ふらふらしています。
「どうだ? 哀れなものだろう」
「確かに哀れだ」
 がっ。
 出刃衛門は素直に答えました。
 しかし、その後に、こう答えました。
「哀れだが、あいつはきっと出来る奴だな」

 と。

 時間が止まりました。
 さっきまで罵声で耳を覆いたくなるようなうるささが、嘘のように、水を打ったようにしん、と場は静まり返り、誰も動こうとしません。実際、誰も動いていませんでした。
 団長を除き。団長は、玉の上で、必死にバランスをとっています。
 団長の努力が、必死さが天に届いたのか、血が出て無駄な力が抜けたからか、はたまた神の慈悲か、ついに彼は玉に乗ることが出来たのです。そして、手を上げ、ポーズを決めました。
「お見事」
 静まり返った場に、出刃衛門の拍手だけが木霊しました。リストラーズも、団員も、副団長も、後ろの女性も、信じられない、といったふうに、口を開いて閉じて、また開いて。
 ですが、この感動も長くは続かないようで、玉乗りした団長は、ふらふらそのまま幕の中へ戻り、がしゃん、ごしょん、ズガゴケン、という音がし、また静まり返ったかと思うと、一人の団員が出てきて、叫びました。
「もうすぐ、このテントは崩れます。はやく脱出してください!」
 そう、テントの柱を倒したのは、もちろん団長でした。ころころ転がる玉を制御しきれず、幕内に転がっていた、たくさんの大道具小道具に、ぶつかり倒し弾き飛ばして、狼男を直撃、その勢いで、柱を倒したということです。
「ふうむ、人生は、楽ありゃ苦もあるさってところ、かな」
 出刃衛門が締め、そしてテントは崩れ始めました。



2004/05/02(Sun)23:18:52 公開 / 文人
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結構長いストーリーなので、これからもがんばっていこうと思います。応援、よろしくお願いします。
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