オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『腐餓鬼 体験版+α』 作者:境 裕次郎 / 未分類 未分類
全角7337.5文字
容量14675 bytes
原稿用紙約21.75枚

1.カニバリズム【cannibalism】
 人肉を食うこと。また、その風習。人肉嗜食。
 スペイン語のcanibalが語源。冒涜行為であり、禁忌。


 
 生んでしまってゴメンなさい――その一言だけ残されて俺は捨てられた。

 幽玄に引き伸ばされた夕暮れを、骸骨と化したトラックの上に乗って眺めると、酷く気分がいい。溶鉱炉にも、鮮血にも似たその色が、今日一日俺が生き延る事ができた事実を淡々と思い起こさせてくれるから。
「ふはっ」
 悪臭漂うこの不法投棄地に一人ぼっちで生きる俺にすら、その美しい顔を分け隔てなく拝ませてくれるから。
「ふははっ」
 思わず口から嗤い声が漏れ出す。あぁあ、あぁああ。世界はどうしてこんなに最悪な色彩で染み付いているのだろう。衝動的に舌を噛み切りそうになってしまったのでいつか患った凍傷の後遺症で腐りかけたどろどろの指先を舐めてやる。すると、胃がせり上がってきそうな臭いに気分が少し良くなった。ぐらぐらした世界から自分を引き戻せた。
「おい、引き戻せたってなんだ」
 自分の思考に自問してやる。何を馬鹿な事をいってるんだ。
 俺は最早既に引き返せない。
   もう二度と引き返せない。
   何があろうと引き返せない。
   時間を遡ろうと引き返せない。
 腐れ。全て腐って溶けて無くなってしまえ。
 小腹がすいたので、ポケットから今朝捕まえた土鳩の首を取り出して貪り食う。脳味噌と鉄の味が奇妙にマッチして美味しい。くちゃくちゃと思う存分音を出して食ってやる。じゅるりと弾ける小粒の感触。イクラみたいだ。おそらく目玉なんだろうけれど。
 最後に残った嘴を丹念に噛み砕いて嚥下する。食物とカロリーと歯ごたえに刺激された不安定な安定が妙に心地よかった。今日は結構食い物にありつけた。これなら新しい獲物が狩れそうだ。そう思うと、全身が武者震いに襲われる。鳥肌がぼろぼろのシャツに擦れた。
「あぁ、今日は久しぶりにちゃんとした肉が喰えるんだ」
 呟いて脳に確認させてやる。そうすればアドレナリンが大量に分泌されて、更に気分が良くなる。いや、良くなるどころではない。高揚と酩酊が視界を覆う。めくるめく桃源郷はおそらくそういったカンジのものだと俺は思う。
 軽やかにトラックから降び下りると、獲物を狩る用意をするために道具置き場でエモノを探した。
 
 ――今日は、これでどうだろう?――
 
 俺の右手には錆付いた大振りな木目握りの鉈が握られていた。指先で刃をつつっとなぞると、あっさり人差し指の肉が裂ける。血がじわりと滲んでいた。これなら大丈夫そうだ。さて、行くか。
 釣りにも最適のスポットがあるように、狩りにも最適のスポットがある。それは、この不法投棄地の一番手前からちょっと奥に入った場所だ。そこは不法投棄地の手前を通る人通り少ない国道から死角になっているため、滅多な事じゃ人目につかない。
 俺はその絶好の死角から死角になる位置で息を潜めて獲物を待ち構えていた。しばらくしゃがみ込んで待っていると、スポットに影がスゥッと差した。誰か来た。今一度、エモノの鉈をしっかり握り締める。いつでも走り出せる準備をする。
 やがて白い服を着た少女が黄昏の道を何かを探すようにきょろきょろ視線を彷徨わせながらおぼつかない足取りで死角の領域に差し掛かった。俺に背を向けている。簡単に狩れそうな獲物だった。
 次の瞬間、地面を一気に蹴り上げると、少女の肩に肉薄し右腕を首元に引っ掛けて締め付ける。はっ、と振り返った少女の喉元に無骨な鉈を突きつけてながら短く宣告する。
「喋るな」
「…………っ!」
 少女は大きく目を見開いたまま、唇をキュツと噛んで悲鳴をこらえたようだ。微かに口はしから声が漏れ出していた。俺は周囲を今一度確認すると、棲家に少女を引きずり込んだ。 
 少女は楚々とした雰囲気を湛えていて、腰元まである黒髪が綺麗だった。食欲の後に訪れる性欲の到来を予感して、目の前の少女を生かしたまま喰うことにした。さて何処から喰ったもんだろう、と少女を嘗め回すと、年不相応にでかい乳房がやけに目を惹いた。そうだ、乳房なら死ぬことは無い。過去の経験則上、俺は知っている。
 乳房は水っぽい脂肪を噛んでいるようで、あまり喰えたものではないが栄養にはなる。なんたって乳がでるトコロだからな。
 俺は鉈の先端を乳房の付け根に持って行くと、少女が吊り下げたミミズみたいに暴れた。両手両足を縛ってはいるものの、これでは少々切開するには邪魔になる。かといって殺して動かなくしてしまえば、性欲が満たしきれなくなってしまう。俺はちょっと考えて、結局無理矢理押さえつけて切り取ってしまうことにした。
「むむむむ――むむーむむ!」
 猿轡の下でくぐくもった声を上げる少女。あんまり焦らすのも可哀想だな、と思ったので一気に切り取ってやることにした。鉈の内鎌の刃を乳房の付け根に押し当てると、少し力を入れて切断面の切れ目を作ってやる。袋の開封切り口みたいなもんだ。がむしゃらに暴れる少女の頭を右肩で壁に押し付けて、鉈で一気に乳房を切り取った。
「ヴッヴヴヴッヴヴヴッヴヴヴ」
 小刻みな振動とともに汗と涙に塗れた少女の身体が揺れる。押さえつけている肩が跳ね上げられそうになるが、まだもう片方残っているので力を増して押さえつける。平らになった片胸からはそんなに血は流れて出さなかった。乳房は構造上、血液が余り通わない構造になっているから当たり前だ。出血多量で死んでしまわない点でも、乳房を切り取る、という案は明案と言えた。
 今度も同じように切り口を入れると、もう片方の乳房もごっそり剥ぎ取ってやる。いつのまにか少女は白目をむいて気絶していた。唐突に広がった静寂に、切り取る時の引音裂がぐじゅりと響いた。鉈を手にしたままこめかみの汗を拭う。人体の解体作業はすきっ腹に堪えた。だが、疲れた手元に二切れの肉がべろんと報酬として存在していたので光悦に浸る。
 肉が、肉が喰える。
 切断面からこぼれる糸屑みたいな毛細血管の小気味良いゴム質の歯ざわりを思い描きながらピンク色の乳頭を摘むと、一気に口の中に放り込んだ。
 うえぇ、不味い。油と水が史上最凶の配合率でハーモニーを奏でていて、清濁併せ呑むってカンジだ。だけど、カロリーにはなる。生きていく上で最も必要なのがカロリーだ。カロリーがなければ人の身体は動かない。
 だから我慢して、舌の上でとろとろ蕩ける感触もそれなりにすぐ飲み込んだ。喉をぬらついた感触が撫でる。飲み込むと結構な重みと充足感があった。
 一旦満腹。錆の臭いがするゲップを吐き出しながら少女を見やると、乳房を切除した傷口が紫と赤と黒で絶妙にデコレーションされていた。腐った排水溝と同じ色だ。あんまり血が流れすぎると死んでしまうので、止血のためにも防腐のためにも鉈を焚き火に突っ込むと傷口に押し当ててやる。ブジューとタンパク質の焼ける仄かな香りがして、傷口が凝り固まっていく。少女はただピクピク震えて猿轡の隙間からぶくぶく泡沫を弾けさせるだけで、叫び声はあげなかった。
 ここで俺は重大なミスを犯してしまう。鉈が少女の傷口に張り付いて取れなくなったのだ。少し押し当てすぎたらしい。焼け焦げた肉が接着剤の役目を果たして。
「…………」
 剥がしても良かったけれど、傷口が酷くなると後々面倒なので、そのままほおって置くことにした。乳房の変わりに鉈を垂らしていると思えばそんなに違和感も無い。其処まで考えて、腹の底から歓喜が湧き上がってきた。 
 これで暫く飯には困らない。しかも美味い方の女を手に入れられるなんてラッキーだ。男は量は多いが硬くて不味い。それに喰い切る前に腐ってしまうから保存場所に困る。それに比べて女は肉に脂肪が乗っていて美味い。それに食べごろサイズなのも良い。特に太もも回りの味わい深さを思い出すだけで腹が鳴る。
 味の懐古に浸り、唾を嚥下しながら少女の姿を眺める。極め細やかな少女の限り無く白に近い肌色が焚き火のゆらめきに当てられて艶かしく映えた。次第に下半身に欲望が集約するのが分かる。ほら、予想通りだ。食欲、性欲、睡眠欲。人にはそれが順番に訪れる。喰ったから、次は犯る。
 そろりそろりと少女の身体に忍び寄り、貪りついた。俺は少女の身体を隅から隅まで堪能した。
 脳髄が突き抜けるような射精感の後、疲労感が眠気と手を繋いでやってきたので少女の身体を壁に持たれ掛けると寝る事にした。両手両足を縛ってある上に、拾った犬の首輪を付けて鉄筋コンクリートに結んであるので逃げられないだろう。
 ぎしぎし歪むベッドに思い切りどさりと倒れこんだ。埃と塵が舞い上がる。今日は凄く良い日だ。良い日過ぎて罰が当たりそうだ。
 俺は緩やかに下るまどろみとともに、暗闇へと落ちていった。
 


2. いも‐うと【妹】
 兄弟から見て、女のきょうだい。古くは年上にも年下にもいう。
 同じ親から生れた年下の女子。
 義妹。すなわち妻の妹、夫の妹、弟の妻。
 女性への最上級の褒め言葉。姦淫を持つことは禁じられている。



 板張りの剣道技場が静謐とした空気で満たされる。五月晴れの陽気が胴着を湿らせていた。僕と向かい合う一人の少女が開始線に立ち薙刀の切っ先をこちらに向けている。僕も開始線に立つと両手で竹刀を握り締めた。互いの息遣いが聞こえるほど静かだ。
 やがて
『演舞、開始――』
 と短いブザー音と共に機械が告げた。 
 僕は音に合わせて息を吐くと小刻みにその場でタイミングをとるためにツーステップほど入れる。直後、大きなワンスッテップで距離を詰めながら眼前の少女ごと空間を真一文字に薙いだ。が、その攻撃は読まれていたかの如く三寸ほど届かずバックステップで回避されると、下から上へと縦に薙いだ薙刀の矛先で跳ね上げられてしまう。思わぬ反撃にたたらを踏むが、ここで竹刀を手放すという間抜けをやるような僕では無い。竹刀が受けた上方向への反動を利用して身体を捻りながら後ろ宙返りで体勢を整える。地面に膝をついて衝撃を押し殺すと、僅かなタイムラグで着地点に殺気が接近する。その殺気を一点集中の突きと予測した僕は、脳裏に描かれた直線的な軌跡と平行に体軸を回転させ、かわしながら遠心力で竹刀を振り抜いた。
「せやぁっ!」
「ぁきゃっ!」
 どすっ、と鈍い音と共に小さな悲鳴が響く。僕の背後すれすれの位置を薙刀の切っ先が貫いており、僕の竹刀は少女の脇腹に巻きつくようにめり込んでいた。手応えとしては打ち身、といったところか。ギリギリで、剣先の力を制御できた事にひとまず安心する。
 胴への一撃を喰らった少女はひざまずいてゲホゲホとむせ返っていた。
「ゴメン! ちょっとやり過ぎた。ゴメン、ホントゴメン」
 僕が両手を合わせて謝罪の意を示すと、少女は恨みがましい眼で僕を睨んだ。
「兄さんのは本当にやり過ぎですっ……! 演舞だから本気は出さないでください、ってあれほど言ったのに――っうえっ、ゲホッゲホッ」
「とは言われても、僕は竹刀で柚子(ゆず)は薙刀じゃないか。どうあがいても僕の方が不利なんじゃ……いや、でも当ててしまったのは謝るよ。思ったより柚子の足運びが速過ぎて最小限の手加減しかできなかったんだよ」
 最強の剣客と謳われる二天一流の宮本武蔵でさえ、夢想流杖術を創立し、極めた元農民生まれのド素人、夢想権之介の前には敗北したという逸話が残されるほど刀術は棒術、杖術に対して相性が悪い。薙刀はどちらかというと槍術に近いものだが、先端に刀の自由を奪う巻き返しがついているところが杖術と近似しているから僕が不利だ……というのは言い訳にならないだろうな。僕の方が一コ上だし、男であるハンデ付だ。
 うずくまってつらそうにしている妹の背中を摩っていると、道場の入り口辺りからパチパチパチとまばらに手を叩く音が聞こえた。首だけ振り返らせると、親友の朝見啓輔が木目張りの壁にもたれて立っていた。
「インターハイ二年連続優勝経験者の兄貴に垣間でも本気を出さすなんて末恐ろしい妹やで、ゆずっちゃんは」
 ケホケホ咳き込みながら、憔悴した表情を笑顔で繕いながら親指をグッと立ててケイスケに答える柚子。健気だ。僕は優しく背中を撫でてやった。
「大したもんだよ。柚子は。剣客としての才能なら僕より遥かに上だ。女の子に生まれてこない方がよかったかもしれないね」
「それは褒め言葉になってません」 
 しまったと思って口を押さえた時にはもう遅かった。柚子は雪色の頬を淡く桜色に染めてぷい、とそっぽを向いてしまう。
「まぁ、今のは失言やな」
 ケイスケは手を口で押さえながらくっくっくっと笑っていた。
 

「そういえば兄さん。私、とても夕陽が綺麗に見える場所を発見したんです」
「へぇ、そりゃいいね。ま、僕には夕陽の美しさは全部一緒に見えるんだけれどね」
 学校からの帰り道、僕は荷物を載せた自転車を押し、柚子と並んで歩いていた。帰宅方向が同じケイスケも一緒に帰ろうと誘ったのだが『野暮になるから』と言外に言っているようなあからさまに怪しい言い訳で辞退された。余計なところで気を利かせすぎだ。
「夕陽とひとえに言っても様々な色が混じっているでしょう?」
「あぁ、そうだね」
「あの曖昧に違う色合いが好きなんです。特に一輪のカーネーションを思い起こさせる、暮れかけの夕陽が一番好きです」
「ふーん。今の夕陽はカーネーション色?」
「ちょっと違いますね。えーと、そうですねー……」
 西の茜空を見つめながら柚子は考え始める。そんな柚子の姿を見つめながら、いつまでもこんな日々が続けば良いなぁ、とおぼろげに僕は思った。そう、こうしてほのぼのと柚子と二人で緩やかに流れていく黄昏に身を任せて時が過ぎていけば良い、と。
 ぼんやり考えていると、急に景色にノイズが走った気がした。
「え?」
 うつむいて眼を閉じ、目蓋の上からこすってまた景色を眺めると視界は砂嵐で覆いつくされていた。

 
 ――ザザ……ザザザザ……
  
 流星の如く降りしきる雨が、廃墟ビルの壁面に背もたれた僕が流す涙を溶かし、頬から伝い落とす。ビル内に広がる濃厚な闇に侵食され尽くした狭い空間にぶちまけられた赤は純粋な殺戮の跡だけを遺し、剥がれ掛けたペンキのように純然と時を経てもそこにあり続けた。大切な物を失う瞬間の痛みはこれ程怨嗟となり我が身を焦がすものだと、僕は初めて知った。大切な物――其れは十年来共にこの街を生き延びてきた妹の存在。
 そして今、その存在は僕と背中の壁一枚隔てた場所で物言わぬ冷めた躯と化して、横たわっていた。
 紅の花を床に遺して。
「――ぐっ、ぐぅぅっ――うううううううぁぁっぁぁ!」
 喉を裂け切らんばかりの咆哮が溢れ出して止まらなかった。僕は惨めにも泣き、ただ脳裏を過ぎる喪失した妹の面影だけに支配される。今となってはとうに遅すぎる後悔は言い訳にすらならず、更なる後悔を呼び覚ます。
「畜生、畜生、畜生、畜生!」
 叩き付けた拳が裂け、血に塗れ、次の瞬間雨が全てを洗い流し掻き消していく。癒されない想いが、痛みを茫洋とさせ、思考を深き闇に引きずり込む。この身が朽ち果てようとも、自分自身を許せそうに無かった。

 ――ザッザザッ……ザザザー

 カーネーションは肉色の花

                         これは遠くない未来

 お前の妹は喰われるのだよ

                         『人喰い』に


「――〜〜っっッ!!」
 強烈な眩暈に襲われてその場にへたり込んでしまった。ガシャッと音を立てて自転車の重みが身体に圧しかかる。
 ――今の脳髄を突き刺すようなフラッシュバックは一体なんだ?妹が死んでいた。妹って誰だ?
「兄さん? 兄さん!?」
 内臓を全て吐き出しそうな嘔吐感。顔を上げると頭上で柚子が慌てふためきながら僕の顔を覗き込んでいた。泣きそうに眉が八の字を描いている。駄目、駄目だ。妹を喰べちゃ駄目だ。柚子を、柚子を
 
 喰べちゃ駄目だ。
 
 僕は立ち上がるとしゃにむに柚子の身体を抱き締めた。細くて、たおやかな体躯。ぎゅっと制服の裾を掴む。やがて気分が落ちついてくるにつれ、僕は何をしているんだろうと思ったが、その思考は「兄さん……大丈夫?」と小さく耳元に囁きかける柚子の心配そうな声に霧散してしまった。
「柚子は僕が守るよ。僕が守るから。たった二人きりの家族だから、僕らはどっちも欠けちゃならないんだ。欠けてしまえば一人ぼっちになってしまうから」
「なに急にセンチメンタルになってるんですか。兄さんらしくないですよ。でもたまにはこんな甘えん坊な兄さんも好きですよ」
 柚子の純粋すぎる物言いに、頬がかぁーと熱くなるのが分かった。今の僕は多分、凄く真っ赤になっていることだろう。夕暮れの日差しよりも赤く。だけど、たまには良いさ。僕らはたった二人きりの家族だからこうして絆を確認するのも悪くない。ひとしきり、柚子の身体をぎゅっ、と抱き締めると離した。気分は完全に落ち着いていた。
 倒れた自転車を起こしながら僕はさっきの白昼夢について考えた。あれは、一体何だったのだろう。思い出そうとしてみたが、断片的にしか浮かんでこず、上手くまとまらなかった。だけどただ一つ明瞭に覚えている事がある。
 
 お前の妹は喰われるのだよ

 背筋をつぅと汗が流れる。地の底から這い出してきたような声で呟かれたその台詞は、僕の耳朶を捉えて離さなかった。



exception 1 サンドウィッチ【sandwich】
 (イギリスの政治家サンドウィッチ伯(四世) 1718 1792 の創案という) パンを薄く切って、その両片にバターをぬり、間にハム・卵・野菜などを挟んだもの。両側から挟むことのたとえ。 
 本編では『砂の魔女』の英訳として用いられる。『砂の魔女』の由来は時間を砂時計のように操る力からくるもの。時を司る女性神はクロト、ラケシス、アトロポスの三姉妹が有名。



2004/04/13(Tue)22:21:30 公開 / 境 裕次郎
■この作品の著作権は境 裕次郎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
一話目、グロを意識して書いたので受け入れられないかなーと思っていたのですが、予想以上にレスがついていたので驚きです。まだ色々と実験していたいので『腐餓鬼 体験版』は次回で終わりです。尻切れトンボになってしまうと思いますが、読んで頂ければ嬉しいです。

境裕次郎でした (* ^ー゚)ノシ
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除