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『雪・月・花』 作者:タチバナ / 未分類 未分類
全角1243文字
容量2486 bytes
原稿用紙約5枚

 公園のすべり台の真下に 一つの雪だるまがありました。
 二月の中ごろに作られた 大きな大きな雪だるまです。

 三月になりました。

 雪だるまは だんだんあたたかくなってきた空気に 少し居心地の悪い気分をもてあましていました。
 昼間の月が そっと雪だるまに話しかけます。
(あたたかくなってきたね。
 つらくは ないかい)
 雪だるまは ちょっとにが笑いをうかべました。
(まだ 平気です)



  □ □ □



(少しずつ 木々が芽吹いてきたぞ)

 子どもたちが 元気にかけ回る音を聞きながら 雪だるまは向こうのサクラの木を そっと見上げました。
 その日はあたたかくて 雪だるまは体中汗をかいていました。
 遠くでは 今にもシャーベットになりそうなやわらかい雪玉を投げて 子どもたちが遊んでいます。

(ねえ お月さん)

 ちょっと大きな雲の向こうにかくれてしまった昼間の月に呼びかけると 月はすこしくぐもった声で返事をしました。
 雪だるまは ぽつんぽつんと語りはじめました。

(わたしは そろそろ終わりが始まるよ。
 でろでろと 泥のまじったシャーベットみたいにとけていくのは、
 きっと とても見苦しいんだろうね)

 すこしさみしそうな雪だるまの言葉に 月はちょっと大きな雲の向こうで 雪だるまと同じような顔をしました。
 そして ほんの少しほほえんで 言いました。

(今夜 最後の雪がふるよ)



  □ □ □



 夜になりました。
 雪だるまは 自分の身体が少し小さくなった気がします。
 みんなの待ちこがれている 春が近いのです。

 急に空気が冷たくなったかと思うと ちらちらと雪が降ってきました。

 雪だるまはぼんやりと白っぽい空を見上げて 時々すべり台の下に吹き込んでくる雪の粒を一身に受けました。 
 冷たくいとしい 最後の温もりです。

 雪だるまはだんだんねむくなってきて ちょっとずつ目を閉じていきます。
 最後に せまい視界の中で 桃色の花びらの嵐を見たような そんな気がしました。



  □ □ □



 雪をふらす雲が行ってしまってから 昼間の月はあわてて雪だるまのいるすべり台の下をのぞきこみました。
 今日はトクベツ とてもとてもあたたかかったのです。

(平気かい)

 雪だるまは しずかに返事をしました。

(お月さん。
 私はね きのうの夜 雪にまじって花びらの嵐を見たよ。
 きれいなものだね。あれを見ることは できないはずなんだが)

 昼間の月は 言いました。

(きっと 夢を見たんだよ)

 雪だるまは すこしかんがえた後 そっとこぼしました。

(私は 未来を 見たのだね)



  □ □ □



 雨がふりました。
 長い 強い雨でした。
 少しずつ小さくなっていた雪だるまは その雨で すぐにとけてしまいました。
 でろでろのシャーベットみたいにとけていくのではなかったのでした。
 それは 雪だるまにとって どんなにありがたかったのだろう と。
 雨に紛れて 月はたったの一粒 ぽろりと涙を流したのでした。





  おしまい。


2004/04/07(Wed)02:35:47 公開 / タチバナ
■この作品の著作権はタチバナさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
童話風に、童話風に、と自己暗示しつつ書きました。
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