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『「SORROWFUL・KILLER」〜黒椿の探求者〜』 作者:DARKEST / 未分類 未分類
全角5478文字
容量10956 bytes
原稿用紙約16.35枚
第二章「HELP」



任務完了



エンジュはしばらく、嘗ての貿易商アルバート・バルキシアンの変わり果てた姿を見下ろしていたが、やがて鮮血で真っ赤に染まった部屋を後にした。
「…ちっ」
突然エンジュが、胸を抑えながらその場に屈み込んだ。
(まただ)
エンジュは思った。まるで幾千もの槍で刺し貫かれたような胸の痛みと、締めつけられるような苦しみ。仕事を終えた後、必ず襲って来るものだ。さすがのエンジュも、この痛みにだけは逆らう事は出来なかった。そのせいで、エンジュはこの痛みが襲って来る度に苛立った。その苛立ちのせいか、部屋の扉を閉める力加減も雑になっていた。
エンジュは帰路に着く為、再び額に明かりを灯し、先程入る為にくぐった窓を目指した。しかし、地図がアルバートの返り血でただの黒い紙切れになってしまった為、迷路のような屋敷内を徘徊する事を余儀なくされてしまった。
それから十分程経った。エンジュが六つ目の廊下の突き当りを曲がると、警備員が二人、何やら話し込んでいた。エンジュは慌てて彼等の死角に入り、耳を傍立てた。
「馬鹿野郎!どうして取り逃がしたりした!?」
年配の警備員が、部下であろう若い警備員を、物凄い形相と語勢で怒鳴りつけた。
「も、申し訳御座いません!しょ、食事を与えようと鍵を外したら、その隙に…」
若輩者はすっかり怯えて、何度も言葉を何度も詰まらせていた。しかし、先輩の怒りの炎は、その位では弱まらなかった。
「言い訳はいい!さっさと見つけ出せ!私はアルバート様に報告しに行く!」
年配警備員はそう言うと、踵を返し、足早に去っていった。一人残された若い警備員は、深い溜息を漏らすと、年配警備員とは逆の方へと走って行った。
「今の…、あの少女の事を…?」
エンジュはクライアントの男から哀願された、もう一つの依頼を思い出した。今まで何人もの人間達の血を見て来たエンジュにとっては、少女一人の命などどうでも良かったが、少女を放っておくと言う事は、男が支払う高額の報酬を投げると言う事に等しい。「これも仕事の内」と、諦めるしかなかった。



救出



エンジュは逃げ出した少女を捜す為、一歩を踏み出した。すると、エンジュは突然立ち止まり、自分の足元を凝視した。
そこにあったのは、床に染み込んだ微量の血痕の点だった。大分時間が経った後らしく、すでにどすのきいた黒に変色している。しかもそれは、廊下に点々と落ちていて、廊下の向こうの方までずっと続いていた。エンジュはフッと笑みを漏らすと、そのどす黒い陰気な印を辿って進んだ。血痕は、エンジュを誘い込んでいるように、何処までも落ちており、エンジュが永久に血痕が続いているのかと思う程だった。
血痕を追い続けて、更に十分程経過しただろうか…。遂に、エンジュの密かに求めていたものが、目の前に姿を現した。そう、血痕の終着点にやっと辿り着いたのだ。その陰気な黒点は、エンジュの目の前で半開きになっている、地味な灰色のドアの中に続いている。エンジュはそのドアをゆっくりと開け、中に入ると、誰も入って来ないようにドアを閉め、鍵をかけた。
部屋の中には、埃っぽい匂いが充満しており、山の様に積まれたダンボールが、部屋のあちらこちらにあった。エンジュがその中の開いていた一つを覗き見ると、物騒な銃や兵器が放り込まれていた。エンジュはすぐに、ここが武器庫であると察した。そして、部屋の様子を一通り見渡したエンジュは、すぐにこの部屋の中に隠れているであろう、血痕の主を探した。ドアの所から続く血痕を、額からの光に翳しながらゆっくりと辿って行くと、血痕は、ダンボールの山と山の間に続いていた。そしてその僅かなスペースに、小さな誰かが身を隠して、すすり泣きの嗚咽を必死に防いでいた。エンジュが光を当てると、小さな影はその姿をはっきりと晒された。するとそれは、素早く俯いていた顔を上げた。
その影の正体は、まだ幼い感じの少女だった。表情は涙に濡れ、怯えと悲しみに満ち溢れていた。美しい金色の髪も、恐らく走って逃げた為に乱れていた。少女はエンジュの姿を見るや否や、微かな悲鳴を上げて見を引いた。それに伴い、血で黒く染まった右肩を庇う左手の力も強くなった。
「やめて…、こ…来ないで…」
少女が、すっかり怯えた声でエンジュに言った。エンジュは、冷たい視線を少女から離す事無く、こう答えた。
「…心配ない。君を助けに来た」
それを聞いた少女の顔から、みるみる内に怯えがひいて行った。エンジュは懐から黒いハンカチを取り出し、それを、ケガをした少女の右肩に巻き付けた。



見知らぬ門番



「どうして、私を助けに…?」
少女が、不意にエンジュに聞いた。もうその声には、先程までの怯えは全く感じられなかった。エンジュはダンボールの山に凭れ掛かり、一服する為に持って来た煙管(きせる)を咥え、火をつけた。
「君のお父さんに頼まれた」
エンジュが煙を吐き出しながら、さらりと言った。しかし少女は、エンジュの予想とは正反対の反応を示した。少女の表情に、再び恐れと不安が現われ出した。普通の「誘拐された子供」の反応を予想していたエンジュは、それを見て目を丸くした。
「お父さんの所には…帰りたくない!」
少女が恐怖の多く入り混じった声で叫んだ。今の声で警備員が素っ飛んで来るかも知れなかったが、エンジュはそんな事を気にしている余裕はなかった。エンジュは顔に出た驚きを隠し、冷静に息を荒げている少女を見つめた。
「仕事なんだ。悪いが、我が侭に付き合う気はない」
しかし少女は、怯えた表情を更に強め、両手で頭を抑えながらこう言った。
「あいつの所に戻ったら…、私、殺されちゃう…」
エンジュはいよいよ分からなくなって来た。この少女は何を言っているんだ?父親に暴力を受けているにしては、体には肩のケガを除いては痣一つ付いていなかった。混乱したエンジュは、やがて一つの結論に行き着いた。
エンジュは怯える少女に、哀れみ混じりの視線を浴びせた。少女は震える視線をエンジュに向けると、突然驚いた様に一瞬目を見開き、エンジュの膝の上に倒れ込んだ。その後ろには、たった今少女の意識を奪ったエンジュの手刀があった。
「すまないな…」
エンジュは少し、今の自分の言動に驚いた。今の今まで、殆どの人々に冷たく接して来て、何時の間にか「氷の仮面」なんてあまりいいとは思えない通り名まで付けられた自分に、こんな感情があったと分かったからだ。
(過去の記憶と共に失ったんだ、こんな感情なんて…)
エンジュはそう自分に何度も言い聞かせて、ぐったりとした少女を肩に担いだ。そして部屋の中をもう一度ぐるりと見渡し、月明かりの唯一の入り口である小さい窓から外に出た。
外は、屋敷の主が惨殺されたにも関わらず、静寂を保っていた。夜風が庭に植えられた木々を優しく撫でる音が、時たまエンジュの耳に入り、彼の心を和ませた。エンジュは窓から屋根に飛び降り、更にそこから庭に降り立った。そして少女を担ぎ直し、広い庭を歩き出した。
しかし、歩いていても、目に入るものは入る時に殺した警備員の死体の山くらいで、先程と何ら変わった所は無かった。エンジュは抵抗のない帰路に、何処かつまらなさそう顔をしながら、無人の庭を入って来た正門を目指して歩き続けた。
そして、やっと正門の鉄格子のシルエットを確認できる所まで着いた。エンジュにして見たら、獲物のいない島をうろつく獅子のような気分をやっと拭い去れると、何だか嬉しく思った。と、突然エンジュの歩みが止まった。すると周囲の空気が、彼の放つ殺気に満ちて行った。門の所に、誰かがいる。エンジュはにやりと笑った。やっと獲物を見つけた獅子さながらの、妖しい笑みだった。
「こんちはっ!殺し屋さん!」
その人影は、軽快で明るい口調でエンジュに挨拶した。しかし、エンジュは表情を崩さず、何も言わずに鞘から『相棒』を抜き払って構えた。
「貴様…、『ボールドーの用心棒』か…」
「そうさ。僕等の事をご存知なんて…、光栄だな」
人影は誇らしそうに言うと、自ら月明かりの中に進んで来た。
人影の正体は、エンジュよりも少し小柄な少年だった。赤い髪が夜風に靡き、殺気に満ちた鋭い目付きで、エンジュを見据えている。さらに手には、身の丈ほどもある巨大な剣を装備していた。
「その凄腕の用心棒集団と名高い組織の一員様が、俺に何か用か?」
エンジュが肩に担いでいた少女を、庭の草原にゆっくりと降ろしながら皮肉っぽく言うと、少年はボリボリと頭を掻いた。
「うー…ん、実は僕、貴方がさっき殺ったアルバートさんの用心棒してたんだ」
「じゃあ何だ?仕事をするには、ちょっとばかり鈍間だったようだな」
エンジュが冷たく言った。すると少年は、いきなり可笑しそうに笑った。
「あはは!別に僕は、あんな子豚さんを守る為にこの仕事を引き受けたんじゃないよ!」
「じゃあ、何故引き受けた?」
すると、突然少年の目が鋭く光った。
「…あの子豚を狩りに来る自信満々の殺し屋さんを、僕が殺してしまおうと思って…ね」
少年の声は、さっきまでとはまるで違っていた。声量、音量は変わってはいないが、明かに殺意の濃度が比べ物になっていない。少年は、手に持っている大剣を月明かりに煌かせ、一直線にエンジュに襲い掛かって来た。少年の剣が空を斬り、エンジュの『相棒』と組み合った。甲高い金属音が、辺りの静寂を切り裂いた。
「へぇ!防いだか!ならこれは避け切れるかな!」
少年は、空いているもう一方の手を懐に突っ込んだ。そして、取り出した時には、その手中に黒い銃が握られていた。そして次の瞬間、少年はエンジュの顔に鉛玉をぶち込もうと引き金を引いた。エンジュは体を後ろに仰け反らせてそれをかわし、バック転して後ろに下がった。
「一応名前を聞いておこうか。俺はエンジュ・バラドスだ…」
「ボクはサディア・ランボウド。『ボールドー』の副統領補佐…つまりNO.3さ」少年は得意げに言った。しかしエンジュはそれを聞いてクスクスと笑った。少年はそれを見て不服そうに顔をしかめた。
「何が可笑しいのさ?」
「いや…、今頃は『ボールドー』も大変だと思ってな」
少年が不思議そうな顔をすると、エンジュは嘲る様に再び笑った。
「新しいNO.3を決めなくてはならないからな….今ここで、現職がいなくなるのだから…」
サディアはそれを聞いた途端、トマトの様に怒りに顔を赤らめ、エンジュに斬りかかった。その動きは、さっきよりも数倍素早いものだった。
「死ねよ!」
サディアの刃が、エンジュの首を斬り飛ばした。しかし血は出ない。切り離された筈の首も、きちんと体に座っている。
「残像か…。それならほとんどの場合術者は…」
と、突然目にも止まらぬ速さで、サディアは自分の背後に突きを食らわせた。
「後ろにいるっ!」
ざくっと言う、肉が刺された音が聞こえた。手応えもあった。そして、サディアの抱いた達成感も、本物だった。
どさっと言う、人が倒れた音が、それから間も無くしてから聞こえた。サディアはすぐには振り返らず、後ろの遺体に背を向けたままこう言った。
「愚かだねぇ…。僕に盾突いた報いと思うことだよ」
悪魔のような薄笑いを口元に浮かべながら、サディアは振り返った。すると、それまでニヤニヤしていたサディアの顔が、みるみる内に真っ青になっていった。
「な…、何だと…!」
サディアの目の前にあったのは、残虐な殺し屋の変わり果てた姿ではなく、その殺し屋に殺されていた警備員だった。サディアは狂った様に辺りを見渡し、大剣を力の限り振り回した。
「何処にいるんだ!出て来い!」
突然ドツッと言う、鈍い衝突音が辺りに響いた。サディアの頭に衝撃が走り、用心棒の少年は、庭の草原に倒れ込んだ。少年の背後には、エンジュの黒い姿が佇んでいた。
「命までは取っていない。少し眠って貰っただけだ。無駄な殺生は醜いだけだからな」
エンジュは少年にそう言うと、傍らで眠っている少女を再び肩に担ぎ、ゆったりした足取りで屋敷を後にした。



帰宅



エンジュは黒いバイクに乗り、クライアントの待つ自宅に向かって長く続く道路を走らせていた。ふと時計に目をやると、針は午前二時十分を指していた。クライアントとの約束の時刻まで、あと十分しかない。エンジュはどちらかと言うと、時間には几帳面な方だった。それゆえ、彼のバイクが風を切る強さも、だんだん大きくなっていった。
クライアントの男は、小屋の古びた戸に凭れ掛かって、さっきから何度も時計に目をやっていた。あと十分だと言うのに、一向にエンジュの姿が見えない。失敗したのではないかと、男の心に不安が重くのしかかった。すると、今まで殺風景だった闇夜に、一筋の明かりが灯り、次第に大きくなっていった。それに伴って、バイクのエンジン音も聞こえ、姿もはっきりとして来た。そして、黒いバイクの姿となったそれは、男の目の前に急停車した。
「待たせたな」
エンジュがバイクから降りながら言った。そして、彼の腕の中で、相変わらず静かな寝息を立てている少女を、男の腕の中に押し付けた。男の暗かった表情は、少女を見た途端輝いた。
「有難う!エンジュ君!…それで、アルバートは?」
エンジュは、もう固まりかけた血がついた『相棒』を男に見せた。男は不敵な笑みをこぼしながら頷き、改めてエンジュに一礼すると、そこに待たせておいた高級感漂う外車に乗って帰って行った。
2004/04/20(Tue)00:13:58 公開 / DARKEST
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■作者からのメッセージ
初投稿です。ヘボへボな作品ですが、どうか見てやってください。アドバイスなんかも頂けると幸いです。
(ちなみにこの作品は、「コッペリアの柩(ALI PROJECT)」を聴きながら読むと、より一層面白味が出ると思います。あくまでボクの趣向ですが。)
因みに長編シリーズ小説で、一ヶ月に一度の割合で更新して行こうと思います。
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