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『FORBID GAME(フォービッド ゲーム) 』 作者:志樹 至(シキ キワミ) / 未分類 未分類
全角14950文字
容量29900 bytes
原稿用紙約48.9枚

             〜序章節〜

          
             禁じられた遊び

         子供達だけの    秘密の遊び


                ***


 硝煙と火薬のにおいがたちこめていた。半分以上崩壊した建物からまだ煙がのぼっている。
 あたりには不安と好奇心に満ちた人々が集まり、その惨事を眺めていた。
 黒ずみ、水道官の突き出した建物の周りには黄色いテープが張り巡らされ、黒い軍服を着た仕官がそれぞれの職務を機械的に行っていた。
 そこからゆっくりと目をそらし、少年は自分が座る場所を見渡した。
 簡単な医療道具が壁にかけられる白い色地の救急車、自分が座るイスはこころなしか硬く冷たい気がした。
 そこへあわただしくもう一人の患者が入ってきた。
 少年は一瞬身を硬くした。
 台に乗せられ、たくさんの救急員に運ばれてやってきた壮年の男性は、彼のよく知る人物だった。頭から流れる血は男の顔にべっとりとはりついている。男の意識はすでになく、はた目にもそれが危険な状態だとわかった。
 自分と血のつながったその男を、少年はぼんやりと眺めた。
 男は、もうこの世を離れようとしているのだろう。今過ごす時間とかけ離れた世界へ、一人旅立つのだ。
 少年は、これが世界の終わりなんだと思った。
 そしてまた、これが始まりなのだと思った。
 目の前の男は、これから時間のない世界へと行く。
 そして、自分もまた旅立つのだ。
 それは決して同じ物ではないけれど、きっとこの男との最後の共通点になるのだろう。
 少年は形の良い唇を薄く歪ませた。
 それは本当に小さい行動だったので、周りの人間は誰も気付かなかったのだろう。
 だが、確かに少年は笑っていた。
 目の前の哀れな男と、もう一人。

 これから底知れぬ闇と光を行くであろう自分を、笑った。


           「FORBID GAME」

                第一章 
               

               〜1・首都〜

                 ***

 首都ダイナスティ。
 「王朝」という名にふさわしくない近代化学を集合させた機械都市だ。
 高々と空をうめるビル郡と、並ぶ道路をうめる何台もの車。人間の知恵が見事に終結された都市であった。
 その都市のほぼ中心部にあるこの国の軍仕官養成場。一般に「アームド」と呼ばれるそこには、今日晴れて仕官へとなる若者たちが一同に会していた。
 円形状の建物に包まれるようにある広場、そこで彼らは自らの将来への期待をふくらませながら教官達の賛辞の言葉を聞いていた。

 ダイナスティは軍事国家である。
 政治の実権をにぎるのは確かに内閣であるが、その裏では確かに軍部の力が強く影響していた。
 だからこそ、軍の人間は誰であれその力を維持するために次代をになう若者達に、これ見よがしの賛辞をぶつけるのである。
 そして、このようにたくさんの人物が集まっている場では、人間はまさしくそれが正しいのだろうという錯覚を起こしやすい。
 自分自身が正しいのだと、自分達がこの世の中を正し、統一するのだという期待に満ち溢れた気持ちを奮い起こさせるのが、この式の本当の目的でもあったのだ。

 そんななかでも冷ややかな目線を崩さない者もいた。
 次々と語られる熱烈な激励も、同年代の周りの人間の期待と自負心もまるで興味がないかのような視線。
 ただ、その姿勢をまったく崩さず、まっすぐに前をみすえる姿は凛としていて潔く感じられた。
 整えられた薄い茶系の髪がすこしだけ形の良い眉にかかっている。
 端正な顔立ちに引き締まった体躯。それが黒の軍服にひときわ際立って見えていた。

 アルバート・サイファ。

 それが彼の名だった。
 熱っぽい若者の中でブルーグレイのその目だけが、鋭くさめた視線を発しつづけていた。


 彼は式が終わってすぐに養成場を後にした。
 式の後のパーティもあったが特に親しい人間のいないアルバートにとっては苦でしかなかった。

 アームド(養成場)の門をぬけてそのまま右にまっすぐ進む。観葉植物のような木が規則的にならぶ道を抜けて、その向こう側にある住宅街にはいっていく。
 養成場から歩いて三分。ほとんど近所にある彼の自宅である。
 庭もなくそのまま玄関という簡単なつくりだが、ひび割れた所のない外装は貧しさを感じさせない。
 もともと、彼の家系は衣食住を保証される軍に志願するものが多かったそうだ。
よって,昔から生活にこまったこともない。

 茶褐色の玄関を空けてそのまま家の中に入る。廊下からまっすぐ自分の部屋入ろうとしたのをよく通る聞きなれた声に止められた。
 「アル。帰ってきたのか?」
 リビングから顔をだした実の兄に顔を向け、アルバートは次の言葉を待った。
 「どうだったんだ?式は」
 「…別に」
 楽しくも何とも無かったと答えアルバートはまた足を進め、そのまま自室へと入っていく。

 彼の兄、ケリー・C・サイファは溜息をつきながらそれを見送った。
 昔はもっと明るく、活発な人に好かれる子だったはず。それがいつあんな無感動な人間になってしまったのだろう。
 いや、原因は解かっていた。
 おそらくあの時のあの事件がもとなのだろう。
 事件の前からも今のように接せられる事もあったが、確実にああなってしまったのは事件の後からだ。
 それほどまでにショックなことだったのだろう。
 自分とは違い、直接その場にいた弟の心情を推し量る事など到底出来ない。
 そこまでかんがえて、彼は考えるのを止めた。
 過去を思い出せば、どんどん暗い思いに引きずられる事になる。
 弟のためにも自分のためにも、それはさけねばならなかった。
 せめて自分だけは明るくしていなければならない。
 それは兄としての、責任感からくるものでもあった。

 部屋にもどったアルバートは、そのままベットに倒れこんだ。
 なんだか必要以上に疲れた気がする。
 それはおそらく自分自身の虚勢のせいなのだということは解かっていた。しかし、自分ではどうすることもできない。
 他人との間の、埋めがたい溝。
 自分で望んだ物とわかっていてもそれを維持するのは辛い物があった。
 しかし、もうすぐだ。
 アルバートは布団に顔をうずめながらひとりごちた。
 もうすぐ、ここから離れる事ができる。
 この機械で埋め尽くされた世界から。
 変化を望まず、今の生活になんの疑問をもたずに過ごすこの人々のなかから。

 そのまま目を閉じ眠りに入ろうとしたのを、ドアをノックする音に邪魔された。
 誰かはわかっていたので、アルバートは決して急がすゆっくりと体を起こした。
 母は幼い時に病死し、父も数年前に亡くなった。この家にいるのは、唯一の肉親である兄だけだ。
 ドアノブを回しドアをあけると予想どうりの姿が目に入った。
「…なに?」
「手紙がきていた。ほら」
 そういって渡されるのが、茶色の封筒。
 たしかに宛名は自分になっている。
 アルバートは裏の差出人の名を見てやっと自体を察知した。
 差出人は、軍部。人材派遣課からだ。
 その場から動かない兄を横目で見てから、アルバートは封を切った。
入っていた白い紙にゆっくりと目を通す。
 そこにかかれていたのは、予想通りの文面だった。無意識に口元が歪む。
 ケリーはそんな弟を不審におもいながらも、文面の内容をたずねた。
「何がかいてあったんだ?」
 その問いには答えず、彼は無言で紙を差し出した。
 それを受け取って、文面を読んでいくうちに兄の顔が蒼白になっていくのを、アルバートは面白そうに眺めていた。
「これ…は、一体」
 やっとのことでそれだけ口にしたケリーは、弟の顔を凝視した。
「どういうことなんだ。アル」
 アルバートは口をゆがめたまま答えない。
 人材派遣課の文面は、こう。
 最近ひんぱんにおこっているテロリストの弾圧メンバーとして、仕官アルバート・サイファをメンバーの一人として認める、というものだった。
 最近、ここダイナスティでは機械化とそれに対する軍部の拡大を反対としたテロリストの活動が頻繁に行われていた。
 あるときは主用建物を爆破。あるときは要人の暗殺。時によってそれは様々だが、その活動は年々悪化していった。それを弾圧するメンバーの要請がおこなわれていたのは、ケリーも知っていた。彼も軍の参謀本部に属する、いわばエリートだからだ。しかしテロリストの弾圧は常に危険が伴う物。これまでなんどとなく弾圧作戦がおこなわれていたが、それのいずれも失敗している。テロリストの拠点はすでにわれているが、そこは地球でも数少ない樹海の中。地形戦を得意とする彼らには、到底叶わない。それでも年々武器の開発は進み、今回も新兵器の介入がみこまれている。勝敗にいくぶんかの可能性がでてきたのも彼は知っている。
 しかし自分の身内がそれに参加するとあらば話は別である。
「なぜお前が弾圧に行くメンバーに入っている。これは志願制のはずだ。まさか…

「そう。俺が志願したんだ」
 なんでもないかのようにさらりという弟に、ケリーは呆然とした。
「なぜ…俺になんの相談もなく…」
「だって、兄さんに言ったら絶対反対されるにきまってる」
 その飄々とした態度にケリーは語気を荒げた。
「あたりまえだ!テロリストの弾圧なんて…そんなもの死にに行くようなものじゃないか!」
 そんな兄にすこしもおくさず、アルバートは喉をくっくとさせて笑った。
「なにいってるのかな。兄さんは参謀部だからわからないんだ。軍隊なんて死にたい奴の集まりじゃないか。本当に死にたくなかったら軍隊になんかくるもんか。そうだろう?それなのにみんなおかしなことを言うよね。死にたくないとか、誰かが待ってるからとか」
 まるで笑い話でも語るかのように続ける弟に、ケリーは愕然とした。
 その目に宿るのはそこしれぬ闇と絶望。なぜ、自分はそれに気付いてやれなかったのか。
「待ってる人がいるなら、なぜあくまで軍隊になんか志願する。結局は戦場なんか死にに行くところなのに」
「…ちがう」
「なにがちがう?」
「衣食住が保証された軍に入らなければ、生活だってできない人もいる、家族のために、仕方なく…っ!」
「家族のために。仕方なく。ねえ」
 飽きれたようにアルバートは言う。その顔には、既に人を見下すような笑みが貼り付けられていた。
「それで結局死んで?それでなにが家族のため?のこされたものはどうなるの?」
その言葉で、ケリーは弟のなかにのこされていた傷に思い当たった。
「…やはり…、父さんのことが、ショックだったのか?」
その言葉に、アルバートの頬が引きつる。
「それで、自分も死に向かっていくつもりか?アルバート。でも、それはいけないことだ、そんなの、父さんだって望みはしない!」
 アルバートは激する兄を無機質に眺めた。
(ああ、あんたは何も知らないんだ)
 おもわず口元から笑いが漏れる。
(馬鹿な兄さん。本当のことをしったら、あなたはどんな顔をするだろう)
 怪訝そうにながめる兄に、アルバートはゆっくりと口を開いた。
「俺が、本当に父さんの死を悲しんでいるとでも思ったの…?」
 その言葉に、ケリーの顔が疑問と蒼白にゆがむ。
 呆然とするケリーから手紙を奪うと、アルバートはゆっくりとドアを閉めた。
ドアの閉まる音が、廊下に響く。
 しまりきったドアの前に、ケリーはただ呆然と立ち尽くしていた。


             〜2・夢想〜


               ***


 漆黒の闇を見た。あたりをそめるのは黒い、闇。
 どこが地面かもわからない闇に、アルバートは包まれていた。
 ぼんやりと明るくなってくると、そこは見知った研究所だった。
 たくさんの機材と資料の山に囲まれた机に、一人の男性の背中が見えた。
 誰かはすぐにわかった。
 ゆっくりと振り返る男性、なにかしゃべっているがよく聞き取れない。
 しかし、なにを言っているのかはわかった。
 それは夢独特のものだった。
 アルバートはそこで、自分が眠りの世界にいることを知った。
 男性の口がなおも動く。
 その言葉は、アルバートの心に深く響いた。
(黙れ)
 アルバートも必死にそう叫んだが、夢のなかではそれは届かない。
 男性の口から紡がれる言葉は、事実現実で語られた言葉。
(駄目だ)
 次々と現実を反復させる言葉に、アルバートは震えた。
 それ以上いってはいけない。
 それは自らの破局でもあるから。
 そして、最後の言葉が紡がれる前に、アルバートは叫んだ。
(駄目だ…っ!父さん!!)
 悲痛な叫びは世界を切り裂いた。漆黒の闇から、一面の光を引き起こす。
 男性のいた場所には、なにもなく、それどころか見渡す限りの光に包まれていた。
 アルバートは呆然と夢がすぎるのを待った。
 それが自分がやったことなのだと気付くには数秒かかった。
 それは、現実とほとんど同じ時間であった。
 光は赤い炎に変わった。
 炎は揺らめきながらアルバートの周りを踊りつづける。
 夢のなかでは、その痛さも感じない。
 しかしアルバートの心は叫んでいた。
 これが夢であるという安堵が、さらにそれを呼び起こし、過去の苦しみを再び見せ付けられたことへの怒りでもあった。
(夢だ)
 自分に言い聞かせるようにして呟く。
(全部が、夢だ)
 赤い炎はそれを止めない。まるで現実のように揺らめきつづけ、しまいにはアルバートを包んでいった。
 それでもアルバートは動かない。
 そこに、いきなりの衝撃にはっと我に返った。


       〜3・通還人種(リードレイス)〜 


            
              *** 
               
「おい!起きろってば」
 肩を揺さぶられる手と無遠慮な声に起こされ、アルバートはうっすらと目を開けた。
 窓によりかったまま眠っていたため首のあたりが痛む。
 首の付け根を押さえながら、アルバートは声の主を見た。
 薄い金髪を短く刈りそろえたすっきりとした顔の青年だ。鎮圧部隊専用の戦闘服に着替えて、こちらをのぞきこんでいる。
「…なに?」
 寝ていた所を起こされて不機嫌を装ったが、その実悪夢から呼び起こしてくれた事に半ば感謝していた。
 あのままあの夢をみつづけていたら、どんな寝言をいうかわかったものじゃない。
「そろそろ目的地につく。起きといたほうがいいとおもうぜ」
 乱暴にいう言葉の裏に、こちらを気遣う心遣いがうっすらと見え隠れする。どうやら悪夢を見ていたことはばれていたらしい。そのことに関しては舌打ちしつつ、アルバートはゆっくりと姿勢を正した。
 まだ窓のそとは暗い。
 腕の時計を見ると、まだ深夜の二時をすぎたあたりだ。
 目的地到着時間が三時だったはずだから、あと一時間で到着かと見切りをつけて、アルバートは足元の荷物をまとめ始めた。
 ここはテロリスト鎮圧部隊の輸送車輌の中だ。3両にわたるトラック大の車が、暗闇の山道を走りつづけている。
 結局、アルバートは兄の反対をおしきって家をでてきた。
 それはほとんど無視にちかかったかもしれないが。
 ふいに横のイスに重みを感じ、怪訝そうに振り向くと隣の席にさきほどの金髪の男が腰掛けていた。
「……なんでここに座るんだ?」
「ちょっと用事があってよ。ま、気にすんな」
 そういって口笛をふきながら荷物をあさりはじめる男に、アルバートは呆れたような視線を送った。
 こういうおせっかいは苦手だ。
 アルバートのように他人と群れる事を嫌う人間は、他からは孤独で友人のいない寂しい人間とおもわれやすい。 
 そういった思い違いからこういう正義感のあるやつが話し掛けてきたりするのは、よくあることだった。
 それを気にせず、アルバートは手荷物の整理を続けようとした。が、男の出した荷物が目に付き一気に体を硬くした。
 すばやくそれから目をそらす。
 しかし、一度早まった鼓動はなかなか収まってはくれなかった。
「…おい」
「ラインハートだ」
 ラインハートと名乗った男の持ってるものに、アルバートは直視することができなかった。
 いや、してはいけなかった。したら確実にばれてしまう。自分が隠してきた、最大の秘密。
「…それ、しまってくれないか」
 震える声をおさえながら、アルバートは言った。ラインハートの手には小型のノートパソコンがおかれていた。
 紺色の薄いやつで、その脇からコードが二本延びている。
「あ?別にいいだろ?ちょっと調子わるくてさ。すぐ直すだけだから」
「…っ機械はきらいなんだ!!」
 おもわず声をあらげたアルバートに、ラインハートはきょとんとした調子で聞き返した。
「…機械が嫌い?ダイナスティの人間がか?」
「……悪いか」
「いや、別に悪くないけどよ。変わってんな。機械都市の人間のくせに。あ、だから樹海の鎮圧部隊なんかにいったのか?」
「…っ関係ないだろ?!」
 顔をそむけたまま言い返すアルバートに、ラインハートは溜息で答えた。
「…お?」
 ラインハートの、とぼけたような声が耳に入り、アルバートは一瞬体をすくめた。
「…あれ?なんだ。直ってんじゃん。これ。おっかしーな〜?昨日まではたしかに壊れてたんだけど…」
 ラインハートはそういいながらノートパソコンをしまった。しきりに「変だな〜」と繰り返している。
 アルバートは目線をそらしたまま唇をかんだ。
 その「変」なことの原因を、アルバートは知っている。その原因が自分にあることも。しかし、それを話すわけにはいかなかった。それを話せば、必然的に過去のことをおもいださねばならないからだ。
 通還人種。
 のちにリードレイス(通じる人間)とよばれる特殊人種のことである。一種の突然変異とも呼ばれるそれは、機械、またはコンピューターネットワークの維持、管理をする中枢機能との共感、通信能力を持った人間であった。
 ある科学者は「機械に愛されている者」と呼ぶほどのもので、そのリードレイスがその場にいるだけで機械の調子がよくなったり故障していた機能が復興したりするものである。リードレイスの能力が高まれば、機械を自由に操る事も出来、どんなネットワークにもアクセス可能になる。
 まさに機械都市独特の変異種といってもいいだろう。
 アルバート・サイファは、数少ないその一人であった。
 もともと彼の母親がそうであったらしく、その遺伝であることは間違いないらしい。しかし、このことは彼の兄、ケリーも知らない。
 唯一これを知っていた父は、数年前に他界した。リードレイスの研究所の第一人者であった父は、数年前の爆発事故で命を落としている。
 爆発事故…世間ではそういわれている。しかし真実はそうではなかった。
 アルバートはゆっくりと自分の頬を触った。
 窓ガラスで冷やされた頬が、どこか心地よかった。
 そのまま目をゆっくりとつぶり、ひとりごちる。
 そう、父は不幸な事故で死んだのではない。その命を奪ったのは、他でもない。
 この自分なのだから。


            〜4・闇へ〜


              ***


「もういいぞ。アルバート」
 聞きなれた父の声に、アルバートはゆっくりと目をあけた。機械的な天井が目にうつり、そこを父の顔がふさぐように覗き込んできた。
「もう終わり?」
 アルバートは不満そうに声をだした。
「僕まだ全然いけるよ」
 口を尖らせてそういう息子に、父は苦笑して答えた。
「そういそがなくてもいいんだよ。アルバート」
 そういってやさしく頭をなでてくれた。アルバートはこれが大好きだった。
 通還人種。
 リードレイスと呼ばれる特殊能力者であるアルバートは、父の研究所で、その能力の研究と制御のために毎日のように治療を受けてきた。
 アルバートは慣れた手つきで腕に着いていたコードを引き抜いた。
機械とのシンクロ率を高めるための実験だが、アルバートはこれが嫌いだった。
体にコードをさすというのがどうも気持ち悪い。しかし、それを毎日続けているのは、大好きな父が誉めてくれるからであった。

「おまえはまだ十一歳だろう?まだまだ体がもたないよ」
「今日で十二だよ。忘れたの?」
 父はまさか、とこたえながら肩をすくめた。
「忘れるはず無いだろう?ちゃんとプレゼントも用意してあるよ」
「本当?!」
 目を輝かせながら、アルバートは抱きついて見せた。そのいきおいで父の体はアルバートと一緒に後に倒れてしまった。それがおかしくて二人でしばらく笑ってから、父が言った。
「そうだ、アルバート。毎回言うようだけどケリーにはこのことは言ってはいけないよ。わかっているね?」
「うん」
 兄・ケリーには、アルバートがリードレイスであることは隠してあった。
 リードレイスは希少価値でほとんどがその能力を制御できない。一般にはそう知られているため、ケリーが気味悪がるのを防ぐために、あえてこのことは伝えていないのである。
「ねえ、早く見せてよ。プレゼント。なにくれるの?」
 楽しそうに早く、と急かす息子に、父はやさしい笑みを浮かべて答えた。
「おまえが、とっても欲しがっていたモノだよ」
「欲しがってた…モノ?」
 そんなものがあったかと考えてみるアルバートを、父は奥の小部屋へと案内した。そこは真っ暗だったが、期待に胸をふくらませたアルバートは、そこになにがあるのか楽しみでならなかった。
「アルバート。母さんに会いたがっていただろう?」
「母さんに会えるの?!」
 アルバートは嬉々として父をふりかえった。
 アルバートは、もう1年近く母と会っていなかった。自分とおなじリードレイスである母。聡明で、美しかった母。なによりもその温かさが好きだった母に、今あえるという。
 アルバートは顔の笑みを押さえる事が出来なかった。
 確かリードレイスの能力が押さえきれず入院してしまったと聞いていた。いつも心配でならなかったが、今はもう元気になったんだろうか。
「さあ、電気をつけるぞ。」
 父の声が響く。スイッチをつける音とともに光があたりをつつみこんだ。
 笑みは、驚愕へと変わった。
 かわりばえのない機械的な部屋。いや、もっとひどいかもしれない。コードがあちこちから突き出した機械。それはすべて、部屋の一番奥へとつながっていた。
 そしてその中央には、機械と、コードのうずにまきこまれた変わり果てた母のすがたがあった。
 アルバートは声にならない悲鳴を発した。
 コードの透き間からわずかにみえる皮膚はただれ、筋張り茶色く変色していた。
顔は細く醜く歪んでいて、大きく開いた口からさえコードがはめ込まれていた。
コードのあちこちには赤い液体が付着し、機械を赤く染め上げている。
 アルバートは気が遠くなるのを感じた。
 これが、あの母か。
 まったく違うもののように醜く、白目を向いたこれが母か。あたりをただよう異臭におもわず吐き気がこみ上げてくる。それを飲み込み、アルバートは父を見上げた。
 そしてもういちど目を見開く。
 そこには、さきほどとまったく変わらず、美しい物をめでるような目で変わり果てた母をみつめる父の姿が合った。
「美しいだろう?アルバート。」
 かわらない優しい声で、父は続ける。
「お母さんはね。こうしてコンピューターと同化してここの機械すべてを動かしてくれているんだ。」
 そういいながら父は機械と書類が山積みにされた机に座った。
「すばらしいな。リードレイスは。その力を最大限に発揮して機械のためにつくしてくれているのだから。」
 うっとりとながめる父に、アルバートは汗が背をつたうのを感じた。
「…機械の…ため?」         
 やっとのことでそれだけを呟く。
「リードレイスは…、機械を直すために、いるのでは、ないの?」
 とぎれとぎれにそういう息子に、父は笑って答えた。
「そうだよ。リードレイスは機械の食料となるために生まれてきたんだ。リードレイスさえいれば、機械はとまることはないからね。」
 大好きな父の酷薄な笑みに、アルバートは恐怖を感じた。
 ここにいては、いけない。
「でもね、やっぱりそろそろお母さんだけだと限界なんだよ。アルバート。」
 早く、行くんだ。
「だからおまえを呼んだんだよ。」
 父はゆっくりと席を立つとアルバートのそばまでやって来て、震える息子の腕をつかんだ。その力の強さに、アルバートの顔は苦痛に歪んだ。それと同時に、恐怖も増していくのがわかった。
 言葉が、紡がれる。
「今度はおまえの番だよ。アルバート。」
 アルバートは理性が焼ききれる音を聞いた気がした。
 自分でもなにを望んだのかはわからなかった。わかったのは、機械が自分の命令に従った事。そして、それに従いすべてを破壊する力を生み出したことだけだった。
 真っ白い光があたりを包み込んだ。
 光がやむと、そこは一面の火の海だった。
 赤い炎が燃える中、アルバートは一人立ち尽くしていた。
 目の前には、肉片となった彼の父の死体。コードが絡まった母は崩れ落ち、その姿は見えなくなっていた。
 これが機械の力か。
 これがリードレイスの力か。
 アルバートはその時はじめて自分の力を恐れた。
 機械を操作するこの能力も。そしてこんな惨事を生み出す機械の力をも。
 父はこの力をおそれたのだろうか。それとも機械に愛された母に嫉妬したのだろうか。その果ての狂気だったのだろうか。
 父を憎む事はできない。父もまた、自分の愛すべき人だったのだから。
 では誰を?
 誰を憎めばいい?
 アルバートは目の前のコードと画面の山を見た。機械はそれに答えるかのように再び動作を開始する。ばちばちと電流の音が流れた。ちぎれたコードからは青い火花が散っている。
 アルバートはそのコードを踏みつけた。しかし機械はその行動をやめない。
 最大限の憎しみをむけても、彼らはその行動を止める事はしない。
 出て行ってやる。
 アルバートは胸中でそうはきすてた。
 お前等が僕を愛するのなら
 僕はおまえらなんか捨ててでていっやる!
 僕から大切なものをうばったお前等を…許さない!
 アルバートの頬を涙が伝った。それは自分のしたことの罪のおもさに耐え切れない苦しさからでたものだった。
 自分の罪に耐え切れず、機械にぶつけている。その様はなんとみじめで、おろかなことか。
 それでは彼はそうせずにはいられなかった。
 そうしなければつぶれてしまう。父親ごろしの罪に。
 だから、彼はその場を去る決心をしたのだ。
 たとえ、それが漆黒の闇の間を行くことになろうとも。


               
              〜5・襲撃〜


                 ***

 アルバートは再び目を開けた。過去の反復に余計な干渉にひたっているひまは無かった。自分はあの機械都市を出た。自分から全てをうばった機械を見捨てて外に出たのだ。
 目的は果たされた。あとはテロリスト達との無意味な攻防をつづけていればいい。そうすれば、おそらく一生都市には帰らない。
 それでいいんだ。
 アルバートは溜息をつき、もう一度目を閉じた。
 途端に、警報音が鳴り響いた。
「なんだ?!」
 横でラインハートが声をあげる。周りでも何人か慌しく動き始めた。赤いサイレンとともに、車内放送が流れた。それを聞くや否や、周りの人間がいっせいに騒ぎ出した。
 『−後方車輌が,テロリスト集団による襲撃をうけたもよう、全隊員は迎撃体制に移れ』
「襲撃だと?!」
 これから鎮圧にむかうはずだったテロリストの突然の登場に、全員がすぐに戦闘態勢に入る。アルバートもまた、自分のナップザックと銃器類をもって後方車輌に走った。
「ったく、出番が早いっつーんだよ!」
 ぐちをこぼしながらもラインハートもその後に続く。車輌を出て物陰から後方車輌にむけて全員が一斉に銃を構えた。暗闇の中、止まっていた車輌からは物音一つしない。
「…?」
 不審に思って身を乗り出すと、後ろから爆音が響いた。
「後…?!前方車輌か?!」
 ラインハートが声を荒げる。アルバート達が乗っていた車を中心に前に一つ車があったはず、それが今数百メートル先で煙をあげて炎上している。
「どういうことだよ!襲われたのは後方車輌じゃ…っ。」
 ラインハートの怒鳴り声で、アルバートははっと気付いた。
「違う…っ。さっきの放送はオレ達を車から出すための…!」
 罠だったと気付き、いそいで車内に隠れようとしたとき、アルバート達が乗っていた車が爆発した。爆風に数メートル吹き飛ばされ、アルバートは草むらにつっこんだ。
 キーンとする耳を押さえながら、アルバートはなんとか立ち上がった。
 大破した車の周りで、隊員達が呆然としている。
(馬鹿が。そんなんじゃすぐやられる…っ)
「すぐに物陰に隠れろ!奴等はもう来ている!」
 アルバートのその声に、隊員ははっとしてすぐに物陰を探してちりじりになった。
(機械にばかりたよっているから、いざって時に判断が遅れるんだ…っ)
 胸中にそう毒つきながら、アルバートも近くの岩場に隠れる。はっと息をつくと、すぐ横から声があがった。
「さっきのかっこよかったぜ。なかなかやるじゃん?」
 その声に、暗闇の中でもすぐにラインハートだと気付いた。
「俺がすごいんじゃない。他がとろいだけだ」
「はっ。言ってくれる…」
 車が炎上する音だけが響き、辺りは再び沈黙が包んだ。
「静だな…」
 ラインハートが不審そうに言うのを、アルバートは片手で制した。どこかでものが落ちる音がした。おそらく人が倒れたんだろう。
 ということは、予想されるのは、後からの闇討ち…っ!
 アルバートはばっと立ち上がると声を張り上げて叫んだ。
「全員戦闘準備!!」
 場に響くその声に、その場にいたもの全員が息をつめた。
 その時、アルバートの後で人が倒れる音がした。まさか、と思い振り返るとラインハートがうつぶせに倒れている。駆け寄ろうとしたところを横からの刃物に気付きすんでのところで避けてみせる。もう一度向かってくる相手に腰からナイフを取り出し応戦する。
 刃を交わして初めて相手の姿を目で確認する事が出来た。
 樹海のテロリストという名にふさわしくない近代的な黒い戦闘服に身を包んだ相手は、ナイフと鍛えこまれたらしい体でこちらの隙ついてくる。
「くっ」
 初歩的な経験だけのテロリストとしか聞いていなかったぞ、と都市の情報網の悪さに愚痴をはきながら、相手のナイフを力いっぱい弾き取る。とばされたナイフは弧を描いて草むらのなかへ消えた。武器のない相手にアルバートはナイフで思い切り相手の腕を切り裂く。少しうめいてひるむ所に、急所をつこうとして後ろからの気配に止められる。見れば後の暗闇からもう一人似たような格好の敵があらわれる。
(2対1じゃ分が悪い!)
 舌打ちして間合いを詰めようと後の相手に向き直った時、さきほど腕を切りつけた相手におもいきり後頭部を殴られた。後頭部の鈍い痛みをもったまま、アルバートは地面にたおれこんだ。
 痛みが、そのまま意識をうばっていく。薄れる意識のなかで、地面に生えている草の感触だけはなんだか新鮮だった。

 

           〜6・拉致〜


             ***

 がたがたと体を揺らす振動で,アルバートは目を覚ました。途端に後頭部に鈍い痛みが走り頭を押さえる。痛みに顔をしかめながらあたりを見渡すと、すぐに黒い戦闘服が目に入った。
 顔をみれば都市の人間とかわらない顔立ちの青年だ。漆黒の髪は鼻先でゆれている、その裏でみえかくれする青い瞳と目が合いアルバートはおもわずどきっとした。
 そしてその手に持たれている銃に目が行き、自分の置かれている状況を判断した。
 おそらく、拉致されたのだろう。
 戦いに負けた兵士が捕虜として拉致されるのは常識だが、アルバートは当然だがこれがはじめてのことだった。
 あたりを見渡せば、おそらくトラックの中なのだろう広い車内に同じような黒い戦闘服の兵士が銃を構えている。そして床には、アルバートと同じように捕虜とされたであろう兵士が五人。
 アルバートはさきほどの黒髪のテロリストに目を向けた。
 無視されるのを覚悟で口を開く。
「捕虜の連中はこれだけか?」
 それに、男はすこし驚いたように目を見開くとふっと口元をゆがめた。
 まさか微笑まれるとも思っていなかったので、アルバートは呆然とした。
「自分の立場がわかっているか?」
 からかうように言うその声に、アルバートはおくさずかえした。
「あいにくわかっているつもりだ」
「でも肝がすわっているんだな」
 男はクックと喉を鳴らして笑うと、続けた。
「残念ながらあの人数全部を運ぶわけにはいかなくてな」
「では俺は幸運にもその何人かに選ばれてしまったわけか」
「一応お前がリーダー格だとおもったから連れてきたんだが?」
 それでおそらく他の捕虜もそういった理由で選ばれてしまったわけか。
 なるほど、正しい選択だ。捕虜を取るなら、できるだけ賢いもののほうが効率がいい。
 アルバートは舌を鳴らした。では結局、拉致される理由を自分で作ってしまった事になる。
 せっかく都市をでれたとおもったら、これか。自分の運の悪さには、本当に嫌気がさす。
 そこでふと、自分がなにも拘束をうけていないのに気がついた。
「縛り付けなくていいのか?」
 真面目にそう聞くアルバートに、黒髪の男はまた笑って言った。
「残念ながら俺たちは人を縛りつけたり殺したりするのが嫌いでね」
「よくいう…」
 飽きれたように言うアルバートに、男は続けた。
「確かにな。でも殺す場合だってあるんだ。気をつけろよ」
「…それは忠告か?」
 おそらくこちらの身を案じているわけではないだろう。
 男は軽く形の良い唇をゆがめると、呟いた。
「全てはメシアの御許に、だ」
 わけのわからない言葉に、アルバートは眉をしかめた。
 そこに、車がとまる音と独特の浮遊感に目的地に着いたことを悟った。 同時に男も動き出す。
「降りてもらおう」
 男はそういってアルバートの両腕に手錠をはめた。
 苦笑しながら「いちおう決りでな」と断ってから、アルバートは彼につられて車をおりた。他の捕虜も、その後に続く。 
 アルバートは外の光景に目を奪われた。
 見渡す限りの緑。澄んだ風と空気が肌を包んだ。草木の陰からは光が差し込み、あちこちで鳥がないている。
 これが、樹海。
 機械とはまったく正反対の、自然の姿。機械とかけ離れた世界。すくなくとも、この景色に機械の陰は感じない。
 呆然とするアルバートの横で、黒髪の男はその戦闘着の上に白い布を羽織った。はっとしてそれを見たアルバートの後から、人をよぶ声を聞いた。
「エイドリアン様!」
 十六歳ぐらいの幼さの残る顔に笑顔を浮かべながら駆けてきた少年に、エイドリアンとよばれた先ほどの黒髪の男は晴れやかな笑みで答えた。
「グラント。ヒュ−ゴと呼べといっている」
 彼は苦笑しながら少年の赤茶を優しく撫でた。
「だって閣下は駄目って言うから…」
「だから妥協してくれといっている」
 目の前の和やかな光景に、アルバートは一瞬心を奪われた。しかしふと、我に返る。
 閣下。
 確か、そう聞えたが。心の中にやどった危うい予感を押し込みつつ、アルバ−トは口を開いた。
「…閣下?」
 それに、グラントと呼ばれた少年は怪訝そうな目を向けた。それにかまわず綺麗な黒髪と羽織った布を風に揺らして、青年は答えた。
「俺はヒューゴ・エイドリアン。一応あんた達のいう『テロリスト』とやらの総責任者だ」
 アルバートは開いた口がふさがらなかった。それでも目のまえに青年は笑みをたやさない。
 この人のよさそうな青年が、数々のテロ工作を続けた集団のリーダーだという。
 こんなに綺麗な顔で笑うのに、影では人の命を奪うのか。
 いや、だからこその笑顔なのか。
 指揮だけではなく、実際の戦闘にも加わっていたこの青年。人の命を奪う罪を知っているからこそ、こうして笑えるのか。
 アルバートにはとうてい理解できない感覚だった。
 そして、気付いた。
 これこそ自分の求めてきたものかもしれないと。
 自分の欲していた、光と闇。
 目の前の人とも思えぬ青年は、この自然の中に不思議とつりあっていた。
 自然の風のなかで、アルバートは根拠のないそれでいて確かな予感をいだいたのだった。

   
●以下覚醒編1〜5、革命編2までHPにて掲載中
 「皆既*月食」http://www.geocities.jp/hiayusea/home1.html
2004/02/21(Sat)17:02:32 公開 / 志樹 至(シキ キワミ)
http://www.geocities.jp/hiayusea/home1.html
■この作品の著作権は志樹 至(シキ キワミ)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長く長く連載していたものをちょっとは人に見ていただきたいなあという出来心から投稿させていただきましたv第1話。
ううう、感想大歓迎です。
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