オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『戦いの因果 プロローグ〜一日目』 作者:TOMO / 未分類 未分類
全角18709文字
容量37418 bytes
原稿用紙約63.7枚
――赤い草原。
 それが今の状況を表すのに最もふさわしい比喩であろう。
 燃えさかる大地はまさに赤い草が生えているかのように錯覚させる。

 その草原に対峙するは二つの影。
 その距離およそ三〇メートル。
 一方はその手に大剣をたずさえる。
 一方はその手に双剣をたずさえる。

 どのくらいの時間が過ぎたか、双方は一向に動く気配がない。
 否―動かないのではなく動けないのだ。
 お互いは相手の出方を計る。故に動き出せないでいた。

「・・・」
 一方の影が沈む。
 業を煮やし、双剣の戦士が地を蹴る――

 ・・・三〇メートル離れた距離にいた相手は、一秒足らずで目前まで迫る。
 双頭の剣が龍の牙のごとく襲いかかってくる。
 その二つの剣撃を、一太刀で払いのける。
 しかし、相手は隙もなく再び攻め込んでくる。

「くっ・・・」
 初太刀よりも速く綺麗なその動き、一方は防いだ、
「かはっ・・・」
 だがもう一方は防げなかった、ヌメリとした感触。手には真っ赤な血、見ると腹からは血がしたたり落ちていた。
 とっさに退いたのがよかった、もし退くのが遅れていたらこんなものではすまなかっただろう。
 好機と見たのか、更に双剣の相手はスピード、比重を増し、華麗とも言える動きで確実に急所を狙いに来た。
 ここで負けるわけにはいかない。一刀をはじきすぐさまもう一刀をはじく。

――剣撃の速さなら大剣の剣士のほうが上、相手も同じ剣ならば勝っていたかもしれない。しかし相手は双剣である。
 一刀をはじいた隙も、もう一刀によって防がれる。

「くっ・・・」
 だが剣士の持つ武器は大剣。その一撃一撃の重さに、相手は後退を余儀なくされていた。
 それでも相手お構いなしに、そのするどい斬撃を繰り出していく。
 金属音が鳴り響く。その音は徐々に間隔を短くしていく。だが、一向にどちらも隙を見せずに打ち合っている――

 双剣の剣士は地面を蹴ると、思いっきり後ろに退いた。
 剣士はそれを追いかけようとする、が。

「・・・な」
 剣士は気づいた。男の体を包む何か、それは肥大していく異様な力。
 大気が淀む。双剣の戦士の周囲が揺らめく。否――歪んでいるのだ。
 その力は本来、この場にあってはいけない力。その力の所為で大気が歪んでいる。
 その力は双剣へと吸い込まれていく。
 途端。
 双剣にはありえないほどの力が加わる。

 とっさに後ろに退く。それはすでに本能、戦いの中で生き抜いたもののみが感じる第六感のようなものである。それは告げている、逃げろと。
「・・・なんだ・・・?」
「クク・・・、俺は面倒くさいことが嫌いでね、できればさっさと勝負はつけてしまいたい性分なのだよ」
「くっ・・・」
「ま、コレが何かは貴様にはわかるまいな、教えてやってもいいのだが、死に行くものには無駄なことだろう」
 言って。
 その異様なほどの力が加わった双剣が牙を剥く
 大剣の剣士は考える間もなく、後ろへ退いた。

――あれはうけてはいけないモノだ。恐らく、うければ殺られる・・・
 明らかにこちらが劣勢、ここは逃げる選択をとるのが最も正しいのだが・・・

 ジリッと、体が後退していく。これは意志とは無関係に働く本能。
 待て・・・逃げる?私がか? バカな、たとえ敵わぬ相手とわかっていても敵に背を向けるなど笑止千万。これは本能を止めようとする意志。
 本能と意志とのぶつかり合いが続く。

「・・・逃げる気か? まあそれが正しい判断だろうがな。だが、剣士ともあろうものが目前の敵に背を向け逃げるというのは、いささか情けない話ではあるがな」
 クッと、男が声を殺して笑う。
「・・・なんだと」
 確かに男の言うことは正しい。たとえ、目前の相手が自分より強いとしても、それに背を向け逃げるというのは臆病者のすることだ。
 そう言われてひきさがるほどやわなプライドを持ち合わせていない。それに、やはり逃げ切るのは不可能であろう。
 浅いといってもこちらは手負いの身、追いつかれるのがおちだ。
「・・・逃げはしないさ」

 だったら、向かうのみ。再び剣を構える。
 再び男は押し殺した声で笑い。
「ククク、流石落ちぶれても剣士なんだなお前。じゃあ遠慮はいらねぇな。 思い知れ、コレの恐ろしさ、絶対的な力を!」
 双剣が振られる。男の持つ剣は二つ、故に双剣。
 だが
「なっ・・・・!?」
 太刀は四つ、上下左右全てから剣撃が襲い掛かる。
 それをギリギリでかわした。
 はずだった――

「くっ・・・バカな」
 両腕両足から血が流れ出す。かわしたはずの全ての箇所に攻撃は当たっていた。
 目の錯覚などではない、今確かに。
「伸びた・・・」

 そう、剣の刀身が伸びたのだ。その伸びた刀身分の間合いを見切れなかった、それゆえ、本来ならかわしえた攻撃が、全撃命中したのだ。
「いかにも、我が剣に間合いはないゆえ、気をつけることだ」
「間合いがないだと・・・?」
 間合いがないということは、つまり間合いが意味を成さないということか。
「ハハハハハハ」
 双剣の戦士の笑い声が響き渡る。
 その声には勝利を確信した喜びと――目の前の相手を殺せる楽しみからのようであった。

 ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
 四方から襲い来る斬撃、それに加え伸びる刀身。
 どうやって戦えというのか。
 結果は見えている、勝てない――
 殺される側は私。
 殺す側は相手。
 四方から繰り出される斬撃を、防ぐ手立ては私にはない。

 故に、これは決定された事柄なのだろう。
「・・・くっ」
 歯を食いしばる。悔しい、悔しい悔しい。
 私はこんなところで負けたくはない。
 くそっ、くそっくそっくそっくそっ――!

「ククク、死にたくはないか。まあ、それも当然だ、命より大切なものはないからな。
 お前に選択肢を与えようか」
 余裕の笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。
「・・・なんだ?」
 唇をかみ締め、睨みながら答える。それくらいが私にできる抵抗なのだ。
「俺と手を組み気はないか?」
 意外な質問に。
「・・・」
 私は言葉を失っていた。

「どうした? そんなに驚くことか?」
「あ、あたりまえだ! 今から殺そうとする者を目の前にして、何故そのような事を聞くのだ!」
「何、実に簡単なこと。貴様をここで殺すのは惜しいと思ったわけだ。お前は強いぜ、だから俺と組めばこの国を我々のモノにすることも可能だろう、いや世界をもな」
「ふざけるな、貴様の申し出は完全な侮辱だ。私に剣士としてのプライドを捨てろというのか!」
「ふっ、命よりもプライドが大事か? まあ嫌なら断ればいい、その瞬間に貴様は死を迎えることになるがな」

 ・・・男の目は本気だ。恐らく断った瞬間に私は死ぬだろう。
 だが、もしそれを呑んでしまったら、私は私自身を許すことができない。
 なら答えは決まっている。
 本当に決まっているのか? 本当は死にたくないんじゃないのか?
 黙れ――
 本当は生きて、やりたいことがあるんじゃなかったのか?
 黙れ、黙れ――
 正直になれ、そして言えばいい。生きたいと。
 黙れ黙れダマレダマレだまれだまれ!!!
 雑念をシャットアウトする。
 生きたいという言葉が喉を突く。だがそれを言えば私は、もう私じゃなくなってしまう。
 だから、答えは決まっていた。

「断る、私は。剣士としてのプライドを捨てる気もないし捨てようとも思わない」

 男はフッ、と肩で笑うと
 ブンッ―という音と共にその剣を振りかざしてきた。
 四方から斬撃が私を襲う。

「あっ・・・」
 避けられない。
 それは一瞬。

 真っ赤に燃えていた。
 赤い草が生えわたる、それは血をも連想させる草原。
 空は曇天。今にも雨が降り出しそうな空だった。

 その中で、私は最期まであの人の顔を思い浮かべていた――






一日目 〜The beginning of a dream〜


「――っ」
 カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。
 寝ぼけた頭で時計を見るとまだ六時。
 普段起きるのが七時だから、かなりの早起きである。
「なんか・・・・・・変な夢を見たな・・・・・・」
 体は冬だと言うのに汗で濡れている。

――本当に変な夢だった。
 二つの影が争う戦場。
 その戦場は燃えていて、まるで赤い草が生えたかのようだった。
 夢の中で、俺は俺じゃなかった。不思議と、大剣を持った剣士の考えること全てが、頭のなかに流れ込んできていた。俺は夢の中でその剣士だったのだろうか。
 いや違う、俺は剣士そのものではなかった。
 だけど俺は剣士の考えていることが全てわかった。
 その、最後のあの思いも・・・・・・
――届くことはない願い、だが願っていた。死にたくないと。
「って、俺なにこんな真剣に夢のことで考えてるんだ!」
 頭を振って深く深呼吸をする。
 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで少し頭がスッキリした。
 二度寝もいいが、どうにも汗まみれで気持ちが悪い。
「風呂にでも入るか」
 まだまだ時間に余裕はある。朝風呂というのもたまにはいいだろう。そうと決まれば善は急げだ。寒い廊下を抜けて風呂場へと向かう。

「うう、さむっ」
 いつも寒いけど今日は一段と寒い。布団から出てそんなに経ってないはずなのに体はもう冷え切っていた。・・・・・・湯冷めはしないようにしないとな、風邪引いたら色々面倒だし。
 数秒で服を脱ぐと、ガラガラと風呂場のドア開ける。


――さっぱりした。
 風呂からあがり、リビングへと移動する。
「あれ?」
 朝食の準備をしていた妹の鈴が驚きの声を上げる。
「珍しいね、自分で起きてくるなんて」
 準備を止めてこちらにやってくる妹。
「そんなに珍しいか?」
「うん、だっていつもは起こしに行かないと絶対に起きないじゃない。珍しいよ、どこか体の具合でも悪い? もしかして熱があるとか」
 そういっておでこに手を当ててくる。
「わっ、熱い」
「ん? それは風呂上りだからだよ」
「朝風呂に入ったの? ・・・本当に珍しい」
「そんな日だってあるだろ。別に初めてというわけじゃないだろうが」
「それはそうだけど・・・・・・」
 うーん、となにやら考え込んでいる。
「ほら、そんなこといいからさっさと飯作ってくれよ」
「へっ? あ、やばい目玉焼きこげちゃう!」
 ダッシュで台所へ戻る妹。
 そして
「やばっ・・・・・・いいや、これお兄ちゃんのっと」
 なにやら怪しい独り言が聞こえてきた。



 少しして皿がテーブルに並べられる。
 今日のメニューはハムエッグ(俺の目玉焼きはすこし焦げている)にほうれん草のおひたし、煮物と大根の味噌汁にノリのおまけつきだ。
 鈴が座るのを待って。
「いただきます」
「いただきま〜〜す」
 二人で挨拶をする。
「・・・・・・」
 鈴は箸を持たずにジーッとこちらを凝視している。
「・・・・・・ん?」
「ジーッ」
「・・・・・・」
「ジーーッ」
ああ、そうか。
「うん、美味いよ。煮物はしっかり煮込んで味がしみているし、味噌汁の味付けもグッドだ」
「でしょでしょ〜? わーい頑張ったかいがあったー。ちなみに、その煮物には秘密の隠し味がほどこされてるんだよ」
 なんて言いながら踊りだした。
 まぁ、つまりそういうこと。俺は鈴にとって味見役みたいなものなのである。
 それを聞いて満足したのか鈴も食べ始める。
「ほんと、ここ最近のお前の料理の上達振りは驚くほどだよ」
「これも努力の賜物ってやつ? あ、元々私が天才料理人の素質を持ってたのかも! ゆくゆくはテレビに出ちゃったりしたりして〜。そしたらお兄ちゃんをゲストで呼んであげるから楽しみにしといてね」
「ああ、楽しみにしてる」
 そんな他愛もない話。
 俺はそんな話をできるのがとても幸せだった。


――今から一年ほど前、俺たちの両親は他界した。人の死っていうのは本当にあっけないものであると、その時思った。
 交通事故だった。居眠り運転の車が二人の乗っていた車に衝突したというのを、電話で聞いた。正直、情けないことに俺は頭が真っ白になって、いわゆるパニック状態となってしまった。
 その日は日曜日だった。だから、俺と鈴はたまには二人で出かけてくれば? と提案して二人を見送ったのだ。最後に見た二人の笑顔は幸せそうだったと今でも目に焼きついている。
 初めは恨んだ。その居眠り運転してた奴を殴ってやりたかった。殴るだけじゃ気がすまない、同じ目にあわせてやろうかとも思った。
 でも、ペコペコ土下座して泣きながら謝ってきたソイツを見て。そんな気はそがれてしまった。
 だって・・・二人の死は俺たちの所為でもあると思ったから。
 あの時、気を使ってあんなこと言い出さなければ二人は死ぬことはなかったんだ。
 鈴は泣いていた。二人の顔を確認した途端、大声で泣き出した。目の当たりにした現実はまだ幼い鈴には厳しいモノだったのだろう。その後ろ姿を眺めながら、どうしてか、俺は泣けなかった。悲しくなかったわけじゃない、ただその現実を直視することができなかったんだと思う。
 二人は寝ているようだった。
『おい、親父、お袋。いい加減おきろよ』
 なんて言ったら本当に起きだしてしまいそうなほどに、眠ったようだった。
 でもそんなことはない、だって二人の体はもうヌケガラだ。
 それは、親父とお袋をかたどっていたものでしかないのだから。
 だから、二度と目を覚ますことはなかった・・・

 不幸中の幸いとはこのことだろうか。親父とお袋は、俺たちが成人するまでは困らないくらいの額のお金を残してくれた。それは二人の最後の贈り物だった――

 当然ながら落ち込んだ。俺たちはその日から会話をすることが無くなってしまった。もちろん、笑うなんてことは夢物語のような話だった。
 でもそれじゃあダメだって思った。そんなことしていたら二人がおちおち死んでもいられないんじゃないかって思った。
 それからは早かった。鈴を元気付けて、なんとか、普通に生活できるくらいに元気になってくれた。でも俺一人でやったわけじゃなかった。幼馴染みである楓にも協力してもらって、最近では普通に笑えるようにまでなっていた。
 食事は鈴が、掃除とか洗濯とかは俺がやる、ということで決まった。暇な時は楓も手伝いに来てくれるということになった。
 もちろん最初は苦労した。
 鈴はたまにしか料理を作ったこともなかったし、俺に関して言えば家事はまったくのド素人であった。
 そんな時、楓がテキパキと細かな点までいろいろ教えてくれた。こうすれば美味しく米が炊けるよとか、これを入れれば美味しくなるよとか、この量の洗剤でいいよとか、細かいところもちゃんと掃除しないとカビが生えるよとか、家事のこころへその十とか言い出したこともあった。楓は俺たちにとってのお母さん的存在でもあった。
 そんな楓の助けもあって、俺たちは家事の腕を上げていった。

 鈴に関してはもうかなりの腕前である。最初は目玉焼きでさえ失敗していたのに、今じゃ和洋中華なんでもありと、楓でさえ驚きの上達振りである。
 楓曰く、あれは金の卵よ、だそうだ。

 それでも鈴は自分の腕に満足できないでいて、色々工夫して俺に料理を出し、美味しければさらに美味しくなるように、不味ければどうして不味かったのかというのを研究するほどである。

 そして――試行錯誤の結果、今日の朝飯が作られたらしい。うん、確かに今までで一番美味しいと思うからそれはまあよしとする。
 前に、かなりの失敗作を作って食わされたときは一日気分が悪かった時もあった。
 ちなみに、鈴は自分では味見はしない。理由を聞いたら
「だって、不味かったらいやでしょ?」
だそうだ。
 訂正しよう。俺は鈴の作った料理の味見役兼毒見役なのである。
 そんな事があって、今は二人で暮らしている。一年も経ってしまうとその生活に慣れてくるのか、今じゃさしたる苦労もない。ただ・・・・・・たまに仏壇の前で泣いている鈴を見るのはつらい。それはどんなに時間が過ぎてもなくなることはないだろう。だから俺はどんな事があったって鈴の側にいると誓った。そう、それが俺にできる唯一のことだと思ったから・・・
 だから俺はうれしい。ほんの少しでも笑顔を見せてくれた時は本当にうれしいのである。


「お兄ちゃん、今日は何時ごろに帰ってくるの?」
 台所で食器を洗いながら聞いてくる。
「んー、そうだな。多分六時ごろには帰ってこられると思うけど」
「あ、バイトはないんだ?」
「ああ、今日は休みだ」
「とゆうことは、今日はまた先生の手伝い?」
「ああ、そうだ。全く、あの人は俺を奴隷か何かと勘違いしていると思うんだが」
 先生というのは俺の担任の先生であり、名前は江藤 繭。その先生に気に入られてしまい、暇な時は色々手伝わされるハメになってしまうのである。
 初めての時は確か一年半ほど前、入学して高校最初の夏休みに入る少し前。いきなり放送で職員室に呼ばれ何事かと思ったら
「これ手伝って〜」
 と、重そうなプリントを俺にドサリと渡してきた。
 いや、実際に重かったけど。
 んで、それを運んでいる途中に、なんで俺に頼んだんですか? と聞いてみた。
 当然の疑問だった。別に俺はクラス委員でもなんでもないし、こうやって先生に物を頼まれるというのはあまりなかったから不思議でしょうがなかった。
 で、その答えとやらが。
「だって君、頼まれたら断れなさそうな顔してたから。で、だめもとで頼んでみたらちゃんと手伝ってくれたでしょ〜。先生うれしいよ〜」
 だそうだ。
 泣きたくなるのを抑えて最後までそれを手伝った。まぁ、それが元凶の始まり。それからというもの他の先生にまで色々頼まれる始末。それを律儀にこなす俺も俺だけど・・・・・・
 ちなみに、なんで他の先生にまで頼まれるようになったかというと。
「二―Aの北井 孝介君は頼まれたことは断れない子ってわかりましたー」
 なんて職員室で言いふらした結果らしい。
 ああ、ついでに言うと。北井 孝介っていうのは俺の名前。
 てわけで今日も手伝いを頼まれているというわけである。

「あはは、まぁ、お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。嫌だったら断ればいいのに」
「うーん・・・・・・確かにそうだけどな。ま、暇な時だけだし、無駄に時間使うよりはいいだろうと思ってな」
「絶対将来損するタイプだよね。あ、でも洗濯物とかサボっちゃ駄目だよ? 結構溜まってるし、今日あたり洗っちゃってよね」
「・・・・・・ま、最初の発言は流すとして。そうだな、帰ったら速攻でやっとく」
「うん、よろしく」
 時計を見るとそろそろ出ないとマズイ時間だということに気づいた。
「あ、おい。そろそろ時間やばいぞ」
「え? あ、本当だ。のんびり話ししてる場合じゃなかったね」
 台所で食器を洗っている鈴を手伝い、手早く終わらせる。


 鞄に教科書を詰め込んでいると、見慣れない物が鞄に入っているのに気づいた。
「なんだこれ?」
 それは手のひらに収まるほど小さな人形だった。
「なんでこんなもんはいってるんだ・・・」
 人形は素人目から見てもわかるくらいすばらしく美しい。細かな点まで手を抜かずにしっかりと作られているあたり、かなり名の知れた人形師が作ったものかもしれない。
 こんなものを持っているやつ。俺は一人だけ知っている。
「お兄ちゃん、早くしないと遅刻だよ〜」
「あ、しまった。こんなことしてる場合じゃない」
 人形をポケットに押し込んで
「学校であいつに叩きつけてやろう」
 急いで家を後にした。


 学校までの道を歩く。
 家を出てから少しすると、チラホラと周りにも同じ学校の生徒が歩いている。
 T字路に出る。
 そこをまっすぐ行けば学校に着くのだが。
「少し早足で行くか」
「そうだね」
 俺たちは左の道から遠回りをして向かうようにしている。
 これは一年前からの習慣、というか暗黙の了解というか。
 さっきのT字路を真っ直ぐに行って学校に行くとなると、大きな交差点を渡らなくてはいけないのだ。
 そこは、親父とお袋が事故にあった場所。

 そこには近づきたくなかった。だからいつも遠回りして俺たちは学校へ行く。
「そうだ、今日楓ちゃんが家に来るって言ってたよ」
「え・・・・・? 俺は聞いてないぞ?」
「だって私にしか言ってないもん」
「・・・・・まあ、いいけどさ」
三藤 楓。俺たちにとって幼馴染であり母親みたいな存在である彼女は一年前から家によく出入りするようになった。
 最初は俺たちに家事の指導。今じゃ自分の料理と鈴の料理どちらが美味しい! なんて自分の作った料理を持ってきて俺に食べ比べさせる始末。
 ちなみにどちらも負けていない美味しさ。わずかの差で勝ち負けが決まるのである。
 何はともあれ、今日の夕食は二人のバトルになるわけで。俺は二人分の料理を食わされる事になる。
 腹減らしとかなくちゃな。


 普段と変わらず他愛もない会話をしていると学校に着く。
 時間はなんとかギリギリ間にあった。
「じゃあ、またね、お兄ちゃん」
 そう言って、鈴は一年の教室へと向かう。
 俺も急いで自分の教室へ駆け込んだ。

「惜しい、もう少し遅ければ遅刻だったのに」
 教室に入るなり、いきなりそんな事を言ってくるのは、俺が知りうる限り一人しかいない。
「・・・・・・あのな、いきなりそれかよ」
「挨拶よ、挨拶」
「・・・・・・どんな挨拶だよ」
 三藤 楓はつまらなそうな顔で突っ立っていた。
 そんなに俺が遅刻になってほしかったのかこいつは・・・
「明日は期待してるね」
 なんていい残して自分の席に戻っていく。
 ・・・・・・なんなんだあいつは。
 それと同時にHRを開始する鐘がなる。
 俺も急いで自分の席に座った。

 少ししてガラリとドアを開けて先生が入ってくる。
「じゃあHR始めるよ〜」

「とゆうわけで、明日はお昼で終了だから、お弁当はいらないからね。忘れてもって来ちゃうようなお間抜けさんはいないようにね」
 一通りの連絡事項を説明し終えて、先生は教室を後にしようとして、思い出したようにバックで戻ってくると。
「孝介君、今日の放課後よろしくね」
 そういい残して去っていった。
 HRが終わると再びザワザワと教室がざわめきだした。
 授業開始までまだ時間がある。
 楓はいつもどおりというか、当たり前のように俺のところにきて。
「また頼まれ事されてるの?」
 いつもどおりのことをきいてくる。
「ああ、今日はバイトもないしな」
「・・・・・・暇人」
「えっ? 今なんか言ったか?」
「ううん、とりわけ何も言ってないけど?」
「そうか、ってそろそろ戻ったほうがいいぞ。またどやされてもしらないぞ」
 もうすぐ授業開始の鐘がなる。
 おそらくドアには、鬼教師こと大通戒(おおどおり かい)という国語教師でありながら体育教師ばりの熱血教師が待機してるに違いない。
 てゆうか影が見える。
 授業開始を告げるチャイムと同時に。
「席に着け!」
 と、待ってましたと言わんばかりに、ドアを乱暴に開ける先生が一人。
 あれ?
 そこに立っていたのは大通と気が合うということで有名な体育教師の一人であった。
「えー、大通先生は昨日から体調不良で休みを取っているので、今日は自習だ」
 湧き上がる歓声。が、その歓声は
「だがプリント課題が出てるのでこれをやるように」
 その言葉でブーイングへと大転換を遂げた。



――私は願う。
 例えそれが叶うことない願いでも、願い続ける。
 悔やむのは、その願う時間があまりに短かったこと。

 空は曇天。
 今にも振り出しそうな雨。
 雨が降れば、この火は消えるだろうか?
 赤い草原は遠い大地にまで広がっている。
 どこまで広がっているのか、それはわからない。
 でもそれでも、少しは消えてくれるかもしれない。
 そうして降り続く雨はやがて川となり、恵みを与えてくれるかもしれない。
――それは私にはもう必要のないものだった。
 例えどんなに恵みがあろうとも、それは命があればの話。
 私の命は。もう瞬きをする間もなく消える。
 許してくれ、こんな私を許してくれ。
 あの方は泣いてくれるだろうか?
 それとも怒るだろうか?
 どちらにせよ、私はもう・・・・・・もうあの方には会えないのだ。

・・・・・・あっ。
 頬に伝うのは涙か。それとも雨か。
 確認することもできずに、私は目を閉じて再び願った――

「―――っ」
 鐘の音で目が覚めた。
 気づくと昼休みになっていた。早めに授業が終わったのか、すでに教室の 半分の生徒が席をはずしていた。
 ボーッとしていると
「おはよう、ゆっくり眠れた?」
 皮肉をひめたような声で楓は言ってきた
 いつから寝ていたのか・・・・・・。机の上には数学の教科書が広げられている、ということは。どうやら、二時間目からぶっ続けで寝ていたらしい。
「・・・・・・驚いた、二時間近く寝てたのか、俺」
「ええ、もうこれでもかっていうくらいグッスリね、見ているこっちが眠くなるくらい豪快だったわよ? そりゃ先生も呆れるくらいに」
「・・・・・・起こしてくれてもいいじゃないか」
 楓はふうとため息を吐いた。
「言ったでしょ、豪快な眠りだったって。何度も起こしたわよ、でも全然反応しないんだもん、私も途中でお手上げ、先生もお手上げしたってわけ」
「・・・・・・そうか、それは悪かった」
 素直に反省。どうやらかなり迷惑をかけたらしい。
「でも珍しいよね、起こされたら起きる。これがあんたのいいところなに」
 それがいいところと言われてもはっきり言ってうれしくないが。
「なんだろうな、全然気づかなかった」
「疲れでも溜まってる?」
「いや、別に」
 昨日はいつもどおり0時には寝たし、バイトも大して疲れるようなことやってないし。
 ああ、そうか。
「今日ちょっと早くに目が覚めたんだ、だからかもしれない」
 そうだ、そういえば今日は何故か早く起きてしまったんだ。
・・・・・・なんだろう、何かさっき見ていたような気がするんだよな。
「ふ〜ん、鈴ちゃんに起こされずに早起き?」
「そう、珍しくな」
 先手を打っておく。
 ム、という顔の楓。言いたかったことを先に言われたという顔だ。
「・・・・・・ま、いいか。それより昼ごはんはどうするの?」
「うーん、そうだな・・・」
「お前はどうするんだ?」
「ん? 私は弁当だよ?」
 プラプラと手に持った弁当を目の前で揺らしてくる。
「じゃあ購買でパンでも買ってくるかな、急がないと美味いのが売り切れちまう」
 そうと決まれば急がなくては、人気のパンはすぐに売り切れてしまうのだ。
「じゃあ食べないで待ってるね」
 おう、と返事をして教室を後にする。
 購買に行く途中、見知った顔が目の前を歩いていたが、生憎こちらは急いでパン争奪戦へと向かわなければ行けないので声をかけずに素通りした――かった。
「孝介君〜!」
 うっ・・・見つかったか。
 無視するわけにもいかないので仕方なく足を止める。
 テクテクという効果音が似合いそうな足取りでやってくる少女。
――この高校で初めて知り合ったのはこの東雲 雪奈であった。
 きっかけはいたって単純。
 雪が降っていた日だった。俺は大切な受験の日に寝坊してしまって遅刻してしまった。
 で、慌ててた所為で、筆箱を忘れるという大失態を犯してしまったのである。
 その時隣の席に座っていたのがこいつで。
「これ、使っていいよ」と。
 シャーペンと消しゴムを貸してくれたのだった。
 それが、俺と雪奈の出会いだった――

「何か用か?」
「え? 用? 別に何もないよ、ただ声をかけただけ」
 それが当たりまえのように言う雪奈。
「ああ、そうか・・・・・・じゃあ俺は急いでるから行くぞ?」
 トットットッと、いかにも急いでますよと見せるように足踏みをしてみせる。
「何を急いでるの?」
「購買にパン買いに行く。急がないと不人気なパンしか手に入らなくなるからな、それは避けたい」
 余分な説明を省いて早口で説明する。
 てゆうか早く行かせてくれ。
 今は一分一秒も惜しい状況だっていうのに。
「もう遅いと思うよ?」
「へ? なんで?」
「ほら」
 と言って腕時計を見せてくる。
・・・・・・なるほど。
 時刻は昼休み開始からすでに二十分過ぎていた。
 ということは、俺が教室から出たときから既に遅かったということになる。
・・・・・・あいつわざと教えなかったな・・・・・・
 今頃、教室では笑っているだろう楓の顔が浮かぶ。
 ああもう、考えたらイライラしてきた。

「孝介君」
「ん?」
「よかったらお弁当分けてあげようか? 今日ちょっと作りすぎちゃって・・・あ、でも嫌なら無理しなくていいけど」
 ホワッとした笑顔を浮かべそんな事を聞いてくる。
「ごめん、気持ちはうれしいんだけど、教室で楓が待ってるから。だからやっぱり購買の残り物に期待するよ」
「そっか」
 ショボンと肩を落とす。
 うっ、その顔はつらい・・・・・・
 鈴の泣き顔がつらいように。こいつの落ち込んだ顔というのもつらい。
普段、ホワホワとした笑顔を絶やさないでいる分、落ち込んだ時はすごくわかりやすいのである。
「ごめんな」
 走って廊下を抜ける。情けない、雪奈のあの顔が見たくないからって、逃げ出すなんて。
 自己嫌悪に襲われながら購買へと着いた。
「――ムゥ」
 パンを手にして教室に戻ると、あきらかに怒った顔で立っている楓がいた。
 次の瞬間
「遅い!!」
 その声が教室中に響き渡った。


 その後。小言を昼休みが終わるまで延々と聞かされた。
 その小言の途中で、二十分過ぎていたことをなんで言わなかったんだ、と抵抗を見せたが。
「急いで行ったのに無駄になった時の絶望感って、かなり精神的ショック大きいでしょ? だから教えなかったの、って今はそんなことはいいの、大体あんたはねぇ―」
 と、あっさり流されてしまった。
 ちなみに、俺が買ったパンはコンニャクパンとかいう学校内不人気bPのパンで、それしか残っていなかったので仕方なく買ったけど、いやもうなんていうか納得としかいいようがない味だった――

 午後の授業が終わり放課後になる。
 傾いた太陽の光が教室を照らしていた。
 先生の手伝いを終えて帰ろうとしたとき、ポケットに入っていた人形を思い出した。
「・・・・・・流石にもういないよな」
 時刻は五時を回っていた。部活があるならともかく、帰宅部の人間にとってこの時間に学校に残っているということは少ない。
 それでも、もしかしたらという事もあるので、雪奈のクラス、二―Cを覗いて見た。
「あ・・・・・・」
 いた。
 何をするでもなく、ただ置物のようにボーッと外を眺めている。その横顔は紅く染まっていて、なんだかとても綺麗に見えた。
「雪奈?」
「え?」
 驚いたように振り替えるその目に。
 涙・・・・・・?
 紅い夕日の光を吸い込んで輝く雫。それは確かに雪奈の目から流れていた。
「え、え、なんで孝介君が?」
 慌てて目を擦る雪奈。
 遅い。もう見てしまった。見間違えなんかじゃない確かに、
「泣いてたのか・・・?」
「泣いてないよ・・・・・・」
 こちらを見ないで答える。
「じゃあ、俺を見られるか?」
「・・・・・・・・」
 沈黙が続く。どれくらいの時間だっただろうか、すごく長く感じられた時間は、実質一分も経っていなかったと思う。それでも、まるでこのまま終わらない時間にいるんじゃないかって思えるほどに思わせた。
「――だね」
「え?」
 声が小さくて聞き取れなかった。いや、わざと聞こえないように言ったのかもしれない。
 再び、沈黙が続く。
 スーッと深呼吸をする雪奈。
 そして
「やっぱり言い伝えは言い伝えでしかないんだね」
 なんて言いだした。
「は?」
「・・・・・・人形、気づいた?」
「気づいた。やっぱりお前だったんだな?」
「うん、私。こっそり入れておいたんだ」
 いつもの笑顔で、いや、いつものというのは少し違う。その笑顔は強がった笑顔に見えたから。
「・・・・・・どうして?」
「・・・・・・あのね、その人形には対になるもう一体の人形があるの」
 鞄の中からそのもう一体の人形を取り出して、ポンと机の上に置いた。
 その人形もまた、かなり精巧に作られていた。
 顔の細かな部分まで行き届いたその作りは、もはや人形の粋を出て、まるで生きているかのように錯覚させるほどだ。
「この人形には言い伝えがあってね。対であるこの人形を持っている二人の男女は、未来永劫、ケンカもすることなく、幸せに結ばれるっていうの」
 未来永劫? 幸せに結ばれる?
「なっ――」
 それってつまり。
 雪奈は俺と結ばれたかったって事なのか?
 その言葉は俺の口からは出てくれなかった。てゆうか言えるかそんな言葉!
「・・・・・・でもやっぱり言い伝えは言い伝えでしかないんだよね。あはは、私バカみたい、こんなものに頼っちゃって・・・」
 う、なんて言っていいのかわからない。
 こういうときどうすればいいんだ。
 頭が真っ白になる。
 冷静でいろ、っていうのが無理だ。
 頭のどこかが狂かれたように何も考えられない。
「雪奈・・・・・・」
「ごめんね」
 あっ。
 走って教室を後にする雪奈の背中を見ながら。俺は、ただ突っ立っていることしかできなかった。
 ズキン―と、胸が酷く痛んだ。
 あの涙が俺のせいだと思った途端、俺はひどい罪悪感へとおぼれていった。

 どれくらい時間が経っただろう。
 紅かった教室は一転して闇へと覆われていた。
 その中に、俺はただ一人立ち尽くしていた。
 その手人形を握り締めて、俺は真っ白な頭をゆっくりとクリアにしていく。
・・・・・・あいつは泣いていた。どうして泣いていたなんてわからない。ただ、その 理由はやっぱり俺にあるんだろうか。
 考えれば考えるほど、底なし沼のようにズブズブと深いところまで沈んでいくようだった。
 その先に終わりがないように。この考えにも終わりはない。
 いくら俺が考えたってわかるわけがない。俺はエスパーじゃないし魔法使いでもない。だったら、あいつがなんで泣いていたなんて、答えのない問題を解いているようなものだ。
 俺がわかることじゃないし、わかるわけがない。
・・・・・・この人形を持っている男女は幸せに結ばれる・・・・・・か。
 アホらしい、そんな事あるわけないじゃないか。
 言い伝えなんて物は人によって作られたものがほとんどだ。もしかしたら、中には本当におきた出来事が言い伝えられているものもあるだろう。だがそれは長い年月をえるうちに、人々によって都合の言いようになぞらえられていくものだと、昔、親父が酔っ払ってそんな事を言っていたのを思い出した。
 だからこの人形だってそう。真意は定かではないが、やっぱりこれもありがちな言い伝えでしかないのだろう。
 だったら、こんなものにそんな力なんてあるわけがない。
 それでも、あいつは・・・・・・
 ああくそっ!
 目の前にあった机を蹴飛ばす。
「いてぇ・・・・・・」
 どうすればいいんだよ・・・・・・俺は。
 わかっている。どうする事もできない。俺はあいつをそういう風な目で見たこともなかった。だからあいつに好きと言われても、俺は、それに答えてやることができない。


――気づくと家の前にいた。
 どうやって戻ってきたのかなんて覚えてない。どこをどう戻ってきたのかも覚えてない。
 まるで家のほうからこっちにやってきたんじゃないかって思えるほどだった。

 まだしっかりしてない頭をどうにか起こそうと頭を振る。
 だがそれも無駄。どうやっても、俺の思考はただあいつの涙と、あの言葉に縛られていて身動きがとれない状態だった。
 ずっとここでこうしていても仕方がない。ドアを開けて家の中に入ると、そこには。

 頭に怒りマークがついていそうな勢いで睨んでいる楓の姿があった。
「遅い!!」
 その声で、一気に頭が元に戻っていた。
「・・・・・・うるさいな、帰ってきたんだからいいだろうが」
「そういう問題じゃない、一体どれくらい待ってたと思ってるの? 料理冷めちゃったじゃない」
 そんなの知るか、こっちだって色々大変だったんだ、と言いたいのを我慢して素直に謝っておくことにする、
「悪かった、誤るから許してくれ」
「・・・・・・まあ、いいけど、とりあえずさっさと鞄置いてリビングに来なさいよね、今日の私の料理は、もうこれ以上ないっていうほど最高なはずだから!」
 エヘンと胸を張る楓。
「私だって負けてないよ、楓ちゃん」
 その後ろで、ひょこっと顔を覗かせる鈴。
 二人のにらみ合いが始まる。バチバチと火花が散りそうなほどのにらみ合いを無視して、俺は自分の部屋へと戻った。

「な・・・・・・」
 テーブルに並べられた料理を見て、思わず言葉を失った。
 いや、見た目はいつもどおりとても美味しそうなんだけど・・・驚かされたのはその量だ。
 軽くみて五人前ほどはある。
「おい、三人で食べるにしても多すぎやしないか?」
 てゆうか確実に多い。楓と鈴が一人前ずつくらい食べるとしても、俺は三人前食べることになる。腹は減っているが至って俺は大食いというわけではない、普段の二人前程度の量でもいっぱいいっぱいだっていうのに、三人前はきつい。
 が、俺は甘かったらしい。
 しれっ、とした感じで楓は。
「は? 何言ってるの? 私たちはもう食べたわよ。これ全部あんたの分」
「はっ――!!!??」
 何言ってくれちゃっているんですかこの女は。
 目の前に広がる五人前はある料理。鮮やかなフランス料理と中華料理はとても美味そうで食欲をそそる。
 が、それも普通の量ならばの話、ドーンとまるで要塞の壁のようにそびえる料理達。
「・・・・・・いくらなんでもこれは」
「食べられるわよね? 男の子なんだし」
「うっ――」
 いくらなんでも限度ってものがあるだろう。と、目で抗議するが空しく流される。
「わかったよ、食えばいいんだろ食えば!」
 もう半ばヤケになりながら、俺はとりあえず適当に口に運んだ。




「――死にそう・・・・・・」
 なんとか全部食べきった、いや、あれはもう食べたって言わない。とりあえず含めるだけ口に含んで、水で流し込むという作業を繰り返していた。
もう味なんてわかったもんじゃない。幸せなはずの食事がまるで地獄の拷問のようであった。
 しかも、死に物狂いで食べ終わった俺に。
「本当に全部食べきっちゃうなんて、どういう胃袋してるのよ」
 冷たい目で見ながらそんな言葉を吐く楓。
 本気で殺意が目覚めたが、それを上回っていた苦しさで抑制された。

 リビングで横になっていると、鈴がお茶を運んできた。
「ありがと、鈴ちゃん」
 遠慮もなしに居座り続ける楓がお茶を受け取り、まるで牛乳を飲むかのように豪快にいっきで飲み干す。
・・・・・・お茶って、いっきに飲むものだったっけか。
 しかもあつあつのお茶。
「はい、お兄ちゃん」
「サンキュ」
 お茶を受け取り、まだ動くと苦しい体を起こす。
 うん、寒い冬にはやっぱお茶だろ。体の中から暖まってくる。

 お茶を飲み干すと、少しばかり腹も落ち着いてきた。
 さてと、どうするか・・・・・・

 楓を送っていこう。
 まあ、痴漢とかの心配はこいつの場合は皆無だろうけど。
 いざとなったら男のアレを蹴っ飛ばしてでも撃退するだろうし。
 一年ほど前、本人から聞いた話なんだが、夜、家に帰る途中胸を触ってきた男がいたので、まずアレに一発入れた後、顔面にパンチのラッシュを浴びせ、トドメと言わんばかりに脳天かかと落しを食らわせたらしい。後日、こいつは俺にその話を笑いながらしてきたが、改めてこいつのすごさを再認識させられた気がした。
 そして、そんなこいつに痴漢行為を働いたその男に、ちょっと同情したりもしたのである。
 とはいえ、いまどきは物騒だ。ナイフを持って襲ってくる奴がいないとも限らない。現に、そういった事件で命を落としたというニュースだって聞く。

「楓」
「何?」
 こちらを振り返らず、帰り支度をしながら答える。
「もう夜も遅いだろ? お前の家まで送ってやるよ」
「え・・・、どういう風の吹き回し? あんたが私を送っていくなんて。あ、わかった。私に何か隠してるんでしょう?」
 ニヤニヤと俺の心を見透かすような笑顔で俺を見る楓。
「別に隠し事なんて――」
 うっ、と言葉に詰まる。あれは違う、別に楓に言うことじゃないし言っていいことじゃない。だからこれは隠し事なんかじゃない。
「? 何変な顔したまま固まってるの?」
「え、あいや、なんでもない、ちょっとボーッとしてただけだ。それに、別に始めてってわけじゃないだろ?」
「・・・ま、そうだけど。ここ2、3年は送ってもらった記憶がないわよ。まあ、せっかくのご好意だし、ありがたく受け取ろうかな」
 何がうれしいのか、楓は笑顔を浮かべながら玄関に向かっていった。
 俺も上着を羽織って後を追った。

 外に出ると冷たい風が体を刺した。上着の隙間から容赦なく入り込んでくる風は冬のものだ。
 その空で、冬の夜を照らすように金色に輝く月を眺めていた。
 月は満月。雲がないのか、すごく澄み切っていて星もよく見えていた。
「で、あんた何か私に隠してるでしょ?」
と。
 さっきの質問を煮返す楓。
「隠してるといえば隠してる。けど、これは言えない」
 言えないじゃなく、言えるものじゃない。
 これはそう簡単に話していい内容でないと思う。
「そう、言えないなら仕方ないか」
 それを悟ってか知らないが、楓はそれ以上の追求はしてこなかった。
 無言のまま歩く。
 坂道を登り終えれば楓の家に着く。
 その坂道を登る前に、クルリと俺の方に向き。
「ここでいいよ、ありがとね」
 そういって踵を返して走っていってしまった。


 来た道を戻る。今度は一人だ。
 街灯の灯りは寂しく、月の灯りは乏しい。
 薄暗い道。
 目の前の道は不確かで、幻でないかと思わせる。
 一歩踏み出せば壊れて消える、そんな感じがした。
 今の俺と雪奈の関係も似たようなもの。
 一言聞けば全てが終わりを告げるかもしれない関係。
 俺はあの告白になんて答えればいいかわからない、正直、あいつと付き合うとか恋人同士になるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったし、あいつはただの仲のいい友達でしかなかった。
 端からみればそれは男と女の関係に見えるかもしれない。
 でも俺は違う、あいつとは別に男とか女とか、そんなものでは見ていなかった。
 本当にそうか? もしそれが勘違いで、本当の気持ちを抑えるためのものだとしたら?
――違う。それは違う。抑えてなんかいないし、勘違いなんてしてない。
 初めて会った時から、お前は何か感じていたんじゃないか?
――そんなことはない、そんなはず・・・・・・

 自問自答を心の中で繰り返す。
 だが答えなどでるはずがない、自分で問われた質問に自分で答える。どっちも自分であるのだから、結局答えなど見つかるはずもなかった。
答えが出ないなら決まっている、断ればいい、俺とお前はそういう関係にはなれないと。

 あいつは俺の前では泣かない。泣きそうな顔は見せても泣くことはしなかった。
 だから今日が初めて。
 初めてあいつの泣き顔を見て、胸が痛んだ。
その――泣いている理由が俺にあるってわかった時。
 それは何故だろう。人が泣くというのはすごく悲しいことだ。
 だからだろうか、俺は人が泣くという行為はたまらなく厭だった。鈴がそうだ、たまに夜に聞く、声を押し殺して泣く鈴の嗚咽。たまらなくつらい。
だから俺は泣かせたくなかった。
 それが大切な人ならなおさらだった。
 大切な人・・・・・・?
 ああ、そうか・・・・・・なんだ、悩むことなんてなかった。
 だって――
 答えなんて初めから出ているんじゃないか。



 風呂に入って部屋に戻る。
 机の上にはあの人形が置かれていた。

「この人形には、言い伝えがあるの」
 そう、あいつはそう言っていた。
「未来永劫、ケンカすることなく結ばれる」
 震える声で、あいつは勇気を出してそう言ったのだ。
 だったら、それに答えてやるのが男ってもんだ。
 迷うことなんてない。
 自分の気持ちを素直に伝えてやればいい。
 俺は、あいつが好きだったんだって。
 そう答えてやればいい。
 簡単な事だ、そう・・・・・・簡単な。



 いつの頃だろうか。
 両手には二人の手が握られていた。
 右手には、すごく大きくて、ゴツゴツしていたけど、すごく暖かかった手が。
 左手には、右手の手ほど大きくなくて、すごく綺麗だった、可憐な手が。
 どちらも離したくなんてなかった。
 だって、自分にとってその手はとても大切な人の手だから。

 けど離れてしまった。
 理由なんて忘れてしまった。
 けど何の前触れもなく、その手は自分の手をすり抜けて、深い闇へと落ちていった。
 これが人の終わり。
 人は生きている以上、死とは隣り合わせなのだ。
 死なない人間なんていない、いたらそれは人間じゃない。
 それは、命をもって生まれたのなら当然あるべき結末だった。
 それが遅いか早いかの違い。いずれ、人は土に還るのだ――



 大切な人を守ってやりたかった。
 最期まで守って、守って、守り通したかった。
 それも叶わなかった。
 大切なものを守る前に、自分自身がその命を落としたのだ。
 人はいずれ地に還る。
 それは変えられない運命なら、誰がその運命を否定しようか。
 そんなことできるはずがない、否定するということは、己を否定するとい
うこと。
 だったらその運命に逆らわずに、受け入れるだけだ。
 厭だ。
 そんなの認めたくない、守りたいものを守り通せなくて、そんなことを受け入れられるものか。
 己を否定してもいい、けど私は守りたいのだ。
 大切な人を、この手で抱きしめたいのだ、そこにありたいと想いたいのだ。
 それでも運命は酷だ、それさえ許しえない。
 それが決められたさだめ(運命)だとすれば、それは果たして誰が決めたものなのだろうか。
 神が決めたのか? 
 いや、神とは人々が創りあげた創造主に過ぎない。そんなものが人の運命など決められるものか。

 だったら・・・だったら、一体誰に願えばいい。
 私の願いは、どこに届ければいいのだ。
 届かぬ願いだとわかっている。
 それでも、私は―――
2004/02/17(Tue)20:36:55 公開 / TOMO
■この作品の著作権はTOMOさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての投稿です、読んでいただけて嬉しいです><
まだ読んでない人は是非読んでください。
悪いところとか指摘していただくと嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除