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『彼の名は』 作者:霜 / 未分類 未分類
全角3415.5文字
容量6831 bytes
原稿用紙約11枚
 そこは、少女と男の子だけの世界だった。
 大小さまざまな大きさのスクラップが山のようになって放置されている場所。
 そこは、少女と男の子の遊び場だった。
 小学生ぐらいの子どもにとっての仕事は遊ぶことだった。少しぐらいは勉強するだろうが、圧倒的に遊ぶ時間のほうが多い。
 だから、少女と男の子は日が暮れるまでめいいっぱい遊んだ。時たま親に怒られた。でも、子どもにとってはそんなこといちいち覚えていられない。怒られたとしても、親の顔は優しかったから。
 ある日、少女と男の子は日が暮れても帰らなかった。理由は特になかった。でも、なぜかここにいたかった。
「あたしね」
 少女が口を開いた。
「大きくなったらうたをうたいたいの」
「それって、つまり歌手になりたいってこと?」
 男の子が聞いた。少女の外見より幼そうな喋り方に対して、男の子は外見より少し大人びていた。
「かしゅ?」
「歌を歌って暮らす人のことだよ」
「うん。歌手になりたい」
「へえ……」
 男の子はそれ以上聞かなかった。ただ、少女のきらきら光り輝く瞳をみていた。男の子はその瞳をとても綺麗だと思っていた。そのかわり、
「なら、僕はマネージャーになりたいな」
「まねーじゃー?」
「うん。歌手に付き添うお手伝いさんみたいな人、かな」
「いいよ! 約束ね!」
 二人はまだ見えぬ将来に夢を抱いていた。

(と、こんなところでいいかな)
 どこにでもある少し寂れた感じの喫茶店の椅子の上で、記者は考えていた。考えていたといっても、そんな大したことでもない。自分の目の前に座っている本物の歌手の生い立ちを軽くまとめていただけだ。上田美紀―――三十歳、身長一六〇、体重……これは秘密、最近の流行の髪染めもしていない素朴で美しい女性だ。彼女のデビューは一八歳頃だった。昔も綺麗だったが、今はさらに磨きがかかっている。若さとは違う、熟したという意味での美しさだ。
「じゃあ、あなたが実際に夢に思ったのは小学生の頃ですか」
「ええ」
 軽く、端的な返事を返す。上田の表情は微笑んでいた。が、少し寂しげなものだった。記者の男は茶色い(染めてある)頭をガシガシとかきながら、ペンを口にくわえる。記者はしぐさからもすぐに分かるような男だった。茶色く、長い髪を無造作に一つにくくっていて、髪質は悪そうだ。服装も、ジーンズに白いTシャツとかなり簡単である。今は梅雨が開け、だんだん暑くなっていく頃合だから適切な服装かもしれないが。ブラックのコーヒーを、音を立ててのみ、質問を続ける。
「実際に活動を始めたのはいつ頃ですか?」
「十七歳の時ですね」
「具体的には?」
「ライブハウスで歌わせてもらったり、オーディションを受けに行ったりしてました」
「考えるよりも先に行動に出るタイプですか?」
「あ〜。そうですね。あんまり考えていたことはないですね」
 自分で言って苦笑する。
「そうですか」
 記者は、タバコに火をつけ、煙で肺を満たしてはいた。白く、細かい煙がゆっくりと頭上に昇り、消えていく。今更だが、男の頬には傷があった。頬というか、顎にも差し掛かっている。見えにくい、細長い傷だ。
「黒田さん。その傷は、何かあったのですか?」
 上田が記者の傷を見つけ、聞いた。傷というものは大体が過去の記憶に直結しているため、あまり聞くものではないだろうが、質問攻めでそれほど躊躇することもなかったらしい。
 記者が目線の先の傷を触ると、
「ああ、これね。小さいときにゴミ捨て場でよく遊んでいましてね。その時間違って切ったらしいです。昔のことなんでよく覚えていないんですがね」
 そう言って、話を終わらせる。だが、上田のほうは少し引っかかることがあったようだ。ゴミ捨て場……、となにやら考え込んでいる。
「そういえば、小さいとき近くの男の子とよく遊んでいたらしいですね」
「ええ。私のマネージャーになりたいって言ってたんですけどね」
「彼は?」
「……十年前に、外国の紛争に巻き込まれて死にました」
「…………」
 十年前ということは、彼女がデビューして二年立った頃だ。
「じゃあ、その間はマネージャーをやっていたんですか?」
 この質問に、上田は無言で首を左右に振った。
「彼は、中学を出てからは仕事をしていたので。紛争に巻き込まれたのも、そういった場所で写真を取るためでした……」
 危険な取材か、と記者は思った。彼にだって多少の危険に遭遇したことはある。だが、文章と写真というのはかけ離れたものだと思っている。文章は間接的に取ることも可能だが、写真は違う。撮りたいものを撮るならば、その体験をする必要がある。
(まあ、俺が文章しか取らない訳ではないがね)
 短くなったタバコを灰皿にねじり捨てる。さらに新しいタバコを取り出して火につけた。
「その男は、死んだんですか?」
「……どういう意味ですか」
「いや、大した理由じゃないんですがね。紛争や戦争は情報が混乱しやすく間違った情報が流れてもおかしくはない。もしかしたら―――」
「だったらどうして私に連絡がないんですか」
 記者ははっとして、彼女を見た。踏み入れてはいけない部分にまで入り込んでいたらしい。もともと取材に必要な質問ではなかったのだが、ついつい入りすぎた。案の定、彼女はキッとこちらを見つめている。
「だったら……私に連絡が来ないはずはないんです……」
 そう言って、彼女は泣き始めた。完全な失策だった。記者は内心ため息をついた。実は少しほっとしていたりもするのだが。
「すみませんでした。そちらの事情も分からずに勝手なことを言ってしまって」
 とりあえず正直に謝る。これは記者にとって一番慣れてるものかもしれない。感謝の念、という意味で使われることが多い。
上田は、小さな嗚咽をこぼしていた。

「本当にすみませんでした」
「いいんですよ。つい感情的になってしまって。恥ずかしい限りです」
感情的な行動は、冷静になったときに恥を知ることがある。どうでもいいことだが、こういうときに謝られるというのはあまりない。結局悪いのは自分なのだから。
「じゃあ、本題に入りましょうか」
 記者は、そういって軽く息を吸った。
「あなたは氷の仮面、という二つの名がありますね?」
 この質問に対して、上田は、はいと答えた。
「意味的にはあなたは歌うときに笑わなくなったということらしいのですが」
「そうですね」
「それと、あなたは若い頃―――といっては失礼かもしれませんが、励ましの歌をよく歌っていましたね。しかし、現在では愛というものの歌が多いように思えます」
「そうです、ね」
 上田は一呼吸置いた。
「私は、十年前に亡くなった男の子に一つお願いを受けているんです」
「マネージャーにして欲しいっていうやつですか?」
「いいえ」
 端的に否定した。
「なら、自分のために一曲作って欲しいということですか」
 上田は眼を見開いた。
「なぜ?」
「そのくらいは調べられますよ。けっこうメジャーな噂ですよ」
「そうですか……。彼は、確かに一曲欲しいと言いました。ですが、死んでしまったので渡すことはできません。だから、自分の一生をかけてあの人に受け取ってもらいたい。それだけです」
「笑わなくなったのは、彼を想いつつ届かないことの悲しみですか」
「あなたは、人の心を読み取るのがうまいですね」
「記者ですから」
 ため息をついて出した褒め言葉に、謙遜をしながら答えた。五本目のタバコを吸い終わり、灰皿にねじ込んで立ち上がる。この男、意外に背が高かった。
「さて、質問は以上です。お付き合いいただいて有難うございました」
「こちらこそ。結構楽しかったですよ」
「そうですか。あ、そうそう。話に出てきた男の人の名前を教えてもらえますか? 知っておいた方がいいので」
「黒田俊彦です」
「有難うございました」
 深々と頭を下げ、喫茶店から出て行こうとする。が、
「ちょっと待って!」
 上田に呼び止められた。
「あなたの名前は?」
 男は、ポケットから一つの紙を取り出した。長方形の固そうな紙だ。
「名刺……? でも―――」
 名前の部分が銀色の何かで覆われている。
「十円玉で擦ってください。このぐらいの面白みがなければ名前なんて覚えてもらえないんですよ」
 皮肉げな笑みを残して、足早に退散する。
上田の悲鳴ともつかない声を背に、男は駆け出した。



2004/02/01(Sun)21:33:48 公開 /
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