- 『黒と幻覚の狭間』 作者:要 / 未分類 未分類
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原稿用紙約4.25枚
「なんていうか、そうだな、自分のテリトリーに土足で踏み入れられるよ
うな気分だったっていうか」
森野はそう言って、氷の入ったコップをわざとからからいわせる。
森野はどんなに寒いときでも、(たとえ自分が南極に住んでいたとしても)
ガラスのコップにめいっぱいの氷を入れて水を飲む。
そんな森野の姿を見るたび僕は、森野はきっと温度を感じていないのだと
思う。
「そういうの、あんまり気分良いことじゃないじゃない。だから、許せなかった」
「森野は、許せなかったら人を殺すんだ」
僕の言葉に森野は一瞬驚いた顔をして、そしてすぐに眩しいほどの笑みをつくった。
ぬかりがない、と僕は思う。
ああ、隙がないということは、こんなにも人間らしくないことなのか。
「おいおい、それじゃまるで僕が凶悪な殺人犯みたいじゃないか」
「・・・」
「僕はあいつらみたいに馬鹿じゃないし無差別でもないし何よりもハートがあるよ」
「なんか似合わないね、そのセリフ」
「どこが?」
「ハートってとこが」
僕は森野の黒いタートルネックで隠された首元に目を遣る。
僕が知る限り森野はいつも黒のタートルネックに細身のパンツという格好で、それはたまに微妙に変わることがあっても、タートルネックであるということだけは絶対に変わらないのだ。
小さい頃首を絞められた、と森野は言っていた。
その跡がいまだに消えない、と。
それがウソか本当かなんて森野以外わからないことだし、あえて追求する気もさらさらなかったので話はそこで終わったが、
僕にしてみれば森野に幼少時代なんてものがあったのかすら謎だと思う。
僕は森野が人間ではないと思っている。
「それじゃ、そろそろ僕は行こうかな」
コップをかたんとテーブルに置いて、森野は立ち上がった。
「もう帰るの?」
「帰るっていったって、家はないけどね」
「じゃあ泊まっていけばいいのに」
「悪いよ。それに、全く家がないってわけでもない」
「女が何人もいるのはべつに悪いことじゃないと思うけど、そういうのはトラブルの元になると思うな」
「素敵なアドバイスありがとう。僕は良い友達を持って幸せだ」
友達。森野は本当に僕のことをそう思っているのだろうか。きっと思っていないだろう。
森野に他人は必要ない。
「僕は人を殺すたびに僕の前に現れる友達が出来て少しまいってるよ」
「じゃあ今度は誰も殺めていないときに君に会いに行く。それでどう?」
「そうしてもらえると助かるな。君の後ろに何かが憑いてるような気がして気分が落ち着かなくなることもなくなるだろうし」
「幽霊なんて存在しないよ?」
「どうだか」
森野はくすくす笑って僕に背を向けた。遠ざかっていく森野の後姿を見ながら、僕は森野に会うのはこれが最後かもしれないといつも思う。
最後だったらいいのに。そしたら森野は、僕が作り出した幻覚だったのだと思うことが出来るのに。
僕の中にずっと閉じ込めておけるのに。
「それじゃ」
「うん、それじゃ」
ドアがゆっくり閉まるのと同時に、僕は静かに目を閉じた。
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2004/02/01(Sun)17:51:20 公開 / 要
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■作者からのメッセージ
駄文失礼致しました(^^;