- 『ヒカラビ』 作者:夏目陽 / 未分類 未分類
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全角1222文字
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原稿用紙約3.75枚
軽いキスを交わした。彼女の唇はいつも乾いてかさかさだ。
「リップ、買ってやろうか」
男にそんなことを言わせるのはどうかと思うが、彼女は僕にそう言われてもなにも気にはしない。
「必要ないよ」
僕とのキスで少し湿った唇を舐めて、笑う。その笑顔の向こうの、空は青く青く。
誰にも気付かれないように、僕たちの関係は始まった。
僕には好きな人がいて、彼女にも好きな人がいて。けれどお互い見向きもされなかった。何故なら僕の好きな人は彼女の好きな人と付き合っていたからだ。
相手を見ていれば、「ああこいつはあいつのこと好きなんだな」って、わかることって、あるだろ? そういう第六感みたいなのが働いて、僕らはひっそりと、互いに互いの傷を舐めるようにこうやって付き合い始めた。
付き合う、という表現は少しおかしいかもしれない。世間一般で言う「付き合う」とは少し違っている。たまにどこかに誘われて、抱き締めて、キスをして、終い。手をつないで一緒に帰ったり、どこかに一緒に買い物にいったり、そういうことはまったくしなかった。
重ねた唇のあったかさとかさかさ感のみが真実。
友情よりも恋愛よりも情愛よりも何よりも奇妙な関係だった。
それでも僕はこのさめざめした恋愛ごっこを楽しんでいた。気持ちいいし、なんだか満たされるような気がするし。
彼女といる時は、失恋っていう事実を忘れることができたし。
お互いにお互いを利用するだけの、一番ラクな関係だ。お金も必要ないし。胸のすかすかを気にしなければ、ね。
もちかけたのは彼女の方だった。
制服のまま導かれた派手なイルミネーションのホテルに戸惑いながらも、僕は本能に従って足を踏み入れた。
「いいのか?」
「女の子にそんなこと言わせるんだ」
くすくす笑う彼女の口を塞ぐと、やっぱりかさかさ。
深く深く、僕は彼女にのめり込んでいく。その小さいけれど大きな胸に、もたれかかってしまう。僕よりずっと細い肩に支えられて、心地よい気分になってしまう。
もう一度キス。やっぱりかさかさ。僕がふくれると、彼女は笑った。
素敵な男の目の前で微笑む素敵な女の子を見た。まだズキリと痛む胸を隠した。彼女がいつの間にか隣にいて笑っていた。彼女は少しつま先立ってキスをした。かさかさ、かさかさ。痛いくらいかさかさで。
彼女は僕の下唇を甘噛みした。かと思うと微笑んで、舌なめずりをして甘い香りのするリップを塗った。手馴れていて、素早い。
かさかさじゃなくなった唇を半月の形にすると、彼女は思い人の前まで走っていった。そうしてそいつと手をつなぐ女の子を突き飛ばすと、思い人に優しく口づけた。
ヤラレタ。
僕は思った。
かさかさは、きっと最後のバリア。
きっとこの機会を狙っていたんだ。
僕はようやく無くしたものの大きさに気付いた。
からからと干からびて壊れていく不思議な関係を、僕は掬うでもなく守るでもなく、ただただ見ていた。
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■作者からのメッセージ
な、なんですかね……これは。
読んでくださった方、ありがとうございました。
「ヒカラビ」というタイトルから始めたのですが……なんだかわけのわからない作品に。
厳しい感想、待ってます。