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『Love Token』 作者:佐倉 透 / 未分類 未分類
全角3544.5文字
容量7089 bytes
原稿用紙約12.3枚
 なんてことはない。
 今日がこうして過ぎていくように、明日もこうして過ぎていくだけだ。
 パソコンに向かいながら、そんなことを思う。
 ディスプレイに表示されるワープロソフトには、何度も書いては消して書き直し続けた小説が、それでもまだ消されずに残っていた。

 書けないのだ。
 ここから先が。

 書くべき世界は、自分の中にある。
 書くべき行動も、書くべき結果も。

 しかし、それを表す言葉が出てこない。
 辞書など引いても無駄だ。
 これは、自分が書けるかどうかなのだ。
 言葉が分からないわけではない。
 書くべきものは分かっているのだから。

 そう、言うなれば、覚悟の問題だ。

 何度も出した答えに、また結局行き着いて、キーボードを打つ手を止めた。
 横に置いてあるコーヒーカップに手を伸ばし、もうそれが冷めてしまっていることに気付く。

 まるで、自分のようだ。

「なあ」
 隣の部屋に居るはずの妻に聞こえるように、少し大きめの声を出した。
「はい?」
「コーヒー、入れ直してくれないか?」
「ご自分でなさってくださいよ。私も忙しいんです」
 妻はそっけなく答えた。
 妻の忙しい理由はわかっている。
 チャットだ。

 妻が市のカルチャースクールでパソコンを習いたいと言った時は、良いことだからと諸手を挙げて賛成した。趣味がなければつまらなかろうし、自分自身やりたいことをやっているので、妻にやらせないのは不平等だろう。
 そのために、大枚叩いてノートパソコンも買った。
 私のパソコンは私の仕事に使うので、妻が家で練習なりするためにはもう一台必要だったのだ。
 ついでだからインターネットも導入した。ブロードバンドというやつだ。
 私のパソコンに有線、妻のパソコンに無線で、それぞれLANを入れて。
 すると妻は、使わなければ損だから、と、時間が空くたびにインターネットに興じるようになった。

 妻がチャットに耽る部屋の前を通り過ぎ、階段を下りて、キッチンへ。
 ああ、沸かしなおすのも面倒だな。
 カップをレンジのターンテーブルに乗せると、『あたため』のボタンを押した。

 こんな風に簡単に、あたためられるもんだろうか、私自身。
 冷めてしまったものを。

 ピピッ ピピッ

 軽い電子音がして、レンジが出来上がりを告げる。最近は何でもかんでもコンピュータ制御だ。
 手書きだった原稿が、ワープロになりパソコンになり。郵送だったものが電子メールになり。
 昔の『チン』と鳴るレンジが懐かしい。昔が、懐かしい。
 カップを取り出すと程よく温まったコーヒーが、やんわりと湯気を立てていた。
 昔を懐かしく思うなんて、歳をとったものだ。

 ……そう。歳を、とったのだ。 

 カップを持って、私は階段を上った。
 ちょいと覗くと、妻はパソコンに向かっていた。
 ブラインドタッチには程遠く、えっちらおっちら、ようやっとという感じでキーボードを叩いている。

 ふと思い出すことがあって、私は部屋へすぐに戻った。
 起動したままだったワープロソフトを、データを保存して閉じた。
 思い出したことに驚いて、思い立ったことが楽しくて、なんてことはないはずの明日が、少し楽しみだった。



 ある日、夕食の席で妻が言った。
「あなた、最近部屋にこもっていらっしゃいますけど、そんなに御仕事大変なんですか?」
「ああ……まあ、な。お前も最近部屋にこもってるじゃないか。しかも最近、上機嫌だな」
「ええ、インターネットでとても素敵なお友達が出来まして」
「ほお」
「で、あなた、今度の日曜なんですけど」
「ん?」
「そのお友達と会って来たいんです。よろしいかしら?」
「ああ、日曜は私も人と会う約束があるから、行っておいで」
 嬉しそうに、心底嬉しそうに、妻は微笑んで頷いた。
 私も、その様子に頷いて返した。

 日曜の朝から、妻は落ち着かなかった。
「そんなに楽しみか?」
「ええ、そりゃあ。会ったこともない方ですもの。楽しいの半分、怖いの半分ですよ」
 そう言いながら、半分どころか、四分の三は楽しいのだという顔をした。
 十時を少し回ったころ、私が先に家を出た。
 家を出るとき、妻はまだ、鏡台に向かってうんうん唸っていた。まだ服が決まらないらしい。
 年頃の少女のようで、少しほほえましかった。
 妻は、十一時少し前に家を出ると言っていた。


 約束の待ち合わせの場所へ向かう途中、私は花屋に寄った。
 何を買ったらいいのか分からない上、場所柄浮いているように思えた。
「何か御探しですか」
 一人の女性店員が気を利かせたのか、声をかけてくる。
「花束を。落ち着いた感じで、でも大き目の」
 花など買ったことがないものだから、花の名前などあまり知らない。
「ご予算はおいくらほどです?」
 言われて、私は財布を見た。
 多めに入れてきた中身を確認して、大体の額を言うと店員は、
「それでしたら……」
 と、ケースの中の花を器用に何本か選び出して、一束にまとめて見せた。
「このような感じで如何でしょうか」
 それは白い百合をメインに(百合くらいは私でも見れば分かる)、葉だけのものや、小さな薄紅の花などが綺麗にまとまった花束だった。
「では、それでお願いします」
 店員はかしこまりましたと頷くと、ラッピング台へと向かった。
「包装も派手でない方がよろしいですか?」
「ええ、そうして下さい」
 柔らかなベージュの包装紙で、店員は花を包んだ。リボンは花の色に合わせた薄紅で、太目のものだった。それを下のまとめる部分にくるくると巻きつけると、ふんわりと結んで、私に渡した。
 一見派手なリボンに思えるが、全体が上手くまとまっているので、派手とは思えない。むしろ正にこれ、といった塩梅だ。
 会計を済ませると、私は少し早足で、約束の場所へ向かった。
 腕時計を見ると、十時三十分だった。
 約束は十一時だ。約束の相手は、時間にきっかりの人間だから、少し急がなければ。
 相手より早く着かなければ意味がない。

 結局。
 約束の十分前に場所に着いた。
 相手はまだ来ていない。花束を自分の背に隠すと、私は相手を待った。
 丁度、十一時になろうかというころ。
 相手は現われた。
 きょろきょろとあたりを見回すと、私を見つけて、驚いたような顔をした。
 こうでなければ面白くない。
 私は相手にゆっくり近づくと、花束を差し出した。
「受け取って欲しいんだ」
 相手は驚いて両手で口を覆っている。
「君のために買ったんだ。受けっとって、さあ」
 私は、片手で花束を持つと、もう片方の手で相手の片手を口から離させた。
 そして、ほとんど無理やりに、花束を握らせる。
「三十年、ありがとう。これからも、頼む」
「……あなたったら」
 相手は嬉しそうに目を細めた。

 相手は、妻だ。

 あの日から、私はチャットを始めた。
 妻の使うチャットルームは分かっているので、そこで待ち伏せて、まるで別人のように振舞った。
 別人だった。
 言いたいことが言えた。伝えたいことが伝えられた。
 私だと分かられていないからだ。

 私の約束と、妻のチャットの友達は、つまり同一なのだ。
 今日は、三十回目の結婚記念日だ。ずっと忘れていた日だ。
 まさか思い出すとは思わなかった。

 妻は嬉しそうに花束をしげしげと見つめた。
「ありがとうございます。これからも、お願いしますね」
 妻は、私が惚れ込んだ少女のころと同じ、優しい優しい笑みを浮かべた。

「やっぱり、あなただったんですね」
「なんだ、気づいていたのか、つまらないな」
「三十年一緒にいるんですよ? 私が好きになった、実直でぶきっちょな、青年時代のあなたとそっくりなんですもの。チャットの、あなたは」

 ああ、そんなものか。
 そんなものか。

 毎日はどうしようもなく過ぎていく。
 ただ、ほんの少し、今日は幸せだった。
 ほんの少し、明日が楽しみだった。

 こころから、この女性(ひと)と、一緒になってよかったと、思った。




 私は、キーボードを叩いた。
 書かなければいけないことは分かっている。
 書くべきことは分かっている。
 あとは覚悟の問題だ。
 あとは、自分の問題だった。
 だから書ける。
 書いている。
 私の筆は進んでいる。

 ただ一言、書けなかった言葉を書いただけで。
 ただ一回、伝えるべきことを伝えただけで。

『愛してる。昨日がそうであったように、今日がそうであるように。明日も絶対に、君を愛してる』

 なんてことはない。
 今日がこうして過ぎていくように、明日もこうして過ぎていくだけだ。
 なんてことはない日々の積み重ねが、実は、一番、幸せなのだ。

2004/01/24(Sat)00:52:52 公開 / 佐倉 透
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■この作品の著作権は佐倉 透さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Love Tokenの意味は『愛のしるし(の贈り物)』(三省堂ジーニアス英和改訂版より)です。
発作的に書いたものなので、表現が妖しいところがいくつかあります……(汗)
で、誤字発見。修正しました(汗)
感想いただけたら幸いです。
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