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『月の晩に【V】』 作者:翠 / 未分類 未分類
全角2583.5文字
容量5167 bytes
原稿用紙約8.55枚
 気の早いもので、まだ十一月だというのに、町も、店も、なにもかもクリス
マス一色だった。この小さな百貨店も大きなクリスマスツリーを飾り、浮き足
立っている。
 まばゆい光に目と閉じ、再度開けたとき、そこに紅い羽根の天使の姿はなか
った。そのかわりに、明月の晩に【V】るい蛍光色のライト、店内に流れる陽気なクリスマス
ソング。
 まだ小さな少女が母親に物をねだる高い声も聞こえてくる。店の雑音が聞こ
える。皆、楽しそうに話している。でも、誰も私に気づかない。皆、私をすり
抜けてゆく。ここは、誰の夢?誰の思いの中?
 不安になる。私は一体ここで何をしたらいいんだろう……。

「ありがとうございましたー!」
店員の陽気な声が私を振り向かせる。無意識のうちに。声のしたほうから、男
の人が一人、こちらへ走ってくる。少しあわてた表情を浮かべて、腕時計を見
ながら。あの日の彼と同じ服装、同じ包みを持って。

 彼は走ってエスカレーターを降りていく。ここから、私と約束した待ち合わ
せ場所の公園までは、どんなに急いでも、一時間半はかかるから。でも、本当
は来ないほうがいいのに。あなたにとっては。

「嘘ー! 羨ましすぎる〜!!」
 さっき、彼の対応をしていた店員の声が、また私を貫く。今度は何?そんな
大声で、仕事中に堂々としゃべってるんじゃないわよ。
「本当だって〜! さっきの彼、彼女に告白するんだって!」
「え〜、でもさ、普通はクリスマスにするんじゃない?」
 彼があの日を選んだのは、私への嫌がらせ。ずるい事するわよね、絶対。そ
して、クリスマスからは別の子と……。

「それがさ〜、彼女と喧嘩中らしくて〜。なんかクラスの子と話してるので、
勘違いされたんだって。すごく可哀相よね〜」

 再び、私の胸を不安がよぎった。でも、さっきとは比べ物にならないくらい
、大きな不安。鼓動が、心臓の鼓動が早くなる。唇に手を当てる。落ち着ける
ために。昔からの私の癖。
 
「勘違い? でも、彼女の気持ちも分かるわ〜。焼きもちやかない?」
何を話してたの? って聞いたら、真っ赤になって、ごまかして。それで、私
分かったんだもの。あなたと、彼女の関係を。

「う〜ん……。でも、話の内容がね〜」
「え? 何だったの?」

 聞いても教えてくれなかったくせに、店員の子には気軽に話しちゃうんだ。やっぱり、別れ話をするつもりだったんだろうな。
 この場にいたくなくて、歩き出そうとしたけど、耳だけがその場に取り残さ
れる。なんで、歩き出せないの?

「彼女の誕生日プレゼント、女の子って何が欲しいか聞いてたんだって!」

 目から涙があふれる。止まらない。彼は、違ったんだ。私のことが嫌いにな
ったんじゃなかった……。私のためだった。私に喜んで欲しくて、でも、私に
直接聞けなくて……。

「うわ〜、そりゃ、気の毒ね〜」

 追いかけなくちゃ。ただ、その一心だった。走って走って走り抜けて……。間に合わなくちゃいけない。彼の時が止まってしまう! お願い、私まだ、あ
なたに謝ってない。

 店を出ようとしたときだった。また、あの眩い光に包まれて。


「分かった? ……全て、あなたの勘違い。あなたが悪いのよ」

 紅い羽根の天使が言う。冷酷に私を見下ろして床に泣き崩れる私を見下ろし
て。彼女の言葉は、留まるところを知らない。
 言葉の矢が、私の心に、深く深く傷をつける。

 彼が優しかったから、全て甘えて? 
 挙句の果てに、彼のことを信じてあげなくて。
 今になって後悔して、一体何になるの?
 あなたは、だから何も分かってないのよ。
 
「止めてよっ!! ……もういいじゃない……。もう分かったから……」

こらえきれない。まだ涙が止まらない。

 ゴメンナサイ、ごめんなさい、ゴメンナサイ。 
 信じてあげられなかった。私はあなたを。
 好きだったわ。愛していたのよ? それは本当。
 何回誤っても、気はすまない。あなたはもういない。
 
それから、長い時間が過ぎたように思う。天使は、ずっと私を見下ろしていた
。変わらない瞳で。でも、ちょっとためらったように、口を開いた。

「彼が最後にあなたに伝えたかった言葉。教えてあげましょうか?」

彼が、血の海で必死に伝えようとした言葉。私は、上の空で聞き取れなかった
言葉。……なぜ、彼女が知ってるの?

『ごめんね。たまでいいから、思い出して。君の心の僕まで殺さないで』

「……あなたは、誰? 何で……」

 悲しい笑みを浮かべただけだった。答えてはくれなかった。彼女のほうが、今の私より、泣きそうだった。

「じゃあ、もう大丈夫ね。現実に帰りましょう?」

 彼女が私の手をとる。そのまま、体が宙に浮いた。白い空間がだんだん遠く
なる。

「私の名は、サリ。あなたなら、きっと分かるわ。この羽の理由も」

 そういって、彼女は去っていった。眩い光の中で。そう、最後に聞こえた。


目が覚めたとき、そこは、白い、病院の一室。ただ、真っ白い空間。

「泉水! 良かった……。徹君がひき逃げであんなことになってしまって」

母が泣いている。一ヶ月近く、意識不明だった私。その間に、色々なことがあ
ったって言ってくれた。

 徹、彼が手当ての甲斐なく、死んでしまったこと。
 私の意識が戻らず、一ヶ月近くたってしまったこと。
 彼を引いた犯人は、ちゃんと見つかっていること。

 そして、今日がクリスマスだということ。窓の外には、白い、粉雪と、満月
があった。あの日と同じような、静かな満月。でも、今は、冷たくない。

 ふと、ベッド脇にある人形に目がいった。白い服装に似合わない、紅い羽根
。……サリにそっくりだった。

「あ、ソレね……。徹君が、あなたに誕生日にって。……翼が紅いのは……彼
の血が染みてしまって……」

紅い羽根。彼が私にくれた、最後のプレゼント。きっとまた彼女に会えそうな
気がする。そう、月夜の晩には。

『ねぇ、知ってる? 満月には魔力が宿ってるんだって!』

そういったのは、彼だった。


最後に見たのは、あなたの嬉しそうな顔。
最後に聞いたのは、ありがとうの一言。

大丈夫、私はいつも側にいるよ。二人の側に。
さびしくなったら、思い出して。
私は、いつも、あなたの味方でいるから。

ありがと、私も会えてよかったよ。二人に。
2003/11/11(Tue)00:16:36 公開 /
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■作者からのメッセージ
終わりです。
駄文を読んでくださった方々、ありがとうございました。
一応、ここで終わりです。
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