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『異国の少女』 作者:宣芳まゆり / 未分類 未分類
全角2146.5文字
容量4293 bytes
原稿用紙約7.35枚
薄暗い部屋だった,床の大理石が白色に輝いている.
「さぁ,ミドリ・・・.」
少年の真摯な紫紺の瞳が,少女を促がす.
どんどん眩しくなる光に目を細めながら,少女は少年を見つめた.
「手を・・・.」
差し伸べられた少年の手を取って,これが最初で最後の触れ合いだと,少女は涙を流した.

次に気が付いたとき,水鳥(みどり)は緩やかな坂を下っていた.
つと足をとめ,周りを見回す.
道の左右には常緑樹の街路樹,少し行けば,駅前の商店街.
ここは・・・日本・・・,そう水鳥は帰ってきたのだ,こっちの世界に.
あの,中世ヨーロッパの面影を残すあっちの世界から.
この道は水鳥の通っていた中学校から家に帰る道・・・.
そう思うが早いか,少女は家へと駆け出していた.

父は,母は,妹はどうなったのだろうか?
水鳥は,1000日間もあっちの世界に囚われていたのだ.
「ミドリ・・・」
聞き慣れないイントネーションで少女の名を呼ぶ少年の声.
少女は漆黒の髪を揺らし,痛む胸に気付かないように,がむしゃらに走った.

家は,水鳥の家は,少女の記憶するところにあった.
チャイムを押し,ドアを叩く.
「お父さん!お父さん!」
道行く人々が奇異な視線を送ってくる,水鳥はそれにかまわずにドアを叩き続けた.
「水鳥・・・.」
ドアの向こう,現れた父は記憶よりもやせていた・・・.

「いったい今までどこにいたんだ?・・・その,服装はなんだ?何をしていたんだ?」
父は,3年ぶりに帰ってきた,奇妙な服装をした娘を問い詰めた.
しかし,少女は質問に質問を返した.
「お父さん,その,お母さんと萌葱(もえぎ)は?」
「あぁ,結局離婚したよ.萌葱はお母さんの方へついていった.そうだ,それよりお母さんに電話しなさい,九州の実家にいるから.」
父は一呼吸置いて,言った.
「話はそれからにしよう・・・.」

久しぶりに聞いた母の声はヒステリックなものだった.
どこにいたのか,何をしていたのか,何を考えているのか,これからどうするのか・・・.
「あなた,中学校はどうするの?いったい3年間も何をやっていたの?本来なら,萌葱と同じく高校生のはずなのに・・・.」

母と電話をする少女の姿を眺めながら,父は言い知れない不安な気持ちになっていた.
ここにいるこの少女は本当に自分の娘なのだろうか・・・.
少女の着ているその変な服装のせいか,ずいぶん雰囲気が違ってみえる.
まるで最近はやりのファンタジー映画に出てくる登場人物のような服装だ.
いや,服だけではなく,その髪飾りもペンダントも,履いていた靴までも,まるで中世ヨーロッパの姫君のようではないか!

電話を切った少女が父に向き合った,すると彼は思わず,娘に対して構えてしまった.
少女の瞳が哀しみに彩られる.
「水鳥,私は・・・.」
「お父さん,私,信じられないかもしれないけど・・・.」
・・・私は3年間,異世界にいたの・・・.
少女はぐっと言葉を飲み込んだ.
もう,言葉にならない,父親のその硬い表情を見ただけで.

少年の瞳は,そばにいてほしいと,いつも少女に訴えてかけていた.
少年がそれを口にすることは決してなかったが,少女にはそれが分かった.
なぜなら,少女も同じ想いだったからだ.

「水鳥!!」
父親の声を背に受けて,水鳥は家を飛び出した.
商店街では,すれ違う人々が不思議そうな顔を少女に向ける.
ふと,ショウウインドウで自分の姿を確認すれば,それもそのはず,この日本では,水鳥はまるで異国の少女だ.
まったく風景と溶け合わない.

「ミドリ,約束の1000日目だ.」
悲しいのか,安堵しているのか,少年の紺色の眼は揺らめいていた.
「君を故郷に帰すよ.」

日本に帰ってきたのは,家族が恋しかったからではなかった.
そのことに少女は気づいてしまった.
少年がそう望むから,帰ってきたのだ.
少年が,故郷で安楽な一生を送ってほしいと望んだから,少年と別れたのだ.

「父上はきっとこの戦争が終わったら,私とミドリを殺すだろう」
「私とミドリは武勲を立てすぎたのだ,父王が不快に思うのもしかたない・・・.」

ならば,決して離れない.
一緒に殺されよう.

そのときの少年の悲しい笑顔を一生忘れない.

「ガロード!」
「ガロード!ガロード!ガロード!」
少女は力の限り,泣き叫んだ,まるで少年に許しを請うかのように.

「水鳥・・・.」
ふと眼を上げると,困惑しきった父親の顔・・・.
「こんな街中で・・・.」

「しあわせに生きてくれ,それだけでいい.」

少年が願わなかったら,きっと家には帰らなかった.
「ごめんなさい,お父さん・・・!」
泣きじゃくる少女に,彼は手を差し伸べようとした.

しかし,その刹那.
白い光が,アスファルトの地面から現れた.
「なんだ,これは?!」
しかし,少女は,彼の娘はその光の中心へと向かって走ってゆく.
「水鳥!!」
振り返った娘は泣き笑いの顔をしていた.
「ごめんなさい,お父さん.」
光の向こうにかすかに人影が見える・・・.
それは遠慮がちな視線を送ってくる少年の姿をしていた.
「さようなら・・・.」

やがて,光は消え,少女も消えた・・・.


2003/11/02(Sun)22:48:40 公開 / 宣芳まゆり
http://nagano.cool.ne.jp/mayuri-sen/
■この作品の著作権は宣芳まゆりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Senyoshi Mayuri。異世界純愛ファンタジーです.
異世界へ連れ去られていた少女が帰ってきた,そんなところから物語りは始まります.

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