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『8時13分』 作者:宇多崎 真智 / 未分類 未分類
全角2603.5文字
容量5207 bytes
原稿用紙約8.5枚

 一時間と十分待った。
 いくら夏も近づく八十八夜とは言え、八時を過ぎればほんの数メートル先の石畳の上にまで、闇がうずくまっている。
 彼は、来なかった。
「別に、きちんと約束、してたわけじゃないけどさ」
 彼と付き合ってから初めて向かえる、彼の誕生日。今日は、二人の記念日になるはずだった。
「私のことなんて、もうどうでもいいんだ」
 死刑宣告されたのは、つい三日前。
 きちんと約束したわけじゃない。
 でも、きちんと別れたわけでもない。彼も迷ってる。そう思いたかった。
 いつもの二人の待ち合わせ場所、噴水前に午後七時。
 ひょっとしたら、来てくれると思ってた。
「ごめん。待たせた」って言って。
 息を切らせて、走って来てくれると願ってた。
「終わり……か……」
 今頃は、あの彼女と居るのだろうか。私のことなんか忘れて。
 そう思うと、自分の存在すら嫌になってきた。
 さっきまでは、私と同じように誰かを待つ誰かがたくさん居たのに。
 その人ごみに埋もれて、寂しさをこらえていたのに。
 誰も居ない。私みたいに待ちぼうけしてる人なんて、誰も居ない。
 私は何をやってるの? 私は何なの?
 ――独りは寂しい。
 独りで帰りたくない。独りは嫌。
 涙が零れそうだったので、私はぐい、と顎をそらして視線を上げた。
 ――いや。私一人ではない。誰か、居る。
 涙で滲んだ視界の隅に、もう三十分くらい待ち続けている男の人が映った。
 ――あの人も、待ちぼうけ。
 思った瞬間、その男の人がこちらを向いた。
 目が合ったらにっこりと微笑んだので、私も慌てて頭を下げた。。
「こんばんは」
「こんばんは」
 すっぽかされた者同士の、どこか間抜けな夜の挨拶。
「誰かを、待っているんですか」
 透明な笑みを浮かべたその男の人に、私は尋ねた。
 聞いてから、すごく失礼な質問だったと気付いたけれど、その人は嫌な顔一つしないで頷いた。
 はい、彼女を。と、穏やかに答えたその顔がとてもきれいに見えたので、私は恥ずかしくなってしまった。
「ごめんなさい、随分前から待っているみたいだったので」
「そんなに長く待っているわけじゃないですよ。でも、彼女は遅刻魔だから」
 くすり、と笑う。彼にしてみれば、ほんの数十分彼女を待つことなんて、何でもないのだろう。
 この人の心の広さの、十分の一でも私にあったら。
 待たされてもこんなにきれいに笑うことができるこの人が、うらやましい。
「あなたは?」
「……え」
「あなたも誰かを、待っているんでしょう?」
 はい、と頷きかけて、その言葉を飲み込んだ。
 来るはずないのに。いくら待っても、彼が来ないのは分かっているのに。
 なんで私は彼を待ち続けているんだろう。
 黙ってしまった私を見て、その人は少し、目を細めた。どこか、哀しそうな瞳。
「――寒くは、ないですか」
 嫌な思いをさせたかな、と思ったら、その人は全然違うことを口にした。
 私は少し瞬きをしてから、いいえ、と答える。
 ならいいけど、とその人は呟いて。
「女の子はあまり、身体を冷やしちゃいけませんよ」
 ――またそんな、寒そうな服を着て。
 彼の、口癖だった。
 目の前の優しい人に、彼と同じ心配をされて、私は泣いてしまった。
「……私、振られてしまったみたいです……」
 涙で景色がぼやける。石畳の形が崩れて、イルミネーションが霞んでいく。
 見知らぬ女にいきなり目の前で泣かれて、その人はさぞびっくりしたことだろう。逃げ出されても仕方がない。
 でもその人は、特にびっくりした様子もなく、ましてや逃げ出したりもしなかった。
 ぽん、と私の頭を叩いて、頑張れ、と言った。
 私は最初何をされたかよく分からなくて、泣きながら、この人結構背が高いんだ、とか思って、彼の腕の下から、焦点の定まらない瞳で暗い空を眺めていた。
「悲しい時は、その悲しみに浸ってしまっていいんですよ。
 前を向くのは、泣き飽きてからでいい。その頃には、ほんとに大事なものが何だか、分かるから」
 その人はゆっくりと、わけが分かるような分からないようなことを言った。
 ぽんぽん、と二回私の頭を軽く叩いた後、その人はポケットから青いハンカチを出して渡してくれた。
 涙を拭け、ということなのだろうが、また今度いつ会えるかも分からないのに、そのハンカチを借りることは憚られた。
 私が手を伸ばさない理由を察してか、彼は少し笑って、差し上げます、と言った。
 私はそれを聞いて、遠慮なく涙をぬぐう。男の人の匂いがした。
「……もう、帰ります」
 私が口を開いたのは、しばらくしてからだった。もう約束の時間から、一時間半くらい経っているだろう。
 この人が居なかったら、私は今でも暗い気持ちのまま、彼を待っていた。私ではない女の人を思っている彼を思って泣いていた。
 感謝の気持ちを込めてその人にお礼を言うと、彼は私なんかでは到底真似出来ない、あのきれいな笑顔を浮かべた。
 やっぱり、この人が羨ましいと思った。
「あなたに会えて、良かったです」
 正直に私が言うと、その人は照れたのか、はにかむように微笑した。
 私の背中の方から、すぅ、と風が吹いて、私の頭が冷えていく。
「あの、今、何時ですか」
 電車に間に合うだろうか。それともどこかで軽く食事をしていこうか。
 腕時計をしているその人に聞くと、ちらり、と左腕を動かしてその人は答えた。
「八時、十三分ですよ」

 その人と別れた後、私は八時三十二分の電車に間に合わなかった。
 あの人に頭を叩いてもらった時、左腕にしていた時計の文字盤が割れていたように見えたのは、気のせいではなかったのかもしれない。

 その夜、私は家に帰ってから、テレビのニュースで事故があったことを知った。
 あの噴水の近くで、午後八時過ぎ、交通事故があったらしい。塾帰りの女の子を庇ってトラックに轢かれた若い男性は、ほぼ即死だったそうだ。

 あの日以来も、私はあの時間帯にあの噴水の前を何度も通った。
 あの人に似た姿を何度か見たような気もするが、すぐに人ごみに紛れてしまって、確かめられたことは一度もない。そのうち、その姿も目にしなくなった。

 あの人にもらったハンカチを、私は今も時々広げて見つめてみる。
 深い青の大きな布は、あの日あの人の背中越しに見た、星のない夜空によく似ていた。
2003/08/15(Fri)19:32:56 公開 / 宇多崎 真智
■この作品の著作権は宇多崎 真智さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、宇多崎真智と申します。この話はもともと私の所属する文芸部の、部員がお題を出し合って、それに沿った作品を作るという企画で書いた作品に手直しを加えたものです。
自分では割と好きな作品なので、感想など頂けたら幸いです。読んで下さってありがとうございました。
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