- 『ある少女の非日常黙示録』 作者:もりぞー / リアル・現代 未分類
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原稿用紙約24.2枚
この日の出来事はほんの数人しか知らないこと。でもこれがこの少女の伝説の始まり。のちの闇の女王と呼ばれる少女の。
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その日のすべての授業が終わって、学校内にはどことなく穏やかに緩んだ空気が漂っていた。
東校舎にある1年5組の教室ではホームルームが行われている。
「―――以上です。何か連絡事項がある人はいませんか」
教壇の前に立っている、後退しかかった髪の毛を整えた中年男性が大きな声で問いかける。
「それでは明日も遅刻しないように。それでは解散」
その中年男性―――このクラスの担任が部屋から出て行った瞬間、沈黙な空気が一気に壊れ、しゃべり声であたりがざわめいた。
「マチカー!」
そんな中、一人の少女が大げさに手を振って、正面の列の前から2番目の席に座っている少女に向かって走ってきた。
その少女は蓮沼結衣香だった。
ユイの背中には豊かな長い髪が広がっており、乙女らしく耳のあたりにリボンがつけられ、周囲にはかわいらしく華奢な印象を与えていた。
容姿からも判断が出来るのだが、結構な天然だ。
んな大声ださなくたって分かるって―――
ユイの場を突き通す声はどこで聞いても一発で分かるのだ。
「えへへへへ、相変わらずちっちゃいね〜」
ユイカが妙に下品な笑い声を出しながらマチカに後ろから抱きついた。
でもマチカにはその行動にすでに慣れている感が見られる。
中屋敷真千佳は言葉通り背が小さかった。
身長は140cmくらいしかなく、小学生に間違われるほどだ。
でもそれが幸いして、クラスでは結構人気があったりする。
「いつにまして機嫌いいじゃん。今日CD発売だもんね〜」
「あ、それもあるけど……」
手をもじもじしながら、抑えきれない笑みを浮かべユイカは答えた。
「実はさ、昼休みの大富豪で久々に大勝しちゃったんだよね〜」
「え、いつもボロ負けのクセに?」
「今日の私はバカヅキだって占いで言ってた! マチカは委員会の都合でいなかったけどあの快感は今でも忘れられないよ〜」
そういいユイカは高笑いした。
「いいよね〜私も一度くらいガツーンと勝ってみたいよ」
2人の間に割り込んできたのは小笠原絆奈だ。
真っ黒な黒髪を、肩口までのボブに切りそろえているかわいい子だ。
「キズナちゃんはどうだったの」
「あ〜全然駄目。ビリは免れたけど、また貧民だよ」
キズナは手を顔の前で強く振った。
「南方くんはトップじゃなかったの?」
「それが今回調子悪かったみたいでさ〜アイツ大貧民だよ。おかげさまでトップもらっちゃったけどね。ざまあ見ろ、朋樹の奴!」
ユイカが高飛車になって再び下品な声で笑い出した。
南方朋樹は茶髪のパーマのイケメンでクラスでひときわ目立つ男でもある。
昼休みにクラスメイトを集めて、トランプゲームでよく金を賭けている。
ちなみに"南方"は"みなかた"って読む。変わった読み方だ。
「酷い言われようだな」
突拍子に3人のものではない声色が流れた。
南方だ。噂をすればってところか。
「へへへ〜懇願したって賭けたお金は返さないよ〜」
ユイカがべろを突き出して調子良く言った。
「別に返してとは言ってないさ、賭けたモンだからな。そうじゃなくてもし良かったらさ、今から―――」
南方が茶髪をかき分けながら言った。
「大富豪でもしないか」
「え?」
ユイカが間の抜けた返事をする。
「えぇ!? もしかして私へのリベンジか!?」
ユイカの言葉に南方は大笑いした。
「ハハッ違うって。俺が用があるのは……マチカちゃんだよ」
「わっわたし?」
なっなんでだろう―――
マチカには自分が大富豪をしなければならない理由が分からなかった。
というのも、マチカは昼休みの大富豪に参加したことがない。
図書委員という役柄、いつも図書室のカウンターにいるのだ。
「マチカちゃんってさ、いつも昼休みいねーから大富豪一緒にしたことないじゃん? だから知りたいんだよな〜実力を」
「朋樹! マチカをおとそうなんて思っても無駄だよ! マチカは私の嫁なんだから!」
ユイカが南方の前に立ちふさがった。
え? え? 嫁って何? ますますわけわかんないよ―――
「だからそんなんじゃねぇって」
「あら、2人でマチカちゃんの取り合い? 面白いわね」
キズナがまた割り込んで言った。
「ったく」
南方がめんどくさそうに頭をかく。
「マチカちゃん、いいだろ? 今日職員会議で部活ねーじゃん。だからちょっとだけ、な?」
「う〜ん、別にいいけど」
「よっしゃあ! ナイス!」
南方が決めポーズをとって指をならした。
「でも条件あるよ」
「え? 条件?」
南方の顔が間の抜けたようになる。
「1回しかしないよ。今日、みんなと寄りたい所あるし」
「いいよ、断然いい! 1回でいいよ!」
南方が笑顔で答えた。
まるでそれを望んでいたかのように。
「それともうひとつ。賭け金のことだけど―――」
マチカのその言葉に南方が反応し、すぐに答えた。
「ああ、それは終わった時の手持ちのカード枚数×500円ってことで」
「ごっ500円!? なんで!? 昼休みの時は50円だったじゃん!!」
ユイカがとんでもないといった顔で叫んだ。
「……俺さ、今日ユイカにボロ負けしたじゃん。このままじゃ納まりがつかないからさ、1戦だけでもしたかったんだよ。負けてもいいから。でもユイカって今日バカヅキじゃん。だから折角だしやったことない相手としようかなって。マチカちゃん、いいだろ?」
「でっでもだからって500円なんて……」
「私は別にいいよ」
「お? マジで!?」
「まっマチカ!?」
南方とほぼ同時にユイカとキズナに声を張り上げる。
「確かにそうだよね、いつもビリ確定のユイカにボロ負けしたんじゃ収まりがつかないのもよく分かる」
マチカはうんうんと頷いた。
「まっマチカぁ〜酷いよそれは〜」
ユイカがマチカの背中をポカポカ叩く。まるでコントを見ているみたいだ。
「でっでもマチカちゃん、500円だよ? 下手したら1000円2000円の勝負になっちゃうよ?」
キズナが心配そうにマチカに言った。
「それのほうがスリルあるって!」
マチカがノーテンキな笑顔でキズナにそう言ったが、キズナの不安そうな顔は変わらなかった。
「俺の気持ちよく分かってくれてんじゃん。ありがたいな。じゃ、よろしく頼むぜマチカちゃん」
南方がマチカの正面に座り、カードをカットし始めた。
「ジョーカー最強変身アリ、革命はナシ、階段は3枚以上、『8』流しナシ、イレブンバックもナシ。ルールはこれで大体分かる? 基本ローカル系はナシだ」
「うん、ルールは分かるけどもうひとついい?」
「え? なに?」
南方が顔を上げる。
「2人じゃ面白くないから、もうひとりぐらい足そうよ」
「ああそれはいいけど、誰を?」
「じゃあ、今日自称『バカヅキ』のユイカで」
「えぇ!? そんなにお金持ってないよ!!」
すぐにユイカが声を荒げた。
……大勝したって言ってなかったっけ?
「ユイカはいいよ、お金のやり取りは私と南方くんの2人だけで」
「ああ、それなら私も参加しようかな」
えへへと微笑しながらマチカの隣に座った。
「キズナちゃんもする?」
キズナが首を精一杯横に振る。
今日は自分の運がないことを悟っているのだろうか。
「じゃあ3人だな? 配るぜ」
南方がカットを終えて、マチカ、ユイカ、南方の順に配り始めた。
パサ、パサ、パサ
南方が配り終えて、3人はカードを手に取る。
JOKER、2、K、K、A、J、8、Q、Q、J……
おっ凄くイイ感じ。
しかも昼休みに続いてまたジョーカーきたし。
これって私が勝てるんじゃね?
ユイカの手札は見る限り、絵札がそれぞれ2枚ずつある上に、ジョーカーもある。
見た限りじゃ好手なのは誰から見ても一目瞭然だった。
やっぱり今日のユイカちゃんは運が良いんだ―――
傍観者のキズナがユイカの後ろから見てそう思った。
「え―――っと……誰から?」
「スペードの『3』もってるヤツからでいいんじゃねぇか?」
「やりィ私あるよ、はい『3』のペア!」
そう言い、ユイカが上機嫌にカードを机に放り投げる。
今日は部活動がないこともあってか教室にいるのはマチカ、ユイカ、キズナ、南方の4人だけだった。
そんな状況なので、カードの音が妙に教室に響き渡る。
「じゃあ私だね、『4』のペア」
マチカもカードを机に放り投げる。
見た目とは裏腹に結構ガザツな性格だとわかる。
「ほい、『A』のペア」
南方も乱暴に机の上にカードを放り投げる。
そんな光景を見ていたキズナはなんだか面白おかしい気分にとらわれた。
「うぇえ!? 『A』!? 飛び過ぎじゃん!!」
「『2』のペアは誰も出さねぇか?」
ユイカとマチカは首を縦に振った。
「じゃっこれは流してと」
南方が机の上の不要札を自分の右側にどかした。
「『3』の1枚だ」
「『5』」
ユイカがカードを続けて出した。
「『6』」
次はマチカ。
「『10』」
「『J』」
「『K』」
「パス」
「あれれ、もうパスしちゃうの朋樹?」
ユイカが満面に笑みを浮かべながら言った。
「手札が悪ィんだよ。ったく今日は運がねぇよ」
「へっへっへ、ジャジャーン『2』だよ〜マチカ出せる?」
自分の手に一枚しかないジョーカーがあるのにも関わらず、不要な質問をマチカに向けた。
……自分の手の中にジョーカーがあることを知らせたくないんだね―――
後ろで見ていたキズナには策略がバレバレだった。
「ほりゃ『4』の1枚」
「はい、『5』」
「『6』」
「『9』」
「『10』」
「よっしゃ『K』だ」
「パス〜」「パス」
「じゃ、これは流すぜ〜」
南方がカードを自分の右側にどかして勝負は続いた。
―――数分後―――
「……パス」
「マジで!? じゃあ『K』のペア! やったイチ抜けだ!!」
ユイカがそう言って『K』のペアを放り投げた。
「な〜んだ、私も賭けてりゃ良かったな。すげぇ損した気分」
ユイカが高笑いしながらマチカに近づいた。
「マチカはどう?」
ユイカがそう問いかけたがマチカは無視した。
しかもカードの枚数が分からないようにカードを手で覆い隠していた。
マチカったら、何やってんだろ。やっぱお金がかかってるから必死なのかね。後何枚かわかんないじゃん―――
ユイカは南方を見たが、南方はオープン状態だった。
ユイカは南方の手札を見に行った。
♥3 ♥6 ♥7 ♥8 ♥9 ♣Q ♠K ♣2
たくさん残っているが、『6,7,8,9』の階段がイイ感じになっている。
……マチカ大丈夫かな―――
ユイカは反射的にマチカを見たが相変わらずカードを隠したままだった。
手札なんか隠したって無駄なんだよ―――
南方は心底そう思った。
今までに出たカードと俺の手札の残りを消却すると残りはこの7枚。
♣5 ♣7 ♥10 ♦J ♠J ♦Q ♥2
つまりこの形だ。
「じゃあ続けるね、南方くん。はい、『5』」
ここで俺が『Q』を出すとおそらくあの女はパスだ。
「ほい、『Q』」
「うわ、凄い飛んだね。パス」
予想通りだ。
南方は場の不要札を流して『K』を出した。
「『K』の1枚」
これをもしあの女がパスすりゃ俺の『2』→『6,7,8,9』→『3』で勝ちだ。
「はい、『2』。ユイカがさっきジョーカー出してたからこれ流すね」
「ああ」
そして今の互いの手札はこうだ。
南方 ♥3 ♥6 ♥7 ♥8 ♥9 ♣2
マチカ ♣7 ♥10 ♦J ♠J ♦Q
あの女が今どのカードを出しても必ず俺の『2』で勝てる。
そうなりゃ後は階段を出して最後に『3』を出せば終わりだ。
つまりどうあがいても2枚差で俺の勝ちってことだ。
1000円の儲けだ。数分でこの儲けは悪くない。
それにしてもこのクラスには本当に馬鹿な女が多い。
この女はちょっとは出来るかと思ったが、そんなことはなかった。
あの『イカサマ』にも気づいてね〜んじゃな。
他の女と同類だ。
所詮はユイカのダチってことか、ハハハ―――
「はい『J』のペア」
「パス」
何出しても無駄なんだよ。
「じゃあ流して……あがり!!」
さて、『2』を出し―――って、え?
机には『Q』が置かれていた。
バカな、まだあの女には2枚残っているはずだ。
俺が……俺が数え間違えるわけがない。
「え―――っと、南方くんは6枚残しだから……3000円だね」
「やったじゃん、マチカ!!」
「ちょっちょっと待て! なっなんであがりなんだよ!?」
「え? だってあがりはあがりだし……」
マチカがとぼけた顔で言った。
「カード隠し持ってんじゃねェのか!?」
「そんなことないよ、捨て札数えてみれば?」
南方は自分の右側にあった不要札の山に手を伸ばした。
そんなばかな―――そんなことが―――
見ると、確かに♣7 ♥10があった。
クソッ記憶違いか!? しかし、こんなこと今までに一度も―――
「私も南方くんと同じことやったんだよ」
マチカがのんびりと言った。
同じことだと!? どういうことだ―――
「3000円は別に良いよ。南方くんもこれですっきりしたでしょ」
「えっマチカいいの!? 朋樹っていつも昼休みに勝ってるから3000円くらいいいじゃん」
マチカの横でユイカが急かした。
「別に貰い受ける気なんてなかったもん。それより、いこーよ。ユイカ、キズナちゃん。CD売り切れちゃうよ」
「おっおい」
「そーだね、じゃ南方くん、また明日ね」
そういい残し3人は教室から早足で出て行った。
南方はただ呆然と教室にトランプの山とともに取り残された。
いったいどういうことなんだ。本当に俺の記憶違いなのか―――
南方は不要札の山にもう一度手を伸ばした。
すると妙な事実に気づいた。
♣7の上に『8』のペアがあるのだ。
……そうか、畜生! なんて単純なイカサマだ!!
あの女は1枚出すふりをして2枚、2枚出すふりをして3枚と不要札をカードで重ねて隠して捨てていたんだ。
クソッこんなのを見落としていたなんて……
あの女、俺がイカサマしてたことも、自分を大富豪に引き込むために俺が昼休みにわざと大敗した事も。
何もかも見抜いてやがったんだ!!
「ねぇ、マチカちゃん」
「ん?」
電車の中で揺られながら、キズナは聞いた。
「南方くんに同じことやったって言ってたよね。アレってどういう意味?」
「そうそう、私も気になってたんだよ。お金も1円も受け取らないしさ」
ユイカもキズナに激しく同調した。
「ああ、別にたいしたことないよ」
マチカの中でさっきの大富豪のことがビデオテープのように再生される。
私は序盤に『K』を1枚出している。
その後に南方が『K』を1枚。
ユイカは中盤に『K』のペアを出した。
そして私の手札には終盤まで『K』が残っていた。
するとおかしなことになる。
『K』が5枚あることになるのだ。
私自身が嘘を吐いてないことは自分でもよく分かっている。
するとあの2人のどちらかが嘘をついていることになるのだが、不要札の山は南方のすぐ右隣に固めてあった。
ユイカがアイツに気づかれずにカードを取ることができるとは考えづらい。
第一賭けてもいないのにそこまでして勝つこともないのだ。
ってことは―――答えはひとつしかない。
南方は私がはじめに出した『K』を不要札の中からこっそり抜き取ったのだ。
南方は右手に手札を持っていたから、左手を右手や肘で隠しながら必要な札を不要札の山から抜き取っていたのだろう。
単純なイカサマだ。
そもそも最初から怪しかった。
突然高レートの大富豪やろうなんて言い出すし、カードの配り方もそうだった。
カードは53枚。
私から配ったから私とユイカが18枚。
南方は17枚で1枚少ないってことだ。
この時からセコイ男だとは思っていたが。
「睨みだよ。に・ら・み」
「睨み?」
「うん、南方くんったらさ、終始私のこと睨んでたんだよね〜まあお金かかってたしね。だから私も負けずと睨み返して気迫を保ってたってわけ」
ユイカとキズナは全然知らなかったと驚いていた。
まあ実際に睨んではないけど、意思疎通の中じゃ本当に睨み合ってたのかもね。
「もうさ、大富豪なんてしないほうが良いよ。お金かかるだけだしさ」
「う〜ん賭け事って良くないのかな」
「そうかもね、それにしても3000円要求しなかったマチカちゃんまじでかわいい!!」
「え、ちょっと待ってよ。そこはかっこいいでしょ! かわいいってなによ!!」
「うれしいくせに〜」
「も〜バカ!」
その時、窓の外に目当てのCDが先行発売しているショッピングセンターがでかでかと夕日に照らされ見えてきた。
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2012/02/01(Wed)03:37:45 公開 /
もりぞー
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もりぞーさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
はじめまして、モリゾーと申します。
登竜門に投稿するのは初めてです。楽しく読んでいただければなあと思います。
ところで実はコレ、中学生のときの体験談を少し変えてみたものなんです。
当時は大富豪や将棋がはやっておりまして。
当時といっても3年前の話なんですが(笑)
一応かなりがんばって解説したつもりです。
分かりにくいところがあったら、ぜひ質問してください。