- 『空想少女』 作者:らじかる / リアル・現代 ショート*2
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全角3474文字
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原稿用紙約10.5枚
空想への憧れのあまり、少女はある行動に出る。
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延々と続いていた長い階段を登りきると、古ぼけた神社が見えた。それと同時に、春の余韻を感じる暖かい風がわたしの体をすり抜けていく。たくさん歩いたせいか、ワンピース一枚だけだというのに、それでも暑く感じた。
もうすぐ太陽が真上に登るころ、境内にはわたしのほかに人の姿はない。
さもありなん、ここに来るには町の外れにある山間を一時間近く歩き、さらに推定百段を数える長い階段を登りつめなければいけないのだ。正直、足がもう棒のようだ。
昔はそれなりに参拝客もいたそうなのだけれど、都市化が進むにつれて人足も跡絶えていってしまい、今となってはゴールデンウィークをもてあましたわたしのような中高生のほかには足を運ぶ人間もいないようだった。
それ以前に、今の世代にこの神社の存在を知っている人がほかにいるかどうかも危うい。わたしだって、去年亡くなったお祖母ちゃんに何度か連れてきてもらった経験がなければ、一生知らないままでいただろう。
灯籠に腰かけて長い道程に疲れた足を休めて、肩に提げていたポーチから水筒を取り出して喉を潤わせる。ややあってから腰をあげ、参道を歩いて社殿の前に立ったわたしは、苔の生えている賽銭箱に小銭を投げ入れて、両手を合わせた。
祈るようなことはなにもないけれど、神社に来た以上はこうしておかないと気が済まない。それに、これから大変な無礼を働くことになるのだ。
「ごめんなさい。でも、どうか見逃してね」
わたしの声に答えるかのように、境内をぐるりと囲む森林が一斉にさざめいた。びっくりしたわたしは、「ひょんっ」と間抜けな声をあげて飛び上がってしまう。
久方ぶりの来客に歓迎してくれているのか、それともこれからわたしが働く無礼を見抜いて怒っているのか。ただ単純に、たまたま風が吹いただけかもしれない。なんにせよ、わたしは再び両手を合わせて頭を下げることにした。
それから合掌を解いて社殿の横手にまわったわたしは、文字どおり仰天する。
そこには圧倒的な存在感を纏った巨木がどっしりと御身を構えていて、その周囲に佇む神々しさすら覚える空気にあてられたわたしは、思わず平伏してしまいそうになる。いつ見てもすごい迫力だ。
これが、この神社の御神木だ。幹には荒くささくれ立った注連縄が巻き付けられていて、より一層神聖さが強調されている。
御神木にはおよそ地上三階ほどの高さがあり、 境内の中では一番高度がある。わたしはぐっとこぶしを握った。高さが足りるかどうか不安だったけど、これならば問題はないだろう。枝も太いし、わたしが腰掛けても折れることはないはずだ。
白いワンピースの裾を捲りあげたわたしは、周りに人がいないのをいいことに、下着が覗くのも厭わずに大股をあげて注連縄に足を引っ掛けると、そのまま枝を掴んで体を持ち上げた。
うん、これならなんとか登れる。
「これはフィクションなので、テレビの前のよい子はまねをしないように」
誰にでもなく云って、わたしは御神木を登りはじめた。
◆
昔から空想の世界に身を置きたいという強い願望があった。
その始まりは小学生のころに読んだ不思議の国のアリスである。ウサギを追いかけて異世界へと迷いこみ、様々な冒険や経験をするアリスが羨ましかったし、彼女のように異世界に迷いこみたいと本気で願った。
でも、それはあくまでも空想の世界。どうやったところでこの現実でしか生きられないのだということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。
しかし空想に対する憧れは消えず、それどころか、ありえないとわかっているぶん、より一層憧れは増していった。
その葛藤から、いつしかわたしは自ら空想から遠ざかり、空想を毛嫌いするようになった。それまで所持していた漫画や小説、ゲームの類いもすべて捨てた。とにかく身の回りに空想を近づけないようにした。
そうでもしないと、日に日に膨らんでいくばかりの憧れで頭がパンクしそうだったからだ。
そこで、わたしはそれに出会った。
若者の現代化が進んで人の入りが少なくなり、毎日ほぼ無人の図書館に友達と集まっては、一頻り駄弁ってから解散するという、不健全極まりない春休みを過ごしていたときのことである。
喋るネタもとうとう潰えて、パソコンを使って適当にリンク先を延々とめぐっているときに偶然見つけた、とあるイラストサイト。そのトップページに飾られていたそれに、わたしは一目で心奪われてしまった。
落とし穴のような深く青い空を背景に、白いワンピースを着たひとりの少女が、木の枝に腰かけて橙色の紙飛行機を飛ばしている。……そんな空想的なイラストだった。
それを見て、わたしが押し殺していた空想への憧れは、再び爆発してしまった。
このイラストなら、実現できるんじゃないか?
(この女の子と同じ世界に行きたい)
わたしはすぐに行動した。
普段カジュアルファッションに身を包むわたしが滅多に着ることのない真っ白いワンピースも買ったし、ずっと伸ばしていた長い髪も、イラストの中の女の子と同じくらい短く切った。高校デビューで茶色く染めた髪も、黒に戻した。
おかげで友達には地味になったと笑われたもんだけど、首もとが涼しいのでこれはこれで気に入っていたりする。
◆
そして、この町で、あの空一色の背景を再現できるほどに高い樹がある場所は、ここ以外にはない。
「ゆえにわたしは登る。我登る、ゆえに我あり。そこに空想がある限り」
ぷるぷると震える腕に必死に力をいれて、次の枝を目指しながらわたしは何度も自分をそうやって励ました。
木登りがここまで体力を使うものだと、正直思ってなかった。腕が萎えきっている。
しかし樹の頂上はもうすぐそこなので、いまさら泣き言なんか言ってられない。
小枝に引っ掻けて小さな傷だらけになった手を伸ばし、手近な枝を選んで引っ掴んだ。それを支えにして幹に体を預け、恐る恐る足を曲げて、足場にしている枝に腰をおろした。
風がほほを撫でる。
顔を上げて、息を呑んだ。
ここが、この町で一番高い場所。
「うっわあ」
まず目に入るのが、空。あのイラストの背景のような、落とし穴のように深い青色がどこまでも広がっている。ほんとうに、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
背筋をぞくぞくとなにかが走る。心臓が、高鳴る。興奮してるのが、わかる。腹の底からなにかがわき上がってくる。
あのイラストと同じ世界が、ここにある。わたし、いま、空想の世界にいるよ!
視線を少し下に落とせば、遠くに灰色が見えた。町だ。さらに視線を落とせば、わたしが歩いてきた山間。ここまでの道のりがすべて望めて、わたしはほうと嘆息する。
ぐるりと周りを囲む山々の内側で、ひし形状に敷き詰められた灰色。わたしが普段暮らしてる町は、上から覗くとこんな形をしているのか。おもしろいなあ。
「っと、そうだそうだ」
足をぷらぷらさせながら景色を楽しんでいたわたしは、肩から提げていたポーチに手を伸ばした。当初の目的を危うく忘れるところだった。百枚入りの折り紙の封を切って橙色の紙を引きずり出すと、紙飛行機を折る。
膝の上で折ったのでちょっとよれてしまったけど、大丈夫だろう。飛びさえしてくれれば問題はない。
「さて、それでは」
おほんと咳払いをして、紙飛行機を構えて、風が吹くのをまった。どうせなら、風に乗ってどこまで飛んでいってほしい。
狙いはもちろん、あの青に向けて。
◆
山間に消えていくその瞬間まで、紙飛行機を見送ったわたしは、それから携帯のカメラでのんきに写真なんか撮ったりして悦に浸っていた。
そして十分に空想を堪能し、そろそろ帰ろうと枝を飛び降りて、……え?
「……っぶない。……死ぬかと思ったぁあぁぁ」
なんとかすぐ下にあった枝にしがみついて落下をまぬがれたわたしは、いやな汗がふつふつとわき出てくるのを感じた。
ここが地上三階の高さであることを完全に忘れてた。運がよければ死にはしないだろうけど、確実にどこかしらの骨は折れるだろう。
こんなところで骨折でもしたらシャレにならないって。山間で携帯の電波も届かないから助けも呼べないし。御神木で木登りをしたバチがあたったのかもしれない。
家に帰るまでが空想です、とはどうやらいかないようだ。
ため息をついて、落ちてしまわないようにと慎重に慎重を重ねて、わたしはゆっくりと御神木を降りはじめた。
了
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2012/01/22(Sun)00:38:19 公開 / らじかる
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■作者からのメッセージ
お初目にかかります、らじかると申します。
空想少女はかなり前にとある掲示板で投下したものを手直ししたもので、ひょっとしたら見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。
自分の至らない部分が知りたいので、少しでも気になった部分がありましたらどんどんご指摘ください。
ところでぼくは空想が大好きですが、みなさんはどうでしょうか?