- 『寒空カウントダウン』 作者:コーヒーCUP / 恋愛小説 ショート*2
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原稿用紙約16.6枚
「さむぅーいぃ」
がたがたと歯を震わせて、手をこすり合わせて彼女は鼻を鳴らした。
「なんでこんなに寒いわけ、おかしくなぁい。あり得ないっていうか、なんか理不尽」
彼女はこの寒さに腕を組みながら偉そうに異議申し立てをするが、僕はため息を吐いた。理不尽って……。
「そもそもあなたが外でカウントダウンしましょうよって、言ったんじゃないですか。それに付き合わされてる僕の方こそ理不尽です」
事の発端はクリスマスだった。聖夜、僕と彼女はごく普通に外で食事をとって、プレゼントを交換したりした後、彼女が急にそう提案した。とても愉快そうに、僕が絶対に逆らえない笑顔で。
「そんなこと言われたって週間天気予報じゃ先週、今日がこんなに寒くなるなんて聞いてなかっただもん。しょーがないじゃない」
彼女の言い分はきっと今日何万人もの人が言って、同じくらいの数の人が聞き流したんだろう。
ため息は白くなり、ぬれた唇が凍えるように寒くなるのでネックウォーマーで口元を覆った。辺りを見渡すと、ぼくらと同じように神社に向かって歩いてる家族や恋人たちがたくさんいた。みんな一様に寒がっている。
「あぁーあ、寒いわぁ。隣の恋人は冷たいし。俵万智もビックリね」
「僕にどうしろって言うんですか」
寒さに対しては誰も何も出来ない。それくらいは分かるでしょう。
「こういうときは黙ってぎゅっと抱きしめたらいいのよ。ほら」
彼女はさっきまで組んでいた両手をほどいて、大きく広げて僕へ体を向けた。
「勘弁して下さい」
「何よ、嬉しいくせに」
「こんな大勢の人の前で出来るわけ無いでしょう」
「根性無し」
「恥知らず」
端から見たら子供みたいな言い合いをしながら、既に大勢の人が集まっている神社に入った。着物姿の女性が目立つ中、彼女は普通に茶色のセーターを着込んでいて、まああれだ、彼氏としては少し残念だったり……。
人混みに埋もれながら、いかにも歴史がありそうな木製の緑の瓦を積もらしたお社を、これのどこにありがたみがあるんだろうという本音を隠しながら見つめていた。
ポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、今年はもうあと十分もなかった。
「言っておきますけどね」
「なによ」
「新年って言ったって日付が変わるだけですよ」
冷めた意見だと分かっていたけど、なんかこの寒さと人混みのうっとうしさに負けてつい口が滑った。同時にスネに彼女の堅い靴のつま先が、すごい衝撃と一緒に当たった。思わずそこで飛び跳ねる。
「……結構痛いです」
「バッカじゃないの、あんた」
バカじゃないのか否かと問われ、肯定するやつは救いようのないバカだ。僕はまだ救われたかったりする。
「バカじゃありませんよ、あなたはバカと付き合ってるんですか」
「ぶぁーか」
「会話が成り立ってませんね、ビックリします」
もとより何かちゃんとした答えが返ってくることはあまり期待していなかったが。
「日付が変わると同時に年号も変わるっての。それがわかんないかなぁ」
だから、その年号が変わることに大きな意味を感じないんですよと、はっきり言えばまた蹴りが飛んでくるのだろう。だから何も言わず、そうですねと受け流したのに、また蹴りが入った。
「何も言ってないのにひどくないですか?」
「彼女の言葉を受け流すような男には当然の罰よ」
「じゃあなんて言えばいいんですかね」
彼女はその疑問に、無駄に盛大に答えてくれた。まず両手を広げて、幸せそうに眼をつむり、そして芝居がかった口調でしゃべりだす。
『おお、僕はこんな年の変わるというロマンチックな夜にかわいい彼女と入れてなんて幸せなんだろう! これはきっと神様が与えてくれたプレゼントに違いない! ああ、なんて素晴らしい夜なんだ!』
一芝居終えた彼女は元に戻り「こんな感じね」と満足した。
「過剰な表現は控えたほうがいいですね」
「どこが過剰よ」
「自己評価ですかね」
僕らがこんなくだらないやりとりをしている間にも、時間は過ぎ、今年は終わりを迎えようとしていた。隣でまだ文句を言っている彼女を見ながら、よく考えれば彼女に振り回されてばかりの一年間だったなあと今年一年を振り返っていた。
2
「付き合ってあげましょうか」
大学の食堂で一番安い定食にありついていたら、急に向かいの席に座った彼女がそう誘ってきた。
「いえ、いいです」
名前も顔も知っていたし、何度か話したこともあった。だから僕の中では「知り合い」という定義をしていた彼女に、急にそんな強気に迫られても困る。だから断ったのに、彼女はこぶしで思いっきりテーブルをたたいた。
派手な音が鳴り、周りにいたほかの生徒たちが一斉に振り向いて「何事?」と視線で訊いてくる。そんなこと僕が教えてほしい。
「なんでそんなに素っ気ないわけっ、照れたりとか、焦ったりするところでしょっ!」
「……結構驚いてますが、拒否するのがベストだと考えました」
どうして拒否したかをかみ砕いて説明したほうがいいだろうかと悩む。しかし目の前にいる彼女は「ああっ」とか「もうっ」とか言葉になってない感情を吐き出しているようなので、邪魔しては悪いと思い黙って食事に戻ることにした。
うん、この魚の煮つけおいしい。今度自分でも作ってみようかな!
「無視すんなっ!」
「あっ、いや何か考えていらしたので」
どうやら彼女は感情を吐き出し終えた様だ。ただそのわりには顔を真っ赤にして怒っていらっしゃる。なぜだか分からない。これは難問だ。テストじゃなくてよかったと心の中で安息する。
「……女の子がねぇ、告白してるんだから断るにしても断り方があるでしょう」
「できるだけ丁寧な言葉を使ったつもりでしたが」
「冷たい、それ最低だから」
「ではどうしたら?」
「『はいよろこんで』って言えばいいのよ」
それは拒否ではないじゃないですか。そう反論しようとしたとき、気が付いた。さっきまで「何事?」といった感じだった周りの生徒の視線が、責めるように強くなっている。男子の視線には「静かにしろ」という感情が込められていて、女子の視線には「最低」という感情がにじみ出ていた。
みんなの食事の邪魔をしたから静かにしろと言われるのはわかるが、最低とまで言われる筋合いはないはずだ。
「さっさと言いなさいよ」
「それを言うと付き合うことになりませんか?」
「なるわよ、当たり前でしょ」
…………。
「いやだから」
「いいの? ここでもしそれ以外の答えを言ったら、ここで泣いてやるし、あんたの最低な噂流してやる。大学にいられると思うなよこの野郎」
これってれっきとした脅迫罪じゃないのか。食堂の中に法学部の人がいたらぜひとも名乗り出て説明してほしい。
しかし僕の切なる願いはかなわなかったし、彼女は「準備万端よ?」という余裕の表情をしながらも、まぶたに涙をためていく。もしここで彼女に泣かれたら、以後彼女が流す噂に信憑性がついてしまうだろう。
さすがにそれはまずいな。
「はい、よろこんで」
要求通りそういったのに彼女はものすごく不服そうだ。
「すっごい棒読み」
それは仕方ない。感情を込めるのは無理だし、僕は演劇サークルにも身を置いていない。
「まあ、いいわ。言っておくけど男に二言なしだからね。じゃあ、明日からよろしく」
彼女はそれだけ釘を刺して僕がうなずくのを見て足早に食堂から去って行った。
……とにかく、この冷めてしまった煮つけをどうしようか。
3
「今年の信じられないことナンバーワンです。というか人生でも断トツのトップです」
あの時のことを思い出しながらそう感想を漏らす。あれからはや一年近く。時というのは早い。ついていけないと思うが、ついていかされてるという非情な現実。
「あのね、私だって同じだから。あんなに冷たくふられるとか」
「結果としてふってないじゃないですか」
「けど振ったじゃん。忘れないからね」
つまり僕はどうしたって彼女に恨まれるわけだ。理不尽という言葉の勉強にはなるかな。
人ごみの中でもみおされて、ちょっと苦しそうな彼女をかばいつつ、少しずつ前進していく。新年まであと三分ほど。気が早い人がカウントダウンを開始し、除夜の鐘を鳴らすお坊さんたちがスタンバイしている。
「大丈夫ですか」
「もっと前がいい」
こんな状況なのによくそんなことが言えるなあとあきれつつ、また進んでいく。別に前に進んだからといって何かなるわけではない。賽銭箱へは近づけると、昔から思ってるんだけど、お賽銭五円は安すぎる。どう考えても神様がストライキを起こす。
なんとか最前列付近へ近づいてきたときは、もう一分をきっていた。
「大丈夫?」
今度は彼女が僕へ訊いてくる。ここまで進むまでかなりもむくしゃにされたので、体力の消耗が激しかった。
「ええ、なんとか」
正直しんどい。けど、珍しく上目づかいで心配してくれる彼女を見たら「無理」なんて情けない言葉は飲み込まないといけない気がした。
そういえば、今年一年はこんな感じだ。
無理やり付き合うことにはなった。けど、それを後悔させてくれたことは一度もなかった。わがままもさんざん言われたし、無茶ぶりもたくさんされたし、行きたくもないショッピングに長々と付き合わされたし、着たくもない服を着せられたりしたのに、どこかで見える彼女の中の「優しさ」がすごく心地よかった。
結果として、あんな感じで付き合い始めたのに今でも続いてる。彼女のわがままに、今もこうして付き合っている。信じられないな。
「あっ、カウントダウン!」
新年まで十秒をきって、神社の中にいる人全員でカウントダウンが始まった。
「十っ!」
「九っ!」
「八っ!」
すごい大声で彼女が隣でカウントダウンをしている。ただ日付がかわるその時を、すごく楽しみにしている。
「好きですよ」
「へっ!?」
周りのすごい大声にまぎれさせて彼女の耳元でそうささやくと、彼女が動きをとめた。止まったのは彼女だけで当然カウントダウンは続く。僕と、呆然とした彼女が見詰め合ったまま「三っ!」「二っ!」と続き……そして。
「一っ!」
一瞬の静寂の後、除夜の鐘が鐘とは思えない体の芯から揺らすような音を鳴らした後、それを合図に一斉にみんなが叫んだ。
「HAPPY NEW YEAR!」
それで目が覚めたように彼女が我に返って、周りを見渡して年を越したことを確認した。
「ああっ、なによなによ、全然わからなかったじゃない!」
僕の胸をぽかぽかとたたきながら、頬をふくらます彼女。僕はその姿で思わず笑ってしまった。あっ、初笑いだ。
「なんであんなタイミングであんなこと言うわけ!? そんなこと言ったことないくせにさ!」
「僕があの時どれだけ驚いたかを知ってもらおうかと思いまして」
そのあと、彼女の猛烈な抗議を僕は笑いを押し殺しながら、受け流していた。新年早々、彼女は猛烈に怒っていたが、その顔の赤さがただの怒りだけではないのが個人的にはツボだったりする。
「思慮にかけるとは思わないわけ!?」
「難しい言葉を知ってるんですね」
「新年早々馬鹿にしたでしょ」
結局、彼女は怒ったままお賽銭を投げて、新年の安寧を願った。僕はというとあまり神様とかいうものを信じてないので、お賽銭は投げず彼女の姿を見ていた。
祈り終えた彼女がくるっとこちらを向き、そしてまくしたてる。
「甘酒飲みたい! おもち食べたい! カラオケ行きたい! 反論は許さないから。私の年越しの楽しみを奪った罰を受けろぉ!」
「はいはい、わかりましたよ」
僕は彼女の手を握って、人ごみの中から抜け出していく。どうせ僕はあんなことをしなくても、甘酒だって飲んだだろうし、おもちだって食べただろうし、カラオケだって行ったに違いない。そんなのわかりきってたから、罰でもなんでもない。
去年からずっとそうじゃないか。今年もそうするんでしょ?
「ねぇ」
「なんですか? まだ何か要求ですか」
「違うわよ。あけましておめでとう、言ってないでしょ。あけおめ」
「ああ、そうでしたね。はい、あけおめです」
彼女の手のぬくもりを感じながら、なんだかとても幸せ気分になる。
「今年もどうかよろしくね」
親しき仲にも礼儀あり。彼女のあいさつを僕もちゃんと返す。
「ええ、今年もよろしくお願いします」
去年と変わらず、こんな感じで二人でやっていきましょう。
また去年とは違う味にしましょう。
「いい年になるといいですね」
「ばぁーか。するのよ、絶対に」
そんなことをさらっという彼女がまた愛らしい。やっぱり日付が変わっただけだ。年を越そうが彼女は彼女、きっと、僕は僕だろう。それだからこそいいんだと思う。だから……ね。
「今年もどうかお願いしますね」
「さっき聞いたわよ」
「大事なことでしょう?」
「まあね」
いつの間にか、彼女が「さむぅーい」と言わなくなっていた。
僕もそう思わない。なにせ、こんな寒いのに手だけは温かいから。
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2012/01/01(Sun)06:30:29 公開 / コーヒーCUP
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■作者からのメッセージ
リア充爆発しろ……あっ、間違った。あけましておめでとうございます、だった。
というわけで、新年あけましておめでとうございます。コーヒーCUPです。昨年はお世話になりました。今年もどうぞお願いします。
新年の初投稿ということで、毒のない、ただただいちゃいちゃしてる、読んでてのほほんとなるものを書きました。お正月系はこれで二作目、二年ぶりとなります。やはり季節ものって書いてて楽しいですな。しかし大晦日から元旦にかけて、一人で宴会をやりながら書きましたので、ちょっとテンションに身を任せた感じがあります。
去年の三月は、登竜門でも「毒舌さん問題」→「論争」→「震災」と、少なくとも自分がここにいる間では最悪の出来事の連続で、あまりいい記憶はありません。だから今年はいい年であること、本気で願います。
それでは、この作品を読んでくれた方、ありがとうございました。
今年が登竜門にとっていい年になることを願います。
どうぞ今年もよろしくお願いします。