- 『God bless you 【クリスマス企画】』 作者:水山 虎 / 未分類 未分類
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全角10480.5文字
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原稿用紙約31.2枚
読んだあなたに、神のご加護があらんことを
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God bless us, everyone!
1
「ヤンキーの兄ちゃんがおばあちゃん背負って避難したり、ヤクザのおじさん達が交通整備したり、見た目DQNな集団が子供の傍から離れられない親の分まで食料受け取って配ったり、二次元クラスタの連係プレーでヤシマ作戦成功させたりしてました。日本人に生まれたことを誇りに思うっす。いや、思うでござる」
「寄ったコンビニで『私達にはこれ位しかできないからねえ』っていって募金箱に通帳いれかけてるおばあちゃん見てツッコミ忘れて感動した。だけど通帳ごとはまずいよおばあちゃん……」
「さっきホームレス2人組が、『百円しかねえや』って言って募金してた」
「今回の震災で大きな被害を受けた日本。しかしツイッターではこういった、心温まる話が大勢の方達につぶやかれています。日本人の強さ、そして優しさを感じますね。以上、今日の震災ニュースでした。それではみなさんご一緒に、頑張ろう日本!」
俺はテレビの電源を切る。目頭が熱い。日本人はこういう時にこそ輝ける民族だったんだな。涙が出てきた。
何泣いてんだよ兄貴、と弟は俺に言うのかとおもいきや、弟も隣で泣いているようだった。
「これ、いい話だよな」
俺のこの言葉に対して、弟から肯定の返事が返ってくるのを期待する。
弟はまた別のことで涙を流しているらしく、返ってきた返事は「何言ってんの?」だった。
「え、お前、今の見て泣いてるんじゃないの?」
「ちげーよ。今日、女の子にふられたんだよ……」
そんなことか。俺はあきれて物も言えなくなる。相変わらずこの弟は風情のない人間というか、こういういい話を聞いてなんとも思わないのだろうか。
まあ、クリスマスが近いから、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれない。弟は十五歳でちょうどお年頃の時期だ。震災の話を聞いて感動するよりも、青春を謳歌したいのだ。かくいう私も十六歳だから、気持ちはよくわかる。
「はあ……」
ソファーに背をもたれさせて、天井に向かってため息を吐く。いつものくせだ。ため息を吐くと運が逃げる。でも上に吐けば、逃げた運が重力のおかげでまた頭に降ってくる。だからいつもため息をつくときは、必ず上を向く。これを思いついた自分に、ため息をつくたび酔いしれている。
「クリスマスに一人がいやだから、彼女が欲しいのかよ、修平」
修平とは弟の名前である。そして俺が幸平。二人兄弟にはよくある、一文字繋がりだ。
「だってよお。ほしーじゃん。兄貴こそ、明日は、なにも予定ないんだろ?」
「今年は忙しかったからしょうがねーんだよ」
事実俺は今年、かなり忙しかったと自負している。震災の影響、父親の浮気、離婚、寿司屋でのバイト、高校、生徒会、引っ越し。今まで生きてきた人生の中で今年ほど体力を消耗した年はなかった。きっと日本中、俺と同じ意見の人がいるに違いない。
業者を雇わずに引っ越しの作業をしたときは本当に大変だった。お金の節約にはなった。
父と母が離婚して、弟と俺は母と一緒にマンションに住むことになり、父も今ではアパート暮らしだ。レンタカーで大きな荷物はほとんど運んで、自転車などで暇なとき、元住んでいた家からラジカセや衣類をマンションに持ってくる生活が何日も続いていた。今はもう荷物はほとんど運び終えて、はじめは荷物置き場でしかなかったマンションも整理するうちにだんだん、さまになってきて、今ではここで充実した生活を送っている。
もう夜だったが、まだ前の家に荷物が少し残っている。衣類を詰めた段ボールと、タオルなどの生活用品だ。
「おれ、まだ荷物あるからさ。行ってくるわ、家」
家と呼ぶべき場所はもうここのマンションなのだが、家で弟には通じる。父とは姓を別にして、俺と弟は母方のものを使っている。以前使っていた父の姓は浅野だったので、浅野家と呼ぶこともある。今じゃ俺の名前は佐藤幸平だ。なんと平凡な名前になってしまったのだろう。
「あ、兄貴。なんか俺、学校の帰りにそこに寄ったんだけどさ、なんか家を出るとき、変な声がしたぜ」
「変な声?」
「『待って』って聞こえたんだよね。怖いからすぐ逃げたんだけどさ。やばくね?」
「怖いなそれ! おいおい、ええー嘘だろー。なんで? 誰かいたの?」
「いる訳ねーじゃんよ! マジ怖かった。マジびびっちゃってさ。やっぱ、家の声なのかな。出て行ってほしくない、っていう」
「家の声ー? そんな馬鹿な話あるかよ」
「でも聞こえたんだって! 意志ができちゃったんだよ、きっと。うわぁー、こええー! 早めに荷物こっちに移動させといてよかったー!」
「なんかの聞き間違いだろ? 隣の家から聞こえたのかもしれないし。ま、とにかく行ってくる」
「いてらー」
家を出てエレベーターの前まで歩き、ボタンを押し、エレベーターを呼ぶ。佐藤家は、六階建てのこのマンションの最上階にある。エレベーターが六階に到達した時、中には人が乗っていて、「こんにちは」と軽く会釈しながら、お互いに挨拶を交わす。隣に住んでいる独身の男性だ。スーツを着ている。
一階につく。マンションを出る。外は寒い。
ここから浅野家まで五分とかからない。着くと、家の前の駐車スペースに自転車を無造作に停めて、外は寒いのでさっさと鍵を開けて入った。しかし、家の中も相当に寒かった。
というのも、家の中は荷物や置物はもうほとんど運び終えているから、すっからかんで、この場所に住んでいた時の記憶を思い返しながら今の殺風景を見ると、気温とは違う種の寒々しい冷風が、心にすーっと吹くのがわかるのだ。こうやって、思い出だけが残っていく。父の浮気が発覚してなければ、今年もこの家で、家族みんなで仲良くケーキやおいしいものを食べていたのだろうかと思うと……
靴を脱いで段差をあがる。ワックスで艶が出た床はひどく冷たい。引っ越しの後、次にここに住む人のために、父と母、俺と弟で大掃除をした。つい昨日のことだ。父と弟は床と窓、母と俺で風呂場や洗面所、キッチンの掃除をした。その時点でこの家はお湯が出なくなっていて、寒かったし手が荒れた。
荷物が残っている部屋は二階にある。明後日には安田さんがここに荷物を入れてくるから、今日と明日中には荷物を全て運ぶ必要がある。あらかじめ詰めておいた、衣類の入っている段ボールを持ち上げて、慎重に一段ずつ階段を降りていく。
玄関のドアに手をかけた時、声がした。家の中から、女の人らしい高い声だった。
「待って」
とはっきり聞こえた。懇願しているように思えた。それよりも、家には誰もいないはずなのに。
安田さんだろうか。幽霊かもしれない。
怖くて振り返ることができない。前に安田さんの声を聞いたことがあるが、こんな声ではなかった。安田夫妻がこの家を買い取った訳だが、ここでいう安田さんは、三十路と思われる女性の方のことである。
安田さん以外だったらなんなのだ、と先ほどまで謎の声に怯えていた自分がアホらしくなり、開き直ってちらっと背後を肩越しに見てみる。
何もない。誰もいない。幻聴だったのだ、と自分に言い聞かせて再度ドアに手をかける。
開かない。押してもドアが開かない。家に入った時鍵をかけた覚えはなく、今確認してみても鍵はかかっていない。
「お願い。待って」
この状況で、待てと言われて待つやつがいるだろうか。どこからか聞こえてくる女の声、開かない玄関のドア。こんな時どう対処すべきなのか、全くもってわからない。ホラー映画でのこういうシチュエーションのときは、決まってそろそろ幽霊が出てきて、為す術のないまま、なんらかの不遇な目に遭う。こんな場面になって、人が適切に対処できていた映画を見たことがない俺は、やはりなんのアイディアも出ないまま立ちつくす。
来た。白いワンピースを着た、長い髪の女の子。首が不気味に垂れていて、黒の前髪がだらんと顔を顔を覆い隠している。
自分の手が汗をかいているのがわかった。それに反して、口の中は乾いた。
「幽霊じゃないの。待って、行かないで」
口が見えないので目の前の不気味な女の子がそう言ったのかはわからなかったが、またもや声が聞こえた。
そんなこと言われたって怖いものは怖いんだから、ドアが開きさえすれば今にでも逃げ出したい気持ちだ。
女の子は前髪を分け目で分けた。美人だった。
「私は幽霊じゃなくて、この家なの」
女の子が言った。
「家……?」
女の子が思ったよりも美人だったので、緊張がいくらかほぐれて俺は声を出すことができた。
「家っていうのは、生きてるの。なんで……なんで私からいなくなってしまうの?」
この女の子は一体何者なんだろうか。もう一度ドアに手をかけるが、動かない。
「無理に決まってるでしょ。私の意志であなたを閉じこめてるんだから。私はこの家なの。精霊とか、化身っていった方がいいのかな。君たち浅野家がこの家をとっても綺麗にしてくれたおかげで、こんなに鮮明に、活発に動けたり君と話ができるの」
ちっとも理解できなかったのは言うまでもないことだが、ふいにトイレの神様というワードを思い出した。トイレを綺麗にしておくと、そこに住んでいる神様も綺麗な姿になるという話がある。この女の子は綺麗だし、そうだとしても不思議ではない。
「つまり、トイレの神様なんですか?」
「違うって。家っていうのは生きてて、意志を持ってるの。私は浅野家が大好きだった。あんまり掃除はしてくれなくて、いつもほこりだらけだったけど、楽しかったの。君たちに出て行ってほしくないっていう気持ちがあまりにも強くて、パワーが具現化した姿が私なの」
家が生きていて、気持ちが現象化した、と言われても俺は言う言葉がない。いきなり信じろ、と言われても無理な話だ。
だが現にドアが開かないし、この女の子が何者なのかも説明がつかない。茶番にいつまでもつきあっている暇はないが、もしこの子が悪霊かなにかだったなら、粗相な行動はできない。安易な行動をとれば、命に関わってくるかもしれない。憑かれたり、呪われたりするのはまっぴらごめんだ。そういう訳でさっきから心の中では何度も何度も南無阿弥陀仏を唱えている訳だが、全く効果はないようで、女の子はけろっとしている。
「あなたに私がどう見えてるかはわからないの。あなたが求めている姿に、映っているはずよ」
家はかわいい女の子の姿をしている。つまり、俺が求めているのは、女の子であるということか。クリスマス前、弟になんだかんだ言っても、結局は俺も望んでいるんだな。まあ、もし仮にこれが本当の話なら、だが。
しかし自分のことを家だとか抜かしてる時点で、興ざめなのだが。
「なんでいなくなってしまうの? 私に、私にできることならなんでもするから、ずっとここに住んでいてよ!」
女の子は泣き出す。俺は困ってしまう。今になって思い出したのだが、家を出るとき、弟も声を聞いたと言っていた。まさかとは思うが、本当にこの女の子は、ありえないとはわかっているが、家、なのだろうか。
だがもし家なら、ここで起きたことはなんでも知っているはずだ。
「本当に家なら、この家の出来事、なんでも知っているんですよね?」
「もちろん知ってるよ。君がインターネットでHなサイトに行っていたことも、君が家の壁に書いた汚い落書きが妖怪アニメの主人公キャラクターをモチーフにしたことも、しいたけが大嫌いなことも、かわいがっていた犬が死んで泣いていたことも、その犬が生きているときに君がその犬に暴力に近いいたずらをしていたことも、実の祖母のことを『おばちゃん』なんて他人行儀に呼んでいたこともね。おばあちゃん、君の見てないところで、おばあちゃんって呼んでもらえないことを悲しんでいたよ。厄介者だからってひどいと思うな。彼女は彼女なりに君たちの役に立とうと、車椅子でも家の中を掃除したりしてたのに。結局病気が悪化して手に負えなくなったから、今は老人ホームに住んでるんだよね。今は生きているのかな。それは知らないや」
淡々と知識を語る目の前の女の子。俺はこの女の子が幽霊ではなく、本当に家の化身のようなものなんじゃないかと思い始めていた。祖母が悲しんだりしていたことは知らなかったが、俺に関した知識は全て正確だ。そして、誰も見ていないだろうと思ってやったことも、家は見ていたのだという異様な恐怖が襲ってきて、この家に閉じこめられたことに、とてつもない不安を感じ始めた。
だがこんなことがありえるのだろうか。いくらクリスマス前だからって、こんなファンタジックな出来事がありえるのだろうか。
「ドアを、あけてもらえませんか?」
「嫌。だめだよ……。でも、わかってるの。君のお母さんとお父さんが離婚したから、ここからいなくなるってこと」
「しょうがないんだよね……。とにかく、今までありがとう。新しい人と仲良くね。じゃ、俺はこれで。よいお年をー。ひらけーごまー」
ドアは開かない。外側から誰かに押さえつけられている感じだ。
「お願いが……あるの」
幼い少女が親におねだりする時のような、かわいらしい声で言う。落ち着いて女の子の外見を注視してみるとやはり美人な印象がある。白のワンピースよく似合う細身の体、どこかのモデルのような整った顔。背丈は俺より少し小さいくらい。望んだ姿か。どこかの悪霊のような長い黒髪だけは、こんなシチュエーションになると不気味すぎて恐怖の対象となってしまう。これが俺の望んでいる姿、そして声なのだろうかと思うと、家相手にでも感情が揺らめいた。
一瞬、似た顔を思い出しそうになった。初恋の相手だったか、アイドルだったか、どっちかの気がする。にしても、あの長い髪はどうにかならないのだろうか。俺は心のどこかで、髪の長い女の悪霊と会ってしまうという絶体絶命な状況を望んでいた、とでもいうのか。
ポニーテールの髪型を頭に浮かべると、女の子の髪型もそれになっていた。暗いイメージがなくなったおかげで、今までより好感がもてる。
「ツリーを……。クリスマスツリーを飾ってほしいの。明日はクリスマスでしょ? 最後の君たちとの記憶が、大掃除だなんて嫌なの。だから、ツリーを点灯してほしいの。綺麗な電飾と、装飾で、記憶を締めくくりたいの」
ずいぶんこの家はロマンチストだったんだな。住人にそんなことを頼むなんて。
だけどそれくらいなら、やってもいい。この家には小さい頃からお世話になってたんだし。たしかに家からしてみれば、大掃除が最後の思いでというのはあまりにも淋しいことなのかもしれない。
「わかりました。じゃあ、明日のクリスマスイヴ、ここに来ます」
クリスマスは25日の日没までで、24日の夜をクリスマスイヴと呼ぶらしい。さいわい、いや実際は不幸なことだが、一緒に過ごす人は家族しかいないので、予定はガラ空きだ。
「約束だよ。待ってるからね」
女の子の声とともに、それまでよりかかっていたドアが急に開いて、俺は転げ落ちるようにして外に出た。尻餅をついていると、ドアはゆっくりと閉まった。
家に帰ってこのことを弟に話すと、今度は逆に馬鹿にされた。
「兄貴は小説の読み過ぎ」
「いや、でもさ、……。うん、よく考えると、やっぱり気のせいだったのかな」
「俺の話から派生した妄想が、一人歩きして鮮明になっちまったんだろ? 大体、もう家に行くのやめとけって。もうあそこは安田さんの家みたいなもんなんだし。荷物はもう全部持って帰ってきたんだろ?」
「それが、いきなりドアが開くもんだから、驚いた拍子に段ボールを落としちゃってさ……。もう家の中には戻りたくなかったし」
「明るいうちに取りに行けばいいじゃん。今日はもう夜だったから、そんな風に怖い妄想しちゃったんだよ」
「ああ、どうしようかな……」
ふいに、胸のポケットに入れておいた携帯電話のバイブが鳴った。この時初めて、家に閉じこめられたときにも携帯電話を持っていたことに気付いた。冷静になっていたつもりだったが、携帯電話の存在を忘れていた。あの時、外と連絡を取ることは可能だったんだろうか。ああ、なんで気付かなかったんだろう。でもきっと誰だって、あんな状況になったら携帯電話の存在を忘れるに違いない。ホラー映画などで培われた先入観が、携帯電話の無力さを頭にインプットしてしまっていた。だから、いざって時に使えないんじゃなくて、いざって時に使うことを忘れていた。
そんなことを考えつつ携帯電話の画面には、メールアイコンが映っていた。メールを開くと、同じクラスの女子生徒からだった。内容はどうやら、明日のクリスマスパーティーのお誘いのようだ。
「クリスマスパーティー!? うっわあきたこれ!」
俺はうれしさのあまり叫んで、画面をスクロールして続きを見る。明日の昼が、おもなパーティータイムとなっていた。ツリーの件も間に合いそうだ。
しかもこの女子生徒、なかなかのかわい子ちゃんで、前々から気になっていたのだ。まさか、あんな怪奇現象の後に、こんな喜劇が待っていたなんて!
「うっわ、兄貴、何ニヤけてんだよ」
「ふふふ……。お兄ちゃんは明日、パーティーに行ってくるよ」
「かー! 裏切りやがったなてめえ! うっわー腹立つ! 腹立つわー!」
2
次の日、パーティーは、メールを送ってきた女子生徒のマンションの、パーティールームでやることになってい
た。
俺の友達も誘われたらしく、一緒に行ってみると、部屋の中は豪華に装飾されており、クリスマスムードでいい雰囲気だった。男子は俺と友人の二人しかまだ来ていないようで、女子と男子をあわせてもまだ五人しかいない。
「これ、クラスのパーティーなのか?」
俺が友達に訊くと、友達は「いいや違うよ」と否定し、
「ほら、いつも仲の良い、女子と男子のグループあるじゃん? いつメンとかいうの。お前も一応、それにはいってんだよね。あんまり集まりとかに来ないけどさ」
そういえばそんなのあったけっか。懐かしい。バイトが忙しくてあんまり参加できなかった。
「おお、いらっしゃい。これ、クラッカーね!」
女子生徒の一人が、俺と友人にクラッカーを渡す。なんだか、気分が高まってきた。
続々と、ほかの面子もそろってきて、いよいよ形式的に、パーティーが始まった。
「メリークリスマス!」
みんなでクラッカーを一斉に、景気よくパンパンッと鳴らす。
クリスマスっつても、イヴだけどねー。と誰かが言うのが聞こえた。正しくはイヴですら無いわけだが、別にクリスチャンでもないのに、それを教える必要を感じなかったので何も言わない。日本人はお祭りが好きだから、とにかくこうやって楽しめればいいのだ。むしろアメリカなどキリスト教の熱心なところでは静かにクリスマスを過ごすらしい。本当はそれが正しいクリスマスの過ごし方なのだろう。
ケーキやお菓子、おしゃべりやちょっとした王様ゲームや暴露話、恋バナなどで一通り悦楽の一時を味わった。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、冬だから日の沈みも早く、窓の外は暗くなりつつあった。
そろそろお開きにしようかということで、最後の王様ゲームをやることになった。適当なお題はもう出し尽くされていたので、しばらく何も案が出なかったが、活きの良い男子が無茶な意見をだした。
「王様は2番をひいた人と、クリスマスを二人で過ごす!」
男子同士でペアになったらどうするんだ、と言おうとしたがそれはそれでパーティーが盛り上がることがわかっていたので、やめた。そしてすぐに後悔した。俺のひいた棒には2番と赤いインクで書かれていた。俺は上を向いてため息を吐く。
王様は、俺をメールで誘った女の子だった。普段から仲が良かったため、こういうことになると変に意識してしまい、お互いに恥ずかしくなってまともに顔も見ることができなくなってしまう。
考えてみれば、最初から仕組んでいたのではないか、と疑うくらい他のやつらは棒をひく時から落ち着いていた。そして今、こいつらニヤけてやがる。
這々の体で一同は解散し、女の子と俺の二人がマンションに残ってしまった。これからどうしようかと悩んでいるときに、ふいにクリスマスツリーのことを思い出した。
用事があるから一緒に行かないか、と俺は緊張した声で提案する。
意識しないようにちらっとしか女の子のことは目視できないが、美人である。
次の刹那、俺は顔を真っ赤にして、体中から汗を吹きだした。家が象っていた姿は、この女子生徒そっくりなのだ。とっさに思い浮かべたポニーテールも、この女の子の髪型だ。俺が求めていたのは、この子だったのだ。
信号などで止まっている時が、一番気まずかった。終始無言というほど会話がない訳ではない。もともとは、休み時間などでよく話す仲だったのだ。
まず先に佐藤家のマンションに向かい、彼女はマンションの前で待たせて、抱えられるほどの大きさのクリスマスツリーを持ち出し、自転車のかごに入れてそのまま浅野家に向かった。
「何に使うの?」
「ちょっとな。俺、引っ越したんだけどさ。今までの感謝の気持ちっていうか、まあとにかく前の家にはお世話になったから、最後にクリスマスツリーを点灯してやろうと思ってな」
「ふーん。浅野のそういうところ、よくわかんない」
「今はもう浅野じゃないんだ。親が離婚しちゃってさ」
「今はなんなの? まさか、佐藤とか?」
「……あたり」
佐藤だと言っておけば大体当たる。それだけ平凡な名前なのだ。
「なんで離婚したか、訊いてもいい?」
「親父が、キャバクラに、おばあちゃんの葬式代まで使って入れ込んでたんだよ。闇金にまで手ぇだしてさ。最低だよ、あいつ。だから今はもう、親子でもなんでもない」
「なんか、複雑なんだね……」
「そんなことねえよ」
浅野家についた。家の前の駐車スペースに自転車を停めて、ツリーを抱えながら家の鍵を開ける。
もう日はとっくに暮れていて、家の中は真っ暗だった。灯りを点けようとスイッチを押すのだが、電灯は点かない。パチパチパチパチと何度もやってみるのだが、いっこうに明るくなる気配はない。
「どうしたの?」
「もしかしたら、電気、止められちゃったのかもしれない」
ここ数日、誰も住んでいなかったのだ。もうすでに電気会社との契約を打ち切っていると考えるのが当然だったのだが、迂闊だった。
「困ったな……」
「何が困ったの? ていうかこんなところに私連れてきてあんたまさか……」
「ばーろー。さっき言っただろ。クリスマスツリーを点けてやるんだよ。でも電気が通ってねえんじゃ、無理だな」
「じゃあ、あきらめればよくない?」
彼女は他のところに行きたがっているようだった。どこか、行きたいところがあるんだろう。
「信じてくれないとは思うけどさ。俺、この家の化身みたいのにさ、会っちゃったんだよね」
「化身!? なにそれ、幽霊ってこと?」
「幽霊……とは違うかな。そいつがさ、俺に、クリスマスツリーが見たいっていうんだよ。さっきは俺が自主的にこれをやろうと思ったって言ったけど、本当はこの家に頼まれたんだ」
こんな話、信じろなんていうほうがおかしいけど。
俺がちらっと彼女の方を見ると、彼女は真剣に考えてくれているようだった。こんな馬鹿みたいな話を、真剣に。はっと何か気がついたようで、こっちを見る。俺は恥ずかしくてすぐに目を逸らす。
「じゃあさ、コンセント、入れちゃおうよ!」
「……え?」
「入れちゃえばいいんだよ! ほら、プラグをさ」
彼女は俺から、プラスチック製の常緑樹に似せたグリーンツリーをひったくり、廊下のコンセントにプラグを差し込んだ。当たり前だが、電飾は点灯せず、せっかくツリーのまわりについているカラーボールやきらきら光る毛虫みたいな装飾、ツリートップにある星、キャンディケインやリボンやベルも、光を浴びられずに輝くことができない。
俺は、家の願いを叶えることはできなかった。本当の願い事はわかってる。俺達に、まだ住んでもらいたいんだろう。でもそれは無理だから、せめてツリーは、このクリスマスに見せてやりたかった。
ツリー、点けられなくて、ごめんな。今まで、ありがとな。次の人達と、仲良くな。
「ねえ、ツリー、綺麗だね」
彼女は本当に綺麗なものを見ているかのような、おっとりした目でツリーを見ながら言った。その目が光っていた。俺はふとツリーの方をもう一度見てみると、なんと見事に、鮮やかな光彩を放っているではないか!
電気はついていないはずなのに、燦々とツリーは美しく輝いている。
なぜか、涙が出てきた。右の目も左の目も濡れて、光がいっそう増した。
ああ、そうだったのか。俺にツリーを見せたくて、こんな願いごとをしたのか。家が見たかったのはツリーじゃない。俺の、俺の喜ぶ顔……。
涙が止まらなかった。
俺はこの出来事を後になって、こういう風に思う。家は、生きているのだと。住んでいる人を、いつも守ってくれているのだと。
もうあの家の前を通ることもなくなってしまったのだが、いつまでもあの土地にあの家が建っていてほしいと思う。安田さんは、幸せに暮らせているだろうか。
俺は今でも、上に向かってため息を吐くのが癖だ。これからもその癖は無くなりそうにない。だけど、なるべくため息はつかないようにすることを決めた。神の息吹とはいかないまでも、必ず誰かがいつも見守ってくれている、ということに気づけたからだ。
否、あの場所が、あの出来事が、気づかせてくれたからだ。
God bless you 完
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2011/12/24(Sat)23:46:31 公開 / 水山 虎
■この作品の著作権は水山 虎さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
ジングルベール ジングルベール 鈴が鳴るー
メリークリスマス! メリークリスマス! きゃっほい!
……どうも、水山 虎です。あらかじめ言っておきますが、僕はキリスト教徒ではないですよ。
こいつは短編しかできないのかと思われていたに違いない水山ですが、いいえ、今回は少し頑張ったでしょう?
隣で母親に、「小説なんて書いたって一文にもならん」とか「無駄なことやってないでバイト探してこい」「ニートなのかお前は」「ニート予備軍」とひどい事さんざん言われながら執筆した作品です。こっちはまじめにやってるんですけどねー。一度その罵声達のせいで挫けそうになりつつも、……やっぱり挫けました。小説家を目指して何が悪いんですか。成績だって上位だし大学の費用もある程度稼いだ。ネット代や携帯料金、電気代も払ってる。部活も我慢してる。頼むから俺に小説を書かせてくれ!
と叫びたい。でもそんな品性の無い人間になりたくない。この小説が書けた分、全てに感謝しなければいけない。感謝してます! だからこそこういう小説が書けました!! God bless us, everyone!
バイトは寿司屋で五ヶ月ほどやりましたが、環境も悪い上に人使い荒かったので辞めました。貴重な夏休みをバイトで無駄にした分、冬休みたくさん小説を書こうと思っていたのに、隣で母はぶつぶつぶつぶつと……。本当は母親と主人公が話したりするシーンも予定に入っていて中編っぽくなる感じだったんですがそんなこともあって集中できなかったためカットしました。
頑張りました! 良かったら感想ください。ではみなさん、よいクリスマスを!
God bless you !